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アンジェ・カレイド

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天使の舞踏会







天使に、なりたかった。






荒い喘鳴だけが、冷たく醒めた部屋に響いている。

風は鉄の額に手を当てた。驚くほど高い熱。すぐに新しいタオルを用意する。
紅が出て行ってから、鉄はすぐに起き上がれなくなった。どうしてなのか、を考えると、強い力で疑問を引きはがされてしまうけれど、紅がいないということだけは風にもわかっている。


「(鉄、しっかりしろ。)」

枕元に頭を埋める。鉄の息は苦しげで、風の喉にも何かが詰まるようだった。
いつの間に、こんなにボロボロになっていたんだろう。それすらもわからない。ぐらぐらと不安定な足場は、もしかすると今まで見えていなかっただけなのかもしれない。気づかずにずっと立っていただけで、ほんとうはずっと傾いでいたのかもしれないじゃないか。


「…風?」

鉄の淡い水色の、光を欠いた瞳が、風を見ていた。

「(鉄! だめだ、まだ…)」
「風、そこにいるんだよな…。ごめん…、俺もうどうにもできないんだ…。」
「(…鉄、?)」

「俺が守りたかった物も、守るべき物も、もう、全部壊れちゃったんだ。」


「俺はそれを見ないように、せめてみんなが傷つかないようにって、してきた。けど。」



「もう、俺じゃ抑えきれない。」

鉄の唇から音が漏れる度に、風の中に何かが起き上がり始めた。
そして、それは最後に。
人の形をつくる。


鉄が大きく咳き込んだ。ごぼっ、と厭な音がして、血泡がこぼれる。
風はどうすることもできなくて、そっと指で血を拭った。

その背後で、かちりと音がする。




「…鉄。俺ももう限界だ…。」

風の背後に、いつの間にかソラが立っていた。安全装置の外れた拳銃を、風の後頭部に押し当てて。

「ソラ…ちょっと待って。風、おいで。」


風はすこしためらったが、そっと鉄に近づいた。

「俺のお願い聞いてくれる、風?」
「(何だ?)」
「もう、俺は風を守れない。この家にいてもいいけど、俺はもう帰ってこないと思う。」
「(…どういう、)」

「でも、お願いだから。俺を、覚えていて。」


鉄の細い白い指が、風の頬を撫でる。


「俺を。冥を。紅を。ソラを。覚えていてほしいんだ。みんなで、楽しく過ごしたこと、覚えていて。」


水色の瞳から、ほろほろと涙がこぼれ落ちた。
風の頭を抱き寄せて、よしよしと撫でて、瞼の上にキスをする。


「この家がなくなっても、俺たちは家族だ。」











「…気は、済んだか。」


今は、鉄とソラと、二人きり。

「なあ、ソラ。俺は、何かを守れたかな?」
「さあな。俺には――。」

鉄はゆっくり体を起こして、ソラに縋り付いた。
その動きはひどく緩慢で、芋虫のほうがまだ早く動けたにちがいないだろうに、ソラは撃たなかった。

「ソラ。踊ろうって約束だろ。踊らせてくれよ。」


「冥に会わせて。」


「でないと俺は。」


「何も掴めないままで終わる。」



「頼む…最期まで綺麗に踊らせて…!」





ソラは、そっと鉄を抱き上げた。
もともと鉄は軽かったが、それにしても抜け殻のように軽い体だった。
多くのものを失ってきたのにもかかわらず、美しさは微塵も損なわれていない。


そして、大きく翼を広げて。



天使は窓から飛び立った。



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