ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第06話01

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<ほんの少し前>


「それにしても、あんなのにどうやって勝つつもりだったのでありますか?」

ノーチェは柊に聞いた。
秋葉原全体がワーディングによって包まれ、ジャームの出現報告を聞いて人の出払ったゆにばーさるのフロア。
部屋の中は二人しかいない。
ダメージ自体はオーヴァード特有の回復能力リザレクトで回復しているものの、まだ月匣ワーディングの影響の残っている可能性の高い隼人と司は仮眠室で横になっている。
今のところ二人とも目は覚ましており、特に体に異常はないらしい。
彼女の言葉は本当に不思議そうで、逆に心にぐさっとくる。う、と柊はうめいた。

ちょっと前まで柊は頭に血が上った状態だった。
具体的に言うと、司と隼人を店に運んだ後にすぐさま場所のわかっている月匣内に飛び込もうとするくらいには。
実は彼が戦闘時に彼我の戦力差も勝ち目も考えずに特攻するのは結構珍しい。
本来は戦闘時は意外にも冷静なことが多いのである。
しかしこの男、目の前で仲間を殺されたり、それに準じるほど好き勝手された場合その冷静さは簡単に吹っ飛ぶ。
それを未熟ととるか仲間思いととるかは個人の判断によって分かれるところだろうが、今回はそれに加えて敵を狙うのが彼自身だというのがその理性をぶち切った。
月匣内に行くつもりだとノーチェにより看破されて智世によって頭を冷やされたおかげで今は大人しくしている。

しかしそれもノーチェが対ワーディング月匣用に魔装の術式を調整するまでの話。
それが終わればまた飛び込んでいくだろうことは彼女にもわかる。もともとそう気が長い人間でもないのだ。
そのため、水晶球が先ほどの映像を解析・術式の書き換えをしている中、ノーチェはせめて、と先の交戦で腕を負傷していた柊の治療をしていたのだった。
彼女の言葉は水晶球で先の戦いを解析がてら見ていた、彼女本人の率直な感想である。
ノーチェはその感想をさらに重ねた。

「どうもあの侵魔超人、オーヴァードとしての力を身につけただけじゃなくてもともとの『魔法』もペナルティなしに通常の代償だけで使えるみたいでありますし。
 さらに言うなら、アレがこっちに来てから身につけた技っていうのは近距離白兵戦用でありましょう?
 遠近両方こなせる器用貧乏なオールラウンダーではなく、魔法特化能力者が白兵戦用に調整された能力者を取り込んだようなもの。
 そんなの相手に勝てると思ってたわけではないでありましょう?」
「……わかってる、今は反省してるっての。
 けどな。あいつの狙いは俺で、月衣を持ってなきゃあいつには対抗できない。それは事実だろ」
「ここにもう一人月衣持ち(ウィザード)がいるでありましょうに」

頭をがしがしかきつつバツが悪そうに、それでも譲れないというように言った柊に対し、何を今更、というようにノーチェは不思議そうに言った。
それに目を丸くした後、柊はため息をつきながら苦笑する。

「お前、前の時もそう言ってついてこなかったか?」
「事実でありましょう?というか、使えるものは使えばいいのでありますよ。乗りかかった船でありますし、この街好きでありますしな」

蓮司はどうなのでありますか?と首をかしげながら彼女は問う。
少し複雑そうな表情をしながら、彼はあぁ、と頷いた。

「ここは俺の暮らしてた『秋葉原』とは違うけど、やっぱり『秋葉原』なんだよな。
 街角にある店とか、暮らしてる人間とかは違うけど、それでもここに流れる空気っていうか、そういうのは変わらない。
 俺にとって守りたいものっていうのはいくつかあるんだけどよ、『世界』なんつーもんを守りたくて戦ってた覚えはないんだよな」
「はいっ?え、でも蓮司はこれまで何度も世界を救ってきたのではないのでありませんか?」

目を丸くするノーチェ。
確かにアンゼロットの下僕だのトラブル磁石だの下がる男だの言われているが、柊蓮司というウィザードはその業界では知らぬ者なしの歴戦の勇士なのだ。
いかに彼一人で成したことではないといえ、一端のウィザードであるのならば、その戦跡を見れば絶句するほどのものである。
その彼が、これまでのことを思い返してノーチェの反応に苦笑する。

「『ここで勝たなきゃ世界が終わる』とか言われてたことは結構あったけど、世界を守るためだけに戦う、なんつーのは俺には無理だ。
 俺が今までやってきたことってのは、結局一緒にいた仲間が狙われてたのを助けたりとか、俺が守りたいものを守ったりしてきただけ。
 それと世界が天秤にかけられてたら、どっちかを選ぶんじゃなくて他の道を探そうとしてきたってだけだ。
 ついでに言うなら、なりゆきに流されながらそれでもがむしゃらに諦めないで足掻いてたらなんとかなった、ってモンばっかりだったしな」
「はぁ、そうなのでありますか。それで、それがどうしたのでありますか?」
「俺はあいつにこの町とここに住む連中をやるつもりも、俺が死ぬつもりもないってこった」

ぽすぽす、とノーチェの頭に軽く手をのせる。
やれやれ、と彼女は言うと、逆に聞いた。

「それで?わたくしも付き合うには付き合うでありますが、率直な話前衛後衛一人ずつでは厳しいでありましょう。
 わたくしと蓮司のペアなら、基本的にわたくしは支援にまわって、ちょこちょこ軽く魔装を撃つ、という戦法になりましょうが……正直、火力足りなすぎでありますよ。
 相手は魔法も使えれば近距離戦もできるのでありましょう?司との交戦映像を見る限り、どちらも伊達や酔狂のレベルではない。
 オルクスシンドロームで逃走の得意な司だったからこそあの程度で済んだでありますが、真正面から戦うとするとちょっと厳しすぎるであります」
「だな。……せめてもう一人火力特化がいればなぁ」

自分でも、現状の戦力で挑むことの難しさを認めてぼやく。
柊も分かっているのだ。負ける気はない。負ける気はないが―――柊とノーチェだけでは勝ちをさらうのは非常に難しい、ということを。
しかしノーチェは柊の言葉に首を傾げた。
彼女にはあと一人仲間がいればなんとかできるとは思えない。
ノーチェ自身は仲間の盾となる能力者と支援特化能力者がいてくれれば万全の準備ができる、という考えだったのだ。
そう言ったノーチェに対して柊は拳を握り締めながら言う。

「悔しいが、今のあいつに真っ向勝負挑んでも勝つのは難しい。白兵特化と魔法特化が爵位級で一匹ずついるようなもんだぞ?まともにやって勝てるかよ」
「それにわたくしたちで挑まなければならないわけでありますが……まぁ、ともかく。火力特化がもう一人いればどうなるのでありますか?」

ノーチェの言葉に、柊は一言だけ告げた。

「囮だ」

次の瞬間、ノーチェの0-Phone が着信を告げた。


<紅に染まる戦場・前>


開幕と同時、隼人と柊が地を駆け抜ける。
風と音すら置き去りにする超高速移動で駆け寄る二人の剣士に対し、待ち受ける金髪の少女は―――薄く笑みを浮かべた。
右手を上に掲げる。
柊がとっさに上に目を向けると―――そこには、無数の光があった。叫ぶ。

「避けろっ!」
「遅いっ!星の光よっ!」

少女が手を振り下ろす。それと同時に、空を埋め尽くすほどの輝きが紅い空間に雨と降り注いだ。
赤い空をストロボをたいたような真っ白な輝きが覆い、2、3度瞬く。一歩遅れて地面を揺るがす轟音。
光を操るシンドローム、エンジェルハイロゥのものである。それをエグザイル/ノイマンの彼女が使えるのは、彼女が<異世界の因子>と呼ばれる力を持つからだ。
体を奪ったジャームの知識、それを持ち前の頭脳と生み出した群れの映像を通して、体には発現できていないエフェクトを獲得したのである。

ノーチェがとっさにかり、と自分の指に牙を立て、空間に血文字でなにやら紋章を描き自分と司と水晶球がやっと入る程度の対魔法結界を展開する。
結界を無惨にがりがりと削り取りながら進む光は、しかし結界の効果により大部分が彼らの体に当たることなく終わる。
しかし彼女ができるのは魔法の対象を増やすことで、その限界は一人まで。柊や隼人まではカバーできはしない。
その隼人は近づく光の雨に凄まじいプレッシャーを受けつつも、その速度を緩めることはしない。
光は月匣中を降り注ぐが―――ただ一点だけはその輝きに支配されない場所がある。
それは、光を放つ侵魔の立つ所そのもの。まさか自分を巻き込むわけにもいくまい、その一点を目指し、彼はさらに速度を上げた。
結果―――髪の先を、服の端を削られながら、ごうごうと光の雨が降り注ぎ、破片が次々と体にうち当たる、その中を。
スピードは落とさず、最小限の回避行為で、彼は目立った傷もなく白兵戦距離(ショートレンジ)へと相手を取り込むのに成功する。

振りかぶり、袈裟の一撃。
普通なら目に映ることもないほどの黒い刀による超高速の斬撃を、しかしちらりと見ただけで金髪の侵魔は表情を崩さない。
ウェーブの長い髪をなびかせることもなく下ろしていた右手を無造作に上げる。
人間の腕などなんの抵抗もなく切り落とす刀を受けるにはあまりにも貧弱なその行動に隼人が一瞬目を見張るものの、彼はそれを振りぬく。
硬質なもの同士がかみ合う重く耳障りな音が響く。
隼人の全体重をかけたその一撃は、涼しい顔をした侵魔の―――瞬時に伸びた剣のような爪によって受け止められていた。
彼女は言う。

「それで終いか、小僧」

ならば、と侵魔は笑みを変えることなく左手を彼の顔の前にかざす。
同時に輝き、いくつもの紋章や呪印が浮かび上がる左腕。そして左手の手のひらの前に展開する白色の燐光を放つ魔法陣。それは天属性魔法の発動を示すものだ。
いくら高速機動をウリにする隼人とはいえこの至近距離で食らえば無事では済まない。そこへ。
侵魔の周囲の温度が急激に下がる。空気中の水分が凝結されて細かな氷の破片へと変化する。
隼人はそれを確認すると同時に大きく後ろへと退った。一歩前にたたらを踏む侵魔。隼人が叫ぶ。

「やれっ!」
「言われなくてもやるっての。さっきのお返しだ、避けずに食らえよっ!」

片手で水晶球を触ったまま、司が拳を地面にぶつける。
刹那、体勢を崩していた侵魔の足元から氷の牙が生まれ、次々にその白い少女に噛み付いていく。
牙は次々に下から生まれゆき、侵魔と侵魔を貫く氷の上から上から噛み付いていき―――少女を中心とした氷の柱が出来上がる。
が。
固く硬質な澄んだ音を立てて、氷の柱が粉々に砕け散る。ダイアモンドダストのような小さな氷の舞う中、そこには特に変わった様子もなく不敵に笑う少女がいた。

「―――今、何かしたか?」

その余裕に満ちた台詞を吐く侵魔を見て、ヤロウ、と小さく呟いて静かに闘志を燃やす司。
侵魔がいまだ輝き続ける左腕をもって、距離をあけた隼人ではなく司とノーチェの方に向けて再び魔法陣を起動しようとした時だ。


彼女の頭上を、紅い月の光を遮り何かが通りすぎた。
光の雨を、いくつか被弾しつつも捌ききり大きく跳躍していた柊が月衣を蹴り空中での姿勢を制御、足場のない空中で三角跳びの要領で跳躍、侵魔の無防備な背後へと着地。
同時に彼女へ向けて全速の薙ぎ払い。ざぐり、と白い侵魔の体に魔剣の刃がもぐりこみ、半ば以上両断する。
しかし侵魔の顔にはまだ不敵な笑み。むしろ心底楽しそうに笑って、彼女は左の手のひらをすぐさま司たちから柊へと向けなおす。

「まさか自分から来てくれるとは思っていなかったぞ柊蓮司っ!<スターライト>っ!」

生まれた魔法陣と、その周囲にいくつも展開する透明な印章。そこから放たれる巨大な流星が柊を襲う。
柊は完全にかわすのは無理と判断。即座にせめて受ける量を減らすためにその場で左足を軸に回りながら被弾量を減らす。
時を同じくして声が響いた。

「<ダークバリア>っ!」

ノーチェの声だ。その力ある言葉により柊の隣に拳大の黒い闇色の塊が生まれ、流星の輝きを食らっていく。
しかし、全てを受け止めるにはあまりにその闇は小さすぎ、光の塊は大きすぎた。ぱんっ、と軽い音を立てて弾ける闇の球。
威力は多少削がれたものの、柊の脇腹を灼いていく白光。
生身で意識があるまま焼かれるおぞましさ。焦げる肉の臭い。じわりと広がる、じんじんとしみこみ広がる類の痛み。
それらを全てアドレナリンで蓋をし、回転の勢いを利用して再びの斬撃。ち、と舌打ちして侵魔は横っ飛びで回避。それと同時に長い爪を切り離し、柊に向けて打ち出す。
柊は追撃の手をいったん止め、飛びくる爪を魔剣で弾き、逸らし、かわす。
侵魔とて自分が投擲武器の扱いなどに慣れていないことくらいはわかっている。今の攻撃はたんに追撃の手を一手遅らせるためのもの。
左腕の魔装を起動して柊を撃つ準備を整え―――

「俺を忘れんなっ!」

その背後で待ち構えていた隼人が、黒い刀を振り下ろす。
背筋を這い上がる悪寒に、とっさに侵魔は使おうとしていた魔装起動準備を破棄。魔法を開放する。

「<ディフェンスアップ>!」

透明な障壁が黒い刀に立ちふさがる。しかし隼人の一撃はそれを紙のようにたやすく切り裂き、その下にあった侵魔の左腕の付け根を深々と切り裂いた。
その隙をついて柊もまた追撃に走る。ぎり、と歯噛みして侵魔は新たに魔装を起動する。

「調子にのるなよ人間ども……っ!<ディストーションブラスト>っ!」

柊と隼人を含む空間へと黒い球が放たれた。
それは空間ごと存在を削り潰すだけの力を秘めた黒球。弾けて破壊をもたらすもの。ならば、破壊の力の外へと逃げればいい。
二人は目配せ一つせずに背を向けてダッシュ、効果範囲から逃げ切る。ざざぁ、と砂を噛む音を響かせながら、停止した隼人が軽口を叩く。

「あいつ、お前に対してだけ殺意ものすごく高くないか?」
「いや、ていうか高すぎだろ。なにしたんだよ柊」

隼人達が声が聞こえる位置まで来ていたのでその軽口が聞こえたらしい司が同調して言う。
いまだくすぶり続ける痛みを無視しつつ柊はぼやく。

「なにってなんだよ。襲いかかってきたから普通に返り討ちにしただけだっつーの」
「あぁ、たぶんそれでありますよ。あの連中って人間に負けたりするとものすごい屈辱に感じるらしいでありますからな」

ノーチェが言った言葉に、隼人がため息まじりに呟いた。

「なんつー勝手な……」
「エミュレイターとはそういうものでありますよ。そもそもが人間を食いものとしか思ってない連中、基本的なスタンスとして人間を見下してるであります。
 敵も味方ももとは人間なあなた方とは少し感覚が違うでありましょう。
 その中で蓮司はあいつをあと一歩で倒せそうなところまでいったのでありますから、それは殺意高くなってもしかたないでありましょう」
「逆恨みにもほどがあるけどな」


解説に少し息をつき、一拍置いて柊が言う。

「まあそんなことはどうでもいい、勝つのが先だ―――仕掛けるぞ」

その言葉に三人が頷く。
それを見て口の端が持ち上がるのがわかる。仲間の頼もしさを感じつつ、柊はあらかじめ話し合っておいた作戦を決行するためにたずねた。

「高崎、ノーチェ、準備は?」
「いつでもいいぞ」
「こっちもであります。司も準備OKでありますな?」
「おう。それじゃ、はじめるかっ!」

三者三様に答え、まずは司が再び片手を地につく。そのまま己の領域を広げていき、その領域の地面から熱を奪っていく。
地上や地中の水分が凝結、霜柱が細かく立ち上がるのを確認し、彼はノーチェに目配せした。
ノーチェがこくりと頷いて、すぅ、と息を吸って吐き出した。彼女の吐息に乗り、生まれたのは―――『霧』だ。

吸血鬼には、<霧散化>というスキルがある。
不死者たる彼らが不死者たるゆえんは、何度殺しても再び立ち上がるその生命力にある。
<霧散化>とはその生命力を象徴する技術の一端であり、彼らがその命の危険を感じた際に体を靄と化して巨大な力をかわす能力だ。
逆に言えば、彼らは体をいつでも霧に変えられるということ。
それを利用し全てを変化させるのではなく、力の一部を霧に変えることに傾ければこんなことも可能になる。

その微細な水の粒子は冷やされた地熱を受けて凍り、一気に変化した地面の熱で気流もまた爆発的に変化しており白く小さな氷がしゃりしゃりと音を立てて巻き上げられる。
その結果―――月匣内に氷の粒が舞い踊り、真っ白に染まった。

当然それに驚くのは仕掛けられた侵魔だ。
彼女自身はオルクスの能力を持っていないため、彼女の世界である月匣に何がどこにどれだけあるのか、といった詳しい把握はできない。
めくらまし。
それに気づき、彼女は歯噛みした。

「くっ―――こしゃくなマネをっ!」

そして―――真っ白なその霧の中でも、音は響く。
呟いたその声がいかに小さくても、音を感知するのに長けたシンドロームならばそれを感知するのはわけのないこと。
そして、音すらも追い抜く隼人の移動を侵魔に感知する術はない。
手加減などする意味はない。隼人は自分のもてる力を発揮、突貫する。
余計な力を加えない、ただただ速度だけを追い求めた全速移動しながらの突き。峰に添えられた左手で微調整、弾丸のごとき速度で駆け抜け、音の元である侵魔に突き進む。

「くらえっ!」

相手の驚愕する顔が見える、それとほとんど時を同じくして、右腕に深々と刀が吸い込まれるように突き入れられる。
侵魔がとっさに掲げた右腕に、手のひらからずぶりと突き入れられたその光景を見て、侵魔の顔が歪む。

―――笑みの形に。


「―――つぅかまえ、たぁ」
「っ!」

心底楽しそうな笑みを浮かべ、痛みなどかけらも見せずに金髪の娘は隼人に告げた。
隼人は速い。彼女の目でも捉えるのは至難の業だ。その上でこの氷霧だ、彼の攻撃をかわすのは難しいと判断した上で侵魔はこの行動をとった。
すばしっこい相手ならば、足を止めればいいだけの話。
彼女の体には攻撃を弾く力も速度もないが、幸いその柔軟な体を使い受け止めてダメージを逃がすことは得意である。
そこまでを読み、瞬時に戦術を組み上げた。それは彼女の体のノイマンとしての能力が可能とした瞬時の戦術判断だ。
後はそれまでの戦闘経験を思い返して隼人の行動に最も即した行動をとればいい。
突貫を受け止められ、動きの止まった隼人の腹部に左手を当てる。それは優しく撫でるような指先だった。そして―――

「<ヴォーティカルカノン>」

0距離で魔装が開放される。
それは先ほど彼らがかわしきった一撃などよりもより収束され、一人の命を刈り取ることだけを意識して作られた魔法だ。
存在を否定する黒い砲撃が隼人の腹部を容易く貫く。
これまで味わったことのない『存在の否定』という感覚に、隼人の意識は一瞬で刈り取られた。
言葉を吐き出す時間も与えられず、腹部を丸く貫かれた体が、白霧の向こうにきりもみしながら吹き飛ぶ。
そして―――

「見えているぞ、柊蓮司」

隼人を追いかけるように時間差で現れた柊に背を向けたまま、彼女はくすりと笑った。左手はそのままに、右手はだらんとたらしたまま。
吹き飛ばされた隼人を見て激昂の声を上げる柊を、嘲笑うように。

「て、めえぇぇぇぇぇっ!」
「どうした?余裕がなくなってきたぞ?」

相手は『あの』柊蓮司だ。

制限つきの四人組では地力で自分に叶わないことくらいはあの男ならば計算にいれているはずだ。
意外にも知られていないが、柊蓮司の戦況把握能力と戦術思考はけしてあなどれるレベルのものではない。
そうでなければ、デーモンたちを大量に配置し、自身の作った生命体を取り巻きにしていた金色の魔王の月匣から生き残ることなどは不可能。
そうでなければ、先のマジカルウォーフェアにおいて、守るものを一つ抱え魔王とウィザードの精鋭たちの混成部隊を退けることなどはさらに不可能。
それを侮り斬られた侵魔のなんと多いことか。
たしかに剣士として卓越した経験と非凡な才能、それを元にした技術をもって戦っているものの、それだけでその戦跡を語りきるのには無理がある。


彼の本質はもっと違うところにある。
一番の本質といえば諦めの悪いその性格になるのだろうが、戦場においての本質となると少し意味が変わってくる。
彼の戦場下における本質とは、現状を把握し、彼我の力を正確に把握し、相手の持ち味を封じ、自陣営の能力を発揮する力。
つまりは戦術構成能力だ。
本人が犠牲を許容できない性質であり、またその能力上指揮官や参謀を任せるのは無理だが、こと4人組のパーティであるのなら彼がいることでその能力は数倍にもなる。
彼自身も気にしていないのかもしれない。けれどその能力があってこそ、彼は今までの激烈で熾烈で苛烈な戦場の数々を見事に渡り終えてきたのだ。

その柊蓮司が、わざわざ敵の視界を塞いでおいて、なんの策もなく単体の地力で劣る仲間を突っ込ませるわけがない。
すなわち、先の一人は『囮』。
氷で視界を塞いでいる以上は霧の向こうの二人が遠距離攻撃をするのは仲間を誤射する可能性がある以上は避ける。
ならば本命は隼人にかかずらって意識をそちらに向けた瞬間、時間差で突貫する柊自身であるはずだ。
そこまで読みきり、侵魔は笑う。囮は片付けたのだ、気にする必要などない。
そして今度こそあの付与魔法使いの小娘が割り込むこともない。
何より、柊蓮司とて人間だ。目の前で仲間を殺されて、気にならぬはずもない。なにより、この男の唯一のネックが『仲間』だ。
確かにそれがある限り諦めないが、その状況になれば計算高いはずのその理性は簡単に吹き飛ぶ。

柊が怒りの言葉と共に振り下ろす斬撃。それは確かに侵魔を切り裂いた―――はずだった。
彼が切り裂いた侵魔は、即座に氷に溶けて消える。くすり、という笑い声はその背後から聞こえた。

「忘れたか?貴様には一度見せていたはずだがな。私の本職は夢を司るものだ。
 その力もあまり攻撃に向いたものではないものばかりだが―――この程度は使えるぞ?夢の世界で切り裂かれたとて、私の体には傷一つつかぬ」

おかしそうな笑い声。夢を操り、柊に侵魔を斬り殺した、というのを見せかけてその刃に空を切らせたのだ。
侵魔はその言葉をついで、酷薄に、楽しげに、狂ったように笑って―――告げた。

「面白いものは見終えたか?では―――死ね」

同時。
だぢゅどぢゅばぢゅずぶぐばずんっ!と。
白い闇の中で、鋭いものが水の詰まった皮と肉を貫く音と叫び声が上がっては―――喜悦に表情を歪ませる侵魔以外の誰にも届かず、消えた。


氷にも質量がある。
荒れた気流に巻き上げられていても、その風さえなくなれば一つ、また一つと氷の粒は落ちていく。
白い霧を作りあげていた氷が落ちていく。
その霧の先をじっと見続ける司とノーチェ。
視界を塞ぐため、遠距離射撃系能力者の二人は攻撃することができない。白い霧の中に駆けていった二人を信じ、その先を見続ける。
やがて晴れていく氷霧。そこには

―――笑みを崩さぬまま立つ、金髪の娘がいた。

視線に気がついたのか、その笑みを浮かべたまま見ていた方向から外し、彼らへと向き直る。

「なぜ生きているのか、という表情だな。
 簡単だ。貴様らの策ごときを、この私が読みきれぬとでも思っていたか?侮るのも大概にしろ、人間風情が」

そう告げる割に、怒っている様子はない。
むしろ、『何か』を楽しんでいる様子ですらある。
司が嫌な予感を押し殺し、たずねる。

「へらへらしやがって。何か楽しいことでもあったのかよ?」

彼の言葉の何がおかしかったのか。
侵魔は紅い月を見上げ、胸を大きくそらし、爆発するように哄笑をあげた。まるで月にすら噛みつかんばかりの笑い。
見るものを萎縮させかねないほどの狂喜に、中てられそうになるほどだ。
彼女は噛みつかんばかりの狂気を迸らせ、その言葉に答える。

「楽しい?あぁ、これ以上の楽しみがあるものか!
 我らは人を食らうもの、我らは世界を食らうもの。世界を食らうために、世界を守るモノを食らい続ける諦めの悪い悪食共!
 その悪食にとって一番のご馳走というのはな、力ある守るもの―――ウィザードの存在に他ならない」

人間の中で、ウィザードたちは通常の人間とは比べ物にならないほどの存在の力―――プラーナを有している。
プラーナを奪って生きているエミュレイターはより強力なプラーナを狙って動くが、巨大なプラーナを持てば持つほど当然ウィザードは強い。
侵魔は哄笑を上げながら、続ける。

「だがそれ以上に、だ。純粋に自身に傷をつけたものに報復するというのは楽しいものだろう?」
「やり返すいじめられっ子かてめーは。
 悪いが俺はそんな根暗じゃないんでね、やられたらやり返すのは当たり前のことで殊更楽しいと感じたことはねぇ」
「なるほど、平行線か。だが……これを見ても冷静でいられるか?」

侵魔は嗤ったまま軽く手を振る。
ずばん、と何かを切り裂く音がして、霧の一角が吹き払われた。そこにあったソレは


―――不揃いな剣山と、ピンを刺しすぎた昆虫標本の虫を想起させた。



地面から天を突くように伸びた、不揃いな角度の無数の肉色の槍。
肉色の槍のところどころは怪しく紅に濡れ、赤い月の光に照らされてより赤さを増す。
槍は、たった一つの『もの』に対して必ず触れているようだった。
『もの』は、一つが親指ほど太さの肉槍によって支えられた、標本のように串刺しの姿のまま、槍の刺さっていない右腕だけをだらりと垂らしたままぴくりともしない。

ふくらはぎから進入した槍が、太ももから先を出す。
右の腰から突入した槍が、左の腹からその先端を見せる。
背中から没入する槍が、胸から全体を赤に塗らして顔を出す。


いくつも。いくつもいくつもいくつもいくつも。


無数の槍に貫かれ、地に足をつけられないほど。
全体重を肉の槍に支えられ、それでも抵抗する様子はない。
いつもの強いまなざしは閉じられ、剣こそ握ったままであるものの力強さなど欠片もない。
白い刃の剣には赤い液体が伝い、剣先から定期的に地面に赤い雫をぽたり、ぽたりと流し落とす。
呼吸の際の身じろぎすら見られない。もっとも、あれだけの槍に貫かれて内臓が無傷なはずもないだろうが。


そんな変わり果てた姿で―――柊蓮司が、そこに『あった』。


ウィザードでなければ歯の根が噛みあわなくなりそうな、赤一色の、幻想的でありながら世界中の悪意を集めたような禍々しい光景に浮かぶ、一つのオブジェ。
普通の人間ならばそんなものを見たら卒倒してしまいそうな光景。
ノーチェですら息を呑んだ。彼女の知るオスマントルコの英雄も、ここまでの仕打ちをしたところを見たことはない。
彼女のそんな姿を見て、満足そうに侵魔が嗤う。

「はははははっ!なかなか面白い形だろう。人間のオブジェなど珍しいものではないが、ここまでの素材で作ったものはない。
 さっきまではあの忌々しい目で生意気にも睨んでいたが、体にこれだけ私の一部が食い込んでいるのだぞ?
 命を握られているということを嫌と言うほどわからせてやったら、少しやりすぎたようでな。ぴくりとも動かなくなってしまった」

よく見れば彼の体は肉の槍に貫かれているだけではなく、他にも削り取られたような傷痕や穿たれた穴、いまだ突き刺さる硬質化した長い金色の髪針などが散見する。
そこかしこから血が流れ、肉色の剣山の生え際はすでに赤い液体によって池が出来ていた。
赤い月は赤い池に映り、より怪しげに照り輝く。

「……せよ」

息を呑んだノーチェには、隣でぽつりと司が呟いたのが聞こえた。
え?と口から間の抜けた声を出しながら振り向く。司はうつむいたまま、拳を握り締めた。

侵魔はまだ語り続けている。
笑いを引っ込め、警戒すべきものを睨むように身動きのとれず息をしているかも怪しい柊に向けて左手を向ける。

手の平に生まれる二重の魔法陣。見た目からして今までの魔法とは一線を画するのが分かる。
魔法陣は燐光を放ちながら、何もない空間から光の中にあるプラーナを収束してより巨大な光の力を溜める。
それは人一人どころか、消そうと思うのなら家の数軒軽く吹っ飛ばしかねないほどの力の渦。魔法使いならばその威力を想像できないはずもない。
今の柊にはかわす術もなければ防ぐことすら不可能。あんなものを食らえば、動くこともできないほどダメージを負ったウィザードなどひとたまりどころか塵一つ残らない。

「とはいえ……この男の諦めの悪さは酔狂では語りきれん。今の内にとどめを刺してしまうべきだろう、形があるうちは諦めんだろうからな。
 骨の欠片も残さず消え去れ。<ジャッジメント―――」

そう、侵魔が言い終わる前に。
司が拳を思い切り地面に叩きつけた。
冷気が侵魔の真下から吹き上げ、巨大な狼の顎のごとくに氷の柱が一瞬で地面から生え、彼女をはさみ込む。
司は赤い瞳を怒りに燃えるようにたぎらせながら侵魔を睨む。


「そいつを放せよって、言ってんだよこのバケモンが……っ!」

上月司は、基本的にものを斜に構えて見る少年だ。具体的に言うと、兄と金のこと以外ならばクールな頭脳と考え方を持っているのだ。
あまり群れるのも得意ではないが、それなりにやんちゃな部分があるためそんなところもあいまって総合的に子どもっぽく見えるものの、基本的には氷のごとく冷静である。
それがこうやって、言葉の上だけでも怒りを示すのは非常に珍しい出来事だ。

そんな彼の怒りを込めた一撃をまともに受けた侵魔。
しかし、氷の柱がずぐり、と鳴動し、白く華奢な右手が氷の中から突き出た。次の瞬間、氷塊に白いひびがはいり、ぱきんっ!と澄んだ音を立てて砕ける。
砕け、それでも巨大な氷塊が轟音とともに砕けていく中から、金髪の侵魔が不機嫌そうに現れる。
その視線を真っ向から受け止め、司は侵魔を睨みつける。侵魔はふん、と鼻を鳴らした。

「……邪魔をするな。さっきまでエサだった人間が、こんな子ども騙しで私を止められると思っていること自体がおこがましい。
 今すぐ命乞いとともに逃げ出すのなら、見逃してやるが?」
「はん。その子ども騙しの力がなけりゃそいつに殺されるところだった奴にエサなんて呼ばれる筋合いはねぇ」

その挑発に、さすがに黙っていられなくなったのか侵魔は未だ二重魔法陣のくすぶり続ける左手を司の方に向けた。

「ずいぶんと口が回るな、小僧。その口を今すぐ塞いでほしいのか?」
「口で人間に勝てないようじゃ、お前の底の浅さも透けて見えるな」
「―――よかろう。柊蓮司も黄泉路が一人では寂しいだろうからな、先に送ってやる」

そのまま、魔装を解き放つ。
同時に光の塊が司の真上に出現。彼を中心とした空間に雨のごとく降り注ぐ。
先にも言ったがその威力は家の数件軽く吹き飛ぶ力だ。周囲を巻き込むその魔法を、まともに食らえば確実にノーチェも巻き込まれて二人とも倒れる。
魔法障壁一枚程度ではその威力を削いでもほとんど意味をなさない。
そして、ここで司とノーチェが倒れれば、それは全滅を意味する。
しかしそれでも、司はその死の雨から目を放さない。たとえこうなるとわかっていても、彼はあのまま柊にとどめが刺されるのを黙って見ているわけにはいかなかったのだ。
そこに後悔などない。後は、なりゆきをただ見守るだけだ。

そうやって降り注ぐ光をただ見ている彼に、傍らのノーチェがささやいた。

「……司、結界維持を頼みますであります」

その声は、まるで残りの全てを彼に任せたかのような声色だった。

同時。彼女は水晶球から手を離し、水晶球を蹴って司をかばうように月衣で浮遊し、体を翻す。
それは、まるでおとぎ話のような光景だった。
聖女がその身をもって審判の矢から他者を守るような、一枚の絵画のような光景。
ただし彼女は聖女では当然なく、それどころか背徳者である吸血鬼であり。彼女をうちぬくのは世界を食らう強大な魔であった。
そして―――その小さな体は、抵抗らしい抵抗も見せずに大量の光の雨に撃ち抜かれた。

光の雨は、少女を木の葉のように舞い上げ―――軽い体とともに、ひらひらとゴシックロリータの服を風に弄ばれながら、彼女は爆光の中で生まれた煙の中に消えた。


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