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白の乙女と赤の狂犬

最終更新:

mato4869

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白の乙女と赤の狂犬


静葉は突然に気がついた。
新しい景色を見つけた時、焔と話している時、恐ろしい敵に遭った時。それは覚えてる。だが場面と場面の間にあるはずの、眠りにつく記憶や歩いている記憶がない。
まるで紙芝居の絵を一枚一枚、受けとっているみたい。
静葉は突然に気がついた。当然生まれるべき違和感と疑問に。
此処は何かがおかしい。
此処は"何処"、なのだろうと。
信じきっていた前提は、投げた小石の波紋で揺らめいた。

これはそんな紙芝居の1ページ。
挿絵に描かれたのは静葉と、彼女と、大きな大きな白の三日月。
隙間なく敷き詰められた空の赤も、月の周りでだけは薄められる。赤の鉄壁に穿った白い穴。そこから注がれる光を、静葉は浴びた。
意識の中の霞が晴れていく。
澄んでいく視界は、目醒めに似ていた。
「…此処、どこなんだろう…。」
呟いた静葉に、彼女が振り向いた。
「見えてきたのね、この世界のこと。」
「うん。きっと此処って…私が知ってるのとは違う"モノ"。」
名も知らない彼女。けれど静葉は違和感なく話した。彼女となら話しても大丈夫、そんな気がするから。
「そうね、此処は違うところ。異質な"モノ"だわ。」
「そう、思う。今まで気づかなかった、けど。」
「此処はそういう"魔法"だから。私の光はほんの少しだけ、魔法を薄めてあげられる。」
彼女が微笑むと、月も微笑む。
心地いい目醒めの光の中で、彼女はそっと静葉の手を包んだ。
「教えてくれる?   さん。」
呼ばれた名前は、よく聞き取れなかった。
「貴女の覚えている、大切な思い出を。」

静葉は月を見上げた。水晶体から少しでも、月明かりが欲しくて。
ずっと網膜を埋めていた、赤い映像が薄らいでいく。
徐々に白く洗われていく視界に、映るのは朧げな人影だった。
男か女か、誰だったのかもわからない、薄らと見えるのは自分に似た髪色だけ。
わからない。けど、覚えてる。
大切な大切な、ひと。

その時高い上空で、爪が光った。

「…!」
彼女が飛び退る。包んでいた手が離れる。その手のあったところに、寸分違わず振り下ろす爪。
盾のように現れたのは、見慣れた橙の羽根だった。
空振った右手は彼女の眼球へと突きつけて、左手は静葉を守るよう伸ばしている。左手の爪は凶悪に、研がれていた。
「…近寄るな。」
焔が、言う。
唸るように低い声は静葉が驚いたくらいだった。彼女は焔を見て目を瞠ると、辛そうに唇を引き結んだ。
「貴方は…。」
「煩いよ。それ以上静葉と話さないで。」
「………もう少し、早く会えていれば…。」
彼女が俯いた。何かする気かと焔は身構えたが、それは杞憂に終わる。
彼女は白い光に身を包み、その姿を消していった。
「また会いましょう、静葉さん。」
最後に顔をあげて静葉へと微笑んだ。
それに小さく頷いた静葉に、焔は気づかない。


(貴女ならまだ、間に合うわ。きっと…。)


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