途切れる夢
「おや」
きょろきょろと辺りを見渡しても、なんにも見当たらない。
色らしい色もなくて、真っ白けな世界は正直、
「つまらないな」
そもそもなんだ? 夢だとしたら本気で笑えない冗談だ。
まるで私が相当寂しい人間みたいじゃないか、カラフルな夢さえ持つことを許されないとは!
色らしい色もなくて、真っ白けな世界は正直、
「つまらないな」
そもそもなんだ? 夢だとしたら本気で笑えない冗談だ。
まるで私が相当寂しい人間みたいじゃないか、カラフルな夢さえ持つことを許されないとは!
「つまらなくて悪かったね」
振り返ると、やっと色のついたものに出会った。
真っ黒い服、棚引く鮮烈な真紅のマフラー、瞳は澱んだブルー。
「青い目、か」
「君の空は澄みすぎている。私とは同じじゃないさ」
ああ、愉快だ! 大笑いして天を仰いだ目の前の老人は、いかにも不審者だ。
「しかし正直な男だ! いや、そうでなくては。私は叶えるべき夢を間違えなくて済んだ」
彼はぱちんと指を鳴らす。地面に一気に黒が広がった。
しろ、くろ、しろ、くろ。正方形がうつくしく、整然と並ぶ。
ざっ、と音を立てて、白と黒のチェスの駒が整列した。キングの座だけがぽっかりと開いたままだ。
「君も混ざりたまえ。つまらない遊びに付き合って欲しいんだが」
そう言って、彼はもう一度指を鳴らした。空席に、豪奢な王座が現れる。
「いいだろう、付き合って差し上げるのも紳士のたしなみだ」
漆黒の玉座にかけて、相手を見据えた。でもほんとを言うと、頭脳戦は、面倒くさい。
振り返ると、やっと色のついたものに出会った。
真っ黒い服、棚引く鮮烈な真紅のマフラー、瞳は澱んだブルー。
「青い目、か」
「君の空は澄みすぎている。私とは同じじゃないさ」
ああ、愉快だ! 大笑いして天を仰いだ目の前の老人は、いかにも不審者だ。
「しかし正直な男だ! いや、そうでなくては。私は叶えるべき夢を間違えなくて済んだ」
彼はぱちんと指を鳴らす。地面に一気に黒が広がった。
しろ、くろ、しろ、くろ。正方形がうつくしく、整然と並ぶ。
ざっ、と音を立てて、白と黒のチェスの駒が整列した。キングの座だけがぽっかりと開いたままだ。
「君も混ざりたまえ。つまらない遊びに付き合って欲しいんだが」
そう言って、彼はもう一度指を鳴らした。空席に、豪奢な王座が現れる。
「いいだろう、付き合って差し上げるのも紳士のたしなみだ」
漆黒の玉座にかけて、相手を見据えた。でもほんとを言うと、頭脳戦は、面倒くさい。
時に悲鳴を、時に雄叫びを上げて、白と黒の駒がぶつかり合う。
ナイトが蹴散らし、ビショップが駆け、目の前には戦場が展開されて行く。
崩れた駒は、粉々になって風に消え、血糊すら垂らさない。
「くだらない遊びだな、私に何をさせたいんだ?」
「そもそも君はどうしてこんなところに来たのかね? 私は君を夢から排除したはずだ」
「私を?」
白のポーンが、ナイトの首を刈り取った。
「そうさ。君が望まないと言ったから。君は夢をみないはずだったのだ」
「…どういうことだ?」
「誰かを追って来たのではないのかね?」
黒のタワーが距離を詰める。ビショップが大きく吹き飛んだ。
「…追って、来た? 誰を、」
「君の、クイーンをさ」
白のナイトが白刃を、女王に突きつける。
かつ、と背後で足音がして、誰かの名前を呼んだ。
ナイトが蹴散らし、ビショップが駆け、目の前には戦場が展開されて行く。
崩れた駒は、粉々になって風に消え、血糊すら垂らさない。
「くだらない遊びだな、私に何をさせたいんだ?」
「そもそも君はどうしてこんなところに来たのかね? 私は君を夢から排除したはずだ」
「私を?」
白のポーンが、ナイトの首を刈り取った。
「そうさ。君が望まないと言ったから。君は夢をみないはずだったのだ」
「…どういうことだ?」
「誰かを追って来たのではないのかね?」
黒のタワーが距離を詰める。ビショップが大きく吹き飛んだ。
「…追って、来た? 誰を、」
「君の、クイーンをさ」
白のナイトが白刃を、女王に突きつける。
かつ、と背後で足音がして、誰かの名前を呼んだ。
「―――、」
「どこに、居るんだ」
かつ、かつ、足音は近づいて、玉座の脇をすり抜けていった。
「…え?」
その姿は薄くぼやけて、まるでガラスの箱にでも入っているように遠い。
慌てて玉座を飛び降りた。酷い頭痛がする。誰だ、大切な、人のはずなのに。
触れようとしても触れられない。その体は、幻影のよう。
「彼はここに居るのではないからね。彼に君は見えていないよ」
「……どうなって、一体…何が、どうして、」
綺麗な琥珀は、遠い何処かを、寂しそうに見つめたままだ。
何度も何度も、誰かの名前を呟いて、しまいには、泣き出してしまった。
座り込んで、声を上げて、頭を抱えるようにして、ただただ泣く。泣き声が、心臓に刺さった。
「…泣かないで」
「彼には聞こえていないよ」
「……泣かないで、『ふゆ』」
その、名は。
「…どこに、いる、の…」
「ここに居るよ、何処にも行かないよ、だから…」
「『まほろ』、どこにいるんだ…!」
「泣かないで、苦しいよ…」
それは、私の、名だ。
「…え?」
その姿は薄くぼやけて、まるでガラスの箱にでも入っているように遠い。
慌てて玉座を飛び降りた。酷い頭痛がする。誰だ、大切な、人のはずなのに。
触れようとしても触れられない。その体は、幻影のよう。
「彼はここに居るのではないからね。彼に君は見えていないよ」
「……どうなって、一体…何が、どうして、」
綺麗な琥珀は、遠い何処かを、寂しそうに見つめたままだ。
何度も何度も、誰かの名前を呟いて、しまいには、泣き出してしまった。
座り込んで、声を上げて、頭を抱えるようにして、ただただ泣く。泣き声が、心臓に刺さった。
「…泣かないで」
「彼には聞こえていないよ」
「……泣かないで、『ふゆ』」
その、名は。
「…どこに、いる、の…」
「ここに居るよ、何処にも行かないよ、だから…」
「『まほろ』、どこにいるんだ…!」
「泣かないで、苦しいよ…」
それは、私の、名だ。
今すぐにでも抱き締めてあげたい。そうすれば、泣かなくてすむのに。
それなのに、指さえ触れない。どうしても、触れられない。抱き締めることが、できない。
心臓がぎりぎりと軋むように痛い。喉が詰まる。
頬が涙で濡れていく。くるしい。くるしい。こんなの、ただの拷問じゃないか。
どうしてあなたを慰めることができないの。それができないなら、生きる価値がわからない。
死んでしまったほうが、消えてしまったほうが、よほど、楽になれるだろう!
なのに、何で…? 触れても触れても、掴めるのは空気だけ。
それなのに、指さえ触れない。どうしても、触れられない。抱き締めることが、できない。
心臓がぎりぎりと軋むように痛い。喉が詰まる。
頬が涙で濡れていく。くるしい。くるしい。こんなの、ただの拷問じゃないか。
どうしてあなたを慰めることができないの。それができないなら、生きる価値がわからない。
死んでしまったほうが、消えてしまったほうが、よほど、楽になれるだろう!
なのに、何で…? 触れても触れても、掴めるのは空気だけ。
「…かわいそうに、彼を苦しめることしか出来ないのは君だ…」
「……その、通りだ」
「……その、通りだ」
彼のために存在するからこそ、彼の心を痛めつけているんだから。
いや、まてよ。でも。でも、そうだとしたら。
私を求めて、彼が涙を零す、ということは!
いや、まてよ。でも。でも、そうだとしたら。
私を求めて、彼が涙を零す、ということは!
まだまだ苦しかった。死んでも死んでも、この苦しさには敵わないだろう。
でもねぇ、もし、そうだとするなら、彼は、私の大好きな、愛する彼は!
でもねぇ、もし、そうだとするなら、彼は、私の大好きな、愛する彼は!
「自明のことだ! 彼は、私を愛しているということじゃないか!」
空が、真紅に染まった。
「……そうか、気付いたのか、ゲン」
「そのうちボコボコにしてあげるよ、ダークライ。トウガンさんに手出しをするとは殺しても殺したりない!」
「君を舐めすぎていたようだ、ここへ入れてやるべきではなかったな…しかし」
ざっ、と周囲を囲まれた。白、黒、死んだはずの駒まで総動員だ。
愛する人を映す鏡はふわりと消える。ひとりぼっちだけど、ちっとも怖くない。
「ここから『記憶』を出さなければいい。そうだろう?」
「死ぬのなんか、怖くないよ」
あなたを泣かせた以上、私は侘びを入れなくちゃならない。
そうしなくちゃ、生きていられないんだから仕方がない!
でも、そのためなら。その、生きるための目的があれば!
「まっててね、きっと抱き締めて、たくさんキスしてあげるから…」
「そのうちボコボコにしてあげるよ、ダークライ。トウガンさんに手出しをするとは殺しても殺したりない!」
「君を舐めすぎていたようだ、ここへ入れてやるべきではなかったな…しかし」
ざっ、と周囲を囲まれた。白、黒、死んだはずの駒まで総動員だ。
愛する人を映す鏡はふわりと消える。ひとりぼっちだけど、ちっとも怖くない。
「ここから『記憶』を出さなければいい。そうだろう?」
「死ぬのなんか、怖くないよ」
あなたを泣かせた以上、私は侘びを入れなくちゃならない。
そうしなくちゃ、生きていられないんだから仕方がない!
でも、そのためなら。その、生きるための目的があれば!
「まっててね、きっと抱き締めて、たくさんキスしてあげるから…」
たくさんの刃が、私を囲む。それは、真っ直ぐに私に振り下ろされた。