Muddy Desire
急に疾走したアノニマスの足は、想像以上に速かった。
「待って、アノ君待って!」
静葉は呼びかけながら追うが、全く聞いちゃいないようだ。興味の対象以外は何も見えない聞こえない。
見つけたモノへ、ただただ走る。
お菓子を見つけた子どものように。
「待って、アノ君待って!」
静葉は呼びかけながら追うが、全く聞いちゃいないようだ。興味の対象以外は何も見えない聞こえない。
見つけたモノへ、ただただ走る。
お菓子を見つけた子どものように。
その"お菓子"は、地面いっぱいに赤く広がっていた。
「……!!」
静葉が思わず口を覆って絶句する。変わり果ててはいるがそれはどう見ても、冬だ。
穏やかに目を閉じてはいるが、胴に目を映せば無残に肉を晒している。その不釣り合いさに吐き気が込み上げた。
別れてそう長く経ってない。この人は生きていたのに。動いていたのに。
ふいに思い出し、静葉はぎこちなく幻へと目を向けた。
幻は同じように絶句していた。棒立ちな上に髪で隠れて表情は読めない。ただ、目の前の事実に声を失っていた。
やがて、ぎっと目を上げる。恐ろしく温度の高い青い炎。
それは冬の血だまりの傍にある、瓦礫に腰かけた少女に向けられていた。
だが少女はひどくつまらなそうに
「わたしじゃないわ。」
とだけ言った。
それでも注がれる獰猛な視線を鼻で笑い、少女は向き直った。
幻ではない。静葉へ、と。
静葉が思わず口を覆って絶句する。変わり果ててはいるがそれはどう見ても、冬だ。
穏やかに目を閉じてはいるが、胴に目を映せば無残に肉を晒している。その不釣り合いさに吐き気が込み上げた。
別れてそう長く経ってない。この人は生きていたのに。動いていたのに。
ふいに思い出し、静葉はぎこちなく幻へと目を向けた。
幻は同じように絶句していた。棒立ちな上に髪で隠れて表情は読めない。ただ、目の前の事実に声を失っていた。
やがて、ぎっと目を上げる。恐ろしく温度の高い青い炎。
それは冬の血だまりの傍にある、瓦礫に腰かけた少女に向けられていた。
だが少女はひどくつまらなそうに
「わたしじゃないわ。」
とだけ言った。
それでも注がれる獰猛な視線を鼻で笑い、少女は向き直った。
幻ではない。静葉へ、と。
「つくづく嫌な時に来るのね。」
少女は静葉の至近距離まできていた。かつん、金属音を一つ鳴らして。
「あの人はもう、行っちゃったわ。」
静葉は彼女に見覚えがあった。時を渡らせる桃色の妖精。
少女、"あの人"、刃物の跡がある死体。結びついた像に静葉は拳を握った。
「あの人って…樹さん…?」
「"樹"さん。ふぅん…笑っちゃう呼び方。」
にぃやりとつりあげる口元、猫の笑み。
目には愉悦と侮蔑がこめられていた。
「…ひみつ。わたしとあの人だけのね。」
「…!」
ぐっ、と静葉は唇を引き結ぶ。
「あら、怒った?」
少女は指を口元に当て、艶然と微笑む。そしてゆるやかに静葉へと手を伸ばし…
静葉は反射的に、距離を取った。
少女は静葉の至近距離まできていた。かつん、金属音を一つ鳴らして。
「あの人はもう、行っちゃったわ。」
静葉は彼女に見覚えがあった。時を渡らせる桃色の妖精。
少女、"あの人"、刃物の跡がある死体。結びついた像に静葉は拳を握った。
「あの人って…樹さん…?」
「"樹"さん。ふぅん…笑っちゃう呼び方。」
にぃやりとつりあげる口元、猫の笑み。
目には愉悦と侮蔑がこめられていた。
「…ひみつ。わたしとあの人だけのね。」
「…!」
ぐっ、と静葉は唇を引き結ぶ。
「あら、怒った?」
少女は指を口元に当て、艶然と微笑む。そしてゆるやかに静葉へと手を伸ばし…
静葉は反射的に、距離を取った。
「それが証拠だってのよ、大嘘つき。」
静葉の頭があった空間を、桃は握りつぶした。
「わたしは彼を手に入れる。あなたと同じ願い、よ。」
静葉の頭があった空間を、桃は握りつぶした。
「わたしは彼を手に入れる。あなたと同じ願い、よ。」
「助けるなんてかわいこぶるのもいいけれど、薄っぺらすぎて透けて見えるわよ。」
目を瞠って絶句する静葉へ、少女は心底可笑しそうに告げた。
「アンタの浅ましいナカミがね。」
じゃあね、と流し目をひとさじ残し、少女は軽やかに駆けて行った。右足がパイプであることなど感じさせない程軽く速く。
ぐちゃり、とかきまわされた心を抱えて静葉は呆然と立っていた。
目を瞠って絶句する静葉へ、少女は心底可笑しそうに告げた。
「アンタの浅ましいナカミがね。」
じゃあね、と流し目をひとさじ残し、少女は軽やかに駆けて行った。右足がパイプであることなど感じさせない程軽く速く。
ぐちゃり、とかきまわされた心を抱えて静葉は呆然と立っていた。
「…あーァ、行ッチャッタぁ。」
その中でアノニマスだけが呟く。見つめるのは少女と逆方向。
「サッキすっごくオイシソウな匂い、したのにィ。」
その中でアノニマスだけが呟く。見つめるのは少女と逆方向。
「サッキすっごくオイシソウな匂い、したのにィ。」
がちがちがちがちがちがち。
地面に触れる剣先が五月蠅い。もしかしたら歯の音かもしれない。
遠く離れた瓦礫の影、瞳孔を開いて震える樹の姿があった。
「うあ…。」
うわずった声があがる。同様に震える右手をじっと見た。
あの手を払った感触がまだ残っている。
(またわからなくなった。どうしてこんな、死ねたかもしれないのに。)
がちがち、がちがち、がちがちがち。
(自殺だから?逃避だから?ルールに反しているから?それとも、)
がちがちがち。
ああおれはいま、
なににおびえているんだろう。
地面に触れる剣先が五月蠅い。もしかしたら歯の音かもしれない。
遠く離れた瓦礫の影、瞳孔を開いて震える樹の姿があった。
「うあ…。」
うわずった声があがる。同様に震える右手をじっと見た。
あの手を払った感触がまだ残っている。
(またわからなくなった。どうしてこんな、死ねたかもしれないのに。)
がちがち、がちがち、がちがちがち。
(自殺だから?逃避だから?ルールに反しているから?それとも、)
がちがちがち。
ああおれはいま、
なににおびえているんだろう。
あの手を取った先に待つ、ぽっかり空いた虚無の穴。
どうしてだろう、怖くて怖くてしょうがない。
どうしてだろう、怖くて怖くてしょうがない。
「……もう、」
いやだ。
ずるずる、頭をかかえてへたりこむ。抱いていた剣がからんと落ちた。
考えるのも迷うのももう無理だ。何もまとまらない。ひたすらに恐怖が止まらない。
答えはでないばかりなのに、神経ばかりずたずたにされていく。
もう誰でもいい。出口を、どうか俺に出口を。
「…あ。」
そこでふと思い出す。枷と首輪で管理する赤い赤い瞳。
いやだ。
ずるずる、頭をかかえてへたりこむ。抱いていた剣がからんと落ちた。
考えるのも迷うのももう無理だ。何もまとまらない。ひたすらに恐怖が止まらない。
答えはでないばかりなのに、神経ばかりずたずたにされていく。
もう誰でもいい。出口を、どうか俺に出口を。
「…あ。」
そこでふと思い出す。枷と首輪で管理する赤い赤い瞳。
駒ハ自ラ考エテハナラナイ。
そうだ、俺の末路を決めるのは、俺じゃない。
そうだ、俺の末路を決めるのは、俺じゃない。