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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第07話01

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第七章 東方王国の王女 _selfish_brat_



 白い。

 あくまで白く、果てまで白い世界。
 何処までも高い空も、何処までも広い壌も、ただ白く、影一つ堕ちぬ其処は、窮極であり無限であり。
 何処までも。限りなく白い世界は、しかし処女雪の純白ではなく、白日の下の明白でも無い。

 白痴。
 限りある人で在っては、飲み干す事ができない故より。
 それは『空白(しろ)』としか、表現の術が無い。

 しかし、
 その瞳で、その鼻で、その耳で、その肌で、その舌で、
 見て、嗅いで、聞いて、触れて、味(な)めて、何を意識して。
 前五感と第六感。そして更なる高次の感覚で、彼女は捉え得る。
 白痴なる窮極のシロ。
 凝らせば、僅かばかりの色を見出す。
 ただ小さく、煩雑であって交じり合い、ただ『黒』としか言いようの無いナニカ。

 それは、学び舎。
 それは、街。
 山。川。森。海。そして―――、人。

 まるで大海に浮かぶ群島のよう。
 『空白(しろ)』の中に浮かぶ『存在(くろ)』。
 住まう者が、『学園世界』と呼称する領域。
 交じり合い、身を寄せ合った世界。その一面。
 そして、黒を湛えた白の先。世界の果てを俯瞰する。

 意識は、黒い島々に。
 白空揺らす小波は、無数の『黒』から流れ出す。
 唄う様に、
 何事でも無い、唯の波。
 小さく儚く、揺るがすほどのうねりには遠く、それでも女神の車輪を回すチカラは、空白の中の存在(カノジョ)に、声として解される。

―――何で、何でこんな事が出来るんだよッ!!

―――俺は被害者だ。加害者を憎んで何が悪い

―――はっきり言わないと解らないようだから、言葉にしてあげる

 彼女は―――、
 腕を振るう。
 足を振るう。

 傍目に視れば踊っているかのように。
 ただ、その一挙一投足が小さく世界を揺らす。
 その揺れは、やがて波となり、波濤となって世界を揺らす。
 あたかも、大気の震えが『声(ことば)』となるように。電子の波長が『音』を作るように。その波は、『黒』の一点へと伝わってゆく。
 形もつ人間には、声として届く事だろう。
 或いは、電子を解さねば紐解く事の叶わぬ信号としてか。

―――迷子の保護は出来たので在りますな。
   ならば、もう一つお願いしたいで在りますよ。


―――ナンでこンな局面に限ってあのガキがでて来るンだよ!?

 髪が揺れ、瞳が輝線を描く。
 波と波はぶつかって、描くのは複雑かつ流麗な文様。
 人外の証である異色を湛えたその瞳が、捉えるのはとある街。
 ここ数時間ばかりの騒動の中心。

 超能力開発機関『学園都市』。その―――

――― ?

 ふと、超然の感覚が、別のナニカを捉えた。
 次の瞬間には、それと対面している。
 それが目の前に現れたのか、それの目の前に現れたのか。
 長い髪の小さな女の子の姿をしたソレは、冷え切った瞳で、彼女を睨み付けた。


 学園都市。
 数時間前までは第六学区と呼ばれていた廃墟。
 大量の下級侵魔に囲まれて、四つの人型が在った。
 四つの内三つ。彼ら彼女らは、最後の一人、悪魔の群の、その長と対峙する。

 『蝿の女王』ベール・ゼファー。
 『荒廃の魔王』アゼル・イヴリス。
 そして、『幻想殺し』上条当麻。

 相対する『東方王国の王女』パール・クールは、小刻みに身体を震わせながら小さく。声にならないほどに、小さくナニカを呟いていた。

「(アゼルを、テメェみたいなバケモノと一緒にするんじゃねぇ!! ……ですって?)」

 恐らくは、初めての経験だったはずだ。
 彼女は魔王だ。ソレも裏界で三本の指に入ると言われる強力な堕し神。
 それが、人間に、たかが人間に、突けば潰れる程度の人間に、そんな酷く脆弱な生き物に、正面きって罵倒され、あまつさえぶん殴られて吹き飛ばされるなど、

「巫山戯けんじゃ無いわよ!!」

 思考の広がりは、手に取るように、

 パール・クールは魔王だ。
 僅かとは言え、傷付けられた絶対なる強者の自覚が痛んでいる事だろう。それは、同じ高みに在るものとして、理解できない事も無い。
 渦巻く怒りは烈火の如く。
 人間風情に傷付けられた矜持をどのように埋めるのか?
 如何にして上条当麻という名の人間を、グロく、エグく、ムゴタラシク殺してやろうかと―――、
 その頭蓋の奥では、そんなコトを繰り返しているに違いない。当初の目的など既に星辰の彼方に放り投げて。

(はぁ。)

 ベルの咽奥から嘆息が漏れた。
 こめかみを揉み解す。敵が思考の海で溺れているのだから、これ以上ない攻撃の機会では在る。しかし、視線をずらした先のアゼル・イヴリスが―――、

 アゼルが、不愉快なほどに乙女の表情(カオ)をして、上条を見つめているのが、非常にキニクワナイ。

(ああ、イライラする―――。)

 アゼルは私のものだ。
 攻略フラグを立てるためとはいえ、何だって己の所有物を他人に分けてやらねば成らないのか。
 一体誰がこんな計画を立てたのか。自分自身のこととは言え、思いっきり殴り飛ばしてやりたい。

 燈る光点。

 割とおざなりに、天属性攻撃魔法<スピットレイ>を、九割方本気の<ヴァニティワールド>を、幻想殺しに無効化されて、驚愕に固まる敵に叩き込んだ。

 既にお前の役は跳ねている。
 丁度いいから、退場ついでに八つ当たりの的にでも成ってもらおうか。

「初心な小娘じゃあるまいに、初体験で興奮してんじゃないわよ」

 物質化しそうな圧力で、ベール・ゼファーにパール・クールの視線が突き刺さった。


「あらぁ、ベル。いたの?
 あんまりにも魔力が小さすぎるから、気付かなかったわぁ」
「ふん。
 それって、たかが人間の異能者風情に、攻撃魔法かき消された奴がいう言葉なの?」
「う、五月蝿い!! 何よアレは!! 反則じゃない!!」
「ソレが幻想殺しよ。予習が足らないわね」

 弾かれるように、パールの視線が敵意に溢れる上条の視線と絡み合った。

「………なるほどね。
 それにしてもベル。こんな気持ち悪いものと、よくもまぁ一緒に居られるものね」
「アンタほどじゃないわよ。
 この世界のプラーナを狙うなんて、悪食にも程があるでしょ?
 本来、暴食はあたしの役目。そのあたしですら遠慮したい物をよく口にできるわね」

 幾つもの世界の断片が混ざり合ったこの世界。当然、内包されるプラーナもまた多種多様。
 世界で一番不味いのは、一切の味が無い食品(モノ)だろうが、あらゆる味覚を同時に刺激するものも、舌には不愉快極まりない。

「ふん。
 アンタ如きに、このパールちゃんの偉大な計画なんかわかりっこないわよ」

 高慢に、異装の少女は嗤う。

「抜かせ。
 高々世界一つ如きで、のぼせ上がるなパール・クール」

 『東方王国旗』
 立てた場所をパール・クールの領地とし、其の総てをパールの所有物にする魔導具。
 しかし、世界一つがどうしたと言うのか、
 私は魔王。
 それは、世界を喰い尽すものにのみ、許される名だ。

 世界が揺らぐ。
 ぶつかり合う殺意敵意の波は、音を発てて空間を軋ませる。
 裏界のNo.2とNo.3が睨み合う姿は、容易に世界の終わりを連想させた。

「叩きのめしてあげる、ベール・ゼファー。そして私の足を舐めさせてあげようかしら?」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。パール・クール。
 でも足を舐める必要は無いわよ。あんたの汚い舌で、汚されちゃ叶わないもの」

 同時に放たれた致命的な魔法。
 炸裂する殺意の魔力が、開戦の合図だった。


 モノクロの世界が終わる。
 凍っていた時間は動き出して、序でに満ち溢れていたデーモンたちも消え去っていた。
 随分と、サービス精神旺盛ではないか。

「柊ッ!!」

 少し離れた所から、御坂美琴が駆け寄ってくる。遠目にも困惑している様子が見て取れるが、鏡を見れば、自分も似たような貌をしていると思う。
 先ほどまで言葉を交わしていた知り合いの言を信じるならば、事態は思っていたよりも深刻ではないだろうか?

 思わず、柊蓮司は天を仰ぎ見た。

 星空を向うに、透かしてみせる結界の狭間。
 『ガイドライン』に従って用意された、対魔王用の隔離結界。学園世界中のありとあらゆる術式を混ぜ合わせ、恐ろしいまでの高出力で展開される魔術障壁。
 術式を逆算して中和しようにも、多種多様に絡み合っている魔術式はゴルディオスの比ではなく、彼の征服王の様に力ずくで叩き割ろうにも、常識離れした出力の前に弾き飛ばされる。
 荒廃の魔王を閉じ込める事を考えれば、この無茶苦茶な仕様も頷けない事は無いのだが、突っ込むところはごまんとある……。

(こりゃあ、一度ジジイどもをとっちめた方がいいかもしれねぇな)

 『ガイドライン』を定めたのは『極上生徒会』。しかしその大枠を作ったのは『ジジイ四天王』。

 彼らは、ナニカを知っている。
 柊が教えられた以上のナニカを。

「柊? どうかした?」
「――……いや。なんでもねぇ」

 懐の0-phoneが震えた。
 スピーカーの向うから聞き知った声が伝わってくる。

『ご苦労様で在ります。蓮司』

 マーセナリー・オブ・イタリアンヴァンパイア。
 電話の向う、ノーチェという名の吸血鬼の声に、柊は告げた。

「何モンだ。テメェ……」

 考えれば可笑しな事なのだ。
 執行委員のオペレーティングは、初春が一手に引き受けている。同じ情報系とは言え、別の仕事に掛かりきりであったノーチェが、何故電話をしてくるのか?
 言う事が正論だったからこそ、その指示に従ったとは言っても、流石にこれ以上は放置できない。
 正体不明な誰かに、情報通信を抑えられているなど、致命的ではないか。

 低く。唸るような声に、電話の相手は小さく息をついて。

『はわー。ばれちゃったか。
 まぁ、そろそろ介入が在ると思ってたし。意外でもないか』

 そんな、聞き覚えのある声でそう言った。


「今度はくれはか。
 よっぽどモノマネが好きなんだな、テメェは」

 本人であると言う可能性は真っ先に削除。
 そんな事をする(ニセ電話をかける)意味が無いのだから当然だ。

 電話の向うから返って来るのは抑揚の無い声―――、

『……。そうでもない。必要だからそうしただけ』

 緋室灯の声。そして、

『『私』の言葉よりも、ノーチェさんの言葉のほうが、信憑性があるでしょ?』

 ね。柊先輩? と、志宝エリスの声で相手は告げた。

「………オンパレードかよ。
 で、まだ質問に答えてねぇぞ。テメェは、一体、何モンだ」

 一拍ごとに変化する声は、全て知り合いのもの。
 柊の声に不快感が滲む。

『……聞いていませんか?
 まぁ、貴方の前に現れたこと事態が想定外の出来事でしょうしね、無理も在りません。
 でも―――』

 滲み出す感情を電話越しに感じ取ったか、リオン・グンタの声は、あざける調子に、そしてそれに相応しい声色に変化する。

『相変わらず頭悪いわねぇ柊蓮司。聞かれたからってそんなコト、はいそーですかって教えるとでも思うの?』
「……――――。」
『では柊さん。
 結界基点の防衛も済んだ事ですし、これから私のするお願いに『はい』か『YES』でお返事してください―――』

 ベール・ゼファー、アンゼロットと声色を変える、電話向うの正体不明。

「巫山ッ戯んな! 俺たちはこれから上条を助けに行くんだ!
 テメェみたいなのに付き合ってるヒマはネェ!!」

 怒鳴りつけて、柊は0-Phoneを切った。
 切った筈だったが。

『上条当麻を助けに行く―――ねぇ。
 柊さん。その本人が何処にいるか判ってます?』
「ッ!?」

 異常に目を見張る。
 スピーカーの向うからは、変わらず変わる声が届いていた。

「……ソルティレージュの声かよ。
 いや、てめぇ、俺の0-Phoneに何しやがった!!」
『いやー、そんなコトどうでもいいじゃない柊君。で、上条君の居場所。判るの?』
「真壁翠……。って、第六学区だろうが!!」
『あらあら、ヒイラギさん。その情報は少々旧いですよ?』
「リューナ!? どれだけレパートリーあるんだテメェ!! ッてか如何言う意味だッ」
『んー、其処を気にしてもしょうがないと思うにょーヒイラギ。
 ま、別にいっか。そろそろそっちでも掴んでるだろうし、時間稼ぎに付き合ってくれてありがとねー』 


 ポーリィ・フェノールの声を最後に、向うから通話が切られる。

「ちょ、おい待てコラッ!!」

 慌ててリダイヤルする。
 しかし、かかって来た番号は執行委員の部室のもの。

『もしもし柊さん? 丁度良かった!!』

 嘘でも真でも、電話口に出るのは、初春飾利である。


 豪雨の如く降り注ぐ、光り輝く魔弾の群。
 湯水のように使われる、命の輝き、プラーナの奔流。
 第六学区の廃墟には、少女のカタチをした台風が二つ。
 撒き散らされる殺意の雨は、涸れた大地を殊更に痛めつける。

「あははははっ!! 漆黒の空に穿たれよ、永遠の深紅!!」

 ぶつかり合う二柱の魔王。
『東方王国の王女』と『蝿の女王』
 相食む蛇が如くに、絡み合う二重の螺旋。

「チィッ!! 包め我が夜。虚の世界!!」

 魔法が飛び交い、異能が奔り、華奢な体が大気を揺らす。
 高く低く―――。
 砂塵を巻き上げ結界を軋ませ、悪鬼の怨嗟が閉じた世界に木霊する。

 人智を超えた、力と力のぶつかり合い。壮絶なまでの美を誇る死の舞踏。
 遥かな昔、空を走り大地を焼いた稲光に畏れ慄き、それでも神と崇めたように。強大な『力』はその善悪を問わず人を魅了する。


 上条当麻もまた、人智の及ばぬ光景に、目を奪われていた。


「上条君!!」

 アゼルの声に弾かれる。
 咄嗟に振り向けば、絶叫と共に黒い悪魔が、その腕を振りかぶっていた。
 切出したばかりの丸太よりも、太い筋肉の先には、鉈を五つ連ねたような凶悪な爪が並んでいる。
 あんなもので殴られれば、高校生上条当麻の頭部は、西瓜のように爆ぜ割れてしまうだろう。

(しまった―――ッ!!)

 立てた髪を、突風が弄った。

「てめぇッ!!」

 間半髪。侵魔の豪腕は頭を掠めた空振りに終わる。
 不意打ちに興奮した上条は、侵魔の懐に飛び込み、がら空きの胴体に、魔を祓う右拳を叩き込んだ。

 べちゃり―――。と、嫌な感触を残して、山羊頭の悪魔は消え去った。

「―――ッ? !! 何だ、これ……っ!!」

 違和感の元は、黄色く濁った粘液。
 右手にこびり付いたソレは、大気に溶けるように消滅したが、残った刺激臭が嗅覚を刺す。

「□□□□□ga□□□□□aaaAAッ!!!!」

 次々と、侵魔の波が押し寄せる。
 咆哮が、遠雷のように揺らいで聞こえる。
 泡を吹き、舌を突き出して、大気を震わす大絶叫。けれどソレは、断じて雄々しい咆哮などではなかった。

「ァァ亜亜ァァアC△∴υ#$>ッッ!」 


 毛駄物の口から紡がれるのは、言葉とも叫びとも呻きとも取れる耳障りな音。

 ひとりでに断裂し、再生する筋肉。人外の血が、霧となって漂う。
 開いた口から、喀血と共に噴き出すのは、黄色く濁った膿。
 異臭を放ち腐り堕ちる四肢は、腐りながらに復元し、再生しながらに腐蝕する。

―――イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。イタイ。

 苦痛の悲鳴をあげ、暴れる侵魔。
 苦痛に耐え切れず、仲間同士で喰らい合う。

―――タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ。

 一秒ごとに死にゆくからだ。
 一秒ごとに生まれるからだ。
 死と再生を寸秒の内に繰り返して、その苦痛にのた打ち回る。

「…………。どうなってやがる、一体」

 この侵魔たちは不死身だ。
 爪で裂かれようと魔法で貫かれようと、即座に傷を治して襲い掛かってきた。
 アゼルが言うには、主人から力の供給を受けていて、どんな傷であろうとそれで即座に回復していたらしいが―――、
 今まで、こんな痛々しい回復プロセスは無かった。
 それが、何故。

「*■#■蛾ッ#*#〆■□―――!!!」 

 最早、言語ではない雑音を撒き散らして、山羊頭の悪魔たちは、当たるを幸いに爪を振り回す。 
 その出鱈目な一撃を、易々と上条はかわした。
 大振りの後には、大きな隙。潜り込んで右手で殴れば、一撃で斃せる筈だ。

 けれど―――、

 涙を流し、苦悶に歪む目を見てしまえば、右手に込める力が失われる。
 腐る肉に絶叫して、苦痛に耐える為に喰らい合う姿は、見るに耐えない。
 命を狙ってきた怪物とは言ったところで、苦しみ助けを求めているものを、殴り付ける事は、したくない。

 その躊躇に、一瞬判断が遅れた。

 逆の手が、上条の心臓を狙って翻る。
 伸ばされる爛れた腕を、上条は『左手』で払った。
 巨木のような腕はけれど、高校生の左手に弾かれて、べきり。と、朽木が倒れるような音を発てて、千切れて折れる。
 折れたそばから再生しようとする腕を抱え、蹲る侵魔。同胞を乗り越えて、別の個体が飛び掛ってきた。
 それもまた、力一杯の大振り。弧を描く爪の軌道は、酷く読み易い。
 上条は身を翻して回避する。
 攻撃できないなら逃げるしかない。そんな戦略的な判断と、腐る悪魔への嫌悪感が、後退を選ばせた。
 しかし。

「ッ――――!!?」

 ガクッ。と、体かつんのめる。
 不意打ち気味に体勢を崩されて、無様に大地に転がった。

(なんだ、一体ッ!!)


 慌てて身体を起こす。
 侵魔は爪を振り切った状態で、硬直している。着地の衝撃で足が砕けたのか血と肉片を撒き散らして微動だにしない。
 だが、上条の足首を、ガッチリと捕まえて放さないのは、鉈を連ねたような爪のある手。黒い剛毛に覆われた侵魔の手が、まるで虎バサミの様に右足を捉えていた。

「クソッ!!」

 即座に、右手を伸ばす。

 ソレは、上条の左手で折られた腕。
 筋と神経だけで繋がった左腕は、持ち主の肩から離れて尚、獲物を捕らえるために蠢いていた。
 狂った侵魔はそこいらに、共食いに狂乱するモノたちも、いつ上条にその矛先を向けるか解ったものではない。
 それに、

(アゼルは―――っ!?)

 右手の異能が、拘束を破壊する。
 立ち上がろうとした上条を、取り囲むように影が差した。
 地を転げてから自由を取り戻すまで一秒弱。その間に侵魔たちは上条に狙いをつけていた。

(うあ、マズ………―――。)

 てんでバラバラに、だから逃げ道を塞ぐように、侵魔の爪が振り下ろされる。
 立ち上がろうとしていた上条に避ける術は無く、それでも本能的に掲げた腕の隙間から、その光景を見ているしかなかった。

 まるで西瓜の様に。
 赤い飛沫を跳ばして頭が弾け飛んだ。

 びしゃり、びしゃりと連続で、赤い色が視界を埋める。

「大丈夫!? 上条君!!」

 駆け寄って来る、アゼル・イヴリス。
 帯のはだけた右手を赤く濡らして、その赤が、まるで弾丸のように下級侵魔の頭を砕いていた。 

「わ、悪い。助かった―――って、お前、それ血じゃないのか!?」
「? ああ、これ? 気にしないで。人造人間(バイオオーガン)って、こういうものだから―――」

 アゼルは、上条に左手を差し伸べて立ち上がらせる。
 その間にも、赤い弾丸(ブラッドブレッド)は容赦なく、躊躇無く狂った悪魔を葬り去る。 

「な―――。アゼル?」
「………ダメだよ、上条君―――」

 苦痛に歎く姿に騙されるな。
 これは憐れんで良いものではない。
 古来、亡霊は救いを求める声で生者を地獄に引きずり込む。
 所詮は同類を求める亡者。逃げるなど以っての外。
 ゴーストなど、見てしまった時点で、打ち払う以外に助かる術など在りはしない。

「………。自己修復の機能が暴走している。
 一秒ごとに切り替わる破壊と再生に、体組織自体がついていけていない―――」


 どんな重傷(キズ)でもたちどころに回復する、強力な自己再生。
 どんな軽傷(キズ)でもたちどころに消失する、愚直な自己再生。
 其処に本人たち(かきゅうしんま)の意思は無い。
 そんなもの、最初から無かったのだ。
 故に、もとより制御の手から離れているソレは、当然の帰結として暴走する。

 限界ギリギリまで削られて、即座に全回復させられる。
 これがもしも、いかに緊迫しようと、所詮データのやり取りでしかないゲームであるなら、何の問題も無かっただろう。
 しかし、現実(リアル)に肉体がある以上、肉体の損耗は避けられない。
 如何に侵魔が頑丈であろうと。数値上ギリギリのバランスが、現実として天秤を大きく揺らす。
 生と死の天秤は激しく上下して、大きく揺らぐ。

 その落差に、侵魔の体が付いていけない。
 理屈に置いていかれた現実は、壊れながらに治ることを繰り返す。

「だから、もしも。もしも彼らを哀れと思うのなら、」

 決して、憐れむべき存在ではない。
 しかしそれでも、キミが哀れと感じたのなら、 

「その右手で、祓ってあげて。
 それが、きっと一番の救いだから」

 容赦なく躊躇無く、地獄に送り返すこと。
 慈悲深く、限界(さいご)まで付き合うこと。
 ソレが、きっと最良の救いだから。

 溜息が漏れる。
 上条は己の右手を見つめた。
 下級侵魔の咆哮が響く。
 容赦なく掃射される、赤い弾丸の雨を掻い潜って、苦しいだけの暴走を。

 大振りに振り下ろされる。鉈を連ねたような巨大な手。
 当たれば、即座に赤く弾けてしまう土木機械に突っ込むような一撃。

 アゼルの血弾は、手が回らない。悲鳴のような声で、上条の名を呼ぶ。
 堕ちるように、上条の頭に爪が迫った。

 音は無く。
 掲げられた上条の右手が。
 拳ではなく。
 五指を開いた右の手が。

 侵魔の爪を受け止めていた。

 幻想殺しが発動する。
 硝子を砕くような音がして、まるで最初から居なかったかのように、何事も無かったかのように黒い影は消え去った。

「………ありがとな。アゼル」

 迷いは晴れた。
 今この場で、打ち祓う。
 視線の先には狂乱する黒い毛駄物たち。

「でも、気分悪いな。なんでこんなことに……」

 ポツリと零れた上条の呟きを耳にして、無意識の内にアゼル・イヴリスは、銀と金が交錯する空を見上げていた。


 天空に、白銀と黄金の光が乱舞する。
 繰り広げられる空中戦。矢継ぎ早に、ベール・ゼファーの右手が光弾を吐き出せば、パール・クールは捻じるように飛び、かわし、ベルめがけて銀の鈴を射出する。
 赤熱し、陽光の輝きを得た魔鈴は、大気を焦がして破壊を秘める。
 砲弾のように、直線軌道を描く東方の鈴を、ベルは樽を転がすように回転して回避。光弾でパールを狙う。
 その時。ぞくり。と、ベルの背筋に寒いものが走る。
 一直線に肉薄した鈴(ほうだん)。その陰に隠れるように、東方の鈴がもう一つ、弧を描いて迫っていた。

「っ!?」

 時間差の二段攻撃。
 追尾(ホーミング)する二発目の砲弾は、右に避けようが左に避けようが、上昇しても下降しても、喰らいつくだろう。 

 如何在ってもよける事はできないなら、避けなければいい。
 防御ではない。足を止めてしまえば狙い撃たれる。
 故に、蝿の女王は―――、加速した。
 追尾する鈴(ミサイル)が、追いつけないほどに。

 音速超過衝撃波(ソニックブーム)を背後に産んで、光弾をばら撒く。ソレは、あたかも戦闘機が機銃を掃射する光景に似ていた。
 その光の弾幕を目の前にして、けれどパール・クールは回避行動に入らない。
 そもそも避けられるようなものではないし、この程度の魔力弾ならば喰らったところで、たいしたダメージにならないし、打ち落とすにしろ耐えるにしろ足が止る。
 それが、ベルの狙いだとすれば、あえて策に乗った上でソレを踏み砕く。それはどれほど爽快だろうか。

「はぁッ!!」

 パールは障壁を張って光弾を弾き、踏込んできたベール・ゼファーを迎え撃った。
 金と銀が交錯し、雷神の太鼓のような轟音が空を震わせる。
 繰り広げられる格闘戦(ドッグファイト)。戦闘機同士ならば、背後を取る為のマニューバ合戦。しかし、人型の魔王ならば、ソレは字面の通りに。
 両掌から光刃を発し、相手を切り刻もうと、斬り付け、捌きいなして、剣戟を繰り広げる。
 疾風怒濤と視界に刻まれる、パール・クールの切裂(スラッシュ)を、同じ軌道、同じ威力で打ち返す。
 光刃が光刃を弾く甲高い音が響き、翔け廻る金色と銀色。鮮やかに尾を引きながら、学園都市の空を二柱の魔王が席巻した。
 首と腹を狙ってパールの刃が伸びる。
 ソレを弾くフリをして、ベルは真上へと上昇、回避する。
 離脱したベルを追って、パールの射撃(ショット)が迫るが、振り切られたと見るや、パールも加速して後を追う。
 高速で飛行しながら、再び響く剣戟の音。
 そして、正面からがっしりと、互いの手が組み合った。
 筋力戦を制そうと、互いが腕に万力を込める。
 ギシギシと骨格が軋んで、指は激痛を訴える。が、その痛みが更に力を増大させる。

 そして唐突に、雷鳴のような音が響いた。

 あふれ出した敵意の溢れる魔力が干渉し合い暴走。炸裂した衝撃を伴う音。
 その衝撃に、指が離れ距離が開き、二柱の魔王は空中でにらみ合う。

「あはははっ、なかなかやるじゃないベルぅ!! まさか此処までついてくるとは思わなかったわ!!」
「はんっ!! えらそうな事言ってる割に底が浅いわよパール。
 ドーピングしといてこの程度?」


 ベルは言う。

「―――それとも、この世界のプラーナ……使いこなせていないのかしら?」

 沈黙を以って、パールは応えた。
 ベルは、更に言葉を重ねる。

「世界一つ分。けど、無限ともいえる世界の断片が交じり合っているのが此処。
 中には、如何したって侵魔(私たち)に合わないのも在るでしょうよ」

 同じ世界珠からの分界とはいえ、冥界の瘴気が主八界の存在にとっては毒となり、また逆に、冥界の住人が、瘴気なくしての活動を困難とするように。
 そういったモノを無理矢理体内に取り込めば、直流電流を流した交流の電気回路や、水の代わりに砂を流した塩ビのパイプの様に、拒絶反応を起こした体がどうなるか―――、

「だから、あのザコ共に無限回復機能つけて放り出したのね。
 本来、あんたが受けるべき傷や痛み(だいしょう)を、肩代わりさせる為に―――」

 活かさず殺さず、主の罪を背負い続ける生贄の山羊(スケープゴート)。
 そんな対応策を講じても、水増し分は大したものではない。先刻までの激突で感じ取った分には表界内で振るえる力を1とした場合の、精々が1.5倍。多く見積もっても2倍程度。

「惨めね。パール」

 ピクリ。と、柳眉を跳ね上げる、東方王国の女王。
 獣のように歯をむいて、蝿の女王を睨みつける。

「随分と、大口開けて楽しい事言ってくれたじゃない。
 其処まで言うからには、覚悟は出来てるんでしょ? ベル」

「覚悟? ハッ、覚悟するのはアンタの方。
 あたしとアゼルを前にしたら、今のアンタなんて太平洋に投げ込まれるマッチみたいなもんなんだから」

 バチリ、バチリ。と、殺意が物質化寸前にまで凝縮される。
 音も無く。否、全ての音を置き去りにして、二柱の魔王は激突を再開した。

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