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mato4869

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I love you. /2



不思議な気分だった。
真っ白な空間で、二人背中を合わせて座りながら思う。
お互いよく見知った姿で。お互いのこともちゃんと覚えていて。
"紅"。"冥"。…そう、呼びたくなるのに。

『カルロ・ジーリアスと申します。』
そうではない現実。夢は続いていない。これはあの赤い夢とは、別のお話。
此処にいるのは"カルロ"、そして、"ルワーレ"だった。


「…先程…、」
ぎこちなく、ルワーレが口を開いた。
「何故泣いていたんです?」
「え?」
カルロは首を傾げたが、ルワーレは見ていた。カルロの目から一粒、零れていた涙を。
「…それは、貴方こそ。」
くす、と笑われて返された。はっとしたルワーレは慌ててこすろうとしたが、ああ、そういえば義手すら今はないのだった。
「…そんな生意気言うような子じゃなかったのに。」
少しふてくされて言えば、くすくす笑ったように肩が揺れた。
「だって、僕は"カルロ"ですから。」
「…そうですね。」
尖らせていた唇から力が抜け、ルワーレはふっと遠くを見た。
「私も…"ルワーレ"です。」
女王ディアルガの側近、大陸の支配者、冷酷なる処刑人、ルワーレ・マイヨール。
「…"ルワーレ"でしか在り得ないのです。」
冥はルワーレ。ルワーレが負う物は、冥も負う。そんな簡単なことにも気づけなかった。それが、敗因。
だから足首を掴まれたのだ。金の瞳の亡霊に。
あの時ルワーレが恐れたのは樹ではない。リヒルトでもない。
彼が象徴していた"過去"と"現実"…それを、恐れたのだ。

滑稽な話だ。
家を守ると言いながら、私は鏡像相手に戦っていたんだ。

「ですから…」
紡ごうとした言葉が出てこない。
言いたいことがたくさんある。言わなきゃいけないことがたくさんある。
ありすぎて。ありすぎて。細い喉では通りきらなくて。
ルワーレは…膝に顔を埋め、ただ一言、絞るような声で言った。

「……ごめんなさい…ッ」

全部、自分自身の問題だったんだ。
自分自身の問題に、皆を巻き込んでしまったんだ。
不安に駆られて鉄を信じきれなくなってしまった。紅の支える声をはねつけてしまった。風を一人残して行ってしまった。

『これで終わるなら、悪くないや…。』

私が終わらせてしまった。
私の弱さが、愚かさが、血まみれの足跡が…この家を、終わらせてしまったんだ。



背中越しに伝わる、震え。
振り向くことはできないまま…そっと背中を押し当て、カルロは呟く。
「…ルワーレ。僕ね、」
かた。カルロの手も少し震えた。
「人殺しなんですよ。」

ルワーレが目を瞠った。カルロはぎこちなく微笑んだ。
「殺した事がある、なんてものじゃない。毎晩、毎晩、殺すんです。たくさんの人を。血を浴びるために。血を浴びなければ生きていけない、僕自身の病の為に。」
酷い話でしょう?今度はカルロの背から、震えが伝わる。
「だから夢に願ったんです。誰も傷つけたくないんだと。願いは叶いました。けれど今度は人が怖くなってしまった。だって、」
手を、見る。
―――『きみは強いから、何だって守れるよ。』
何一つ守れなかったてのひらを見つめ、握りこんだ。
「傷つける以外の触れ方を、知らなかったから。」

その言葉はひとつひとつ、ルワーレの胸に染み込んだ。
背中から伝わる震えも、まるで共鳴しているよう。
殺しながら生きる。それ以外の生き方がわからない。
ただただ傷つけて生きてきた、カルロと、ルワーレ。

「でも、あの人は。」
すぅと、カルロは目を閉じた。



「鉄は受け入れてくれた。」



『名前、教えてくんない?そんで今日から俺んちで住まね?』



『これは目玉焼き。お塩かけてあるからしょっぱいぞ。』
『聞いたか今の!紅が文章話した!』
『くーろ、泣かないの。』
『じゃあ、一緒にごみ捨てに行こうか!記念記念!』
『大丈夫だって、紅。俺たちはどこにも行かないからさ。』

―――『みんなとあの家で過ごせて幸せだった。』



「…鉄が見ていたのは確かに"紅"と"冥"で、偽りの姿だったかもしれません。」
だけど、僕達は思い知った。名と姿を偽ったところで、自分自身は変えられない。それはどんな願いを以てしても、変わる事なくついて回るんだ。
「紅はカルロ。冥はルワーレ。結局は私達自身。それでも鉄は受け入れてくれた。温かく迎え入れてくれました。」
そうだ。ルワーレは見開いた瞳で思い出す。鉄と別れた最期の瞬間を。
冥の名を捨てた私を。ルワーレとして血にまみれていた私を。
迷うことなく抱きしめた、鉄を。

「貴方が何者であろうと。僕が何者であろうと。」
彼はきっと。
廃墟の家のはじまりからおわりまでを。起きたこと全てを。住みついた人全てを。
ルワーレがひどく後悔しているこの結末さえをも。
そう、最期の最期まで。



「愛してくれていた、のでしょう。」



…震えは、
いつのまにかおさまっていた。伝わるのは温かい背中の温度。
冥はそっと…目を閉じる。廃墟に笑う鉄の笑顔は、容易くはっきり思い描けた。
「…馬鹿なひと。」
瞑った睫毛の隙間から零れる雫。口元はぎこちないながら、笑んでいた。
「あの人は本当に…本当に、馬鹿ですね…。」
「…鉄が聞いたら怒りそうですよ。その台詞。」
そこでようやく二人は、お互いを振り返った。目と目を合わせて、くすっと悪戯っぽく笑う。
「…『お馬鹿さんはそっち。そんなの当たり前でしょ?』」
「『だって俺達は、』」
なぞる台詞は、綺麗に唱和した。

「「『家族なんだから。』」」



…こぽ。

再び、泡が立ち上り始めた。その出所をなんとなく目で追い、ルワーレは驚く。
それは自分の足先。足先が泡となって、少しずつ無くなっているところだった。
「…時間ですか。」
ぽつりと呟く。これが本当に、本当に最後。
夢の終わり。そして、
私の終わりだ。
「…ルワーレ。」
呼ばれてルワーレはカルロを見た。カルロもこぽこぽと、泡となり消えかけている。
それでも彼は微笑んでいた。
「また会いましょう、ルワーレ。」
「…いいえ、私は…。」
「知っています。それでも、また会いましょう。」
カルロは立ちあがる。そしてルワーレに手を伸べた。

「違う世界の僕達が出会えた事自体、奇跡です。もう少しくらい奇跡を信じたって、いいじゃないですか。」

ルワーレは目を丸くし、そして苦笑した。ふらりと立ちあがる。
「…やっぱり、生意気。そんな事言う子じゃなかったのに。」
「そういうルワーレだって、思ったよりひねくれ者ですよね。」
「だってルワーレですから。」
「僕もカルロですので。」
…ぷっ、と同時に噴き出した。
ひとしきり笑ってからルワーレは一歩踏み出し、カルロの額にキスを落とした。撫でる代わりのお馴染の行為。くすぐったそうに目を細めるカルロは、とても見慣れた表情だった。

「…ええ。また会いましょう、カルロ。」
「はい。また会いましょう、ルワーレ。」

今は見えない鉄も、風も。
また会いましょう。生きて、再び。

いつかどこかで。かならず。


柔らかな笑顔が、泡となり消えた。



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