わんもあたぁん
「…すいません、急にお邪魔してしまって」
「ううん、気にしてない」
「ううん、気にしてない」
小さな家の玄関前。紅は翠の顔を見上げながら、そう言った。翠は微笑みながら、ありがとうございます、と返す。軽く頭を下げると、翠は来た道を引き返そうとした。
だがふと足を止めると、そういえば、と翠は振り返った。
「…此方のお宅、四人で住んでいらっしゃると聞いたのですが。どなたか、外出中でしたか?」
「え?……ううん、僕たちは三人で住んでる。鉄と、風と、僕」
「そうですか、…記憶違いですかね…」
「え?……ううん、僕たちは三人で住んでる。鉄と、風と、僕」
「そうですか、…記憶違いですかね…」
小さな声でぶつぶつと何やらを呟きながら、今度こそ翠は帰路を歩み始めた。ゆっくり遠ざかっていくポニーテールをぼんやり眺めながら、紅はつい今さっきの翠の言葉をリピートする。
四人じゃない。
だって、この家に住んでいるのは鉄と、風と、それと、自分。
四人じゃない。
だって、この家に住んでいるのは鉄と、風と、それと、自分。
「…違う」
違う、それは違う。
この家に住んでいたのは、
この家に住んでいたのは、
―――“ ”
「…ぁ、あ、あ、」
がくがくと身体が震えた。膨大な量のイメージが滅茶苦茶な順番で脳内にフラッシュバックされる。
思わず紅は地面を蹴った。小さいけれどまだ見える後ろ姿を追いかけて、走る。
「翠ッ!」
紅の呼び掛けに翠ははっと振り返る。紅は息を切らせながら、違う、違うの、とうわ言のように繰り返した。
「紅さん?」
「…違うの、本当は、四人だよ…ずっと四人だった、鉄と、風と、僕と、もう一人」
「…違うの、本当は、四人だよ…ずっと四人だった、鉄と、風と、僕と、もう一人」
からっぽになった一人分の空間。今までどうしてその違和感に気づかなかったのだろう。
腕のない、やさしい、<ヨノワール>。
腕のない、やさしい、<ヨノワール>。
「冥が、いたの」
「……冥、って」
「……冥、って」
翠は少し目を見開き、そうしてすぐ目を細くした。何かに驚いて、そして何かを悟ったかのように。
…その時、軽い調子の笑い声が、翠の背後から聞こえた。紅はびくりとその声に怯え、翠は更に目を細めてちらりと視線を動かした。
…その時、軽い調子の笑い声が、翠の背後から聞こえた。紅はびくりとその声に怯え、翠は更に目を細めてちらりと視線を動かした。
「うふふ!その通りよ翠。その子ね、あの腕無し<ヨノワール>のお友だちなの」
「…桃さん、どうしてここに?」
「いいこと教えてあげようと思ったのよ。いいこと、をね」
「…桃さん、どうしてここに?」
「いいこと教えてあげようと思ったのよ。いいこと、をね」
片足を鉄パイプで補った、桃色の髪の少女はくすくすと笑う。翠の表情は無表情に近い。紅を見下ろしながら再び問う声からは、急激に熱が引いていた。
「…良いこと?」
「ええ、貴方にとっては、多分とてもいいこと。排除するべき人間の情報。わざわざ<グラードン>を革命軍に差し向けてくれた、すごぉく優しい人のこと」
「ええ、貴方にとっては、多分とてもいいこと。排除するべき人間の情報。わざわざ<グラードン>を革命軍に差し向けてくれた、すごぉく優しい人のこと」
翠の表情が厳しくなる。その翠の金色の瞳は、びくりと跳ねた紅の肩を見逃さなかった。まさか、という翠の予感と、その予想を裏付けるかのような、桃の言葉。
「ね、紅さん?」
その言葉を聞いた途端、紅の身体は完全に硬直した。震えも身じろぎすらしない。紅は直感的にすぐ傍にいる彼らが静葉達の敵だと感じたが、それでも、逃げることすら出来なかった。
やがて翠は、紅に一言もかけることなく背を向けた。紅の視界にちらりと緑の長髪が揺れる。慌てて紅は顔をあげ、翠の服の裾を掴もうとした。だがひんやりとした翠の言葉が、それを遮る。
「触らないで下さい、紅さん」
「…翠、なんで……」
「……私は、この世界を守らなくてはなりませんから。
早く帰りなさい、これ以上、貴方と一緒にはいたくない」
「…翠、なんで……」
「……私は、この世界を守らなくてはなりませんから。
早く帰りなさい、これ以上、貴方と一緒にはいたくない」
やはり、あの家に行かなければ良かったと翠は酷く後悔した。
結局、何も得たものはなかった。それどころか、無駄に何かを失ってしまった。翠はもう振り返りはしない。やがて紅が走り逃げていく足音が遠くなっていっても。
それを眺めながら、桃はふぅん、と鼻をならした。
結局、何も得たものはなかった。それどころか、無駄に何かを失ってしまった。翠はもう振り返りはしない。やがて紅が走り逃げていく足音が遠くなっていっても。
それを眺めながら、桃はふぅん、と鼻をならした。
「優しいのね、あれは『御神』の敵じゃないの?」
「…今回だけです。それにどうせ、何もできやしませんよ」
「…今回だけです。それにどうせ、何もできやしませんよ」
なにも、と翠は小さく呟く。言葉は影に飲まれながら、ぷつりと消えた。