王子様と妖精さん
ひとつ、ふたつ、みっつ、…。
指を滑らせて、ひとつずつ数える。襲い掛かる鞭は切り伏せ、その度にマイナス。"冬"は満足げに微笑んだ。
「重畳。残り半分といったところか?」
目の前の黒い塊を見つめて。
塊は、幾分か小さくなった姿で吠えた。ノイズが取り除かれた悲鳴からは、次第にクリアな絶叫も聞き取れるようになっていた。
塊は、幾分か小さくなった姿で吠えた。ノイズが取り除かれた悲鳴からは、次第にクリアな絶叫も聞き取れるようになっていた。
そう、希う啼き声が。
◆
「残念なお報せがあるわ。聞いておいたほうがいいでしょうけど、どうする?」
悪戯っぽくエメラルドを光らせた桃を、幻は横目で睨む。桃はその頬にマニキュアの指先を這わせて、答えを聞かずに話し出した。
「そんな顔しないで頂戴! 貴方の大事なお人形についてのお話なんだから! いいこと? あの子は私が貰うわ!」
「べたべた触るな。…君は自分が何を言っているかわかっているのか?」
「べたべた触るな。…君は自分が何を言っているかわかっているのか?」
幻の背後で影が蠢く。今にも桃に襲い掛かりそうなほど、殺気立って。
「勿論よ、王子様。でもこれはね、私の意思じゃないの。だから私を殺しても無駄。」
「…何だと、」
「…何だと、」
初めて、青い瞳に狼狽が漂う。
「頭のいいアンタならわかるでしょ? 何を企んでたの? 次第によっては、殺しちゃう。」
「…それも、御神の意思か?」
「…それも、御神の意思か?」
忌々しげに吐き捨てる。珍しく余裕の無い幻に、桃は挑発するようにますますその愛らしい、大きな翡翠色の瞳を近づけた。
「馬鹿ね、これは私の意思に決まってるわ。
…死人なんて本当は鼻にもかけずに見逃してやるところよ! でも。」
…死人なんて本当は鼻にもかけずに見逃してやるところよ! でも。」
嘲笑うように楽しげだった桃は、急に態度を変えた。きつく幻を睨みつけ、頬に這わせていた指で爪を立てる。血玉が浮かんだが、幻はずっと真っ直ぐに彼女を見ていた。
「赦さないわ。あの男はあの人を傷つけ、奪い去ろうとしたの。私がわからないと思って? わざとあの男は、あの人に殺されたのよ! あの人がなるべくひどく傷つくように! 自分に向くように! 例え死体だとしても私は赦さない! 生きているなら尚更赦さない!!」
「…冬を、どうする気だ。」
「…冬を、どうする気だ。」
きわめて冷静に、幻は問い掛けた。その冷静さが、ますます桃を苛立たせる。
「どうしてやろうかしらね! できる限りひどい目に合わせてやりたいわ!!」
そして、また無邪気な少女の仮面を被りなおす。幻の頬に引いた爪痕をなぞり、滲んだ血を指先で弄ぶ。ちゅ、とその指先に口付けて、にぃやり、笑った。
「いいこと、王子様《プリンス》。貴方の計画は失敗に終わるの。御神が許す以前に私が許さない。」
「…素敵な宣戦布告をありがとう、妖精《フェアリー》。私は必ず君を打ち倒してみせよう。そして、成就する。私の悲願を。これだけが私の、夢へのただひとつの願いだからだ。」
「…素敵な宣戦布告をありがとう、妖精《フェアリー》。私は必ず君を打ち倒してみせよう。そして、成就する。私の悲願を。これだけが私の、夢へのただひとつの願いだからだ。」
影が幻に絡み付く。黒衣ごと、幻は闇へ融けてゆく。桃は哄笑して、彼を見送った。
「なんてお馬鹿な王子様! 成就するわけがないじゃない! そんな夢物語、夢でも叶わないわ!」
そして、高らかに言い放つ。
「死者を、甦らせるなんて!」
◆
ひとつずつ数をマイナスしながら、"冬"はスコップを振り続けた。その度に形を変える怪物は様々な角度から襲い掛かるが、"冬"の前で紙切れのように散っていく。
「だいぶ削ったはずだが…。」
ふと顔を上げると、ぽつぽつと疎らに雨が降り出す。純白の世界に染みて、雨はさらさら消えていく。影から、ひとつ何かが立ち上がった。スコップを担ぎ上げて、怪物がぐるぐると形を変えるのを楽しげに見つめる。
「海神《ポセイドン》"カイオーガ"、刹。会うのは初めてだな。」
"刹"は答えない。ただ影の絡み付いた、鰭の両腕を構える。"冬"はにいやり笑ってみせた。
「名を奪われた者…。果たしてわたしでどこまで闘れるか…。」
スコップを引きずり、"刹"の前に立つ。しばらくそのまま睨み合いが続いたが、どちらからともなく地面を蹴った。