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あくむのはじまり

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あくむのはじまり




「昨夜、すげぇやな夢みた気がする」
「じゃあ今晩は一緒にねてあげましょうkげふぉッ」
今晩の凶器は低反発枕。被害者は速攻起き上がったものの、ダメージにはなったようだ。
「なんですか人が心配して言ってるのにッ」
「いやまぁアレだ…うん、とりあえずお前、寝ろ」
ぶつくさ言いながら人の隣に潜りこむ彼を、追い払う気力は無かった。

目の前には、沢山引っ張り出してきた布団が並べられている。
わたしたちは隅っこで毛布に包まった。それ以上の身の置き場が無かった。
どうしたというのか、目を覚まさなくなった彼らのために。
指先が何かに触れて、暗がりでよく見えなかったが、暖かかったので彼の指先だと知る。

眠りに落ちたら、この手を放してしまいそう、だ。





目を開けたら、誰かが心配そうに覗き込んでいた。知らない顔だ。
とはいえわたしの記憶は綺麗さっぱり吹っ飛んでしまっているので、ひょっとしたら知人なのかもしれない。
彼の顔は、左半分がウロコで出来ていた。驚いた。
訂正。ウロコ人間を知人にした覚えは無いので、多分知らない人だ。
昨夜から何度もおかしな、奇妙な人間にめぐり合っているから、不思議には思わないが。
でも、なぜ? 起き上がると、彼は少し安堵した顔をして、わたしに笑いかける。
それはぎこちない笑顔で、引き攣ったような不自然さを伴っていた。

「…ふゆ、さま」
「……わたしを知っているのか?」
ゆっくり頷いた。さび付いた扉の蝶番のような、不気味な音がした。
「あなた、は…私の、ご主人、様ですか、ら」
「わたしが…? すまない…何も思い出せない……」
彼は寂しそうな顔をしたが、それも、機械が無理矢理作ったような不自然さがある。
「守らな、いと…」
「えっと……その…わたしは、」
彼の腕が伸ばされた。その腕も、ウロコに覆われた真っ黒い腕。
つん、と、ケモノの臭いがする。いや、爬虫類か…どちらにせよ、酷い臭いだった。
その腕は、ゆっくり、力を込めてわたしを抱いた。
「もう、大丈夫、ですか、ら…冬さ、ま」
力が込められて、ふいに恐怖がこみ上げた。背中が震えた。

「幻、まほろッ…! どこに…ッ!!」
引き剥がそうにも彼の腕は力強くわたしを締め付け、そのまままた寝台へ逆戻りさせた。
まずい。これは非常にまずい事態だ。抵抗虚しく、彼のウロコの顔が近づけられる。
押さえつける力に反して、舐められた程度の優しいキス。しかし、その唇は次第に降りて。
「やめ…まほろ、助け…っあ…」
「ほ、んとうは、ずっと…こう、して、…あなた、を…」
「嫌だッ…放せ、放してくれッ…う!」
「どうし、て…誰…まほろ、なんて…誰、」
逃れようとして足掻く意識の中、ふと幻の泣き顔が浮かんで、ああ、そうか、と思った。
これは彼を泣かせた罰なのか。それなら、仕方ない――。
抵抗をやめようと、力を緩めた瞬間。

轟音と、何かの焼けるにおい。
その音に目の前の男は気を取られ、意識が余所へ向く。
緩めていた力が勝手に帰ってきた。押さえつける腕を振り払い、壁の穴に飛び込む。
動かない唇で彼は何事か言葉を吐いたが、耳を塞いだ。
外の空は真紅に焦げ、どこかわからない、近くからはぶすぶすと煙が上がっていた。
恐らく先刻の爆音はそちらから。脚は素早く反対へ進路をとる。

わたしは、浅ましい男だ。己を守るために、どこまで堕ちるつもりなのか。
彼の涙が止まらない。それはぼたぼたと地面を打って、気付かないうちにわたしの頬も濡らす。
「…まほろ……どこにいるんだ…まほろッ……」
当てもなく彷徨うほか無い。彼がどこに居るのかわからない。
兎に角歩いた。自分の我侭から、早く逃げ出したかった。
適当な廃屋の隅で丸くなってマントに包まるまで、ちっとも落ち着かなかった。
眠るのは怖かったが、身体が起きているのを許さない。
「まほろ…?」
ちらついた彼の姿は、やはり泣いていた。





ゆっくりと目を開ける。目覚まし時計を引っ掴んで時刻を確認すると、まだ夜明け前。
ふと見ると、繋いでいたはずの指が外れていて、ぞくりとした。
彼を起こさないようにそっと指を掴んで、けれどもう、目は閉じられなかった。
脇にはゲンが図書館から借りてきた本が、ひとつのページを開いたままになっている。

抽象的なイラストが、古びた本の見開きにでかでかと描かれて、

まっくろでぐちゃぐちゃにぬりつぶしたような姿の、



ダークライが、そこにいた。






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