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てをつないで

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てをつないで



路地裏を一人、教会へ向かって歩いていた。ふらふらと足がふらつくが、ぼんやりしてるわけにはいかない。神父は赤い本を持つ手にまた、力を込める。

頭の中のぐちゃぐちゃした感覚が消えない。落ち着きたいのだけれど、ああそうだね一旦落ち着こう、歩きながらで良い。僅かな記憶を少しずつまとめよう。そうだ。

まず、海淵と炎龍は、今は我を忘れてしまっている。二人ともお互い以外の事には見境がない、きっと他の人たちを巻き込んでしまうだろう。唯でさえ、彼らは人並み以上の力の持ち主だと言うのに。

そうだ。カルロは…どうしてるだろうか。他の人たちと共に行動しているようだし、多分、大丈夫だろう。不安要素が消えないわけではないが、彼にはとりあえず味方がいる。

そして、自分は。翠は汗と雨で湿った手のひらをじぃと見つめる。……その手に、何の錯覚か、一瞬だけ赤い液体が見えた気がした。
自分はたぶんもう、生きかえりはしない。この世界の神がそう言ったのだから、それはほぼ確実に近い確率だろう。
それでも赤い聖書を使えば、きっと命は伸ばすことは出来る。だが、そんな生き延び方は私はいらない。

「…まいった」

……結論として、一番危ない状況にいるのは、どうやら自分らしい。翠は小さく笑うと、そのまま大きく息をついた。
炎龍と海淵は、まずしばらくはそうそう死なないだろう。二人の力はほぼ互角だろうし、彼らを圧倒する力の持ち主もそういないはずだ。

「……まいった」

もう一度言ってみた。勿論、そんなことを言ったってこんな世界の創造主が聞いてくれるわけないだろう。
死んだ人間は生き返らない。逆らえない自然の摂理と分かっているが、それが夢の中まで適応されてしまうとは。まさに言葉通り、“命がいくつあっても足りない”状況だ。


とはいえ、だからと言って弟子と友人を放っておくわけにもいかない。そういえば、出掛けたままの少女も流石に帰ってきている頃合い。とりあえずは、教会に帰らなくては。
そう思った矢先のことだった。

………ごーん、ごーん、ごーん。

深く低く、身体に染み渡るような鐘の音。何度か聞いたことのある音だから分かる、自分がいた教会の鐘の音だ。
でも、どうして今、鐘が。
教会の主はここにいる。もしかして誰かが自分を呼ぼうとしているのか?それとも誰かのただのイタズラ?
けれど兎に角行ってみるしかない、行かなければ確かめられない。翠は強く地面を蹴り、路上を走った。

走りようやく着いた教会。今までと何ら変わりの無い風景に、翠はぞくりと恐怖を覚えた。
壊されたはずの教会の大きな扉は、壊される前と変わらぬ顔で翠を迎える。その扉を恐る恐る開ければ、自分が血で汚したはずの床もまた、変わりはないとしとやかな自己主張。
そういえばここまで来る途中、一人も人に会わなかったのにも何か関連した原因でもあるのだろうか。いや、それより。

「…栞さん?いるんですか?」
中に数歩入りながら、居てほしい人の名前を呼んでみた。反響する声を聞きながら、翠は周りを見渡す。動く影も返ってくる声も何も、無い。

「栞さ…」
「やぁ、神父」

魔性の声が、耳元で囁く。

身体が震える前に、強張った。震えることすら許されないらしい、このモノの前では。

「………<ダークライ>」
「やぁ、<レックウザ>」

後ろを振り返らずとも、初めて聞く声であろうとも、分かる。いや、声は聞いたことがあるのかもしれない。あの時、

「この世界に来た時以来かな?」
「………何を、しに」
「君と会話をしたくなってね」

悪夢の元凶は喉をくつくつと鳴らして笑う。渇いた声に、身体が反応できない。喉から声を出せても、逃げることはままならなかった。
…恐い。この歪んだ世界を産み出した張本人が、ここにいる。自分のすぐ後ろにいる。

「神父、悪夢の世界は楽しんでいただけているかな」
「……お陰さまで」
「そうか、それは良かった」
「……」
「しかし、クレセリアは良くは思ってはいないようだね」

彼はふぅと小さく息をつく。
クレセリアというワードに微かだが反応した翠に、ダークライは再び声をかけた。

「君もやはり、クレセリアと同じ考えかな」
「……だって、私が叶えたかった願いはこんなものではなかった……から」
「ほう」

興味深そうに相槌を打ちながら、ダークライはふわふわ移動する。俯き加減の翠の正面から、話の続きを待った。

「私は確かに、手の届かない人、彼を救いたかった、だから願った。……でも、こんな、こんなものは……!」

救いを求める人が這いつくばり、願いを乞うた教会の床。笑顔を浮かべた神父の手。どれもこれも血の染み込んだものだなんて、誰も知る由がなかった。

「私は、こんなことがしたかったんじゃ……」
「……成る程な、そういうことか」

そしてまた、あの笑い声。
愉快そうに妖艶に、ダークライは笑う。

「君の願いが漸く分かったよ、クレセリアに会ってからの君は酷く心が虚無だった」
「……虚無?」
「強い願いも見つからない、夢から強く逃れようともしない。だが、ああそうだな、灯台もと暗しとはこういう事だ」

足音も衣擦れの音もしないのに、ダークライがこちらに近寄るのが分かった。
やがて彼の姿が、本当に目の前までやって来た時


声は、頭の中に響いた。

「君の願い事を叶えてあげよう」



*


「…鈴鈴?」
「はい、お呼びでしょうか、ですか?」

ある高い塔の最上階。頬杖をついて青い空を眺めていた創造神が、突然くるりと振り向いた。
「……今、アト様のこと呼んだ?」
「?いいえ、私は何も話してはいません、おりませんよ」

むっと、アトラーシャは頬を膨らませた。そして空に背を向けて、彼は反論する。

「うそだー絶対呼ばれたもん」
「いえ、本当に「ぜえったい呼ばれた!アト様が聞き間違えるわけない!だってアト様のことあんな……」

続きを言おうとしたアトラーシャの動きがピタリと止まる。しばらく考えた後に、何事もなかったかのように再び空へと視線を向ける。

「……御神?」
「…なんでもない」

――…そうだよ、御神だなんて呼び方をするのは、今はこいつだけだもの。
……聞き間違えだ。

アトラーシャは、確かに聞こえた気がしたのだ。
夢に堕ちた天空神が、自分のことを呼んだ声が、この耳に。


*


「…どうかなさいましたか、御神」
「いや、ちょっと遊んでみただけさ。あの創造神もなかなか成長したものだ」
「そうですか」

翠はにっこりと微笑んだ。その手に今はもう、何も持ってはいない。


「では、行ってこようか」
「はい、御神」


「いってらっしゃいませ」


神父は神を、赤い闇へと静かに見送った。





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