Pull Me Under
空気を切り裂いて漆黒の鞭が飛来する。それとともに、苛烈な水の奔流が。スコップを弾き飛ばされ、"冬"はその鞭に両脚をとられた。すぐさま星が"でんじは"を流すと、鞭は電気を嫌うように離れる。鏡の"シャドーボール"が、鞭を放った本体を捉えた。真っ黒い塊のようなそれは、悲鳴を上げながらも"冬"に襲い掛かる。
「"刹"…まだ残っていたか…!」
「おい、こいつは何だ!」
「こいつら、"影"ですね? いったい何人…中に居るんです!」
「おい、こいつは何だ!」
「こいつら、"影"ですね? いったい何人…中に居るんです!」
鏡の問い掛けには頷いて、"冬"はスコップを手繰り寄せた。
「あれはわたしを狙ってくる。お前たちは先に戻れ。」
その前に立ちはだかるように、星と鏡が立つ。
「トレーナーを置いて逃げるパートナーが何処に居る!」
「そうですよ、鏡も戦います。」
「馬鹿野郎どもが! どいつもこいつも…ッ危ない!!」
「そうですよ、鏡も戦います。」
「馬鹿野郎どもが! どいつもこいつも…ッ危ない!!」
大きく口を――というよりは漆黒の淵を広げた影が襲い掛かる。影はあっという間に3人を飲み込んだ。
◆
ずるり、と幻が姿を変える。微かに纏おうとした青い肌は、刹のものだろうか。しかし変化は完成せず止まり、幻は苦悶の表情で崩れ落ちた。
「何や…?」
陸は警戒するように、爪の腕で静葉と紅を庇う。ばちんと何かが千切れるような音が世界に響き、幻が弾かれた。彼は直ぐさま受け身を取って立ち上がるが、その目はもう静葉たちを見てはいない。先程まで自分が成り代わっていた、冬を見つめている。青い瞳は歓喜に満ちていた。
「…始まったんだ。いや…終わったんだよ…。まさか、そこに居たなんて…。」
「暁、何がどうなってるんだ?」
「私にもわかりません…ただ、あの男は私たちなど見えていないのでしょう…それこそ最初から、」
「私にもわかりません…ただ、あの男は私たちなど見えていないのでしょう…それこそ最初から、」
暁の言葉を遮るように次に音が響いたとき、放り出されたのは、星と鏡だった。2人ともきょろきょろと辺りを見渡して、凄惨な現場に声もなかったようだが、鏡はある一点を見つめて慌てて駆け寄る。銀色の蛇竜が嬉しそうに喉を鳴らした。
「コウちゃん!!」
そして、全ての視線の中央で、冬がゆっくり目を開けた。
光の入った琥珀は確実に色を持ち、苛烈な炎のように幻を見る。
光の入った琥珀は確実に色を持ち、苛烈な炎のように幻を見る。
「…お帰りなさい、冬。」
幻の震える声だけが、今や静まりかえった戦場にこぼれ落ちた。冬はそっと幻に歩み寄る。ぐっと握り締めた右拳が、真っ直ぐに幻の頬に突き刺さった。幻はよろめきこそすれ、倒れない。その細い肩を強く抱きしめて、冬は泣き出しそうな声で叫ぶ。
「この…大馬鹿野郎ゥが! わたしなんてさっさと見捨てればよかったんだ…!」
盛大な溜め息とともに、切れた唇の端を撫でる。冬は、それで、と切り出した。
「お前、一体何をやらかした?」
「僕は何もしてないよ。全部、もとあるべきところへ収めた。それだけだ。」
「僕は何もしてないよ。全部、もとあるべきところへ収めた。それだけだ。」
紅の視線が険しくなる。それに反応した陸が喉を鳴らした。突き刺さる視線の刃などまるで気にもとめずに、幻は八の字に眉を垂らしている。冬は呆れかえった様子で、ちろりと背後の、紅が貪った残骸に目を遣った。
「…仕方ねぇよな。お前はそういう風になってるんだものな、"幻"。」
そして、手にしたスコップを、血糊を払うように振る。ぐるりと辺りを、冬と幻を囲うように展開された陣形を見渡して、挑むように言い放った。
「お前がそのつもりなら、付き合ってやる。――さあ、待たせたな。ここからはわたしが相手をさせてもらおうじゃないか。星、鏡、咬竜、行くぞ。」
「…冬?」
「幻に指一本触れさせるな。必要ならば、叩き潰せ。」
「…冬?」
「幻に指一本触れさせるな。必要ならば、叩き潰せ。」
最初に咬竜が、雄叫びをあげてずるずると這い出して行く。今まで聴いたことのないような、喜びに満ちた声だった。――従属の悦び。咬竜もまた、冬の元で戦う戦士だ。
「こうりゅう、だめ…、」
紅の制止に一瞬振り返った竜は、生臭い息をかはぁと吐き出して笑った、ように見えた。咬竜に続いて、星と鏡も冬の元へ集いだす。冬はその中心に君臨した女王だった。とぐろを巻いた鋼鉄の玉座に、金の宝冠を頂く従者を従えて。
「行け、幻。ここは引き受けてやる。」
「ふゆ、」
「わたしがまた倒れるようなヘマをするように見えるか? いいから行け。」
「ふゆ、」
「わたしがまた倒れるようなヘマをするように見えるか? いいから行け。」
幻は小さく頷くと、闇の帳の向こうへ駆けて行った。それを見届けてアノニマスが笑った。あまぁい。
「相変わラず冬はあまァいねェ。ねぇシズハ? おもシローくなってキたヨ?」
「何がッ…!」
「何がッ…!」
声を荒げたのは、静葉ではなく紅だった。
「あなたは…鉄を助けてくれるひとじゃなかったの…!?」
「誰が助けてやるって言ったよ? わたしはてっきり、お前たちがその役を果たすと思ってたんだが…見当違いだったみたいだな。御託はいい。わたしが聞きたいのはひとつだけだ。」
「誰が助けてやるって言ったよ? わたしはてっきり、お前たちがその役を果たすと思ってたんだが…見当違いだったみたいだな。御託はいい。わたしが聞きたいのはひとつだけだ。」
冬は、スコップを持っていないほうの、左手を前に差し出す。
「ここでわたしと戦って、幻を追うか? それとも、大人しく引き下がるか?」
手は、静葉の前に。
「感情に駆られては、何も見えなくなる。心で考えるな。ここはそういう場所だろう? 君はどちらを選ぶ。あるいは君自身の手で、第三の選択肢を勝ち取って見せるか? 君たちが幻の敵となるなら、残念ながらわたしは君たちと戦わねばならない。勝てる相手と思うなら、そうするがいいだろう。」
威圧感を伴った冬の挑発。静葉は、目の前の無骨な手指に視線を落とした。
Pull Me Under / Dream Theater