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シフティ・プリンス

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nightmareofmio

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王子様を騙る話



そっと指で傷口をなぞってみても、冬は微かに息を呑んだだけ。
いたたまれなくなって、幻はまだ血の滲む傷口に口付けた。
鋭利な刃物ですぱんと切り裂かれた傷は、塞がりながらも血を吐きだす。

「…ごめんね、守ってあげられなくって。」
衣類まで赤く染まるほどの大怪我だというのに、冬は痛がるようなそぶりも見せない。
当然といえば当然だった。そこに血は通っていても神経が繋がっていないのだから。
人形。それが今の冬に与えられた名前。

「そう…あの家にも行ったんだ?」
"冬"の意思はもう、その中にはない。べっとりと張り付いた影が冬の意志になる。
けれども影を操る幻には、冬の意思も影の意思も同じだった。

影の記憶を辿りながら、幻はあくまで冬に語りかける。
「痛かったよね…。どうして僕はもっと早く…気付いてあげられなかったんだろう」
冬の手を取って、そのまま抱き寄せる。冬は抵抗も、受け入れもしない。
光の灯らない暗い目で、どこかを見ているまま。
「もう大丈夫。もう、あなたの傍から、離れない。」

そうして、唇を重ねようとした、まさしくその瞬間。
「幻さん、離れていただけませんか?」

苛立った翠の声を無視して、幻は冬の唇を啄んだ。
翠はわざとらしく靴底を鳴らして幻に歩み寄り、右腕に力を込める。仄かな燐光は"ドラゴンクロー"を構えた証。

「今すぐ離れなさい、それは御神の人形です。あなたの"冬"ではありません。」
こちらもわざとらしくリップノイズで翠を挑発。幻はにやりと笑って見せた。
「人形師として御神様のお人形を調整致したまでです。何か問題が?」
「…私はね、あなたのような人間が一番嫌いなんですよ。都合のいいほうへいいほうへひらひら飛んで。実に醜い。」
翠の凍てつく視線を真っ向に受け止めながら、幻は笑顔を崩さなかった。
しかし、冴え返るような青の双眸は、笑っていない。

「私が、醜い?」
言葉の代わりに視線で返事を寄越した翠に、幻は大笑した。
「同族嫌悪も甚だしいな! 本気で言っているのか?」
「何、ですって?」
「同族嫌悪だと言ったんだ。翠、君は愛する御神のために君を信じた細い腕を切り捨てた。私は、愛する冬のために私を信じた仲間を切り捨てた。何が違う? 愛という大義名分を瓦礫の上に打ち立てた。自分と、愛する者さえ満足すればそれでいい、自分の都合のいいように振舞ったのは君も私も大差ないだろう? それとも何か? 神への愛だけは無垢で穢れなく、自分だけは清らな場所に立っているつもりなのか? 私に言わせて貰えば、君の盲信のほうがよほど醜いね。」
翠は喉の奥で笑うと、溜息を吐いた。
「所詮は裏切り者、ですかね。神への愛は絶対だ。あなたの信じているものは、私のような民草の剣でさえ砕けるような儚い幻想。信仰と性愛とでは、比べ物にもなりませんね。」
「裏切り者、か。それが、私が君を醜いという理由なのだがね。」
「まだ何か言いたいことがあるのですか? 早く人形を置いて立ち去りなさい。あなたの顔はできるだけ見たくありません。」

背を向けた翠の脚を、幻が止める。
「翠。目を逸らすんじゃない。私は君の、君自身が最も見たくない姿を知っているんだ。」
「戯言を「"栞"。」

翠が、ゆっくり振り返った。
金の瞳が揺れる。蛇のように光る、幻の青に喰われそうなほどのおぼろげな炎。

「それから、"紅"」
「…何が言いたいんです?」

「裏切らなかった、と本気で言うのかい?」



駆け出して、闇の帳の向こうへ消えていった翠を見送る。幻は声を立てて笑った。
「カミサマに言いつけるわよこの謀反者。」
どこからともなく現れた桃は、からかうような口調で幻を呼んだ。
「失礼だな君まで。私はただ翠に教えてやっただけじゃないか。」
「そうかもしれないわね。」

「…本当にそうかしら? 別にどっちでもいいのよ、私はね。」
「実は私にもわからないんだ。私は、果たして何を望むのか…。」
幻は笑顔を崩さずに答えて、冬をそっと抱きしめた。

冬の指先が微かに震える。
そして幻の黒い衣装に、確かに、しがみ付くように爪を立てた。




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