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最強ヒーロー

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最強ヒーロー


一つわかったことがある。
この世界は、人殺しの世界なんだ。
痛みと重みに潰れそうな身体を引きずって、樹はふらふらと歩いていた。
人気のない物陰を見つけて、ようやく腰を降ろす。
こういう場所が一番危ないということはわかっていた。わかっていたけど、もう限界だった。
「…ッは、はぁ…。」
呼吸が肺に痛い。
疲れきっていた。落ちそうな意識に身を任せてしまいたい。けれど恐怖がそれを許さない。
この世界は、人殺しの世界だから。
誰もが自分を殺しにくる。青い青年。地面から這い出る影。
そしてついには
見知っていたはずの琥珀色まで。
「……なん…なんだ…。」
今更になって手が震える。その手を額に押し当てた。目を潰すかというほど、強く強く押し当てた。

怖い。恐い。

殺されることが怖いんじゃない。わけがわからないことが、怖かった。
此処は何処、どうして此処にいる、何処へ行けばいい、自分はどうなるのか、
自分は、誰。
わからない。わからない。何一つわかることがない恐怖。
何か、ひとつでもいいから。擬似的な暗闇の中で、金の瞳が震える。
なんでもいい、なんでもいいから光が欲しかった。
信じられる、何かを。

果てのない暗欝な思いは、ある時瞬時に消えた。
背中に、ぶっつりと突き立った爪により。

「……ッ!」
声の代わりに血を吐いた。背にしていた瓦礫が嫌な音を立てる。
爪の主は気にも留めず、ひょいとその手を持ちあげた。貫いた瓦礫はばらばらと崩れたが、爪はまだ深々と樹に刺さっている。
「雫…これ、雫の探し物か?」
「わぉ、本当に見つけちゃってる。いい子だねぇ炎、上出来だよ。」
二人分の声が耳を通過した。意味を咀嚼する気力はもうない。
かつりと響く冷たい靴音、頬に触れた冷たい指。樹はそこで初めて青い男と目が合った。
零度の笑みを浮かべる、青い男。
「…くく、やっと会えた。ずっとお前を探していたんだよ…林。」
触れる指がかすかに撫ぜる。ナイフで撫ぜられてる気がして樹は身じろいだ。その様子をしばし雫は愉しんでいたが、ふいに首を傾げる。
「…あれ?君、林じゃない?」
「…リン、は知らない…俺は樹だ…。」
「樹、っていうの…ふぅん。」
指を離し、雫が手を向けた先は背後の男。唐突に放った『ハイドロポンプ』で背後の男が吹き飛んだ。
一緒に弾かれた樹も、爪が外れて地に落ちる。
その手を雫が容赦なく踏みつけた。
「何を馬鹿やってんのかなぁ炎は。僕は林を探せっつっただろ、このクズ。」
「ッ…すみません。」
「まぁいいや。炎がクズなのはわかりきったことだもんね。」
ぎりっ。靴底に力がこもる。樹が短く呻いた。
「殺っちゃって、炎火。」
なるべくぐちゃぐちゃになるようにお願いね。
声をなくす樹の後ろで、ばさりと一つ羽音がした。
「…了解、雫。」


「ドレインパ―――ンチッ!!」


ばきばきばきッ、と地面がひび割れた。
唐突に数cm沈んだ地面の上で、雫も炎火も樹も、呆然とする。
その中心に今までいなかった男がいた。
この巨大なクレーターを作った張本人は、右拳をぱたぱたと揺らしてこちらを見た。
「あっちゃー、ちょおっと目測誤った?まぁでも別にいいよね、おっけーおっけー。」
「な…何こいt
「あいそこ黙る!」
雫を制して放たれたのは『にほんばれ』だった。水タイプらしい雫は日差しに怯む。
対して二倍速となったその男は、隙をついて樹を奪還した。
「はーいお姫様救出ですよ。怪我なかった?」
「…残念ながら。」
「それはよかった!」
全然悪びれない返事。どころか話を聞いてない返事。
男は樹をぽいっと捨てて、炎火と雫に向きなおった。…痛い。
「さ、お姫様は逃げて逃げて。ここは僕に任せてです。」
「え…待て。あいつら二人とも相手にする気か?」
「だって二人いるんだから二人倒さなきゃですよ。」
「ちょ、やめておけ!危ないぞ!」
その言葉に男はにやりとした。
「お姫様ってば頭悪いなぁ。ピンチにお姫様を助けるのはヒーローのお仕事でしょ?」
むしろその言葉を待ってましたと言うように。ガッツポーズと共に、最高の笑顔が光った。

「僕の名前は薫。どんな奴にも絶対負けない、最強のヒーローですよ!」

その笑顔に樹はしばし圧倒されていたが
やがて頷いた。薫を置いて、可能な限り全力で撤退する。
彼なら信じていいかもしれない。光の塊みたいな彼ならば。
そんな樹の思いなど一切構わず、むしろ樹を逃がしたことも忘れて薫は二人に構えていた。
「さってとー。ほら遠慮はいらないですよまとめてかかっておいで!」
「言われなくてもそうする。ねぇ炎。」
炎火の瞳が濃く光った。この日差しの下では炎火の力も強まる。
「君…薫って言ったっけ。あの樹って奴と知りあい?」
「へー、樹って言うですかあのお姫様。…え、もしかして男?」
「……ああそう、全っ然知り合いじゃなさそうだね。なんで邪魔したの?」
「それはさっきも言ったですよ?」
薫は両の手に光を灯しながら颯爽と笑った。

「最強は、弱くて困ってる人を助けるのが仕事です。」
右手に『ソーラービーム』、左手に『エナジーボール』。
「それに、より強くてでっかい奴を倒すのもね!」

そう、すべては最強であるために。
迷いのない右足が地面を蹴った。


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