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アポカリプス・ナウ

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闘争の夜



流星の如く銀翼を煌かせ、ソラは迷い無く真っ直ぐに飛んでいた。
腕に抱えた鉄は目を閉じて、ひどく軽い。それがソラをひどく焦らせていた。

だから、普段の彼ならとっくに叩き墜とせているはずの攻撃に気付けない。銀翼をがっちりと縛り上げた白蛇の群が、ぎりぎりと力を込めて彼を墜とすまで。


「…ッ!」

それでもソラはすんでのところで、硬質化させた両翼の一撃"はがねのつばさ"でそれを断ち切った。ぶちぶちと引き千切れたそれは、布製のもろいもののようだ。先程までは意思を持った確かな弾丸として、彼を狙っていたのに。腕の中の鉄を庇うように、威嚇するように、ソラは大きく銀翼を、その下の赤い風切り羽を広げる。暗闇に浮かぶ人影を、赤銅色の瞳で睨みつけた。

「おかしいな。お前はカミサマに味方する側だろう、人形≪ドール≫。こんなところで何をしてるんだ?」

人影は、とても気軽な様子でそう言った。道端で出遭った知り合いに声をかけるようなその気軽さが、逆に不気味さを際立たせる。ソラは少しも視線を緩めずに、その何物かを睨み続ける。
そんなソラの威嚇を嘲笑うように、ゆっくりと人影は近づいてくる。ソラが銃を抜いてもお構い無しだ。冷たく光る銃身、銃口を意にも介さず、確実に一歩一歩歩いてくる。ソラは警告せずに発砲した。が、弾丸は彼に到達することはなかった。ぐしゃり、と、何かに握りつぶされたのだ。

「スリー、お前に用はない。人形≪ドール≫を返せ。カミサマのお達しだ。」
「断る。俺の最優先事項≪トップオーダー≫に反する行動はできない。」

そうか、と小さく呟いて。人影は青い目をぎらりと光らせた。一瞬で、いつのまにか振りかぶられていた拳がソラを強かに殴りつけている。ソラは倒れこそしなかったが大きく弾き飛ばされた。

「なら、多少強引にでも代わってもらわないと困るな。俺だってヒマじゃない。」

土煙が晴れた向こうには、まだソラが、鉄を抱えて立っていた。足許はふらついているし、体の半分は真っ黒く融けて、別の肌が覗いている。すんでのところで持ちこたえたのは、ひとえに"がんじょう"の効果だろう。腕に抱かれた鉄はまだ息をしていたが、目の前の事態に声も出ない様子だ。

「ふぅん…強情だな…。」

彼は退屈そうに、また白蛇の群を――何本もの純白の包帯の束を、空中に浮かべて見せた。ソラは歯噛みした。分が、悪すぎる。

「貴様、何物だ…?」
「俺は、飴。スリーの記憶から、俺は消えてるのか。少しの間一緒に過ごしたけど。」
「馬鹿な…、飴は、」

「俺は生まれ変わったんだ。カミサマにそうお願いしたから。だから、できるだけ彼の言うことを聞かなくちゃならない。」

言うなり、飴の姿はかき消える。一瞬で眼前まで迫った爪をソラは回避することができずに、綺麗におろされている筈だった。ところが響き渡ったのは肉の裂ける音ではなく、もっと硬く水気の無い、刃物のぶつかる音だった。


「勘違いしてんじゃねェよ、飴。」

がっちりと"きりさく"を受け止めたのは、鋭く赤い爪だった。"ドラゴンクロー"の燐光を帯び、微かに青く光って見える。

「お前が殺したいのは俺だろう、俺に来い。」
「翼。来ると思ってた。来ると思ってたさ! お前はきっと来ると思ってた!!」

飴の青い瞳が、狂気と歓喜に包まれ目まぐるしく色を変えた。翼は力で飴を押し返す。"りゅうのまい"を重ねがけしただけの効果はあったようだ。飴は大きく吹き飛ばされた。

「あいつは俺が殺る。あんたらはさっさと行きな。ソラ、クロ。その…やることあんだろ。」

背中越しに、竜の金の瞳が、二人を見た。ソラは頷いて、崩れ落ちそうになっている羽を必死で奮い立たせた。鉄が一言、ぽろりと呟く。何かを納得したような、何かを諦めたような、絶望でも希望でもない不思議な表情で。


「…みんな、死ぬんだな。誰かのために喜んで、死んで行くんだ。」


不規則な羽ばたきの音が遠くなる。翼はにやりと笑った。はるか遠くに吹き飛んだ飴を、竜の驚異的な視力が捉える。飴は、端正な唇を大きくゆがめて笑っていた。

「…そうだ。誰も彼も、死んでしまう。俺も、お前もだ、飴。」

翼の呟きに応えるように、飴は翼へと"とっしん"した。





ついに、ソラの翼が折れる。がくん、とバランスを崩して地面に落ちるが、それでもソラは鉄を庇った。わずかな衝撃で投げ出された鉄は、倒れたソラに縋りつく。

「ソラ!!」
「俺は大丈夫だ…歩けるか。真っ直ぐ行け。」

ソラはふるえる指をそっと持ち上げて、赤い空の向こうを指した。荒く息を紡ぎながら、唇だけで笑ってみせる。

「お前を待ってるやつが、居るだろう。早く、行け。」
「ソラ…。」

ふと、ソラの赤い瞳が、おだやかな金の輝きを取り戻し、すっと細まった。それは彼が今まで一度も見せたことの無いような、無邪気であたたかな笑顔だった。
鉄は、躊躇うことなく、その薄い唇にキスをした。
ソラは泣きそうな目でそれでも笑顔を崩さずに、ゆっくり歩いていく鉄を見送って、

「…本当にお人好しだな、あいつは…。」

ずるりと、冬≪ドール≫へと姿を変えた。




どれくらい歩いただろうか。
長かったような、短かったような、漠然とした荒野を一人で進んで。たどり着いた場所は、鉄の到底想像し得なかった風景を晒していた。冥が。静葉が。見覚えのあるひと、ないひと、なにもかもがない交ぜになって。

鎬を削り肉を焼き、骨を断ち割り地面を砕き。
哄笑が怒声が悲鳴が響き渡る、狂気と熱気に満ちた、ただ一夜の夢の果てが。


それは、ソラの熱を残した唇で、ひとつの言葉になった。



「…せんそうだ。」


それはまさしく、"ソラ"の生きていた場所だったのだ。







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