醒めない夢(後編) ◆MiRaiTlHUI
つい数分前まで戦場だった健康ランドの正面駐車場にて、一夏――の姿を奪い取った怪盗X――は、面白くもなさそうに置き去りにされたデイバッグを拾い上げた。
中を確認するが、目ぼしいものは何もない。さっきの女が落とした拳銃の予備マガジンと大量の弾丸が詰められた箱が二つ。それから、用途の分からない無機質な銀のベルトにナイフが一本。武器に困っている訳でもないXからすれば、戦利品としては実にくだらないものばかりであるが、かといって別段それが残念という訳でもなく。
「まあ、結局逃げられちゃったんだし、今回はこんなもんか」
仕留めたならまだしも、今回はただ逃げられただけだ。仕方ないとあっさり諦める。
一応最後にキャレコによる射撃も試みたが、それも特別深い考えがあってやった事ではない。あの赤いカブトムシに邪魔をされた所為で十分に的を絞る事は出来なかったし、仮に命中していたとしても、ただの殺人行為に意味などないし嬉しくもない。
Xはただ、純粋に自分という存在のルーツが知りたいだけだ。その謎の答えに辿り着く為に他者を殺し、その死体を箱に詰めて“細胞レベルで観察”して始めて意味があるのであって、ただの殺戮に美学があるなどとは微塵も思ってはいない。
「あの子はちょっとだけ面白そうだったんだけどな」
思い浮かべるのは、鈴羽とか呼ばれていた女の方だ。Xの攻撃には殆ど反応出来ていなかったが、それでもあの女は――ここではXの能力は制限されているとはいえ――Xの殺気を見破ったのだ。少なくとも、Xを前にしてただ殺されるだけの“まともな”一般人とは格が違う。
人間の域を出てはいなかったが、そんな彼女でもいざバラしてみれば自分のルーツに近付くヒントを得られるやもと思いもしたのだが、結果はこの通り。失敗だ。
ちらと、足元に散らばる機械の残骸を見遣る。
数ミリから数センチ程度の小さな部品が幾つも合わさってあの赤いカブトムシ型のメカを形成していたようだが、このメカもバラしてみれば特に面白い特徴も見当たらなかった。念の為にこれ以上細分化出来なくなるまで完全にバラしきってみたが、面白いと思えたのは空を飛んでいた間だけで、こうなってしまえばただの鉄クズだ。
退屈そうに、Xは足元に散らばった“かつてカブトゼクターだった部品”の数々を蹴飛ばして散らす。ちょうどその時、Xの超常的な聴覚は遥か彼方から接近して来る猛獣の雄叫びを聞きとった。
バイクの駆動音と共に雄々しき獣の咆哮を上げながら、何かが急接近して来る。かなりの速度だ。つい今し方Xの聴覚に届く範囲に入って来たと思っていたら、その尋常ならざる移動速度でもって、今はもう随分と近くに接近してきている。あと数秒もあれば獣はこの場所へと辿り着き、Xと鉢合わせる事になるだろう。
若干の期待を胸に、Xは急迫する音へと向き直り、意識を傾けた。
やがて現れたのは、巨大な機械仕掛けの虎だった。大きく咆哮を上げながら、Xの前方で荒々しく跳ねた虎は、その前足――否、前輪をアスファルトに食い込ませ、停車する。それは虎ではなく、巨大な虎のように見えるバイクだった。
虎のバイクを操る黒いスーツに身を包んだ金髪の少女は、Xの姿を見咎めるや、何を言うでもなく凝然と周囲を見渡す。
粉々に砕かれた健康ランドの硝子張りの正面窓。置き去りにされた
阿万音鈴羽の自転車。それらを順繰りに見て、次にXの足元に目を向ける。足元に散らばる機械部品の数々は、元々外装部分だった赤いパーツを見れば、元の形を知る者ならばそれが何のなれの果てであるのかは容易に想像がついたのだろう。
それらを見て一つの結論に至ったのであろう少女は、その双眸をきっと鋭く尖らせて、まずは質問を投げてきた。
「名を聞くより先に一つ問いたい。此処に二人組の少女が来た筈だが」
「ちょっと一悶着あってね。もうとっくに逃げて行ったよ、あっちの方に」
既に少女はXを疑って掛かっているのだろう。当然だ、普通に考えれば誰だってXを訝る。
ここでも
織斑一夏っぽく振る舞って難を逃れるべきかとも一瞬思ったが、この状況から完全に言い逃れるのは、不可能ではないのだろうが流石に面倒臭い。諦めたXは、特に隠し立てをするでもなく正直に答え、彼女らが走り去って行った方角を指差した。
「彼女らを襲ったのは貴様か」
「まあ、そうなるのかな」
そう答えた途端、少女が発する敵意がごうと膨れ上がった。
義憤の炎に燃えるその双眸で真っ直ぐに睨み付けられれば、まるで此方が度し難い程に悪辣な殺人鬼であるかのように錯覚してしまう。もっとも、それもあながち間違いではないのだが。
知られたからにはここで少女を逃がすのも惜しい。一応怪物強盗らしく口封じはしておくべきかと、そう判断したXはキャレコの銃口を少女へと向け、その引鉄を引いた。
フルオートで発射される銃弾の嵐が少女に殺到するが――少女は尋常ならざる反応速度で虎のバイクを吠えさせると、放たれた弾丸の全てを跳ね上がったバイクの車体で受け止めて見せた。
少女が自らの意思でバイクを操ったのか、バイクが自らの意思で弾丸を塞いだのかは定かではないが、何にせよそれが敵に回せば厄介極まりない武装である事だけはXにも理解出来たが、そんな事はもうどうでもいい。奴はもうバイクから離れ、次の攻撃に移っているのだと、そう警戒した方が合理的だ。
元々残弾の少なかったキャレコの弾が切れるまでに掛かる時間はほんの一瞬。その一瞬を凌ぎ切り、着地した虎のバイクの座席の上には案の定、少女の姿はなかった。同時に、上空から殺気を感じたXは即座にアゾット剣を抜いて上空からの奇襲に身構える。
「ハァアァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
刹那、青いドレスと銀の甲冑に身を包んだ少女が、頭上からX目掛けて急降下し“見えない剣”を振り下ろした。その剣が巻き起こす僅かな風圧を感じ取ったXは、かろうじてアゾット剣を上段に構えその一撃を受ける事に成功する。
甲高い金属音が鳴って、両者の獲物が激突する。そして、その瞬間にXは悟ってしまった。この貧弱な武器では、少女の不可視の剣を受け止めて耐え切る事は出来ないと。その小柄の体躯の一体何処にそんな力があるのか、恐らくはこの怪物強盗にも匹敵する程の怪力で以て、奴は剣を振り落としたのだ。
(――チッ!)
心中で舌打ちしたXは、アゾット剣に少女の体重が乗せられる前に、自ら一歩身を退いて、少女の刃をアゾット剣の刃に滑らせて受け流した。互いの刃が触れた瞬間から、この受け流しに至るまでに掛かった時間はほんの一秒にも満たない。Xの超常的なセンスがあって初めて成し得た柔の技だった。
ともあれ、これで少女の太刀筋は、Xに匹敵する程に重く鋭い事が知れた。
おまけに攻撃の軌道が見えないとあらば、何処で力に押し切られ敗北するか分かったものではない。敵について何の情報も持たない今、こいつと戦うのが危険だと言う事はこの一瞬の相克でXにも理解出来た。
間髪入れずに追撃の横一閃を振るう少女。今はまず、回避に専念するべきだ。Xは後方へと大きく跳び上がるって、少女の攻撃から逃れ、目を凝らしてその間合いを計ろうとするが、やはりその剣は完全なる不可視。
肉眼ではそのリーチすらも計らせてはくれず、二度目の踏み込みで以て振るわれた不可視の刃は、一瞬回避の遅れたXのマントと上着を裂いて、その切先はXの胸部の筋肉をも薄く裂いた。不幸中の幸いか、この程度の傷ならばすぐに回復出来るだろうが、やはり危ない綱渡りは避けたい。
距離を取って着地したXは、血の滲んだ胸部を軽く抑えながら、しかし不敵な笑みを崩す事なく言った。
「へえ、アンタも面白い戦い方するじゃん。ここはやっぱり面白い奴ばっかりだね」
「……私に挑む気があるなら、下らない減らず口ではなく、剣を執って戦ったらどうだ」
「うーん、先に仕掛けておいて悪いんだけど、今回はここまでにしておこうかな。流石にまだ準備が足りなかったみたいだし!」
「……ッ、逃げるつもりか、外道ッ!」
怒気を孕んだ少女の叫びを無視して、Xはその超人的な脚力で以て健康ランドの屋根目掛けて飛び上がった。最後にちらと見下ろせば、青いドレスの少女はその両手で見えない剣の柄を握ったまま、義憤に満ちた鋭い眼光でXを睨み据えていた。彼女が随分と真っ直ぐな性格をした人間だという事は何となくXにも理解出来たが、しかし、なればこそそんな奴に眼を付けられては少々厄介だ。
あの尋常ならざる速度で走る虎のバイクが相手では確実に逃げ果せるだけの自信もない。今は追い付かれる前に、とっとと逃げてしまった方がいいだろう。
健康ランドの屋根を足がかりに、更なる加速力を持って跳んだXは、それこそ通常のバイク程度にならば遅れを取らぬ程の速度で以て前方に見える緑生い茂る山の方角へと飛び込んで行くのだった。
◆
先の戦闘から数分、鈴羽達を乗せたライドベンダーは見事一夏を振り切って、既に空見町のエリア内に入っていた。
空気が澄んでいて心地がいい。それほど栄えた町とも思えないが、代わりに緑が多く残された昔ながらのいい町だ。見渡す限りの田園風景は、戦場しか知らずに育った鈴羽にとっては新鮮で、ここが殺し合いの場でさえなければどんなに良かったか、と切に思う。
七十年代に跳んでIBN5100を手に入れた後は、こんなのどかな町で残りの人生を過ごすのもいいかもしれない。そんな取り留めもない事を考えながら、同時に置き去りにしてしまった
セイバーの事も考える。粉々に砕かれた健康ランドの窓ガラスや、置き去りにしてしまった自転車を見れば、そこで何が起こったのかは察してくれるだろうが、そのまま彼女も無事空見中学校まで来てくれるだろうか。
本来の目的地は空見中学校なのだから、セイバーならばすぐに追い付いてくれるとは思うが――と、そこまで考えて、鈴羽はまだ空見中学校が何処にあるのかを知らなかった事を思い出す。
そはらは先程からろくに喋ってはくれない。折角故郷の町まで帰って来たのだから、どっちに向かえばいいとか、さっきの自転車の時のように面白い話を聞かせてくれたっていいのに。突然現れた殺人鬼を前に、気を張り過ぎて疲れているのかと思い、鈴羽はライドベンダーを一旦停車させた。
サイドスタンドを立ててバイクから降り、ぐっと背を伸ばした鈴羽は、
と、そう言いかけて、予想だにしなかった酸鼻な光景に絶句した。
ライドベンダーの座席に跨ったままのそはらが、すっかり生気を失った虚ろな瞳で空を見上げながら、ぐったりと力を失ってライドベンダーの背もたれに体重を預けているのだ。背中から溢れ出した夥しい量の血液はライドベンダーの黒い車体を赤黒くてからせて、真下のコンクリートへとぽたぽたと滴り落ちている。
言葉を失った鈴羽は、慌ててそはらを抱き上げ地面に降ろし、傷口を見る。数発の弾丸がそはらの背を突き抜けて内臓を貫通し、しかし腹部まで突き抜ける事はなく体内に留まっている様子だった。弾丸が貫通して鈴羽に届かなかったのは、単に貫通力を持たないキャレコ短機関銃による銃創だったからだろうと当たりをつける。
ライドベンダーで走り出してすぐに、織斑一夏がキャレコを無差別に発砲し、そのうちの数発がそはらに命中していたのだろう。どうして気付かなかったのか、これで助かったと思い込んでいた自分の浅薄さに絶望する。あの時最後の瞬間まで一夏から気を逸らさずに、少しでも銃弾を回避出来るように蛇行運転でもしていたなら――否、そんな余裕がなかった事は、自分自身が一番良く分かっているではないか。
「くそぉ……っ、何でだよぉ! 何とか、助ける方法は……!」
未来の世界で、鈴羽は大勢の仲間達を失った。力及ばず、目の前で虐殺されていく仲間を何人も見て来た。鈴羽はその度悔しい思いを噛み締めて、もうこんな思いをしてたまるかと現代まで時間を飛び越えて来たのだ。
それなのに、また繰り返してしまうのか。また優しい仲間を失ってしまうのか。そんな結末は嫌だ、何とかして治療は出来まいかとデイバッグの中身を漁るが、治療に使えそうな道具などは何もない。
「でも、まだ息はある……!」
そう、幸いな事にまだ息はある。今からすぐに手当の出来る施設に連れて行けば――駄目だ、そはらはもう既に大量の血液を失っている。今からじゃ何処へ連れて行くにも間に合わないし、仮に間に合ったとて、身体の中に残留した弾丸を摘出した上で適切な治療を施すには、医学の心得を持った人間の存在が必要不可欠だ。
もうそはらを救う手段はないのだと気付いた時、確定した仲間の死を受け入れるほかないと悟った時、鈴羽は目の前が真っ暗になるような錯覚に見舞われた。
「鈴羽……さん……」
「……見月そはらッ! どうして、どうして弾が当たった時に言ってくれなかったんだ! 君がすぐに知らせてくれたら、あたしは何処かでバイクを停めてた! そしたら手遅れにならずに済んだかもしれないのに!」
「だから、です……きっと、停まったら……アイツに、追い付かれて……そしたら、私だけでなく、鈴羽さん、まで……」
「馬鹿っ……そんな、どうして……っ!」
納得は出来ないし、したくない。だけれども、そはらの言う事は実際正しいのだろう。
あそこで鈴羽が全力でライドベンダーを走らせたのは、先に織斑一夏の尋常ならざる走力を見せ付けられたからだ。あの時点で既にカブトゼクターの動きを見切りつつあった一夏が相手では、少しでもバイクの加速を緩めればその時点で追い付かれていた事も想像に難くはない。それでは、二人揃ってここで殺されていたかも知れないのだ。
言わば、そはらは自分の命と引き換えに鈴羽を救ってくれたようなものではないか。
自らの背に何発も弾丸を受けて、それでもそはらは、せめて鈴羽だけでも逃げ遂せるようにと必死に痛みに耐えてバイクにしがみ付いていたのだ。何の訓練も受けていない少女が、ただ仲間に助かって欲しいだというそれだけの理由で、声一つ上げずに命を失う程の痛みにも耐え続けていたのだ。
考えれば考える程に彼女の行動が正しかったのだという事が理解出来てしまう。理解させられてしまう。
それがどうしようもなく悔しくて、耐え難い程につらく哀しくて。自分の無力感とそはらの優しさに打ちのめされた鈴羽は、澎湃と溢れる涙を抑える事が出来なくなっていた。本当に痛いのは、苦しいのは自分ではなく、そはらの方なのに――!
「ごめん……ごめんね、見月そはら……ッ」
悔しさを噛み殺して、嗚咽を漏らす。
今から何か、自分に出来る恩返しはないだろうか。せめて最期に安心させてやる事は出来ないだろうか。混乱する頭を必死に回転させる鈴羽に、そはらは虚ろな瞳のままで問うてきた。
「……ここ……、空見町、ですか……?」
「うん……そうだよ、君の故郷に帰って来たんだよ!」
力無く首を傾けたそはらは、どうやらこの場所を知っているらしく、安心した様子で緩く微笑んだ。
「ここから……もうちょっと進んだら、智ちゃんと、私の家が……あるんです。
そこには、
イカロスさんや……
ニンフさんも居て……いつも、馬鹿な事ばっかり……」
それは、さっき自転車に乗っている時に聞いた話だった。
桜井智樹の話をしている間のそはらはとても楽しそうで、そはらは彼の事が好きなのだろうなという事にも、鈴羽は気付いていた。桜井智樹はエンジェロイドの力を借りて、いつもいつも馬鹿な事件ばかりを起こす困り者だが、本当は優しい男の子なのだという話ももう充分な程に何度も聞いた。
ここまでそはらに何もしてやる事が出来なかった鈴羽は、ふと思い立ったように涙を拭うと、精一杯の笑顔を浮かべて言った。
「今まで黙っててごめんね見月そはら、本当はこれ、ただの、ダイブゲームなんだ!」
「へ……ダイブ、ゲーム……?」
「そうっ……そうだよ、殺し合いなんて、全部嘘だったんだ!」
流石に無茶があるかとも思うが、そんな事は今はどうだっていい。
最期くらい、彼女には安心していて欲しい。それは、鈴羽の精一杯の優しさだった。
「だから安心して、見月そはら。次にまた眼が覚めたら、全部元通りになってるから。桜井智樹も、みんなも、いつも通りだから! また、桜井智樹達と、みんなで学校に行って、馬鹿な事……沢山、出来るから!」
安心させたい一心なのに、涙は止まらない。
一生懸命笑顔を浮かべるが、それに釣り合わぬ涙がとめどなく溢れ出る。
泣いていちゃいけない。自分が泣いていちゃ、彼女を安心させる事など出来はしない。そうは思っても、どんなに強がっていても本当は心優しい鈴羽が、“友達”の最期に涙を流さず耐えられる訳がなかった。
やがてふっと微笑んだそはらは、ゆっくりと右腕を上げて、その指先で鈴羽の頬を伝う涙を軽く拭った。
「そっか……良かった、夢だったんだ、ね」
「うん、だから……だから、安心して……今はおやすみ、そはら」
「……ありがとう、鈴羽さん」
最期に一言感謝の言葉を告げたそはらは、柔らかい笑みを浮かべたまま、眠るように眼を閉じた。
感謝の言葉を告げるべきはこっちの筈なのに。そはらの最期の言葉が、一体何に対して告げられた感謝なのかを鈴羽は理解出来なかった。
だけれども、やはり何処か見透かされているような気がして。
鈴羽は居心地の悪い面映ゆさにゆっくりと顔を伏せた。
【見月そはら@そらのおとしもの 死亡確認】
◆
「ここまで戻って来ちゃったか」
斬り倒されて炎上する大桜だったものを眺めながら、Xはその場に腰を降ろした。
先程の金髪の少女を相手にするには流石に分が悪いと一目散に逃げ出して来た訳だが、怪物強盗たるもの負けっ放しというのも気に食わない。それに、この怪物強盗と同等かそれ以上の力で以て剣を振るう少女の中身が気にならない訳がない。
彼女と相克するに相応しい武装と戦術さえあれば、あの矮躯をズタズタに引き裂いて、その細胞までじっくり観察してやろうと思うのだが、生憎な事にXのデイバッグの中に彼女の剣と互角に戦えるだけの刃渡りの剣はない。
重火器で攻撃しようにも、恐らくあの少女ならば見えない剣で全弾防ぎ切ってみせるだろう。奴を観察する為には、奴の望み通り、正面からぶつかって力で押し切る必要がある。あの少女との苛烈な剣戟にも耐え得る剣が欲しいところである。
さて、どうしたものかと考えを巡らすXは、倒れた大桜の影に輝く金色の何かに気付いた。
「何だ?」
何かと目を凝らすが、金色の物体が何であるのかは判然としない。倒れた木の幹と枝が邪魔をして、それが何であるかを覆い隠しているのだ。今Xがここに座りこまなければ、このまま誰にも気付かれる事なく永遠にそこで眠っていたであろう金色の何かを回収するべく、Xは巨木の幹を蹴り飛ばした。
大の大人が数人がかりでようやく動かせる程の質量を持った大桜の幹は、ほんの高校生程度の華奢な身体しか持たない男の蹴り一つで容易く転がって行った。怪物強盗を名乗るだけの事はあって、その怪力には誰にも負けないという自負がXにはあった。
転がった桜の木の下敷きになっていたのは、Xがこれまで見た事もないような豪奢な金に彩られた、一振りの大剣であった。まるで神秘的な何かに魅入られるように、Xはそれを手にとって持ち上げる。重量もそこそこ、出来も決して悪くない。
一応は怪盗を名乗っているXは、物の真贋を見極める眼力にも長けている。一つの武器としてのこの大剣は、Xがこれまでに手にしたどんな武器よりも値打ちのある代物だろうとXは当たりをつけた。
よく見れば、桜の幹があった場所の地面を薄く抉るように、この剣が抉った傷痕が残されている。状況を見るに、ここで繰り広げられた大規模な戦いの余波で、既に装着者を失ったこの剣が桜の木の下に滑り込んでしまったのか。はたまた、最期の力を出し尽くしてここで戦い散った男が、その最期の瞬間までこの剣を握って戦っていたのか。
幾つかの状況を推理して見るが、しかしそんな事はどうでもいい事だとすぐに悟って、それ以上の思考をやめる。
「それにしても凄い剣だなあ、一体どんな奴がこれを造って、どんな奴がこれを使ってたんだろう」
が、興味が尽きる事はない。剣を見れば見る程に、その剣に込められた謎が気になって来る。
Xは知らぬ事だが、その大剣の真の名は重醒剣キングラウザーと云う。かつてとある世界において最強と謳われた仮面ライダーたるブレイドが、十三体もの不死生物との同時過剰融合によって精製し、そして幾百もの悪鬼を斬り伏せた一騎当千の大剣である。
だが、それが此処に存在するのはおかしい。そもそもブレイドによって精製された剣は、ブレイドの消滅に伴って消え去っているべきなのだ。それなのに、キングラウザーはこうしてこの世に形を留めている。
それは、ブレイドの装着者だった男の“誰かを守りたい”という強い想いが具現化した姿だろうか。決して果てる事のない彼の正義の魂が、この殺し合いを打ち破るために、全ての世界を救うために、最期の力で遺してくれた“切り札”なのだろうか。
それとも、本来なら有り得る筈のなかった「過剰融合中のベルトの破壊」という結果が引き起こした予期せぬエラーか、はたまた真木清人による何らかの細工の結果か。
存在する筈のないブレイド剣がこうして残されている理由の本当のところは誰にも分からない。
しかし、それでも彼の大剣はこうしてここに存在している。その事実がキングラウザーの存在をより難解にし、その神秘性を裏打ちしてXの感性を刺激する。これにはあのネウロも黙ってはいられないのではないかとさえ思ってしまう程だった。
「でも、こんな凄い剣を使いこなせる奴でもあの黒騎士には勝てなかったんだよな」
思い返すのは、少し前にここで戦ったあの黒い甲冑の狂人だ。
Xが来た時には既に大桜はこの有様だったのだから、恐らくこの剣の持ち主を屠ったのもあの黒騎士なのだろう。もう少し早く此処に到着していれば、Xもこの剣の持ち主の顔を一目拝めたのに――若干の悔しさを覚える。
気になる獲物は一人先に死なれてしまったが、それでもやはりこの場所には只者ではない参加者が集められている。どいつもこいつも、バラして中身を見てみたいと思える相手ばかりだ。或いはこの殺し合いでなら、今度こそ本当に自分のルーツを見出せるかもしれない。
更なる期待に胸高鳴らせながら、Xは重醒剣片手に次の参加者が居る方角へと歩き出した。
【一日目-午後】
【D-2/大桜跡地】
【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】緑
【状態】健康、織斑一夏の姿に変身中
【首輪】115枚:0枚
【装備】重醒剣キングラウザー@仮面ライダーディケイド、ベレッタ(15/15)@まどか☆マギカ
【道具】基本支給品一式×3、“箱”の部品@魔人探偵脳噛ネウロ×29、アゾット剣@Fate/Zero、キャレコ(0/50)@Fate/Zero、ライダーベルト@仮面ライダーディケイド、ナイフ@魔人探偵脳噛ネウロ、ベレッタの予備マガジン(15/15)@まどか☆マギカ、9mmパラベラム弾×100発/2箱、ランダム支給品1~5(X+一夏)
【思考・状況】
基本:自分の正体が知りたい。
0.そろそろ姿を変えるか……?
1.ネウロに会いたい。
2.
バーサーカーやセイバー、
アストレア(両者とも名前は知らない)にとても興味がある。
3.ISとその製作者、及びキングラウザーとその製作者にちょっと興味。
4.阿万音鈴羽(苗字は知らない)にもちょっと興味はあるが優先順位は低め。
5.殺し合いに興味は無い。
【備考】
※本編22話後より参加 。
※能力の制限に気付きました。
※細胞が変異し続けています。
※Xの変身は、ISの使用者識別機能をギリギリごまかせます。
※傷の回復にもセルメダルが消費されます。
一件の民家の玄関をくぐれば、そこには今が殺し合いの場であるのだと言う事すらも忘れてしまいそうな程にのどかな田園風景が拡がっている。数歩歩いて、今し方自分が出て来た民家の表札に書かれた「見月」という文字を見るや、鈴羽は名残惜しそうにこの家の二階の窓を見遣った。
彼女の言葉を聞いた鈴羽は、この付近の民家を一件一件虱潰しに探して、ようやくそはらの実家を見付けたのだ。二階のそはらの部屋にまで彼女の遺体を運び込んだ鈴羽は、彼女のベッドを血で汚さぬようにとタオルを敷いて、その上にそはらを寝かせた。彼女が最も安心出来るであろう場所で、彼女は今も眠っている。
当初はせめて仮初の墓くらいは作ってやろうとも思ったのだが、探しても家の中にスコップが見当たらなかったし、仮にスコップがあったとしても、この周辺の土はどれも墓には向かない。だからせめて、鈴羽はそはらの遺体を、彼女が安心して眠れる場所に運び込んだのだ。
安らかな表情でベッドに横たわるそはらの表情は、まるで本当に眠っているかのようだった。いつか夢が覚めたら、全てが元通りになっている……あの嘘が、事実になっていればどんなに良い事かと、そうは思うが、それを言い始めれば、今まで散っていった仲間達にも同じ事が言えるのだからキリがない。
だから鈴羽は、これ以上悔やむのはやめにしようと思った。
決意に満ちた表情で見月家から出てきた鈴羽を、玄関先でずっと待ってくれていたセイバーが迎えてくれた。彼女はあれからすぐに鈴羽達を追って、ここまでトライドベンダーで急ぎ駆け付けて来たのだという。
「もういいのですか、スズハ」
「うん。ありがとう……ごめんねセイバー」
「……何を謝るのです」
「あたしは、見月そはらを守り切れなかった」
「過ぎた事を悔やんでも仕方がありません。今は、彼女の分まで生きる事を考えましょう」
「そう、だね……」
セイバーの言う通りだ。
彼女とて、そはらの死を知った時はこれ以上もなく悔しがっていた。非力な二人に離れた健康ランドまで行けと命じるのではなく、例えば近くに隠れて待機しているようにと命じていれば、そはらは死なずに済んだかもしれないと、セイバーだってそう少なからず考えた筈だ。
だけれども、過去の行動をどれだけ悔いた所で現実は何も変わらない。だから今はせめて、同じ様な犠牲をこれ以上出さないように戦っていかねばならない。セイバーもきっと同じ考えなのだろう。
一拍の間をおいて、鈴羽は決然と口を開いた。
「セイバー。あたし、決めたよ」
「何をですか」
「あたしはこの殺し合いをブッ壊す。もう二度とこんな馬鹿な殺し合いが開かれないように真木清人を倒して、それで、みんなで一緒に脱出するんだ……!」
そう語る鈴羽の声音には、セイバーには見せた事もない程の熱が込められていた。
ここに至るまで、鈴羽は自分と
岡部倫太郎さえ無事ならば未来は守ることが出来ると、そう思っていた。だけれども、こうなってしまっては、鈴羽はもうそんな結末で満足する事は出来ない。
当然だ。仲間を、友達を殺されたのに、これ以上黙っていられるものか。
仮に脱出したとして、また何度でも連れて来られる可能性があるというのなら、もう二度とこんな殺し合いが行われないように根本から破壊してやるまでのこと。そうなって初めてそはらの弔いになるというものではないのか。
きっとあの優しい見月そはらもそれを望んでくれる筈だ。少なくとも、織斑一夏個人への復讐よりは、そうした方がずっと喜んでくれる。それだけは確固たる自信を持って言える。彼女の大切な人達――桜井智樹や、イカロスやニンフ達も。みんなで一緒に脱出して、最後にはハッピーエンドで終わらせるのだ。
それがせめてものそはらへの恩返しになる筈だと、鈴羽は決意を改めるのであった。
【一日目-午後】
【E-2/空見町 見月家前】
【阿万音鈴羽@Steins;Gate】
【所属】緑
【状態】健康、そはらを喪った哀しみ、織斑一夏への怒り
【首輪】195枚:0枚
【コア】サイ
【装備】なし
【道具】基本支給品、大量のナイフ@魔人探偵脳噛ネウロ、9mmパラベラム弾×400発/8箱、イエスタデイメモリ+L.C.O.G.@仮面ライダーW、中鉢論文@Steins;Gate
【思考・状況】
基本:真木清人を倒して殺し合いを破綻させる。みんなで脱出する。
0.見月そはらの分まで生きる。
1.知り合いと合流(岡部倫太郎と
橋田至優先)。
2.桜井智樹、イカロス、ニンフ、アストレアと合流したい。見月そはらの最期を彼らに伝える。
3.織斑一夏を警戒。油断ならない強敵。
4.セイバーを警戒。敵対して欲しくない。
5.サーヴァントおよび
衛宮切嗣に注意する。
6.余裕があれば使い慣れた自分の自転車も回収しておきたいが……
【備考】
※ラボメンに見送られ過去に跳んだ直後からの参加です。
※見月そはらのコアメダルとセルメダルを受け継ぎました。
【セイバー@Fate/zero】
【所属】無
【状態】健康、織斑一夏への義憤
【首輪】75枚:0枚
【コア】ライオン×1、タコ×1
【装備】約束された勝利の剣@Fate/zero、トライドベンダー@仮面ライダーオーズ
【道具】基本支給品
【思考・状況】
基本:殺し合いの打破。
1.騎士として力無き者を保護する。
2.衛宮切嗣、
キャスター、バーサーカーを警戒。
3.
ラウラ・ボーデヴィッヒと再び戦う事があれば、全力で相手をする。
4.織斑一夏は外道。次に会った時は容赦なく斬る。
【備考】
※ACT12以降からの参加です。
【全体備考】
※健康ランドの正面窓ガラスが粉々に割られています。
※健康ランドに阿万音鈴羽の自転車@Steins;Gateが放置されています。
※カブトゼクター@仮面ライダーディケイドがこれ以上細分化出来なくなるまでバラバラに分解されました。部品は健康ランド前に放置されています。
最終更新:2012年12月25日 20:01