まるやきこぶた
目の前には生臭神父。背後には薬物廃人。それでも二人から逃げる自信もなければ、まず意志もない。クレセリアは俯いたまま翠の足取りをただ追っていた。やがてぴたりと彼の足が止まり、翠の不気味な甘さを含んだ声が聞こえるまで。
「連れて参りました、御神」
「あぁ、ありがとう。」
「あぁ、ありがとう。」
しわがれた声。クレセリアは顔を上げ、翠が頭を下げたその相手を睨み付けた。翠が一歩下がり、一人だけが立つ舞台。背景はただ広がる荒れ地、その中に立つ<ダークライ>は優しく微笑む。
「いらっしゃい、クレセリア」
「…こんばんは、ダークライ」
「…こんばんは、ダークライ」
笑みを浮かべるダークライに対して、クレセリアは仏頂面で向き合った。倒すべきただの敵であると認識してはいるが、その意識に割り込む個人的感情が彼女の表情を産み出す。このクレセリアは、ダークライと“悪”というものが相当に嫌いだった。クレセリアは挨拶に繋げるように、“悪”に言葉を投げつける。
「何の用?貴方の趣味の悪い宴なんかに参加する時間はないの。それとも、私にようやく殺される気になってくれた?」
視界の隅に映る翠の長髪がわずかに揺れる。翠にちらりと目をやったダークライは彼の名前を小さく呼び、そして再びクレセリアに顔を向けた。
「せっかく“三日月”という素敵なゲストが来てくれているのに、宴に招かない訳にもいかないだろう?末席ではあるが、是非楽しんでもらおうと思ってね」
ぺた、と音がして、後ろで気配が動く。青がダークライの言葉が終わったのと同時に、裸足の足を動かした音だ。その音がクレセリアの横を通り抜けたとき、急に、硬くなった。
かつ、ざり、かつ、ざざ、かつ、ざざ、と。
かつ、ざり、かつ、ざざ、かつ、ざざ、と。
そしてやがて彼女の視界に入ったのは、青ではなく、死んだはずのひと。
「………ふ、ゆ?」
彼に引きずられるスコップは確かに冬のもの。赤い滴が頬を汚そうとも、その顔はこの世界で幾度も見かけたから覚えている。
だけど、なにかちがう。だいたい自分の後ろにいたのはこの人じゃない、青だったはずだ。ダークライは彼女に向けて、言葉を紡ぐ。
だけど、なにかちがう。だいたい自分の後ろにいたのはこの人じゃない、青だったはずだ。ダークライは彼女に向けて、言葉を紡ぐ。
「君とはいえ、流石に驚いているようだね」
「…なにが、おきてるの?」
「ああ、見せてあげよう。賢明な君ならきっと理解できるさ」
「…なにが、おきてるの?」
「ああ、見せてあげよう。賢明な君ならきっと理解できるさ」
ざざざざ、とノイズの様な音が僅かに聞こえた。音の出所を探すと、それは冬の足下。
地面からじわじわと広がるのは、真っ黒な影。影はやがて地面から抜け出さんとばかりに蠢き始め、静かだったノイズ音も少しずつ声量を増していく。やがてそれらは、思わず耳を塞ぎたくなるほど悲痛で切実な“絶叫”に変わった。
地面からじわじわと広がるのは、真っ黒な影。影はやがて地面から抜け出さんとばかりに蠢き始め、静かだったノイズ音も少しずつ声量を増していく。やがてそれらは、思わず耳を塞ぎたくなるほど悲痛で切実な“絶叫”に変わった。
「――――ないと」
「――して―」
「―――くなる――」
「―たい―――」
「――して―」
「―――くなる――」
「―たい―――」
幾重もの幾重もの幾重もの叫び。地面から沸き上がる怨念にも聞こえるそれらの中心に、冬は相変わらず無表情で立っていた。俯くようにして影を見つめ、怯える動作も逃げる仕草もしない。ダークライは言う。
「桃が集めて来てくれたんだ。クレセリア、これらが何だか、分かるかな?」
「……」
「この世界から醒めてしまった子達の欠片さ。とはいえ彼らは相変わらず求めているし、その為になら自ら行動だってする。
…だが彼等には実体がない。だから、器を用意してあげたんだ」
「……」
「この世界から醒めてしまった子達の欠片さ。とはいえ彼らは相変わらず求めているし、その為になら自ら行動だってする。
…だが彼等には実体がない。だから、器を用意してあげたんだ」
先程感じた、妙な違和感。
人々の気配は世界が始まったときと同じ分だけ感じるのに、実際には人々が存在しないという現象。
そして、うつわとは。
人々の気配は世界が始まったときと同じ分だけ感じるのに、実際には人々が存在しないという現象。
そして、うつわとは。
衝動的な怒りの感情に動かされ、クレセリアは地面を蹴った。指に巻き付いた銀糸をダークライの首もとへ、“きりさき”にかかる。ダークライは、笑みを止めない。
クレセリアの視界が揺れたのは、マフラーに銀糸が一瞬だけ触れたとき。真横からの腹部への衝撃が彼女を襲い、乾いた砂の上に細身が叩きつけられる。どうにか体を捩らせ、先程まで冬がいた場所を睨み付ければ、そこにはこれも記憶に残る<トリデプス>の姿があった。しかし彼の姿は一瞬で闇色に溶け、一度冬の姿に戻ると、再び姿を変えた。
濁った金の視線とクレセリアの視線が交わる。…立っていたのは、両腕が鰭の形を象った<カイオーガ>。彼の瞳は細められ、口は忌々しげに言葉を紡いだ。
クレセリアの視界が揺れたのは、マフラーに銀糸が一瞬だけ触れたとき。真横からの腹部への衝撃が彼女を襲い、乾いた砂の上に細身が叩きつけられる。どうにか体を捩らせ、先程まで冬がいた場所を睨み付ければ、そこにはこれも記憶に残る<トリデプス>の姿があった。しかし彼の姿は一瞬で闇色に溶け、一度冬の姿に戻ると、再び姿を変えた。
濁った金の視線とクレセリアの視線が交わる。…立っていたのは、両腕が鰭の形を象った<カイオーガ>。彼の瞳は細められ、口は忌々しげに言葉を紡いだ。
「……お前の、せいだ」
「…え」
「お前さえ、お前さえいなければ、俺は、静かに居られたのに」
「…え」
「お前さえ、お前さえいなければ、俺は、静かに居られたのに」
呼応するように、周りの影の絶叫が大きくなった。刹の口はずっと、お前さえ、お前さえ、繰り返す。クレセリアはただ、彼を地べたから震えて見上げることしか出来ない。呪いの言葉が反復される。
「……お前がいたから」
「…やめて」
「お前が行動したから」
「やめて……」
「…俺は、」
「やめ「お前のせいで、死んだんだ!」
「…やめて」
「お前が行動したから」
「やめて……」
「…俺は、」
「やめ「お前のせいで、死んだんだ!」
刹の言葉を合図にしたかの様に、地面から影が伸び上がった。叫び声を上げながら、影は刹にまとわりつく。言葉にならない言葉は刹を完全に食らいつくし、やがて闇は元の、冬の姿をかたどる。彼のマントや皮膚を這いずる影が、先程より明らかに増えているのが見てとれた。
その間もクレセリアは震え、目を見開き、その光景をただ見つめることしかできなかった。
その間もクレセリアは震え、目を見開き、その光景をただ見つめることしかできなかった。
ダークライは数センチ裂けたマフラーに触れながら、ちょうど足下にいるクレセリアを見下ろす。愉快そうにくつくつと笑うと、今までずっと黙り込んでいた翠に話しかけた。
「ご苦労だったね、翠。また何かあったら呼ぶから、それまで教会で休んでおいで」
「ありがとうございます。…それは、いかがなさいましょうか」
「そっとしておいてあげなさい。彼女も、混乱しているようだから」
「かしこまりました」
「ありがとうございます。…それは、いかがなさいましょうか」
「そっとしておいてあげなさい。彼女も、混乱しているようだから」
「かしこまりました」
翠は綺麗な姿勢で一礼し、クレセリアに一瞬目をやって彼らに背を向ける。翠が立ち去った後にはダークライとクレセリア、そして冬が残っていた。続いてダークライは優しい口調で、冬に話しかける。
「刹との間に割り込んだということは、莉には、よほど行きたいところがあるんだろうね」
「……」
「刹との間に割り込んだということは、莉には、よほど行きたいところがあるんだろうね」
「……」
ごぽりと音をたて、冬の姿が莉のそれに変わる。そして莉は、ぎこちない動作で頷いた。
「気を付けて、いっておいで」
「……は、い」
「……は、い」
莉も姿を闇へと消し、ダークライとクレセリアのふたりきり。クレセリアは砂にまみれた顔を俯かせて、口も開かない。
「君は、どうしたい?この期に及んでまだ、宴には参加したくないと言ってみるのも、まぁ1つの選択だろう」
「…」
「私としては是非参加して貰いたいのだがね。殺風景な空に飽きた子達も、いるだろうから」
「…」
「私としては是非参加して貰いたいのだがね。殺風景な空に飽きた子達も、いるだろうから」
ダークライの姿が、掻き消すようにして消えた。
ついにクレセリアが、ひとりきり。
ついにクレセリアが、ひとりきり。
ひとりになってからしばらくして、クレセリアはゆっくりと起き上がった。服についた砂をぱんぱんと手で落とし、顔についたものも払い落とす。
自分に言い聞かせるように、彼女は声を絞り出した。
自分に言い聞かせるように、彼女は声を絞り出した。
「……あの子達に、教えにいかないと」
「はやく、いかないと」
「このせかいを、おわらせてあげないと」
「はやく、いかないと」
「このせかいを、おわらせてあげないと」
―――おまえのせいで
頭に残る刹の言葉。クレセリアは強く強く、唇を噛んだ。赤い血が輪郭を伝い、服に跡を残す。
…わかっている、わかっているんだ。この世界を永遠に望むものもいることくらい、この世界に来た時からわかっていた。
でも、しかたないじゃないか、<クレセリア>の務めなんだから。そう思って今まで動いてきた。だけど。
頭に残る刹の言葉。クレセリアは強く強く、唇を噛んだ。赤い血が輪郭を伝い、服に跡を残す。
…わかっている、わかっているんだ。この世界を永遠に望むものもいることくらい、この世界に来た時からわかっていた。
でも、しかたないじゃないか、<クレセリア>の務めなんだから。そう思って今まで動いてきた。だけど。
「………いかなくちゃ」
彼女の足は、一歩も先に進まない。もう痛みもないし、誰もいないのに。
やがて彼女の口は遂に、堅く、閉ざされた。
◆
「あれ、陸くん?」
「…陸?何かあったのかい?」
「…陸?何かあったのかい?」
急にぴたりと足を止め、顔を上げてくるくる周りを見渡す陸。つられて幻や静葉、アノニマスも足を止めた。二人の問いに、陸は小さく喉を鳴らしながら答える。
「……月が、ない」
三人は空を仰ぎ見た。
いつだって頭上に浮かび、世界を照らしていた三日月。
赤い空には何もない。
そこにいつもあったはずの月は、跡形もなく消え去っていた。
いつだって頭上に浮かび、世界を照らしていた三日月。
赤い空には何もない。
そこにいつもあったはずの月は、跡形もなく消え去っていた。