きみをまってさんぜんり
鉄達がちゃんと寝静まったのを確認して、紅はのそりと体を動かした。睡魔に襲われながら毛布を丁寧に畳むと、音をたてないように立ち上がる。
いつも鉄がご飯の材料を出す所まで歩み寄り、手頃な食材を3つ4つ選んでそっと抜き出す。その間何度も、紅はちらりちらりと家族の様子を気にしていた。
いつも鉄がご飯の材料を出す所まで歩み寄り、手頃な食材を3つ4つ選んでそっと抜き出す。その間何度も、紅はちらりちらりと家族の様子を気にしていた。
そして、やがて紅はそっといつものお家を抜け出す。
…早く行かないと、誰か起きるかも知れない。紅はもたつく足をしばらく急がせ、屋根のないとある廃墟までたどり着いた。周りをきょろきょろと見渡し、さっと中へ入る。漂う血の臭いと微かな獣臭さには、すぐに慣れてしまった。
…早く行かないと、誰か起きるかも知れない。紅はもたつく足をしばらく急がせ、屋根のないとある廃墟までたどり着いた。周りをきょろきょろと見渡し、さっと中へ入る。漂う血の臭いと微かな獣臭さには、すぐに慣れてしまった。
そこにいたのは赤い獣。両手足と顔の半分を固い鎧に包まれた、赤い神―<グラードン>。紅の姿を確認すると、ぐるぐると喉を鳴らした。
「…もう、元気になった?」
「…」
「…」
こくり。陸は一度頷いた。紅は安堵のため息をつくと、家から持ってきた食材を彼の前に広げる。陸はちらりと食材に目をやったが、しかしまた紅に視線を合わせる。紅はその瞳の意する所を察し、小さく微笑んだ。
「…食べて、いいよ」
「……」
「お腹…すいてたんでしょ?」
「……」
「お腹…すいてたんでしょ?」
陸はゆっくり、鎧のついた腕を伸ばした。
*
それは冥がちょっとだけ長い眠りから覚めた、少しあとのことだった。家の外の掃除を頼まれた紅が鉄お手製の箒を手に外へ出る。たまには裏の方もと、普段はたまったごみを置く家の裏側に紅は足を運んだ。
そこに何かある、と気づいたその瞬間、紅の喉元に赤い爪が飛びかかった。
悲鳴をあげる暇もない。そのまま飛びかかってきた何かに地面に押し倒され、刃物のような爪と爪の間で抵抗もできず紅は凍りついた。からん、箒の音が耳によく響く。
視界を埋め尽くす、いつもの空より赤い赤い赤い何か。血濡れた爪、赤い髪、赤い体、何もかも、赤い。赤の中で見つけた濁った金、その唯一の逃げ場に紅は目をやる。
金の瞳は、失望の色に染まっていた。
悲鳴をあげる暇もない。そのまま飛びかかってきた何かに地面に押し倒され、刃物のような爪と爪の間で抵抗もできず紅は凍りついた。からん、箒の音が耳によく響く。
視界を埋め尽くす、いつもの空より赤い赤い赤い何か。血濡れた爪、赤い髪、赤い体、何もかも、赤い。赤の中で見つけた濁った金、その唯一の逃げ場に紅は目をやる。
金の瞳は、失望の色に染まっていた。
やがて赤い何かは、刺さった爪を地面から抜き取る。呆然と見上げる紅の姿はもう視界にも入れず、その場を立ち去ろうとした。一歩、二歩、三歩、そして、砂の音。
恐怖と緊張とパニックのせいで全てがスローモーションに見えた紅の瞳にも、確かに映った。
恐怖と緊張とパニックのせいで全てがスローモーションに見えた紅の瞳にも、確かに映った。
どさり。
固い凶悪な獣の身体が、地面に崩れ落ちたシーンが。
固い凶悪な獣の身体が、地面に崩れ落ちたシーンが。
*
「…おいしかった?」
「…」
「…」
こくり。
「よかった、……量が少なくて、ごめん…なさい」
「…」
「…」
こくり。
紅の質問に、首を動かして陸は反応する。
紅の質問に、首を動かして陸は反応する。
紅はあの後すぐ、家の中へと逃げ込んだ。その間もその後も、獣は追いかけも吼えも逃げもしなかった。その日の晩になっても何も起こらない。紅は皆が眠った後、再び家の裏へ向かった。
獣が最後に見た時と変わらない状態でそこに居たときには、流石の紅も何もしないわけにはいかなかった。一晩かけて重い体を何とか一番近くの廃屋まで引きずり、余っていた毛布と水を次の日に持っていってやった。
その次の晩は傷薬と熱冷ましの薬を、そして今日は食べ物を。
獣が最後に見た時と変わらない状態でそこに居たときには、流石の紅も何もしないわけにはいかなかった。一晩かけて重い体を何とか一番近くの廃屋まで引きずり、余っていた毛布と水を次の日に持っていってやった。
その次の晩は傷薬と熱冷ましの薬を、そして今日は食べ物を。
相手は時々、溢す様に言葉を発した。『強くなりたい』『みんな弱い』『クレセリアがいない』。
獣は名前を<陸>と言うことも話した。弱い奴に興味がないと言って、紅を傷つける事はなかった。紅は彼を、拾った犬か猫を扱うように不器用ながらも距離を縮めようとした。
獣は名前を<陸>と言うことも話した。弱い奴に興味がないと言って、紅を傷つける事はなかった。紅は彼を、拾った犬か猫を扱うように不器用ながらも距離を縮めようとした。
…やがて彼が食料を食べ終え、何度目かの対話をした後、紅は陸の額にそっと手を伸ばした。陸はされるがままに、その白い指を瞳で見上げる。ここに連れ込んだ時には疲労から随分熱を持っていたが、今はそうでもないようだ。
紅は数秒そうしてから指を離し、小さく言った。
紅は数秒そうしてから指を離し、小さく言った。
「…熱、下がったね」
「……」
「これから…どうするの?」
「……」
「これから…どうするの?」
陸はまた喉を鳴らす。
「……殺し、に、いく」
「…どこに?」
「知らん」
「…どこに?」
「知らん」
ぶっきらぼうに投げた言葉。紅も困ったように黙り込んだ。
彼は強い人を探しているという、しかし、そんな知り合いはいない。いたとしても、もうどこかへ行った。約一名強そうな知り合いがいないこともないが、別段今殺して欲しいわけではない。…どうしたものか。
彼は強い人を探しているという、しかし、そんな知り合いはいない。いたとしても、もうどこかへ行った。約一名強そうな知り合いがいないこともないが、別段今殺して欲しいわけではない。…どうしたものか。
「……どうしても、殺さないと…だめ?」
こくり。陸は頷き、その右手を見つめる。そしておもむろにその手を爪から、地面に、打ち付けた。聞くだけでも痛々しい固い音、紅はとっさに目を閉じる。恐る恐る目を開いたとき、目の前には白い爪が光っていた。叩きつけたせいで刃の欠けた、爪が。
「…まだ、弱い」
まだ、強さが足りない。
彼の瞳は濁った金色。影が指した暗い色。
まだ、強さが足りない。
彼の瞳は濁った金色。影が指した暗い色。
「……でも、だれも、おらん……いっぱい、さがした、のに」
項垂れた腕。紅は何も言えずに、黙って彼の言葉を聞いていた。
やがて紅は、ほんのりと月の光が明るくなったのに気づく。そろそろ皆が起きる頃だ。立ち上がり、砂を払って陸を見下ろす。
やがて紅は、ほんのりと月の光が明るくなったのに気づく。そろそろ皆が起きる頃だ。立ち上がり、砂を払って陸を見下ろす。
「…無理しちゃ、駄目だよ」
「……」
「……」
こくり、頷いたのを見届けて陸に背を向けた。
紅は来たときと同じように、道を駆ける。出来るだけ音を立てないように、出来るだけ早く家につくように。
だけど、やはり遅かったらしい。
紅は来たときと同じように、道を駆ける。出来るだけ音を立てないように、出来るだけ早く家につくように。
だけど、やはり遅かったらしい。
「紅!」
一番早起きな冥が、家の外で待っていた。紅の姿を見つけた途端、安心したように息をつく。駆け寄った紅の小さなごめんなさいを、冥は微笑を浮かべて受け止めた。
「……鉄、もう起きてる?」
「…いいえ、まだ寝てますよ。風も。」
「…いいえ、まだ寝てますよ。風も。」
大丈夫です、彼はそう言ってまた微笑む。紅も思わず息を吐き、そしてぎこちなく微笑んだ。
冥が何も聞いてくれなかったことに心の中で感謝しつつ、紅は彼と家の中に入る。
冥が何も聞いてくれなかったことに心の中で感謝しつつ、紅は彼と家の中に入る。
さあ。今日もいつもと変わらない日が、始まる。