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最終更新:

mato4869

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思わず目を瞠り、微笑がひきつった。
「はーいみんなちゅーもーく、転校生を紹介しちゃうぞー。」
ぱんぱんと手を打って鉄が注目を集める。そんな真似をしなくたって冥の視線はその隣の彼に釘づけだった。
布の多い衣服、切れ長の瞳、艶のあるグリーンの長髪、そして…
赤いゴムでくくったポニーテール。
ちゃんと見れば別人なのだが、心臓を凍らせるには十分な共通項だ。
「…という訳で転校生の風<フウ>クンです、みんな仲良くねっ。…お?」
そこでようやく鉄は、だらだら冷や汗流してる冥に気がついた。
「どーした冥ー、DVで逃げられた奥さんに再会しちゃったような顔して。」
ド直球で胸に突き刺さる比喩だった。あははと笑う鉄は冗談のつもりだったのだろう。
「風、この子は冥。自己紹介できるか?」
そう言って鉄は風にメモ帳とペンを渡した。冥が首をかしげている間に風はさらさらと何か書く。
そしてそれを冥へと見せた。
『風だ。よろしくな。』


(目が見えるようになっててよかった…。)
自己紹介が終わると鉄はごみ捨てに行き、紅はそのお手伝いについていったようだ。図らずも二人きりとなった風を眺めて一息つく。
まさかコミュニケーションが筆談だとは思わなかった。耳しか聞こえない頃の冥だったら間違いなく会話不可能だ。
かといって相手は話す度にわざわざ書かなくてはいけない。他愛ない会話で手間を取らせるのは申し訳ない。
…それは言い訳だ、と。風の容姿を直視できない自分が囁いた。
風はというと、壁に背を預けて座り何か熱心に書いている。ちょうど普段の紅のようだ。ただその気迫は相当なものがあり、何かに追われているように紙に向かって描きこんでいく。
文字ではない、ようなのだが。
「…何描いてらっしゃるんですか?」
「(すまない、今ちょっと忙しい。)」
ぱくぱくっと口が動いた。冥は少し驚く。そうか、口は動くのか。
「筆談じゃなくて結構ですよ。口ぱくで読めますから。」
「(…わかるのか?)」
「ええ。そういうの得意なんです。」
元々音だけで外の様子を読み取っていた。一つの感覚を研ぎ澄ますのは得意だ。
少し会話ができたことで気持ちも和らいだ。壁際に立っていた冥は、風の横にそっと腰を降ろした。
すると風が描いてるものが見て取れた。
風が描いているのは、鉄の似顔絵だ。
「(…これが終わったら、あんたのも描かせてもらえると嬉しい。)」
真剣に紙と向きあいながら、風は言う。
「(まずはお前達の顔と名前を覚えたい。忘れても思いだしたい、から。)」
長い睫毛が頬に影を落とす。赤く艶やかな唇。それは別人の容姿。でも。
そのひたむきで真摯な眼差しは、やはり似ていた。
気を抜くと心臓が鳴りそうになる。それをごまかすように、けれど言葉を選びながら冥は話した。
「…記憶を失ってしまう、のでしたっけ。」
「(そう。5時間もすればお前達のことは忘れてしまうだろう。)」
「そうですか。それでメモしているんですね。」
「(そう。)」
そこで風はペンを置いた。できあがった絵を眺め、小さく微笑む。
「(鉄のアイディアだ。)」
描かれた鉄は、少々歪ながらも明るく微笑んでいた。
「(さて、次はアンタだな。名前は?)」
急に鋭い視線に射抜かれたので、冥は思わずひるみながら答えた。
「え、く、冥、ですけど。」
「(漢字は?)」
「冥府の冥、ですね。」
「(冥府か…。)」
そう言いながらも風は紙へペンを走らせていく。時折せわしなく冥を見つめる。いちいち真正面から真剣に見つめられるので冥の心臓にはすこぶる悪い。
やがてぴた、と風のペンが止まった。
どうしたのだろうか。さっきまでと違い風は戸惑うような目で冥を見ている。
「どうしました?」
「(いや…冥、さっき俺のこと妙な顔で見ていただろ。)」
ぎくっと冥の肩が跳ねた。風は気にせず続ける。
「(俺もさ…冥を見てると妙な気がするんだ。なんか、見たことあるような…。)」

ペンが止まっている。
ペンはかたかたと震えて止まっていた。手から零れて落ちたペンは、書きかけの紙を巻き込んで落ちた。睫毛の長い、長い影が落ちる。
紙に描かれていたのは冥ではなかった。
冥に似た、冥ではない、きっと、風も覚えていないひと。

わるい。へんだよな。
なにかおもいだしそうなきがして。
いいことのはずだよな。
おもいだすっていいことのはずだよな。

無音の叫びが虚ろに響いた。


『怖い。』


…腕があればよかったのに。
少しもどかしさを感じながら、冥は風へと近づいた。
膝を抱えてうずくまる彼の頭に、こつり、額を当てて。
直感がしたから。
きっとこの子は、
私と同じものを、彼と同じものを、見てきたひと。

「…大丈夫。」

「今は、怖いことなんてありませんから。」

せめて祈りましょう。この夢が醒めないように。




目覚めた時私達は、きっと。


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