しろつばきひめ
そこで親学の生徒会長・園端はティーカップを置いて、僕をじっと見た。
僕は落ち着いて、もう一度台詞を口にする。
僕は落ち着いて、もう一度台詞を口にする。
「ですからね、構わないでしょう」
「しかし、規則は規則でして」
「しかし、規則は規則でして」
何食わぬ顔で紅茶を啜る園端の後ろで、委員会の常盤は退屈そうにリボンをいじくっていた。
リボンは隣に腰かけた同じく委員会の椿野のものだが、当の椿野は気にしていない様子だ。
リボンは隣に腰かけた同じく委員会の椿野のものだが、当の椿野は気にしていない様子だ。
「他校生の僕にも、貴校の校則が適用されますか」
「ここにいらっしゃる以上、ウチの規則に従っていただきたいですね。郷に入っては郷に従え、と言うではありませんか」
「ここにいらっしゃる以上、ウチの規則に従っていただきたいですね。郷に入っては郷に従え、と言うではありませんか」
園端はにこりともしない。金の眼は厳しく僕を断罪する。
僕は言い返す言葉もなく、園端の背後の椿野を見た。椿野は無表情に僕を見返す。
少し唇を開いたけれど、言葉が漏れてくる様子はなかった。
僕は言い返す言葉もなく、園端の背後の椿野を見た。椿野は無表情に僕を見返す。
少し唇を開いたけれど、言葉が漏れてくる様子はなかった。
「園端先輩も頭固いなあ」
書類を纏めていた下級生の神宮が笑いながら言う。
書類を纏めていた下級生の神宮が笑いながら言う。
「討学に恩を売り付けるチャンスですよ」
「そうよ、だいたい冬子だってさっきからチラチラその男見てるし。気に入ってんのよ一丁前に。ほんとビッチ」
「そうよ、だいたい冬子だってさっきからチラチラその男見てるし。気に入ってんのよ一丁前に。ほんとビッチ」
常盤は呆れたようにそこまで吐き出した。リボンを投げ捨てる。
「イケメンと見たらこれよ。貞操観念なんててんでないのね」
「まあまあ桃さん。…いいでしょう、皆さんがこうおっしゃいますから、椿野さんは犀川さん、貴方にお預けします」
「ありがとうございます」
「イケメンと見たらこれよ。貞操観念なんててんでないのね」
「まあまあ桃さん。…いいでしょう、皆さんがこうおっしゃいますから、椿野さんは犀川さん、貴方にお預けします」
「ありがとうございます」
僕は立ち上がって礼をした。椿野は何か言いたそうにしたけれど、相変わらず黙って唇を閉じてしまった。
「犀川だっけ? あんたも物好きよね、こんな人形みたいなのでいいなんて」
僕は笑った。椿野の手を引く。
「性格ブスよりよっぽどマシだもの」
去り際に常盤の侮蔑する声が聞こえたけれど、僕は別に彼女のことを言ったわけではなかったのだけどな、と思っただけだった。
僕は、僕のことを言ったつもりだったのに。
そもそも観月園長が悪い。
親衛学園の『ラブドール』の噂を聞き付け、僕に調査するように言うまではよかった。纏めた報告書を手渡した僕に、彼女はとんでもない辞令を下す。
親衛学園の『ラブドール』の噂を聞き付け、僕に調査するように言うまではよかった。纏めた報告書を手渡した僕に、彼女はとんでもない辞令を下す。
「犀川くん、ちょっと借りてきてみてくれない?」
親学の生徒にしかラブドールが貸し出されないことを承知していた僕はもちろん断った。
だいたい、ラブドールとは名ばかりの、実際の生徒だ。しかも男子生徒。学園長の特別の許可を得て女子の制服で、女子生徒として在学しているが、中身はまごうことなき男子なのだ。
一方の僕は男を抱く趣味もないし、イケメン補正でリア充ライフを満喫していた。
その僕がどうしてラブドール(男)など。だが、園長の命令は絶対だ。僕はお付き合いしていた彼女に事情を話したが、勿論ビンタされて振られた。僕のせいではないというのに。
だいたい、ラブドールとは名ばかりの、実際の生徒だ。しかも男子生徒。学園長の特別の許可を得て女子の制服で、女子生徒として在学しているが、中身はまごうことなき男子なのだ。
一方の僕は男を抱く趣味もないし、イケメン補正でリア充ライフを満喫していた。
その僕がどうしてラブドール(男)など。だが、園長の命令は絶対だ。僕はお付き合いしていた彼女に事情を話したが、勿論ビンタされて振られた。僕のせいではないというのに。
親学からの帰り道、僕と椿野…当のラブドールは一言も話さなかった。
椿野のほうはそういう性格のようだが、僕は男相手にかけていい言葉がわからないだけだ(女相手ならこんなことにはならない)。椿野は常盤に投げ捨てられたリボンを丁寧に埃を掃うと、ポケットにしまった。
僕は親がネカチモで放任主義という他の学生に言わせれば羨ましいことこの上ない身分だった。僕が生真面目な人間なら、厳しい環境で自分を磨く気になったかもしれない。ところが僕はどうしようもなくヒキニートで、不真面目だった。
学校のほど近くにアパートを一室借りて、バイトもせず毎週ジャンプを買い、ぐだぐだしていた。その部屋に椿野を連れ帰った。ぐだぐだしていても片付けだけは得意な僕は部屋を散らかすことはなく、いつでも女を連れ込めるので、きっと僕はヒモとかに向いているのだと思う。
椿野のほうはそういう性格のようだが、僕は男相手にかけていい言葉がわからないだけだ(女相手ならこんなことにはならない)。椿野は常盤に投げ捨てられたリボンを丁寧に埃を掃うと、ポケットにしまった。
僕は親がネカチモで放任主義という他の学生に言わせれば羨ましいことこの上ない身分だった。僕が生真面目な人間なら、厳しい環境で自分を磨く気になったかもしれない。ところが僕はどうしようもなくヒキニートで、不真面目だった。
学校のほど近くにアパートを一室借りて、バイトもせず毎週ジャンプを買い、ぐだぐだしていた。その部屋に椿野を連れ帰った。ぐだぐだしていても片付けだけは得意な僕は部屋を散らかすことはなく、いつでも女を連れ込めるので、きっと僕はヒモとかに向いているのだと思う。
「お腹、すいてない」
椿野は黙って首を振った。いいえ、という返事より、嫌がっているふうに見えた。僕はできることもなくて、ベッドに座っていた。
もとより椿野を抱くつもりなどなく、すこし話をして、それで観月園長への報告も済ませるつもりだった。僕が頭で考えていたのは、目の前の椿野のことじゃなくて、僕をビンタした女のことだった。金づるとどうしてよりを戻したものか。
もとより椿野を抱くつもりなどなく、すこし話をして、それで観月園長への報告も済ませるつもりだった。僕が頭で考えていたのは、目の前の椿野のことじゃなくて、僕をビンタした女のことだった。金づるとどうしてよりを戻したものか。
そんなことを思っていると、部屋の隅でじっとしていた椿野がゆっくり近づいてきた。僕の前にそっと座ると、じっと黒い眼で僕をみる。
何か待っているような、恐れと、期待と。赤毛はふうわり、冬の花のしとやかな匂いがした。
何か待っているような、恐れと、期待と。赤毛はふうわり、冬の花のしとやかな匂いがした。
「僕を怖がってるの?」
答えはない。椿野は俯いて、ぎゅっと掌を握りしめていた。やがてそっと指を伸ばすと、セーラー服のリボンをはらり、取り払う。本気、なのか。僕は思わず後退りして、息を呑んだ。
「椿野、さん。僕はその、そんなつもりじゃ」
椿野は少し唇を開いたけれどもやはり何も言わず、リボンを元通りにつけ直すと部屋の隅に戻っていった。
「…椿野さん?」
呼ぶと、返事をする代わりに近寄ってきて、黒い眼でじっと僕をみる。しばらくすると、部屋の隅へ戻ってしまう。
僕はいらついてきた。何もないのだろうか。それとも普段、僕が付き合ってきた女がおかしいのだろうか。何も聞きやしないのに僕を置いて喋り倒し、僕の言葉なんて求めやしないふりをしている。
椿野は僕が言葉をかけても、喉が壊れているかのように黙っていた。無音が僕たちを浸蝕して、その毒牙が僕の喉元まで伸びてきた。僕はつい声を荒げる。
僕はいらついてきた。何もないのだろうか。それとも普段、僕が付き合ってきた女がおかしいのだろうか。何も聞きやしないのに僕を置いて喋り倒し、僕の言葉なんて求めやしないふりをしている。
椿野は僕が言葉をかけても、喉が壊れているかのように黙っていた。無音が僕たちを浸蝕して、その毒牙が僕の喉元まで伸びてきた。僕はつい声を荒げる。
「馬鹿にしてんの? 僕はあんたなんか抱くつもりもないし、ただ話したいだけ! 返事くらいしてみてよ、わかんないよ全然」
「…ごめん」
「…ごめん」
小さな声が、糸電話の糸を伝うように僕に届いた。
いっしょに、涙がひとしずく椿野の頬に伝った。涙型の赤い刺青を濡らす。僕は、ひどいことを言ったな、と直感した。女が「ひどいワ」などと言うときは、たいていひどいのは女のほうだ。僕は何度もそれを聴いているし、椿野のことはよく知らないけれど、きっと今の僕の言葉は痛い所に深々刺さってしまったのだろう。
涙を拭うと、椿野は唇を小さく開けて呟いた。わからない。話すことなんかない。抱かれることしか知らない。わからない。何度でも何度でも。そのうちひとつだけでも僕に届けばよいというように。僕は静かな部屋の中で、その独白を聴いていた。椿野の言いたいことはすこしわかった。きっと僕が愛情を肉体的に示す以外、椿野が僕を理解する手立てはないのだろう。しかし、僕は椿野の身体を拒否した。椿野が戸惑って怯えるにはそれで十分だった。
いっしょに、涙がひとしずく椿野の頬に伝った。涙型の赤い刺青を濡らす。僕は、ひどいことを言ったな、と直感した。女が「ひどいワ」などと言うときは、たいていひどいのは女のほうだ。僕は何度もそれを聴いているし、椿野のことはよく知らないけれど、きっと今の僕の言葉は痛い所に深々刺さってしまったのだろう。
涙を拭うと、椿野は唇を小さく開けて呟いた。わからない。話すことなんかない。抱かれることしか知らない。わからない。何度でも何度でも。そのうちひとつだけでも僕に届けばよいというように。僕は静かな部屋の中で、その独白を聴いていた。椿野の言いたいことはすこしわかった。きっと僕が愛情を肉体的に示す以外、椿野が僕を理解する手立てはないのだろう。しかし、僕は椿野の身体を拒否した。椿野が戸惑って怯えるにはそれで十分だった。
「何でも構わないよ。自己紹介とか、あるでしょう? 僕は犀川。犀川幻。あなたは?」
「…つばきの。ふゆ。」
「…つばきの。ふゆ。」
躊躇うように、それでもくっきりと発音した。冬子、というのはおんなとしての名前なのだろう。僕は"冬"に接することにした。
「冬。冬は何年生?」
「わからない…授業はうけないから」
「そう。僕は討学の2年生。生徒会で執行委員をやってる」
「わからない…授業はうけないから」
「そう。僕は討学の2年生。生徒会で執行委員をやってる」
冬は初めて、僕の身体から僕に目を移した。
「…まほろ…」
「うん?」
「優しい…な」
「うん?」
「優しい…な」
冷たいヒト、と罵られたことはあれど、優しいなんて形容詞をつけてもらったのは初めてだった。
僕は冬の赤毛に指を伸ばす。癖のある赤毛は、蛍光灯に照らされてきらきらとした光を湛えていた。冬はそっとポケットからリボンを取出した。
黒のそれを、髪を手櫛で梳きながらつけてやる。女の髪を触るのには慣れていたから、同じ要領でやった。冬は心地良さそうに目を閉じる。
僕は冬の赤毛に指を伸ばす。癖のある赤毛は、蛍光灯に照らされてきらきらとした光を湛えていた。冬はそっとポケットからリボンを取出した。
黒のそれを、髪を手櫛で梳きながらつけてやる。女の髪を触るのには慣れていたから、同じ要領でやった。冬は心地良さそうに目を閉じる。
「家はどこ?」
冬は目を開けてしばらく考えてから、がっこう、と言った。家、という言葉の代わりを探していたようだった。
「学校って、どこで寝泊まりするの?」
「…用具入れの体育のマット。」
「…用具入れの体育のマット。」
からかわれている、というわけではないようだった。さも当然というように答えられては。送っていくつもりだった僕の淡い希望を木っ端微塵に粉砕した冬は、またうっとり目を閉じた。
一晩泊めるのも抱くのもいっしょだ。周囲の見る目という意味上。でももう僕は、別れた金づるのことなんかどうでもよかった。今までに触れた全部の女と比べて、冬のことが相対的に愛らしく見え始めた。
このくらいの年頃にありがちな同性愛的擬似恋愛、なのかもしれない。でも獣と見えた女より、この痴れた男がヒトのような気すらして、僕はマイノリティへ飛び込む決断をした。まだ日は高いけれど、僕は冬をそっと抱きしめた。
暖かみは、女も男も変わらない。
一晩泊めるのも抱くのもいっしょだ。周囲の見る目という意味上。でももう僕は、別れた金づるのことなんかどうでもよかった。今までに触れた全部の女と比べて、冬のことが相対的に愛らしく見え始めた。
このくらいの年頃にありがちな同性愛的擬似恋愛、なのかもしれない。でも獣と見えた女より、この痴れた男がヒトのような気すらして、僕はマイノリティへ飛び込む決断をした。まだ日は高いけれど、僕は冬をそっと抱きしめた。
暖かみは、女も男も変わらない。
「冬。いいの? 僕とあなたは今日初めて会ったばかりだよ? それでも…僕があなたを抱いていいの?」
冬は首を振った。こんどはちゃんといいえに見えた。
「そんな気遣い、はじめてもらった…」
ありがとう、と囁く冬がたまらなく愛おしく、引きずり倒すようにして床に寝かせてキスをした。紅のない唇は、女と違って無味乾燥。それが僕には心地よかった。
横にベッドがあるのに、冬はもがくこともなく、床の上で僕を迎えた。
横にベッドがあるのに、冬はもがくこともなく、床の上で僕を迎えた。
* * *
男の抱き方なんかわからない、と呟いた僕を、冬は笑わなかった。好きなようにすればいいよ、と小声で息をひそめて、黒い眼で僕を見つめる。
そうだ、男女仲ばかりを考えていると忘れがちになるけれど、そもそもがセックスなんていうのは、お互いを慈しんでいることを互いに確かめ合うという定義であって、突っ込んだり突っ込まれたりなどはまったく定義の範疇外なのだ。
冬はそのことをよく知っていた。彼が普段しているのはセックスでなくて、性欲処理の相手だということを冬は誰よりもわかっている。
僕は冬の赤毛を撫でた。
肌蹴た胸元には小さな火傷の跡があって、ああ、そんなことまでされてきたのだな、とよりその身体を慈しみたくなった。勿論胸に期待されるはずの脂肪の柔らかさはない。骨の上に乗っているのは筋肉と皮膚だけ。
僕はそれでもかまわないな、と思った。心臓の音が聞こえるなら、それでもかまわない。誰かこうして冬の心臓の音を聞いた者が、あったのだろうか。冬はくすぐったそうに笑って、泣きそうな顔をした。
そうだ、男女仲ばかりを考えていると忘れがちになるけれど、そもそもがセックスなんていうのは、お互いを慈しんでいることを互いに確かめ合うという定義であって、突っ込んだり突っ込まれたりなどはまったく定義の範疇外なのだ。
冬はそのことをよく知っていた。彼が普段しているのはセックスでなくて、性欲処理の相手だということを冬は誰よりもわかっている。
僕は冬の赤毛を撫でた。
肌蹴た胸元には小さな火傷の跡があって、ああ、そんなことまでされてきたのだな、とよりその身体を慈しみたくなった。勿論胸に期待されるはずの脂肪の柔らかさはない。骨の上に乗っているのは筋肉と皮膚だけ。
僕はそれでもかまわないな、と思った。心臓の音が聞こえるなら、それでもかまわない。誰かこうして冬の心臓の音を聞いた者が、あったのだろうか。冬はくすぐったそうに笑って、泣きそうな顔をした。
「まほろ…いい、無理しないで…」
「もう少し」
「もう少し」
温い体温に浸っていたい。耳を胸に当てて、僕は目を閉じた。散々性欲処理なんてしてきたんだから、いまさらそんなことなんてしなくてもいい。
どうしてだろう、冬から受ける印象は、その赤毛を見ても白椿なのだ。雪のなかで鮮烈に咲く赤ではなくて、ひっそりと香るだけの白椿。僕は雪に紛れてしまった白椿を、その匂いだけを手掛かりに探した。
どうしてだろう、冬から受ける印象は、その赤毛を見ても白椿なのだ。雪のなかで鮮烈に咲く赤ではなくて、ひっそりと香るだけの白椿。僕は雪に紛れてしまった白椿を、その匂いだけを手掛かりに探した。
「冬、いいでしょ。もう少しこのまま居させて…」
「…ん」
「…ん」
冬は躊躇うようにして、その指を伸ばしてくる。抱きしめていいのか戸惑うようだったけれど、僕は強引にその指に僕を抱かせた。構わないよ。僕は人形じゃない、冬がいいのだから。
「僕のおんなになって…人形なんかやめて」
冬は返事をしなかった。洟を啜る声が聞こえたから、きっと泣いているんだと思う。僕は冬の胸に顔を埋めたままじっとしていた。顔を見たかったけれど、冬の身体を放したくなくて、脈打つ心臓の音をずうっと聴いていた。傷つけてしまうかもしれないな、と思った。
僕はずっと冬を好きでいられる、と自惚れることはできなかった。何せさっきまで未練がましく金づる女のことを考えていたのだから。それだのに、一人の人間を、傷ついた人間を幸せにできるなんて自惚れるもんじゃないよと僕の中で誰かが言った。僕はその声を黙殺した。傷つけたっていい、爪痕を残したっていい。そんな凶暴な思いのほうが、蛇のように舌を出す。
だって今冬と離れたら死んでしまいそうなんだ。喉が痛くて、瞼が熱かった。僕が自分が泣いていることに気付いたのは、冬が心配そうに僕の名前を呼んだときだった。
僕はずっと冬を好きでいられる、と自惚れることはできなかった。何せさっきまで未練がましく金づる女のことを考えていたのだから。それだのに、一人の人間を、傷ついた人間を幸せにできるなんて自惚れるもんじゃないよと僕の中で誰かが言った。僕はその声を黙殺した。傷つけたっていい、爪痕を残したっていい。そんな凶暴な思いのほうが、蛇のように舌を出す。
だって今冬と離れたら死んでしまいそうなんだ。喉が痛くて、瞼が熱かった。僕が自分が泣いていることに気付いたのは、冬が心配そうに僕の名前を呼んだときだった。
僕らは時々思い出したようにキスをする以外は、何もしなかった。
僕は泣き疲れた子供みたいで、冬はそんな僕を嬉しそうに見ていた。僕は冬を独り占めしたいのかもしれない。そして、冬を弄んだすべての欲求不満の生徒を殺してやりたかったのかもしれない。そんなことを冬に言った気もするし、言わなかった気もする。
結局冬を抱くことはできなかった。僕はそこまで人間ができていなくて、ただほかの生徒たちよりよっぽど女というものの汚さに触れてきたというだけのことで、大人ぶっていただけだった。冬はそんな虚勢を張る必要もないほど、僕よりもずっと大人だった。
きっと冬は自分を弄んだからといって、生徒を殺すことはしないだろう。でもそれは大人とは違って、冬が全部諦めているだけ。でも大人とはあるいは、すべて諦めつくした子供のことかもしれないなあなんて僕は考える。
僕は泣き疲れた子供みたいで、冬はそんな僕を嬉しそうに見ていた。僕は冬を独り占めしたいのかもしれない。そして、冬を弄んだすべての欲求不満の生徒を殺してやりたかったのかもしれない。そんなことを冬に言った気もするし、言わなかった気もする。
結局冬を抱くことはできなかった。僕はそこまで人間ができていなくて、ただほかの生徒たちよりよっぽど女というものの汚さに触れてきたというだけのことで、大人ぶっていただけだった。冬はそんな虚勢を張る必要もないほど、僕よりもずっと大人だった。
きっと冬は自分を弄んだからといって、生徒を殺すことはしないだろう。でもそれは大人とは違って、冬が全部諦めているだけ。でも大人とはあるいは、すべて諦めつくした子供のことかもしれないなあなんて僕は考える。
「冬、ごめん。好きになっちゃった、よ」
「…変だ。謝らなくてもいいのに」
「僕、勝手だね。ごめんね」
冬はううん、と今度は口に出して言った。それから二人でカップ焼きそばを作って食べた。眠るときになって、布団の中で僕は冬の指を握った。それは、どんなセックスよりも気持ちよかった。
翌日僕は冬を親学まで送り届けてから学校へ行き、観月園長には任務の失敗を謝った。僕は人形なんて目で冬を見られなかったのだから仕方ない。
観月園長はため息をついたけれど、にこりと笑ってくれた。これでよかったんだろう。
冬はきっとこれからも人形として扱われるだろう。僕は人間として冬を見るだろう。それでいいのだと思う。冬は決して人形であることが不満なわけではないのだから。
僕は冬の恋人になろうと思った。冬が不満だと言えばそこから救い出すくらいの甲斐性を見せてやろう。でも今は、冬が僕をひとりとして見てくれればそれでいい。誰が冬を人形だと言っても、誰が僕を異常だと言っても、それでいい。僕には確かな感情がひとつあった。どうしようもない、冬が好きだという、なんだかすこしちぐはぐな感じのする思い。
観月園長はため息をついたけれど、にこりと笑ってくれた。これでよかったんだろう。
冬はきっとこれからも人形として扱われるだろう。僕は人間として冬を見るだろう。それでいいのだと思う。冬は決して人形であることが不満なわけではないのだから。
僕は冬の恋人になろうと思った。冬が不満だと言えばそこから救い出すくらいの甲斐性を見せてやろう。でも今は、冬が僕をひとりとして見てくれればそれでいい。誰が冬を人形だと言っても、誰が僕を異常だと言っても、それでいい。僕には確かな感情がひとつあった。どうしようもない、冬が好きだという、なんだかすこしちぐはぐな感じのする思い。
「あ、もう5時。御空木かいちょー、後頼みましたーお疲れっす」
「え、犀川くんもしかしなくてもこれ全部書類じゃ」
「あとハンコ押して綴じるだけですから、6時提出なんで。僕ちょっと冬をお迎えに」
「え、犀川くんもしかしなくてもこれ全部書類じゃ」
「あとハンコ押して綴じるだけですから、6時提出なんで。僕ちょっと冬をお迎えに」
御空木生徒会長は不思議そうな顔をしたけれど、僕の女癖が悪いことはきっと観月園長よりも知っている。
「昨日と名前違うんだけど」
「新彼女っス。…あ、彼氏か」
「…犀川くん、相手男でも女でもいいけど…とっかえひっかえはよくないと思うよ?」
「だいじょーぶ、きっと最後だから」
「新彼女っス。…あ、彼氏か」
「…犀川くん、相手男でも女でもいいけど…とっかえひっかえはよくないと思うよ?」
「だいじょーぶ、きっと最後だから」
思うに最高級にイケメンな角度で清清しく笑った僕だが、御空木会長は全然ドキュンとこないご様子。僕は鞄を担いで、笑う口許を隠しきれずに歩いた。まったく僕というのも現金な男だ。
「…椿の匂いね」
「とっても可憐なヒトなんです」
「今度こそ犀川くんが腰を落ち着けてくれるといいけど」
「とっても可憐なヒトなんです」
「今度こそ犀川くんが腰を落ち着けてくれるといいけど」
それは僕にもわからない。でも、僕は御空木会長が同じお願いをしてくれたことに満足して、弾むように地面を蹴飛ばした。