<休日の過ごし方 -氷とわんこと小さな鬼->
喫茶「ゆにばーさる」にも、月に一度定休日がある。不定休だが。
今月は盆が終わるまでは定休日を取らないことを当初の予定にしていたが、永斗の抜けた穴は意外に大きく、そろそろ全員に休みを与えないと誰かが倒れる、という状況。
そんなことを結希が漏らしたことを霧谷は深く受け止め、世間が本格的な盆休みに入る少し前の月曜、定休日を挟むことを決意したのだった。
今月は盆が終わるまでは定休日を取らないことを当初の予定にしていたが、永斗の抜けた穴は意外に大きく、そろそろ全員に休みを与えないと誰かが倒れる、という状況。
そんなことを結希が漏らしたことを霧谷は深く受け止め、世間が本格的な盆休みに入る少し前の月曜、定休日を挟むことを決意したのだった。
いきなり降ってわいた休日に、めいめい大切な人のところに行ったり、連絡を取り合ったりということをしている中、ノーチェは一人秋葉原の町を歩いていた。
ノーチェと柊はこちらでは異邦人である。連絡をとりたい相手もいないし、そもそも顔見知りそのもののが「ゆにばーさる」内のみに近い。
探し物をしていることもあるし、結希にもらった臨時ボーナスで(2000円)、向こうの世界でもしてない秋葉原観光を決行しようと思ったというのもある。
そんな理由から一人ぷらぷらしているノーチェだった。
ゆにばーさる近くのマンションから、ジーストア前を通って中央通を渡って古くからある定食屋へ。
そこでから揚げ定食を『もっきゅ☆もっきゅ☆』と食べた後、最近出たという冷たいおでん缶をつつきながら駅から離れるように狭い路地を選んで歩く。
ノーチェと柊はこちらでは異邦人である。連絡をとりたい相手もいないし、そもそも顔見知りそのもののが「ゆにばーさる」内のみに近い。
探し物をしていることもあるし、結希にもらった臨時ボーナスで(2000円)、向こうの世界でもしてない秋葉原観光を決行しようと思ったというのもある。
そんな理由から一人ぷらぷらしているノーチェだった。
ゆにばーさる近くのマンションから、ジーストア前を通って中央通を渡って古くからある定食屋へ。
そこでから揚げ定食を『もっきゅ☆もっきゅ☆』と食べた後、最近出たという冷たいおでん缶をつつきながら駅から離れるように狭い路地を選んで歩く。
と。狭い路地の中の、さらに路地裏へ行く道。そこで、見慣れた白髪頭を見た気がした。
ノーチェは一度は路地の前を通り過ぎたものの、そのままバック。再び白髪頭を目にする。
重力に逆らっているクセの強い白髪頭は、やはり同僚のものだった。彼はその場にしゃがみこんだまま動かない。
彼女は、月衣からもう一つ買っておいた冷たいおでん缶を取り出す。人間腹がすきすぎるとばたりと倒れる奴もいる。
ノーチェは一度は路地の前を通り過ぎたものの、そのままバック。再び白髪頭を目にする。
重力に逆らっているクセの強い白髪頭は、やはり同僚のものだった。彼はその場にしゃがみこんだまま動かない。
彼女は、月衣からもう一つ買っておいた冷たいおでん缶を取り出す。人間腹がすきすぎるとばたりと倒れる奴もいる。
「司ー、どうしたでありますか?お腹が減って力が出ないでありますか?」
「おわっ!?……な、なんだノーチェか。おどかすなよ」
「そのつもりはないのでありますが、そうなってしまったならごめんでありますよ。
それで、こんなところでどうしたでありますか?お腹減ってるなら、はい。おでん缶でありますよ」
「……ありがたくもらっとく」
「おわっ!?……な、なんだノーチェか。おどかすなよ」
「そのつもりはないのでありますが、そうなってしまったならごめんでありますよ。
それで、こんなところでどうしたでありますか?お腹減ってるなら、はい。おでん缶でありますよ」
「……ありがたくもらっとく」
いらない、と言えないあたり生活苦が感じられる。
缶詰はかなり日持ちがするため、一人ぐらしの強い味方なのである。缶コーヒーとか5年は持つらしいし(未確認情報)。
ともあれ、再びノーチェはたずねた。
缶詰はかなり日持ちがするため、一人ぐらしの強い味方なのである。缶コーヒーとか5年は持つらしいし(未確認情報)。
ともあれ、再びノーチェはたずねた。
「それで。司はこんな何もないところで何してるでありますか?せっかくの休日、お友達と遊んだりしないでありますか?」
それに少し困った、というか言葉に悩んだように司が答える。
「あー……俺の暮らしてたとこってのが、日帰りで行くには厳しい場所でな。そもそも貧乏人にはすぐ切符とれるだけの金もないってことだよ。
電話も仕事用にもらってるのしかないし。携帯はとっくに基本料払えなくて解約させられたしな」
「え?結希の話では司にはこっちに来ているご友人がいると聞いているのでありますが」
「友人ね、そりゃたぶんケイトのことだな。あいつは支部長と二人の世界築いてるころだろうから友人ってのはお邪魔虫だろ」
電話も仕事用にもらってるのしかないし。携帯はとっくに基本料払えなくて解約させられたしな」
「え?結希の話では司にはこっちに来ているご友人がいると聞いているのでありますが」
「友人ね、そりゃたぶんケイトのことだな。あいつは支部長と二人の世界築いてるころだろうから友人ってのはお邪魔虫だろ」
邪魔してやるのもそれはそれで楽しいんだけど、ケイトの奴には今ごろ最大の壁が立ちはだかってるだろうしな、とぼやく司。
ちなみにその想像は限りなく当たっており、結希の部屋の前で彼と智世はハブとマングースよろしく対峙しているのだが、話の本筋から離れるので割愛。
くりん、と首を傾げてノーチェは問う。
ちなみにその想像は限りなく当たっており、結希の部屋の前で彼と智世はハブとマングースよろしく対峙しているのだが、話の本筋から離れるので割愛。
くりん、と首を傾げてノーチェは問う。
「それで、司は結局何してたでありますか?」
「いやな……ちょっと困ってたとこなんだけどな。こいつ、どういうことだかわかるか?」
「いやな……ちょっと困ってたとこなんだけどな。こいつ、どういうことだかわかるか?」
本気でなんらかの対応に困っている様子の司。
ノーチェが司の横からひょい、と後ろを覗きみると、そこには小さな柴犬がいた。
子犬は暑いらしく舌を出しているが、司の足に体をこすりつけながらじゃれているように見える。
ノーチェが司の横からひょい、と後ろを覗きみると、そこには小さな柴犬がいた。
子犬は暑いらしく舌を出しているが、司の足に体をこすりつけながらじゃれているように見える。
「……犬、でありますな」
「そんなことは見りゃわかるっ。そうじゃなくて、こいつが離れないんだよ」
「好かれてていいことではありませんか」
「よくねぇよっ!?」
「そんなことは見りゃわかるっ。そうじゃなくて、こいつが離れないんだよ」
「好かれてていいことではありませんか」
「よくねぇよっ!?」
要領を得ない、と言うように訝しげな目を司に向けて問うノーチェ。
「だから、なんでそれで困ってるでありますか?
ちっちゃい動物に好かれてるっていうのは悪いことではないでありましょう。榊さんが見たらもう悶絶ものでありますよ?」
「誰だよ榊ってっ!?」
ちっちゃい動物に好かれてるっていうのは悪いことではないでありましょう。榊さんが見たらもう悶絶ものでありますよ?」
「誰だよ榊ってっ!?」
まぁ、彼女が嫌われるのは猫限定だが。……あれは非常に同情したくなる姿であった。
閑話休題。
司は、しばらくうなりつつじっとノーチェを睨んでいたが、やがて子犬に目を落として呟いた。
閑話休題。
司は、しばらくうなりつつじっとノーチェを睨んでいたが、やがて子犬に目を落として呟いた。
「……苦手なんだよ、こういうの」
「犬が苦手なのでありますか?どこの『ザ・捕まる男』でありますか」
「誰だよそれは。そうじゃなくてだな―――こういう、ちっこいのが寄りかかってくるってのは、苦手なんだ」
「犬が苦手なのでありますか?どこの『ザ・捕まる男』でありますか」
「誰だよそれは。そうじゃなくてだな―――こういう、ちっこいのが寄りかかってくるってのは、苦手なんだ」
ぽつり、ぽつりと語りだす司。
母親は司を生んですぐに死んだ。顔も覚えてはいない。
父親は彼の目の前で一度<ロード・オブ・アビス>こと長瀬明(ながせ・あきら)により殺され、一度死んだ後にジャーム化。
同時に光の雨に撃ちぬかれた兄もその時に死に、永斗はオーヴァードとして覚醒した後、司を襲おうとした父を、もう一度殺した。
学校の友人も、こちら側に踏み入れても生き残っているのはケイトだけ。
クラスメイトとして前日まで接していたはずの人間も死んだり、ジャーム化したりと何人か消えたことだってある。
母親は司を生んですぐに死んだ。顔も覚えてはいない。
父親は彼の目の前で一度<ロード・オブ・アビス>こと長瀬明(ながせ・あきら)により殺され、一度死んだ後にジャーム化。
同時に光の雨に撃ちぬかれた兄もその時に死に、永斗はオーヴァードとして覚醒した後、司を襲おうとした父を、もう一度殺した。
学校の友人も、こちら側に踏み入れても生き残っているのはケイトだけ。
クラスメイトとして前日まで接していたはずの人間も死んだり、ジャーム化したりと何人か消えたことだってある。
そうやって、レネゲイドウィルスに関わったものが次々と消えていくことを彼は知っている。
多くの人々が知らないまま変貌した世界の中で、それでも司は懸命に立っている。それはオーヴァードすべてに言えることだ。
けれどオーヴァードとして覚醒した自分もまた、レネゲイドウィルスに関わる者。
それゆえにというべきか。司は自分が「普通の人間」とは違うイキモノであると思っている。
だから日常にしか生きていない、それも人に寄りかからなければ生きていけないような、小さな「まっとうな」生き物に懐かれるのは、困る。
多くの人々が知らないまま変貌した世界の中で、それでも司は懸命に立っている。それはオーヴァードすべてに言えることだ。
けれどオーヴァードとして覚醒した自分もまた、レネゲイドウィルスに関わる者。
それゆえにというべきか。司は自分が「普通の人間」とは違うイキモノであると思っている。
だから日常にしか生きていない、それも人に寄りかからなければ生きていけないような、小さな「まっとうな」生き物に懐かれるのは、困る。
司はそう告げる。
彼の告白に、ノーチェはため息をついた。
やれやれ、とでも言いたげな彼女のその司を小馬鹿にするような仕草に、彼は睨みを利かせる。
彼の告白に、ノーチェはため息をついた。
やれやれ、とでも言いたげな彼女のその司を小馬鹿にするような仕草に、彼は睨みを利かせる。
「なんだよそのため息は。言いたいことがあるんなら言えや」
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうでありますよ。
いいでありますか?司はたしかにたくさんのものを失くしたのでありましょう。けど、まだ司はここにいるではありませんか」
「じゃあ、遠慮なく言わせてもらうでありますよ。
いいでありますか?司はたしかにたくさんのものを失くしたのでありましょう。けど、まだ司はここにいるではありませんか」
ノーチェは、優しく微笑みながら司に呼びかけるように告げる。
彼女は吸血鬼だ。生きる時間が、流れている時の流れが、彼女が出会っては友だちになっていく人間とは違いすぎる。
消えるものがある。失うものもある。それでも彼女は人間と関わることをやめない。今まで関わった人々を、水晶球に記録して。ずっとずっと「誰か」と生きていく。
たとえひとところに留まることができなくとも、人との関わりの中で生きていく。おそらくは、一人で消滅するその時まで。
消えるものがある。失うものもある。それでも彼女は人間と関わることをやめない。今まで関わった人々を、水晶球に記録して。ずっとずっと「誰か」と生きていく。
たとえひとところに留まることができなくとも、人との関わりの中で生きていく。おそらくは、一人で消滅するその時まで。
その理由は簡単で―――人と関わっている時こそが、彼女が一番楽しい時であるからだ。
彼女は人間ではないが、それでも人としての意識を持っている。
人間社会で人に混じって生きている以上当たり前といえば当たり前だが、なまじちょっと超人病がでかかった人間なんかよりもよほど人間らしい。
だから、言う。
人間社会で人に混じって生きている以上当たり前といえば当たり前だが、なまじちょっと超人病がでかかった人間なんかよりもよほど人間らしい。
だから、言う。
「司は、まだこの世界にいるのでありますよ。
たとえ非日常の世界に足を踏み込んでいようと、すでに自分から人との交わりを捨てたバケモノとは違う。
あなたが誰かを傷つける力を持ってても、殺せる力を持ってても、なんの理由もなくこの子にそれを向けるわけではないでありましょう?
それなら司は、まだ人間でありますよ。
それに―――この子は、司を守ってくれる優しい『人』だと思ってるみたいでありますよ?」
たとえ非日常の世界に足を踏み込んでいようと、すでに自分から人との交わりを捨てたバケモノとは違う。
あなたが誰かを傷つける力を持ってても、殺せる力を持ってても、なんの理由もなくこの子にそれを向けるわけではないでありましょう?
それなら司は、まだ人間でありますよ。
それに―――この子は、司を守ってくれる優しい『人』だと思ってるみたいでありますよ?」
くすりと笑って言った言葉に呼応するように、子犬はじゃれているだけではなく、つかまり立ちするように前足を司の足にかける。
その瞳は純粋そのもので、ノーチェの言葉を肯定するように司をじっと見上げていた。
司はしばらくその目を見ていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
その瞳は純粋そのもので、ノーチェの言葉を肯定するように司をじっと見上げていた。
司はしばらくその目を見ていたが、やがて諦めたようにため息をついた。
「……っだぁぁ、ウチは犬なんか飼ってる余裕ねぇんだってのに」
「おや、飼うのでありますか?」
「このまま付いてこられて、間違って車にでもはねられたり飢え死にとかされても寝覚め悪いだろうが。
ノーチェ、お前金残ってるだろ?必要なもん買いにいくぞ」
「あのマンションて犬飼ってもよかったでありましたか?」
「そこは応相談ってとこだろ……まぁ、支部長なら丸め込める気がしなくもない」
「おや、飼うのでありますか?」
「このまま付いてこられて、間違って車にでもはねられたり飢え死にとかされても寝覚め悪いだろうが。
ノーチェ、お前金残ってるだろ?必要なもん買いにいくぞ」
「あのマンションて犬飼ってもよかったでありましたか?」
「そこは応相談ってとこだろ……まぁ、支部長なら丸め込める気がしなくもない」
片手で子犬を抱え込む司。すると子犬はその腕をするりとすり抜け、前足を司の肩にのせて彼の薄いフードの中に納まり、すぐにべた、と頭に前足をかけて止まった。
いきなりの行為に司が抗議の声を上げようとするが、ノーチェがそうでありますか、と能天気に言いながら、中腰になっていた司の頭の上にちゃんと子犬を乗せてやる。
いきなりの行為に司が抗議の声を上げようとするが、ノーチェがそうでありますか、と能天気に言いながら、中腰になっていた司の頭の上にちゃんと子犬を乗せてやる。
「司の頭に乗りたかったのでありますね?これでオーケーでありますか?」
わん!と元気に答える子犬。
そんなやり取りに抗議する気力を失い、ハーフのカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、ノーチェに行くぞ、と促す司。
了解でありますっ、と言って元気に彼女はその後ろをついていく。
そんなやり取りに抗議する気力を失い、ハーフのカーゴパンツのポケットに手を突っ込み、ノーチェに行くぞ、と促す司。
了解でありますっ、と言って元気に彼女はその後ろをついていく。
『お前、こいつの言いたいことわかったみたいだけど動物と話せるのか?』『いえ、なんとなくでありますよ』『あぁ、頭の中動物級っぽいもんな』『し、失礼なっ!?』
そう、にぎやかな日常を回しながら。
<休日の過ごし方 -異邦人とチルドレンと町->
柊は、いきなり生まれた休みを持て余しているところを同じくヒマな隼人に連れ出されることになっていた。
もっとも彼としても、地元である秋葉原については案内は必要なくとも、
喫茶店の仕事とマンションとの行きかい以外ほとんど歩いたことのない「この世界の秋葉原」についてはよく知らない。
外に出るのなら、案内をしてもらいがてらもといた世界との違いを見るのも面白いだろうと隼人に連れられたままにして歩いている。
隼人も特に休みにすることがなかったために、同じくヒマそうだった柊を誘って町をぶらぶらすることにしただけだ。特に行きたいところがあるわけでもない。
とりあえず腹ごしらえすることもなく出てきたために、隼人が近くのケバブドッグを二人分買いに行く。
それを待ちながら、柊はぼうっとガードレールにもたれながら人の流れを見ている。
ここ最近、馬車馬が裸足で逃げ出すようなハードな仕事内容をこなしていたのだ、いきなりの休みと言われて気が緩んでいるようである。
そんなことを自覚して、少し自嘲した時だった。
もっとも彼としても、地元である秋葉原については案内は必要なくとも、
喫茶店の仕事とマンションとの行きかい以外ほとんど歩いたことのない「この世界の秋葉原」についてはよく知らない。
外に出るのなら、案内をしてもらいがてらもといた世界との違いを見るのも面白いだろうと隼人に連れられたままにして歩いている。
隼人も特に休みにすることがなかったために、同じくヒマそうだった柊を誘って町をぶらぶらすることにしただけだ。特に行きたいところがあるわけでもない。
とりあえず腹ごしらえすることもなく出てきたために、隼人が近くのケバブドッグを二人分買いに行く。
それを待ちながら、柊はぼうっとガードレールにもたれながら人の流れを見ている。
ここ最近、馬車馬が裸足で逃げ出すようなハードな仕事内容をこなしていたのだ、いきなりの休みと言われて気が緩んでいるようである。
そんなことを自覚して、少し自嘲した時だった。
―――黒く長い髪の人影が見えた。
視界を通りすぎたその人影を、あわてて視線で追う。
ほどなくしてそれは見つかったが、当然彼が考えている人物であるはずもなく。
ほどなくしてそれは見つかったが、当然彼が考えている人物であるはずもなく。
「お前、ああいうのが好みなのか?」
ちょうどその時タイミングよくというか悪くというか、戻ってきた隼人にそんなところを見られていた。
彼の好奇心に満ちた視線にさらされつつ、柊はバツが悪そうにそんなんじゃねぇよ、と答える。
悪い悪い、と苦笑しながらケバブドックを渡しつつ、笑いはそのままで隼人がたずねる。
彼の好奇心に満ちた視線にさらされつつ、柊はバツが悪そうにそんなんじゃねぇよ、と答える。
悪い悪い、と苦笑しながらケバブドックを渡しつつ、笑いはそのままで隼人がたずねる。
「けど、今の様子はどう見ても普通じゃなかったぜ?なんかマズいもんでも見たのかよ」
彼なりに、様子のおかしかった柊を心配しての発言である。
隼人は柊を一番最初に発見した人物である。彼が、彼の敵を追ってこんなところまで来てしまったのも、元の世界からのバックアップが受けられていないことも知っている。
そんな状況で任務をすることになったら、ということを考えれば隼人自身ふざけんなと言いたくなる。
だから、柊がもし敵に出会うことになったら最初に見つけた人間として手伝いくらいはしてやろうと思っていたのだ。
けれど今のはそういう物騒なことではなかったらしい。
その証拠に柊はう、とうめいて少し黙った。通常時は思ったことをすぐ口に出す彼としては珍しい。
言いたくなければ言わなくてもいいけど、と隼人が言おうとしたその時、柊が一瞬前に白状した。
隼人は柊を一番最初に発見した人物である。彼が、彼の敵を追ってこんなところまで来てしまったのも、元の世界からのバックアップが受けられていないことも知っている。
そんな状況で任務をすることになったら、ということを考えれば隼人自身ふざけんなと言いたくなる。
だから、柊がもし敵に出会うことになったら最初に見つけた人間として手伝いくらいはしてやろうと思っていたのだ。
けれど今のはそういう物騒なことではなかったらしい。
その証拠に柊はう、とうめいて少し黙った。通常時は思ったことをすぐ口に出す彼としては珍しい。
言いたくなければ言わなくてもいいけど、と隼人が言おうとしたその時、柊が一瞬前に白状した。
「……幼馴染に、よく似た奴がいた」
「幼馴染?」
「あぁ。ったく、こっちはあっちじゃねぇんだからいるわけないってのにな」
「幼馴染?」
「あぁ。ったく、こっちはあっちじゃねぇんだからいるわけないってのにな」
そう苦笑する柊。
よく似た『秋葉原』の光景だからって、知りあいを見間違えるなんて相当疲れてるんだな、とぼやく。
隼人は、一拍おいて人の群れに視線を移しながら軽い口調でたずねた。
よく似た『秋葉原』の光景だからって、知りあいを見間違えるなんて相当疲れてるんだな、とぼやく。
隼人は、一拍おいて人の群れに視線を移しながら軽い口調でたずねた。
「ホームシックか?」
「らしくねぇが、そうかもな。長い間家空けんのには慣れてるはずなんだが」
「らしくねぇが、そうかもな。長い間家空けんのには慣れてるはずなんだが」
半年も任務に叩き込まれたこともある。確かにそれ自体は珍しいことではないが、なまじこの光景がよく実家近くに似ているために郷愁をさそったようだ。
はは、と苦笑する柊に対して、隼人はいいじゃねぇか、と目を細めながら言う。
はは、と苦笑する柊に対して、隼人はいいじゃねぇか、と目を細めながら言う。
「帰れる場所があるんだ。そこを大事に思うのは普通だろ、失くしてからじゃ遅いからな」
隼人がオーヴァードとして目覚めたのは、大きな事故にあった時だった。
正確に言えば、それで両親を失った彼がとある研究所に検体として運び込まれた、それが彼の不幸だった。
そこで検体として扱われた彼は、人間の尊厳を踏みにじるような研究を行われ、そこが壊滅した後にUGNに引き取られチルドレンとしての教育を受けることになった。
だから、自分には『帰る場所(にちじょう)』が存在しないと思っていたのだ。
正確に言えば、それで両親を失った彼がとある研究所に検体として運び込まれた、それが彼の不幸だった。
そこで検体として扱われた彼は、人間の尊厳を踏みにじるような研究を行われ、そこが壊滅した後にUGNに引き取られチルドレンとしての教育を受けることになった。
だから、自分には『帰る場所(にちじょう)』が存在しないと思っていたのだ。
―――そう、少し前までは。
少し誇らしげに、彼は言う。
「俺だって、仲間が消えたりするのは嫌だからな」
彼の胸ポケットには、数枚の写真を収めた定期入れがいつも入っている。
特に電車移動をすることのないUGNのエージェントであるが、それでも彼がそんなものを持っているのは、中に入っている写真をとても大切に思っているからだ。
今一番上に入っているのは、ぼろぼろの少年少女の写真だ。彼と椿と狛江、そして少年二人。みんな傷だらけであるにも関わらず、全員どこか誇らしげにしている。
それは、彼がチルドレン時代に撮った最後の写真。
彼らが自分達の信じた道を貫き通し、そのおかげで今も続く「みんなの日常」を守りぬいた、その時の写真だった。
そこには、隼人の日常(まもりたいもの)がある。失くしたくないものがある。
特に電車移動をすることのないUGNのエージェントであるが、それでも彼がそんなものを持っているのは、中に入っている写真をとても大切に思っているからだ。
今一番上に入っているのは、ぼろぼろの少年少女の写真だ。彼と椿と狛江、そして少年二人。みんな傷だらけであるにも関わらず、全員どこか誇らしげにしている。
それは、彼がチルドレン時代に撮った最後の写真。
彼らが自分達の信じた道を貫き通し、そのおかげで今も続く「みんなの日常」を守りぬいた、その時の写真だった。
そこには、隼人の日常(まもりたいもの)がある。失くしたくないものがある。
だから、それを守るために戦える。
そこにオーヴァードやウィザードといった境は存在しない。
戦うのは、単に大切なものを守りたいからというとんでもなくシンプルな理由。そして、彼らが刃をとるのはそんな理由で十分なのだ。
隼人の過去を知っているわけではないが、その気持ちだけは理解できたのだろう。柊も口の端を緩ませながら、だな。と呟いた。
そこにオーヴァードやウィザードといった境は存在しない。
戦うのは、単に大切なものを守りたいからというとんでもなくシンプルな理由。そして、彼らが刃をとるのはそんな理由で十分なのだ。
隼人の過去を知っているわけではないが、その気持ちだけは理解できたのだろう。柊も口の端を緩ませながら、だな。と呟いた。
秋葉原の街をぶらぶらと歩く。人通りもある程度おさまってきたのを実感していたその時だ。
彼らを含む周囲が、<ワーディング>に覆われたのは。
隼人はすぐさま周囲を警戒しだす。
柊は一瞬激しい頭痛に襲われたが、それでも倒れるのだけはこらえた。ノーチェと同じ、月衣の誤作動現象である。
彼女からワーディングの危険性について説明されていた柊は、じんじんと痛む頭の訴えを無視してつい先日ノーチェによってスタンプ式につけられた魔装を起動する。
彼らを含む周囲が、<ワーディング>に覆われたのは。
隼人はすぐさま周囲を警戒しだす。
柊は一瞬激しい頭痛に襲われたが、それでも倒れるのだけはこらえた。ノーチェと同じ、月衣の誤作動現象である。
彼女からワーディングの危険性について説明されていた柊は、じんじんと痛む頭の訴えを無視してつい先日ノーチェによってスタンプ式につけられた魔装を起動する。
魔装。
最近になってファー・ジ・アースで開発された、「装備する魔法」である。
以前は魔法の習得に、決められた手順を踏んだ詠唱行為を覚えることが必須だったのだが、それでは使い勝手が悪い、という声によって作られたのが魔装である。
今でもそういった古い形式の魔法を使う魔法使いもいるが、魔力を食わせ続けることさえできれば誰にでも魔法が使えるという魔装の利点は大きい。
形式としては特定の効果を生み出すために組まれた紋章や呪文を、直接肉体に彫り込んだり、もっと簡単に特殊な定着液をつけた透明インクでスタンプしたりと色々である。
柊がワーディングに巻き込まれた時用に、水晶球の記録を読み込んだノーチェが対ワーディング用魔装を作り、先日完成したものを彼にぺたんこと貼り付けておいたのだ。
魔装が起動すると同時に一気になくなる頭痛。心の中でノーチェに感謝し、月衣に異常がないかを確認、隼人と同じく周囲に目を配った。
そこには、黒い悪魔のような生き物がわらわらと現れている。数としては5、60といったところか。ノーチェの話とも符合する。
隼人は柊に視線をやり、呟く。
最近になってファー・ジ・アースで開発された、「装備する魔法」である。
以前は魔法の習得に、決められた手順を踏んだ詠唱行為を覚えることが必須だったのだが、それでは使い勝手が悪い、という声によって作られたのが魔装である。
今でもそういった古い形式の魔法を使う魔法使いもいるが、魔力を食わせ続けることさえできれば誰にでも魔法が使えるという魔装の利点は大きい。
形式としては特定の効果を生み出すために組まれた紋章や呪文を、直接肉体に彫り込んだり、もっと簡単に特殊な定着液をつけた透明インクでスタンプしたりと色々である。
柊がワーディングに巻き込まれた時用に、水晶球の記録を読み込んだノーチェが対ワーディング用魔装を作り、先日完成したものを彼にぺたんこと貼り付けておいたのだ。
魔装が起動すると同時に一気になくなる頭痛。心の中でノーチェに感謝し、月衣に異常がないかを確認、隼人と同じく周囲に目を配った。
そこには、黒い悪魔のような生き物がわらわらと現れている。数としては5、60といったところか。ノーチェの話とも符合する。
隼人は柊に視線をやり、呟く。
「やれるか?」
「は。誰に向かって言ってんだ」
「は。誰に向かって言ってんだ」
ワーディングが張られると同時に体を揺らがせた柊の心配をした隼人の言葉に、力強く返して彼は月衣から相棒を取り出す。
柄に赤い宝玉をおさめた、白金に輝く剣。それは、幾度となく彼と世界の危機を超えてきたパートナーだ。
それを見て、隼人も少し口の端を持ち上げた。どうやら余計なお世話だったようだ。
隼人も定期入れを胸ポケットから取り出し、モルフェウスとしての能力を発揮する。黒革の定期入れは一瞬にして黒い日本刀に「変化」した。
物質を変化させ、まったく違う物へと変質させるシンドローム、それがモルフェウスだ。
その光景を初めて見た柊は、けれど特に驚くこともなく言った。
柄に赤い宝玉をおさめた、白金に輝く剣。それは、幾度となく彼と世界の危機を超えてきたパートナーだ。
それを見て、隼人も少し口の端を持ち上げた。どうやら余計なお世話だったようだ。
隼人も定期入れを胸ポケットから取り出し、モルフェウスとしての能力を発揮する。黒革の定期入れは一瞬にして黒い日本刀に「変化」した。
物質を変化させ、まったく違う物へと変質させるシンドローム、それがモルフェウスだ。
その光景を初めて見た柊は、けれど特に驚くこともなく言った。
「それがお前の力ってわけか。見せてもらうのははじめてだな」
「つまんねぇな、もうちょっと驚けよ。それとも、そっちにも似たような力があんのか?」
「そうだな……箒が変形したりはするけど、そんなきちんと変化はしない。ただ、なんつーかもうある程度のことなら驚かなくなっちまっててな。
椿に一本釣りされんのとか見ちまってたし。」
「それもそうだな。じゃあ―――こっからは、せいぜいお前を驚かせてやるとするかね!」
「つまんねぇな、もうちょっと驚けよ。それとも、そっちにも似たような力があんのか?」
「そうだな……箒が変形したりはするけど、そんなきちんと変化はしない。ただ、なんつーかもうある程度のことなら驚かなくなっちまっててな。
椿に一本釣りされんのとか見ちまってたし。」
「それもそうだな。じゃあ―――こっからは、せいぜいお前を驚かせてやるとするかね!」
同時、二人の剣士が地をかける。
柊は近場の一匹を斬り伏せ、その勢いを利用してすぐさま左足を軸足に一回転。集まりつつあった異形共をなで斬りにする。
彼を包囲した状態で首をぽんぽんと刎ね飛ばされた化け物の上を跳躍してくる一匹が、頭上から柊を襲う。
それに対し慌てることもなく、もはや動かなくなった先の一匹の平らになった切断面を蹴って、頭上からの一撃をすり抜けながらかわし―――
―――「何もない空間」を蹴って角度を調整、背面跳びによく似た体勢から体を捻り、意趣返しのように斜め上から飛びかかりつつその異形を袈裟に叩き斬り伏せる。
初めて見た人間は、ワイヤーアクションを見ているような気分になるだろうが、これもれっきとした『月衣』の効果、その特殊利用である。
月衣は個人用結界―――逆に言えば、自身の意思により形成される一つの「世界」だ。
世界結界の薄くなったファー・ジ・アース内では、これさえ纏っていれば浮遊することも可能になる。
が、近距離白兵戦を得手とする者達にとっては踏ん張りのきかない空中は技の威力を殺すことにもなりかねない。
よって、彼らは月衣による浮遊を行う時、月衣を「足場」であるとイメージする。浮遊、というよりは月衣を床と見立てることで「浮いている」ように見せているのだ。
その状態を上手く調整することで、本来は存在しないはずの足場を蹴り、意表をついた3次元戦闘をすることを可能にしたのが柊のスタイルである。
彼を包囲した状態で首をぽんぽんと刎ね飛ばされた化け物の上を跳躍してくる一匹が、頭上から柊を襲う。
それに対し慌てることもなく、もはや動かなくなった先の一匹の平らになった切断面を蹴って、頭上からの一撃をすり抜けながらかわし―――
―――「何もない空間」を蹴って角度を調整、背面跳びによく似た体勢から体を捻り、意趣返しのように斜め上から飛びかかりつつその異形を袈裟に叩き斬り伏せる。
初めて見た人間は、ワイヤーアクションを見ているような気分になるだろうが、これもれっきとした『月衣』の効果、その特殊利用である。
月衣は個人用結界―――逆に言えば、自身の意思により形成される一つの「世界」だ。
世界結界の薄くなったファー・ジ・アース内では、これさえ纏っていれば浮遊することも可能になる。
が、近距離白兵戦を得手とする者達にとっては踏ん張りのきかない空中は技の威力を殺すことにもなりかねない。
よって、彼らは月衣による浮遊を行う時、月衣を「足場」であるとイメージする。浮遊、というよりは月衣を床と見立てることで「浮いている」ように見せているのだ。
その状態を上手く調整することで、本来は存在しないはずの足場を蹴り、意表をついた3次元戦闘をすることを可能にしたのが柊のスタイルである。
地を強く踏み蹴る。その音が響いた、と異形共が思った瞬間には、すでに彼らは斬られた後だ。
斬っては走り、駆け抜けながら斬る。その速度は落ちることはない。
まるで、ビデオの通常再生に一人だけ三倍速が混じったかのような光景である。
姿を目にすることすら難しい超高速の斬撃と移動。斬られた側は、その自覚すらなく真っ二つにされている。
もはや音すら置き去りにするほどの速度で、敵の間をすり抜けながら黒い刃が異形を引き裂き続ける。
超速行動を可能にし、風と音を味方とするシンドローム、それがハヌマーンである。
黒い刃をモルフェウスで作り出し、この音速超過の移動速度と斬撃で敵を斬る。それが隼人のスタイルだ。
斬っては走り、駆け抜けながら斬る。その速度は落ちることはない。
まるで、ビデオの通常再生に一人だけ三倍速が混じったかのような光景である。
姿を目にすることすら難しい超高速の斬撃と移動。斬られた側は、その自覚すらなく真っ二つにされている。
もはや音すら置き去りにするほどの速度で、敵の間をすり抜けながら黒い刃が異形を引き裂き続ける。
超速行動を可能にし、風と音を味方とするシンドローム、それがハヌマーンである。
黒い刃をモルフェウスで作り出し、この音速超過の移動速度と斬撃で敵を斬る。それが隼人のスタイルだ。
タイプの違う二人の剣士が、それぞれが驚異的な速度で大量の敵を片付けていく。
そして。
そして。
柊が横薙ぎの斬撃で敵を斬り、その返す刃で残る一匹の腕を跳ね上げ、空いた空間に体を滑り込ませつつ首をはねる。
隼人が一匹を片付け、残る一匹を目視すると同時に刀の峰に左手を添え、その速度を存分に発揮しつつ突貫する。
正面から首を刎ねられ、横合いから腹部を突き貫かれた異形は、たまらず崩れ去った。
隼人が一匹を片付け、残る一匹を目視すると同時に刀の峰に左手を添え、その速度を存分に発揮しつつ突貫する。
正面から首を刎ねられ、横合いから腹部を突き貫かれた異形は、たまらず崩れ去った。
同時に消え去るワーディング。隼人は黒い日本刀を黒革の定期入れに戻し、柊は月衣に魔剣をしまって、同時に一息。
彼らは視線を合わせると、どちらからともなく手を上げ―――乾いた音が、喧騒を取り戻した町に小さく響いた。
彼らは視線を合わせると、どちらからともなく手を上げ―――乾いた音が、喧騒を取り戻した町に小さく響いた。
<休日の過ごし方 -ゆにばーさる->
司とノーチェがさまざまな買い物を終えてマンションに戻ってみると、なんだかフロアが大騒ぎになっていた。
あの沈着冷静な椿が、女性陣になだめられながら落ち着かない様子でどうしよう、と同じ言葉を繰り返しているのである。
あの沈着冷静な椿が、女性陣になだめられながら落ち着かない様子でどうしよう、と同じ言葉を繰り返しているのである。
狛江が心配そうに椿の顔を覗きこみ、結希が励まし、桜が左京の淹れた紅茶を彼女に出す。
それでも落ち着かないらしく、両手を組んで祈るように額に押しつけたりしている。
そんな光景に彼らが呆気にとられていると、背後から声がかけられた。
それでも落ち着かないらしく、両手を組んで祈るように額に押しつけたりしている。
そんな光景に彼らが呆気にとられていると、背後から声がかけられた。
「ただいまー……って、うわなんだこの騒ぎ」
「お。上月面白いもんのっけてんじゃねぇか、飼うのか?」
「お。上月面白いもんのっけてんじゃねぇか、飼うのか?」
隼人と柊である。
その声に司が振り向くのと、椿がそちらを見たのは同時だった。
椿は今にも泣きそうだった状態から、一瞬驚きに表情を変え、次の瞬間には全力で駆け出していた。
その声に司が振り向くのと、椿がそちらを見たのは同時だった。
椿は今にも泣きそうだった状態から、一瞬驚きに表情を変え、次の瞬間には全力で駆け出していた。
「ボタンっ!」
叫ぶと同時、彼女は司の頭に載っていた子犬を掴んで抱え上げた。
<肉体>10の突貫を受けた司は思い切り吹き飛ばされたわけだが。ついでに言うと、宙を舞った荷物は手ぶらの柊と隼人がちゃんと受け止めている。
ともあれ、椿は子犬を抱きしめるとその場にしゃがみこんだ。
状況を把握できていない彼らのところへ、結希がとてとてと歩いてくる。ノーチェがたずねた。
<肉体>10の突貫を受けた司は思い切り吹き飛ばされたわけだが。ついでに言うと、宙を舞った荷物は手ぶらの柊と隼人がちゃんと受け止めている。
ともあれ、椿は子犬を抱きしめるとその場にしゃがみこんだ。
状況を把握できていない彼らのところへ、結希がとてとてと歩いてくる。ノーチェがたずねた。
「えーと……結局、どういうことなのでありますか?」
「えぇとですね。ついさっき、双枝市―――椿さんと隼人さんがもともといた支部なんですけど、そこから連絡がありまして。
椿さんが支部に連れ込んだ子どもの柴犬、ボタンがいなくなったっていうんです。それで椿さんはさっきからちょっと精神的に安定を欠いてまして。
ノーチェさんかネームレスさんがいらっしゃったら探してもらおうって話をしてたんですけど……どうやってボタンを探し出したんです?
っていうか、司さん生きてますか?リザレクトしてませんか?」
「してねぇよっ!?」
「えぇとですね。ついさっき、双枝市―――椿さんと隼人さんがもともといた支部なんですけど、そこから連絡がありまして。
椿さんが支部に連れ込んだ子どもの柴犬、ボタンがいなくなったっていうんです。それで椿さんはさっきからちょっと精神的に安定を欠いてまして。
ノーチェさんかネームレスさんがいらっしゃったら探してもらおうって話をしてたんですけど……どうやってボタンを探し出したんです?
っていうか、司さん生きてますか?リザレクトしてませんか?」
「してねぇよっ!?」
鼻をすりむいたのか、赤くなっている鼻を押えて立ち上がる司。
そして、彼は椿がボタンを抱きしめているのを見ると、一つため息。
柊と隼人から荷物をひったくると、椿の前に置いた。
そして、彼は椿がボタンを抱きしめているのを見ると、一つため息。
柊と隼人から荷物をひったくると、椿の前に置いた。
「ほら、ソイツの生活用品。どうせ支部長に直談判するつもりで既成事実のために買ったもんだし、遠慮なく使え」
「え……司、くん?」
「たぶんご主人様が恋しくて頑張って双枝市だかから自分の足で走ってきたんだろ。大事にしてやんな」
「え……司、くん?」
「たぶんご主人様が恋しくて頑張って双枝市だかから自分の足で走ってきたんだろ。大事にしてやんな」
そう言って、司は椿とボタンの前を通り抜けようとする。
ノラなら自分の出番もあるかもしれないが、すでにご主人様がいるんなら特に自分がいなくてもいいだろう、と思ったのだ。
椿が礼を言おうと考えるよりも早く、さっさと通り過ぎようとして―――ボタンがフードに噛みついた。
思い切り首がしまる形になり、後ろにたたらを踏む司。こら、とあわてて椿がボタンをはたき、口がフードから離れた。
げほごほ、とその場でしゃがみこんで空気を求めた後、ちょっと涙目で司は椿を、正確にはその腕の中のボタンを見てなにしやがる、と叫ぼうとした時だった。
ノラなら自分の出番もあるかもしれないが、すでにご主人様がいるんなら特に自分がいなくてもいいだろう、と思ったのだ。
椿が礼を言おうと考えるよりも早く、さっさと通り過ぎようとして―――ボタンがフードに噛みついた。
思い切り首がしまる形になり、後ろにたたらを踏む司。こら、とあわてて椿がボタンをはたき、口がフードから離れた。
げほごほ、とその場でしゃがみこんで空気を求めた後、ちょっと涙目で司は椿を、正確にはその腕の中のボタンを見てなにしやがる、と叫ぼうとした時だった。
ボタンが司のほっぺたをぺろん、と舐めた。
拳を握ったまま凍りつく司を見て、一番最初に反応したのは椿だった。
拳を握ったまま凍りつく司を見て、一番最初に反応したのは椿だった。
「司くん。ボタンがありがとう、だって」
その言葉に、司は珍しいことに顔を耳まで赤くして、即座に自分の部屋に向けて全力で駆け出した。
……恥ずかしいからといってそこまで照れるのはどうなんだ、と思わなくはないが。
……恥ずかしいからといってそこまで照れるのはどうなんだ、と思わなくはないが。
とはいえ、椿はその後正式に司のところを訪れてきちんと礼を言い、それに大したことはしてない、と司が答える展開になった。
そして―――この後、マンションで飼われることになったボタンが、椿だけでなくたまに司の後をちょこちょこと歩く姿が見られるようになったとか。
そして―――この後、マンションで飼われることになったボタンが、椿だけでなくたまに司の後をちょこちょこと歩く姿が見られるようになったとか。
<休日の終わり>
「えぇ、そんな感じで楽しい休みの日でした。みなさん息抜きできたみたいですし、感謝してます」
暗い部屋の中、結希はテレビ電話通信で霧谷と会話をしていた。
それはよかった、といつもの笑顔で霧谷は答える。
いつもの定時連絡のやり取りである。その後一通りの連絡を交し合った後、霧谷はおもむろに結希に言った。
それはよかった、といつもの笑顔で霧谷は答える。
いつもの定時連絡のやり取りである。その後一通りの連絡を交し合った後、霧谷はおもむろに結希に言った。
『そういえば、頼まれていたジャームの調査についてですが』
「なにか分かりましたか?」
「なにか分かりましたか?」
結希の目が鋭くなる。最近、ジャームが大量に発生する事態が起きている。
初めはノーチェたちが襲われた日で、今日も隼人と柊が襲われた。こちらのオーヴァードに被害はないものの、実はそれが毎日に近い感覚で出現しているのだ。
霧谷はえぇ、と頷いて言った。
初めはノーチェたちが襲われた日で、今日も隼人と柊が襲われた。こちらのオーヴァードに被害はないものの、実はそれが毎日に近い感覚で出現しているのだ。
霧谷はえぇ、と頷いて言った。
『<マルチランサー>というジャームがそちらに向かった後、消息を絶っています。彼はエグザイル/ノイマンのオーヴァードのようですね。ただ……』
そう告げて言いよどむ霧谷。そして、彼はしばし言うのを逡巡していたことを、意を決して言った。
『彼が過去に<群れの主>を使用したことがある、という情報はどこをどうさらっても見つかりませんでした』
その言葉が何を意味するのか―――結希がそれを理解するのは、もう少し先のことになる。
続く