KeyWord.
閉じていた目をゆっくりと開ける。
崩れた天井に縁取られた四角い赤が見えた。
…此処に来て大分経った気がするけど、未だに一目で"空"と知覚できない。
「あ、起きたですか?」
ぴょこん、と突然視界を他人の顔が塞ぐものだから面食らった。うっかり跳ね起きてしまい鈍い音が響く。
「いいったああ…!ひどい!ひどいですよお姫様!」
「痛っつ…わ、悪い…。」
そんな訳で、樹は此処に来て以来最悪の寝覚めを迎えた。
おかげですっかり目が覚めて頭が回る。まず、俺は眠っていたもしくは意識を失っていたらしい。第二に、あの二人組からは逃れることができたらしい。そして。
樹はまだ記憶に新しい、黄緑の髪の青年を見た。
「えっとお前は確か…薫?」
「そうです僕は薫!かおるんって呼んでね!」
「…薫と呼ばせてもらう。俺は樹だ。で…此処はお前の家なのか?」
薫はふるふると首を振った。
「んーん、適当な廃屋ですよ。」
「そうか。拠点にしてるのか?」
「全然。お姫様がそこでぱったり倒れてたから、とりあえずひきずってきたですよ。」
そこ、と言って指さしたのはこの廃墟を出てすぐの場所だった。出入り口から見える。今度こそ樹は頭痛がした。
…行き当たりばったりで助ける薫も薫だが、行き当たりばったりで倒れる自分も如何なものか。"お姫様"なんてふざけた呼び名にも文句が言えない気がした。
第一倒れる理由が見当たらない。樹は自分の身体を確認する。怪我もしてないし、病気にもなってないし…。
すると薫が額に手を当ててきた。
「うむ、熱も下がりましたですね。おっけーおっけー。」
「熱?」
「運んできたときはちょっと熱があったですよ。ねぶそくですかー?」
普通寝不足で熱は出ない。けど、薫の直感は的を得ている気がした。
そういえば、ここ最近歩き詰めだったっけ。思い至った樹は、自嘲するような微苦笑を浮かべた。
「そうだな…疲れてたのかもな。」
「もっのすごーい敵とバトルしたですね!」
「いや、残念ながらしてない。…ずっと歩いてたんだ。」
遠い目で天井の赤を見つめた。
「何処に行けばいいのか、未だにわからないんだけどな。」
…わかったことなんて、何もない。
代わりにわからないことばかり積もっていった。
見知らぬ土地。赤い空。謎の廃墟。襲ってくる人。
言葉を交わしてくれた人。
変わり果てて、しまった人。
視界に入るもの全てが樹を混乱させた。一瞬の安らぎも露と消ゆ。安易に信じれば裏切られる。立ち止まって、状況を整理したかった。けれど。
立ち止まる場所が…確かな"自分自身"がない。
止まり木がないから飛び続ける鳥。いつまで、彷徨えばいいんだろう。
「…そういえば。」
ふと、気になったから薫に聞いてみた。
「お前は此処で何してるんだ?」
「僕?僕はヒーローしてますですよ。」
「…もう少しわかりやすく。」
すぐさまぶーぶーと文句を言われた。つい反射的に謝ってしまう。
「もー、頭わるいですねー。ヒーローはヒーローですよう。今日は強そうな奴とバトルして、明日は困ってる人を助けてあげる!かっこいいですよね!」
「成程、その日その日で色々してるんだな。」
「そうですよー。でもやりたいことはいつも同じです。」
薫は目を閉じて、拳を自分の胸元に押し当てた。
「"強くなりたい。"」
目を開けば、青い瞳が凛と光った。
「そう願う限り、僕は僕。スーパーヒーローのかおるんなのです。」
お姫様の願いは何?屈託なく笑って薫は言った。助けてくれた時よりもっと眩しい笑顔だ。
信じてもいいかもしれない。そう思わせた光の塊。
「俺は…。」
薫の真似をして胸に手を当ててみる。目を閉じた。そうすれば視界は真っ暗だ。
惑わせるものは何も見えなくなった。
暗闇の奥深くに身を浸す。するとひとつの言葉が、浮かんできた。
崩れた天井に縁取られた四角い赤が見えた。
…此処に来て大分経った気がするけど、未だに一目で"空"と知覚できない。
「あ、起きたですか?」
ぴょこん、と突然視界を他人の顔が塞ぐものだから面食らった。うっかり跳ね起きてしまい鈍い音が響く。
「いいったああ…!ひどい!ひどいですよお姫様!」
「痛っつ…わ、悪い…。」
そんな訳で、樹は此処に来て以来最悪の寝覚めを迎えた。
おかげですっかり目が覚めて頭が回る。まず、俺は眠っていたもしくは意識を失っていたらしい。第二に、あの二人組からは逃れることができたらしい。そして。
樹はまだ記憶に新しい、黄緑の髪の青年を見た。
「えっとお前は確か…薫?」
「そうです僕は薫!かおるんって呼んでね!」
「…薫と呼ばせてもらう。俺は樹だ。で…此処はお前の家なのか?」
薫はふるふると首を振った。
「んーん、適当な廃屋ですよ。」
「そうか。拠点にしてるのか?」
「全然。お姫様がそこでぱったり倒れてたから、とりあえずひきずってきたですよ。」
そこ、と言って指さしたのはこの廃墟を出てすぐの場所だった。出入り口から見える。今度こそ樹は頭痛がした。
…行き当たりばったりで助ける薫も薫だが、行き当たりばったりで倒れる自分も如何なものか。"お姫様"なんてふざけた呼び名にも文句が言えない気がした。
第一倒れる理由が見当たらない。樹は自分の身体を確認する。怪我もしてないし、病気にもなってないし…。
すると薫が額に手を当ててきた。
「うむ、熱も下がりましたですね。おっけーおっけー。」
「熱?」
「運んできたときはちょっと熱があったですよ。ねぶそくですかー?」
普通寝不足で熱は出ない。けど、薫の直感は的を得ている気がした。
そういえば、ここ最近歩き詰めだったっけ。思い至った樹は、自嘲するような微苦笑を浮かべた。
「そうだな…疲れてたのかもな。」
「もっのすごーい敵とバトルしたですね!」
「いや、残念ながらしてない。…ずっと歩いてたんだ。」
遠い目で天井の赤を見つめた。
「何処に行けばいいのか、未だにわからないんだけどな。」
…わかったことなんて、何もない。
代わりにわからないことばかり積もっていった。
見知らぬ土地。赤い空。謎の廃墟。襲ってくる人。
言葉を交わしてくれた人。
変わり果てて、しまった人。
視界に入るもの全てが樹を混乱させた。一瞬の安らぎも露と消ゆ。安易に信じれば裏切られる。立ち止まって、状況を整理したかった。けれど。
立ち止まる場所が…確かな"自分自身"がない。
止まり木がないから飛び続ける鳥。いつまで、彷徨えばいいんだろう。
「…そういえば。」
ふと、気になったから薫に聞いてみた。
「お前は此処で何してるんだ?」
「僕?僕はヒーローしてますですよ。」
「…もう少しわかりやすく。」
すぐさまぶーぶーと文句を言われた。つい反射的に謝ってしまう。
「もー、頭わるいですねー。ヒーローはヒーローですよう。今日は強そうな奴とバトルして、明日は困ってる人を助けてあげる!かっこいいですよね!」
「成程、その日その日で色々してるんだな。」
「そうですよー。でもやりたいことはいつも同じです。」
薫は目を閉じて、拳を自分の胸元に押し当てた。
「"強くなりたい。"」
目を開けば、青い瞳が凛と光った。
「そう願う限り、僕は僕。スーパーヒーローのかおるんなのです。」
お姫様の願いは何?屈託なく笑って薫は言った。助けてくれた時よりもっと眩しい笑顔だ。
信じてもいいかもしれない。そう思わせた光の塊。
「俺は…。」
薫の真似をして胸に手を当ててみる。目を閉じた。そうすれば視界は真っ暗だ。
惑わせるものは何も見えなくなった。
暗闇の奥深くに身を浸す。するとひとつの言葉が、浮かんできた。
「…"知りたい。"」
…その言葉は思った以上によく響き、かちりと歯車が合う音がした。
不思議だ、自分のことなんてまるで知らないのに。それは自分によく馴染む、気がする。
樹が目を開けると、眼前には薫の拳が迫っていた。
「うわっとっ!?」
紙一重で避けて間合いを取る。続く二撃目が追ってきた。繰り出す薫は心底楽しそうに笑っている。どうやら、戯れのつもりらしい。
「まっ待て待ておい、危ないだろ!」
「えへへ、避けれたからいいじゃないですか。だって僕嬉しくって。」
「嬉しい?」
「うん。今の樹すっごく、いい顔してた!」
その意気です、よっ!繰り出される渾身のパンチ。樹は抜刀して鎬で受け止める。ほぼ反射的に身体が動いていた。
それを見た薫がこれまたにっこり笑うものだから
文句言う気力も抜けてしまった。お互いグーをかざして、軽くぶつける。
「よっしそうと決まれば早速行くですよ!Go!」
「おい待て!どこにだ!唐突に人の手を引くな!」
思いっきりひっぱられた樹はよろけながら連れられて行く。ずんずん歩く薫のせいで小走りを強いられた。
薫はちっとも歩調を緩める気配がない。ただ、笑顔で一回振り向いただけだった。
「なんでも知ってる、神父さんのところですよ!」
不思議だ、自分のことなんてまるで知らないのに。それは自分によく馴染む、気がする。
樹が目を開けると、眼前には薫の拳が迫っていた。
「うわっとっ!?」
紙一重で避けて間合いを取る。続く二撃目が追ってきた。繰り出す薫は心底楽しそうに笑っている。どうやら、戯れのつもりらしい。
「まっ待て待ておい、危ないだろ!」
「えへへ、避けれたからいいじゃないですか。だって僕嬉しくって。」
「嬉しい?」
「うん。今の樹すっごく、いい顔してた!」
その意気です、よっ!繰り出される渾身のパンチ。樹は抜刀して鎬で受け止める。ほぼ反射的に身体が動いていた。
それを見た薫がこれまたにっこり笑うものだから
文句言う気力も抜けてしまった。お互いグーをかざして、軽くぶつける。
「よっしそうと決まれば早速行くですよ!Go!」
「おい待て!どこにだ!唐突に人の手を引くな!」
思いっきりひっぱられた樹はよろけながら連れられて行く。ずんずん歩く薫のせいで小走りを強いられた。
薫はちっとも歩調を緩める気配がない。ただ、笑顔で一回振り向いただけだった。
「なんでも知ってる、神父さんのところですよ!」
*
どのぐらい走っただろう。
遥か遠くに見えていた建物が、すぐ目の前にまで迫ってきていた。
足元が地面から石畳に変わった頃、手を引く少女が膝をつく。
驚いた静葉が駆け寄るが、手をこまねいて見ているしかできなかった。
遥か遠くに見えていた建物が、すぐ目の前にまで迫ってきていた。
足元が地面から石畳に変わった頃、手を引く少女が膝をつく。
驚いた静葉が駆け寄るが、手をこまねいて見ているしかできなかった。
建物が、目の前にある。
どうして少女は此処へ走ってきたんだろう。静葉は此処を知っていた。
どうして少女は此処へ走ってきたんだろう。静葉は此処を知っていた。
建物の屋根には、重厚な十字架が乗っていた。