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Muddy Desire

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Muddy Desire



急に疾走したアノニマスの足は、想像以上に速かった。
「待って、アノ君待って!」
静葉は呼びかけながら追うが、全く聞いちゃいないようだ。興味の対象以外は何も見えない聞こえない。
見つけたモノへ、ただただ走る。
お菓子を見つけた子どものように。

その"お菓子"は、地面いっぱいに赤く広がっていた。

「……!!」
静葉が思わず口を覆って絶句する。変わり果ててはいるがそれはどう見ても、冬だ。
穏やかに目を閉じてはいるが、胴に目を映せば無残に肉を晒している。その不釣り合いさに吐き気が込み上げた。
別れてそう長く経ってない。この人は生きていたのに。動いていたのに。
ふいに思い出し、静葉はぎこちなく幻へと目を向けた。
幻は同じように絶句していた。棒立ちな上に髪で隠れて表情は読めない。ただ、目の前の事実に声を失っていた。
やがて、ぎっと目を上げる。恐ろしく温度の高い青い炎。
それは冬の血だまりの傍にある、瓦礫に腰かけた少女に向けられていた。
だが少女はひどくつまらなそうに
「わたしじゃないわ。」
とだけ言った。
それでも注がれる獰猛な視線を鼻で笑い、少女は向き直った。
幻ではない。静葉へ、と。

「つくづく嫌な時に来るのね。」
少女は静葉の至近距離まできていた。かつん、金属音を一つ鳴らして。
「あの人はもう、行っちゃったわ。」
静葉は彼女に見覚えがあった。時を渡らせる桃色の妖精。
少女、"あの人"、刃物の跡がある死体。結びついた像に静葉は拳を握った。
「あの人って…樹さん…?」
「"樹"さん。ふぅん…笑っちゃう呼び方。」
にぃやりとつりあげる口元、猫の笑み。
目には愉悦と侮蔑がこめられていた。
「…ひみつ。わたしとあの人だけのね。」
「…!」
ぐっ、と静葉は唇を引き結ぶ。
「あら、怒った?」
少女は指を口元に当て、艶然と微笑む。そしてゆるやかに静葉へと手を伸ばし…
静葉は反射的に、距離を取った。

「それが証拠だってのよ、大嘘つき。」
静葉の頭があった空間を、桃は握りつぶした。
「わたしは彼を手に入れる。あなたと同じ願い、よ。」

「助けるなんてかわいこぶるのもいいけれど、薄っぺらすぎて透けて見えるわよ。」
目を瞠って絶句する静葉へ、少女は心底可笑しそうに告げた。
「アンタの浅ましいナカミがね。」
じゃあね、と流し目をひとさじ残し、少女は軽やかに駆けて行った。右足がパイプであることなど感じさせない程軽く速く。
ぐちゃり、とかきまわされた心を抱えて静葉は呆然と立っていた。

「…あーァ、行ッチャッタぁ。」
その中でアノニマスだけが呟く。見つめるのは少女と逆方向。
「サッキすっごくオイシソウな匂い、したのにィ。」






がちがちがちがちがちがち。
地面に触れる剣先が五月蠅い。もしかしたら歯の音かもしれない。
遠く離れた瓦礫の影、瞳孔を開いて震える樹の姿があった。
「うあ…。」
うわずった声があがる。同様に震える右手をじっと見た。
あの手を払った感触がまだ残っている。
(またわからなくなった。どうしてこんな、死ねたかもしれないのに。)
がちがち、がちがち、がちがちがち。
(自殺だから?逃避だから?ルールに反しているから?それとも、)
がちがちがち。
ああおれはいま、
なににおびえているんだろう。

あの手を取った先に待つ、ぽっかり空いた虚無の穴。
どうしてだろう、怖くて怖くてしょうがない。

「……もう、」
いやだ。
ずるずる、頭をかかえてへたりこむ。抱いていた剣がからんと落ちた。
考えるのも迷うのももう無理だ。何もまとまらない。ひたすらに恐怖が止まらない。
答えはでないばかりなのに、神経ばかりずたずたにされていく。
もう誰でもいい。出口を、どうか俺に出口を。
「…あ。」
そこでふと思い出す。枷と首輪で管理する赤い赤い瞳。

駒ハ自ラ考エテハナラナイ。
そうだ、俺の末路を決めるのは、俺じゃない。



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