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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第06話02

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<Get set ...>


意識の再起動。そのキーは、強い思いだった。
氷の霧が晴れていくのを、再起動した体の目が映す。晴れたその先にあるのは、金の髪を振り乱して笑う侵魔。

これはお前にしかできないことだ、とあいつは言った。

それぞれの役割を語ったあいつの目は真剣そのもので、それを信じさせるには十分だった。
なによりあいつが一番危険な目にあうはずなのに、そのことに気負い一つ見せなかったことが自分にそれを信じさせた。
力が戻る。
まだやれる。
たとえ腹に大穴が空いてようと、体の損傷などいくらでも暴走気味のウィルスが癒してしまう。

だから、こうなった時にむしろ大切なのは心のほう。

暴走気味の同居人に流されることなく、苦痛に悲鳴をあげたい肉体に流されることなく、いつまで『戦うための思い』を保てるかどうか。
倒れない。
こんなところで倒れる気はないし、バケモノになるつもりもない。
ここまできたんだ、後は―――

視界に再び金髪の侵魔が映る。

―――あいつを倒すだけで、ハッピーエンドに手が届く!

愉快な気分で、獣のように犬歯をむき出しに盛大な笑みを刻み。彼はしっかりと、人としての意識を取り戻す。
仲間に任されたのは、たったひとつのわかりやすくてシンプルなこと。
任された役目をまっとうするために―――勝利をその手に掴むために。
今は手の中の感触をしっかりと握り締めて。ただ、時を待つ。


<紅に染まる戦場・後>


ほう、と侵魔はノーチェのとった行動を虚をつかれた思いで見ていた。
あの状況で司をかばう、という行動をとるとは思わなかったのだ。そもそもノーチェはスペルマスター系のクラス、けして体力のあるほうではない。
司もそう体力があるとはいえず、平均的なものだ。となれば、あの光の雨を防御魔法一枚程度で生き残ることは不可能。
これで全滅に陥らせることができるはずだった。
その予測を、ノーチェは覆してみせたのだ。しかし侵魔は笑みを崩さない。その功績は、ノーチェの命をもったものであるからだ。
支援能力のあるノーチェが生き残るよりも、司の一人の方がよりくみしやすい。遠距離攻撃能力者が一人残ったところで、できることなどほとんどない。
賞賛と哀れみと優越感をもって、彼女は煙の向こうを一瞥する。
まったく、哀れだ。そう呟いたその時だった。

さくん、と軽い音。
同時に彼女の体のバランスが崩れた。あわてて倒れないよう足を踏ん張る。
倒れることだけは免れたものの、バランスのおかしさは変わらない。何かの攻撃を受けているのかとも思ったが、そういった効果は見当たらない。
そして彼女は気づく。
先の軽い音と時を同じくして、ひゅんひゅん、と何かが旋回している音がすることに。
その音は彼女の背後から。やがて風を切る旋回音は遠くなりゆき、ぼと、とやけに生々しい、なにかが落ちる音がした。
彼女がその落下音の方を振り向く。そこには―――

白い腕が、あった。

先の隼人の斬撃によって切り裂かれ、その傷痕にそってもとの白い色そのままに、断面の一部が乳白色の結晶に変化している、左腕。
そしてその結晶は彼女の左腕―――その断面にも付着している。つまりそれは、まごうことなき彼女の腕であった。
絶句する。
頭に冷や水をぶっかけられた感覚。空白地帯が頭の中を一瞬にして埋め尽くす。

確かに隼人の一撃を受けはした。傷口が結晶化させられかけていたのも認めよう。
しかし、あれは確かに深手ではあっても問題のないダメージだったはずだ。
半ばまで結晶化させられた後も魔力伝導率も落ちた様子はない、それは先のジャッジメントレイの威力からしてもわかる。
それがなぜ、こんな時間差で腕が―――っ?

「ば……っかなっ!?」
「―――事実でありますよ。受け入れるであります。
 わたくしの即時展開魔装も、半ば切り絶たれたものを切れないほど非力ではないでありますよ」

その特徴的なしゃべり方に、侵魔の体がぎくりと震えた。
そろそろとそちらを見ると、すでに砂煙が降りた中で、いまだ荒れる風にばさりと翻る長い銀の髪。
銀糸のごときそれは、風に巻かれて、一匹の竜のごとくにも見える。
そこには、今穴だらけになったゴシックロリータの服をひらひらと風になぶられながら、口元の血を拭い、赤い大きな瞳をゆがめた、侵魔を見つめる少女の姿。
いつもある愛嬌のある笑顔はそこにはなく、にやりと不敵な表情で笑っている―――ノーチェが立っていた。

「なぜだっ!?なぜ貴様が―――っ!」
「死んだはずだろう、でありますか?
 仮にも世界を敵に回した侵魔が、敵にまわしたのは人間だけなんて、そんな都合のいいことが本気であるとでも思っていたのでありますか?
 あそこにはもっと他にも仲間がたくさん住んでるであります。
 人間とも、まぎれていけば暮らせるはずだったのでありますのに―――侵魔なんてものが入ってきたせいで、『妖怪』は悪であるという考え方も生まれた。
 それのせいで、どれだけの人外が迷惑してると思ってるでありますか?」

怒りの混じった言葉。彼女は人外であっても人間と共に生きることを肯定する珍しいタイプの吸血鬼だ。
そして人間よりも魔に近い人外が、侵魔によって利用され起きた悲劇を知っている。だからこそ、たとえケンカが嫌いでも、自分のために、仲間のために彼女は戦うのだ。

その言葉に、鈍感だった侵魔も感づいた。
この娘は人間ではない。魔法をあれだけ自在に操っていたことも勘定に入れれば、当然不死者の王であろう。
あれだけの光の渦の中再び立ち上がるのは深紅の夜に立ち向かい続ける矜持と生命力ゆえ、身体的な急激な変化は彼女の髪を結んでいた拘束術式を開放したため。
吸血鬼、と呼ばれる人外の死ににくさはウィザードの中でもトップクラス。あれだけの光の雨とて、一度の直撃程度ではそうそう死にはしない。
それ以上に、侵魔は戦慄する。

いや。そんなことよりも、左腕がないと私は―――


その先を考えようとするのを必死に押し込めたその時。

びちゃびちゃっ、と大量の液体が地面に落ちる音がした。
侵魔はおそるおそるそちらに目をやる。彼女はそこにあるものを理解している。
ありえない。『あれ』が今更動くことなどはありえてはならない。それは彼女自身が一番よく知っている。あれだけのことをされて、動けるはずはないのだから。

ノーチェが表情を変えずに、音のもとに向けて声をかける。

「頼まれたことはやったでありますよ―――蓮司」
「おう……上等だ。ノーチェ、司」

水音は口の中にたまった血の塊を吐き出した音。
今まで力なく閉じられていた瞳が、いつもの半眼に開かれる。
傷が癒えたわけではない。串刺しの状態が終わったわけでも当然ない。
痛くないはずなど当然ない。体中の痛みにさいなまれ続け、体はまともに動かせない。
脂汗と血はいまだに流れ続けている。この状態では痛みだけで意識を失ってもおかしくはない。


それでも―――柊蓮司は、目を覚ました。


胸元から淡い光が漏れていた。
光の元は、彼の懐にある夜色の石から。ウィザードならば誰もが知っている、最近開発された魔導具―――死活の石だ。
死に瀕したものに対し、強い生への執着を持たせて意識を保たせる魔法の石。
しかし、これが効果を発揮するには多少時間がかかる。
その間に<ジャッジメントレイ>なんて広域殺傷魔法でもぶち込まれて塵も残らなくなれば、さすがにどんな手を使っても復活は叶わない。
だからこその一手。それが司の一撃であり、注意を他にそらし彼の生存確率を0にしないための策。

とどめを刺されるのを待つだけのはずの柊が息を吹き返したことに怖気立つ侵魔。しかし彼女はすぐに死活の石のことを思い出し、舌打ちして平静を取り戻す。

「柊蓮司……っ!相変わらず、往生際の悪いっ……!」
「しつこさだけ、は……自信があって、…っな」

とぎれとぎれに言葉をつむぐ柊。その言葉には、空気の漏れるような呼吸音がついてまわる。
彼は目を覚ましたが、逆に言うのならそれだけだ。体中の傷が消えたわけでも、それどころか自由に動けるようになったわけでもない。
体のどこが痛いのかさえわからないほどの苦痛が常に頭に信号として送られていて、麻痺した頭は痛覚の活動を凍結させるほど。
今の彼にあるのは、奇跡とも言えるほどにかすかに残った、あるかなしかの意識だけだ。
呼吸をするのすら困難なその様子を見て、侵魔が自分の絶対的優位を誇るように笑った。

「はは……はははっ!柊蓮司、ずいぶんと苦しそうじゃないか?
 お前の命が私に握られているということを、忘れたわけではないだろうなっ!?」

ずぐり、と侵魔は、彼女の手の先から地中にもぐり、分裂し地上に出て伸びた肉の槍を意図的に軽く揺らす。
それにより一部の傷口を広げられ、ばたばたばたっとあらゆるところからに池にしたたり落ちる血。柊が苦痛に顔を歪めるが、悲鳴は上がらない。
口に血が溜まり声を上げることもかなわない、と言った方が正解なのだが。
その様子を見て笑い声を上げる侵魔。
柊は再び口の中の血の塊を吐き出すと―――実質的に自分の命を握られている状況下でなお、再び不敵に笑った。
2、3度咳をすると、ある程度呼吸を整え彼は侵魔に向けて告げる。

「お前、こそ。どうなんだよ。左腕……飛んでっちまったぞ?」

ぎくり、と。侵魔の背筋がその言葉に凍る。表情が一気に強ばる。息を忘れる。
エミュレイターと呼ばれるものたちにとって、特に彼女のように実体化できる侵魔・シェイプドライフであり、その上完全に人間と同じ形を持てる程の力を持つものが、
腕の一つ二つ失ったくらいで特に戦いは不利になることはない。先ほど柊に腰を半ば斬り絶たれかけた傷もすでにないし、司によってつけられた傷もすでに消えている。
侵魔にとって体とは容れものであり、血などは流れない。その容れものも、精神体たる彼らはプラーナをそちらに傾けるだけで修復される。
確かにそれが腕一本となれば力と時間は必要になるが、逆に言えばそれだけだ。ジャームとしての力と魔法を同時に使える彼女の圧倒的優位が崩されるはずもない。

それでも、侵魔は柊のその言葉に恐怖した。

「貴様……まさか。気づいて、いるのか?」

その、心底の恐怖の声に。彼は笑みを崩さず聞き返した。

「お前、が。左手……でしか、魔法が使えないって。ことか?」

全身を絶え間なくさいなむ、地獄のような苦痛の中で、己の血にまみれながら。
それでもなお自分達の勝利を信じて敵を睨む柊。
今にも途切れそうな彼の意識を繋ぎとめているのは、強靭な意志ゆえ。絶対に負けない、という、絶対にみんなで生きて帰る、という強い意志ゆえに。
めげない、曲げない、諦めない。強くゆらがぬ意思。


それこそが柊蓮司の本質だと。それは―――侵魔自身も知っていたことではなかったか。


そんな姿を、侵魔は底知れないものと相対したような悪寒に襲われながら見ていた。
なんだ。なんなんだこの男は、と今にも叫びだしそうな震える心を押えながら、彼女は柊を見続ける。


今になって思えば、おかしい点はいくつもあった。
隼人の氷霧の中の突貫は、結晶化能力を使用していなかったこと。あれがあれば少しくらいはダメージが通っていたはずだ。隼人に彼女の意識を集めることにも繋がる。
柊をなぶる中、彼が一度もプラーナを開放しなかったこと。指に貫かれ、髪に削り抉られ、そんな苛烈で過激な猛攻の中、柊は悪あがきをしない人間ではない。
彼にとどめをさすのを、司ががむしゃらに止めたこと。仲間を傷つけられることに対しては慣れている彼が、あんなに必死になるようにはやはり見えない。

柊は、口の中に残った鉄錆味の欠片を吐き出して、言葉を続けた。

「……でなきゃ。こんなに体張って、この手を止めるかよ」

きっかけは一度戦った時のこと。柊が剣で右手を受け止めた時点で、右手で魔法を発動すればそこで詰んでいたはずだ。
もちろんただの性癖、という場合もなきにしもあらず。だから、ノーチェの水晶球に映し出される司との戦いの映像を見てその想像を補強した。
この侵魔はどういう理由かまではわからないが、右手でしかエフェクトを使えず、左手でしか魔法を使えない。
それをノーチェに告げると、彼女と結希はおそらくは異なる能力の放出口を同じにするとどんな干渉が起こるかわからないので能力を出す場所を変えたのでは、と推測した。
まぁ、難しい話はどうでもいい。敵の特徴が分かって、その上攻めるべき場所も把握できた。
その後、身をもって左手でしか魔法は使えないが、右手が一番上手く使えるだけで、それ以外もある程度エフェクトを使用できる、が正解だと気づくが作戦自体は変更なし。
防御も範囲攻撃もできる魔法が使える厄介な左手を失わせるためには、ダメージを軽減できる右手を何かに集中させておく必要があった、ということ。

彼は、侵魔に告げた。
彼女にとっての恐怖の言葉を。

「囮ってのは、狙われてる奴、が。やらなきゃ……効果薄い、だろーが」

ぞくりと総毛立つ言葉と視線。
彼女は激昂を持ってその悪寒を吹き飛ばそうとする。

「なにを……バカなことを、言っているっ!?貴様が私に命を握られているのは変わらんっ!」

侵魔の噛み付かんばかりの絶叫。それに。
柊は不敵に笑ったまま答えた。その声にあるのは、変わらない不屈の意思と信念。

「……まーな。けどな、一つ言わせろ、よ。
 お前、こそ。……俺が、ここまでやられて、黙ってられるような…温和な奴だとでも思ってんのか?」

なに?と眉をひそめる。
柊は、どこにそんな力があるのかわからないほどぼろぼろの状態だというのに、唯一串刺しになっていない剣を握った手を、ゆっくりと持ち上げる。
全身に残る力を振り絞るように。剣を握る腕は力が入らないのだろう、細かく震えてすらいる。それでも。何の意味もないその行為に、残る力を振り絞る。
それをふり回す力などどこにも残ってないはずなのだ。それどころか、剣をこの状態から振り下ろしたところで腕一本の力では柔らかい彼女の体を斬ることなど不可能。
なのに。

金髪の侵魔には、高々と掲げられたその刃が、魔を斬り殺す斬魔の断頭の刃のように見えた。

内心の恐怖を覆い隠し、腕に力を込めて、叫ぶ。

「黙れっ!今すぐこのままくびり殺してくれる!」
「慌てん、なよ。余裕がなくなってきてるぜ?
 俺は囮だって言っただろ、なぁ―――『隼人』っ!」


全幅にして絶対の信頼をもった、叫び声が吐き出される。
その声に応えるように、同時。
『なにか』によって、侵魔は深く切りつけられていた。伝わる衝撃によって一瞬にして意識を刈り取られる。
彼女が切り付けたものを『なにか』としか理解できなかったのは単純な理由だ。
それは彼女の目に映らないほどの高速で、音も風の流れも気配すらも置き去りに、閃光のごときスピードで彼女に接敵、無言で斬りつけたからだった。

もちろん―――斬ったのは隼人だ。
彼の中のレネゲイドは、半ば彼自身の意思を無視して傷を癒し、あらゆるものを壊せ、と精神(こころ)を蝕む。
隼人はその内なる声に心をゆだねず、それ以上の意思をもって体に染み付いた力の使い方で、ただ敵を斬るために走った。
それが彼の役目。ただ敵を斬ることが、彼自身に与えられ、また彼のできる唯一のこと。

月匣突入前。さまざまな役目を与えられた残りの二人に対し、隼人が柊に言われたのはたったの一言。

『とりあえず全力であいつをぶった斬れ』

どうしようもなく単純なその役目に、少し不満を口にすると、そいつは苦笑して言ったのだ。
『俺らみたいなとにかく前に出て、体張って殴るしか能のない連中に、それ以外のことができるとでも思ってんのか?』
それはつまり。前に出て敵にダメージを与える、という一点に関しては柊が隼人を信頼しているということだ。そしてその言葉は、隼人にとっては何よりの力になる。
任された役目であるその斬撃は。これまでで最速の、彼自身を黒き閃光に見まごうほどの一撃。
それは、腕を失い幾度も凍らされ斬りつけられた侵魔の意識を一撃のもとに飛ばすほどの超音速の切り上げ。
ただただ速いだけではない。その動きは、まさに人とは思えないほどの力強さ。
オーヴァードで、ハヌマーンであるからこそできる斬撃だった。

けれど、侵魔もただでは転ばない。
一瞬の後に意識を取り戻し、いまだ体にくすぶる衝撃を、体をそのまま裂いて流し、もう一度くっつける。
その程度のことならば精神生命体のエミュレイターであり、その上エグザイルの能力を使用できる彼女ならばこともない。
何が起きたのかはわからないが、この場では彼女の敵は彼女以外の全員だ。
ぎり、と歯噛み。視覚はつながったまま。ならば敵を目に映して打倒するだけ。
後ろにのめりかけた体を強引に引き戻そうと足を踏ん張り、体を戻そうとして―――



空に異質を見た。




空はいまだ赤いまま。そこに変化はない。
しかし。
その先に輝くものがあった。
色はない。色を透けとおす大量の『もの』が空に浮かんでいた。
それは、武器の群れだった。


短剣が。長槍が。箒が。句内が。鎌が。突撃槍が。長柄が。峨嵋刺が。斧が。手甲が。打撃棍が。鉄鎚が。刀が。薙刀が。細剣が。曲刀が。駆動鋸が。手裏剣が。長剣が。
弓矢が。銃が。機関銃が。狙撃銃が。投矢が。小銃が。銃剣が。榴弾が。拳銃が。機械弓が。砲撃用箒が。鞭が。魔法杖が。


3Dフレームで作った水晶やガラスのような、形だけはそこにある、さまざまな武器がそこにあった。
形も違えば攻撃方法も違う、まったく統一感のない武器の群れ。
いや、全ての武器に統一されて存在する特徴があった。

―――そこだけ色のついた、赤い月などよりもなお強く深い、臙脂に近いまでの真紅の宝玉。

ぱっと見ただけでは赤い空に変化がないのは、その宝玉も色彩は違えど赤であるゆえに。
赤い紅い夕焼け色の宝玉の武器群が、切っ先を下にし、そこにある。
侵魔はその宝玉を、幾度も目にしていた。それを突きつけられ、命からがら逃げ出せたこともあった。

それは、神殺しの名を冠す刃。
名を持たず、それゆえに下級侵魔の間では嘲りと侮蔑を込めて『名無し』『無銘』と呼ばれ、畏怖と恐怖をもって『黄昏の剣』とも呼ばれる、魔の企みの終焉を告げるもの。

今彼女の頭上にあるものは、その剣の平行世界存在群。
魔剣とはいえただの剣に世界を超える力はない。ゆえに、自身の平行世界存在の形だけしか存在できない幻。それでもそれらは、『己の担い手』の号令を待つ。
武器とは『害なすものを止める器』という意味を持つ。
つまり『守るもの』という意味を持っており、それが第一に守るものは己を担う主である。己の主の命令は、身命にかけて守るもの。それが武器の意義だ。
それは多にして一。個にして全。無数に存在しながら一人でしかない『担い手』の、声を待つように整然と中空に整列する。

侵魔は目を最大限に見開き、向かい来る滅びに抗うことも忘れ、その光景をただ目にする。
口の端から血の筋を走らせながら、魔剣を高く掲げた柊は、封印開放、と唇を動かす。音にならぬその言葉は、確かにその意思を聞き届けた武器群により即座に実行される。
きぃん、と高い音が空中に響き、一つ一つの武器の宝玉が真の輝きを開放。赤い空をより強く赤く、燃えるような空色へと染めかえる。
残したわずかなプラーナを開放し、力に変換。それは清涼な風のように舞い上がり、武器の群れに纏われる。
そして。彼は。

すでに大量に己の血を吸った、届かぬ刃を―――振り下ろす。
それはまるでオーケストラの指揮者の指揮棒のごとく。戦場の隊司令官の軍刀のごとく。動かぬ体で、残る全ての力を搾り出すように―――叫ぶ。

「いっ……けええええぇぇぇぇっ!!」

体中から無理をした代償として血煙を撒き散らしながら。放たれたその言葉を待っていたかのように、敵めがけ降り注ぐ武器の雨。
侵魔はその場から逃げ切るのは不可能と判断しつつも、背を向けて逃げようとする。
しかしそれは叶わない。司が先ほど彼女を食らった氷の塔は、破砕されながらも足を凍りつかせ地面とつなぎとめられていて、その場から動くことはできなくなっていた。
だから、彼女にはその武器の群れを見ていることしかできなかった。


「が、あああああぁっ!」

降り注ぐ刃の雨。
剣が裂き、槍が突き、斧が断ち、鋸が斬り、矢が穿ち、弾が貫き、棍が砕き。
次々と容赦なく動けぬ侵魔を貫いていく幻の刃。魔を貫いては砕けていく、儚くされど強い意志により統制された忠実なる軍勢。
痛みとともに近くなっていく自身の底。それに恐怖しながら、それでも彼女には次々と自身に向けて降り注ぐ刃の軍勢を見ていることしかできはしない。
そんな、生きるもの全ての生存を許さぬ雨の中で動けるものなどいるはずもない。しかし侵魔は、その透明な刃の雨の中を猛然と突き進む黒い閃光を見た。

「これで―――終わりだぁぁっ!」

斬撃で生まれた勢いをさらに利用し、刃の雨の中視線は侵魔に据えたまま、降る場所がわかっているようにかわし、足元に突き刺さった短剣を蹴り、跳ぶ。砕ける幻の剣。
その勢いのまま。速度を殺さず、むしろそれ以上に速く、両手で握った刃を、振りぬく。
斬った部分が結晶化。その上斬撃の衝撃によりその場所から次々と結晶が吹き飛ばされていく。
結晶化したままの部分を降り来る透明な刃が貫き、自身の破砕とともに砕け散らせる。

両腕を失い、右半身を失い、体中を大穴だらけにして。滅びに向かう自分を受け入れられない侵魔は、なお叫ぶ。

「いやだ、私の計画が、この世界を食らう私の計画がっ……こんな、ところでっ!?」
「俺たちが必死になって守ってきたからこの町の日常があるんだぜ?お前なんかにここをやれるかよ。
 それから―――柊(あいつ)から伝言だ。『そもそも知恵ってのは、力で劣る人間が使うもんだ。付け焼刃の策略なんぞでそこをお前らが超えられると思うなよ』だとさ」

隼人が黒い剣を肩に乗せ、人間ナメんな、と呟いて。砕けていく侵魔に肩をすくめる。
侵魔はもう一度何かを叫ぼうとし―――その前に顔までぱきりと結晶化し、砕けた。

時を同じくし、粉状の結晶が赤い空に舞い、いまだに宙ぶらりんの状態だった柊が抵抗ひとつすることなく地面に落ち、自分の血の池に沈む。
ばちゃり、という水音とともに赤い空から赤さが抜けていく。

黒い夜闇が取り戻され秋葉原はこの瞬間、平穏を取り戻した。
街にかけられていたワーディングが解除され―――街のあちこちに、一拍の間をおいて歓声が上がった。



<戦い終わって日が暮れる>



「えーと、とりあえずは毛針はほっといて他の治療いくでありますね。このなんか大穴空きまくりのとこは特に危ないと思うでありますよー。
 もう、こう、なんていうか……ひっくり返す直前のホットケーキみたいな?」

髪の毛を適当に黒いリボンでくくりなおし、ポニーテール状にしたノーチェが応急処置の回復魔法を行う。
柊が彼女のやけに具体的な説明台詞にうんざりしたように目を閉じたまま呟く。

「……頼むノーチェ、もうちょっと静かにやってくんねーか。想像して気持ち悪くなるから」
「え?ですから、ケガするのに麻痺した人間っていうのはすぐ特攻したがるからちょっとくらい痛い目見せろと研修時に言われてるでありましてな?
 あ、隼人も逃げちゃダメでありますよ。いくら自動修復してくれるからってきちんと治療した方がいいことには変わりないのでありますから」
「遠慮するっ!そんなドS直伝の治療受けたくねぇよっ!?」

もっともである。
そんな隼人を横目で見て、司がそういえば、と呟く。

「あー、でもこれもファンタジー世界独特だよな。めったに受けらんねぇと思うんだが」
「ぜひよろしくお願いしますノーチェ先生」
「……ミーハーめ」

閑話休題。
MPポーションを月衣から取り出し、一気飲みした後腕まくりしたノーチェは、唯一の回復手段を持つ貴重な人材だ。
彼女は容態を見ながらうーん、とうなると柊に問う。

「蓮司蓮司、一気に回復するけど困ったことが起きるかもしれない方法と、ちょっと長い間苦しいけど安全な方法、どっちがいいでありますか?」
「……その心は?」
「わたくしの血を飲むか普通に回復魔法繰り返すか」
「後者でっ。むしろ後者じゃなけりゃ嫌だよっ!?」

コンマ1秒で即答。穴だらけ(ほっとけーき)のどこにそんな力が残っているのかは分からないが、さすがに吸血鬼になるリスクはちょっと負いたくなかったらしい。

こくんと頷き、ノーチェはいくでありますよーと間の抜けた声を告げ、手のひらを上に掲げた。
すると彼女を中心として虹色に輝く煌く魔法陣が現れて煌きがそのまま彼らを覆っていく。舞い上がる光。
光は傷口を覆い、内側から修復を行っていく。
その光が止むのを待ち、隼人が自分の体を見る。半分以上はレネゲイドの力でふさがっていたものの、ずいぶんと体が軽くなるのを自覚した。
血は完全に止まり、皮のつっぱる感覚もない。感心しながら言う。

「すっげぇな魔法。さすがファンタジー」
「魔法自体は一応法則性があるものでありますよ。わたくしから見れば隼人のあの移動速度とか司の氷を出す力とかの方がずっと不思議でありますが」

そう告げながら、まだ立ち上がる気力もない様子の柊に対して手を掲げひーるー、と緊張感のない声で魔法を発動している。
隼人もそんなもんかね、と呟いて、司を見た。面白そうに彼はからかう。

「それより、司。お前あの時普通にキレてただろ」
「……なんのことだか、さっぱりだな」

隼人のからかいにそっぽを向いてそう答える司。
そんな司の様子に、にやにやしつつさらに踏み込む隼人。

「とぼけんなよ。柊が囮になった後お前とノーチェでなんとか注意そらすっていう話だったのに、注意逸らすだけにしちゃ派手すぎるだろアレ。
 うっかりこっちも巻き込まれかけたんだぞ」
「巻き込まれたらお前がマヌケだっつーだけの話だな」
「巻き込んだらお前のコントロールがド下手だっつーだけの話だぞ?」

笑う隼人にうるせぇ、と呟く司。
そもそもがクールなように見えるよう動いたり、どちらかというと斜に構えた考え方をした本人が熱くなったのを照れたらしい。難儀なツンデレである。
司はその隼人の視線から逃れるように、傍らに落ちていた大きな赤い石を見つけ、拾う。

「おいノーチェ、欲しいのってこれでいいのかよ?」
「お。ありがとうでありますよ司っ!それだけあれば蓮司も一緒に向こうに帰れるでありますっ!」

笑顔のノーチェの放った帰る、の言葉に少しだけ重くなる雰囲気。
その空気を壊したのは、数度目のヒールによってなんとか苦痛なくしゃべれるようになった柊だった。

「別にすぐ帰るわけじゃねぇよ。8月の終わりまでは働いてほしいって支部長さんに言われてるし、それまではこっちでゆっくり羽根伸ばすさ」

その言葉になんだ、と呟く二人。
なんだってなんだよ、と不機嫌そうに呟きながら、ほら、と柊はぼろぼろの右腕を拳を固めてふらふらと揺らしながらも突き出す。

その意図をくみ取り、ノーチェは右手で回復魔法をかけながら左手の拳を固め。司は軽く握った拳を裏拳気味に。隼人は笑って拳を握って。


―――ごつん、と四つの拳が打ち合った。



つぎでおしまい。

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