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いうならそれは

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それは はっぴー?


赤い竜が見えなくなった頃、鏡はそっと咬竜にもたれかかる。急にどっと疲れが襲いかかってきた。
不安を少しでも軽くしようと咬竜に何か声をかけようとした、時。

獣の吠える声、咬竜のものではない。
見れば倒れていたはずの陸が一人、先ほどまでの争いの場の中心に立っていた。


アノニマス、アノ、ニマス……!あいつを、あいつを、あいつを殺さな…!!」

もう一度吠えたのと同時に、“じしん”が辺りに起こる。激しい揺れが傷口からさらに咬竜を襲い、まだ倒れ伏した彼らもきっと、揺れのダメージを直に食らっている。
止めなくては、鏡が足を踏み出した。

「止めなさい、陸ッ!」

しかし、この場で初めて聞く凛とした声が、先に陸を止めた。
振り向こうとした陸の動きがぎしりと止まる。彼の背後に立っていたのはクレセリア。手にした銀糸が、陸を絡め捕らえていた。

「クレ…セリア」
「そんなことをしている場合じゃないでしょう、陸」

そう言ってクレセリアが目で示した先には、地面に倒れたままの紅がいた。
はっとしたように陸は紅の元へ地面を蹴り駆け寄る。銀糸は呆気なく、するりとほどけた。
紅は腹を裂かれてはいたが、致命傷という程ではないようだった。陸が声をかけると紅は小さく呻く。

「…紅、大丈夫か」
「……うん、平気…」

それでも弱々しい声に、陸の眉がしゅんと下がる。陸は紅を抱き上げると、その髪を赤い手でくしゃくしゃと撫でた。
それを見ていたクレセリアはほっと息をつき、鏡の方に向き直る。

「とりあえず、皆の回復が先決です。皆を一カ所に集めましょう」


「…そうですか。アノニマスは“夢”に…」

“つきのひかり”で傷がふさがった暁は苦々しい顔をする。その言葉に、隣に座るeinが反応した。

「けど俺たちの最終目的は、アノニマスじゃないだろう?あの二人が追いかけたなら、何も気にかけることは――」
「えぇ、“二人は”大丈夫だと思います。…ただ、もし今の状態でこの悪夢を破壊したとして…アノニマスに何が起きるか分かりません。性質を映しとったとするなら、夢を壊したときに彼も、もしかしたら――
……とはいえ、あまり悠長にしている時間がないのも…事実です」

陸の腕の中で紅は、樹の姿を象ったアノニマスを思い出す。寒気を感じるほどの恐怖に、ぶるりと身を震わせた。ぎゅっと陸の服を掴むと、陸は何も言わずにより強く紅を抱きしめる。

ざり、と。
少し離れた場所で、砂を踏む音がした。


「あぁ、いましたいました。思ったより早く見つかりましたね」


声のした方を場にいた全員が向く。その先には、ずるりと影を地に這わせた3人。中央には声の主の翠。その左右に飴と、白。白は口元に笑みを浮かべながら、翠に話しかけた。

「ほら。やっぱりちょっと遅かったよ、翠。回復してる」
「かまいませんよ、傷が消えているだけですから。体力も疲労も癒えてはいません。クレセリアもまさか一人で私達と戦おうとは思わないでしょうし…ね」

ね、という声と同時に、クレセリア達の足元から影が這い出してきた。立ち上がりはしたものの、逃げる暇はなかった。痛いくらいの力で影は足を絡め取り、地面に縛りつける。

絡みつく影に苛立ったのか、咬竜が低くうなり声を上げた。影を引きちぎるように振り払い、咬竜を見上げる飴に襲いかかる。
鈍い音がした。咬竜の牙は飴を守るように作られた包帯の壁に止められる。咬竜の動きが止まったその隙に包帯は咬竜の頭部に巻きつき。

「…冬もいないし、翼もいない」

どぉおん、と言う音と共に、咬竜の頭は地面に叩きつけられた。鏡の悲痛な叫びが、砂埃に混じる。巻き付いた包帯と影が、咬竜の動きを完全に封じた。

「思ったより軽いし…つまんねーの」
「そう?僕は楽しいけどな。ね、黒」

ふわりと飛び上がった白が、軽やかに黒の眼前に降り立つ。
ぎっと白を睨みつけるが、白は笑ったまま。

「白…ッ!」
「久しぶりだね、黒。元気にしてた?」

くっくっと白は笑う。その表情が急にさっと冷えたかと思うと、左手を持ち上げて不意にシャドーボールを放つ。
空中で二つのシャドーボールが衝突し、消滅した。白のでないシャドーボールは、左手の向こう側から暁が放ったもの。白は先ほどよりますます笑みを濃くさせ、今放ったのより大きく獰猛な影を暁へ放った。
足を縛られ動けない暁はその影の球を正面からぶつけられた。
がくり。暁の身体が堕ちる。
その様子を満足げに見ていた翠も、ゆっくりこちらへ歩み寄りながら両手にドラゴンクローを構えた。

「さぁ、もう逃げ場はありませんよ。
早い内に終わらせてしまいましょう。…飴、白」

白が燐光を身に纏い、飴が指の関節をごきりと鳴らす。
クレセリアがぎゅっと唇を噛んだ、その時のことだった。

「―――っぁあああああぁッ!!!」

紅が血がこびりついた爪を振りかぶり、翠の目前に迫っていた。翠は驚き目を見開いたが、奇襲はすんでの所で止めてみせた。しかし予想外の攻撃に、白と飴の視線も思わず翠の方へと向く。
その隙にクレセリアは、懐からガラスのように煌めく羽を取り出した。ナイフのように構えたそれを、自分の足下の影に向かって大きく突き立てる。電気が弾けるような音が連続して鳴り響き、一瞬のうちに影はすっかり弾け飛んだ。
気を取られ力の緩んだ包帯から咬竜も抜け出したのを確認し、クレセリアは一言叫ぶ。

「逃げてッ!!」

今の状態では、勝てない。
意図をいち早く読みとったeinは、“でんこうせっか”で暁のもとへ駆け寄ると、ぐったりした体を持ち上げる。その様子に気付いた白が、小さく舌打ちをして“あくのはどう”を放った。しかし“あくのはどう”は、視界の外からの別の波動でかき消される。

「黒…!」
「今はおあずけの様ダ、白」


「みんな、こっち!」

einが声のした方を向くと、咬竜の身体の上で鏡が声を張り上げていた。黒と視線を交わしたeinがそちらへ向かおうとすると、ein達と咬竜の間にざっと飴が立ちふさがる。einが足を止めるか否かと言う瞬間、飴の足元から巨大な岩の柱が飴を貫かんと生えた。飴も間一髪の所でそれを避けるが、避けた先では陸が爪を構えていた。
飛びかかり、“きりさ”こうとした陸の爪。しかしそれすらも飴はひらりとかわす。大振りな陸のモーションの間に、飴はゆっくりとその右手を引いた。

渾身の力が込められた、“きあいパンチ”。重たいはずの陸の身体も、大きく吹っ飛んだ。

「陸!?陸ぅっ!!?」

叫んだクレセリアが、血が滲みそうな程強く拳を握る。咬竜までようやくたどり着いたein達に、彼女は鋭く声をかけた。

「鏡たちと一緒に逃げなさいっ!私は、陸たちと――」
「クレセリアッ!!」

しかしその声は、遮られる。
口の端から血を流しながら、ふらりと立ち上がった陸の声で。

「…早よ、行き。俺らがこいつら、止めたる」
「だけど陸、貴方…」


「早よ行けェッ!!!」


轟いた、声。

クレセリアが思わず身じろぎし、ニ発目を構えていた飴ですら硬直した。
震えた大気に答えるように、咬竜も大きく吠えた。そして、鏡の命を聞く前に、地を這いだしその場から逃げ出す。

「……翠、どうするの」

陸の後ろに、不満げな顔の白が降り立った。白の声に、翠が答える。

「…二人とも、彼らを追いかけて下さい」

翠の声がする方に、陸はゆっくりと顔を向ける。そして、その目を大きく見開いた。
返り血を浴びた翠と、その後ろの方には、先ほどとは比べものにならない量の血溜まりに沈む紅。

「私もすぐに、後を追います」

飴と白が、迷いなく地を蹴ってその場を後にする。
残された金の瞳が、交錯した。




◆◆

補足:
  • 飴さん拾ってたら遅くなったよ
  • 紅さんは陸さんに抱っこされてたから影に捕まらなかったよ




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