<女三人寄らば~>
そんな、なんとか回っていっている喫茶「ゆにばーさる」の日々。
お客は夏休みということもあり、行列ができるほど。同業の店もあるが常連が店を変えることはないし、長期休みともなればネットの評判を聞いたご新規さんもやってくる。
閉店時間になっても、キッチンはまだ明日の仕込みなどが残っている。仕事が終わるわけではない。
そんな中のある日、フロア担当の就業時間を終えた椿は結希に呼びだされた。
なんでも今日は予想以上の集客で、結希までがフロアで出ることとなりいくつかお皿を割ったこと。
ついでに言うなら、明日の仕込みに使うための送られてくるはずの材料が、業者の不備で少し足りないこと。
そんな二つの状況が重なり、買出しに行ってほしいとのことである。
椿がその任務を了解し、店を出ようとすると二人の少女が彼女に声をかけた。
お客は夏休みということもあり、行列ができるほど。同業の店もあるが常連が店を変えることはないし、長期休みともなればネットの評判を聞いたご新規さんもやってくる。
閉店時間になっても、キッチンはまだ明日の仕込みなどが残っている。仕事が終わるわけではない。
そんな中のある日、フロア担当の就業時間を終えた椿は結希に呼びだされた。
なんでも今日は予想以上の集客で、結希までがフロアで出ることとなりいくつかお皿を割ったこと。
ついでに言うなら、明日の仕込みに使うための送られてくるはずの材料が、業者の不備で少し足りないこと。
そんな二つの状況が重なり、買出しに行ってほしいとのことである。
椿がその任務を了解し、店を出ようとすると二人の少女が彼女に声をかけた。
「椿、お出かけでありますか?わたくしも行くでありますよー」
「あれ、椿どっか行くの?あたしも行っていいかなっ?」
「あれ、椿どっか行くの?あたしも行っていいかなっ?」
片方はもちろんノーチェであるが、もう一人は今朝こちらに着いた椿の友人だ。
黒く長い髪。大きな瞳。少し眉は太めで笑えば可愛らしい、と思わせる顔立ち。そして一点目立つ、空手胴着。彼女の名は、辰巳狛江(たつみ・こまえ)といった。
彼女は元FHの構成員なのであるが、とある任務の際にその理念に反発してFHを脱退。
その後、さらに大きな事件に巻き込まれるものの、その事件を乗り越えて自分の夢をかなえるために旅立ち、たまにその事件で共に戦った戦友達に会いに働きにくるのだ。
ともあれ、フロアで使える人員が純粋に減っているところにやってきた彼女は結希にとっては渡りに船だ。
椿と同じ部屋に泊めてくれるなら、という条件付きで、狛江は八月の終わりまで「ゆにばーさる」でのアルバイトを快諾したのだった。
黒く長い髪。大きな瞳。少し眉は太めで笑えば可愛らしい、と思わせる顔立ち。そして一点目立つ、空手胴着。彼女の名は、辰巳狛江(たつみ・こまえ)といった。
彼女は元FHの構成員なのであるが、とある任務の際にその理念に反発してFHを脱退。
その後、さらに大きな事件に巻き込まれるものの、その事件を乗り越えて自分の夢をかなえるために旅立ち、たまにその事件で共に戦った戦友達に会いに働きにくるのだ。
ともあれ、フロアで使える人員が純粋に減っているところにやってきた彼女は結希にとっては渡りに船だ。
椿と同じ部屋に泊めてくれるなら、という条件付きで、狛江は八月の終わりまで「ゆにばーさる」でのアルバイトを快諾したのだった。
なお。もとは一人部屋の椿の部屋にノーチェ、狛江と二人も人間が増えるのはまずいということで、一時的に広めの部屋に椿はプチ引越しすることになったが。
その二つの声にちょっと困りながらも、椿はいいよ、と頷く。
二人ともフロア担当で、終業後はヒマであり、結局は同じ部屋に帰るのだ。ノーチェと狛江は初顔あわせであるし、自己紹介の時間になれば、という彼女の配慮であった。
ぶらぶらと、秋葉原の街を歩く。
椿にこれまでの山篭りの成果を話す狛江。兎とかけっこしたとか、イノシシと力比べしたとか、蝉を箸で掴んだとかもう山篭りと関係ない話になっている気がしなくもない。
狛江の話は椿にはよく分からないが一生懸命頑張ってきたんだろうな、と彼女を誉めると、照れくさそうな表情を浮かべてそんなことないよー、と笑う。
なお、ノーチェは狛江の武勇伝を聞くたびにおぉーっ、と歓声をあげるいい聞き役になっていた。
ちなみにノーチェの言葉は全部が全部本気だ。嘘がつける性格でもないし、凄いものは凄いと認める。
狛江の話に本気で感動している様子は、彼女にもわかったのだろう。狛江もノーチェのことを気に入ったようだった。
その二つの声にちょっと困りながらも、椿はいいよ、と頷く。
二人ともフロア担当で、終業後はヒマであり、結局は同じ部屋に帰るのだ。ノーチェと狛江は初顔あわせであるし、自己紹介の時間になれば、という彼女の配慮であった。
ぶらぶらと、秋葉原の街を歩く。
椿にこれまでの山篭りの成果を話す狛江。兎とかけっこしたとか、イノシシと力比べしたとか、蝉を箸で掴んだとかもう山篭りと関係ない話になっている気がしなくもない。
狛江の話は椿にはよく分からないが一生懸命頑張ってきたんだろうな、と彼女を誉めると、照れくさそうな表情を浮かべてそんなことないよー、と笑う。
なお、ノーチェは狛江の武勇伝を聞くたびにおぉーっ、と歓声をあげるいい聞き役になっていた。
ちなみにノーチェの言葉は全部が全部本気だ。嘘がつける性格でもないし、凄いものは凄いと認める。
狛江の話に本気で感動している様子は、彼女にもわかったのだろう。狛江もノーチェのことを気に入ったようだった。
一通り狛江の話が終わるのを待って、椿はそういえば、とノーチェにたずねた。
「支部長から聞いたんだけど、ノーチェは違う世界から来たんだよね」
「そうであります。っていうか、昨日さんざん同じ話したのに信じてくれなかったのはわたくしもちょっとヘコんだのでありますよ……」
「あ、え、その……うん、ごめん。ノーチェの言ってることが嘘だとは思えなかったけど、ホントだともちょっと思えなくて……」
「いいでありますよ。確かに世界間移動についての技術がないところじゃ信じがたい話だとは思ってるでありますし。
それに、椿のその正直さは損な性格ではあるでありますが、とても好ましいでありますからな。許すでありますよ」
「そうであります。っていうか、昨日さんざん同じ話したのに信じてくれなかったのはわたくしもちょっとヘコんだのでありますよ……」
「あ、え、その……うん、ごめん。ノーチェの言ってることが嘘だとは思えなかったけど、ホントだともちょっと思えなくて……」
「いいでありますよ。確かに世界間移動についての技術がないところじゃ信じがたい話だとは思ってるでありますし。
それに、椿のその正直さは損な性格ではあるでありますが、とても好ましいでありますからな。許すでありますよ」
苦笑しながらのノーチェの言葉に、椿にはなぜか彼女がとても大人びて見えた。
そんな雰囲気をぶち壊すように、狛江がノーチェを見て好奇心全開でたずねる。
そんな雰囲気をぶち壊すように、狛江がノーチェを見て好奇心全開でたずねる。
「え、なになに異世界って。もしかしてノーチェは動物王国から来たのっ?それとも1938年から来たとかっ!?」
「こ、狛江?どうしたでありますかそのピンポイントなステージ指定っ!?」
「こ、狛江?どうしたでありますかそのピンポイントなステージ指定っ!?」
そのあふれる好奇心に気おされた様子のノーチェ。そしてステージってなんだろう?と首を傾げる椿。
ノーチェは気おされつつも、説明を試みる。
ノーチェは気おされつつも、説明を試みる。
「どっちも違うのでありますよー。わたくしがいたところはファー・ジ・アースっていうところでありましてな。
魔法が使える魔法使い―――ウィザードのいるところなのであります」
「ウィザード?それって、オーヴァードとは違うの?」
魔法が使える魔法使い―――ウィザードのいるところなのであります」
「ウィザード?それって、オーヴァードとは違うの?」
純粋で、しかし説明の難しい質問をする狛江。椿も興味があるように彼女に視線を向ける。
ノーチェは、この世界に来てから水晶球で集めていたこの世界の情報と比較して、分かりやすいような説明を考えて―――考えるのをやめた。ファンブったとも言う。
ノーチェは、この世界に来てから水晶球で集めていたこの世界の情報と比較して、分かりやすいような説明を考えて―――考えるのをやめた。ファンブったとも言う。
「オーヴァードはウィルスで超能力が使えるようになった人のことでありましょう?
わたくしたちウィザードは魔法が使える存在のことでありますから―――確かに、少し力の発現の仕方が違うだけで似たようなものと言えるかもしれないでありますな」
「それって、どこが違うの?」
「うーん……実際に見たほうが早いかもしれないでありますな」
わたくしたちウィザードは魔法が使える存在のことでありますから―――確かに、少し力の発現の仕方が違うだけで似たようなものと言えるかもしれないでありますな」
「それって、どこが違うの?」
「うーん……実際に見たほうが早いかもしれないでありますな」
よっこいしょ、と言いながら彼女が取り出したのは、彼女が乗れそうなほど大きな水晶球だ。
すごい、手品?手品?と狛江は無邪気に驚き、椿はオルクスにもこんな能力なかったっけ、と考えていた。
まだまだこれからでありますよー、と言いながら、ノーチェは水晶球に向けて言った。
すごい、手品?手品?と狛江は無邪気に驚き、椿はオルクスにもこんな能力なかったっけ、と考えていた。
まだまだこれからでありますよー、と言いながら、ノーチェは水晶球に向けて言った。
「今から買い物に行くのでありますが、この辺だとどこが一番安いでありますか?」
その言葉に答えるように、水晶球に『ここの角を曲がって三つ先の店が安売りやってるよ』という文字が表示された。
椿と狛江が異口同音におぉぉー、と感嘆の声を上げる。情報収集の得意なオーヴァードもいるが、こんな無駄な演出をすることはない。
それに水晶球といえば占いのイメージを喚起させる。オカルトである、というイメージを植えつけるには絶好だった。
……どこぞには占い師を目指してオーヴァードになった娘もいるが、別にこれは占いというわけではないので彼女にとってはあまり参考にならないかもしれない。
椿と狛江が異口同音におぉぉー、と感嘆の声を上げる。情報収集の得意なオーヴァードもいるが、こんな無駄な演出をすることはない。
それに水晶球といえば占いのイメージを喚起させる。オカルトである、というイメージを植えつけるには絶好だった。
……どこぞには占い師を目指してオーヴァードになった娘もいるが、別にこれは占いというわけではないので彼女にとってはあまり参考にならないかもしれない。
ともあれ。
狛江はノーチェに向けて羨望のまなざしを向ける。
狛江はノーチェに向けて羨望のまなざしを向ける。
「凄いすごいっ!ノーチェは占い師なんだねっ」
「占い師っていうか魔法使いなのでありますがな。それに今についてはわかっても、未来についてはわからないでありますゆえ、役立たずな占い師でありますよ」
「占い師っていうか魔法使いなのでありますがな。それに今についてはわかっても、未来についてはわからないでありますゆえ、役立たずな占い師でありますよ」
占い師っていうのは、その人の最善の未来を導くものでありますからな。とノーチェは笑った。
古来より、占い師は今で言うカウンセラーのような役目を負ってきたのだという。
いくら未来が視えたとしても、それは人間の決断一つでいくらでも覆される。ゆえに、先を読む魔の王と呼ばれる者達であろうと彼らには限界があるのである。
……そんなことを面と向かって言えば間違いなく『なら自力で証明してみせなさい』と言われた挙句灰も残さず消滅させられるだろうが。
けれど、可能性の力(プラーナ)を持つ者であるのなら、自身の意思を持ってその可能性を世界の運命に割り込ませることができる。それが人間の強さだ。
占い師とは、相手が可能性の選択について悩んでいる時に、最善の道を選ばせるための手助けをするもの。
人間の強さであるその力を、より良い方向を選べるように上手く誘導し、選択への心がまえを作らせるものなのだ。
それが未来への心構えになるのなら時に厳しい言葉も必要にはなるが、たとえ本当に視えたとしても、他人の運命を視てそれだけを真実と断定して終わるものではない。
運命の数ある分岐を理解した上で、その相手にとって最善を尽くせるように導かなければならないのだ。
古来より、占い師は今で言うカウンセラーのような役目を負ってきたのだという。
いくら未来が視えたとしても、それは人間の決断一つでいくらでも覆される。ゆえに、先を読む魔の王と呼ばれる者達であろうと彼らには限界があるのである。
……そんなことを面と向かって言えば間違いなく『なら自力で証明してみせなさい』と言われた挙句灰も残さず消滅させられるだろうが。
けれど、可能性の力(プラーナ)を持つ者であるのなら、自身の意思を持ってその可能性を世界の運命に割り込ませることができる。それが人間の強さだ。
占い師とは、相手が可能性の選択について悩んでいる時に、最善の道を選ばせるための手助けをするもの。
人間の強さであるその力を、より良い方向を選べるように上手く誘導し、選択への心がまえを作らせるものなのだ。
それが未来への心構えになるのなら時に厳しい言葉も必要にはなるが、たとえ本当に視えたとしても、他人の運命を視てそれだけを真実と断定して終わるものではない。
運命の数ある分岐を理解した上で、その相手にとって最善を尽くせるように導かなければならないのだ。
さて。
そんな話をしながら、一通り買出しを済ませ、すっかり仲良くなってテンションの上がるノーチェと狛江を椿が戸惑いながらも手綱を取っていたその時だった。
突如。
ノーチェがその場で転んだ。それはそれは違和感のある転び方だった。一度びくん、と体が跳ねたあとに膝から崩れたのだ。
いきなりの彼女の異変に椿と狛江はもちろんすぐに気づき―――そしてそれと同時に起きた周囲への異変にも気を配る。
周囲の景色が変わったわけではない。ただ、狛江と椿以外の存在がばたばたと倒れ伏したのだ。
そんな話をしながら、一通り買出しを済ませ、すっかり仲良くなってテンションの上がるノーチェと狛江を椿が戸惑いながらも手綱を取っていたその時だった。
突如。
ノーチェがその場で転んだ。それはそれは違和感のある転び方だった。一度びくん、と体が跳ねたあとに膝から崩れたのだ。
いきなりの彼女の異変に椿と狛江はもちろんすぐに気づき―――そしてそれと同時に起きた周囲への異変にも気を配る。
周囲の景色が変わったわけではない。ただ、狛江と椿以外の存在がばたばたと倒れ伏したのだ。
<ワーディング>。
オーヴァードにのみ発生させられる閉鎖空間。基本的に、これが発動するとオーヴァード以外の人間は意識を失い昏倒する。
もちろんこのワーディングを作ったのは椿でも狛江でもない。
椿がすぐさまノーチェの側に行き、その二人を背にするように狛江が周囲への警戒を続ける。
ノーチェは頬を紅潮させ、荒く息をついている。椿はレネゲイドウィルスによる侵食かとも思ったが、それにしては様子が少しおかしい。
オーヴァードに成る時は、多かれ少なかれそれを誘発する衝撃が与えられた時だ。
ワーディング内に入っただけでオーヴァードになるなら、世の中にもっと彼らは存在しているはずである。ちょっと前に世界規模のワーディングが張られたりしたわけだし。
もう一つ、オーヴァードはオーヴァードを感知できる。
つまり椿は、ノーチェがオーヴァードになったのならばそれがわかるはずなのだ。そしてその直感を信じるのなら、ノーチェはオーヴァードではない。
オーヴァードにのみ発生させられる閉鎖空間。基本的に、これが発動するとオーヴァード以外の人間は意識を失い昏倒する。
もちろんこのワーディングを作ったのは椿でも狛江でもない。
椿がすぐさまノーチェの側に行き、その二人を背にするように狛江が周囲への警戒を続ける。
ノーチェは頬を紅潮させ、荒く息をついている。椿はレネゲイドウィルスによる侵食かとも思ったが、それにしては様子が少しおかしい。
オーヴァードに成る時は、多かれ少なかれそれを誘発する衝撃が与えられた時だ。
ワーディング内に入っただけでオーヴァードになるなら、世の中にもっと彼らは存在しているはずである。ちょっと前に世界規模のワーディングが張られたりしたわけだし。
もう一つ、オーヴァードはオーヴァードを感知できる。
つまり椿は、ノーチェがオーヴァードになったのならばそれがわかるはずなのだ。そしてその直感を信じるのなら、ノーチェはオーヴァードではない。
「大丈夫?ノーチェ」
「う~……これがワーディングでありますか、見るのは初めてでありますよ」
「う~……これがワーディングでありますか、見るのは初めてでありますよ」
荒い息のなか、ノーチェは茶化すように告げる。それが自分を安心させるためのものだろうとわかったために、椿は言う。
「ごまかさないで。……何がおきてるのか、わかる?」
「大体は把握してるのでありますよ。
わたくしたちウィザードは、月衣っていう個人用結界を持ってるであります。これは自分の意思によって外界からの干渉を防ぐ役目を持ってるでありますよ。
だからこの世界に偏在するレネゲイドウィルス自体は問題なく遮断できるでありますが、それがエフェクトという形で現れれば話は別なのであります。
エフェクトが発動する時っていうのは、オーヴァード自身の意思が介在してるであります。そこには個人の意思がある。だから月衣に干渉するのでありますよ。
ワーディングっていう、オーヴァード以外を無力化する粒子がばら撒かれた空間の中にいるのでありますから、その効果はわたくしに作用するはずなのであります。
ただ、わたくしも個人用結界を纏っているのでありますから、それを意識することで弾くことはできるのであります。
でも、ワーディングはウィザードの張る月匣とは違うので、妙な相互干渉と誤作動を引き起こしてしまって、月衣を張ってるわたくしに負担がかかってるわけであります」
「じゃあノーチェが倒れたのは、オーヴァードになって衝動が起きてるからってわけじゃないのね?」
「はいであります。ワーディングで起きたレネゲイドウィルスの外界の活性化に、月衣が対応しきれてないだけでありますからな。
何が起こってるか把握して、月衣を適応できるように修正すれば完璧に―――とは、オーヴァードでない以上いかないでありますが、負荷を大分減らせるであります」
「大体は把握してるのでありますよ。
わたくしたちウィザードは、月衣っていう個人用結界を持ってるであります。これは自分の意思によって外界からの干渉を防ぐ役目を持ってるでありますよ。
だからこの世界に偏在するレネゲイドウィルス自体は問題なく遮断できるでありますが、それがエフェクトという形で現れれば話は別なのであります。
エフェクトが発動する時っていうのは、オーヴァード自身の意思が介在してるであります。そこには個人の意思がある。だから月衣に干渉するのでありますよ。
ワーディングっていう、オーヴァード以外を無力化する粒子がばら撒かれた空間の中にいるのでありますから、その効果はわたくしに作用するはずなのであります。
ただ、わたくしも個人用結界を纏っているのでありますから、それを意識することで弾くことはできるのであります。
でも、ワーディングはウィザードの張る月匣とは違うので、妙な相互干渉と誤作動を引き起こしてしまって、月衣を張ってるわたくしに負担がかかってるわけであります」
「じゃあノーチェが倒れたのは、オーヴァードになって衝動が起きてるからってわけじゃないのね?」
「はいであります。ワーディングで起きたレネゲイドウィルスの外界の活性化に、月衣が対応しきれてないだけでありますからな。
何が起こってるか把握して、月衣を適応できるように修正すれば完璧に―――とは、オーヴァードでない以上いかないでありますが、負荷を大分減らせるであります」
その言葉に椿が少し安心した時、狛江が椿の名を叫ぶ。
「椿っ!なんかわらわら出てきたっ!どうしようかっ?」
どうしようか、と聞いている割には声がやけに弾んでいる。
椿がそちらに視線を移すと、狛江に向かって三方向から見たこともない異形が現れていた。ヤギの頭を持った、まるでゲームに出てくるデーモンのような姿。
それがわらわらと4、50体ほど。それを見ても狛江はわくわくしているだけのようだ。
ノーチェが苦しい息の中、呟く。
椿がそちらに視線を移すと、狛江に向かって三方向から見たこともない異形が現れていた。ヤギの頭を持った、まるでゲームに出てくるデーモンのような姿。
それがわらわらと4、50体ほど。それを見ても狛江はわくわくしているだけのようだ。
ノーチェが苦しい息の中、呟く。
「あれは……デーモン?いや、こんなとこにいるわけないでありますし―――なるほど、エグザイルシンドロームでありますか。
このワーディングを張った黒幕の、使いってところでありますかな」
このワーディングを張った黒幕の、使いってところでありますかな」
彼女の目が、燃えるようにゆらめいた。
それを不思議に思った椿が問う。
それを不思議に思った椿が問う。
「ノーチェ?」
「わたくしなら平気でありますよ。むしろ、アレがワーディングの発生源なのでありますからサクサクっと片付けてくれると助かるであります」
「……わかった。さっさとあれを片付けてくるから、それまで大人しく待っててね」
「わたくしなら平気でありますよ。むしろ、アレがワーディングの発生源なのでありますからサクサクっと片付けてくれると助かるであります」
「……わかった。さっさとあれを片付けてくるから、それまで大人しく待っててね」
そう心配そうに言って、椿は爪をかざして狛江に言う。
「狛江、ノーチェが心配だからできるだけ早く終わらせよう」
「オッケーっ!あたし、はりきっちゃうよっ。山篭りの成果を見せてやるっ!」
「オッケーっ!あたし、はりきっちゃうよっ。山篭りの成果を見せてやるっ!」
狛江は腰の帯を締めなおし、不敵に笑って拳を構える。
そして―――二人は、同時に動く。
そして―――二人は、同時に動く。
闘いは乱戦に陥った。
狛江が正拳突きを放ち、後ろ回し蹴りに繋げ、肘撃ちを叩き込む。一撃ごとに異形は吹き飛び、彼女の気合の入った声が響く。
椿が2、3度左手を振り、右手を何もない空間に走らせる。何もなかったはずの空間には極細の糸があり、右手の与えた振動により糸の繋がる先の敵を膾切りにした。
可愛らしい少女たちが異形を吹き飛ばす姿というのは、なかなかシュールなものがある。
彼女達は次々と敵を倒していき、残すはあと一匹だけとなった。
狛江は拳の構えを解かず、椿はいつでも自身の糸を放てるように手をかざした―――その瞬間。
狛江が正拳突きを放ち、後ろ回し蹴りに繋げ、肘撃ちを叩き込む。一撃ごとに異形は吹き飛び、彼女の気合の入った声が響く。
椿が2、3度左手を振り、右手を何もない空間に走らせる。何もなかったはずの空間には極細の糸があり、右手の与えた振動により糸の繋がる先の敵を膾切りにした。
可愛らしい少女たちが異形を吹き飛ばす姿というのは、なかなかシュールなものがある。
彼女達は次々と敵を倒していき、残すはあと一匹だけとなった。
狛江は拳の構えを解かず、椿はいつでも自身の糸を放てるように手をかざした―――その瞬間。
ぱんっ、と乾いた音を立てて相手が弾けた。
それに虚をつかれる椿と狛江。はじけた破片はなお動き、ワーディングの外へと逃亡を開始する。
エグザイルシンドロームのエフェクト<騒がしき行列>だ。
しまった、とうめきながら椿は糸を放つが、糸によって両断された破片は分割されただけで、何の痛痒も感じていないようにさらに逃亡を続ける。
おそらくは同シンドロームの<群れの主>使用して作った雑魚だろうが、倒せばその分相手の力を削げる以上、逃がす手はない。
このままでは逃げられてしまう。椿がそう考えた時だった。
可愛らしいが、怒りに満ちた声が、響く。
それに虚をつかれる椿と狛江。はじけた破片はなお動き、ワーディングの外へと逃亡を開始する。
エグザイルシンドロームのエフェクト<騒がしき行列>だ。
しまった、とうめきながら椿は糸を放つが、糸によって両断された破片は分割されただけで、何の痛痒も感じていないようにさらに逃亡を続ける。
おそらくは同シンドロームの<群れの主>使用して作った雑魚だろうが、倒せばその分相手の力を削げる以上、逃がす手はない。
このままでは逃げられてしまう。椿がそう考えた時だった。
可愛らしいが、怒りに満ちた声が、響く。
「―――逃がすと思ってるでありますか?」
うぞうぞと動く破片が、その声にぴたりと動きを止めた。
同時に、破片の群れの真上に黒く歪んだ空間が現れた。黒い歪みは一瞬滞空し―――捕食者のように、破片すべてを飲み込んだ。
黒い歪みはしばらくうぞうぞと動いていたが、『食事』が終わったのかやがて溶けるように消える。同時にワーディングが解除された。
椿と狛江が声の方を向けば、大きな水晶に手を置いて、少しむくれているノーチェが立っていた。
同時に、破片の群れの真上に黒く歪んだ空間が現れた。黒い歪みは一瞬滞空し―――捕食者のように、破片すべてを飲み込んだ。
黒い歪みはしばらくうぞうぞと動いていたが、『食事』が終わったのかやがて溶けるように消える。同時にワーディングが解除された。
椿と狛江が声の方を向けば、大きな水晶に手を置いて、少しむくれているノーチェが立っていた。
「わたくし、ケンカは嫌いでありますが友だちを傷つけられるのはもっと嫌いであります。
わたくし自身も頭痛いし汗でまくりだしちょっと腹立ったでありますよ。少しは反省するであります」
「ノーチェ!もう立ってていいの?」
「狛江。ご心配をおかけしたでありますよ、もう大丈夫であります」
わたくし自身も頭痛いし汗でまくりだしちょっと腹立ったでありますよ。少しは反省するであります」
「ノーチェ!もう立ってていいの?」
「狛江。ご心配をおかけしたでありますよ、もう大丈夫であります」
ノーチェは狛江にタックル気味に抱きつかれながらそう答える。ぎゅーっと抱きしめられもはや半分鯖折りに近い状態なわけだが、それを止めるものはない。
彼女は椿に発破をかけた後、すぐに月衣の適応化作業を開始。術式を編み出して展開し、すぐに魔法・<ディメンジョンホール>の詠唱に入ったのだった。
……正直。あんな威力の魔法を撃たれればデーモンもどきは30人分くらい死ねるわけだが、それぐらい怒り心頭だったようである。
椿はじっとノーチェを見ていたが、やがて狛江から彼女を救い出すと、その頭を優しく撫でた。
彼女は椿に発破をかけた後、すぐに月衣の適応化作業を開始。術式を編み出して展開し、すぐに魔法・<ディメンジョンホール>の詠唱に入ったのだった。
……正直。あんな威力の魔法を撃たれればデーモンもどきは30人分くらい死ねるわけだが、それぐらい怒り心頭だったようである。
椿はじっとノーチェを見ていたが、やがて狛江から彼女を救い出すと、その頭を優しく撫でた。
「今のが魔法?すごいね、ノーチェ」
「わ、椿に誉められたでありますっ!」
「けど、本当に無理はしちゃダメだからね?あとで異常がないか見てもらわないと……」
「本当に異常なしでありますよっ。椿は心配性でありますね」
「うんうん。それすごいわかる」
「狛江、からかわないの。さっきまで苦しそうだったんだから、心配でしょう?」
「わ、椿に誉められたでありますっ!」
「けど、本当に無理はしちゃダメだからね?あとで異常がないか見てもらわないと……」
「本当に異常なしでありますよっ。椿は心配性でありますね」
「うんうん。それすごいわかる」
「狛江、からかわないの。さっきまで苦しそうだったんだから、心配でしょう?」
そんなやり取りをしていると、狛江が足元に光るものがあることに気づいた。それを拾ってみると、小さな赤く輝く結晶であることがわかった。
「椿ー、椿ー、こんなの拾ったよ」
「拾いものはよくないよ、狛江。……でも、なんだろう。綺麗だね」
「あれ?これ……魔石でありますな。プラーナの塊で、わたくし達の世界のもののはずでありますよ?」
「拾いものはよくないよ、狛江。……でも、なんだろう。綺麗だね」
「あれ?これ……魔石でありますな。プラーナの塊で、わたくし達の世界のもののはずでありますよ?」
ノーチェが首を傾げる。プラーナはこちらでは結晶化するようなものではない。
なぜこんなところにあるのか―――それを考えようとするより先に、ぴんときた。あわてて彼女は狛江に聞く。
なぜこんなところにあるのか―――それを考えようとするより先に、ぴんときた。あわてて彼女は狛江に聞く。
「こ、狛江っ!それ他に落ちてないでありますかっ!?それだけだとちょっと足りないのであります!」
「え?これ、ノーチェほしいの?」
「わたくしが、というよりもそれをほしがってる人間を知ってるのであります!っていうか、できるだけ多くこれがほしいのでありますよ!」
「え?これ、ノーチェほしいの?」
「わたくしが、というよりもそれをほしがってる人間を知ってるのであります!っていうか、できるだけ多くこれがほしいのでありますよ!」
大量のプラーナがあれば、可能になる術式がある。それがあれば一人の友だちが助けられる。
だから手伝ってほしい、というノーチェの必死な要請に、同じく『友だち』の椿と狛江が応えないわけもなく。
―――その近くで魔石探しをしていたがために、結希に怒られることになるのは、もう少し先の話。
だから手伝ってほしい、というノーチェの必死な要請に、同じく『友だち』の椿と狛江が応えないわけもなく。
―――その近くで魔石探しをしていたがために、結希に怒られることになるのは、もう少し先の話。
<幕間・魔の哄笑>
暗い路地裏で、一人笑うものがあった。
全身を苦痛が襲うが、それでもその表情は喜悦に歪んでいた。
この世界にやってきてから見つけた素体の精神を食らい、その能力を自らのものとしたソレはようやく見つけた。
同じくこの世界にやってきている、憎い人間と同じ、この世界には存在しない魔法の力を。
場所は検討がついた。後はこちらが力を蓄えた後、あの時の恨みを思う存分に晴らし―――魔法の力のなくなったこの世界を、自分のものにする。
だから、笑いは止まらない。
あの、人間の分際で自分を追い詰めた人間を殺す瞬間を思えば、この程度の苦痛など苦痛にもならない。
笑いが一瞬止まり、ソレは呟く。
全身を苦痛が襲うが、それでもその表情は喜悦に歪んでいた。
この世界にやってきてから見つけた素体の精神を食らい、その能力を自らのものとしたソレはようやく見つけた。
同じくこの世界にやってきている、憎い人間と同じ、この世界には存在しない魔法の力を。
場所は検討がついた。後はこちらが力を蓄えた後、あの時の恨みを思う存分に晴らし―――魔法の力のなくなったこの世界を、自分のものにする。
だから、笑いは止まらない。
あの、人間の分際で自分を追い詰めた人間を殺す瞬間を思えば、この程度の苦痛など苦痛にもならない。
笑いが一瞬止まり、ソレは呟く。
「―――これまでどの魔王すらも成し遂げられなかったこと。
神殺しを、私が殺す。
少し予定は狂ったけれど、今度は確実に殺してやる。だからせいぜい首を洗って待ってろ」
神殺しを、私が殺す。
少し予定は狂ったけれど、今度は確実に殺してやる。だからせいぜい首を洗って待ってろ」
そして、今すぐ八つ裂きにしたいほどにその瞬間を焦がれている、憎い憎い人間の名を呼んだ。
「なぁ―――柊蓮司?」
続く