ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第01話

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居酒屋ろんぎぬす、という店がある。次元空間の狭間にある、とある宮殿に併設されたショッピングモール内にある、座席数40程度のけして大きくはない店だ。
そこには夜な夜な多種多様な客が集い、様々なコミュニティを形成しつつ語り明かし飲み明かす。
そこまではちょっと変わった立地条件の普通の居酒屋のようにも思えるわけであるのだが……この居酒屋、ちょっと変わっている。
どう変わっているかというと、居酒屋に集う客が普通の店と異なり―――人間に限らない、という点だったりするわけであった。

今年一番の暑さになるでしょう、という天気予報が2、3日続いた、夏至も少し通り過ぎた夏の日。
少し早めの時間帯に、カウンターに座っている客は二人しかいない。
いや、数え方で言うのなら、二人、というよりは二匹、と言うほうが正しいかもしれないが。
片方の客が、どうやってモノが掴めているのか分からない丸っこい手で持った赤い液体をぐぐぐ、と飲み干し、空になったグラスを勢いよくテーブルに叩きつける。

「あぁ~、もう。やってらんねーでス」

その顔に浮かぶのは人目で溜まっているのがわかる鬱憤。
体は真紅。爬虫類系をデフォルメしたような丸っこい形。それに尻尾と角らしき物体。とって書いたような黄色い瞳という、およそこの世のものとは思いがたい存在。
ファンシーにシュールリアリズムな形の生命体がそこにいた。

「親父、タバスコもう一本でス!」
「お客さん、タバスコの飲みすぎは体に毒ですよ」
「うっさいわ!これが飲まずにやってられっかー!」

あと僕は火のエレメンタルだから焼くものとか熱を発生させるものがパワー源なので毒にはならないのでス!と熱弁するなんか赤いトカゲ。
こう駄々っ子になられては、マスターとしても大人しくとぐろを巻かれているより他にない。
と、その時だ。
その赤いトカゲの肩を、ぽん、と叩く姿があった。
赤いトカゲの隣に座っていたもう一匹の客。
赤いトカゲよりは少し小さな生き物。全身を覆う光沢のある白い直毛。首輪には銀の十字架。哺乳網ネコ目イタチ科の肉食動物―――和名でいうところのフェレットである。
トカゲは、そのフェレットを見て言った。

「あん?『酔いに身を任せて人に迷惑をかける飲み方は半人前だぞトカゲ』?
 水しか飲めないお子ちゃまにそんなこと言われたくねーでスよ!」
「っていうかお客さん、こちらのお客さんの言ってることわかるんですか」
「とーぜんでス!
 僕は自然界の4分の1を司る火のエレメント、その具現端末でスよ?自然界の動物の心の声くらい読めなくてどうするんでスか」

へぇ、と店主は感嘆の声を上げ、その火トカゲにたずねる。

「じゃあ、ちょっとそのお力で俺にもこっちのお客さんの声が聞こえるようになりませんかね。
 いや、ウチにとっても常連さんなんで色々と話を聞きたいんですよ」
「あぁ。そのくらいなら問題ないでスよ。ちょちょいの、ちょいっと」

火トカゲがぽん、と手を叩くと火の粉が店中に飛び回り―――何も焼かずに空間を走って、やがて消える。
ほう、と息を吐く声がした。

「なるほど、確かに音が人間の言葉に変換されているな。世界端末というのもあながち嘘ではないらしい」

その声は白いフェレットから。おぉ、と小さく感動したらしい店主。
そんな反応に胸をえへん、と反らして赤いトカゲは言った。

「僕の中の構成法則に自然界の声の理解、があるわけでスからね。
 僕が結界を張って、その空間内だけ『獣の言葉は人間には理解できない』という法則を焼滅、僕の中の構成法則を代わりに焼き付ける。
 簡単にいうなら法則を僕のものに書き換えたわけでスよ。僕が結界を解くか、この店を出た時点で解除されてしまうんでスけどね」
「ふむ、こんなプログラムがあれば俺の苦労ももう少し減るのだが……いや、まぁ連中がそんなものを作ってくれるはずもないか」

白いフェレットはそう言って嘆息するように肩を落とす。
そんな姿を見てか、店主が苦笑しつつ言った。

「お客さんも苦労してるんですねぇ……。
 あぁ、そういえばお客さんのお名前を聞いてなかったな。せっかくこうして話ができるんです、お近づきのしるしにお名前を教えてはもらえませんか」
「それもそうだな。
 ―――どんぺり、と呼んでくれ。日頃から世話になっている。そういえばそこのトカゲはなんという?」
「僕はトカゲじゃないでスよ!僕はサラマンダー、自然界四大エレメンタルの火を司るエレメント!」
「あぁすまないな。マスター、こっちにラー油を一瓶やってくれ。俺なりの恩返しだ」
「あいよっ」

そう言って差し出されるのは透明な赤みがかった琥珀色の液体だ。
なお。ラー油とは油で唐辛子を煮こみ、その香りと辛味を煮出したものである。どこぞの『島』の『虹色戌』みたいになるのでよい子は絶対に飲もうと思わないように。
そんなこんなで、今日もろんぎぬすに宴の華が咲く―――。



 ***


「未来ちゃんってばもう最近ずっとそんな感じで」
「ほうほう」
「昨日も図工の授業で『憧れの人』っていう題で絵を描けって言われて、書いたのがドクロ!
 未来ちゃんだけ家に帰ってもう一回描いてくるように言われて、涙目で描いてたんでス」
「それは災難ですねぇ」
「そうでス!そもそもあの暴れ牛が未来ちゃんのところに現れさえしなければ……」
「……それは逆恨みではないか?」

宴の主役は赤トカゲこと、サラマンダーの飼い主の話になっている。
なんでも彼は魔法少女を欲した世界から、一人の少女を魔法少女として認定し、宇宙からの侵略者たちを狩り世界を守るために生まれたのだという。
そうして今は主と仰ぐ少女の家に厄介になっているのだが、ここで話が少し狂う。
なんでも侵略者ではない宇宙人が別の娘を(彼視点で)勝手に魔法少女として認定し、勝手に新しい魔法少女として売り出してしまったとかでさぁ大変。
しかもそのパチモン魔法少女、手がつけられないほどの乱暴者で魔法とは名ばかりの肉体言語(こぶし)使いなのであった。
彼の飼い主もその魔法少女もどきを敵と認識するならまだしも、なぜか好意的に―――というかむしろ憧憬の視線を向けているのだった。

「だいたい!あの暴れ牛のどこにっ、そんなっ、魅力がっ、あるでスかっ!?
 ちょっとヒマがあればドクロドクロドクロドクロ、最近じゃ親御さんにも心配されるんでスよ!?」

小学五年生の女の子がいきなりヒマがあればドクロドクロ言うようになるのは確かに不気味だが。
そんな風に愚痴っていると、どんぺりがまぁまぁ、というように両手を上下させて答える。

「確かにそうかもしれんが、しかしドクロと言ったか?赤いスカーフの魔法少女とやらはおまえの主を守ってくれたのだろう?
 そこは感謝してもしたりんだろう。俺たちは主がいなくなればその存在意義を失う―――いや、それ以上に存在する意味を見失うことになる」
「それは、そうでスけど……」
「だったら礼の一つもいれるか、礼儀を持って接するのが良い従者の姿ではないのか?」

姿に似合わぬやけに渋い声と言葉を発しつつ、どんぺりは器用にストローをすすって水を飲む。
その言葉に少し目を伏せ、マドラスでぐるぐるとタバスコとチリソースの混合液を混ぜるふりをするサラマンダー。
あまりにどんぺりが本質をつくためか、こんな愚痴を吐いたことがなかったためか。言い訳じみた言葉が出た。

「……わかってるんでスよ。あの暴れ牛が悪い奴じゃないっていうのは。
 あの町を守っていたいから守ってて、そのために戦おうとしてるあいつが悪い奴じゃないっていうのは、わかってるつもりなんでス。
 短気なくせに戦うこと自体は嫌いで、口も育ちも悪くて、バカで、ボンクラで、身勝手で。
 それでも、一番危ない戦場からは未来ちゃんを守ろうとしてくれる。居場所がない奴らはかくまってくれる。
 感謝も、してる。
 でも、こう……素直に礼を言おうとすると、いつもはぐらかされるというか。むしろ、感謝されるようなことはしていないみたいなこと言われるっていうか」

こっちは礼を言いたいのに、それが無意味だって言われるのは、ありがとうって気持ちを否定されてるみたいじゃないでスか、とか細い声でサラマンダーは言った。
それはもっともなことだ。
そんな、いくぶんか困ったような表情のサラマンダー。
それを聞いて、どんぺりはくすりと笑った。意外にも、結構似たような人間はどこにでもいるらしい。
どんぺりの様子を見て、拗ねるような表情をしてサラマンダーはぼやく。

「なんでスか。笑うこともないと思うでスよ?」
「あぁ、いや。おまえを笑ったわけじゃない。ちょっと知り合いを思い出しただけだ、そんなに深い仲でもないがな。
 俺も似たような人間に心当たりがあるだけの話だ。気が長くなくて、口は悪く眼つきも悪い、バカで身勝手な―――それでも悪い奴じゃない、人間だ」

主に本気で砲口を向けられ、身を守る手段があるとはいえいくども砲弾の衝撃を受け、それでもなお『仲間』だと認めた主を傷つけずに戦いを終わらせた人間。
主だけではないが、殺せば当面の危機が回避できると聞いておきながら、それでも誰も傷つかずに済む方法を『仲間』のためという理由だけで探し続けた人間。
そんな人間には、どんぺりも一人だけ心当たりがあったのだ。
正直、思考回路自体は理解できるとは思えない。しかし、ある程度ならその性格の傾向や御し方程度は理解しているつもりだった。

「そうだな。その手の手合いは礼を受けるいわれはないとは答えるだろう。
 しかし、大切なものと一緒にある時間の尊さを知っているというのは、大切なものを失う怖さを知っているということだ。怖くなければ何をする必要もないのだから。
 大切なものを守ろうとする気持ちがあるのだからこそ、それが失われずに済んだ喜びを理解できる。
 つまり、そういう人間は失われずに済んだ喜びを理解できる。だから、お前のその気持ちはわかっているはずだ。わざわざお前が口にするまでもなく、な」
「けど、それと感謝の気持ちを受け取らないっていうのは別だと思うわけでスよ」
「守られた側からするならそれは当然のことだ。俺もそれで何度か歯がゆい思いをした。
 それも、お前と違って俺は普通の状態では人語を話すことはできんからな。有り難いと感じていることを伝えたくても伝わらん」

ちゅるる、と乾いたのどを水で潤すどんぺりを、サラマンダーはじっと見つめている。
彼はただ、どんぺりの次の言葉を待つ。

「とはいえ、そういう輩は大抵単純でな。対処もまた単純だ」
「そんなもんあるんでスか?」
「簡単なことだ。相手が受け取らんなら、受け取るまで渡し続けるだけのこと。
 いかに礼などいらんと言おうと、大切なものを持ち、それが無事であることの幸せを知っているのだ。気持ちを理解できんから受け取らんのとはわけが違う。
 だいたい、その手の人間は押しに弱い。一度受け取らせてしまえば何を言うこともできんだろう」

あ、と呟いて固まるサラマンダー。
そうだ。なぜ一回で諦めてしまったのか。自分には少なくとも、彼とは違い伝えるための言葉があるというのに。
それは、なまじ世界の端末として生まれてしまったがために無自覚だった彼の未熟。自然界のあらゆることを知識として把握できるからこその落とし穴。
彼にとって、人間界での暮らしはとても魅力的だった。
自然界の端末であるがゆえに、文明社会のことは知らないことがいっぱいだ。テレビもDVDも漫画も全て新鮮。正直自然界の端末としてどうかと思うが。

けれど、その原動力はひとえに人間という存在を深く知りたい、と思ったことが原因だった。
今のご主人である鈴原未来。彼女は精霊界のルールに則るのならばすでに魔法少女失格の烙印が押され、とうに自然界のものへと変換されていなければならないのだ。
その原因は精霊界のルールである「魔法少女は正体が他の人間にバレてはならない」がとっくに破られているからだ。
まだ彼女と出会ったばかりの頃のサラマンダーは、そのルールを守って未来を動物に変換しようとして―――原因である目撃者にアイアンクロー付きで説教をかまされた。


『代わりを用意すれば済むのか!!
 代わりのきかないもののために戦ってるんだろ!!
 代わりを用意すればいいなんて勝手すぎるだろ!!』


かつて未来を動物に変え、新しい魔法少女を探しに行こうとした彼に放たれた言葉。
それはいまだに彼の中に残っている。そしてその結果与えられた未来との日々を、穏やかな日常のことを考えれば、彼のしようとしたことはひどいことだったと今はわかる。
だから、知りたかったのだ。
人間にそう言わせる『心』という存在を。あの時、ただの人間が拘束魔法を引きちぎって自分にアイアンクローかますという無茶をやってのけた原動力を。
心の大切さを、それを相手に伝える言葉の大切さを、あの時からずっと学びたいと思っていたのに。
サラマンダーは、自嘲的に笑った。

「……僕は、本当に未熟でスね」
「なに。未熟ということはこれからいくらでもやり直せるということだろう。
 何度でも壁にぶつかって、悩んで、乗り越えて―――ゆっくりと人間を理解するといい」
「でスね」

そう、ふと彼が笑った瞬間だった。不意にがらがらと居酒屋の扉が開く。

「あ、いたいた。探しましたよサラマンダーさん」

そこにいたのは、真っ黒な外骨格を持ち異様に輝きを放つ黄色い目を持った妙な格好の奴だった。
知り合いらしいサラマンダーは意外そうに言う。

「宇宙人?こんなとこまで何の用でスか。っつーかお前らよくこの中まで入ってこれたでスね」
「いやあ、最近技術開発部が便利なものを作ってくれまして。対地球組織隠密用装備『○ころぼ○し』っていうんですけどねコレ」
「危ない!商標的に危ないからソレ!?」

なんつーもんを作ってんだ柏木姉妹。
閑話休題。

「私がここに来た理由ですが、ベホイミさんにあなたを呼んでくるように言われまして」
「なんか僕の助力が必要な事態でも起きたでスか?」
「あ、いえそういうことではなく。昼間にちびベホさんから今日はおうちの皆で外食だと聞いたので、どうせ留守番をしているだろうあなたを呼んでこいと。
 ベホイミさんのおうちで餃子パーティするんでメディアさんやプリンセスさんがはりきって用意してまして、あなたを呼びに行くのがわたしの役になったということです」
「なんで餃子……」
「みんなの好みに合わせられるじゃないですか、とメディアさんがおっしゃってましたが」

いつだってこいつらはそうだ、と心の中にこみ上げてくる『感情』を押し込めて、平静を懸命に装いながら―――それでも口元の笑みは隠せぬまま、言った。

「し、しょうがないでスね。あの汚い部屋片付けなきゃとは思ってたでスし、迎えにまでこられたんじゃ行かないわけにいかないじゃないでスか」
「そう言ってもらえると助かります。じゃあ行きましょうか」
「僕は会計済ませてから行くんでちょっと店の外で待っててもらえると嬉しいでスよ」

わかりました、と言ってそのまま外に出る宇宙人。
サラマンダーは店主にビー玉大の小さな紅い石を渡す。
この店は異世界からの人間なんかも来るため、通貨の代わりに価値のあるものを渡すことで代金とすることもできるのだ……知ってても踏み倒す奴もいるが。
ちなみに、その物品の買取先はこのショッピングモールの主なわけだが。
店主はその石を一目見るなりおぉ、と唸った。

「こりゃあまた高純度な火の属性魔石ですね。市場に出せば捨て値でも最新式の箒が2,3台フルオプションで買えちまいまいます。
 代金にいただくにはちょっと高価すぎますよ」
「そんなもの、火のエレメンタルである僕にはいくらでも手に入るものでスし。
 そっちの分も奢りでそれで払っておいてほしいでスよ。マスターにも迷惑かけたし、迷惑料ってことで受け取っておいてほしいでス」

そういうことでしたらありがたく、と笑顔になる店主。
どんぺりはすまんな、と尻尾を揺らしながら礼をして、その小さな手をサムズアップさせながら健闘を祈る、と告げた。
サラマンダーはじゃあまたでス、と答えて、宇宙人の待つ外へと出る。
他愛もない話をしながら、彼らは目的地への道をとる。
途中、赤い髪の少女とすれ違いながら―――あの強情な暴れ牛女に、どうこの思いを伝えようと楽しく考えつつ。


 ***


赤い髪の少女に、『……どんぺり、ごはんの時間』と言われて相当暴れようとして
結局ほとんど抵抗もできずにぷらーんとつままれたままフェレットがドナドナされていった数分後。
店主はテーブル席からカウンターに移動してきた客に絡み酒されていた。
酒が入っていることもあるのだろうが、もうカウンターにへばりついて泣き上戸モードである。一番手がつけられない。
長めの金髪の、白皙とした美青年なのだろうが、今はその面影はない。

「でさぁ、マスター聞いてるー?
 ウチの上司ってば自分は実力者だから給料とかは安心して働けよって言っておきながら、ボクが契約した途端落ちぶれてさぁ……。
 たまに見舞いに上司の同僚がくるけど、ほとんど誰も来ないし!元の人望のなさが透けて見えるよねー。
 ボクに回す力が惜しいからってバックアップほとんどなしで仕事させようとするし。
 もう絶対労働基準法違反なんだって!社会保険とかかけてもらってないし!」
「はぁ、けどまぁ裏稼業じゃそんなことも珍しくないんじゃないですかねぇ」

社会保険にかかってない世知辛さを知っている店主はそんな本音を言ってみる。
言外に甘ったれんなガキんちょ、という思いを載せつつ。
しかしまぁ酔っ払いは人の話なんざ聞いちゃいない。

「ボクの仕事もさぁ、上司を蹴落としたナンバー2とかに上司のせいで目をつけられててことあるごとに邪魔されるし。
 失敗したら上司にもの凄い怒られるし、『ご飯ぬきじゃー!外に出ておれこのしれ者がー!』とか言われるし。
 この間とかそんなぼろぼろの状態で上司を実質的に仕事できなくした奴を久しぶりに見つけたから『タマァ取ってこーい!』とかワガママで突貫させられたし。
 アイツもアイツだっての。
 いつの間にか箒なんか持ちやがって、こっちは冥/冥なんだから真っ向勝負挑まされて100オーバースタートのダメージなんか耐えられるわけないだろうっ!?」

あれはホントに死ぬかと思ったんだぞっ!?と言いつつたんっと勢いよくタンブラーをカウンターに叩きつける。
……相当に溜まってるらしい。

「あぁもうやだ。本当に転職してやろうかな、<風雷神>様んとこならマシな気がする。楽に人生謳歌できるような気がする」
「そういうのは辞めようと思った時がやめ時ですよ。ずるずるいっちまえばいつのまにか進退極まってるなんてことはよくありますしね」
「そうだよね、もうあの人んとこ泥舟だしねー。
 あの人が現世に出られなくなってから過労死したりする配下の落とし子増えてるって裏界出版の<告発者>様発行『ふぁるふぁる新聞』でも調査結果出てたしなぁ。
 もうそろそろ契約更新の時期だし、ある程度の改竄を視野に入れて賄賂を―――」


「―――ほう。貴様、どこに行くつもりなのだ?」


「今のとこ以外ならどこでも、って言いたいけど<ぽんこつ>とか<ちょーこー>とかはまぁ外すかな。すごい勢いで死にそうだし。
 <女公爵>様は今の上司に筒抜けだし、<魔王蛇>様んとこ行っても干からびるまで抱き枕だろうし、<荒廃の魔王>様のとこもボクじゃ瞬殺だろうし。
 やっぱ<風雷神>様とか<知恵者>様、<音の魔>様あたり?」
「ほうほう。我よりもフールやアニー、シアースの方がいいともうすか。そちもなかなかにいいどきょうよの」

がちん、と固まる金髪青年。
ぎりぎりぎり、と関節が錆びきったブリキの人形のようにそちら―――自分の右側の座席を見る。
そこにいるのは、豪奢な金髪を巻き毛にしたゴシックロリータの、将来は美人になるだろうと10人中全員が予想するような美少女。その髪の色はどこか青年に似ている。
青年は瞳孔が少し開いている目を最大にまで見開き、小刻みに震えながら少女に伺いを立てる。

「な、なぜこちらにいらしししして、おられれれるので……?」
「あぁ、まだ力不足でうつしみは作れん。そんな我に、昨日めずらしくリオンがプレゼントを置いていってな?
 『擬体』という、なんでも使い捨てのたましいを入れる肉を持った人形らしい。
 『試運転を兼ねて、気分転換に貴女の落とし子のところにでも行ってみてはいかがですか?』と言われたので来てみたしだいだ。
 しかしこれはいいことを聞いた。よろこべ我がしもべよ、我が貴様にじきじきにしつけをくれてやろう」

がし、とその腕を掴まれる青年。ものすごいイイ笑顔をした少女が掴んでいない方の手をかざすと、その先の空間がぐにょん、と歪んだ。
青年が泣き叫びながら逃げ出そうとするよりも一瞬早く。ぽい、と少女が歪んだ空間の先に青年を放り込んだ。空間の歪みにあっという間に飲み込まれて見えなくなる青年。
ふむ、と頷きながら、少女はごとり、とカウンターの上に金塊を一つ積む。

「我が配下が迷惑をかけたな。これを収めるがいい人間。下賜品だ、好きに使え」
「お、お客さんっ!?これはちょっと多すぎるかと―――っ!?」
「かまわん。くれてやると我が言っているのだ。それともそちは我に一度出したものをふたたびふところに入れるはじをかけと言うのか?」
「え、いやそういうわけでは」
「ではありがたく受け取っておくがいい。しつけの時間だ、そろそろ我も行く。ではさらばだ」

にゅるん、と空間の歪みに飲み込まれる少女。
青年、合掌。
一人になった店内で我に返ったマスターはとりあえず金塊を裏の金庫にしまい、言った。

「とりあえず……迎えに来てくれる奴がいるってのは幸せだってことかね」

その言葉は、どこか哀愁に満ちていた。


fin

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