とぶように踊る
暗い海へ、溶けていくみたいだ。
「てつー!」
「んっどったの紅」
厨房で目玉焼き作りにいそしんでいた鉄は、紅のわずかに緊迫した声に呼ばれ顔を出した。
紅はいつもの隅っこではなくて、大きな窓の前で耳を上下させながらあわてている。
「なになに、何。落ち着きんしゃい」
「ひこうきが…!」
「んっどったの紅」
厨房で目玉焼き作りにいそしんでいた鉄は、紅のわずかに緊迫した声に呼ばれ顔を出した。
紅はいつもの隅っこではなくて、大きな窓の前で耳を上下させながらあわてている。
「なになに、何。落ち着きんしゃい」
「ひこうきが…!」
きぃん、と空気を切り裂く音が、確かな姿を持って鉄の目に飛び込んだ。
飛行機は緩やかな傾斜をとり、そう遠くない空地へ着陸しようとしていた。
鉄は大窓をがらっと開け放つと、一目散に赤い地面をかけていく。
「…鉄、」
よほど嬉しいのだろうな。家を空けていたソラが帰ってきたことが。
後を追おうとした冥の背中に、風と紅がしがみつく。
「な、なんですか風、紅、」
「(客だ)」
「こんこんって…」
「今それどころじゃないです」
こんこん。確かに響くノックの音。焦るように。嫌そうな顔をする冥に、紅が囁く。
「…ふたりっきりにしてあげようよ」
「(俺も、そのほうがいいと思う)」
冥はため息をついて、何度もノックされるドアを"ねんりき"で開けた。
「どうぞ、あがってくださいよ」
ぱっと開いたドアの先には、見覚えのある人影。
「あ…すまない、何度もノックして…」
「……星…さん、…でしたっけ?」
メッシュの入った金髪、淡色のコート。右腕の部分が焦げている。
星は声のトーンを下げた。話しにくそうに、視線を逸らす。
「ああ。鉄は…」
「鉄h「みんなぁー!! おとーさんが帰ってきたぞぉー!」
鉄のご機嫌な声が、冥と星の会話をぶった切る。
腕を引かれて大窓から入ってきたのは、まぎれもなく、ソラだった。
「…ソラ」
本当に帰ってきてくれたんだ。冥のなかにも、あたたかい気持が広がる。
その横で星だけが、冷え切っていた。
「…馬鹿な。ソラは…」
死んだはずなのに。
ソラを除く全員が、その不協和音に顔をしかめる。
ソラはかすかに唇に、笑みを滲ませた。
「……お前、あのとき青に…殺されたんじゃなかったのか…?」
「何の、ことだ?」
星は頭を横に振る。見間違いなんかじゃない。鮮明な記憶。
逃げろと叫んだソラの声は、今でもくっきりと、絶叫の響きで再生される。
なおも詰め寄ろうとした星を、鉄がさえぎった。
「今ここにいてくれる、それじゃ…だめなのか?」
壊れそうな笑顔で。
それ以上、星に何か言えるはずもない。
冥も風も、何も言わない。
でも。
「……ちがう」
「紅?」
「…ソラじゃない。」
脅えるようにして、紅だけは近寄ろうとしない。
「どうしたんですか、紅」
「ちがうの…ソラじゃないの…」
「何を言っているんですか、」
だいたい紅にわかるほどの変化を、冥の『目』が見逃すはずがない。
それに、ソラのことをあれほど想っている鉄が、わからないはずがない。
けれど、一つの言葉が、その確信を疑惑に変える。
鉄は大窓をがらっと開け放つと、一目散に赤い地面をかけていく。
「…鉄、」
よほど嬉しいのだろうな。家を空けていたソラが帰ってきたことが。
後を追おうとした冥の背中に、風と紅がしがみつく。
「な、なんですか風、紅、」
「(客だ)」
「こんこんって…」
「今それどころじゃないです」
こんこん。確かに響くノックの音。焦るように。嫌そうな顔をする冥に、紅が囁く。
「…ふたりっきりにしてあげようよ」
「(俺も、そのほうがいいと思う)」
冥はため息をついて、何度もノックされるドアを"ねんりき"で開けた。
「どうぞ、あがってくださいよ」
ぱっと開いたドアの先には、見覚えのある人影。
「あ…すまない、何度もノックして…」
「……星…さん、…でしたっけ?」
メッシュの入った金髪、淡色のコート。右腕の部分が焦げている。
星は声のトーンを下げた。話しにくそうに、視線を逸らす。
「ああ。鉄は…」
「鉄h「みんなぁー!! おとーさんが帰ってきたぞぉー!」
鉄のご機嫌な声が、冥と星の会話をぶった切る。
腕を引かれて大窓から入ってきたのは、まぎれもなく、ソラだった。
「…ソラ」
本当に帰ってきてくれたんだ。冥のなかにも、あたたかい気持が広がる。
その横で星だけが、冷え切っていた。
「…馬鹿な。ソラは…」
死んだはずなのに。
ソラを除く全員が、その不協和音に顔をしかめる。
ソラはかすかに唇に、笑みを滲ませた。
「……お前、あのとき青に…殺されたんじゃなかったのか…?」
「何の、ことだ?」
星は頭を横に振る。見間違いなんかじゃない。鮮明な記憶。
逃げろと叫んだソラの声は、今でもくっきりと、絶叫の響きで再生される。
なおも詰め寄ろうとした星を、鉄がさえぎった。
「今ここにいてくれる、それじゃ…だめなのか?」
壊れそうな笑顔で。
それ以上、星に何か言えるはずもない。
冥も風も、何も言わない。
でも。
「……ちがう」
「紅?」
「…ソラじゃない。」
脅えるようにして、紅だけは近寄ろうとしない。
「どうしたんですか、紅」
「ちがうの…ソラじゃないの…」
「何を言っているんですか、」
だいたい紅にわかるほどの変化を、冥の『目』が見逃すはずがない。
それに、ソラのことをあれほど想っている鉄が、わからないはずがない。
けれど、一つの言葉が、その確信を疑惑に変える。
死んだはずなのに。
どうして。
ソラは徐に腰に手を伸ばした。魔法のようにするりと、拳銃があらわれる。
一瞬のこと。銃口が火を噴く。硝煙の匂いが甘く纏わりついた。
「鉄!」
鉄は背後に二、三歩よろめいたが、倒れなかった。からんと床に銃弾が落ちる。
「そうか…『俺』の攻撃はお前には効かないんだな」
「…そら?」
ソラはつまらなさそうに、空の薬莢をつま先で蹴った。
「…鉄。」
金の瞳が、じわ、と赤く侵される。ソラの気持ちが高ぶったときの癖だ。
鉄をまっすぐに見つめながら、にや、と唇を釣り上げた。
「俺と踊ってくれよ、鉄」
びしっ、と音を立てて、電撃が飛んだ。
「…ソラじゃないな。お前…ソラは確かに死んだ」
牽制としての攻撃だが、ソラの姿の何者かは、意にも介さない。
ただ、深紅の瞳をつぅと泳がせ、星のほうを見る。
そこから先は、冥の目にも留らなかった。
立て続けに銃声が響いたかと思うと、星の悲鳴が上がり、床に水たまりができる。
星はがくりと崩れ、痛みに耐えるように呻いた。
両脚を的確に撃ち抜いた巧みな早業。ソラの本分がかいま見えた。
「邪魔をするな。俺は鉄と話があるんだ」
「…あなたは、誰なんです…?」
「…さあ」
"ソラ"は長靴をかつかつと響かせて、愕然としている鉄に歩みよる。
鉄の前でにこ、と笑うと、そっと手を伸ばす。
「お前と踊りたいんだ。俺と死ぬのは、お前がいい。」
指先には、拳銃。
鉄の背後の棚を狙って。
銃声、きしみながら鉄に倒れていく棚を、"サイコキネシス"が受け止めた。
風が動く。たん、と地面を蹴って、"ソラ"を一文字に切りつける。
刃はソラの古傷を直撃した。深紅が風に飛びかかる。
ソラの姿が揺れた。その姿が漆黒の闇に包まれて、融解する。
ぼたぼたと血を零しながら立っていたのは、"冬"だった。
「な…」
何がどうなっているんだ。
冬は無表情に傷を見つめると、ゆっくりと窓のほうへ歩いていく。
「…冬…さん?」
振り返らない。冬は、窓際で立ち止まると、すう、と闇へ消えた。
後には飛び散った血と、空の薬莢と、むせかえりそうな硝煙の匂い。
どうして。
ソラは徐に腰に手を伸ばした。魔法のようにするりと、拳銃があらわれる。
一瞬のこと。銃口が火を噴く。硝煙の匂いが甘く纏わりついた。
「鉄!」
鉄は背後に二、三歩よろめいたが、倒れなかった。からんと床に銃弾が落ちる。
「そうか…『俺』の攻撃はお前には効かないんだな」
「…そら?」
ソラはつまらなさそうに、空の薬莢をつま先で蹴った。
「…鉄。」
金の瞳が、じわ、と赤く侵される。ソラの気持ちが高ぶったときの癖だ。
鉄をまっすぐに見つめながら、にや、と唇を釣り上げた。
「俺と踊ってくれよ、鉄」
びしっ、と音を立てて、電撃が飛んだ。
「…ソラじゃないな。お前…ソラは確かに死んだ」
牽制としての攻撃だが、ソラの姿の何者かは、意にも介さない。
ただ、深紅の瞳をつぅと泳がせ、星のほうを見る。
そこから先は、冥の目にも留らなかった。
立て続けに銃声が響いたかと思うと、星の悲鳴が上がり、床に水たまりができる。
星はがくりと崩れ、痛みに耐えるように呻いた。
両脚を的確に撃ち抜いた巧みな早業。ソラの本分がかいま見えた。
「邪魔をするな。俺は鉄と話があるんだ」
「…あなたは、誰なんです…?」
「…さあ」
"ソラ"は長靴をかつかつと響かせて、愕然としている鉄に歩みよる。
鉄の前でにこ、と笑うと、そっと手を伸ばす。
「お前と踊りたいんだ。俺と死ぬのは、お前がいい。」
指先には、拳銃。
鉄の背後の棚を狙って。
銃声、きしみながら鉄に倒れていく棚を、"サイコキネシス"が受け止めた。
風が動く。たん、と地面を蹴って、"ソラ"を一文字に切りつける。
刃はソラの古傷を直撃した。深紅が風に飛びかかる。
ソラの姿が揺れた。その姿が漆黒の闇に包まれて、融解する。
ぼたぼたと血を零しながら立っていたのは、"冬"だった。
「な…」
何がどうなっているんだ。
冬は無表情に傷を見つめると、ゆっくりと窓のほうへ歩いていく。
「…冬…さん?」
振り返らない。冬は、窓際で立ち止まると、すう、と闇へ消えた。
後には飛び散った血と、空の薬莢と、むせかえりそうな硝煙の匂い。
そこで、冥はふと思い出す。
桃色の彼女と、彼女を取り巻いていた影。
その中に確かに見た、ソラの姿を。
桃色の彼女と、彼女を取り巻いていた影。
その中に確かに見た、ソラの姿を。
冬に纏わりついた、闇の影を。