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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫
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ナイトウィザード!クロスSS超☆保管庫

第08話02

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第八章 九秒前の白 _at_one_or_zero_


 ―――良い? アンタの標的は二つ。
    一つは言うまでも無く『東方王国旗』。コレは見つけ易い筈よ。
    『権力の象徴(シンボル)』なんてもん、他人から見え易く掲げてなんぼなんだから。

 ハリウッドファンタジー的なクオリティの現象の後で、重ねてソイツはそう言った。
 そしてもう一つ。

 ―――力(プラーナ)を調整する為の回路が何処かに在る筈。
    幾らあいつが古代神だって言ってもね、限りなく巨大で、多種多様なプラーナなんてもん、耐えられる筈がないんだから。

 直流を交流に変換する変電機のような、無限種類の力を、パール・クールに馴染み易くするための魔術的な仕掛けが施されている筈だ。とも、
 自信満々に、彼女は言った。

 ―――きっと何かに偽装している筈だけれど、必ず存在するわ。
    代償なくして、魔法の成就は在り得ない。それが、物語の元型(お約束)だから。


 そうして、今に至る。


 地を打つ断続的な音が、上条当麻の後方に発生している。
 上条は、両側を壁で挟まれた、空中回廊を全力全開で駆け抜けている。

「ぅどわぁあぁ!!」

 咽の奥から絶叫が迸った。
 全力疾走の途中で、声を出すなど褒められた事ではないが、それでも叫ばずには居られなかった。

 背後で、断続的に床が悲鳴をあげる。

 ワイヤーフレームの長城も、三百キロを優に超える重量が、ソレを支える太い四肢で叩き付けられれば、不平の一つや二つ、上げたくなるだろう。

―――GYSYAOOOOOOON!!!!

 エコーのかかった様な、明らかに異常な咆哮は、ヤギの口とライオンの口から同時に迸ったもの。
 むせ返る獣の臭い。
 振り向けば、明らかに異常な動物が、もう、すぐ近くにまで迫っていた。

「っっっっっ~~~~!!」

 道は一直線。
 上条は、透床を叩き続ける足に、力を込める。
 上条の足音は、後ろを走る獣の疾走音に重なって、上条の耳にすら届かない。
 後には大型の獣。山羊の頭が生えたライオンで尻尾は蛇。
 『キメラ』、『キュマイラ』と呼ばれる、RPGでは馴染み深いギリシャ神話の怪物である。

 走れ。走って逃げろ。

 上条を送り込んだ大魔王(ちょうほんにん)は、とっくの昔に居なくなっていた。
 あんなとんでもないお子様の相手を、アゼル一人に任しておくわけにも行かないのだから文句は付けられない。
 だから、まるでタイミングを見計らったかのように、突如現れたこの怪物には、上条は一人で対処しなければならない。
 怪物相手ならば、上条の右手は、絶大な力を発揮するのかも知れない。
 しかし、獣の身体能力を舐めてはいけない。人間は、武器がなければ猫にすら叶わないのだ。

 アフリカの原始マサイがライオンを狩るのにだって槍を使うというのに、ただの高校生上条当麻が、右手一つで一体如何しろと言うのか。

 だから、逃げろ。

 ライオンの走行速度は平地で約時速64km。対してマラソン男子の世界記録は時速換算すると、時速20.35km。
 致命的なまでの速度差だが、大型の猫科の動物が、全力疾走できる距離は精々が600~800m。つまり、最悪一キロ弱を捕まらずに逃げ切れば、振り切れるはず。
 それに、現在上条を追撃するのは、胴体の途中に山羊の頭を生やした奇妙な怪物。そのデザイン故に、空気抵抗や身体バランスが速度に強く影響する。

 キュマイラはライオンほど速くない。だから逃げろと、魔王は言った。
 けれど、

「ンな事出来るわけねぇだろうがぁあ! ライオンと追いかけっこして人間が勝てるもんかぁあ!!!!
 ふ、こ、うだぁあああああああああ!!!」

 獣の身体能力を舐めてはいけない。逃げ切るなど夢のまた夢、必ず追いつかれて食い殺される。

 ならば、反撃の機会は一度だけ。
 相手が獣である以上、ソレが爪であれ牙であれ、対象に触れなければ傷付けられない。そして、捕食者から触れられるという事は、獲物からも触れられるという事だ。
 しかし、数百キロの巨体を、人間が力いっぱいぶん殴ったところで大したダメージにはならないだろう。
 けれども、上条には幻想殺しがある。
 周囲のガラクタを集めた巨大な石人形(ゴーレム)に比べれば、大型の肉食獣のほうが、まだ遥かに御し易い。

 背中越しの吐息を感じる。
 肉薄する四足双頭の怪物は、地を叩いて宙を舞う。
 頭上にかかる影。数百キロの巨体が、天幕のように牙を開く。

 暴力。

 上条は、最も原始的な(わかりやすい)死のカタチに、
 ばしん。と、握り締めた拳を叩き込んだ。

「―――っ!!」

 右手の感触に、息を呑む。
 数百キロの巨体を、人間が力いっぱいぶん殴ったところで、指を痛めるのが精々。
 しかし、上条当麻の異能、幻想殺し(イマジンブレイカー)は一撃必殺。触れさえすれば効果を発揮する。
 自ら宙を舞ったケモノは、回避行動すら出来ず、あらゆる異常を祓う右手に捉えられ、

 いとも簡単に弾き飛ばした。

 幻想殺しを受け、怪物は未だ健在。上条の右手には、発達した硬い筋肉の感触。
 ケモノの体重は数百キロ。その巨体に、振り向き様の崩れた体勢から放った拳を叩き付けても、硬い毛皮と厚い筋肉が跳ね返す。
 それは、何処も可笑しくは無い。寧ろ道理であり、だからこそ、それは極めて異常であった。
 それが異能の存在である限り、触れさえすれば、幻想殺しはそれを破戒する。
 だと言うのに双頭の怪物は、幻想殺しを受けたにも関わらず、変わらず鋭い牙で上条を狙う。

「な―――」

 驚愕に大開する黒い瞳は、飛び掛る怪物を大写し。肉食の牙。食欲に歓喜する、獅子と山羊の二つの頭。

 遮るものは無く。それらすべてを、両の視界で像が結ぶ。
 網膜を覆うケモノの口。
 流石に瞳を閉じかけた、薄い視界の中で、

 ケモノは、赤く風船のように爆ぜ割れた。

「―――ぁ。あ?」

 視界に走る残像の線に、上条は呆然と。
 怪物を打ち抜いた閃光。熱風を伴った橙の極光は、余りにも見覚えが在りすぎた。
 何しろ、それは一度ならず、とある女子中学生に、上条自身が向けられたもの。
 ありふれたゲームセンターのコインが、音速の三倍というスピードに耐え切れずに、焼き熔けて焼滅する光。

 『超電磁砲(レールガン)』。

 とある超能力者(レベル5)の得意技だった。

「……やぁあああっと見つけたわよアンタッ!!
 何がどうしてどうなってんのか! 余すトコ無く何もかも全てウタって貰うから覚悟しなさいコンチクショウッ!!」

 首をめぐらせて、真ん丸く開かれた上条の目は、胸壁に仁王立ちする彼女の姿を捉えていた。
 灰色のブレザーと、チェック柄のスカートは学園都市の能力開発分野で五本の指に入る、私立常盤台中学の制服。
 褐色の瞳が急角度を描いて上条を睨みつけるその顔にも、見覚えが在りすぎていた。

「ビ、ビリビリ!? お前、何だってこんな所に!?」
「………。なんで、ですって?」

 あ、今地雷踏んだ。
 上条が自覚するより早く。静電気で浮遊する茶色の前髪から、ネオンのような電光をバチバチ言わせて、

「アンタを助けに来たに決まってんでしょうがぁ!! こォんの、バカァアア!!!!!!!!!」

 御坂美琴は、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


 花火のように。夜空を抉り瞬く光。
 星のように。夜天を切り裂き流れる光。
 そして、光が瞬くたびに、鼓膜を襲う轟音の波。
 遠ざかる二人を見送って、数秒。ノーチェは小さく息を吐いた。

「かは……―――っ」

 唇から漏れ出した真紅が、白い肌を汚す。
 喀血は、白と黒に散らばって鮮やかなコントラストを描き出した。

「ルール違反。だよ」

 声が。

「でも、ありがとうね。お兄ちゃんを手伝ってくれて」

 何時の間にか、ノーチェの後ろには、彼女よりも幼く見える少女が居た。
 色彩が狂う。
 まるで、彩度の無いフィルムに写した写真。
 若しくは、ブルーレイにハイビジョン録画した映像を、最早博物館にしか無いであろう白黒テレビで再生したような。
 そんな、初めて目の当たりにする灰色の世界。

「……ソレは今更で在りましょう。わたくしは蓮司の味方で在りますし、そもそも私の存在そのものが、この世界のルールに反しているので在りますから」

 モノクロの世界に閉じ込められたノーチェ。マーセナリー・オブ・イタリアンヴァンパイア。
 『学園世界』に紛れ込んだイタリア出身の『傭兵吸血鬼』は、苦笑する。

「『防衛機構』の事は存じ上げているで在ります。魔王級ならば兎も角として、私程度では対抗するのは難しいでありますな」

 たとえるならば、コンピューターシステムの監視メソッドか。
 どれだけ優秀なコンピュータウィルスでも、事を起せば即座に察知される。

「しかし、これ以外に思いつきませんでしたのでありますよ―――」

 珍しく、苦笑に屈辱が見え隠れする。
 結局、ノーチェはパール・クールの月匣までの道筋を演算する事はできなかった。
 正確に言えば、演算自体は終わっているし、『迷宮』に適用すべき方程式も導く事ができもした。
 千に至る魔王の痕跡は、その実すべて本物で。つまり、道標に要するのは千体の魔王に寄る同時演算。
 方程式は、複雑かつ有機的に絡み合いすぎて、情報戦を得意とするノーチェであっても、再現する事は不可能と言えた。
 いや、恐らくは、一つの肉体にしがみ付く精神には不可能であろう。
 打ち得る手といえば、おそらく一つ。
 この世界に彼女がやって来たときと同じような、ちょっとした『裏技』。システムの裏を付く、ハッキング。
 潜伏しているだけならば、まだいい。しかし察知されれば、ルール違反が無事に済む筈は無い。
 たった二人を転送(おく)った。その裏技の反動で、身体の内側には、決して浅くは無い傷が幾つも。
 体内に抱える、吸血鬼(ノーライフキング)たるノーチェであっても、消して浅いとは言えないキズ。
 そして、目の前に在る『神威』。

「―――しかし、やはり現れましたな……」

 ノーチェは紅眼を少女に向ける。

「聞いたときはまさかと思いましたが………、貴女を確認できただけでも意味はあったで在りますよ」

 少女は黙して語らず。微笑むのみ。

「………それで? わたくしを如何するおつもりで? 場合によっては―――」

 多少の抵抗は、させていただくで在りますよ。
 血塗られた唇を吊り上げて、真紅の目で傲岸と言い放つ。

「―――。そんな、ウサギのように怯えなくてもいいのに」

 胸元に熊の縫い包み(テディベア)をかき抱いて、少女は微笑を崩さない。

「貴女は自力で此処までたどり着いた。ならば知る権利がある。
 それを、私が如何こう言う心算はないわ――――」

 それに、

「此処に在(い)る存在(もの)は、例外なくその存在を祝福される。
 彼らも『私』も、勿論、貴女もね」

 歌う様に付け加える。

「喜びも悲しみも、愛も憎しみも、希望も絶望も―――
 幾千の意思は、今日も世界に語りかける。
 幾万の言葉は、明日も女神の馬車の車輪を回し、
 世界を、廻るだろう。
 世界は、回るだろう――――」

 最後に一つ笑みを残して、

「望んだままに進みなさい。
 貴女も、この世界の住人なのだから」

 少女は、霞のように消え去った。

「…………。」

 いくらかの沈黙を挟んで。

「勿論その心算で在りますが………。
 貴女の存在意義はそう―――、ファンファーレで在りましょうか?」

 巨大なお世話だ。と、ノーチェはぼやく。
 と、ポケットに突っ込んでいる己の0-Phonが震えだした。執行部部室から。
 初春飾利からの連絡のようだが、偽電話であるかもしれない。
 だが、ノーチェは躊躇わずに通話ボタンを押し込む。途端、スピーカーから中学生の声が飛び出してきた。

『大変ですノーチェさん!!』
「落ち着いて欲しいで在りますよ、カザリ」

 何時もの調子でノーチェは言う。電話の向こうの彼女を、ノーチェは偽者ではないと確信していた。
 情報を鑑みる限り、あの電話は柊蓮司と御坂美琴を第六学区―――、正確にはアゼル・イヴリスが居るところに近づけないようにしていた。
 ソレは何のためか。確証は無いが推測は出来る。
 数刻前から観測される『荒廃の力』の発現。そして、柊蓮司が持つ特異性。

 もしも―――、柊がその場に居合わせていたのなら。

 『彼女』が柊を案じる理由は無いが、柊以外ならば。
 そうであると仮定するなら、もはや回線を占領してまで、別の場所に誘い出す必要性はなくなっている。
 柊の目的は上条当麻であり、すでにアゼル・イヴリスの隣にはいないのだから。

「………で? 一体如何したで在りますか?」
『イリヤさんたちがまだ学園都市に残っているんです!』

 今、初春があげた様な声を、日本語では『悲鳴のような』と形容するのだろう。
 そして、イタリア吸血鬼もまた、似た様な声をあげていた。


 吹きつける風が頬をくすぐる。
 母親譲りの白い髪が、風に吹かれて暴れている。
 紅い瞳を凝らして、見失わないように追いかける小さな背中に向って、カレイドルビー・プリズマイリヤこと、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは声を張り上げた。

「もう、いい加減にしてよぉ!!」
「どれだけ哀れっぽい声を出したってミサカはあの人を探すのを止めたりはしない! って、ミサカはミサカは、熱血少年漫画の主人公みたいな科白を言ってみる!!」

 イリヤが追う少女は、個体名『打ち止め(ラストオーダー)』。外見年齢十歳ぐらいの茶髪の少女
である。

「だったら私たちが探してあげるから!! いい加減大人しくして!!」
「んー、それ無理ってミサカはミサカは駄目出ししてみる。
 あの人は酷い人見知りだから知らない人が近づいていったら酷い目に遭うよ。
 ってミサカはミサカは貴女が折り畳まれたり切り刻まれたりしてサイコロステーキみたいにならないよう忠告してあげてみたり」
「さ、サイ!? 何それ!? コワッ!! 如何言う人よ!!」
「学園都市最強の能力者。でも、前世はウサギだと思う白いし目赤いし寂しがりやだし。って、ミサカはミサカは素直な感想を述べてみる」

 上空(ウエ)と地上(シタ)で言葉の応酬を繰り返し、夜の学園都市を疾風の如く駆け抜ける二人の少女。
 打ち止めとしても、もうそろそろ体力の限界が近づいている。超能力者ぞろいの学園都市の住人とは言え、とある理由から、彼女の体力は見た目どおりのモノでしかない。
 長時間の持久走(鬼ごっこ)に耐えられるほど、体力的余裕があるわけではない。
 何とか追跡を撒こうと、打ち止めは複雑に、伽藍とした路地裏を曲がってくねる。
 そう言った事を二、三回繰り返して、しかし、空飛ぶ少女は離されながらも確実に追いすがっていた。

「しつこい! 台所にでる黒い虫並だってミサカはミサカは憤慨してみる!!」

 とんでもない怒号が聞こえた気がしたが、取り敢えず無視する。
 そして、更なる加速のために両脚に意識を向けた。

 その瞬間―――

「美遊!! 今だよ!!」
「!? ってミサカはミサカは言葉に出来ない驚きを記号二つで表現してみたり!?」

 路地の陰から飛び出した紫色の影が、ガッチリと打ち止めの身体を拘束した。

「捕まえた―――」

 静かに、しかし迫力のある声でそういったのは、イリヤと、つまり打ち止めの外見年齢とほぼ同じくらいの少女。
 紫を基調としたある意味完璧なデザインの衣服を纏った、もう一人の魔法少女。カレイドサファイア、美遊・エーデルフェルト。
 イリヤが追跡して打ち止めの気を引いている間に、予測進路を割り出した美遊が先回りして、捕まえる。
 単純な作戦だったが、ガッチリと嵌った。

「くうっ小癪な! ってミサカはミサカは反撃してみる」

 バチッ。と、電光が弾ける。

 『打ち止め(ラストオーダー)』。
 検体番号(シリアルナンバー)20001号の名を持つ少女は、とある超能力者(レベル5)の軍事量産体(クローン)である。
 オリジナルから受けついだ電撃使い(エレクトロマスター)の才能は二万分の一程度。
 しかし侮る無かれ、二万分の一は二万分の一でも十億ボルトの二万分の一は五万ボルトである。
 電撃を浴びせ、怯ませた瞬間に拘束を脱しようとした打ち止めだったが―――、
 彼女を羽交い絞めにする腕に、弛む気配はまるで無かった。

「むぅっ生意気な!! ってミサカはミサカはもう一度攻撃してみるっ」

 二度三度と、紫の服上で弾ける電光。
 しかし、ガッチリと打ち止めを拘束する美遊の腕は全く緩まない。

「抵抗を、無駄です」

 無言のまま拘束を続ける美遊に代って、蝶の翅をあしらった円環で、六傍星を囲った魔法の杖が宣言する。

「先程の教訓から物理保護を絶縁特化に調整しております。
 無意味の抵抗は、続けられない事が吉であるかと」
「む、変な言葉使い。助詞の使い方が間違ってるよってミサカはミサカは老婆心ながら忠告してみたり」
「僭越ながら、言葉遣いに関しては貴女も人の事は仰れないと思いますが」
「むー。ミサカは変じゃないもんってミサカはミサカは頬を膨らませてみる。
 だってミサカは変じゃないもんなぜなら変じゃないからって、ミサカはミサカは絶対の真理っぽいナニカを告げてみたり!!」


「いいから、大人しくして」


 低く、年齢不相応に迫力満点な声で告げる美遊の鉄面皮(ひょうじょう)には、
 『よくも余計な手間掛けさせてくれたなコノヤロウ。あとイリヤを傷つけたのは許さない』
 と、シッカリ書き込まれていた。
 しかし、背後から羽交い絞めにされているせいで、打ち止めがソレを見ることは無く、

「はなせー、おろせーって、ミサカはミサカは全身全霊で暴れてみたりぃー!!」

 故に恐怖とは無縁なところで、ブリキのオモチャのように、駄々を捏ねていた。
 が、カレイドサファイア(まほうしょうじょ)化している美遊の前では、文字通り無駄な足掻き。

(眠らせよう)

 黙考一秒。実力行使に掛かろうとした美遊の前に、ようやっとイリヤが辿り着いた。

「やぁあああっと捕まったああああああ!! 美遊ナイス!!」

 サムズアップ。
 キュッ。と締めようとした手を途中で止めて、美遊は鉄面皮をイリヤに向ける。しかし幻視に慣れた者ならば、その頭にぴくぴくと喜んでいる犬耳を見出した事だろう。

「さぁて、こうなったからには大人しく避難してもらうよ!」
「だが断る! ってミサカはミサカは岸辺―――、いたいたいたいたいたい!! 肩外れる! 首折れる!! 腕伸ばすな! 梃子の原理で締め上げないでっ!!
 暴力反対ってミサカはミサカは命の危険を感じて訴えてみる!!」

 ぎにゃぁあッ!! と、絞め殺された猫のような悲鳴をあげて、更に手足を暴れさせる打ち止め。

「けれどミサカはあきらめないって、ミサカはミサカは宣言する!
 あの人はミサカが守るんだもんって、ミサカはミサカはずっと前に決めたんだから!!」

 イリヤと美遊は顔を見合わせた。
 打ち止め(ラストオーダー)の行動は、徹頭徹尾『あの人がまだ学園都市内に居る』という前提に従って行われている。
 その人物との間にどのような絆が在って、如何言う理屈で確信しているかは知らないが、現実として『学園都市の住人は、全て避難している』筈なのだ。

 けれど、間違えているのはどちらなのだろう?

 打ち止めが勘違いしているのなら、それで良い。けれど、もしも本当に誰かが残っているのだとしたら―――、

「……ねぇ、美遊」
「ダメ」
「―――私、まだ何も言ってないんだけど……」
「一人で探しに行くって言う心算だった。―――違う?」

 見事に言い当てられ、イリヤは口元を引き攣らせる。

「でも、もしかして本当に誰かが残ってたら大変じゃない!」

 空には多重複合結界の蓋。
 『荒廃の魔王』アゼル・イヴリスを閉じ込める為の檻と化した学園都市の中に、もしもまだ人が居るとするなら、

「そう。大変なことね」
「だったら―――」
「だから、この子を道案内にして私も行く」
「へ?」

 丸く。イリヤの瞳が点になる。
 予想外の言動で、親友を呆けさせた魔法少女は、顔色一つ変えずに

「イリヤがそういうのは分かってたから。
 私がダメって言ったのは『一人で』行くってところ」

 目をぱちくりさせて、イリヤと、そして打ち止め(ラストオーダー)が瞬かせる。

「えーっと、話を総合するに、ミサカと一緒にあの人を探してくれるって事? ってミサカはミサカは可愛らしく首を傾げてみる」

 コクリと、静かに頷く美遊に、ぱぁあっと向日葵のような笑顔が咲いた。

「いやったぁああああ!! ってミサカはミサカは全身で喜びを表現してみたり!
 ヤッパリ最後に正義は勝つんだよって、ミサカはミサカは確信してみる!!」

「ちょっと、うるさいよ」

 調子に乗るな。
 きゅっ! と拘束する腕がなり、乙女らしからぬ音が打ち止めの咽から飛び出る。
 その光景にイリヤは冷や汗などを垂らしつつ、

「それじゃ行こっか。
 その前に、初春おねぇちゃんに連絡しとかないと」

 フリップを開いて、執行委員部室の電話番号を呼び出した。


「アンタを助けに来たに決まってんでしょうがぁ!! こォんの、バカァアア!!!!!!!!!」

 胸壁から飛び降りて、御坂美琴は、顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。

「俺を………、助けに?」

 対して上条当麻は、目を見開き頬を赤らめ、年下の友人を凝視―――

「……………なんで?」

 する事は無く、目をぱちくりとさせて、首を傾げた。
 ソレはもう小動物もかくやと。
 そうして美琴は、脳味噌の一部が、千切れる音を聞いた。

「って、あぁ、そうか。電話したんだっけな、すっかり忘れ――――ってぇ!! なにバチバチいってやがるてめぇ!!」
「あ、ん、た、って、やつわぁああ~……………」
「ひぃいいッ!! 御坂さんブチキレモードッ!!?
 でもしゃあねぇだろ!! 電話してから今までメッチャ濃かったんだから!! 具体的には死にかけたり死に掛けたり死に掛けたりも一つオマケに死に掛けたり!!
 少々の事忘れても悪くねぇって上条さんは宣言しますよ!!
 って人の話し聞いてねぇ!! わ、分かった、俺が悪かったから! 前髪をフワフワ浮かせて、火花をバチバチ言わせるの止めよう!! な!?」
「いっぺん死ねぇえええええええ!!!」
「ぎぃいゃああああああああ!!!!」

 バチィッ。と、目もくらむような閃光が、白い世界に蒼白く咲いた。
 尻餅をついた上条は、辛うじて突き出した右手で、十億ボルトの電流を受け止める。

「こ。ここここここ、殺す気かコラァ!!!」
「死ネ」
「うわ即答!! 殺意満々ですねコンチクショウ!! 俺が一体ナニをしたぁ!!」
「喧しい!! アンタなんか恐竜にでも頭から食われちゃえばいいのよ!!」

 なんだと、ビリビリ!! と、暴れる二人の頭上に影が差した。
 T‐レックス。

「は?」
「へ?」

 正真正銘の地球史上の最強生物が、顎を開いていた。その咽喉の奥が覗いた次の瞬間。
 どすん。という重い音が、鋭く湿った音に続いた。
 全体のシルエットとしては直方体。ごつごつした鱗に覆われたソレには、二つの小さな瞳と、巨大な乱杭の牙。
 恐竜の首。
 落ちてきたソレにぎょっとして、頭上を仰いだ上条と美琴。二人の視界の中で、巨大な塔が、倒れ崩れる。
 頭を失った恐竜の身体が、ずしん。と、重く地を震わせた。

「喧嘩するほど仲が良いっていうけどな。
 おまえらちっとは緊張感を持ちやがれ」

 緩めたネクタイを靡かせ、恐竜の血を吸った魔剣を担いだその男は、上条に手を差し伸べる。

 鍛え抜かれた上腕を曝す。
 袖を捲り上げた青いブレザーも、しなやかな足を包む濃紺のスラックスも、煤と返り血で汚れ、しかし、歴戦の猛者たる風格を身に付ける者に与えていた。

 その、輝明学園男子用制服を着込んだ学園世界の有名人の顔を、上条当麻は見知っていた。

「あんた、柊蓮司―――!」

 魔剣使い、柊蓮司。
 幾度も世界を救ってきた英雄。そして、極上生徒会執行部の実質的リーダー。

「おう。助けに来たぜ、上条当麻」

 にかっ。と、人好きのする笑みを浮かべて柊は上条の手を取った。
 差し出された右手を握り返し、とまどいながらも上条は腰を上げた。

 その瞬間。

 硝子が砕けるような音と共に、間抜けな声が二つ上がった。

「は?」
「へ?」

 柊は、いきなりすーすーと涼しくなった事に。
 上条は、いきなり出現した鍛え抜かれた男の裸に。

 真白な世界で、柊蓮司は、生まれたままの姿を曝していた。

「あのー、つかぬ事を、お尋ねしますが……?」
「ああ………。なんだ?」
「先ほどの制服。何かしらの魔術的な品物でしたのでせうか?」

 盛り上がった大胸筋や、屈強な上腕二等筋肉やらを花嫁のベールが如き漂白された頭で眺めながら、上条当麻は疑問を口にする。
 柊もまた、周囲に負けないぐらい真白な頭で、返答。

「ああ、呪錬制服つってな。生地を編む繊維一本一本に魔術加工して防御力を高めた代物だ」
「あはは~、ヤッパリ。確か六百万ぐらいするんでしたよねー」
「あー、いや。特別製のだから………一億ぐらいしたと思う」

 世代が変わって価格が下落する前のものだ。

「あははは~、一億ッすか」
「うん、たしか」

 一億円。ウィザード価格で一億ヴァルコ。全くどうでもいいが。
 暴食シスターを抱えた貧乏学生上条当麻に弁償できる額ではない。

「ふ、不幸だ……」

 警備ロボ120万円為を超える破壊金額に、上条は素敵に錯乱して、すわっ!! スイマセンでした!! と、ジャンピング土下座を決めようとする。
 だが、しかし、

 バチッ!!

 スタンガンのような、余りにも剣呑で物騒な音が響いた。いや、轟いた。
 背筋を指す冷気に、ハッ! と正気に戻った上条は、戦々恐々と音源に目を向ける。

「あ、ん、た、わぁああああ」

 そこに、雷神(オニ)が居た。
 雷鳴のような声(カミナリ太鼓の音)が聞こえる。

「ちょ、ビリビリ?」

 バチンバチンと青白い火花を炸裂させた、御坂美琴(アカオニ)がそこに。
 唐突な肉食恐竜の出現が、一時忘れ去らせた怒りも復活させて、

「男でも見境なしかぁあああああああ!!!!!」
「不名誉な事ぬかすんじゃねぇえええって、きゃあああああああああああああ!!!!!」

 いつもより強力な雷が、柊を巻き込んで上条当麻を焼き上げた。


 「うわ、なんだこれ?」

 聳え立つ鳥居を眺めた、上条当麻の第一声。随分と懐かしい反応である。

 真白な空間にポツンと佇む朱色。立派な事この上ない鳥居では在るが、神社にでもない所にポツンと立っている絵は非常識極まりない。
 この手のことに耐性のあるウィザードならば兎も角、初見の反応はこんなものだろう。

 上条と合流し、骨組みだけの長城を進んだ先、魔王パール・クールの月匣の入り口に立って、柊蓮司は、ふっ。と息をついた。
 因みに。破壊された呪錬制服は既に別の服に取り替えていて、もう全裸ではない。上条共々色々と焦げているのには、まぁ、触れる必要は無い。
 乙女心は複雑怪奇。朴念仁(と書いてヒイラギと読む)には与り知らぬ神秘だ。
 序でにいえば、実のところ柊蓮司は上条当麻には感謝していたりする。
 呪錬制服の喪失は痛いが、スターイーグルは月衣に収めていたし、なにより制服姿(アンゼロットの陰謀)から解放してくれたことに、感謝は尽きない。

 閑話休題。

「行くぞ。
 気ィつけろよ、こっから先は常識なんて通用しねぇからな」

 頷く上条と美琴に先行して、柊は足を踏み入れた。
 鳥居を潜り、『東方王国の王女』の箱庭へと。

 佇むだけの鳥居を潜り抜ると、世界はガラリと一変した。
 白い世界は消失し、両の目に飛び込むのは、斜陽が差し込む長い回廊。建築様式は和風。
 イメージとして、神社の廊下という表現が、最も近しい。

「うお、いきなり建物ン中かよ。ってか夕方?」
「……―――。確かに、これは常識離れしてるわ―――」

 付いてきた二人の視線は、物珍しそうに周囲を廻る。
 回廊の建築様式は和風。珍しがるほどモノでも無いしありふれてはいるが、何よりそのサイズが桁違いだ。
 板張りの廊下は三人が横に並んでも更に十倍ほどの余裕が在り、西日に照らされる柱は、高層ビルよりも高いかもしれない。
 そして、天井を支える梁は、成人男性の身長ほどには太いだろうに、見上げればそれが人差し指の長さ程度にしか見えない。
 巨神の社。何から何までオーバーサイズの室内空間に、上条と美琴は、まるで巨人の国(ブロブディンナグ)のガリバー気分を味わった。

「しっかし、鳥居で神社だなんて、随分時代がかってると言うか……」

 日本びいきなのね。
 呆れたような美琴の科白に、柊はそんなもんだと呟く。
 普段から改造巫女服で居るような魔王の心中など、人間が察するには途方もなさ過ぎて、どうしようもない。

「おまえら、気楽な会話もその辺にしとけよな……」

 此処は、魔王の月匣(フォートレス)。即ち、文字通りの砦、橋頭堡。侵入者を迎撃する罠などが、ごまんと転がる危険地帯。
 謂わば処刑道具の真ん中で、警戒は更に警戒を重ねても足りないという事は無い。
 そんなところに、ほとんど素人同然の二人を伴って突入(ダイブ)しようと言うのだから、ある意味自殺行為といわれても反論できない。
 が、柊に二人を置いていく心算など欠片もなかった。

 御坂美琴。学園都市第三位の超能力者(レベル5)。
 天変地異じみたその力は普段の委員会活動で、よく理解している。
 だから彼女はいい。

 そして、

 上条当麻。奇妙な右手を持つ少年。
 身体能力は一般人に毛が生えた程度だが、何か在ったとしても、一般人(イノセント)一人ぐらいならば庇いきる自信は在る。
 なにより、あのベール・ゼファーが切り札扱いしている以上、置いていくという選択肢はない。

 随分とバランスの悪いパーティ構成だが、ソレは何時もの事だ。

 周囲を警戒しながら、永遠の西日が差し込む廊下を進む。柊が先行し、その後を並んで上条と美琴が着いて来る隊列だ。
 今のところ、特に異常はない。敵(エネミー)の影も見当たらない。
 通路は、真直ぐに伸びている。何処までも。途中に枝道の類は無く。真直ぐに。
 その構造に、柊の経験がチクチクと警鐘をあげた。

「なんか、デスローラーとか在りそうだな、ここ」

 そう、呟いた瞬間。

「あ」

 ガコン。と、柊の後ろを行く、上条当麻の右足が沈んだ。

「え」

 ごとん。と、更に後の方に、大質量が落っこちた音が続く。

「え?」

 美琴がまあるく、目を見開いた。

 そして、何かが転がる音が迫る。
 柊か上条か、それとも二人の持つ不幸属性が相乗した結果なのか。

「ヤッパリかぁあああああああ!!!!」

 柊が叫び、廊下を埋め尽くす巨大な酒樽が、絶叫を跳ね飛ばした。

10


 花火のように。夜空を抉り瞬く光。
 星のように。夜天を切り裂き流れる光。
 鼓膜を襲う轟音の波は、瞬くたびに世界を揺るがせる。

 無限の力を得たパール・クール。それを相手取る戦闘は、アゼル・イヴリスが、今までに経験した、どんな戦いよりも苛烈だった。
 何しろ、最大の武器が通用しない。
 『荒廃の力』。『荒廃の魔王』の二つ名の理由。同族にすら忌み嫌われる、呪われた能力(チカラ)。
 ソレを、ほぼ全開にしても、今のパールの底は見えなかった。

 今までは、力を使えばソレで終わった。
 森羅万象に終わりを告げる負の力は、何人たりとも逃しはしない。
 そもそもが、戦いにすらならない。

 敗北は一度。冥魔王の一柱を相手取った時。敗北を喫し捕食されたその時と、今は同じ。
 『荒廃の力』が通用しない。
 以前、冥刻王のプラーナは喰いきれず、今、侵魔王のプラーナには、底がない。

 過去、メイオルティスには敗北した。
 しかし、
 現在、パール・クールには負けられない。

「上条、君……」

 護る。と、決めたのだ。
 この忌々しい能力、『荒廃の力』に犯されない、奇跡のような少年。
 そして、全てを知っても、味方で居続けてくれた人。
 彼が居るだけで、アゼル・イヴリスは救われる。

「負けられない」

 ソレは、ここでしか出来ない事だ。
 ソレは、今しか出来ない事だ。

 ―――逃げるわけには行かない。

 上条当麻は戦っている。ここではない場所。すべてが始まる空白で。
 他ならぬアゼル・イヴリス(この私)を助ける為に。
 だから、

「負けられない――――――」

 身体を組み替える。左腕部に人(神)造人間特有の生体箒(バイオオーガン)を形成。ベルの攻撃で足の止ったパール・クールに、血弾(ブラッドブレッド)を一斉射。

「――――私は、負けない!!」

幕間 8


 其処は、果てまで広く、何処までも広い空間だった。
 天井は高く、幅にも奥行きにも狭苦しさは無い。ちょうど、大きな体育館の中央に立ったとき。その感覚が、最も近いだろうか。
 其処は部屋だ。
 空間はピンクの光に満たされ、床には白虎の敷物が置かれ、甘ったるい香の匂いが充満している。
 青磁、炻器、白磁、土器等の文化的、歴史的背景などの統一感を無視した色とりどりの壺が、壁際の棚に収まっている。

 その中心に、ただ一本の旗が、風も無いのにはためいていた。

 そんな風景の中で、更に異彩を放つ影が一つ。
 彼女は一人、佇む。

 先程、主と仰ぐ『東方王国の王女』の命令を受けた。
 それは、ここの管理と共に上条当麻という人間を始末する事。
 伯爵位にあるこの身も、彼の我侭魔王にすれば小間使いも同然という事か。
 二十六の軍団を統べる彼女が、そのような屈辱に甘んじているのは、偏にそのネガイの為で在った。

 ソレは、復讐。
 『蝿の女王』、ベール・ゼファーに対する復讐心ゆえに。

 それも、八割方完遂している。
 己の手によってではない事に不満はあるも、そんなものはパール・クールに痛めつけられる姿を、ここから観賞できただけで十分だ。
 高みの見物で、胸のつかえが、すぅっと降りた。

「―――――、――――」

 腕に巻いた、血の滲む包帯に舌を這わせて喜悦の笑みを浮かべる。
 パール・クールに感謝を。自他共に認める淑女として、その分の返礼はしなければならない。

 都合のイイコトに、つい先刻、この月匣に侵入した三匹の鼠がいる。そしてその中の一人は、殺すように命じられた、上条当麻という人間。

 なるべく惨たらしく殺して、そのプラーナを捧げよう。

 異様な空間で、異様な服装の彼女は、歪な笑みを浮かべて、侵入者を俯瞰する。


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