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Die Young

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Die Young



よたよたと、それでもしっかりとした足取りで駆けていった静葉を見送り、冬はゆっくり立ち上がった。

「――……痛ェ…」

一文字に腹を切られてはいるものの、内臓さえ無事ならまだ動ける。出血は気になるが、それより先に、しなくてはならないことがあった。スコップを杖がわりに寄り掛かりながら、声を上げる。

「咬竜!!」

地鳴りが響いて、岩壁がばらばらと崩れる。その向こうから砂埃とともに、鋼鉄の蛇が姿を見せた。息は荒く、血糊を口腔から滴らせていたが、赤い瞳孔は炯炯と輝いて、冬を見つめている。
冬の胸先に鼻面を寄せて、低く唸る咬竜を撫でてやりながら、冬は一度、目を閉じた。

樹のことだ。

アノニマスと呼ばれた"メタモン"は、樹に化けていた。喰いに、行ったのだろう。あるいは、餌をばら撒くために……。何れにせよ、樹が狙われているには違いない。――……往かなければ。最早、ここで闘う意味は失せた。冬の意図は充分静葉に伝わったはずだ。でなければ、彼女を止めただろう、何度でも立ちはだかっただろう。
静葉のまっすぐで、眩しい姿が、閉じた瞳の奥に現れる。
何もかも、どれひとつ失いたくないなどと、都合のいいことばかり並べ立てているのは、他でもない冬自身だ。よくも静葉に選択を迫れたものだ。ただ、わたしにはそれを、実現させるだけの力がなかっただけのことなのに。
静葉の面影が唇を開く。
――『幻さんは、冬さんのために全てを背負おうとしている。』
違う。違うよ、君は正しいけれど間違っている。幻が背負ったのじゃない、幻は背負わされただけなんだ。わたしが、そうさせたんだよ。
どろりと、冬の中で感情が渦巻く。信じたかった。ただそれだけなんだ。蝙蝠は誰にも信じてもらえない。わたしだけでも信じてやりたかった。そして、幻はわたしに応えたかった。それだけのことさ。君にはきっと、わからない。
愛と憎の、醜い感情のキメラが、鎌首をもたげる。ああ、君たちのような、光に似た生き物には、とても見せられない姿だな。樹、君はぜんたい、どこで何をしている? あるべきものはあるべき場所に収まるべきだ、そして君は、彼女の――、
冬が目を閉じていたのは、時間にすれば一瞬のことだっただろう。咬竜はくるると低く鳴いて、冬を心配そうに見た。

「心配するな、咬竜。わたしは平気だよ」

崩れた岩壁の向こうは、夥しい量の血で真っ赤に染まっていた。樹に化けたアノニマスが、たった一人で作り出した地獄絵図だ。もともとダメージを負っていたとはいえ、ここまで一方的にやられるほど――。冬は息を呑む。咬竜を連れて、ゆるゆると動き出した。

「星、鏡、無事か」

小さく返事があった。鏡の声だ。鏡は幼い姿でそこにいた。血の海の中に体を起こして、ふわりと冬の傍へ飛ぶ。

「ふゆ、けがしてる、ですか」
「掠り傷だ。全員生きてるか?」

鏡は周囲を探るように瞑目した。鏡自身も刀傷を負っているが、うまく身をかわしたのか、治癒したのか、裂かれた背中は割合軽症だ。

「……いちおう」
「一応って何だ。不穏なこと言うんじゃ――、」

冬の目に、星の姿が止まる。そして、思わず言葉を失った。
溢れ出した鮮血は並みの量ではない。未だに傷口は血を噴き続けていた。星は唸るような微かな声で、冬の呼びかけに答えようともがいている。
星の両脚は、大腿の半ばから先が無くなっていた。

「星!!」
「……冬…っう…」
「しっかりしろ、星!!」
「…あし、どうなってる……?」

星は弱弱しい声で、感覚がない、と呟く。冬は力強く、その金の髪を撫でた。血糊で固まった髪はぐしゃぐしゃとかき乱されただけだった。

「馬鹿野郎ゥめ、大した傷じゃねぇだろうが……!」
「……冬、星は…もう、これ以上は、…足手まといに、なってしまう」
「そんなことはお前が決めることじゃない! いいからもう喋るな、」
「もういいんだ……自分でわか、る……さよならだ、そうだろう……?」

伸ばされた手を掴む。意外なほど、その力は強い。

「星の願いは……あの男が、叶えてくれる…。ごめん、冬……」
「おい、待て、星、許さねぇぞお前ッ、」

「一足先に…星は外で、待ってることに、した……」


それきりだった。静寂、ただそれだけだった。
星の体は、風に攫われるように、ざらざらの砂になって消えていく。夢の果て。おそらく影としても、彼は二度とこの世界に訪れることはないのだろう。
冬は拳で地面を殴りつけると、空を仰いで叫ぶ。空にかかる、大きな白い月に。

「"クレセリア"! 居るんだろう! こいつらを生かしてやってくれ……頼む」

微かに、声が滲んでいた。
冬は立ち上がると、戦場を見渡し、咬竜と鏡を寂しげな瞳に捉えて微笑む。

「お前たちは、幻の力になってやってくれな」
「ふゆは……?」
「……すまない、行かなくては、ならないんだ。」

言うなり、冬の姿は真っ黒く影に覆われた。ずるりと影が絡みつき、ひとつの姿を象っていく。するどい切っ先を見せる翼がその背に生え、大気を震わせる熱気が立ち昇る。
"焔"は空の彼方を睨むと、咬竜らには目もくれずに飛び立った。

けれど、鏡は確かに見たのだ。
影に覆われながら、冬の頬には、透明な雫が伝っていた。

もう二度と冬に会えないような気がして、鏡は言葉もなく立ち尽くす。




Die Young / Black Sabbath

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