六番目の小夜子の最終回


最終回(連続12回)
そして扉が開く




サヨコにまつわる一切の資料は処分のため、北校舎の戸棚に封印された。
サヨコに狂信的な想いを抱く雅子は、戸棚からサヨコの資料を持ち出そうとする。
突如、北校舎が火事に見舞われる。雅子を手伝っていた由紀夫が、炎の中に取り残されている。


雅子「サヨコが燃えちゃうっ! 由紀も燃えちゃう……」
玲「えっ?」
黒川「消防車、呼んで来る。花宮連れて、早く!」
玲「先生!」

玲が黒川先生に気を取られた一瞬、雅子は北校舎へと駆け込む。

玲「マー(雅子)……?」

床に、戸棚の鍵が落ちている。

玲「マー……」

秋が駆けつける。

秋「玲!」
玲「秋!?」
秋「何してんだよ!?」
玲「どうしよう、中にマーが!」
秋「マー!?」
玲「由紀も一緒なのぉ!」


雅子が北校舎内に駆け込んで来る。
由紀夫が倒れている。

雅子「由紀、由紀! しっかりして、しっかりして!」
由紀夫「マー……」
雅子「待ってて、待っててね! すぐ終わるから」

ポケットを探るが、戸棚の鍵が無い。

雅子「鍵が……!?」

鍵のかかっている戸棚を、力ずくで開けにかかる。
玲と秋が駆け込んで来る。

雅子「開いて、開いてぇ!」
秋「由紀!」
玲「マー!」
雅子「開いてぇ!」
玲「マー、行こう!」
雅子「嫌、嫌ぁ! サヨコぉ!!」

玲と秋はどうにか、雅子と由紀夫を連れて避難にかかる。

玲「マー!?」
雅子「サヨコが泣いてる……」
玲「えっ!?」
雅子「私に『助けて』って言ってる!」
玲「しっかりしてよ、マー! サヨコなんていないの! どこにもいないんだよ!!」
雅子「寂しいんだよ、サヨコは! たった1人で、誰にも気づいてもらえなくて。私だって寂しいもの!! 誰にも、誰にも気づいてもらえなくて……」
玲「マー……」

黒川先生が駆けつける。

黒川「関根! 潮田!」
玲「先生!」
黒川「急げ。花宮!」
雅子「嫌ぁ! 離して、離してぇ!」
黒川「早くぅ!」

黒川は、泣き叫ぶ雅子を無理やり担ぎ上げ、避難する。

玲は単身、炎の満ちる旧校舎の中へ戻る。
先ほど拾った鍵で戸棚を開け、荷物を取出しにかかる。
しかし、大量の荷物が詰まって、なかなか取り出せない。
力ずくで取り出そうとした挙句、勢い余って、戸棚自体が倒れてくる。

玲「きゃあっ!」

玲は倒れた戸棚に脚を下敷きにされ、身動きが取れない。
次第に煙が満ちてくる。


校舎の外。

雅子「離して! 離してぇ!」
秋「玲……!?」

秋は玲がいないことに気づき、校舎内に引き返そうとするが、由紀夫がすがりつく。

由紀夫「兄ちゃん……」
秋「由紀……?」

鈴の音。
秋より先に誰かが、燃え盛る校舎内へ飛び込んでゆく。


声「玲──! 玲──!」

気を失いかける玲のもとへ、沙世子が駆け込んでくる。

沙世子「潮田さん! 大丈夫、潮田さん!?」
玲「津村……さん……」
沙世子「今、助けるから!」

沙世子は必死に、戸棚をどかしにかかる。

玲「無理だよ、もう……」
沙世子「あきらめちゃ駄目!」
玲「2人のサヨコが…… 災いを起こした……」
沙世子「……違う。2人だから、2人だから助かる! 2人で力を合せて!」
玲「津村……さん……?」

玲も体に力をこめる。
2人で力を合わせた末、ようやく脚が戸棚から抜ける。

沙世子「行こう!」

玲が戸棚に詰まった荷物の中から、サヨコの台本を抜き取る。

玲「一緒に行こう!」

2人が避難にかかるが、火の手はどんどん大きくなる。

私たちの学校には、
「サヨコ」という不思議な言い伝えがある。

3年に一度、サヨコという名前の生徒が現れ
そして彼女には3つの使命が与えられる。
サヨコに指名された生徒は、誰にも知られないように、
それを成し遂げなければならない。
それが成功すれば、大いなる扉が開かれる。
──そう言われていた。

今年のサヨコは、果たして成功だったのだろうか?
そして、私たちの前に、扉は──?

燃え盛る炎の中に、少女らしき人影が浮かぶ。

沙世子「誰……?」

少女が炎の奥へと歩き去ってゆく。

玲「あ、待って!」

少女の歩いた跡に、次第に炎が弱まる。
扉の開く音とともに、まばゆい光が漏れる。

玲「開いた……!」

玲と沙世子が顔を見合わせ、微笑む。


校舎の外。
皆の待つ中、玲と沙世子が脱出を遂げる。

雅子「玲! 津村さん!」

雅子は、玲の手にしている台本を奪い、抱きしめる。

雅子「サヨコ! 良かったぁ!」
玲「マーがもう1人のサヨコだった。偽のサヨコは全部、マーの仕業だった……」

沙世子はそれを聞き、雅子から台本を奪う。

雅子「何するの!?」
沙世子「こんな物が大事!? こんな紙切れが大事なの!? 潮田さんより、唐沢くんより!?」
雅子「大事よ! これは私だもの! サヨコになりたくてなりたくて一生懸命、私が作ったんだから!!」

沙世子の平手打ちが、雅子の頬に飛ぶ。

沙世子「死ぬところだったんだから、私たち…… 潮田さんも私も、死ぬところだったんだから!!」

雅子が泣き崩れる。

沙世子「泣かないで…… そんなことで、ごまかさないで!!」
玲「ごまかしてるんじゃないよ!! 泣きたいんだよ、マーは! わかるでしょ、そういう気持ち」
沙世子「わからない!! こんなとき泣くなんて、信じられない!!」
黒川「津村。一番信じられないことしたの、お前だぞ。潮田が中にいるって聞いた途端、飛び込んで」
玲「津村さんが……!?」

沙世子が、泣き続ける雅子に語りかける。

沙世子「潮田さんが助けたのは、サヨコなんかじゃないからね」
雅子「……」
沙世子「潮田さんが助けたかったのは、あなたなんだから!」
雅子「……」
玲「そんなんじゃ…… そんなんじゃないよ」

玲はそれきり、気を失って倒れてしまう。

一同「玲!?」「潮田さん!?」「しっかりしろ!」

地面に置き去りにされたサヨコの台本が熱で発火し、燃え去ってゆく。


何日か後、病院。
雅子が玄関を出ると、玲が患者の子供たちと無邪気に遊んでいる。

2人が中庭に掛け、話し込む。
雅子が、動物の写真を玲に見せる。

玲「おぉっ、かわいいじゃん!」
雅子「生まれたばかりのキタキツネだって。好きでしょ、玲、こういうの」
玲「好き好き!」
雅子「お兄ちゃんが送って来たの。お見舞い」
玲「ありがと。マーのお兄さんってさぁ、獣医さんになる勉強してんでしょ?」
雅子「2年も浪人して、それでも絶対なるんだって、がんばって」
玲「すごい、格好いい!」
雅子「全然。家でも犬以外と口きいてんの見たことないしさ、部活とかも長続きしないし、何だかピリッとしない奴……だった」
玲「間違ってたら、そう言って」
雅子「何?」
玲「伝説の3番目のサヨコは男の子だった── それって、もしかして…… マーのお兄さん?」

雅子は返事の代りに、紙袋から、熱で溶けて変形したガラスの塊を取り出す。

雅子「9年前の始業式の朝、お兄ちゃんはここに、赤い花を生けた──」
玲「これ……?」
雅子「サヨコの花瓶。焼け跡にあったの」
玲「こんなになっちゃったんだ……」
雅子「1年経って、お兄ちゃんは変わった。サヨコを成功させて、やればできるんだって、そう思ったみたい。獣医さんになるって決めて、急に生き生きしちゃってさ、私もサヨコになったら、あんなふうになれるのかなぁ、って……」
玲「……」
雅子「けど、サヨコの鍵は私には送られてこなかった。選ばれなかったのは悲しかったけど、私はせめて、サヨコを見守ろうと思った」
玲「卒業アルバムを借りたのも、マーだったの?」
雅子「津村さんが転校して来て、てっきり『死んだ2番目のサヨコが生まれ変わって戻って来たんだ』── そう思った」

かつて交通事故で死んだ2番目のサヨコ、その子の名前も津村沙世子。
現在の転校生の沙世子は同名のため、2番目のサヨコの亡霊と疑われていた。
玲は学校図書館で、卒業アルバムでを調べようとしたものの、別の誰かに借りられていた。

雅子「だから、津村さんの正体がみんなにバレないように、守ろうとして…… アルバムの写真や、碑の後ろの名前を隠したの。でも、今年のサヨコは最初から変だった」


学校の教室では、秋が皆に事情を話している。

秋「そのわけをマーは、僕が流したスライドで知った」

サヨコ伝説を否定する秋は以前、授業で用いられるスライドに「ふたりのサヨコ」のメッセージを混ぜ、授業中に投影するよう仕組んでいた。

秋「『今年のサヨコは2人いる』。それに気づいたマーは『だったら自分が3人目になってもいい』、そう思ったんだ」

雅子「サヨコは、どんな困難にも負けないヒロインなの。だからみんなが、サヨコをもっと愛するように、もっともっとサヨコを大切に思うように──」

秋「玲と津村が作った台本を持ち出して、マーは、全員参加のセリフを全部作り変えたんだ」

サヨコが演じるべき文化祭の芝居。
玲と沙世子が作った台本は、別の台本にすり替えられていた。
その台本には、紙面に黒い線の滲みがあった。
それが黒川先生のワープロの印刷でできるものと気づき、玲はサヨコの真相に近づいていた。

雅子「黒川先生のワープロを使って。あの頃、歌詞カードを討つためによくワープロを借りてたから、台本作るのに夢中で、左上の線には気づかなかった」

秋「それから理由をつけて、舞台の袖をウロウロして──」

雅子「お芝居の直前に、台本をすり替えた」

秋「そんなふうに、マーはマーなりに、自分がサヨコになろうとした」
溝口「じゃあ、あの事故は? 文化祭のときの」

文化祭の日、全校生徒の集まっている体育館に突風が吹き荒れ、生徒たちは大混乱に陥っていた。

雅子「あんなふうになるなんて…… あのお芝居が、あんなことになるなんて、思っても見なかった」

秋「あの風が何なのかはわからない。けど、あの風が吹いた頃から、マーは信じるようになったんだ」
溝口「何を?」
秋「本物のサヨコの存在を。自分が何をしても、それはサヨコの意志だって、全部サヨコが決めたことだって、そう思うようになったんだ」
溝口「なんで? なんで、そんなことになっちゃったのよ、マーは? あんな火事まで!」
黒川「火事と花宮は無関係だ。原因は、北校舎の配線不良だそうだ」
溝口「けど、資料を封印したその夜だなんて……」
一同「なんか、因縁つうか……」「サヨコかな?」「本物がいるのかな、やっぱり」「勝手に封印するなって怒って……」
加藤「違う!」
一同「……」
黒川「なんだ、加藤? 言ってみろ」
加藤「……そんなふうに、そんなふうにサヨコを使っちゃ駄目なんだ」
溝口「『使う』って?」
加藤「弱かったんだよ、花宮は。多分、別のもう1人の自分になりたかったんだ」
溝口「なんでそんなこと、わかんのよ?」
加藤「俺がそうだったから! 入院してるとき、毎日思ってた。『ここにいるのは、本当の僕じゃない。僕はこんなに弱くない。こんなことになったの、サヨコのせいだ』って」
溝口「祟りってこと?」
加藤「祟りのせいにしたんだ。そうすれば楽だから。そうやって、サヨコは自分の一番弱いところにつけこんで来る……」
秋「……俺も。俺も加藤と同じだった。去年入院してるとき『ここにいる俺は本当の俺じゃない』って、ずっとそう思ってた。けど、俺は『サヨコなんかに騙されるもんか』『負けるもんか』って言い聞かせてるうち、吹っ飛んじゃったんだ。留年のことも、体のことも…… 信じてないはずのサヨコが、いつの間にか、俺を強く守ってくれていた」
加藤「サヨコなんていない……」
秋「サヨコは、いつでもいる」
溝口「……もう、どっちが正しいのよ!?」
秋「どっちも。だよね?」

黒川先生が頷く。


雅子「玲…… ごめんね」
玲「うぅん」


玄関先のベンチに、飲み物を手にした沙世子と、祖母のゆりえ。

ゆりえ「いいの? 行かなくて。お見舞いに来たんでしょ?」
沙世子「行くよ。でも、これ飲んでから」
ゆりえ「今度の物語はどうだったの?」
沙世子「物語?」
ゆりえ「転校って、新しい物語の中に入って行くみたい』って、そう言ってたじゃない? あなた、昔」
沙世子「……あぁ」
ゆりえ「で、この町のお話は、どうだったの?」
沙世子「そうねぇ…… えっ? お婆ちゃん、サヨコ伝説のこと…… 前から知ってたの?」
ゆりえ「フフッ」
沙世子「え…… ってことはまさか、そもそも1番目の……」


校庭の碑。
沙世子が花壇を作っているところへ、黒川が手伝いに来る。

沙世子「あ、そこ踏まないでください! チューリップの球根を埋めました! あ、そこも! スイートピーの種、蒔きました。──あ、引っこ抜かないで! それ雑草じゃない!」
黒川「あ、すいません、申し訳ない…… あの、これ水とか肥料とか、やんなくていいのかな?」
沙世子「さぁ?」
黒川「『さぁ』って、お前……?」
沙世子「過保護にしなくても、咲くときは咲きます。命って強いから」
黒川「そっか、そうだな。……すまなかった」
沙世子「えっ?」
黒川「津村にはちゃんと、謝ろうと思ってた。亡霊に間違えられたり、とんだ迷惑だったよな」
沙世子「謝らないでください。そんなことされたら、私がここに来たことが間違いになっちゃう」
黒川「そっか…… すまん」
沙世子「えっ?」
黒川「あ、いや、ごめん」
沙世子「えぇっ?」
黒川「あ、いやいや、申し訳ない! あ、いや、だから違うんだよ」
沙世子「……アハハハハ!」

沙世子「私に鍵を送るように先生に頼んだのって、お婆ちゃんでしょ?」
黒川「……」
沙世子「昨日、聞かれたの。『今度の物語はどうだった?』って」
黒川「……どうだったんだ、それで?」
沙世子「まだわからない。この町でのお話はね、たぶん、ずっとずっと続くから」
黒川「そっか…… もう津村に、鍵はいらないな」


病室のベッドで、玲が物音で目を覚ます。
カメラを下げた秋が、花瓶を飾っている。

秋「なんだ、起きちゃったのか」
玲「驚くよぉ! あ、ちょっと、寝顔とか撮ってないよね?」
秋「馬鹿、撮るわけないだろ、そんなもん。別のもの撮ってたの」
玲「えっ、何何?」
秋「秘密」
玲「気になる~!」
秋「具合、どう?」
玲「もう、全然平気! 土曜日には退院できるって」
秋「良かったじゃん!」
玲「でもさぁ、なんか格好悪いよぉ~! 由紀もマーも津村さんも、秋まで全然平気なのに、私だけブッ倒れちゃって」
秋「バスケ、土曜日に3年対2年で、練習試合だって。マーと津村が『玲がいなくても勝ってみせる』って」
玲「えぇっ? 悔しい~っ!」

悔しがる玲の顔に秋がカメラを向け、シャッターを切る。

玲「何ぃ!? なんで撮るの、今の顔ぉ!? ちょっと、やめてよぉ! やぁだぁ!」
看護士「静かに!」
玲「……はい」


玲や秋たちのマンション。
玲の母・真弓と弟の耕が玄関を出ると、秋の母・千夏が車から荷物を降ろしている。

真弓「あら、由紀夫くんの荷物?」
千夏「そうなの。あっ、玲ちゃんの退院?」
真弓「そうなの、迎えに」

窓から、由紀夫が顔を出す。

由紀夫「お母さん!」
耕「由紀夫兄ちゃん!」
真弓「今日からお隣ね。よろしく!」
由紀夫「よろしくお願いします! ねぇ、兄ちゃん知らない?」
千夏「秋? いないの?」
由紀夫「いないの。部屋にも、どこにも」


秋は、由紀夫が同居していた父・唐沢多佳雄と共に、行方不明のネコを捜している。

秋「風上?」
多佳雄「あぁ。なかなか帰れないネコっていうのは、いなくなった場所から風上に移動した可能性が強いんだ」
秋「そっか。風下に行ったんなら、自分の臭いを追って戻れるんだ」
多佳雄「大ビンゴ! しかし、なんでわざわざ、自分が困る方向へ逃げるかねぇ?」
秋「たまには、自分の臭いのしないところへ行きたいんじゃない?」
多佳雄「……」
秋「安全で、エサもあって、けど、ネコにすればまだきっと、足りないものがあるんだよ。まだまだ見つけたいものがさ」
多佳雄「……なるほど」
秋「そっち行ってもいいかな?」
多佳雄「駄目! 同じ場所捜したって、二度手間になるだけだろ?」
秋「じゃなくて、由紀の代りに…… 由紀は関係ないけど、今度は俺がそっちに住んじゃ駄目かな?」
多佳雄「!?」
秋「見つけたいものが、いっぱいあるんだ」
多佳雄「……そりゃ、こっちは、まぁその、そういうことがあってもいいかもしれないけど……」
秋「あっ!」
多佳雄「どうした!?」
秋「いた! こっち、ネコ! そっち逃げた! お父さん!」
多佳雄「……!」
秋「……」

反目していた父を「お父さん」と呼んだ秋。
父子がしばし、無言で見つめ合う。

秋たち「……あ、いた! そっち!」「あっ、いた!」「そっち!」


土曜日、バスケットボール部の練習試合。
沙世子も雅子も奮闘するものの、2点差で3年チームがリードしている。

雅子「もう駄目、限界……」

扉が開き、ユニフォーム姿の玲が現れる。

雅子「玲!」
玲「えへへ~、来ちった!」
雅子「ちょっと、大丈夫なの?」
玲「ん──、たまにクラッとするけど、まぁ」
沙世子「出てみる?」
玲「えっ?」
沙世子「いいよね?」

沙世子に促され、一同も頷く。

玲「だ、駄目だよ、試合なのに」
雅子「この格好で来て、今さら言うなぁ!」

玲が加わり、試合が再開される。
試合終了間近、沙世子がボールを手にしてゴール前に躍り込むものの、ブロックは固い。
沙世子が大ジャンプ。シュートするかと見せかけ、背後の玲にパス。

沙世子「玲、シュート!」

皆の見上げる中、玲の放ったロングシュートが決まる。
3ポイントシュートで、2年チームが逆転勝利を飾る。

雅子「やったぁ!」
一同「ナイスシュート!」

玲と沙世子が笑顔で、拳をぶつけ合う。

玲「イェ──イ!!」

一同が賑わう中、ふと、沙世子の顔が曇る。
「どうかしたの?」と言いたげな玲に、沙世子はすぐに笑顔を返す。


そして、終業式の日の教室。
沙世子の姿は席にない。

玲「転校……? 津村さんが?」
黒川「ご両親のところへ行くんだそうだ」
溝口「それって、外国ってこと?」
雅子「でも、外国ってどこ?」
加藤「どこ?」
溝口「どこ?」
秋「さぁ……」
黒川「さぁ。通信簿、渡すぞ。名前呼ばれたら、1人1人取りに来るように」
雅子「許せない!」
黒川「はぁ?」
溝口「そうよ。誰にも何も言わないで、勝手に行っちゃうなんて」

玲が思わず、席を立つ。

黒川「潮田! まだ終わってない」
玲「けど……」
秋「いいよ、行けよ」
玲「秋……」
黒川「おいおい」
雅子「そうだよ。行って、伝えてよ! 『みんな怒ってる』って」
溝口「いつもいつも、すました顔しちゃってさ。もっとうんと虐めて、泣かせてやれば良かったわ」
秋「そういや、あいつの涙って見たことないよな」
加藤「一度でいいから、テスト勉強、勝ちたかった!」
雅子「来年の地区大会、どうするつもりなのよ!?」
一同「俺、結構タイプだったかなって」「実は俺も」
雅子「嘘!? 最低!」
溝口「最低!」
秋「それ全部、伝えて来いよ」
玲「……秋! みんな!」

玲が教室を出ようとする。

黒川「潮田!」
玲「先生!?」

黒川が、沙世子の通信簿を差し出す。

黒川「渡し損ねた。届けてくれるか?」


沙世子が1人、駅への道を歩く。

玲「沙世子ぉ──っ!」

玲が息を切らしつつ、駆けてくる。

玲「はぁ、はぁ…… なんで!? なんで言ってくれなかったの!?」
沙世子「言うほどのことじゃないから。こんなの、何度も何度もやってきたことだし」
玲「私は初めてだよ!」
沙世子「……」
玲「みんなも怒ってる! マーも、溝口も、加藤も、秋も、みんな『聞いてない』『許せない』って、すっごく怒ってんだから!」
沙世子「……みんなが?」
玲「ずっとずっと、一緒だと思ってたのに……」
沙世子「新学期になったら、私の座っていた椅子には、誰かが座るわ。私なんかいなくても、何も変わらない」
玲「そんなことない!」
沙世子「亡霊と一緒。消えたら、それでおしまい」
玲「始業式の朝、私より先に来て、サヨコの花を生けたのは誰!? 私とゴール合戦したのは誰!? 誕生日の夜、一緒に学校に忍び込んだのは!? みんなみんな、津村さんじゃない!?」
沙世子「潮田さん……」
玲「忘れないから! どんなに遠くなったって、どんなに逢わなくったって、ずっとずっと憶えてるから!」
沙世子「私は……!」
玲「たとえ津村さんが忘れたって、私は忘れない! 絶対忘れない!」
沙世子「私だって!」
玲「……」
沙世子「一緒に6番目のサヨコになったこと、いっぱい邪魔されて、いっぱい振り回されて、それでもすごく楽しかったこと、怖かったこと、ドキドキしたこと、そういうとき、いつも…… あなたと一緒だったこと」
玲「……」
沙世子「忘れないんだから! 絶対、絶対!」

玲が沙世子に抱きつき、沙世子は玲をしっかりと抱きとめる。

玲「亡霊なんかじゃないよ…… だって、こんなに温かいんだもん……」
沙世子「玲……」
玲「……あ」
沙世子「ん?」
玲「やっと名前、呼んでくれた!」
沙世子「あ! フフッ。玲……」
玲「沙世子……」
沙世子「玲!」
玲「沙世子!」


電車が走り去って行く。
沙世子が車内で涙ぐみながら、窓の外を見つめる。
玲も涙ぐみながら、電車を見送る。

玲「さよなら、沙世子……」

こうして、私たちの
6番目のサヨコの冒険は、終わった。


女子バスケットボール部の世代交代。

塔子「それでは、新部長から一言!」
雅子「はい」
一同「イェ──イ!」


人の写っていない風景写真ばかり撮っていた秋が、喜々として、人々を写した写真を子供たちに見せている。

私たちはみんな、秋も、マーも、
加藤も、溝口も、前よりちょっとだけ、
自分のことが見えるようになった。

ひょっとしたらそれが、
「扉」だったのかもしれない。

津村さんという不思議な転校生と一緒に、
私たちが開いた、大人への扉──

黒川先生の理科の授業。

黒川「──が何なのか、わかる人?」
玲「はぁい!」
黒川「はい、潮田!」


校庭の石碑。
そばで遊んでいた少女が立ち去り、どこへともなく姿を消す。


新学期。どこかの別の学校。

「サヨコだよ」「何何?」

厳寒の花瓶に、赤い花が生けられている。
生徒たちがざわめく中、鈴の音を響かせ、1人の少女が歩き去ってゆく。

後ろ姿のその少女がゆっくりと、こちらを振り向く──


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最終更新:2018年09月28日 03:14