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誰が為に鐘は鳴る

最終更新:

mato4869

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誰が為に鐘は鳴る


「おーい…薫!どこだ!」

ばたばた走る足音ががっくりと止まった。膝に手を当てぜぇぜぇと荒く呼吸する樹。だめだ。見失ってしまった。
汗で髪が首にくっつく。首を振って剥がすと無人の赤い大地が続いていた。
先程まではこの景色に、いやに陽気な男が一人いたのだが。
『むっ、なんだかあっちに強敵がいる気配!僕の第六感がうなるです!』
…と、突っ走られてしまいこのザマだ。
(あの…馬鹿…。)
白いこめかみに珍しく青筋が浮いた。ぜぇぜぇ刺さる呼吸がそれに油を注ぐ。
目の前には空っぽの景色。それが何か、何か無性に焦りをかきたてた。
目の前に薫がいない。
いないという今が、そのまま永遠になりそうな不安。
(…何かあったら…どうするんだ…。)
汗がすぅと冷たくなっていく。
滴ったそれはちょうど地面と同じ温度。赤い大地。色の割に結構冷たいことを樹は知っている。
靴裏からじわじわと何かが染み込んでくるようだ。逃げるように重い足を無理矢理走らせる。
とにかくもう一度視界に入れたかった。そして安心したかった。自分がいたって何ができる訳でもないのだが。
とにかく安心したかった。
薫がいると。傍に居ると。在ると。
数十をぎこちなく数えた靴。ばたばたと揺れていた視界が不意に何かを見つける。
両の眼球がそれを捉えると、靴はぴったり音を止めた。

青く流れる美しい後姿<シルエット>。

まるで電流にでも打たれたように、樹の全てが制止した。
青い長髪。風を孕むロングスカート。華奢な肩。青白い足。
「   、」
呟いた言葉。可聴域をかすりもせぬまま、溶けて消ゆ。

(…あ。)
は、と目覚めたように呼吸を取り戻す。再び動き始めた心臓を手で押さえた。
(…そうだ、薫を見なかったか聞いてみよう…。)
そう理性が紡ぎだしたのは、もう二三歩歩み寄った後だった。尋常じゃない心拍は脳が見ない振りをする。
そう。薫を。薫を知らないか。彼女に。彼女に聞いて。みよう。
脳は優しく身体に理由をつけてやる。彼女との距離は縮まった。3、2、1、零。
とん、と肩に触れて気づかせた。用意した台詞を言おうと思ったが。
彼女は振りむき、零れそうなほど大きく目を、見開く。




粉砕されたドアに反して、中は意外と無傷。そんな教会へこわごわ見回しながら静葉は入った。
腕には気を失った栞を抱えている。手近な長椅子にそっと横たえた。毛布も何もないのでそれしかできないが。
眠る幼い横顔を不安げに見守る。そして、視線は自然と移動した。
壁に作りつけられた大きな十字架へ。
赤に見えそうなほど濃い色の木材。その歪な色は忘れようもなかった。
ここはあの教会だ。傷ついた焔と駆け込み、神父に殺されそうになった、あの…。

…見ているとあの時の恐怖が背筋を冷やした。今、焔はいない。もし今あの神父が現れたら…。
「此処、知っているの?」
そう問いかけたのは栞だった。びくっと振り向く静葉を怜悧な双眸が捉える。栞は上半身を起こしていた。
「平気よ…今、殺されることはおそらくない。」
「だ…だめ、まだ寝てないと…。」
「寝たところで怪我は治らない。生憎そんな暇はないの。」
ローブの隙間、生乾きの血はまだ赤い。少し身じろぎながらも栞は立ちあがった。痛みを押し殺しているようにも見えた。
けれど赤い瞳は憎悪に光る。
「あの男を殺さないと。」
それは間違いなく、殺し損ねた焔を指していた。
「や…やめて。焔は、焔は…。」
「やめる?」
低い声。風切る音。同時に届いた。
「死にたいの?」
一筋…十字架が触れる静葉の首から、赤く一筋。
それよりも栞の瞳は赤かった。
「弱いくせにふざけたことを言わないで。」
十字架が冷たい。
「私は人を害する者を殺す。"男"という、人を害するモノを殺す。」
声が冷たい。
「殺せば奴らは人を害せない。殺さなければ、誰かが害される。」
言葉が、

「わかりなさい。アレを殺さなければ、人が死ぬのよ。」

栞は出て行った。静葉は動かなかった。
言葉が、告げられた事実がただ冷たく貫いていた。

その時、轟音と共に地面が大きく揺れた。






地震に揺らされた鐘が鳴り喚く。教会が近いようだ、がそれどころじゃない。
案外近くにいた薫が何事かと震源へ走った。
さっきの地震のせいか土煙で酷い。しばらくすると晴れてよく見えるようになった。

ごーん、ごーん。

そこにいたのは微笑を浮かべるラグラージの女と
いくつも高く高くそびえた岩の槍と

そのひとつに 貫かれた樹だった。


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