Encounter ~大同団結~

2018年4月14日時点での、ロールの様な何か
SSスレに投下したものを一部修正したものです

当時、File:ZERO関連の話題が盛り上がっていたので、その内容を一部含みます



――――パシンと、張りのある大きな音が響いた。小さな身体が突風に煽られる様にたたらを踏む。

「お、親分!?」
「騒ぐな。……この娘は、十分な大人だ。けじめをつける必要がある。それに……この娘に必要なのは、恐らくこれなんだ……」

開店前の酒場の広間に集っていた、ガタイの良い男衆が、完全に意表を突かれた様子で、事の成り行きを見守っていた。
目の前で繰り広げられている光景は、それだけショッキングで、衝撃的なものだったのだろう。

――――10歳くらいと見受けられる、ラベンダー色の髪をした少女が、平手を頬に浴びて俯いている。
危うく姿勢を崩しかねないほどに、強く頬を張られたのだろう。ハッキリとその頬が赤く腫れあがっていて、口の端から血が一筋、つぅっと引かれている。
大人の容赦ない平手を受けて、ぐっと黙り込むその姿は、確かに痛々しい物を感じさせる。
普段ホールスタッフとして、いざという時には荒事の解決要因として動く男衆も、その光景には流石に言葉を失っていた。

「心配ない、本人も分かっている事だ……こうした『落とし前』は、覚悟の上で……わざわざ、俺の前に姿を現したんだろう……?」

そして、そうして少女に容赦のない平手を見舞った人物は――――。
――――左目の抉れた、ずんぐりむっくりした体格の、猫の獣人、ワーキャットだった。右目のみでも鋭い眼光に、低く威圧するような太い声で。
比較的人間の手に近い構造をしたその手で、少女の頬を張ったのは、なかば荒くれと表現できる男たちを率いた、ボスの立場に収まっている獣人だったのだ。

「――――――――」
「……すっかり、変わってしまったな。あれからもう、7年近くにもなるのか。その間お前は……ずっと、苦しんできたんだな……」
「――――叱られるのは、覚悟の上で来ました。その上で、お願いします。力を貸してください――――」
「……冷えたものだ。お前……無礼打ちされるのを分かって、敷居が高い事を分かって、その上で、俺の下に足を運んだんだな……?」
「――――もう、なりふり構ってはいられませんから――――」

緊迫した外野の空気をものともせずに、少女と獣人の言葉が再開する。
口の端を切って、血を拭いながらも滔々と言葉を紡いでいく少女の様は、なるほど確かに『大人』の態度だった。自己を確立し、周囲の空気をものともしないその有様は、とても子供とは言い難い。
だが、獣人の鋭い眼光は、徐々に憐憫の情を帯び始めていた。この少女は強いから大人なのではない、崩れかかっているからこそ大人なのだと、一目で理解していたのだ。

「……すまなかった。俺の掛けたあの言葉が、生きろと言うあの言葉が……お前には、呪いとなってしまったんだな……
 ヒトとしての生き方を、お前に期待した事……その行き着いた果てが、この様……すまなかった。あの時は、俺も無責任だったようだ……」
「――――もう良いんです、その事は。私も、今は答えがこれなだけで、ただ『それだけ』です――――それよりも」
「……力を、貸してくれと言っていたな。だが……今更俺に何が出来るだろうかと、そう思っている……
 荒事に、正面切って首を突っ込むだけの力は、もう俺には期待しない方が良い……俺は、レイドも、イマミレイも、守れなかった男だ……お前も、自分の娘さえも……」
「――――まだ『仕置きの猫又』を引退した訳では、無いんでしょう――――?
 その力は、確実に必要になるんです。その情報網も、戦う力も――――ヴェイスグループとの戦いの事だけ、引きずられてても、私も困ります――――
 また、世界は――――おかしな事になろうとしています。本当に、なりふり構っては、居られないんです――――
 「前を向け」と、前に私に言ってくれましたよね。それを、私から言うのは、生意気でしょうか? ――――事態の打開のため、力を貸してください――――」

かつて――――少女と獣人は親しい仲だった。少女の『父』と獣人とが、古くからの友人同士だったから。
かつて、まだ少女が内面的にも子供だった頃の、大切な仲間の1人――――それが今、対等な立場にあって、言葉をぶつけあっている。
白熱灯の照らす広間の真ん中で、男衆に囲まれながら、獣人と少女は、彼らだけに分かる言葉の応酬を続けた。
――――かつての、戦士たちのフィクサーとして暗躍していた姿は、今の獣人には似合わないかもしれない。かつての大きな戦いでの敗戦は、それだけの痛恨事だった。
だが――――少女にとっては、そんな事は関係なかった。今はただ、獣人の力が必要だったのだ。枯れかかっているのは、見た目だけに過ぎない。まだその力はあるはずだ、と――――。



「――――おいおい、呼ばれてきてみりゃ、なんか面倒な事になってないか、旦那?」
「……お前か、ヒーロー」
「……こう目立つ中でそんな呼び方すんなっての。それよか、何だいその子供……俺が関わっちゃ、不味い感じのアレか?」

その緊迫の中に、更に乱入する1人の男の姿があった。ボサボサの金髪にサングラスをかけた、中年男。
意に関せずと言った様子で、男衆たちの輪に割り込んで、獣人と少女の前に姿を現した。気だるげなその態度は、剣呑な雰囲気をものともしていない。

「いや……事によっては、関わる事になるかもしれないな。今のところは、何とも言えないが……」
「旦那にしちゃ、ハッキリしない物言いだな。ま、良いさ。どちらにせよ、話は先客が片付いたら、って事かよ……」
「――――まだ開店には早いが、適当に何か飲んでいてもらえば良い。マスターにも、それくらいの融通は聞いてもらえるだろう」
「そうかい。んじゃ、俺は適当に寛がせてもらうからな?」

砕けた様子で獣人と言葉を交わすサングラスの男は、あっさりと待ちに回る事を了承し、男衆の1人に肩を回して、輪から遠ざかる。
適当なテーブルに着席すると、連れ立った男に注文を伝えた様で、男は店の奥へと下がっていった。
それを済ませたサングラスの男は――――輪の中心にいる少女と獣人に視線を向ける事も無く、テーブルに肩ひじをついて寛ぎ始めた。
本格的に、今の出来事に「我関せず」と言う様子で、無視する心算を固めている様子だ。

「――――あの人は――――?」
「お前が気にする事じゃない。そういう『ルール』なのは、お前だって分かるだろう……それよりも」

主題となる話は、再び輪の中心へと回帰する。

「……お前が、力を貸せと言うのは……まぁ、大よその見当はつく。「魔能制限法」……それ関連の話だろう」
「はい――――あれは、表向きには――――」
「皆まで言う必要はない。俺にだってその程度は分かる……何かの意思が、裏にある様だな。まぁ、それは世間に流れている情報程度でも、分かる奴には分かるだろう
 ……裏に何が、どんな形で蠢いてるのか……そこまでは、流石に測りかねるがな。どうも……本格的に裏黒い謀略の匂いだけは、感じられるんだが……」
「――――世間的な組織の枠を超えた、ある一定のグループが、これを使って人を支配しようとしている――――そういう話の様です
 機関も、水の国の公安も、それで完全に、身内同士の腹の探り合い状態になってるようで――――その中で、とある一派が、世論を誘導して世界を合法的に支配しようとしていると言います」

先ほどの緊迫した空気は、旨い具合に弛緩したのだろう。2人の会話は滞りなく進んでいく。
久しぶりの対面とはいえ、気心の知れている間柄故にというべきか、抜けのある言葉の補完さえ必要とせず、意思の疎通がなされていた。

「……それで、そんな中で俺にどうしろというのだ? そのような事態では、なるほど俺の所に情報も軽々に流れてこない訳だ……
 ハッキリ言うがこの一件、情報屋としての俺を期待されても困る。流石に一国の公安が相手となると、断片的な情報を繋ぐにしても、そもそもの材料が足りなすぎるだろう
 ――――奴らに『秘密』は無いんだからな。……分かるか?」
「――――『秘密』が無い。つまり、「『秘密』が存在している事自体、そもそも伺う事すらできない」と言う事ですね――――」
「……そういう事だ。最初からピースの揃っていないジグソーパズルでは、完成のさせ様が無い。そして……ピースをこぼす様な真似をする相手じゃないだろう」
「――――だったらやる事は1つです。ピースを強奪すればいい。それを協力して欲しいんです」
「なに……!?」

虚実入り混じった四方山話から、断片を繋ぎ合わせて構成を読み解き、裏を取る事で真実を掬い出す。それが獣人の得意とするところであり、裏の顔としての役目の1つだった。
だが、流石に今回の陰謀は情報の秘匿性が段違いである――――危険人物や、機関の動向を読み取る事の様にいかないのも、無理はないと言えた。
その無理を――――少女は強引に押し通す。死人の様なオッドアイが、深遠の魔物の如く、獣人を覗き込んでいた。

「残念ながら――――私は能力が使えなければ、ただの子供の様なモノです。魔能制限法を進める裏の一派には、異能を封じる力が現実的に運用され始めています
 その被害に遭ったと言う人たちの話が、『UT』に流れてきました。でも、あなたなら――――異能を抜きにしても、下手な能力者と同等以上に戦える
 私がお願いしているのは、その戦力です――――『仕置きの猫又』の、その真髄は、仕置きを出来る事にあるはずでしょう?」
「――――参ったな。何を言い出すかと思えば……何を言っているのか、分かっているんだろうな……!?
 飲み屋街の顔役に過ぎない俺に、戦争に参加しろと言うのか? 残念だが、俺にはこの店を守ると言う仕事がある。それに関わる様な仕事は……」
「なら――――何故、レイドさんの時には身体を張ったんです。それにその目も――――同じように『戦った』果てに、抉られたと聞きました」
「……やれやれ、すっかり擦れている。――――だが、流石にこうなると、知り合いとはいえタダで動いてやる訳にはいかないぞ?」
「――――何を、私は用意すれば良いんでしょう?」
「……お前の命だ」
「――――!?」

その深淵を、獣人は怯む事無く覗き返して見せた。呆れた様に溜息を吐き出すと、それで己を切り替えたのだろう――――再びその目に、鋭い眼光が宿る。
滔々と自分の言葉を紡ぎ続けていた少女も、流石に息を飲んだ。

「――――生きて、生きた。その果てに――――お前はそこまで乾いてしまった……。予想しなかった訳ではないんだが、やはりお前の心の穴は、どうやっても塞がり様の無いものらしい……
 なら――――お前には、今まで積み上がったものを、全てその手から捨ててもらおう。今回の大きな事件、無事に解決を見た暁にはな……」
「――――ッ」
「そして、もし俺がその途上、命を落とす様な事があれば……あぁ、流石に今回ばかりは、最後まで戦い抜ける保証もなさそうだから言うぞ……
 その時には……もう、お前も共に滅んでもらおう。命を懸けるくらいの気概が無いのなら、この一件、俺は噛むつもりはない。迂闊に人材を紹介してやることも出来ない
 俺に、この事態について協力しろと言うのは、それだけの重大事なのだと言う事……その自覚はあるか? 無いのなら、適当に飯でも食って帰るんだな……
 世界の為になりふり構ってはいられないと言ったが……そうやって、世界を人質にして交渉するのはフェアじゃない。人質は、己の命と言う事にさせてもらおう
 じゃなきゃ、俺は来たるその日まで、自分の領分で仕事をし続けるだけだ――――どうする?」

容赦のない言葉。後ろ盾の無いままに協力を要請してきた少女に対して、獣人は半ば突き放す様な言葉を突きつける。
他人を、地獄への道連れとして引き込むつもりなら、その程度は必要なのだと、気構えを試し、そして、得る物の無い戦いに、獣人はそれを求める。
――――本心を、言葉の裏に押し隠して。

(――――すまない。あの時、俺がちゃんとお前に示してやれれば良かったんだ……。せめて、ここまで心をすり減らさなくても、済む方法はあったはずだって……
 この6年半、俺はお前に不義理をしてきたも同然……なら、俺の口から言ってやらなければならない……「お前はいつだって、好きに生きて、好きに死んで良いんだ」と……)

成功しても、失敗しても、死ね――――それは、ただの恫喝ではない。獣人なりに、少女の求めている言葉を推し量り、それを口にしたのである。
誰にも認められずに、ただ己の心の穴から漏れ出る感情を何とかしようと、ずっと戦い続けてきたのだろう。
そしてその果てに――――ここまで生体兵器として完成し、歪み冷え切った『個人』の言葉と態度を手に入れてしまったのだろう。
ハッキリと、真正面から肯定してやらなければならない。人の道に反する事である事を、承知の上で――――それが、自分の役目だと、獣人はそう決意したのだ。
『死』を明確に示唆し、それがどこかで、求められる事であり、そして彼女自身にも、立派な1つの選択肢なのだと――――そう、言ってやらなければならないのだ。

「――――望むところです。私には、仲間が必要です。そして――――嘘じゃありません。「なりふり構ってはいられない」んです――――
 この命が、後の世界の為ならば――――安いものだと、そう考える事にします――――ッ」

気負いは感じられるが、少女はそれに応えた。そしてそこに、微かな心の揺れをも感じられる。
少女にとりそれは、決断が必要な返事であり、そして望んでいるその『死』にも、まだ心を揺らす何かが残っている。
――――それを確認して、獣人は静かに頷いてみせた。まだ、100%の手遅れという訳ではないらしい、と――――。

(俺も力を尽くす。お前も――――まだ、生きた上でその心にケリをつけられる道はある。共に、少なくとも今回の件が片付くまで、死なない。そういう事にしよう……)

それは、獣人にとっては、軽々に命を落とすわけにはいかないと言う、自分への活としての、保険になっていた――――。



「――――やっほー! 旦那いるー!?」
「……あ、ちょっと待て、まだ開店時間には――――!?」
「親分……もう時間です。いつもの方々がお見えになってますよ……」

緊迫した空気は、再び破られる。今度はハキハキと放たれた女性の声で。気が付けば周囲の人の輪も解けて、店が動き始めていた。
ダイニングバーは、既に表の顔で営業を開始していたのだ。

「こ、こらレミー! いきなり……すみません。開口一番がこれで……」
「全く、一番乗りで他にお客がいないから良い様なものの……いや、既に先客がいる様じゃないか……」
「随分、話し込んでたみたいだねぇ……時間が経つのを、忘れていたって事かな、旦那?」

表の客としての一番乗りは、何とも賑やかな集団――――アーマーと剣の目立つ赤い髪の青年と、全身が真っ白な衣装に包まれた少女、そして、重厚な巨躯を誇る亜人と、浮浪者然とした水色の髪の青年だった。
一番乗りの客人も、なにやら只者ではない雰囲気なのは、この店独特の事情があったのかもしれない。

「やれやれ……魔海出身のよしみというのはありがたいが、すっかり入り浸ってくれて……一般の客が驚かされるのは、少々困るのだがな……」
「すみません、なんと言うか……ついつい足が伸びてしまって……」
「まぁ良いじゃないの旦那、同じ魔海出身のよしみなら、そう固い事言わなくても、ね?」
「……頼まれていた品物を届けに来たんだが……偶然だぞ、この連中と行き会う事にあったのは」
「……僕もだよ、ただ夕食を食べに来ただけさ……」

店の用心棒頭である獣人が魔海出身である事から、同じく魔海と縁が深い一団が、この店を行き付けにしているのだった。
少女はそっと身を引いて、獣人は一団を出迎える。普通の客がいないこの場は、ある種身内ばかりの特殊な空間と化していた。

「まぁ、折角だから僕の方も、彼らと色々と話がしたくて……構いませんね、旦那」
「あぁ……お前らなら問題はないだろう。ただ、他の客の手前もある……あまり目立たんようにな」
「では、俺が先に荷の受け渡しをしてくる……お前たちは、先に適当にやっていてくれ……」
「んじゃ、ちゃっちゃと済ませちゃってよね! こっちも会おう会おうとしてた所なんだから!」
「あ……待ってくれ。俺は俺で、そっちの『先客』を待たせていてな。お前たちで、先に飯を済ませていてくれないか?」
「そうか……分かった。では、俺はいつもの席に失礼するぞ……お前ら、悪いがこっちに来てくれ」
「いや分かってる……普通の椅子じゃ、結構危ないもんね……」

賑やかな一団は誘導され、店の隅へと陣取っていく。獣人は呆れと共にそれを見送っていた。
――――『表』とも『裏』とも取れる馴染み客なのだが、店の客層が特殊に傾くのは宜しい事ではない。
とは言え、彼らのアクティブさには、流石に引きずられている自分を、獣人も自覚していたのだが――――。

「じゃあ――――私は、今日はこれで――――」
「あぁ……道中、気を付ける事だな。どうやら容易ならん話の様だ……」

密談を済ませた少女は、獣人に頭を下げて店を後にする。ここからは、ダイニングを兼ねているとはいえ、子供が1人でいる場所ではない。
それに、戦いの準備はようやく整い始めたのだ――――去っていく少女の後姿を、獣人は見送る。その背中は正に、戦場に向かう戦士のそれだった――――。



「――――すまんな。今日は千客万来だ……」
「いや、あの子供との話が長引いてただけじゃないか、旦那……ま、俺には関係ないんだろう?」

テーブルに待たせていた、サングラスの男の席に、獣人も相席する。サングラスの男は、先にビール――――ケルシュで軽くアルコールを入れている様だった。

「……どうやら、まるでの無関係とも言い難いようだ。俺の懸念していたところと、あの子の持ってきた話、オーバーラップしていたよ」
「なんだ……あの子も特区絡みか? 随分お熱いスポットなんだな。とは言え……探るのも容易じゃないわあの地域……
 ……まさかの事態だ。部下が1人、音信不通になってしまった。何があったのかは分からないが……こういう、特殊な場所に足を踏み入れて、トラブルってのは……」
「……偶然と取らない方が良い、楽観視は出来ないと言う事だな」
「そういう事だ。直接乗り込んでやろうかとも思ったが、流石にリスクが大きすぎる……奴は能力者じゃないから、大丈夫かと思ったんだが……さて何があったのやら」

獣人は、腰からパイプと葉を取り出し、タバコを吹かし始めた。込み入る話には、ニコチンがあればありがたい。
頭脳の潤滑油は、こういう仕事には欠かせない物なのだ。まだまだ人気の少ない時間帯にも関わらず、2人の会話は密やかに進む。

「……魔能制限法はよろしくない。その先鞭のあの街……放っておいて良い物ではないぞ?」
「あぁ、そこは極々一般ピープルの俺も承知してるさ。だが……どうする? 法律を嵩に来てるんだ。あれは合法的な存在だぞ?」
「その法自体が怪しいものだと……あの子供が、そう俺に言ってきたのさ。それを探ってくれ、とな」
「……なぁ、あのガキ何者だ? 見た目通りの子供じゃないってのは分かるが……流石に気になるぞ。関わってるってんなら、少しは教えてくれても良いんじゃないか?」
「そういう訳にはいかん。本格的に関わるまでは、お前はあの子とは他人だ。そこには踏み込まないのが探偵のルールだろう?」
「……ハッ、確かにそりゃそうだ。余計な事に首突っ込んだな。俺は俺の仕事をって事で……今は構わないんだな?」

チリっと、吸い込んだ煙でパイプの中の葉が小さく爆ぜる。ゆっくりと、満足げに獣人の口から煙は吐き出された。
――――パイプでタバコを吸うのは、火の勢いを保全しながらの、難しいやり方なのだが、獣人はそこのペースも弁えている様だった。
紙の雑味や簡素なフィルターの余計な濾し出しの乱れを感じさせない、葉本来の味わいが、ゆっくりと肺を、そして脳を満たす。

「で、どうするよ。あの街、恐らくは何か腹黒い物を抱えてる、で結論して良い物だと思うぞ
 ただ、正体不明ってのはいただけないな。未知は恐怖の元だ。そして、不確定要素は失敗の元だ……」
「……威力偵察、というのは、流石にノータリンのやる事か。だが、現状それくらいしか思いつかないのが、痛い所だな……」
「……おい待て、まさか俺に『裏』の顔で乗り込めなんて、言うつもりじゃないだろうな?」
「……それも手かもしれないな。俺が一緒に行くなら、少なくともある程度の情報は得られるだろう?」
「で、2人揃ってお尋ね者ってか? そしたらその先がないだろうよ。そういう事が出来るのは、もっとハッキリとした徒党の力ってのがあってこそだ」
「……分かってる、それは当然分かってるが……徒党、か……難しい所だ……」

サングラスの男が、苛立ち紛れにジョッキを軽く傾ける。軽い炭酸がシュワシュワと、その苦みを舌の上で弾けさせた。
酔いは回るが、その程度は問題ではない。この苦味こそが、サングラスの男にとっての気付け薬だ。

「悪いんだが、今回行方不明になった部下の分も合わせて、結構な経費になっちまうぞ……なんでそんなに、今回の『個人的な仕事』、進めてるんだよ?」
「……予感があったのかもしれないな」
「あん……?」
「……結局俺は、7年前の事から何も吹っ切れずに、引きずり続けていたと言う事だ……そしたら、お誂え向きの巡り合わせだ……
 ……虫の知らせでも、あるのかもしれないな……」
「冗談じゃねぇな……ま、善後策が浮かんだら、改めてって事にするしかないか……今はそれ以上、やり様が無いんだろ?」
「確かに……」

密か事の合間に、客もチラホラと入り始めている。獣人はそこで会話をいったん切り上げ、店内の喧騒に注目した――――。



「――――だから、絶対にアレは何かあるってんだよ……!」
「落ち着くんだ。まだ、確定したわけじゃない……そりゃ、疑わしいのは確かだけど……」
「お前は1度会ったきりだろうが! 俺には分かる……あれは、何度も顔を合わせた人間だからこそ……!」
「……ん?」

獣人の耳がピクリと反応する。店内の客同士の会話の中に、気になる言葉を拾ったのだ。
何か、荒れている。こういう人間にアルコールが入ると、人間は迷惑な『トラ』になる。良くない酒というのなら、店から叩き出さなければならない。
獣人は静かに席を立つと、その会話のテーブルへとゆっくりと歩み寄っていった。

「あんな断片的な映像だけじゃ、何とも言えないじゃないか!」
「だったら他に考えられるのか!? 偶然じゃねぇんだぞ絶対これは!! ありゃ、間違いなく……!」

騒がしいテーブルに着席していたその主は、既にペースを上げているようだった。ジョッキが2つ、空になって転がっている。
魔術師然とした青いコートと、とんがり帽子を被った大柄の男。同じデザインの、黒のコートと帽子を被った青年。
窘めにかかっている青年の言葉を振り払いながら、居丈夫は尚も酒を煽り、言葉を荒げていく。

「おいお前たち、騒がしいぞ。他の客の迷惑も考えろ……!」
「あぁ!? ……なんだ、用心棒頭だったか。悪ぃな、少しは加減考えて愚痴らせてもらうさ……!」

客を注意しにかかる獣人と、どこかピリピリした態度でそれを受ける居丈夫。再び獣人は剣呑な雰囲気を見せ始めていた。

「……申し訳ない。これは手前の友人なんだが……この間の、水の国の事件。そのニュースで流れた映像に、知り合いが居たって騒いでいてね……」
「……櫻の国の海軍が鎮圧したと言う、アレか?」
「……あの時に、映っていたスナイパー……あれがどうも、知り合いに似ていると、こいつは言ってるんだ……」
「なに……!?」

つい先日のそのニュースは、まだ話題の種として比較的新鮮な物の1つで。獣人はそれを聞いた瞬間、表情を変えた。
――――意外なところから、意外な出来事に対する情報が仕入れることが出来そうだ。獣人はそっと表情を静かにする。
――――彼らを、裏の顔で出迎える。その事を決意した表情だった。

「……それは心静かではいられまいな。済まなかった。少し……その話、聞かせてもらって構わないか?」
「あぁ? ……なんであんたに?」
「そういう情報は、必要としている奴には必要なんだ。それに、タダでとは言わない……これでもそういうものの媒介は俺の仕事の1つだ。謝礼は弾むぞ?」
「……金なら、手前どもには必要ないよ。これでも、身一つで稼ぐ手段はある」
「なら、魔導具とか、別な情報とか、或いは何かの事態に際した、人材の仲介なんてのはどうだ、興味ないか?」
「……あんた、一体……?」

静かにテーブルに割り込む獣人。訝しがる2人に、彼はこう口を開いた――――。

「――――俺はアーディン=プラゴール。この酒場『Crystal Labyrinth』の用心棒頭にして、ここら一帯の仕切りをやってる、情報屋兼、ブローカーの様なものだ……」

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最終更新:2018年04月14日 14:37