<回る日々>
お盆。
世間的には休みの人が多く、ひどいところでは通常の数倍の人の入りが見込まれる時期。
がんがんに冷房をつけていても、その熱気はすさまじいものがある。
ウェイターもメイドも、いつもの1.5倍速くらいの速さで店内を動き回っている。
世間的には休みの人が多く、ひどいところでは通常の数倍の人の入りが見込まれる時期。
がんがんに冷房をつけていても、その熱気はすさまじいものがある。
ウェイターもメイドも、いつもの1.5倍速くらいの速さで店内を動き回っている。
「ありがとうございます。オーダーを復唱させていただきます。
ストロベリーパンケーキがふたつ、アイスカフェオレが一つ、青汁牛乳が一つですね?」
「マルゲリータビアンカ(プチトマトをのっけたマルゲリータ)、ボンゴレロッソ(あさりのトマトパスタ)、ショコラータコンパンナ(生クリームのせチョコドリンク)
オーダーいただきましたー!」
「トンポウロウ(中華風皮付き豚の角煮)と鍋焼きうどんと石焼ビビンバ、あとそれから鴨肉のオレンジソテーでまーす!」
「オペラとギムネマ茶お待たせいたしました」
「いちごおでんと鯖の味噌煮と自家製激辛麻婆豆腐、スープカレーにチェリーコーク。かしこまりました」
ストロベリーパンケーキがふたつ、アイスカフェオレが一つ、青汁牛乳が一つですね?」
「マルゲリータビアンカ(プチトマトをのっけたマルゲリータ)、ボンゴレロッソ(あさりのトマトパスタ)、ショコラータコンパンナ(生クリームのせチョコドリンク)
オーダーいただきましたー!」
「トンポウロウ(中華風皮付き豚の角煮)と鍋焼きうどんと石焼ビビンバ、あとそれから鴨肉のオレンジソテーでまーす!」
「オペラとギムネマ茶お待たせいたしました」
「いちごおでんと鯖の味噌煮と自家製激辛麻婆豆腐、スープカレーにチェリーコーク。かしこまりました」
……ここは何屋だ。
ともあれ、縦横無尽に動き回るフロア担当たち。
かきいれ時の夏休み、その中でも一番人の入るお盆だ、気合も入ろうというものである。
ともあれ、縦横無尽に動き回るフロア担当たち。
かきいれ時の夏休み、その中でも一番人の入るお盆だ、気合も入ろうというものである。
その中で、小柄な体で駆け回るノーチェ。今はトレイにちょっと高そうなティーセットをのせて、よたよたと歩いている。
わざわざ硬水を使ってイギリス本式で淹れたロイヤルミルクティである。演出上、高いティーセットを使ってお客様にお出ししているのである。
もちろん、こんなことをわざわざ書いている以上はただで済むわけがなく。
ちょっとテーブルからお客の足がはみ出ていたところを、彼女のブーツががすめた。体勢が崩れる。あ、と口が開く。両手でトレイを持っている以上手はつけない。
彼女が床が迫ってくるのが、スローモーションになるのを感じて反射的にぎゅっと目を閉じる。が、衝撃もティーセットが壊れる音もいつまでたってもこない。
わざわざ硬水を使ってイギリス本式で淹れたロイヤルミルクティである。演出上、高いティーセットを使ってお客様にお出ししているのである。
もちろん、こんなことをわざわざ書いている以上はただで済むわけがなく。
ちょっとテーブルからお客の足がはみ出ていたところを、彼女のブーツががすめた。体勢が崩れる。あ、と口が開く。両手でトレイを持っている以上手はつけない。
彼女が床が迫ってくるのが、スローモーションになるのを感じて反射的にぎゅっと目を閉じる。が、衝撃もティーセットが壊れる音もいつまでたってもこない。
「……ぎりぎりセーフ、だな」
安堵したようなその声を聞いて、ノーチェはうっすらと目を開く。
そこには、右手でノーチェを抱え込むようにして、左手でノーチェが手放した高価なティーセットを載せたトレイを持っている柊がいた。
さすがは<器用度>高い風/火であるだけのことはある。
閑話休題。
おぉぉー、と沸く客席。そのことが意識の中に入っていないノーチェは、今の状況のことも忘れてたずねる。
そこには、右手でノーチェを抱え込むようにして、左手でノーチェが手放した高価なティーセットを載せたトレイを持っている柊がいた。
さすがは<器用度>高い風/火であるだけのことはある。
閑話休題。
おぉぉー、と沸く客席。そのことが意識の中に入っていないノーチェは、今の状況のことも忘れてたずねる。
「あれ、蓮司?どうしてここにいるでありますか?今キッチン修羅場中でありましょう?」
「フロアも修羅場じゃねぇか。単に店長さんから『手が足りないんで、お客様にお会計で呼ばれたらキッチンから誰か出てください』って言われたからその帰りだ」
「フロアも修羅場じゃねぇか。単に店長さんから『手が足りないんで、お客様にお会計で呼ばれたらキッチンから誰か出てください』って言われたからその帰りだ」
大丈夫か?とたずねて彼女を床に下ろして無事を確認すると、片手で支えていたトレイを渡してぽん、と頭に手をのせる。
ヘッドドレスが乱れるのでそれ以上はせず、軽く背中を叩くと柊は言う。
ヘッドドレスが乱れるのでそれ以上はせず、軽く背中を叩くと柊は言う。
「ほら、お客さんが待ってるぞ。転ばないように気をつけろよ」
「あ、ありがとうでありますよっ!行ってくるであります!」
「あ、ありがとうでありますよっ!行ってくるであります!」
そう答えてぱたぱたとテーブル席へと歩いていく。
踵を返してひらひらと手を振って『気にすんな』、という意思表示をしてから修羅場(キッチン)に戻る柊。
踵を返してひらひらと手を振って『気にすんな』、という意思表示をしてから修羅場(キッチン)に戻る柊。
まだ「ゆにばーさる」でバイトを始めて半月ほどの彼らだが、このキャラクターの濃いことで有名な「ゆにばーさる」で、そのキャラが埋もれることなく注目されていた。
ノーチェは前にも書いたが、銀髪紅眼であきらかに外国系の顔立ちをしているにも関わらず、しゃべり方は「~であります」とどこかのカエル軍曹まんま。
その割に日本語自体は流暢で、その上敬語もきちんと使えているというギャップと謎だらけのキャラ立てで妙に人気が出た。
柊はキッチン担当でほとんどフロアには出ないものの、そこが逆にレアキャラ扱いされている。
たまに出てくる時は大抵今のように誰かがミスをしかけた時で、それをさりげなく見事にフォローをいれる姿が目撃されて以来「レアキャラお兄ちゃん系」として定着した。
どこに行ってもレアキャラ扱いされる男である。
ノーチェは前にも書いたが、銀髪紅眼であきらかに外国系の顔立ちをしているにも関わらず、しゃべり方は「~であります」とどこかのカエル軍曹まんま。
その割に日本語自体は流暢で、その上敬語もきちんと使えているというギャップと謎だらけのキャラ立てで妙に人気が出た。
柊はキッチン担当でほとんどフロアには出ないものの、そこが逆にレアキャラ扱いされている。
たまに出てくる時は大抵今のように誰かがミスをしかけた時で、それをさりげなく見事にフォローをいれる姿が目撃されて以来「レアキャラお兄ちゃん系」として定着した。
どこに行ってもレアキャラ扱いされる男である。
ともあれ、そんな彼らの頑張りもあってなのか「ゆにばーさる」は連日超満員。
フロア担当もキッチン担当も最早誰がいつ磨耗してもおかしくない状況の中、今日の朝になって結希が朗報を伝えた。
曰く、霧谷に頼んでいた援軍が今日の夜にあちこちから集まってくるとのこと。
とりあえず今日をしのぎきれば多少はキッチンもフロアも少しは楽になるのである。
ゴールが近くなれば少しは元気が出るのも人間の性。昨日までは仕事が終わるとあの椿でさえぐったりという事態だったのが、開店前のその一言で全員気合入りまくりだ。
フロア担当もキッチン担当も最早誰がいつ磨耗してもおかしくない状況の中、今日の朝になって結希が朗報を伝えた。
曰く、霧谷に頼んでいた援軍が今日の夜にあちこちから集まってくるとのこと。
とりあえず今日をしのぎきれば多少はキッチンもフロアも少しは楽になるのである。
ゴールが近くなれば少しは元気が出るのも人間の性。昨日までは仕事が終わるとあの椿でさえぐったりという事態だったのが、開店前のその一言で全員気合入りまくりだ。
<降り来る災厄>
そんな地獄のような忙しさの中、司は店を裏口から出て買出しに向かっていた。
朝に予定数をいれていても、足りなくなる食材の一つ二つはどうしても出てしまう。そんな時は近くのスーパーまでダッシュして買いに行くのである。
キッチン担当の人間は少ない。それが一人抜けるのだからやっぱり大変になる。その時はなんと店長の結希がキッチンに入る。
なんで店長がキッチンに入るんだ、という指摘もごもっともだが、他のフロア担当ではダメなのだ。
そのことについてキッチン担当三人組はこんなコメントを残している。
朝に予定数をいれていても、足りなくなる食材の一つ二つはどうしても出てしまう。そんな時は近くのスーパーまでダッシュして買いに行くのである。
キッチン担当の人間は少ない。それが一人抜けるのだからやっぱり大変になる。その時はなんと店長の結希がキッチンに入る。
なんで店長がキッチンに入るんだ、という指摘もごもっともだが、他のフロア担当ではダメなのだ。
そのことについてキッチン担当三人組はこんなコメントを残している。
「メシ作るって言ったら野ウサギ狩るとこから始める奴とか、爪をちょちょいっと変化させてまで皮付きのまま人参をおそるおそる切る奴とかに任せられるか」
「包丁を持ったこともない奴をヘルプにいれるのは、いくら器用だからってちょっとなぁ……フロアで人気あるんだしそっちで働いてもらったほうがいいだろ」
「っていうか、なんでウチの女どもはそろいもそろって支部長以外料理作ったことない奴ばっかりなんだ?」
「包丁を持ったこともない奴をヘルプにいれるのは、いくら器用だからってちょっとなぁ……フロアで人気あるんだしそっちで働いてもらったほうがいいだろ」
「っていうか、なんでウチの女どもはそろいもそろって支部長以外料理作ったことない奴ばっかりなんだ?」
閑話休題。
とはいえ、あんまり結希をキッチンに入れることもできない。
なぜならバカップルの片割れが『へぇ。僕以外で結希の料理を食べられる人がいるんだ』と、なんだか黒いオーラを全開にして呟いたことがあるからである。
……最近はヘタレ度の増している彼とはいえ、あんまり悪い方向に導くとちょっとうっかり世界がエンドラインに突入してしまいかねないので、
結希は厨房にあまり入らせてもらえないのであった。
とはいえ、あんまり結希をキッチンに入れることもできない。
なぜならバカップルの片割れが『へぇ。僕以外で結希の料理を食べられる人がいるんだ』と、なんだか黒いオーラを全開にして呟いたことがあるからである。
……最近はヘタレ度の増している彼とはいえ、あんまり悪い方向に導くとちょっとうっかり世界がエンドラインに突入してしまいかねないので、
結希は厨房にあまり入らせてもらえないのであった。
司は買出しを終えて店への道をひた走る。
オーヴァードとしては体力があるほうでもないが、平均的な高校生並には動ける司はちょっと遠いスーパーからの道のりに悪態をつきつつもぼやく。
オーヴァードとしては体力があるほうでもないが、平均的な高校生並には動ける司はちょっと遠いスーパーからの道のりに悪態をつきつつもぼやく。
「なんで俺がこんなこと……っても言ってられねぇんだよなぁ。あのクソ兄貴、帰ってきたら絶対しばき倒した後殴り倒す」
しばき倒すも殴り倒すもほぼ同義なのはスルーの方向でお願いしたい。
とはいえ、明日からは少し楽になる。今日までの辛抱だ、と思ったその時だった。
とはいえ、明日からは少し楽になる。今日までの辛抱だ、と思ったその時だった。
キンっ、と甲高い音を立てて、周囲のものの動きが止まった。<ワーディング>である。
司がため息をついてその場に荷物を下ろす。
結希から話は聞いている。おそらくはほぼ毎日のように現れるというジャームの群れだろう。
一つ舌打ち。大したことがないとは聞いているが、今は時間がないというのに。
ぞろぞろと現れるジャームの群れ。その数は20程度。
司はその場で足を軽く踏み鳴らす。その意味に気づくジャームはなく、ただ司を包囲するように動く。
完全に包囲されたところで、司は口の端を酷薄に吊り上げた。
司がため息をついてその場に荷物を下ろす。
結希から話は聞いている。おそらくはほぼ毎日のように現れるというジャームの群れだろう。
一つ舌打ち。大したことがないとは聞いているが、今は時間がないというのに。
ぞろぞろと現れるジャームの群れ。その数は20程度。
司はその場で足を軽く踏み鳴らす。その意味に気づくジャームはなく、ただ司を包囲するように動く。
完全に包囲されたところで、司は口の端を酷薄に吊り上げた。
「残念だけどな。今はお前らの余興に付き合ってるヒマは、ない」
同時に指をぱちりと弾く。
一瞬にして、様変わりする光景。司の周囲の空中の水分が一瞬にして凍りつき、氷はぱらぱらとあられのように降り注ぐ。
しかし何といっても壮観なのは、20体ほどのジャームが全て氷の中に閉じ込められていることだ。
一瞬にして、様変わりする光景。司の周囲の空中の水分が一瞬にして凍りつき、氷はぱらぱらとあられのように降り注ぐ。
しかし何といっても壮観なのは、20体ほどのジャームが全て氷の中に閉じ込められていることだ。
「俺の<領域>の中で、お前らごときが指一本も動かせると思うなよ」
はん、とジャームの群れの弱さを鼻で笑い、踵を返す。同時にがらがらと音を立てて崩れ去る凍りついたジャーム。
こんなことに時間をとられているヒマはないというのに、と荷物を持った瞬間だった。
こんなことに時間をとられているヒマはないというのに、と荷物を持った瞬間だった。
「そう言わずに、付き合え」
くすり、という笑い声とともにその背中に放たれた声は、心臓に冷たい刃を潜りこませるような幻視をさせた。
あわててそちらを向くと、くすんだ金色の長いウェーブヘアをなびかせた、白いフレアワンピースの少女が立っていた。
じり、と一歩退る。本能的にこの相手がただものでないことはわかった。なんとか状況を把握するため、司は少女を睨んで問う。
あわててそちらを向くと、くすんだ金色の長いウェーブヘアをなびかせた、白いフレアワンピースの少女が立っていた。
じり、と一歩退る。本能的にこの相手がただものでないことはわかった。なんとか状況を把握するため、司は少女を睨んで問う。
「……ずいぶんと強引なお誘いだな。そういう女はモテねぇぞ?」
「おあいにくさま、だな。私はほしいものは力づくで奪う主義だ」
「数の力に頼ってか?もっとモテねぇぞ、そういうの。クラスに一人はいる陰湿なリーダーって感じで」
「ふふふ、なるほど耳に痛いな。けれど数は力だ、それは否定しないだろう?」
「それは否定しねぇけど、それならそれよりデカい数に負けることになると思わねぇか?まとめて薙ぎ払うだけの暴力の前じゃやっぱり負けるしな」
「あぁ、そうだな。私もそう思う。だが……私が数に頼っていたのは、そういう力しかない状態で生まれてきたから。
私は、ずっとずっと自分の力で相手を倒してみたかった。この手で敵を貫く瞬間が、楽しみだった」
「根っからのドSじゃねぇか。やっぱりあんまり仲良くはしたくねぇぞ」
「おあいにくさま、だな。私はほしいものは力づくで奪う主義だ」
「数の力に頼ってか?もっとモテねぇぞ、そういうの。クラスに一人はいる陰湿なリーダーって感じで」
「ふふふ、なるほど耳に痛いな。けれど数は力だ、それは否定しないだろう?」
「それは否定しねぇけど、それならそれよりデカい数に負けることになると思わねぇか?まとめて薙ぎ払うだけの暴力の前じゃやっぱり負けるしな」
「あぁ、そうだな。私もそう思う。だが……私が数に頼っていたのは、そういう力しかない状態で生まれてきたから。
私は、ずっとずっと自分の力で相手を倒してみたかった。この手で敵を貫く瞬間が、楽しみだった」
「根っからのドSじゃねぇか。やっぱりあんまり仲良くはしたくねぇぞ」
その言葉に、再びの笑顔がかえる。同時に司の顔の真横を、高速で光り輝く何かが通りすぎていった。
なにかがなんであるかは分からないが、女が司に向けて手のひらをかざしていることから、おそらくはこの女が何かしたのだろうことくらいはわかる。
女はやはり笑顔。司は冷たい汗が滑り落ちるのを自覚しながら、さらに一歩退る。
なにかがなんであるかは分からないが、女が司に向けて手のひらをかざしていることから、おそらくはこの女が何かしたのだろうことくらいはわかる。
女はやはり笑顔。司は冷たい汗が滑り落ちるのを自覚しながら、さらに一歩退る。
「これがはじめてなんだ。だから―――逃がさんぞ」
女の目が開かれた。そこにあったのは赤い瞳。それと同時にすさまじい異変が起きる。
司の中で、何かが恐れ縮こまるように強くうごめいた。あまりの衝撃にその場にたまらず膝をつく。
心臓が早鐘を打つ。レネゲイドが活性化している状態に似ているが、けれどそれは違うと本能的に理解する。
レネゲイドとは関係のないところ―――司の『人間』としてのところが強制的に眠らされるような感覚。そしてそれを補うようにウィルスが働くために起こりかける衝動。
なんとか残った気力をかき集めて衝動の発生を押さえ込むものの、走って逃げ出すのは無理そうである。
そんな中で女は笑みを崩さない。その異変は女にはなんの影響も与えていないようだ。
司の中で、何かが恐れ縮こまるように強くうごめいた。あまりの衝撃にその場にたまらず膝をつく。
心臓が早鐘を打つ。レネゲイドが活性化している状態に似ているが、けれどそれは違うと本能的に理解する。
レネゲイドとは関係のないところ―――司の『人間』としてのところが強制的に眠らされるような感覚。そしてそれを補うようにウィルスが働くために起こりかける衝動。
なんとか残った気力をかき集めて衝動の発生を押さえ込むものの、走って逃げ出すのは無理そうである。
そんな中で女は笑みを崩さない。その異変は女にはなんの影響も与えていないようだ。
「せっかくこんな力を手に入れたんだ。ちょうどいい実験台が見つかったと思ったんだが……これでは、あまり変わらないかもしれんな」
「変わらない、だぁ……?」
「変わらない、だぁ……?」
無理やりに上体を起こし、司はなんとかというように相手を目に写す。
―――見えたのは、金色の髪と赤い瞳。
そして、その背後に輝く紅い紅い―――血のような色の月。
はじめて見るそれに、司は寒気をともなった怖気を感じるほど。そんな光景を見て一瞬呆気に取られた彼の姿を嘲笑うように、女は言った。
―――見えたのは、金色の髪と赤い瞳。
そして、その背後に輝く紅い紅い―――血のような色の月。
はじめて見るそれに、司は寒気をともなった怖気を感じるほど。そんな光景を見て一瞬呆気に取られた彼の姿を嘲笑うように、女は言った。
「あぁ。私が今まで<餌>としてプラーナを喰らい、消えてしまったただの人間どもとな」
そう、彼女は―――ここに顕現したエミュレイターは、言った。
<魔の顕現>
司の帰りの遅さが気になった隼人が結希にそれを言うと、結希は笑顔で答えた。
「わかりました。今はちょうどディナーの時間帯も終わったことですし、行列もはけましたし、柊さんと二人で司さんを迎えに行ってください。
ちゃんと三人で帰ってくるんですよ」
ちゃんと三人で帰ってくるんですよ」
彼女も司の帰りが遅くなったことが気になっていたらしい。
何か危ないことに巻き込まれているかもしれないということで、二人を迎えに行かせることにしたようだ。
彼らは連れ立って司が向かったであろうスーパーへと向かい―――突然に、隼人が虚空を見上げて立ち止まり、黙った。
何か危ないことに巻き込まれているかもしれないということで、二人を迎えに行かせることにしたようだ。
彼らは連れ立って司が向かったであろうスーパーへと向かい―――突然に、隼人が虚空を見上げて立ち止まり、黙った。
「どうした高崎、上月見つかったか?」
「いや……なんか、なんかおかしい感じがするんだ」
「何がだよ」
「たぶんワーディングがあると思うんだが、何かに遮られててうまく感じ取れないっていうか、そんな感じなんだが」
「いや……なんか、なんかおかしい感じがするんだ」
「何がだよ」
「たぶんワーディングがあると思うんだが、何かに遮られててうまく感じ取れないっていうか、そんな感じなんだが」
なにかしっくりこない様子の隼人に、ワーディングと聞いて対ワーディング用魔装を起動する柊。備えていれば最悪の事態だけは回避できるはずだ。
「高崎、それってどっちだ?」
「たぶんあっちのはず、なんだけど」
「たぶんあっちのはず、なんだけど」
自信のなさそうな彼の言葉に、柊は月衣を強く意識して、告げる。
「信じる。行こうぜ、イヤな予感がする」
「イヤな予感って……」
「信じろ。……少なくとも、俺はこれまでイヤな予感だけは外したことはねぇ」
「それはそれで嫌な人生だな」
「ほっとけ」
「イヤな予感って……」
「信じろ。……少なくとも、俺はこれまでイヤな予感だけは外したことはねぇ」
「それはそれで嫌な人生だな」
「ほっとけ」
ともあれ。彼らが隼人の指した方向へと歩き出した、数歩目。
一瞬にして光景が変わった。
柊にとってはそれは見慣れたもの。彼にとっての戦場の象徴。
一瞬にして光景が変わった。
柊にとってはそれは見慣れたもの。彼にとっての戦場の象徴。
―――紅い月。
ち、と舌打ち。これまで大人しくしてたのにこんな時にきやがったか、と内心呟く。
すぐさま月衣が正常に動いているか確認しようとし―――異常に気がついた。
戦えないことはないが、少し体が重い。ごく軽くはあるものの月衣の不適応が起きている。ノーチェが作った魔装は正常に働いている、ならばなぜ―――と考えて。
すぐさま月衣が正常に動いているか確認しようとし―――異常に気がついた。
戦えないことはないが、少し体が重い。ごく軽くはあるものの月衣の不適応が起きている。ノーチェが作った魔装は正常に働いている、ならばなぜ―――と考えて。
隣にいる隼人が膝をつくのが見えた。
「高崎っ!?おい、大丈夫かっ!」
「う……なんなんだこりゃ、どうなってる?」
「どうしたっ?ちゃんと息できるか?立てそうか?」
「う……なんなんだこりゃ、どうなってる?」
「どうしたっ?ちゃんと息できるか?立てそうか?」
隼人の様子は明らかにおかしい。一目見ただけでも柊がおかしいと思える程度には。
息は上がっていて、頭を押えたまま小刻みに体が震えている。
当人の隼人としても、正確になにが起きているのかを把握しているとは言いがたい。
わかることといえば、ごく軽い衝動が常に起きていて、それに抵抗しようとする力が上手く働いていないということくらいだ。
これはマズい、と直感的に判断した柊は彼を抱えて一度この月匣を脱出し、再び自分一人で中に入ることを決めて隼人に肩を貸そうとしたその時だった。
おかしな風の流れを感じて正面を向くと、大きな塊が吹き飛ばされて彼に向かって飛んでくるところだった。
かわそうと思って体が動きかけたところを、飛ばされてくるものが何であるか認識すると同時に目を見開いて強引に足を止め、それを両手で受け止める。
勢い自体はそれほど強いものではなかったらしく、衝撃は軽かった。
受け止めるのに成功したそれは、ぐったりとしていた。ところどころ傷はあるものの息はある。
そのことに安堵して柊は意識のないそれ―――司を下ろして二人の前に出る。
息は上がっていて、頭を押えたまま小刻みに体が震えている。
当人の隼人としても、正確になにが起きているのかを把握しているとは言いがたい。
わかることといえば、ごく軽い衝動が常に起きていて、それに抵抗しようとする力が上手く働いていないということくらいだ。
これはマズい、と直感的に判断した柊は彼を抱えて一度この月匣を脱出し、再び自分一人で中に入ることを決めて隼人に肩を貸そうとしたその時だった。
おかしな風の流れを感じて正面を向くと、大きな塊が吹き飛ばされて彼に向かって飛んでくるところだった。
かわそうと思って体が動きかけたところを、飛ばされてくるものが何であるか認識すると同時に目を見開いて強引に足を止め、それを両手で受け止める。
勢い自体はそれほど強いものではなかったらしく、衝撃は軽かった。
受け止めるのに成功したそれは、ぐったりとしていた。ところどころ傷はあるものの息はある。
そのことに安堵して柊は意識のないそれ―――司を下ろして二人の前に出る。
おそらくは司を放り投げたのだろう相手は、金の髪を振り乱しながら紅い月を見上げ哄笑をあげた。
「はは、ははははははははっ!ようやくだ!ようやくの再会だな、柊蓮司っ!プレゼントは気に入ってくれたかっ!?」
その言葉と同時、柊が最後に会った時とは段違いの魔力の渦が巻き起こり、それに散布されていたレネゲイドウィルスも巻き上げられて嵐となり三人を襲う。
三人を吹き飛ばさんばかりの圧倒的なまでの力を見せつけて満足したのか、彼女はわざとらしくおっと、と呟いた。
三人を吹き飛ばさんばかりの圧倒的なまでの力を見せつけて満足したのか、彼女はわざとらしくおっと、と呟いた。
「少し強すぎたか?すまんな、この力にはまだ慣れていないんだ」
「……ちょっと見ない間に、ずいぶんとまぁ妙な力をつけやがったな。どんなドーピング使ったんだ?」
「……ちょっと見ない間に、ずいぶんとまぁ妙な力をつけやがったな。どんなドーピング使ったんだ?」
前に柊に襲いかかってきた時の彼女には、自身が一人で戦う力はなかった。
少なくともこれほどのプラーナを保持してはいなかったし、もしも持っていたとしても自身一人で制御できるような能力は持っていかったはずだ。
でなければ、たとえ苦戦したとはいえ柊一人では勝てるはずもないのだ。
その問いに、いやらしい笑みをそのままに侵魔は答えた。
少なくともこれほどのプラーナを保持してはいなかったし、もしも持っていたとしても自身一人で制御できるような能力は持っていかったはずだ。
でなければ、たとえ苦戦したとはいえ柊一人では勝てるはずもないのだ。
その問いに、いやらしい笑みをそのままに侵魔は答えた。
「こちらの世界にレネゲイドウィルス、という妙な物体があることは知っているだろう?それを手にしただけのこと」
「おいおい、確かレネゲイドと月衣は妙な相互干渉引き起こすんじゃなかったっけか?
それで俺も一度エラい目にあってるんだがな。同じ月衣持ちのお前がどうして何の副作用もなしに使えてるんだよ」
「おいおい、確かレネゲイドと月衣は妙な相互干渉引き起こすんじゃなかったっけか?
それで俺も一度エラい目にあってるんだがな。同じ月衣持ちのお前がどうして何の副作用もなしに使えてるんだよ」
レネゲイドウィルスと月衣は妙な相互干渉を引き起こす。
具体的に言うと、もとの世界にはなかった物質に対して不適応状態を引き起こして月衣の負荷が大きくなり、魔法をまともに使えなくなったり動けなくなったりする。
それはノーチェや柊は自分の身で体験していることだ。
月衣を書き換えることでその負荷をなくすことはできる。が、レネゲイドウィルスに対する遮断効果は続くわけなので彼らはオーヴァードとして覚醒することはない。
しかしこの侵魔は明確に月匣を使い、その内にレネゲイドの力を持ち込んでいる。
月匣をはれる以上は月衣を所持しているはずだ。だが、月衣をはっている以上は他世界物質であるレネゲイドウィルスを取り込みオーヴァードになることはできないはずだ。
それに対し、侵魔はうん?と心底楽しそうに首を傾げただけだった。
具体的に言うと、もとの世界にはなかった物質に対して不適応状態を引き起こして月衣の負荷が大きくなり、魔法をまともに使えなくなったり動けなくなったりする。
それはノーチェや柊は自分の身で体験していることだ。
月衣を書き換えることでその負荷をなくすことはできる。が、レネゲイドウィルスに対する遮断効果は続くわけなので彼らはオーヴァードとして覚醒することはない。
しかしこの侵魔は明確に月匣を使い、その内にレネゲイドの力を持ち込んでいる。
月匣をはれる以上は月衣を所持しているはずだ。だが、月衣をはっている以上は他世界物質であるレネゲイドウィルスを取り込みオーヴァードになることはできないはずだ。
それに対し、侵魔はうん?と心底楽しそうに首を傾げただけだった。
「なぁ柊蓮司」
「お前にフルネームで呼ばれる筋合いはねぇよ」
「忘れていないか、我ら侵魔は貴様らウィザードとは決定的に違う点があることを」
「お前にフルネームで呼ばれる筋合いはねぇよ」
「忘れていないか、我ら侵魔は貴様らウィザードとは決定的に違う点があることを」
その言葉に柊は訝しげな目で相手を見る。それを楽しそうに嗤って、相手は答えた。
「我らは基本的に精神寄生体だ。我らにとって体は枷にすぎん。人の心にとりつき、喰らい、その存在を自らのものとするモノ。
私は、ただそれをこの世界の『ジャーム』という一匹の化け物に行っただけのこと」
私は、ただそれをこの世界の『ジャーム』という一匹の化け物に行っただけのこと」
つまりは、ジャームの内にあった精神を喰らった、ということ。そしてその残った体を自分の殻にして定着させたということだ。
くすくすくす、と彼女は笑う。楽しげに、狂ったように、心底から面白おかしく。
くすくすくす、と彼女は笑う。楽しげに、狂ったように、心底から面白おかしく。
「楽しかったぞ!こいつの心は絶望と渇きと怒りと嘆きと悲しみでいっぱいだ。表出している感情が一つに留まらずにぐるぐると流転し続けている!
それもすべてが我らには極上の養分になる負の感情ばかり!なんと素晴らしいことか!」
「聞いてるだけで胸焼け起こしそうだな、この悪食が」
「はははっ、なんとでも言うがいい。
知っているぞ、柊蓮司。この世界は我らの故郷より至極離れた場所にある。世界の守護者もここには手が出せんのだろう?
でなければいつまでも貴様だけがこの世界に留まる必要はあるまい。私も元の世界に戻ることなどは考えていない。
あんな化け物(まおう)どものいるところに戻ったところで、せっかく手に入れたこの力を失うだけだ。
私はこの世界のジャームどもを喰らいつくし、ただ唯一の君臨者としてここに立ちたいだけだ。
オーヴァードでは私には―――いや、月匣には対抗できん。そこに転がっている二人が良い例だろう」
それもすべてが我らには極上の養分になる負の感情ばかり!なんと素晴らしいことか!」
「聞いてるだけで胸焼け起こしそうだな、この悪食が」
「はははっ、なんとでも言うがいい。
知っているぞ、柊蓮司。この世界は我らの故郷より至極離れた場所にある。世界の守護者もここには手が出せんのだろう?
でなければいつまでも貴様だけがこの世界に留まる必要はあるまい。私も元の世界に戻ることなどは考えていない。
あんな化け物(まおう)どものいるところに戻ったところで、せっかく手に入れたこの力を失うだけだ。
私はこの世界のジャームどもを喰らいつくし、ただ唯一の君臨者としてここに立ちたいだけだ。
オーヴァードでは私には―――いや、月匣には対抗できん。そこに転がっている二人が良い例だろう」
つまり、だ。と侵魔はその口の端をさらに強く持ち上げ、右手を大きく振りかぶり―――
「―――貴様さえ死ねば、この世界は私のものになるということだ!」
―――叫んで、振り抜く。
彼我の距離は20mほど。けして届くはずの無いその距離での振りかぶりに、しかし柊は悪寒を覚えて魔剣を自身の左側に襲いかかるものを受け止めるように構える。
そしてそれは限りなく正解だった。
振りぬかれるその瞬間、相手の二の腕から先がアンバランスに巨大化。横薙ぎに周囲を薙ぎ払いにきたのだ。
魔剣がその巨大な質量を受け止める。
いつもならば避けるなりかわすなり受ける直前に同じ方向に跳んで衝撃を緩めたりすることはできたのだろうが、今は彼のすぐ後ろに二人の立つこともできない人間がいる。
彼らを今守れるのは自分しかいないと理解している。
だから、防刃線維のグローブが間に挟まっているとはいえ刃に添えるようにして侵攻を押えている左手の甲の痛みも耐える。
最初の衝撃で少し流された剣閃で少し切り裂かれた左肩から流れる血を意識しないようにする。
衝撃を受け流せずに軋んで悲鳴をあげる体のあちこちの訴えも無視する。
彼我の距離は20mほど。けして届くはずの無いその距離での振りかぶりに、しかし柊は悪寒を覚えて魔剣を自身の左側に襲いかかるものを受け止めるように構える。
そしてそれは限りなく正解だった。
振りぬかれるその瞬間、相手の二の腕から先がアンバランスに巨大化。横薙ぎに周囲を薙ぎ払いにきたのだ。
魔剣がその巨大な質量を受け止める。
いつもならば避けるなりかわすなり受ける直前に同じ方向に跳んで衝撃を緩めたりすることはできたのだろうが、今は彼のすぐ後ろに二人の立つこともできない人間がいる。
彼らを今守れるのは自分しかいないと理解している。
だから、防刃線維のグローブが間に挟まっているとはいえ刃に添えるようにして侵攻を押えている左手の甲の痛みも耐える。
最初の衝撃で少し流された剣閃で少し切り裂かれた左肩から流れる血を意識しないようにする。
衝撃を受け流せずに軋んで悲鳴をあげる体のあちこちの訴えも無視する。
びりびりと空気が慄き、地面が陥没する。しかし―――結果として体中を走る衝撃に、柊は耐え切った。
漏れそうになる苦鳴を飲み込み、侵魔をにらみつけた。
漏れそうになる苦鳴を飲み込み、侵魔をにらみつけた。
「この程度で、俺が死ぬとでも思ってんのか?」
「ほう、よく耐えたものだ。だが―――これでどうだ?」
「ほう、よく耐えたものだ。だが―――これでどうだ?」
侵魔は圧倒的優位に立っているからこそその笑みを崩さず、左手を彼に向かってかざす。
その手のひらの前にあるのは魔法陣。白い燐光を放ちながら、それは発動の時を待っていた。
柊が奥歯をかみ締める。それ自体はそれほどの威力はなさそうだが、魔剣は侵魔の右手を押えるのに使っているので弾くのは無理。かといって、かわせば司と隼人に当たる。
どうするか、と頭が働くよりも先に、酷薄な笑顔のまま侵魔が告げた。
その手のひらの前にあるのは魔法陣。白い燐光を放ちながら、それは発動の時を待っていた。
柊が奥歯をかみ締める。それ自体はそれほどの威力はなさそうだが、魔剣は侵魔の右手を押えるのに使っているので弾くのは無理。かといって、かわせば司と隼人に当たる。
どうするか、と頭が働くよりも先に、酷薄な笑顔のまま侵魔が告げた。
「チェックメイトだ、柊蓮司」
閃光が彼に向かって放たれる―――その一瞬前。
柊の背後から、声が響いた。
柊の背後から、声が響いた。
「行くぞ、司っ!」
隼人が柊の体を思いきり後ろに引っぱる。思わぬ方向からの攻撃に、たまらず後ろに倒れこむ柊。
何をするのかと尋ねるよりも先に、司が侵魔に向けて告げた。
何をするのかと尋ねるよりも先に、司が侵魔に向けて告げた。
「俺を……<領域>使いを―――ナメんじゃ、ねぇっ!」
同時に彼の背後の赤い空間が、彼の力の象徴である『氷』によって『凍らされ』た。
びきびきびき、と氷にヒビが入っていき、ばかん、と口を開く。そこは真っ暗な空間で、何があるのかはこの領域を作り出した張本人である司以外にはわからない。
司は親指で首をかっ切るジェスチャーを見せ、一言だけ告げた。
びきびきびき、と氷にヒビが入っていき、ばかん、と口を開く。そこは真っ暗な空間で、何があるのかはこの領域を作り出した張本人である司以外にはわからない。
司は親指で首をかっ切るジェスチャーを見せ、一言だけ告げた。
「次に会うときゃ十倍返しだ。利子つきでぶち込んでやるから、覚悟しやがれ」
それと同時に隼人が司と柊を抱えて真っ暗な空間に飛び込む。
侵魔があわてて閃光を解き放つが、時すでに遅し。口を開いたはずの氷の裂け目が、一瞬にして周囲の氷ごと崩壊したのだ。
残されたのは紅い空間と金髪の侵魔のみ。
彼女はふん、と鼻を鳴らすとその口の端を再び持ち上げる。
侵魔があわてて閃光を解き放つが、時すでに遅し。口を開いたはずの氷の裂け目が、一瞬にして周囲の氷ごと崩壊したのだ。
残されたのは紅い空間と金髪の侵魔のみ。
彼女はふん、と鼻を鳴らすとその口の端を再び持ち上げる。
「まぁ、いいだろう。この世界で私を殺すのは不可能だ。
そもそもオーヴァードは月匣内で立つことすらできん。あの男に仲間を呼ぶことなどできはしない。
どうせここから遠く離れることもできんのだ、すぐにあぶりだしてやろう」
そもそもオーヴァードは月匣内で立つことすらできん。あの男に仲間を呼ぶことなどできはしない。
どうせここから遠く離れることもできんのだ、すぐにあぶりだしてやろう」
彼女がぱちん、と指を鳴らす。それだけで、月匣内に大量に撒き散らされていたレネゲイドウィルスは月匣の外に放出され―――秋葉原を侵攻しだした。
<闇の中の輝き>
「状況は、激しく悪いと言っていいでしょう」
「ゆにばーさる」の店内。客は閉店前にも関わらず、0。ここ数日はなかったことだ。
秋葉原一帯がワーディングに包まれた、それから30分後のことだった。結希は沈痛な面持ちで霧谷と話していた。
霧谷がその言葉に答える。
秋葉原一帯がワーディングに包まれた、それから30分後のことだった。結希は沈痛な面持ちで霧谷と話していた。
霧谷がその言葉に答える。
『えぇ。双枝市にいるヒカルさんから衛星で監視を続けてもらってますが、秋葉原周辺をワーディングが完全に覆ってしまっているそうです。
おそらくはオーヴァードとなった、アンゼロットさん達の世界からきた侵魔、エミュレイターの仕業でしょう。
そして、相手はその中心地でワーディングと月匣という結界を重ね合わせた空間に静かに立っている。
アンゼロットさんの話でいうと、月匣とは通常兵器の効果を軽減、あるいは無効にする力があるのだとか。これでは広域爆撃も無駄になりそうです』
「そうですか……こっちではそのエミュレイターオーヴァードと交戦して逃走に成功した人たちがいるんですけど、
彼らの話によるとオーヴァードはその空間内では無力化されてしまうそうです。
ノーチェさんの話によれば、月匣内に入った時点で『普通の人間』は無力化されてしまうんだそうで。
オーヴァードはそれに対抗するために体内のレネゲイドが活性化してしまって、ごく軽くですが、衝動が起きっぱなしになるんだそうで。
となると、戦えるのは柊さんとノーチェさんの二人だけになってしまうんですけど……」
『あれだけの規模のことが起こせる相手に、たった二人では太刀打ちは難しいですね』
「えぇ。わたしも、実際戦った柊さんたちも同じ意見です」
おそらくはオーヴァードとなった、アンゼロットさん達の世界からきた侵魔、エミュレイターの仕業でしょう。
そして、相手はその中心地でワーディングと月匣という結界を重ね合わせた空間に静かに立っている。
アンゼロットさんの話でいうと、月匣とは通常兵器の効果を軽減、あるいは無効にする力があるのだとか。これでは広域爆撃も無駄になりそうです』
「そうですか……こっちではそのエミュレイターオーヴァードと交戦して逃走に成功した人たちがいるんですけど、
彼らの話によるとオーヴァードはその空間内では無力化されてしまうそうです。
ノーチェさんの話によれば、月匣内に入った時点で『普通の人間』は無力化されてしまうんだそうで。
オーヴァードはそれに対抗するために体内のレネゲイドが活性化してしまって、ごく軽くですが、衝動が起きっぱなしになるんだそうで。
となると、戦えるのは柊さんとノーチェさんの二人だけになってしまうんですけど……」
『あれだけの規模のことが起こせる相手に、たった二人では太刀打ちは難しいですね』
「えぇ。わたしも、実際戦った柊さんたちも同じ意見です」
今、この町はワーディングの中に沈んでいると言っていい。そして、そのワーディングの中に入った秋葉原の中に大量のジャームが放たれている。
ジャームそのものはそう強くもないが、秋葉原をワーディングで包んだ主は今はワーディングの混ざった月匣の中にいる。これを倒さなければ根本的な解決にはならない。
「ゆにばーさる」のエージェントたちを何人か向かわせて各地で対処しているものの、圧倒的に手が足りない。
これでは、この町が落ちるのも時間の問題だ。
結希は唇を噛みしめた。
ジャームそのものはそう強くもないが、秋葉原をワーディングで包んだ主は今はワーディングの混ざった月匣の中にいる。これを倒さなければ根本的な解決にはならない。
「ゆにばーさる」のエージェントたちを何人か向かわせて各地で対処しているものの、圧倒的に手が足りない。
これでは、この町が落ちるのも時間の問題だ。
結希は唇を噛みしめた。
彼女は、この町をジャームから守るためにいる。それが結希のここにいる意味だ。
その彼女が、一匹のジャームが原因の問題で守るべき場所を失う、それが悔しくないはずがないのだ。
結希はもともと責任感の強い娘だ。一度任されたことは頑張ってなんとかしてしまおうと動く少女だ。
けれど、彼女が支部長を任されるようになってから少し状況が変わる。彼女をとりまいていた環境が何枚も彼女の上をゆき、任された支部を何度か全滅させてしまう。
もちろん最終的にその幾多の苦難を仲間たちと一緒に乗り越えてはきたものの、彼女についたあだ名は『全滅支部長』。
これでは彼女についてこようというエージェントは少なくなる。
そんな中で結希に与えられた支部、アキハバラ。
結希はクセの強いエージェントたちを持ち前の努力と真摯な姿勢でまとめ上げ、この街の『日常』を守ってきたのである。
その彼女が、一匹のジャームが原因の問題で守るべき場所を失う、それが悔しくないはずがないのだ。
結希はもともと責任感の強い娘だ。一度任されたことは頑張ってなんとかしてしまおうと動く少女だ。
けれど、彼女が支部長を任されるようになってから少し状況が変わる。彼女をとりまいていた環境が何枚も彼女の上をゆき、任された支部を何度か全滅させてしまう。
もちろん最終的にその幾多の苦難を仲間たちと一緒に乗り越えてはきたものの、彼女についたあだ名は『全滅支部長』。
これでは彼女についてこようというエージェントは少なくなる。
そんな中で結希に与えられた支部、アキハバラ。
結希はクセの強いエージェントたちを持ち前の努力と真摯な姿勢でまとめ上げ、この街の『日常』を守ってきたのである。
―――それが今。彼女はなんの抵抗もできずに、ジャームもどきのエミュレイターオーヴァードにこの街を明け渡すことになる。
結希ももちろんあきらめたくなんかはない。だがしかしそれはもはやこの街だけの問題ではなくなっている。
オーヴァードの力が通用しない以上、この世界に勝ち目は―――
オーヴァードの力が通用しない以上、この世界に勝ち目は―――
「―――あれ?」
結希は、ふと引っかかる。
エミュレイターオーヴァード。月衣とレネゲイド。そして―――司が、<猫の道>というエフェクトを使用して月匣を破ったこと。
そうだ。
あのエミュレイターオーヴァード……名前が長いので漢字表記にするが侵魔超人には、オーヴァードの力が通用しないわけではない。
単に相手の月匣の中に入れば、オーヴァードが無力化してしまうだけだ。つまり、月匣の外からの大火力があれば倒せる可能性がある。
しかし、今この支部にはそれだけの火力はないし、外から爆撃を行うなんてことも待ってほしい。この街にはまだ、無力化されただけの一般人もいるのだ。
そしてもう一つ。
司が月匣を破ることができたという事実だ。その時司の使った<猫の道>は、オルクスのエフェクトである。
オルクスは領域―――つまりは空間に意味づけをし、その境界の内側を己のものとして操ることが出来る能力者。
エミュレイターオーヴァード。月衣とレネゲイド。そして―――司が、<猫の道>というエフェクトを使用して月匣を破ったこと。
そうだ。
あのエミュレイターオーヴァード……名前が長いので漢字表記にするが侵魔超人には、オーヴァードの力が通用しないわけではない。
単に相手の月匣の中に入れば、オーヴァードが無力化してしまうだけだ。つまり、月匣の外からの大火力があれば倒せる可能性がある。
しかし、今この支部にはそれだけの火力はないし、外から爆撃を行うなんてことも待ってほしい。この街にはまだ、無力化されただけの一般人もいるのだ。
そしてもう一つ。
司が月匣を破ることができたという事実だ。その時司の使った<猫の道>は、オルクスのエフェクトである。
オルクスは領域―――つまりは空間に意味づけをし、その境界の内側を己のものとして操ることが出来る能力者。
考え込みだした結希に、霧谷が問う。
『薬王寺さん、どうかしましたか?』
「いえ、でも、もしかしたら……でもこれしか方法が。というか、これなら―――?」
「いえ、でも、もしかしたら……でもこれしか方法が。というか、これなら―――?」
結希のノイマンとしての本質が次々と仮定をくりだし、パズルのようにいくつもの問題に対しての対策を考えていく。
そして―――しばらくして彼女はばんっ、と机の上に置いてある置き電話の受話器を引っつかみ、電話の向こうの相手に向けて叫んだ。
そして―――しばらくして彼女はばんっ、と机の上に置いてある置き電話の受話器を引っつかみ、電話の向こうの相手に向けて叫んだ。
「ノーチェさん、今から私が伝えることはどれくらいで実現できますかっ!?」
可能ですか?ではない。結希が自身の武器である頭脳を存分に使ってはじき出した答えだ、彼女はそこに絶対の信頼を持っている。
電話の向こうのノーチェが何事かとたずねたのだろう。
それに向けて、結希は絶対の自信を持って告げた。
電話の向こうのノーチェが何事かとたずねたのだろう。
それに向けて、結希は絶対の自信を持って告げた。
「―――反攻作戦開始です。悪いですけど、私達も噛ませてもらいますよ?
この街は私達が守ってきたんです、ラストステージに間に合わないなんて私(しぶちょう)が絶対許しません―――っ!」
この街は私達が守ってきたんです、ラストステージに間に合わないなんて私(しぶちょう)が絶対許しません―――っ!」
<反攻の一矢>
支部長用の司令室。
この部屋にいるのは、結希、ノーチェ、柊、司、隼人の五人だった。
結希は、落ち着いた声で告げる。
この部屋にいるのは、結希、ノーチェ、柊、司、隼人の五人だった。
結希は、落ち着いた声で告げる。
「今の状況はご存知ですね?
秋葉原一帯は通常のワーディングにとよって覆われ、中をジャームが闊歩している。そして、その状況を作り出した張本人は月匣ワーディングの中で大人しくしています。
その意図はおそらく、柊さん。あなたを逃がさないようにして、街を人質にあなたをあぶりだそうとしているというところでしょう」
秋葉原一帯は通常のワーディングにとよって覆われ、中をジャームが闊歩している。そして、その状況を作り出した張本人は月匣ワーディングの中で大人しくしています。
その意図はおそらく、柊さん。あなたを逃がさないようにして、街を人質にあなたをあぶりだそうとしているというところでしょう」
あぁ、と苦い顔で頷く柊。
状況が自分のせいだと、彼は強く認識している。
なんで彼がその状況を把握した上で落ち着いているかというと、しこたま怒られたからである。
月匣から抜け出した後、能力を無茶な使い方してぐったりしていた司を担いでゆにばーさるまで運び、いきなりの広域ワーディングでざわめく店内を出た。
一人月匣ワーディングに突入するつもりだと判断したノーチェが他の店員に「お願い」して簀巻きにした後、智世からのお説教によって機を待つことを約束させられたのだ。
当然智世の言うことは正しかったし、他のジャームによっての被害は他の仲間が抑えてくれている。
ノーチェが対ワーディング用魔装を対月匣ワーディング対応仕様に書き換えている間だけ、という約束で留まることにしたのだ。
状況が自分のせいだと、彼は強く認識している。
なんで彼がその状況を把握した上で落ち着いているかというと、しこたま怒られたからである。
月匣から抜け出した後、能力を無茶な使い方してぐったりしていた司を担いでゆにばーさるまで運び、いきなりの広域ワーディングでざわめく店内を出た。
一人月匣ワーディングに突入するつもりだと判断したノーチェが他の店員に「お願い」して簀巻きにした後、智世からのお説教によって機を待つことを約束させられたのだ。
当然智世の言うことは正しかったし、他のジャームによっての被害は他の仲間が抑えてくれている。
ノーチェが対ワーディング用魔装を対月匣ワーディング対応仕様に書き換えている間だけ、という約束で留まることにしたのだ。
だがしかし。結希のその言葉に、隼人が噛みついた。
「支部長。この状況を作り出してんのはアイツだ、そいつの勝手な逆恨みなんだから柊が原因とか言うなよ。こいつが悪いわけじゃないだろ」
その言葉に、うん、と力強く頷く結希。
「当たり前です。ただ、状況の原因の一端は柊さんにあるんですから、あなたも責任もって作戦行動に参加してもらいますよ?」
結希が言った言葉に、司が作戦行動?と鸚鵡返しに尋ねる。
彼女は続ける。
彼女は続ける。
「はい。今いるこの4人で、あの月匣ワーディングの中の侵魔超人をぶちのめしてきてもらいます」
「ぶちのめすって……どーやって。俺らオーヴァードはあの中じゃろくに動けないんだぞ?」
「今のままではその通りです。けど、あれはつまるところ月匣とワーディングが重なった結界とほぼ同義です。ですよね?ノーチェさん」
「ぶちのめすって……どーやって。俺らオーヴァードはあの中じゃろくに動けないんだぞ?」
「今のままではその通りです。けど、あれはつまるところ月匣とワーディングが重なった結界とほぼ同義です。ですよね?ノーチェさん」
司の問いにそう答えて、結希はノーチェに問うた。
それに対し、ノーチェはえぇ、と頷き、返す。
それに対し、ノーチェはえぇ、と頷き、返す。
「合成の過程でちょっと変質は起きてるでありますが、この程度なら全然問題なく修正が効くのでありますよ。
こんなことよく考えるでありますなぁ、結希」
こんなことよく考えるでありますなぁ、結希」
感心したように言って、ノーチェは続けた。
「つまり、あの空間内はワーディングの要素が入ってるとはいえ月匣なのであります。オーヴァードなら月衣を纏いさえすればその効果は無効化される。
月衣をまとっていないがゆえにオーヴァードはその空間内で無力化されてしまう。ならば、月衣をまとわせれば良いのでありますよ」
「まてよ。そんなことできるのか?」
月衣をまとっていないがゆえにオーヴァードはその空間内で無力化されてしまう。ならば、月衣をまとわせれば良いのでありますよ」
「まてよ。そんなことできるのか?」
柊が問う。基本的には、自分以外の世界に干渉を受けないようにウィザードが持つものが月衣である。
似たようなものは開発されているが、それを調達している時間はおそらくはない。
それを知っている柊の問いにふるふると首を横に振り、ノーチェは簡潔に答えた。
似たようなものは開発されているが、それを調達している時間はおそらくはない。
それを知っている柊の問いにふるふると首を横に振り、ノーチェは簡潔に答えた。
「無理でありますな」
「無理、じゃ意味ねぇだろうが」
「蓮司は短気でありますなー。人の話は最後まで聞くものでありますよ。
月衣は手に入らないのでありますが、それならそれでやりようがあるのでありますよ。
月匣っていうのは、基本的には『魔法』という存在をイノセントに知らせないためのものであります。
逆に言うと、月匣には『魔法を知らない人間を無力化する』と言う力があるわけでありますな。これは世界結界による修正作用を回避するためであります」
「無理、じゃ意味ねぇだろうが」
「蓮司は短気でありますなー。人の話は最後まで聞くものでありますよ。
月衣は手に入らないのでありますが、それならそれでやりようがあるのでありますよ。
月匣っていうのは、基本的には『魔法』という存在をイノセントに知らせないためのものであります。
逆に言うと、月匣には『魔法を知らない人間を無力化する』と言う力があるわけでありますな。これは世界結界による修正作用を回避するためであります」
そう言って、彼女は結希に視線を促す。こくりと頷き、彼女はでは、と告げた。
「もしも、魔法を知らない人間を無力化する、という制限をなくすことができたら?」
つまりは、彼らが相手の月匣に割り込んでその制限を消すか、同じく月匣を相手のワーディング月匣内に展開すればどうなるか、という仮定。
彼女の言葉に柊がノーチェを振り向いた。
彼女の言葉に柊がノーチェを振り向いた。
「そんなことできるのかっ!?」
「わたくし一人では難しいのでありますよ。
わたくしたちウィザードは、その制限だけは外せないようになってるでありますからな。これも世界結界の修正力が事前に働いている結果なのでありますが。
ただ、ここには世界結界はないでありますからある程度その制限は外れるでありますし―――やっぱりわたくし一人では無理ではありますが、ここには司がいる。
自分の<領域>を操れる司がいるなら、その制限を外して、月匣内でもわたくしと司ともう二人くらいならその効果を及ぼせるでありますよ」
「わたくし一人では難しいのでありますよ。
わたくしたちウィザードは、その制限だけは外せないようになってるでありますからな。これも世界結界の修正力が事前に働いている結果なのでありますが。
ただ、ここには世界結界はないでありますからある程度その制限は外れるでありますし―――やっぱりわたくし一人では無理ではありますが、ここには司がいる。
自分の<領域>を操れる司がいるなら、その制限を外して、月匣内でもわたくしと司ともう二人くらいならその効果を及ぼせるでありますよ」
つまり、司とノーチェ二人がかりなら月匣の中で『どんな人間でも支障なく動ける月匣という領域』を作り出せる、ということだ。
司がにやりと笑う。
司がにやりと笑う。
「そりゃあいい。あいつには10倍返しの約束しちまってるからな、待たせちゃ悪い」
「司さん、物騒です。っていうか、その捨て台詞は負けてますよね」
「いいんだよ支部長、最後に勝てば。で、俺とノーチェともう二人。どうせ柊はあいつ倒せなきゃ帰れないんだし参加だろ?」
「司さん、物騒です。っていうか、その捨て台詞は負けてますよね」
「いいんだよ支部長、最後に勝てば。で、俺とノーチェともう二人。どうせ柊はあいつ倒せなきゃ帰れないんだし参加だろ?」
司の言葉に柊はあぁ、と言って頷く。
あのエミュレイターをあそこで討ち取れなかったのは自分の責任であるし、なによりも、あのエミュレイターを倒して魔石を得ないと元の世界には帰れない。
だから、絶対に負けられない。自分が帰るために、そして、彼がこちらに来てから出会ったたくさんの人が住む街を守るためにも。
そんな彼を見て、最後に結希が隼人に話を振る。
あのエミュレイターをあそこで討ち取れなかったのは自分の責任であるし、なによりも、あのエミュレイターを倒して魔石を得ないと元の世界には帰れない。
だから、絶対に負けられない。自分が帰るために、そして、彼がこちらに来てから出会ったたくさんの人が住む街を守るためにも。
そんな彼を見て、最後に結希が隼人に話を振る。
「そういうわけで、他の人を呼び戻す時間がありません。あなたに行ってもらいますよ、<ファルコンブレード>。これは任務です」
「そんな言い訳しなくても行くさ。
あいつには好き勝手されて俺もだいぶ頭に来てるし―――何より、こいつを拾ったのは俺なんだ。ここまできてめんどくさがれないだろ」
「そんな言い訳しなくても行くさ。
あいつには好き勝手されて俺もだいぶ頭に来てるし―――何より、こいつを拾ったのは俺なんだ。ここまできてめんどくさがれないだろ」
柊を指しながら苦笑して言う隼人。
結希は『任務』とあらば常にやる気のない隼人の逃げ場をなくそうと言ったのだが、その気遣いは無用に終わる。
隼人は誰かに強制されて何かをするのには確かにやる気がないが、エンジンが一度かかってしまえばもう止まらない。
それも自分やその周りが関わってくるとなれば絶対に止まらない。その言葉は、彼が柊を自分の『仲間』だと認めているという証拠でもあった。
結希は『任務』とあらば常にやる気のない隼人の逃げ場をなくそうと言ったのだが、その気遣いは無用に終わる。
隼人は誰かに強制されて何かをするのには確かにやる気がないが、エンジンが一度かかってしまえばもう止まらない。
それも自分やその周りが関わってくるとなれば絶対に止まらない。その言葉は、彼が柊を自分の『仲間』だと認めているという証拠でもあった。
全員のモチベーションは十分だ、と判断した結希は、告げる。
「外側のワーディングに際限なく現れる敵についてはわたしたちに任せてください。
確かに今は人が足りませんが―――ちょうど、心強い援軍がくるころなんです。絶対にこの街を、みんなそろって守ってみせます」
確かに今は人が足りませんが―――ちょうど、心強い援軍がくるころなんです。絶対にこの街を、みんなそろって守ってみせます」
だから、と彼女は四人に向けて告げた。
これから最も危険な戦場に赴く者達に、命令を下すものの立場として、強く。強く。
これから最も危険な戦場に赴く者達に、命令を下すものの立場として、強く。強く。
「絶対に皆、戻ってきてください。これは喫茶「ゆにばーさる」の、店長の命令です」
その言葉にめいめい返事を返し―――
―――この世界の命運をかけた夜がはじまる。
<紅月の下>
侵魔は、ほう、と感嘆の声をもらした。
彼女の目の前には、つい一時間ほど前に彼女の前から姿を消したものたちの姿があった。
彼女は名前を知っている唯一の人物、柊にたずねた。
彼女の目の前には、つい一時間ほど前に彼女の前から姿を消したものたちの姿があった。
彼女は名前を知っている唯一の人物、柊にたずねた。
「どんな手品を使ったんだ、柊蓮司?私の異界の中で、ウィザードでもないものがなぜ立てる」
「さぁてね。お前に教える義理はねぇが―――仲間の力だ」
「さぁてね。お前に教える義理はねぇが―――仲間の力だ」
にやりと笑ってそう答える柊。その少し後ろに立って、ノーチェの水晶球に手を当てている司が言う。
「ようバケモン。さっきの言葉どおり、10倍返しに来てやったぜ?」
「あぁ、さっきの<エサ>か。やれるものならやってみるがいい。このいまや侵魔を超え、超人すら超えた私に勝てるものならな」
「勝つさ。ちょっと力手に入れたからいじめっ子見返そうとしてるいじめられっ子と同じ程度の奴なんぞに負ける気はしない」
「あぁ、さっきの<エサ>か。やれるものならやってみるがいい。このいまや侵魔を超え、超人すら超えた私に勝てるものならな」
「勝つさ。ちょっと力手に入れたからいじめっ子見返そうとしてるいじめられっ子と同じ程度の奴なんぞに負ける気はしない」
と答えるのは隼人。
隼人は写真を取り出して、黒い刀を形作る。
柊は月衣から自分の相棒、魔剣を取り出す。
司は片手だけを侵魔に向けて、相手を睨む。
ノーチェは体の魔装をアイドル状態にした。
柊は月衣から自分の相棒、魔剣を取り出す。
司は片手だけを侵魔に向けて、相手を睨む。
ノーチェは体の魔装をアイドル状態にした。
侵魔が、告げる。
「さぁ、そろそろはじめようか。この世界の命運を握る戦いの始まりだ―――私が全員楽しく殺して、この世界を丸呑みしてやろう」
そうして―――最後の戦いの、火蓋が落ちた。
続く。