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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第05話02

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第五章 『幻想殺し』 _Project_■_■_後編


 区切られた結界の中で、存在そのものに負荷を加えられ、黒山のように群れていた侵魔の群は、跡形も無く消し飛んでいた。
 大量のプラーナを使っても戻ってこられないほどの力。
 それは、圧倒的で一方的な搾取であり、虐殺だった。

 瓦礫ごと消し飛び、平坦に均された大地に視線を向けて、彼女は言う。

 「―――ったく。十把一絡げに一山幾らの下級が、のぼせ上がってんじゃないわよ」

 波打つ銀色のウェービーヘア。超越者の証である金色の瞳。傲岸不遜に悪態をつく声は、鈴を振ったように美しい。
 そこだけ見れば、数瞬前の圧倒的な破壊とはつながりようの無い華奢な少女の姿。

「……ベル」

 柊に愛称(なまえ)を呼ばれ、彼女は―――、裏界第二位の実力者『蝿の女王』ベール・ゼファーは、幼さの残る顔に、獰猛な笑みを浮かべた。

「柊蓮司」
「……。なんだ?」
「相変わらず頭悪そうな貌ね」
「余計なお世話だ馬鹿野郎!! 他人の顔みて最初に出る言葉がそれかいっ!?」

 びしり。と、思わず柊のツッコミが飛んだ。

「そうね。そんな当たり前の事、いちいち確認するまでも無かったわ」
「―――てめぇなァ………」

 八つ当たり気味にイヤミを飛ばすベルを、睨みつける柊蓮司。
 御坂美琴は、いきなり発生した奇妙なシーンについていけず、目がシマウマ状態である。

「柊? だれ、この人?」

 やっとのことで、それだけを言う。

「ベール・ゼファー。コイツも俺らの世界の魔王だ」

 事も無げに柊に告げられた言葉が、美琴を混乱させた。

「魔王ってこの子が!? この私と同い年ぐらいの女の子じゃない!?」

 御坂美琴とて、今時のチューガクセーである。毎週月曜と水曜にはコンビニで漫画雑誌を立ち読みするし、毎月十日には本屋を物色している。
 そして、自室のベッドの下に押し込んでいる巨大熊の縫い包み『きるぐまー』の中には、規則で禁じられている携帯ゲーム機も入っているのだ。
 そんな御坂美琴が、魔王といわれて最初に思い浮かべるのは、ファンタジー系RPGのボスキャラである。
 ゲームでは、魔王という存在(キャラ)は大抵、悪の象徴であり、諸悪の根源で、角が生えていたり蝙蝠の翼があったりと、いわばバケモノそのものだ。
 普通に売っているオカルト本にも、蜘蛛だの蛇だのという、怪物の姿で解説されている。
 そうやって語られる姿と、目の前の少女とでは、余りに違いが在りすぎはしないだろうか?

「もう一つ言っとくと、うちの世界の魔王ってのは、大体こーゆー姿だぞ」
「マジ!?」

 第八世界特有の事情に、カルチャーショックを受ける美琴に、まさに追い討ちを掛けるように




「外見で判断して欲しくないわね、異世界の超能力者。そんなもの、我々裏界の存在にとって対した意味は無いの。
 それに私は『大魔王』。その辺に生えてる『雑魚魔王』と一緒にしないで欲しいわね」
「ざ、『雑魚魔王』って………、何よそれ」

 『雑魚魔王』。
 それは、第八世界『ファー・ジ・アース』において、あまり力が強くないものの人間世界に致命的な危機を与える侵魔の呼称だ。
 大抵は、運命に選ばれ覚醒したばかりのウィザードが相手をするものだが、やはり、この辺も第八世界特有の事情であろう。
 事情を良く知らない美琴からすれば、言葉の響きが与えるインパクトは相当なものである。

「そういえば、アイツと一緒に居るって魔王も、女の子だったわよね――――。
 さ、流石異世界。いろいろぶっ飛んでるわー」

 結局、そう流すのが一番だった。

「で、ベル。お前一体何しに来たんだ?」

 取り敢えず、自分を納得させた美琴が黙り、そして柊はベール・ゼファーに問いかけた。
 てめぇ、一体何企んでやがる。
 詰め寄る柊に、

「ふん、あんたらが困ってるみたいだから助けてやったんじゃない。
 あ、柊蓮司。これ貸しイチだからね」
「巫山戯んなっ! つーかんな事頼んでねぇってか、話逸らしてんな!
 相棒ほったらかして、いままでどこで何してやがった!
 まさかこのデーモン大量発生に、一枚噛んでるんじゃねぇだろーなァ」

 大魔王は、心外だと貌にありありと書いて、

「まさか! あいつらはパールの配下よ!! つまりあたしの敵!!」
「ホントだろうな、おい」
「あのねぇ、何であたしが自分の配下をブッ飛ばさなけりゃなんないのよ!!
 あたしは単に、アゼルのところに行こうとしてただけよ!!
 そんでもって、アイツラが身の程知らずなにも下らない戯言のたまってたから、ちょっと灸をすえてやったんじゃないのよ!!」

 すねた子供みたく、睨みつける。

「ったく、折角助けてやったのに、ナマ言ってんじゃないわよ!!
 序でだから教えといてやるけども、あの下級どもの狙いはアゼルよ。パールにとって、今一番目障りなのは、アイツだもの。
 だから、あんたと遊んでる暇なんて無いのよ!」

 蝿の女王は、傲慢に言い置いて宙に浮かんだ。

「てめぇ、何処行く気だ」
「頭悪いわね柊蓮司!! 決まってんでしょ、アゼルのところよ!
 あんの馬鹿、変なヒューマニズムなんぞに目覚めやがって、あんな下級如きに追い詰められてるなんて、仮にも『魔王』の名前が泣くわよっ!!」

 大気を切り裂いて、魔王少女は空を翔る。
 言葉面は怒っていても、心で案じる怒号を吐く魔王に、暫し呆然となった柊と美琴だったが、ハッと正気に返って箒に跨った。
 と、その瞬間、柊の0-Phoneが振動する。
 ハンズフリー設定の向うから、その声はこんなことを言い出した。

『もしもし、蓮司? すぐに迷子の捜索に移って欲しいで在ります』



 マーセナリー・オブ・イタリアンヴァンパイア。
 ノーチェという名の吸血鬼(ウィザード)は、柊が聞き間違えていない限り、上条当麻を見捨てろ。と、そう言った。

「は? ちょっと待て!! ノーチェ、てめぇ自分が何言ってんのか判ってんのか!?」
『重々承知で在りますよ。
 納得してもらう為に状況を説明すると、現在、学園都市に大量発生しているデーモンは、アゼル・イヴリスを狙っているようで在ります。
 そして、アゼルたちが第六学区に移動したことで、そこに続々と集まっているところであります』
「だったら―――!!」
「尚更、急いであいつを助けに行かなくちゃならないじゃない!!」
『その声は美琴でありますな。二人とも先走りすぎであります。まだ話は終わってないのでありますよ。
 ―――で、ありますから、デーモンはアゼルを攻撃するために第六学区に移動しているのであります。
 逆説的に、他の場所ではデーモンの脅威が薄らいだというわけでありますから、今のうちに住人の避難を完遂してしまおうというのが、極上生徒会の判断であります。
 そういうわけで、現在最大の懸念事項は迷子であり、元々、上条当麻を保護したら蓮司たちにも、捜索を手伝ってもらうつもりでありましたからな。
 現在、アゼルたちのところにはベール・ゼファーと思しき反応が向かっているようでありますから、蓮司たちには其方よりも、迷子の方を優先してもらいたいのでありますよ』

 絞り出すような苦い声で、柊は呻くように、

「―――後は、全部ベルの奴に任せろって言うのか?」
『いいえ、優先順位を考えろといっているのであります』

 何時に無く、ノーチェは真剣に返答する。

『方や『大魔王』級のエミュレイターが二体ついている男子高校生と、方や能力者とは言え十歳程度の女の子。
 どちらの方が危険か、判るでありましょう?』

「………わかったわ」
「美琴!?」

 沈黙を挟み、了承したのは御坂美琴だった。

『美琴が頷くとは少々予想外でありますな。自分で言ったことながら、本当に宜しいので?』
「宜しくなんかないわよ。ホントなら今すぐアンタを灼きたいぐらい。
 でも、アンタの言うとおり、どっちの方が危険かって言えば、そんなコト比べるまでも無いもんね」

 納得などしていない。今すぐにでも上条当麻がいる戦場に飛び込みたいのだ。
 それでも、迷子の女の子を見捨てるという選択肢は無かった。
 パンパン。と頬を叩いて。美琴は一つ息をついた。
 都合の良い科白かもしれないが、御坂美琴は上条当麻を信じている。
 拳一つで学園都市最強に立ち向かい、勝利した最弱を信じている。

 だから―――。

「迷子なんぞに成ったその馬鹿娘を見つけたあと、ソッコーでアイツのところに向う。
 それで良いわね」




 対多数戦の鉄則は、決して取り囲まれないこと。仮令取り囲まれたとしても、攻防の主導権を常に持ち続けること。
 常に攻め手を持ち、決して護る為だけに護ってはならない。防御は須らく次の攻撃への布石で無ければ成らない。
 それが出来なければ、戦場は民主主義に席巻されマイノリティは排除される。
 進むべきは覇道。群衆を搾取し略奪する専制君主たれ。

「ッオオオオオオオオオオ――――!!」

 上条の空気が、大気を弾き飛ばす。
 握られた右手に敵(デーモン)が接触すれば、ただソレだけで裏界の侵魔は塵となる。
 『幻想殺し(イマジンブレイカー)』
 ソレが異能の力であるのなら、喩え神様の奇跡であっても打ち消す右手は、こと異世界の悪魔に対しても必殺を謳う。
 しかし、その絶対の切り札でも、一度に斃せるのは一体だけ。秒単位で膨れ上がる侵魔の数を前にしては、劫火の前のせせらぎほどか。

 そもそも、上条当麻は戦闘のプロでもなんでもない、ただの高校生である。

 路地裏の喧嘩でも一対一ならなんとか勝てて、一対二になれば危ない。一対三以上ならば迷わず
逃げる。
 上条の戦闘力など、精々がその程度である
 そして、第六学区の廃墟には、大地を埋め尽くすほどの侵魔が集まっていた。
 一対一〇〇とか、二〇〇とか。
 彼我の戦力差は、そんな数え切れるほど生易しい比率ではなく、正しく一対無限大。
 数え切れないと言う点において、その表現に齟齬はない。
 まともにぶつかれば、ほんの数秒と持たないだろう。数の暴力という、冷徹な法則が其処にはある。

「■■■■■ァッ!!」

 人在らざる咆哮をあげて、鉈を連ねたような腕が襲う。
 人間の頭蓋骨など、まるで西瓜のように砕くであろう凶手。
 そんなものを上条が受ければ、間違いなく人生のエンディングを迎えることになる。しかし、

 ゴシッ。と、鈍い音を立てて、鉈爪は止められた。

 受け止めたのは、黒い帯を巻きつけた細い腕。
 見た目は華奢でも、仮にも魔王の腕、下級侵魔の爪如きで砕けるものではない。
 しかし、その陰に隠れるようにして、別の個体が闇を吐き出す。

「■■■■■ォッ!!」

 鋭利な刃となった闇(ソレ)は、爪を振り下ろした同胞の身体を貫いて、アゼルの眼前に出現する。
 『幻想殺し』で防御は(パリィ)は出来ない。
 タイミングを合わせるように、爪を振り上げて、死角から侵魔が跳びかかかって来たからだ。
 <ダークブレード>が頬を掠める。
 咄嗟に首を捻ったものの、断たれたアゼルの銀髪が数本宙に舞った。

『     ッァ―――!!』

 回避の勢いをそのままに、二人は右足左足を一歩前に踏込むと、向かい合わせに体を捻り、反転する。
 ハンマーフォール。
 握り合った右手と左手が、真上からデーモンの鼻面を打ち据えた。
 『幻想殺し』が発動し、その個体が塵に帰るのを捉える前に、最初に爪で攻撃し、再び逆手の爪を振り上げる下級侵魔に向かって再度向かい合わせに反転し、右手左手を突きつける。
 確実な消滅を前にして、その侵魔は攻撃を中止、バックステップ。ソレと同時に他の個体が攻撃魔法を放った。


 上条たちは、一歩『前』に進んで闇の刃をやり過ごす。
 一秒前まで侵魔が立っていた場所に立って、無理な後退で体制を崩した個体に、幻想殺しを叩き付け、同時に地を蹴って再び空いたスペースに跳びこむ。
 尾を引いて、十字砲火のダークブレードが二人を掠めて行った。

 少数対多数の戦闘において、自身が少数の立場で迎え撃つというのなら、地の利を得る為に戦場は入り組んだ場所であることが好ましい。
 多数であるという強み、即ち数で押すという戦法を封じ、各個撃破が可能だからだ。
 だからアゼルが戦場に選んだこの場所は、戦術的観点から言えば赤点である。
 学園都市第六学区の廃墟。魔王アゼル・イヴリスが消し飛ばした区画。涸れ果てた荒野は一面に平坦で、水平線の向うに他学区の建物が見て取れる。
 何よりも、この場には一切の遮蔽物が無い。犇く敵は基本的に不死身であり、敵個体そのものを遮蔽にすることは出来ない。
 確かにココならば、何らかの事情で上条の右手がアゼルから離れてしまったとしても、被害を最小限に押さえ込めるだろう。
 だが、地の利は確実に敵の元にある。二人が窮地に在る事は明白だ。

 ソレなのに二人が、何よりただの高校生である上条当麻が、ココまで生き残っている。
 それには、二つの理由が在った。

 一つは、彼らを追いかけてきたウィザードたち。
 アゼルを殺そうとしている目的は同じでも、侵魔の群と同盟関係にあるはずが無く、群の大半が彼らに向って攻撃を集中していた事。

 そして、もう一つは、侵魔の攻撃がアゼルに集中している事だ。

 侵魔の目的は、『荒廃の魔王』アゼル・イヴリスの排除。上条は謂わばアゼルに付けられた枷のようなものである。
 荒廃の力を抑え、あらゆる魔法も特殊能力も封じ込め、そして庇うことによって行動すら制限する。
 だから、デーモンの爪も魔法も、そのほとんどがアゼルに集中し、ソレを彼女が受けきっているが故に、右手以外は脆弱な人間である上条当麻は、未だに息をすることが許された。
 アゼルが身体に巻いている黒い帯は、解れ千切れ所々露出していたが、それに劣情を抱く余地は無い。
白を通り越して蒼白な肌には、青黒く腐った果実のような内出血の跡とか、潰れた果菜のような裂傷痕が刻まれている。
 露出しているところ、即ちそこは傷を受けている場所。
 満身創痍。
 そんな感情など、まとめて綺麗に、何処かに吹き飛んでしまう。

 侵魔の攻撃は止まない。

 鉈を連ねたような爪が、闇で作られた刃の魔法が、際限なく二人に襲い掛かる。
 それらを、かわし、すかし、回避して、上条とアゼルは侵魔が犇く廃墟を駆ける。

 いきなり視界が開けた。

『っ!?』

 包囲網を突破したのかと辺りを見回せば、何も無い空間に、薄く蒼く境界のカベが、二人を取り囲んでいた。

「………これって、月匣?」

 ポツリと、アゼルが呟く。
 彼女ら裏界の侵魔が、世界結界の内側で力を振るうときに展開する、異界法則を刻んだ箱庭。
 ソレが発現する際、空には必ず裏界の紅月が現れる。
 しかしこの匣は、侵魔が作り出したものではなかった。魔法大戦(マジカルウォーフェア)以降、ウィザード全員が月匣を展開する能力を得ている。
 侵魔のソレとウィザードのソレとの相違点は、空に浮かぶ月。色とその有無のみ。 
 システムに割り込むウィルスのように、蒼い世界を作り上げたのは、


「やっと……、追い詰めたぞ。アゼル・イヴリス!!」

 機械箒の上から、彼は魔王と異邦人を睥睨する。

「―――貴方、凄いのね。
 ウィザードの月匣はイノセントを隔離することは出来ても、私たち侵魔を排除するほどの力は無いって聞いてたけど……」

 蒼き月の匣に刻まれた法則は、『月匣への侵入離脱の禁止』と、『アゼル・イヴリス以外の侵魔の排除』。
 ウィザードの月匣にしては、破格の性能である。

「人間を嘗めるな魔王。
 定命の定め無きが故、留まり続ける貴様らと違い、我ら人間は常に進化する」

 まるで色水が染み出すように、出現するウィザードたち。

(詳しく理屈はよく解らないけど、複数のウィザードが一緒に展開して機能を強化したのかしら? だから、発動に時間がかかった)

 魔法使いたちは、上条とアゼルを取り囲む。デーモンに比べ数は減っているし、不死身でも無い。しかし、それは危険度に劣るという訳ではない。
 彼らは、槍のような箒を構えた。
 木々の精霊を思わせる、穢れ無き緑の光が、穂先で煌輝する。
 二人は身構える。右手と左手を硬く握り締めたまま。
 青い世界の中心で、対峙する。

「………。私を、殺すの?」

 当然。と、男は言った。

「上条君も……、殺すの?」

 否。と、ウィザードは首を振った。

「え?」
「お前が大人しくしているのなら、殺す理由はない」

 その言葉に、アゼルの肩が小さく揺れる。

「貴様が逃げ回ったのなら、そこの男ごとでなければ、殺すことなど出来ないだろう?」

 だから、アゼル・イヴリスが大人しく殺されるというのなら、上条当麻を殺す理由などなくなる。
 夜闇の魔法使いは、まるで御伽噺に出てくる悪い魔術師のような貌で、そう言った。

「………」

 揺れる。
 心が揺れる。
 ぐらぐらと。まるで支えを失ったガラクタのように。

 我慢ならなかったのは、上条当麻が殺されるという事。
 この身は魔王。そこに在るだけで、世界を涸らす真性の怪物。彼らウィザードからすれば、ただの敵でしかない。
 だから、自分が狙われることは、理解できるし、納得できた。
 けれど、上条当麻が狙われることは、納得できないし、そんな理由を理解などしたくなかった。
 忌まわしい力、世界を殺す荒廃の力。
 ソレを受けても、力に犯されない誰か、そんな誰かが存在すること自体がアゼルの幻想。
 その幻想を護りたかった。失いたくなど無かった。


 だから、
 だから、アゼル・イヴリスが死ねば、上条当麻が助かるというのなら―――

「止めろ、アゼル。
 そんなことされても嬉しくねぇ」

 冷水を浴びせた様に、上条の言葉がアゼルを打った。

「でも……」
「でも、じゃねぇ。ココでお前が死んだら、俺は苦しい。
 大切な誰かが苦しんで、傷ついて、でも自分には何にも出来なくて、どうしようもないって苦しみに襲われる―――」

 焦り。辛く。苦しみ。痛み。恐き。震え。叫び。涙を流す。

「だから、止めてくれ。
 俺の事を本当に大切に思ってくれているのなら、そんな重たい衝撃を、俺に与えないでくれ」

 二の句が接げない。
 反論できない。
 アゼル・イヴリスは上条当麻に死んで欲しくはない。
 今この場において、上条が無事で居るには、自分が消えるしかない。
 それ以外に、道は無いというのに。
 だから、アゼルは黙して一歩前に出た。その姿は、まるで刑場に向う死刑囚のよう。
 自分では、上条を変説させられない。
 上条が背負っている物を、何も知らないのだから、口を出す事はできない。
 ならば、何も言わずに幕を引く。そして、この幻想を護るのだと。

 しかし、

 一歩だけ、上条は後ろに下がった。
 右手と左手が強く引っ張られる。
 不意を打たれたアゼルは、上条の手を離さないように一歩後ろに下がりなおす。

「……どうして?」

 上条は答えない。
 語るべきことは、すべて語り終えているのだから。

「は」

 ウィザードが笑った。

「何を言い出すかと思えば、上条当麻。
 ソレは魔王だ。人と相容れぬ怪物だ!!
 貴様も見ただろう、この惨状を!! 貴様も知っているだろうソレの脅威を!!」

 腕を開き、指を伸ばし、指し示すように。

「この街を壊したのはそいつだ! この街の住人を殺したのもソイツだ!!
 甚大な被害を、五桁を越える犠牲者を、生み出したのは紛れも無い其処のソレ!! アゼル・イヴリスだ!!」

 ただの少年に、突きつける。

「土星域での会戦にも! 堕ちたる守護者の開放にも、ソイツは関わっていた!!
 直接的に間接的に、ソレが殺した人間の数など、人の知りうる数字では表せぬ!! それでも―――!!」

 それでも、お前はアゼル・イヴリスの味方をするのか




「―――ソイツは、護る価値のある存在だというのか!!」

 上条は息を吐く。

「……護る価値が、在るか。だって……?」

 力強く。
 其処に、砂粒ほどの躊躇は無く、原子ほどの諮詢も見せずに。

「―――当たり前だろうがッ!!」

 ざわっ!! 色めきたつウィザードたち。驚愕と、ソレより強い怒りが彼らに伝播する。

「如何言う、ことだ」

 感情で人が殺せるのなら、この一瞬で百人ばかり死なせているだろう。彼は、果てし無い怒りを静かな口調の裏に隠している。 
 上条は、微塵ともその瞳を揺らがせず、

「正直、元の世界で、アゼルがどんだけ悪(ワル)だったかなんてこと、俺は知らない。きっと、お前の言った通りなんだろう。
 今回のコトだってそう。全部、現実にアゼルがやっちまった事だ」

 彼女が第六学区を消滅させたこと、五桁以上の人間を殺したことは変えようのない事実。否定のしようも無い現実。
 誤魔化せない。ソレが、紛れも無い罪だと、理解している。
 償わなければならない罪業(モノ)だと、解っている。
 でも、

「でもな、それがアゼルを殺していいって理由にはならねぇだろ!!」

 喩え人殺しの命でも、ソレを奪ってはいけない。とか、死ぬ事は償いにならない。とか、そんなコトを言うつもりは無い。
 そもそも、あの場で唯一人生き残った、被害者ですらない上条が、口を出していい問題ではない。
 それでも、上条当麻は、ただ、
 アゼル・イヴリスに、死んで欲しくなんてないのだ。

「現国赤点な俺の頭じゃ、上手く言葉になんかできねぇけどよ―――」  

 それは、
 この世界が大好きだと、この世界のみんなが大好きだと、護りたいのだと、そういった彼女の言葉だとか。
 たった今、自分を犠牲にしてでも、上条を守ろうとした事だとか。
 魔法も異能も使えない状態にも関わらず、腕を身体を、青黒く腫らし傷つけてでも、上条を庇った事だとか。
 命を狙われ、武器を向けられても周りが敵だらけでも、死んで欲しくない、殺したくないと、決して握り締める事を止めない、この右手に伝わる左手の感触だとか。

 そんな、魔王らしからぬ彼女(アゼル)の優しさを―――、 

「護る価値があるのか。だと? 嘗めるんじゃねぇよ!! それを知ってる俺が、アゼルを見捨てるわけがねぇだろうが!!」

 蒼き月匣を揺るがすほどに、上条当麻の怒号が炸裂する。


「そうか」

 ウィザードは静かに、しかし苛烈な怒りを滲ませて、

「『幻想殺し』上条当麻。
 ならば我々は、お前を侵魔幇助者として抹殺対象と認定する」

 深慮の光が膨れ上がる。
 肥大したエネルギーが、解放を求め危険な輝きを帯びる。
 上条当麻は鼻で笑った。

「はっ、よく言うぜ。端っから殺す気満々だったクセによ」

 そして、

「行くぞ、アゼル!!」

 優しい魔王の左手を握り締めて、大地を蹴った。


行間 五


陰守極秘資料(Top Secret)。

魔王監視部隊隊員名簿。

隊長:葛葉 亨 (クールな桜色狼)
隊員:桂木 卓 (暖かなる小豆色合成獣)
   相川 一 (華麗なる緋色熊猫)
   稲枝 遼 (ばるばるな山吹鮫)
   粟根 紬 (死の焦げ茶色天馬)
   十叶 昴 (素晴らしき翠蝉)
   雨原 忍 (閃光の虹色梟)
   峰百 薫 (幸運な黒猛牛)
   麦奈 勲 (疾風の青銅獅子鷲)
   菫 刻李 (鋼鉄の無色海老)

以上十名。

備考:十人全員ともロンギヌスに所属。
   輝明学園秋葉原分校地下『学園迷宮(スクールメイズ)』での研修中、学園世界への転移に巻き込まれる。



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