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ゆめうつつ

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夢現



地面がどろりと、溶けだした気がした。
そのままただただずるずると飲み込まれて、飲み込まれて、
最後に見えたのは、赤に飲み込まれていく三日月。まぎれもない自分の姿。

自分が目を開けているのか閉じているのかすら分からない暗闇の中。

不意に、真っ白な手が伸びてきた。
手が、手に、
引きずり込、ま、れて、





「…起きろ、クレセリア
「おい、起きろ!いつまで待たせる気だ」

誰かの声が聞こえる。
声の向こう側からは打ち寄せる水の音と、優しく吹き付ける風の音。

「まったく、このアト様をこんなとこまで来させた癖に!いつまで寝てるんだ、クレセリア!」
「痛ッ!」

がんッ、と音がして、頭が地面に打ち付けられた。頭を思いっきり踏みつけられたらしい。痛みに瞳を涙ぐませながら顔を上げると、そこには仏頂面の綺麗な顔があった。クレセリアは痛みも忘れて、とっさに伏していた体を持ち上げる。

「あ、アトラーシャ、さま?」

この世の総てを生み出した創造神<アルセウス>、ことアトラーシャは、未だぽかんとした表情のクレセリアを見下ろしながらふんと鼻を鳴らす。相当立腹しているようだった。

「なんだ、起きてるじゃないか。なら早く返事をしろ。アト様は忙しいんだ」
「ど…どうして、アトラーシャ様がこんなところに…」
「なんで?アト様がここにいてはいけないのか?ここはアト様のモノだというのに」
「アト様の…もの?」

言われて周りを見渡してみる。すると、ようやく気がついた。
ここは赤い世界じゃない。
青々とした葉を茂らせる木、見上げれば広がるのは青い空と眩い太陽。ミオシティ一歩手前、218番道路はいつもと変わらない風景だ。ただ、人もポケモンも、自分たち以外はすっかり姿を潜めてしまってはいるが。

「…クレセリア、アト様が何でわざわざこんなとこまで来たのかは分かるな?」

業を煮やしたように、アトラーシャは腕を組んでクレセリアに尋ねる。クレセリアは思わず背筋を伸ばしてアトラーシャに向き直り、少し口を噤んでから言葉を探した。

「…ダークライの件、ですね?」
「そう。それで、レックウザ達はどこにいる」
「…まだ、街の中に」
「ふぅん、で、いつつれて帰ってくるんだ?」
「……わかりません、いえ、私には…できません」

クレセリアに、理由を問う声も怒鳴り声もかけられることなかった。アトラーシャは黙って、クレセリアの吐露を耳にする。

「私には彼の世界を破るほどの力はありません。私には翠…空瑚たちを救う力は、ありません」

泣いていては前に進めない。そう強く思って何度も閉じこめた涙が、まだ込み上げてくる。
私は弱い。
アトラーシャは彼女を見下ろしたまま、重く息を吐いた。そしてくるりと振り返ると、突然足を進め出す。ようやく口を開いて、言葉を流しながら。

「力はない、な。よく分かってるじゃないか」
「……はい」
「だけど、答えてみろ、クレセリア」

ちゃぷり。アトラーシャは海と陸の境界に屈み込み、右手を水中に浸けた。

次の瞬間、腕を高く持ち上げたときには。
クレセリアの口から出たのは、絶句。


「お前は今、誰に話しかけている?」


彼の右手には海水の塊。まるで固体であるかのような、当のアトラーシャほどもある大きさの水の塊が、彼の腕の先に在る。立ち上がりもう一度振り返ったアトラーシャは、顔ににんまりとした笑みを浮かべていた。


「そ…創造神、アトラーシャ、セルリュオス……さま」
「そうだ。アト様だ。世界を生み出したアト様だ。アト様は世界で一番偉い。だから、誰もアト様に逆らえない。アト様以外はみんな、“アト様以下の存在”だからな。そんなことは、こんな水でさえ、知っている」

水に意志はない。記憶もなければ、生きてすらいない。
けれど、水という存在は、“絶対神”に従うように出来ている。水だけじゃない。
空も地も海も空間も時間も、世界に存在するもの総て。そしてそれは、命有る者も変わらない。
ひゅ、という音と共に投げられた水の塊は弧を描いてクレセリアの方に向かい、やがて彼女の真上で弾けた。大きな水滴がばらばらと、クレセリアに降り注ぐ。

「お前はいつからそんなバカになったんだ?世界で一番偉いアト様には誰も逆らえない。アト様の命令に逆らう権利はこの世の誰にもない!そんなこと誰だって知っている!
クレセリア、お前は弱い。けどアト様が止まれと言うまで、お前には止まる権利はない。アト様以外が止まれと言ったって、関係なんてない。何故ならアト様が進めと言ったのだからな!!」

それとも何だ?と、アトラーシャは相も変わらず勝ち誇った笑みを浮かべながら付け足す。

「クレセリアもさみしがりか?『ほーむしっく』とやらにでもなったのか?」
「なっ、ちっ…違います!別に、その、そんな訳じゃ…」
「ならさっさと行け。アト様の命令だぞ。一分一秒でも早く行け」


そう言うとしっしっとアトラーシャは手をふった。何か言いたそうにじぃっとクレセリアはアトラーシャを見つめるが、アトラーシャは全く気にかけない。
けれどやがて、クレセリアが諦めて立ち上がろうとした時に、思い出したようにアトラーシャは彼女に何かを投げつけた。
クレセリアが慌てて受け取ったそれは、三日月の形の羽根。

「…<みかづきのはね>?あの、アトラーシャ様、これは…」
「鈴鈴から預かってきた。お前の忘れ物らしいぞ。
…さて、渡すものは渡したしレックウザはいないし、アト様は帰るぞ。今日のおやつは鈴鈴のふるーつたるとだからな」

昨日の残りだけどな、とアトラーシャはつけたしてまたそっぽを向く。
海に向かって歩きだしたその背中と手の中のみかづきのはねを見つめて、
やがてクレセリアは、ぎゅっと目を閉じた。





夢の世界。
広がるのは赤い空。その空の下に蠢く人々。飛び散る血飛沫。張り裂けんばかりの絶叫。

それらが全て、突然、止まった。
誰の息づかいすら、小石の転がる音すら聞こえない、ほんの一瞬の無音。

けれど、空だけが違っていた。
硝子にひびが入り悲鳴を上げる音が空から世界に響きわたる。
やがて耐えきれなくなった緋色の硝子は一度の高い音と共に弾けて、動かない世界の上にばらばらと落ちていった。
最後の破片が地面に落ちたのと同時に、世界は時を取り戻す。

そして誰かがふと空に目をやってみれば、空には赤色の向こう側から光を零す白銀。



クレセリアは、右手をしっかり握り締めて、地面に降りた。




★クレセリア関連Final補正
  • 時系列的にはvs冥さん編途中くらいからの復帰
  • 外からのクレセリア復帰により悪夢世界がちょっと不安定化。→特性:ナイトメアによるダメージが若干増す
★みかづきのはね効果
  • 影経由の攻撃(影そのものからの攻撃/冬たんの影憑依/冥さんのヤミラミ影憑依 とか)無効。ばちんって弾くよ
  • 道具なので受け渡し可。無効効果が発動するのは所有者に対してのみ。落としてなくしたりしないでね
  • “夢”に対しての効力はあっても通常攻撃には弱いから直接攻撃されたらあぶあぶ






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