2-1
モチベーションとは
モチベーション(motivation)とは、組織メンバーに対する仕事への意欲を喚起する働きのことであり、一般的に言う「動機づけ」に他ならない。今、企業において従業員を動機づけることは人的資源管理の分野で非常に重要な位置を占めている。近年多発する企業不祥事の中、従業員は、ただ上から指示されたことを行うだけでなく、自ら考え行動することが求められているのである。つまり、従業員の仕事意欲を高め、自発的に行動を起こすことのできる環境作りが急務であると言えよう。例えば、Robbins(1997)は「モチベーションとは、何かをしようとする意志であり、その行動ができることが条件付けとなって、何らかの欲求を満たそうとすることである」と定義している。つまり、モチベーションをアップさせるとは、従業員の欲求を喚起するのみならず、その欲求を満たそうとする働き、つまりそれを行動に反映させることまでも含む必要があるだろう。次節以降ではモチベーション理論を用いて、従業員にどのような欲求があるのか、またその欲求がどのように行動に結びつくのかについて考察を進めたいと思う。
2-2 モチベーション理論とは
モチベーション理論は経営学では、「職場において人々にやる気を起こさせ、職務の生産性を高めるにはどうしたら良いか」(下崎千代子,現代企業の人間行動,p3)の研究として位置づけられる。ここではキャンベル(Campbell,J.P.et al.1970)による代表的なモチベーション理論の分類に従い、内容理論と過程理論によるアプローチで論を進めたいと思う。内容理論とは「働いている人々を動機づけているものは何かを決定しようとするもの」(Luthans,F.1985,p.196)であり、従業員にどのような欲求があるかの研究である。過程理論とは「動機づけへともたらす認知的な先行因子を問題」(Luthans,F.1985,p.204)としたものであり、欲求がどのような心理的プロセスを経て行動に表れるかの研究である。
2-3 欲求とCSR
ここでは人間にはどんな欲求が存在するのか、内容理論を用いて説明したい。内容理論の代表として、マズローの欲求五段階説がある。これは人間の欲求を五段階に分け、下位の欲求が満たされて初めて上位の欲求が現れるとしたもので、その五段階とは、下位から①生理的欲求②安全欲求③所属欲求④承認欲求⑤自己実現欲求である。生理的欲求とは、人が生きるために不可欠なもので、例えば食欲がある。安全欲求とは、心身の安全を求めることで、例えば雇用の安全がある。所属欲求とは、まわりの人々と心の通い合う関係をつくりたいというもので、家族、サークル、企業などに所属することが挙げられる。承認欲求とは、まわりから評価を得たい、認められたいという欲求であり、人事評価などがある。そして最後に求めるのが自分を最大限に表現したいという自己実現欲求である。
マズローの理論を従業員の欲求に当てはめ、本論文のテーマに沿って、CSRによる欲求への影響について述べたいと思う。ここで、従業員について考えるにあたって、生理的欲求と安全欲求についての議論は必要ないと考えられる。企業に働き、最低限の賃金はもらい、安定を得ていると考えるからだ。しかし、所属欲求に関して、「所属」という定義について考えると、それは単に企業に属することのみならず、企業の経営理念に属することに他ならないと考えられる。つまり、トップがCSRによって経営理念を従業員に認知させ、従業員はそれを認知することによって初めてその企業に属することができるのである。この「ツールとしてのCSR」が所属欲求を満たすために欠かすことのできない要素だと私たちは考える。更に、CSRは承認欲求の充足にも効果をもたらすであろう。CSRはその直接的な対象から感謝され、評価されるだけでなく、社会全体からの評価も得ることができる。「あなたの企業は社会に貢献していて、素晴らしいですね」といった評価は、従業員の「誇り」にもなるだろう。このように承認欲求が満たされることで、最後に自己実現欲求が現れる。これによって、従業員は自発的に行動し、自分の力を存分に発揮した「活気ある」職場を作り上げるだろう。そして、そのような職場に「働きがい」が生まれ、「自分の成長」も見出すことができるだろう。
2-4 行動とCSR
前節では、従業員の欲求について説明した。しかし、その欲求が行動に結びつかない限り、それはモチベーションアップとは言い難い。そこで本節では、そのような欲求がどのように行動に結びつくかについて、過程理論を用いて説明したいと思う。代表的なのはブルームの期待理論である。これは、「人間は様々な選択肢の中で自分にとって最も価値・効用が高い行動を選ぶ」とした理論である。ブルームはその価値・効用を、「誘意性」と「期待」、「道具性」の関和で示されるとし、人間の行動選択を説明しようとした。つまり、その行動の結果が魅力的であり(誘意性)、その結果がもたらされる確率が高く(期待)、さらなる結果をもたらす(道具性)場合にその行動に駆り立てられる可能性が高くなるということである。本論文では、この中でも「誘意性」に着目し、「誘意性」を上げることで行動を喚起し、モチベーションアップになるとして話を進めていきたいと思う。なぜここで「誘意性」を選んだかというと、「期待」や「道具性」は経営環境や組織構造等によって決定づけられ、本論文の範疇に属さないからであり、また、「誘意性」がモチベーションアップに不可欠な一要因であることは明らかだと考えられるからである。
誘意性は、より欠乏した欲求を満たす行動に対して高い数値を導くことができる。。例えば、マズローの言う承認欲求まで満たされた人間であれば、次の自己実現欲求を満たすため、「必死に仕事へ取り組む」という選択肢を選ぶだろう。このように、誘意性を高めることで行動を喚起することができる。
そこで、誘意性を高める一つの手段として、認知が挙げられる。認知によって誘意性を高め、行動を喚起することを認知的動機づけという。トップは経営理念やビジョンを従業員に認知させることで、経営理念というフィルターを通した「目標」を従業員に持たせることができる。これによって従業員に「目標」を達成したいという欲求を持たせることができる。これにより、企業の目標を達成するために「頑張って働く」という行動の誘意性が高まり、この行動が選択されるのである。このように、従業員が経営理念を認知し、同一の目標を持った上で、全員がその目標に向かって取り組む職場には活気がみなぎり、良い雰囲気の中で、自分を成長させる機会に恵まれるだろう。つまり、CSRによって従業員に経営理念を認知させることで、従業員のモチベーションをアップさせることができると言えよう。
2-5
CSRとモチベーション
上記から、CSRには従業員のモチベーションをアップさせる働きがあると言える。一つには、CSRは従業員の欲求を満たすことができ、従業員のより上位の欲求を喚起することで、自己実現を促すことができる。更には、CSRによって経営理念を認知させることで、それが欲求を実現する行動に大きな価値をもたらし、行動を喚起することができる。この二つの働きが相まって従業員のモチベーションがアップすると言える。では、実際にはどうなのか、実証分析によって示したいと思う。
最終更新:2009年11月08日 14:45