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Winter Syndrome

最終更新:

mato4869

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Winter Syndrome




ひとつ、酷い悪党と認識されること。
ひとつ、深い憎悪を向けられること。
ひとつ、紅い惨劇に目を向けること。

ルールはただ一つ、『自殺禁止』。
賢い彼は考えた。自分を殺さず葬る方法を。

みっつの目的を経るひとつの切望。
殺し続けることは、その手段のはずだった。



(…あれ?)
手が震えていた。
それも利き手である右手。握っていた剣を取り落とし、樹は右手を見つめた。うまく力が入らない。
右手だけじゃない、足や背筋もだ。ぴりぴりと震えて神経を痺れさせる。
おかしいな。今までこんなことなかったのに。
「…阿呆面ひっさげてんじゃねぇよ兄ちゃん。ナメてんのか?」
声に顔を上げると、樹を取り囲む群が見えた。男女も年齢も様々だ。各々血錆のついた得物を携えている。
目に灯る殺意だけが、揃っていた。
樹にとってすでにこれはよくある光景となりかけていた。各地で派手にやってきたせいか大分噂も広まって、樹を標的とする者が増えてきた。それは知人の復讐を誓う者かもしれないし、単純に腕を試したい者かもしれないし。
まぁその辺はどうでもいい。事は思惑通りに進んでいるようだ。
"人殺し"と成ることで、世界は樹の死を望み始めてくれている。
しかし。
(…本当にどうしたんだろう。)
風邪の時の悪寒みたい、と呑気なことを考えた。
後頭部から背骨を通って踵まで、得体のしれない痺れが走る。
「おい、聞いてんのかよ兄ちゃん。」
血を見るだろうことへの恐怖だろうか。
それとも殺されることへの期待感だろうか。
いいや、それなら今までも感じたことがあるはずだ。これは違う。
これは今までに感じたことのない戦慄。
「来ねぇならこっちから行くぞイカレ野郎ッ!」
痺れをきらした男が爪の長い右手を振り被った。
けれどそれは当たらなかった。
樹を避けるように 左右に 分かれたから。

絶叫しかけた男の目から喉から胸から、血が噴き出した。

「…!!」
1秒にも満たない出来事だ。男の仲間が怯みを見せる。
当の樹はいつのまに拾っていた剣を、べっとりと体液を含んだ剣をぼんやりと見ていた。
「あれぇ、」
おかしいな。呑気な呟きが仲間の背後から。
息を呑む時と剣が貫く時は同時だった。
「てっ…」
め、と言うはずの首が彼方に飛んでった。ここまで30秒にも満たない。
樹は変わらず、ぽかんとした表情をするばかりだ。
残った仲間はまだ数人いたが、化け物でも見るような顔つきで後ずさった。

まだ勢いよく噴き出している血を、樹は避けもせず浴びていた。直撃だ。
ばしゃばしゃと身にかかる血液はどろついていて生温かい。
ここで来るはずの吐き気は、どうやら故障したようだ。
圧倒的な吐き気がないと、他の細かな感覚が感じ取れた。
例えばさっきと同じ、背筋を這いあがる戦慄、とか。
「おかしいな、」
賢い彼は、
「おかしいな、」
気がついた。
「おかしいな、」
これじゃ

まるで。







「どこかで、」
樹は呟いた。
「まだ"人間"だと思っていたのかな。」

皮と臓液の水たまり。靴を浸して樹は立ちつくす。
こんな光景はいくらでも見てきたはずなのに
処刑の時は"仕方なかった"と、
これまでの殺しは"目的の為だ"と、
どこかでまだ自分を許容して、どこかでまだ自分を"人間"扱いしてて。
だから今更、樹は愕然と立ちつくしてる。

人を殺した感触に、甘く震える脊髄という事実。

「まるで、だなんて」
愚かな彼は気がついた。
「今更すぎるよなぁ。」
今更すぎるよなぁ、"人殺し"。
浮かぶのは涙でもなく吐き気でもなく、ひきつれた微笑であるのもまた事実。

血の海は温かくて優しいことに気づいてしまった。
赤黒いそれをを映す金の瞳は、琥珀色に似ていた。



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