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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第07話02

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 白い小袖がはためいた。
 風を孕んで描かれた軌跡から、光刃が三発。両の腕から放たれた灼熱色の円環は計六発。
 鋸刃の様に回転し、大気を引き裂く刃は弧を描き、回り込むように肉薄する。

 刃を以って打ち払う。

 両掌から伸びた光の刀身に触れ、パール・クールの射撃(ショット)はベール・ゼファーの切裂(スラッシュ)に打ち落とされる。
 間髪入れずに、ベルの眼前に光球が生まれた。種が弾けるように、光球は散弾のような光となって紡錘状に飛散、弾幕の壁を作り上げる。
 切り込むように。そして、パール・クールの切裂が、弾幕の壁を繰り抜く感覚で直撃するものだけを打ち払った。

 音は遅れて。

 パールが弾幕に繰り抜いた穴を突き抜けて、ベルが突貫する。
 一拍で音速を超えた加速に、大気があげた悲鳴を背にして、手にした刃を振るう。
 夜気に響くは、剣戟による硬質な音。
 互いに両手に産んだ光の剣で、己の命脈を狙う刃を受け、返す刀で敵の命を狙う。
 一合二合、三合四合五合と、力と力がぶつかり合って、無色の炸裂が空に咲いた。
 十か百か、それともそれ以上か。剣戟の末、鍔迫り合い刀身を軋ませた果てに、二柱魔王は間合いを切った。
 仕切りなおしは、これで幾度目だろう。
 意識せず、パール・クールは唇を舐める。
 流石は、裏界第二位の大公、『蝿の女王』ベール・ゼファー。その名は伊達ではないと言いたいのか、此処まで食いついてくるとは思わなかった。

(ま、それでもこのパールちゃんの優位には変わりないけど)

 ベール・ゼファーは此方の隙をうかがっていた。内心どうかは知らないが、最早トレードマークともいえる妖艶な笑みが口元に張り付いている。

(あんたにしちゃ、よく頑張った方じゃない?)

 しかし、いい加減飽きてきた。
 飽きっぽさに定評のある身としては、よく付き合ったほうだ。と、自分でも思う。

「そろそろ終わりにしましょ? ベル」

 両手を掲げる。その上に、渦を巻くように魔力が―――、炎が集い、一秒とかからずに巨大な火の玉が形成された。
 小型の恒星を思わせる圧倒的な熱量、そして質量。間合いを取っているベルですら、ひりつく痛みを肌に覚えるほどの、

「<エターナル・ブレイズ・ザ・ディストラクション>。
 あははははっ! 受けてみなさい!!」

 振り下ろす腕。投げるように、業火球がベルに迫る。
 その、地獄を握り固めたような火球を、

「はぁ………」

 しかし嘆息する余裕すら見せてベルは回避に移った。
 どれだけの火力だろうが、星ほどもある質量だろうが、そんな布石の一つも無い素直な一撃を、まともに受けるバカが何処に居る。

(あたし、前に言ったわよね。そんな大技、相手の動きを止めずに撃っても当たらないって)


 嘆息し、一人ごちる。
 余裕で回避して、攻撃後の隙に最大火力を叩き込む。
 反撃の準備に入ったベルの鼻先を業火球がかすめて過ぎ去る

―――その瞬間。

「爆ぜて、消えちゃいなさい!!」

 焔の星が爆発した。

「!?」

 否、一つの巨大な炎の固まりは、千に砕け万と散り、まるで夜空に輝く綺羅星のように無数の魔弾となってベルに襲い掛かる。

「くッ!!」

 急旋回、急上昇。避けきれないものは両手の刃で叩き落す。
 雨の如き光弾の群。細かくなったとは言っても元が元、一つ一つが十分に致命傷を与える弾幕の只中にあって、しかし流石は魔王。
 波打つ銀の髪を、一筋たりとも焦がさずに、光弾の雨を捌いて防ぐ。

「はっ、パール!! あんたにしちゃあ頭使ったほうじゃないの!!」

 魔弾の壁を切り裂いて、ベルは嗤う。
 返すパールは、少々残念そうに、

「あーあ、ヤッパリこんなんじゃ仕留められないか。
 でも、ベル、よそ見して良いのかしら?」
「―――!?」

 不意打ちの弾幕。その対処に追われていた為に気付かなかったのか。ソレは何時の間にか、ベルの眼前にまで迫ってきていた。
 バスケットボール大の、光の球。
 星ほどもある先刻の火球と比べれば、てんで大した事の無い炎の固まり。
 しかし、ソレならば、

(ヤバい)

 この背筋に走る悪寒は、何だというのか?

「ねぇ、ベル」

 パールが嗤う。

「たしか、大技を撃つなら、まず相手の動きを封じるんだったかしら?」

(まさか――!?)

 顔が引き攣るのがよく解った。
 星ほどもある巨大な火球、恒星と錯覚するほどの大火力、時間差で炸裂する、榴弾じみた騙し討ち。
 その全てが。

(全部、囮だったっての!?)

 時間差の二段攻撃。
 完全に不意を討たれた、今この局面に至っては、回避は不能。
 ならば、


「迎撃する!!」

 両手の刃を叩き付ける。
 ほんの少しでも、威力を削る為に―――だが、

「バースト」

 パチン。と、パールは指を鳴らした。
 刹那、二つ目の火球も炸裂する。

「!?」

 振り下ろされた二つの刃をすり抜けて、着弾する焔の榴弾。
 一撃目と同量同質の破壊力を、遥かに小さく凝縮した火炎弾は、余す事無く蝿の女王を打ち据えていた。

 天地を揺るがす轟音が、聴覚を占領した。

 爆煙が、ベルの姿を覆い隠す。
 爆風が、焼け焦げた高山外套(ポンチョ)の布地を舞い上げた。
 勝利を確信して、パール・クールは口角を吊り上げる。

 しかしその貌は、一瞬のうちに歪んでいた。

「か……はっ―――」

 腹に生まれた衝撃が、横隔膜を押し上げて肺を押し潰す。
 潰れた肺胞が、無理矢理に呼気を吐き出させた。

「ぐっ――――」 

 拳を振るう。
 しかし、白の小袖から突き出したソレは、虚しくも大気をうったのみ。
 顔に迫る拳を、波打つ銀髪を揺らしてかわした彼女は、パール・クールの水月に突き刺した拳を引っ込め、頭上で組んで叩き降ろす。
 後頭部を強打され、墜落したパールは盛大に粉塵を巻き上げた。

「ったく、まさかこんなに早く切り札(ジョーカー)を切る羽目になるなんてね……」

 忌々しそうに、呟くのはベール・ゼファー。
 波打つ銀髪と、金色の瞳の少女―――否、成長した肢体を漆黒の洋装(ドレス)に包んだ女性は、自分の姿を眺めて舌打ちする。
 咄嗟に裏界の本体からの魔力供給量を増やして、『蝿の女王』本来の力を揮える形態(カタチ)となった。
 そして、その身体性能(スペック)でもって予想外の四段攻撃を凌ぎ、不意打ち気味にパール・クールにダメージまで与えたのだ。だというのにベルの表情は優れなかった。

 飛行を止め、降下する。

 パールが叩き付けられた地面は擂鉢状に抉れていて、その、所謂クレーターの縁にベルは降り立った。
 瞬間、クレーターの中心で巨大な魔力が開放される。
 その質といい量といい、『皇帝』シャイマールに勝るとも劣らないとさえ言われる今のベルに、匹敵するほどの強大な力。

「ベェエエエルゥウウウウウウうぅ………」


 地獄の底に、吹き荒れる寒風のような、声。
 掲げた両手の上には、太陽そのものの輝きが鎮座する。
 切り札は最後まで取っておく。それはゲームの鉄則だ。ソレは逆説的に、札を切ったのならば勝って居なければならないという事でもある。
 敗北(ゲームオーバー)を回避する為とは言っても、切り札は咄嗟の帳尻合わせに使っていいものではないのだ。
 パールは健在。
 そして、ベルが裏界の本体からのチカラの供給量を増やしたのなら、同じ切り札は、パールだって持ち合わせている。
 つまり、状況は何も変わっていない。

「死になさい、あんた」

 一瞬のことであり、そして不意討ちで在ったとしても、ベール・ゼファーに地に這わされた。
 その事実が、パール・クールの矜持をいたく傷つけた。
 怒りに撃ち震える声で、殺害宣言をなして、

 陽光の光が開放される。

 夜中の夜明けを引き起こす極光を前に、ベール・ゼファーは歯噛みする。
 この程度ならば十分に対抗できる。しかし、その先は拮抗であって勝利ではない。打った手はまだ効果を顕していないし、ここで無駄に力を使えば逆転も覚束ない。
 手が打てないまま、擬似太陽の輝きに飲み込まれるベル。その刹那であっても彼女の唇は笑みを刻んでいた。

 視界を焼く光が、世界を純白に染め上げた。
 耳も肌も、全ての感覚を置き去った破壊が駆け抜ける。
 全力攻撃で少しは溜飲を下げたのか、パール・クールが息をつく。

 しかし、パールはすぐに柳眉を逆立てる事になった。

「………ああ、そう言えば、あんたも居たんだっけ?」

 影が薄いから、完全に忘れてたわ。と、不愉快だと全身で訴えかけるように、わだかまる光の奥から現れた少女を睨みつける。

「…………。パール・クール―――」

 掲げた右手に盾を生み出し、黒衣のベール・ゼファーを、背後に庇って―――、

「アゼルっ! 遅いッ!!」
「ゴメンねベル。ちょっと手間取っちゃった。でも、ちゃんと了承してくれたよ。
 ソレと―――」

 荒廃の魔王は、東方王国の長を、鋭く睨み付けた。

「なに―――、その目。
 気に入らないわね。ルー・サイファーの人形風情が、このパールちゃんと対等なつもり?」
「ええ。もし私が取るに足らない存在ならば。わざわざウィザードを利用してまで殺そうとはしない。 違う?」
「………ホント、ムカつくわね、アンタ。
 いいわ、其処まで言うのなら、そこの飼い主(ベル)と一緒に―――」

 殺気が膨れあがる。

「蹴散らしてあげる!!」

 灼熱の焔。
 カタチを得た殺意は、アゼルとベルに襲い掛かった。


「くっ!?」

 渦巻く熱気。右手の盾に体を隠して、魔法の炎を受け止めた。
 盾が軋む。
 その威力に、アゼルは吹き飛ばされそうになりながら、しかしプラーナを開放して凌ぎきる。

「―――ッ!! 今度はこっちのッ!! ………っ、何処っ!?」

 回復した視界に、しかしパール・クールの姿は無い。

「このパールちゃんが、攻撃の手を止めてじっとしてるとでも思った?」

 視界の外、背後から届く声に咄嗟に振り返り、握り固められた拳が頬をかすめて熱を生む。

「!?」

 機関銃のように、小袖に包まれた拳が襲い掛かる。
 緋袴から伸びる足は鎌のように首を折りに来た。

「くっ!?」

 怒濤のラッシュに、アゼルは付いて行くだけでやっとだった。
 身体を打ち抜く小さな拳を盾で防ぎ、首狩り鎌の如き回し蹴りを転がるようにして回避する。
 それでも、そうやって防いでいるのは致命的な一撃だけ。
 フェイントや牽制、そういった殺す一撃以外は、全てその身体に吸い込まれ、小さなダメージとして蓄積されていく。
 数十秒。
 時計の秒針が一回りする頃には、アゼルは足元すら覚束無くなっていた。

「あはははっ、もうフラフラじゃない! アレだけ大口叩いといて、情けないったらありゃしない!!
 アンタ如きヒキコモリが、このパールちゃんに喧嘩売ろうだなんて、一億と二千年ばかり早いのよ!!!」

 嘲弄の声が聞こえる。
 けれど、アゼルは薄く笑っていた。
 最初から、パールに勝てるなどとは思っていない。
 魔力の差、技術の差、そして何より、荒廃の力を持つアゼルには、戦闘(殴り合いの)経験そのものが足りていない。
 呪錬制服の防御力が無ければ、とっくにK.O.していただろう。
 天地をひっくり返そうと、今のアゼル・イヴリスではパール・クールには敵わない。そんなことは解りきっていた。
 だから―――、

「パール・クール。
 その、すぐカッとなる性格、何とかした方がいいと思うわ」

 強大な魔力が炸裂する。
 弾かれるように、パールは振り向いた。

「ベルはっ!?」

 怒りに狭窄した視野が戻る。
 アゼルでは、パールを斃せない。ならば、この場で唯一東方王国の長を傷付けられる存在は、何を―――。

 だから、アゼルが成したのは時間を稼ぐ事。
 最大の一撃を、最高のタイミングで叩き込むために、  



 パールがめぐらす視界に、捉える。
 結界の光を背負い、波打つ銀の髪、漆黒のドレスをはためかせ、左手を掲げた魔王の姿を。

「包め我が夜。虚の世界―――」

 紡がれる呪文と共に、恐ろしいまでの魔力が、掲げた手に集う。
 まるで砲塔のような、絡みつく光が形を成す。
 その先の漆黒は、逆向く彗星。重力に反逆し、天高く駆け上がる。

「極限を――――、超えろォッ!!!」

 夜空に輝く一つ星。弾けた光は、流星雨。
 逆回しの勢いで、地に突き立つ幾多の黒柱。
 柱を基点に、世界を区切る域が広がった。

<ヴァニティ・ワールド・ジ・アンリミテッド>

 存在を根本から喰い尽す結界は、パール・クールを閉じ込めて、研ぎ澄まされた牙を剥く。

「っぐっ………ああ゛っ!!」

 存在(からだ)を削る無形の牙に、苦悶を上げつつ、しかしパールは結界を構築し、苦痛より逃れ得る。
 逃げ場が無いなら作ればいい。かつて蝿の女王と殴りあった時に彼女自身が使った手段。
 無の圧力に、境界が軋む。ガリガリと、壁が削られていく。
 しかし、供給する魔力量と削り取られる魔力量を対比し測れば、前者の方が圧倒的に多い。
 あと、寸秒もすれば削りきれずに虚無の結界は崩壊し、その間に此方の攻撃を準備できる。

 その計算に間違いはなかった。

 このベール・ゼファーの魔法の中にはアゼル・イヴリスも突入できない。荒廃の力では攻撃ごと消し去ってしまう。そして、このパール・クールが対抗策を用意していないはずも無い。
 そう、懸念事項は何も無い。後はタイミングを見計らって攻撃準備に入るだけ。

 そうして、彼女は罠に飛び込んだ。

――――ぉおおおおおおお

 無の軋む音か。防御壁の向うから音が届く。
 音と言うには余りに生々しく、まるで雄叫びのようだが、こんな所に声を発するものが居る筈はない。
 虚属性最強攻撃魔法<ヴァニティワールド>を、蝿の女王自身が強化したこの虚無の領域に、踏込んで、ただで済む生き物など居る筈がない。
 だから、声(おと)とともに耳朶に届くこの足音のようなナニカも、幻聴に違いない。
 なのに、

「うぉおおおおおおおおおお!!」

 硝子を潰す様な音と共に、防御壁が砕かれる。
 ダムが決壊したかのように、流れ込む虚無の牙。
 飛び出す人影は、血と泥でボロボロになった学生服の、黒い髪を逆立てた、何処にでも居そうな高校生の少年。

「っ!! 何でコイツが!!」

 それは、パール・クールが思考すらしなかった存在(カード)。
 奇妙な能力を持った、しかし唯の人間。
 ひたすらに不愉快で、けれど脅威足り得る筈は無い。
 その異能は彼女らの天敵足りえるも、他の全てが、余りにも遠すぎて、敵と意識する事のできなかった人間。


 『幻想殺し』上条当麻。

 だからこそ、最高の伏兵。
 最強の切り札(ジョーカー)に対抗し得る、最弱の切り札(スペードの3)。
 驚愕に一瞬だけ行動が遅れた。
 その隙に、無形の牙がパール・クールに喰らいつく。

「―――っっ、――――ぁっ!!」

 激痛がはじけた。
 存在の根本から削り取られる、人智の外にある痛みが東方王国の王女の全身を襲う。

(―――なのに、何で!!)

 弾けたのは、恐ろしいまでの激痛。
 けれど、その苦痛の海にあってこの男は、何ゆえ平然と立っていられるのか。
 乱れる意識をそれでも繋いで、パールは防御の再構築を試みた。しかし、

「させるかよ!!」

 幻想殺し(イマジンブレイカー)が、腕を捕らえる。構築途中の術式はそれで破戒され、異能の発現を防がれた身体は、いとも簡単に地に組み伏せられた。

 血と土の味が、舌の上で転がる。

 音を発てて、頭に血が上る。強打した顔面の痛みすら、彼岸の彼方に蹴り飛ばし、

「巫山戯んじゃ無いわよッ!!」

 全ての魔法と特殊能力を封じられたとしても、魔王の膂力をたかが人間が押さえ込める筈も無い。
 跳ね飛ばして叩き付けて染みにしてやる!
 全力で、パールは拘束されている腕を、ほどこうと万力を込めた。

「っ!! な、何つうバカヂカラッ!?」

 見た目は少女の細腕なのに、それは見た目以上に鍛えられている上条の拘束を、力ずくで抉じ開けようとしている。
 見た目は兎も角、流石は魔王。上空で繰り広げていた人智無能の空中戦は伊達ではなかった。
 今にも腕ごと拘束を折られそうでも、けれど上条は抵抗する。
 此処で離したら、全て無駄になる。
 アゼル経由で、ベール・ゼファーから伝えられた作戦。犇く狂った悪魔を潜り抜けて、ボコボコに殴られるアゼルを、臍をかんで見守るしかなかったその全てが。
 力に力では破られる。巧みに重心をずらして、パールの力を他所に逸らして、けれど、その努力は、僅か数秒時間を稼いだだけだった。

 ぐるん。と、視界が半周する。

「うおぁおっ」

 奇妙な浮遊感。
 バネに弾かれたように、上条の身体は宙に振り回される。
 跳ね飛ばされそうになりながら、けれど意地でも右手だけは離してやらない。
 ぐるりと回って、上条の身体は硬い地面に叩き付けられた。

 ごふっ。と、肺から空気が追い出された。ミシリと、何処かの骨が軋みを上げる。
 衝撃に悶絶して。けれど決して、その右手は離さない。

 幻想殺しに片腕をとられたまま、パール・クールは仰向けに身体を起こし、


「残念!! 遅いわよパールッ!!」

 起しかけた体を、万力によって上から押しつぶされた。

「ベルゥウッ!!」

 右手で顔を、左手は右手を、両腿を脛で、腰を尻で抑えつけ、蝿の女王はパールを地面に押し付ける。
 馬乗りになり、自身に筋力強化の魔法をかけ、更にプラーナを上乗せした膂力は壮絶の一言。
 そして、黒いドレスのベルは大人の身体。その上で体格の差が加わっては、最早、如何ともしがたい。
 パール・クールは、地に押付けられたまま、虚無の結界が解けた夜空を眺めるしかない。

―――だが、それだけだ。
   屈辱的であっても、組み伏せられただけでは斃されはしない。

「今よッ!! アゼル!!」

 天空の影にベルは叫ぶ。
 紅月を背負って浮遊する、アゼル・イヴリス。
 呪錬制服を脱ぎ、裸身に魔殺の帯を巻きつけた何時もの姿で―――。


―――荒廃せよ、世界。


 地獄の蓋が開く。
 解けた帯は揺らめいて、まるで黒い炎が踊るよう。
 あらゆる存在(モノ)を喰い尽くす、荒廃の力が襲い掛かる。

 こうして、策は成る。
 上条と、アゼルまで利用した怒涛の多段攻撃。ソレを最後まで嵌め切って、

「ベルッ!! アンタっ!!」
「心中するつもり? なんてツマンナイ事聞くんじゃないわよ。
 アゼルの力じゃ、今のアタシは食い尽くせない」

 蝿の女王は嗜虐に富んだ笑みを浮かべた。

「アタシが内包するプラーナの総量は、第一階層の古代神が滅んだ直後に復活しても、おつりが来るぐらいには在るのよ」

 アンタはどうなのかしら? パール・クール。

「写し身一つの元々の量に、上乗せして世界一つ。
 どっちの底が浅いのか、クソツマラナイ、チキンレースといきましょうかぁ!!」

 一夜にして二度。荒廃の力が吹き荒れる廃墟に、魔王の嘲笑が木霊した。


「―――どっちの底が浅いのか、クソツマラナイ、チキンレースといきましょうかぁ!!」

 荒廃の力が吹き荒れる。
 喰われるのは二柱の魔王。
 『蝿の女王』と『東方王国の王女』。
 裏界の本体からの供給を受けたベール・ゼファーと魔導具『東方王国旗』によって力を得たパール・クール。
 命を張った、魔王同士の極限の我慢大会。
 上条当麻には、何がどうなっているのかいまいちよく解らないが、気がかりな事が一つ在った。

 アゼル・イヴリス。
 荒廃の力。命を貪る怪物の力。忌むべき力を解放した優しい魔王の心中を思えば、苦々しいものが心に広がって行く。
 自分の力を忌み嫌っている彼女に、その力を使わせる以外に道は無かったのか?

 上条は唯、無力感だけを噛み締めて、パール・クールの異能を封じ続ける。

 最初の内、激しく抵抗していたパールも、今では小刻みに震え、呻き声のような声が咽から零れていた。
 いずれ、食い尽くされて、この騒動も終局に向うだろう。
 アゼルは、きっと苦しむだろうけれど。ソレが判っていて、どうにも出来ない自分が情けなかった。

 パール・クールは、痙攣の様に身体を震わせる。次第に、ソレは大きくなっていった。

「―――――くっくく」

 うめき声のような声も、次第に大きくなって


「―――くっ、くくく。あぁーっはっはっはっはっ!!!!!!」


 ぐるん。と、世界が廻った。
 少し前に、味わったのと同じ浮遊感。力ずくで投げ飛ばされた感覚。
 道具も無く、翼も無いのに、空を飛ぶという奇妙な体験。学園都市には自力飛行が可能な能力者も居るが、無能力者(レベル0)の上条には縁の無い話だ。

 結論。上条は空を飛べない。それでも空中遊泳を為したなら、待ち受ける結果は墜落だ。

「ごはっ!」

 肺から無理矢理押し出された空気が、湿った音を発てる。
 今までの経験からか、身体が咄嗟に受身を取ったからこそ、この程度で済んだのだが、いまだに混乱する頭を、痛む身体を抱えて、上条は立ち上がった。

「あはははははっ!!!!」

 パール・クールは笑っている。
 仰向けに組み伏せられていた身体を起こし、上条に押さえつけられていた腕を、指を、ベール・ゼファーの咽元に食い込ませながら。
 パールは笑う。
 子供のように無邪気に、同じくらい残酷に、悪趣味に。
 けれどベール・ゼファーには、そんな事どうでも良かった。耳障りな嘲笑も、咽に食い込む指の痛みも、全てどうでも良くなるぐらいに、

「……―――ぐっ、がっ、パール、アンタ……」


 パールの身体から流れ出るプラーナは、まるで太陽。
 無意識の内に零れ落ちるソレは、全体から見れば微々たるモノ。
 だと言うのに、その質と量は一体如何言うことか。
 パール・クールは、その矮躯の内に一体どれだけのプラーナを溜め込んでいると言うのか。

「ベルを放しなさい!!」

 アゼルが魔法を撃つ。
 荒廃の力は収めておらず、敵のあらゆる防御は、消失すると言うのに。

「ふん」

 パールは一瞥しただけで、発生した魔力楯で魔弾を弾き飛ばしていた。

「!?」

 恐ろしいまでの出力。
 あまりの事にアゼルが凍りつく。
 そして、事も在ろうか、パールは彼女目掛けてベルを放り投げた。

「!?!?」

 まるで小石を放るかのように、気楽に投げたように見えた人型は、風を切って肉薄する。
 激突+墜落=撃墜。
 辛うじて、親友を受け止めたとは言え、アゼル・イヴリスはバランスを崩して落下する。

「ぐごぼはっ」

 地面との激突は、思ったよりは痛く無く、そして予想外の変な声がした。

「上条君!?」

 身体の下。
 地面とアゼルに間に、上条が挟まっていた。
 堕ちる彼女らを、受け止めるのに失敗したらしい。

「くそ、地味に不幸だ。
 いや、間に合ったんだから幸運って言うべきなのか」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。っていうか、一体どうなってんだ?」

 ついさっきまで、追い詰めていたのはこっちだったはずだ。
 ベール・ゼファーの作戦はしっかり填ったと思ったのに。
 咳き込みながら、ベルはパールを睨みつける。
 怒りに濡れた目で、 

「パール。アンタそれだけのプラーナ、一体何処から持ってきたのよ」

 パールは鼻を鳴らした。そんなつまらない事、今更聞くなという風に。

「今まで散々話に出てきたでしょ? 『東方王国旗』。このパールちゃんの支配権を証明する素晴しい道具の力よ」
「巫山戯るなっ!! あんたのその力! 世界一つ分なんてもんじゃない!!」

 ソレは明らかに、学園世界のプラーナ総量を遥かに越えていた。
 東方王国旗を学園世界に立てたのなら、そんな事はありえない。
 噛み付くベルを眺めやって、


「あっれーベルぅ、そぉンな事も解らないのぉ?
 裏界第二位の名が無くわよぉ」

 パールはケタケタ嗤っていた。

「いいわ。気分が良いから教えてあげる。
 そもそも、この忘却世界はありとあらゆる異世界の断片。その寄せ集めでしょ? つまり、あらゆる世界が重なっていると捉える事だって出来るわよね―――」

 その繋がり、蜘蛛の糸よりも細い共感作用の関係性をたぐることなど、それを利用して異世界からプラーナを奪い取る事など、このパール・クールには容易いと。
 つまり、

「この世界の中心は、ありとあらゆる世界の中心。
 あらゆる世界を引き寄せる『原因』に『東方王国旗』を立てたなら、それは無限の世界を領有することに等しいのよ!」

 この、学園世界という多重次元融合現象を一種の災害と捉えるならば、その『震源』に。
 イメージとしてはベン図。複数の円が重なった中心は、一つであると同時に全てである。
 けれど、その細い共感の糸を通して得られるプラーナなど微々たる物だ。しかし、一以下であっても実数ならば、それを無限倍すれば、それは限りなく無限である。

「部下が言ってたでしょう? 私は無限の力を得たんだって」

 パールは嗤う。
 ギシリ。と、ベルの奥歯が軋んだ。

「最初っから全部、芝居だったのね」
「うふふふ。
 サイコーを突き抜けてサイッコーよねぇ!! こっちの思惑通りに、敵が罠にかかった瞬間ってさぁ!!」

 追い詰められた事。プラーナを使いこなせていない事。恐らくは下級侵魔を身代わりにしていた事も、全て。
 食虫花に囚われた虫のように、蝿の女王は見事に罠に嵌められたというわけだ。

「あははははっ! これで判ったでしょ? この世で一番強くて可愛いくて賢いのが一体誰なのか!!」

(なにが、始終一貫力押しでしょうが)

 嘲笑。そして強大な魔力を秘めた一撃が迫る。
 状況は馬鹿馬鹿しいほどに絶望的。
 まさか、あのパール・クールに嵌められるなど、夢にも思っていなかった。
 屈辱。
 一対一でぶつかっている合間から、アゼルと連絡を取り、少しずつ準備した作戦をこんなカタチでぶち壊されるなど―――!!
 ひっくり返すには如何すればいい。作戦はある。調子乗ってぺらぺら喋ってくれたお陰で、対抗策はすぐに思いついた。
 けれど、時間が無い。
 避ける事も、防ぐ事も叶わない空前の攻撃魔法は、もう目の前にまで迫っていた。

(間に合わない―――ッ)

 目を瞑る。
 それは、動けないベール・ゼファーをアゼルや上条と共に、街ごと焼き尽くすだろう。

 しかし―――、


「ナニがなんだか、詳しい事はあんまし良く解んねぇんだけどさ―――」

 硝子を砕くような音。
 ソレが異能であるのなら、その威力の大小は問わないのか。
 絶望的な魔法は、掻き消される。

 右手を掲げ、攻撃魔法を打ち消した少年は、

「相手は予想より強かった。見事に騙されて逆転された。
 ―――で? なんか、やる事変わるのか?」

 そう、魔王に訊き尋ねる。
 魔王パール・クールは倒さなくちゃいけない。
 上条は最初からそのために動いていたのだし、予想より強かったといっても、元から雲の上である。
 戦闘機が攻撃衛星になったところで、実感など湧きやしない。
 どっちにしたって、倒さなくてはならないし、上条にできることなど右手でぶん殴る事だけなのだから。
 上条当麻は、パール・クールを睨みつける。
 その姿に、

「はぁ」

 ベール・ゼファーは溜息をついた。

「これだからバカは……」

 呆れてものも言えない。と、笑って立ち上がる。
 隣ではアゼルも、口角を緩め、立ち上がっている。

 上空からは、パール・クールが怒れる視線を投げ下ろしていた。
 東方王国の王女は、この人間(かみじょうとうま)がいたくお気に召さないようだった。

「―――ほんっと、気色悪い奴ね。それに滅茶苦茶ムカつくわ。
 人間の分際で、このパールちゃんに歯向かってんじゃないわよッ!!」

「そういうお前はただの餓鬼だ。見た目そのまま、単に我侭なだけの、ただの糞餓鬼だ」

 目の前に居る怪物。けれど、それは生きている世界が違うだけというだけだ。その実、メンタリティは人間と何も変わらない。
 力に奢り、それを振るい、他人を傷付ける事を心から愉しんで、
 そんな『人間の』醜悪な一面を、取り出して戯画化したような、
 地上で最悪の化物は人間だという。目の前に居るのは、そんな怪物性に溢れた人間そのものだ。

「この世で一番強くて可愛いくて賢いのが一体誰なのか。だあ? そんなくだらねぇことで暴れてんのかよ!」
「! 下らないですって!?」
「ああ、くだらねぇな。
 そんなもん、他人と比べて証かすようなもんでもねぇだろうが。
 そうやって他人を否定しなきゃ、自分が否定されてるようで怖いのかよ」
「――――ッ!!! 人間の分際で!!」
「またそれか。ああ、俺は確かに人間だ。弱くてちっちゃいただの人間さ。
 でもよ、人間の分際? 何と比べて言ってんだ? お前の何処が、人間よりも上等だっていうんだよ」

 最強の能力者は、一万以上の少女を殺し、魔術師という連中は、周りを省みない。
 必要悪の教会は、人の絆ですら道具にして、学園都市も、人工天使という身の毛のよだつモノに、上条(おれ)の友達を利用した。


 それと同じ。身勝手で他人を省みない。自分のために他人を利用する。そんな、モノ。

「一つだけ言っといてやる。―――お前なんか、強くも可愛くも、賢くもねぇよ」

 パールから表情が抜け落ちる。
 振り切れた感情の針に、顔面の神経が付いていけない。

「………。そう、」

 噴火寸前の火山のように、ドロドロに熔けた感情を、冷たい表情(カオ)の奥の奥に。

「ブチコロス」

 光が雨のように降り注いだ。
 周囲が焼け野原になっていく中で、上条の幻想殺しが安全地帯を削り取る。
 ソレが異能の力なら、神様の奇跡であっても打ち消す右手。
 しかし、効果範囲は右手首から先だけであり、
 直線の一撃を、幻想殺しは破戒して、右手を掻い潜るように、湾曲軌道の光弾が上条に迫った。
 人間ごとき、灰すら残らぬほどに焼き尽くす極光。
 しかし、突如として見えない壁にぶち当たったかのように、光は霧散。そして、上条当麻の姿が、二柱の魔王共々消え去っていた。

「……月匣。ベルね」

 ブチギレして、らしからぬ程に静謐なパール・クールは、唯ソレだけをつぶやいて、掲げた手に次弾を輝かせる。

 見上げれば紅い月。
 骨すら残さずに、上条を焼き払う筈だった光は、当たる前に霧散した。

 月匣の内側で、呆れたように、ベール・ゼファーが言う。 

「アンタね。バカでしょ」
「ストレートだなおい。
 その物言いはちょっと、気遣いにかけていると思いませんこと!?」
「思わないわよ」

 魔王に説教って、何考えてんのよ。
 やれやれ。と、ベルは溜息をついて、

「で? どうやって収拾をつけるつもり?」
「え? あー………」

 言葉につまる上条に、頭を抱えた。

「考えなしかい。
 まぁ、いいわ。作戦は在るし。いや、最初からコレしかなかったのかしらね」

 ベール・ゼファーは、微妙な視線を上条に向ける。

「? 何です? なんか上条さんに御用ですか?」
「あー、くそ、こんなバカを頼る破目になるなんて―――」
「?」
「……。アンタを今から『震源』にまで送る。
 直通は無理だけど、ダンジョンの中に放り込むから、其処からパールの月匣を目指しなさい」
「は!?」
「さっきの話聞いてたでしょ? アイツの力の要は『東方王国旗』。
 問答無用の魔導具(マジックアイテム)なんだから、アンタの右手にかかれば一発でぶっ壊れるわ。
 まったく、何でアンタにばっかいいカッコさせてやら無きゃならないんだか」
「いや、ちょっと待て、送るってどうやって。つーか、お前らだけ残して行けるかよ!!」


 ごすっ。と、音を発てて、ベルのチョップが上条の頭を捉えた。

「ぬぉおおっ! い、いま、変な音した!」
「誰に向って口きいてんの。人間如きに心配されるほど、あたしは落ちぶれたつもりは無い」

 その時、空間が大きく軋んだ。
 耳障りな音と共に、薄っすらと罅の様な何かが見える。

「―――迷ってる時間は無いわ。上条当麻。
 幾らあたしの月匣っていっても、そんなに長く保たないわよ」
「でもよ―――」

 現状、パールの攻撃を防ぐ事ができるのは、幻想殺し(イマジンブレイカー)だけである。
 ここで、上条が戦線から離れれば、余りにも背水過ぎやしないだろうか。

 ふと、握り締めた右手を、包み込むようにアゼルの手が覆った。

「大丈夫。心配してくれてありがとう」

 真直ぐに、上条を見つめて、

「でも、適材適所。
 私たちが、パールを押さえる。
 だから、上条君は早く旗を壊して―――」

 見つめられ、言われて上条は、

「いいのかよ、本当に」
「うん。
 けれど、急いでくれると嬉しいな」

 そうすれば、私たちも助かるから。
 この優しい魔王に、笑顔でそう言われてしまえば、もう、覚悟するしかなかった。

 一刻も早く、『旗』を叩き折る。

 だから、

「―――ソレまで、無事で居ろよ」
「うん。上条君も気をつけて」

「―――よし、じゃあ逝って来い!!」
「え?」
「べ、ベルッ!?」

 どかり。と、ベール・ゼファーがその背中を蹴り飛ばす。
 鈍い悲鳴をあげて前につんのめった上条は、見えないトンネルを潜ったかのようにその場から消え去った。
 刹那、月匣が砕かれる。
 幻想殺しの加護をなくして、ベルとアゼルは攻撃をかわすためにその場を飛び退く。
 巨大なクレーターが、一秒前まで二人が居たところに穿たれた。

「あら? あの人間、何処に行ったの? 今ので死んじゃった?」
「まさか、逆転の一手として利用させてもらったわよ」

 不敵に嗤って、ベルが言う。


「なるほど。東方王国旗を壊すつもりなの。
 けど、幻想殺しを転送するなんて、アンタ一体どんな手品を使ったの?」
「はっ、わざわざ教えてやる義理は無いわね」
「ふーん。ま、アンタそーゆー小細工得意そうだもんね。無駄になるだろうけど」

「私たちは―――、負けない」

 負けるわけにはいかない。
 此処には、護らなければならないものが、沢山あるのだから。

 決意を力とするように、アゼルが睨みつける。

「ふん、ま、良いわ。
 精々足掻きなさいよ、どうせ無駄に終わるでしょうけど」

 鼠をいたぶる猫のように

「このパールちゃんが、月匣(本拠地)に何も残してきてないとでも思ってるの?」

 罠か、番か。
 ただの人間、上条当麻など、ソレにやられて死ぬのがオチだと、
 嘲るパールに、しかし、

「アンタこそ、いい加減学習しなさいよね。
 人間舐めると、足元掬われるわよ」

 ベール・ゼファーは、語りたくも無い経験則を語った。


行間 七


 あくまで白く、果てまで白い世界。
 何処までも高い空も、何処までも広い壌も、ただ白く、影一つ堕ちぬ其処は、窮極であり無限であり。
 何処までも。限りなく白い世界は、しかし処女雪の純白ではなく、白日の下の明白でも無い。
 空虚な世界で、彼女(ソレ)と彼女(ソレ)は向かい合っていた。

 片方が口を開こうとする。しかし、もう片方がソレを制した。
 そして、

「アタシたちだけに判る言葉で対話し(はなし)ても、アタシとしては問題無いけれど、それはちょっと不親切じゃない?」

 その言葉に、もう片方は冷めた瞳を一瞥した後、瞼を閉じて

「わかった。ならこれで行きましょう」

 再び開いた時には、皮肉気な空気は霧散し、柔らかな光を湛えていた。

「で、何の御用かしら? やりすぎだって釘を刺しにきた?」

 その言葉に、彼女(ソレ)はふるふると首を振った。

「ううん、『貴女』は此処にたどり着いた暫定的に唯一の存在(ヒト)だから、今のところ此処の占有権は『貴女』にしかないわ」

 それに―――、

「此処に在(い)る存在(もの)は、例外なくその存在を祝福される。
 彼らも『私』も、勿論『貴女たち』も」

 言われて彼女(ソレ)は、ふーん。と、つまらなさげに鼻を鳴らした。

「余裕ね」
「別に、そういうのじゃないんだけれど………。
 まぁ、そんなコトはいいわね。色々と手を出してるようだけれど、また私が出張らなければいけないかしら?」

 んー。と、彼女(ソレ)は視線を明後日の方に逸らした。

「大丈夫じゃない? それなりに上手く行ってるし、あとは流れに任せれば、それなりのところに辿り着くでしょう」
「お兄ちゃんをぐるぐる回してるのもその一環?」
「そうね。もう少し下級侵魔どもと遊んでて欲しかったんだけど、余計な手出しがあったからねぇ」
「そんな人事みたいに」
「人事よ。思いっきり」
「………なにそれ―――?」
「なにそれって、アンタさ、アタシ達のことなんだと思ってるのよ」
「何って――――」
「待った、言わなくていい、大体解った」

 彼女(ソレ)は、はぁ。と、嘆息して、

「まったく『アタシたち』は曲りなりにも技術者よ。基本的には裏方だってのに―――」
「えー?」
「何よその顔。納得して無いわね」
「だって……」
「あー、もう。いいわ言わなくて、解るから。
 そりゃ、表で色々やったけどね、それはそういう部分だもの、機能が決まっている機械じゃないんだから」

 首を傾げる彼女(ソレ)を他所に、彼女(ソレ)は続ける。

「まぁ、表に出るのはあれだから、つまるところ、我慢する必要が無いのよね」
「……。普段色々やってるのは、あなたのお祭好きな部分だって事?」
「そーゆーこと。基本アタシはお祭好きだけども」

 彼女(ソレ)は、ふーんと、一応の納得を示して、

「じゃあ、『貴女』は『貴女』のどんな部分なのかしら?」

 その問いに、彼女(ソレ)は、

「そうね、この『アタシ』は『アタシ』のなかでも最も『アタシたち』らしい部分かしら」
「『貴女たち』らしい部分?」
「そう。言ったでしょ。『アタシたち』は、技術者だって」
「なら、もう一つ。『貴女』は何故、こうしているの?」
「ツマンナイ問い掛けね。いや、無意味なものは此処には無いのか。
 いいわ、答えてあげる」

 『私』は―――

「コレは一種の証明実験。
 此処は一体何なのか、それを私の精神の射程に収めるために。
 そして私は―――、いったい何を為せるのか」

 見極める為に。

「――――。それで、答えは出たのかしら」
「ある程度はね。その一つは今、目の前にある」

 彼女(ソレ)は笑って、

「あんたが出てくるって事は、つまり、そういう事でしょ?」

 長い黒髪をした彼女(ソレ)に言った。


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