サヨコにまつわる一切の資料は処分のため、北校舎の戸棚に封印された。
サヨコに狂信的な想いを抱く雅子は、戸棚からサヨコの資料を持ち出そうとする。
突如、北校舎が火事に見舞われる。雅子を手伝っていた由紀夫が、炎の中に取り残されている。
雅子「サヨコが燃えちゃうっ! 由紀も燃えちゃう……」
玲「えっ?」
黒川「消防車、呼んで来る。花宮連れて、早く!」
玲「先生!」
玲が黒川先生に気を取られた一瞬、雅子は北校舎へと駆け込む。
玲「マー……?」
床に、戸棚の鍵が落ちている。
玲「マー……」
秋が駆けつける。
秋「玲!」
玲「秋!?」
秋「何してんだよ!?」
玲「どうしよう、中にマーが!」
秋「マー!?」
玲「由紀も一緒なのぉ!」
雅子が北校舎内に駆け込んで来る。
由紀夫が倒れている。
雅子「由紀、由紀! しっかりして、しっかりして!」
由紀夫「マー……」
雅子「待ってて、待っててね! すぐ終わるから」
ポケットを探るが、戸棚の鍵が無い。
雅子「鍵が……!?」
鍵のかかっている戸棚を、力ずくで開けにかかる。
玲と秋が駆け込んで来る。
雅子「開いて、開いてぇ!」
秋「由紀!」
玲「マー!」
雅子「開いてぇ!」
玲「マー、行こう!」
雅子「嫌、嫌ぁ! サヨコぉ!!」
玲と秋はどうにか、雅子と由紀夫を連れて避難にかかる。
玲「マー!?」
雅子「サヨコが泣いてる……」
玲「えっ!?」
雅子「私に『助けて』って言ってる!」
玲「しっかりしてよ、マー! サヨコなんていないの! どこにもいないんだよ!!」
雅子「寂しいんだよ、サヨコは! たった1人で、誰にも気づいてもらえなくて。私だって寂しいもの!! 誰にも、誰にも気づいてもらえなくて……」
玲「マー……」
黒川先生が駆けつける。
黒川「関根! 潮田!」
玲「先生!」
黒川「急げ。花宮!」
雅子「嫌ぁ! 離して、離してぇ!」
黒川「早くぅ!」
黒川は、泣き叫ぶ雅子を無理やり担ぎ上げ、避難する。
玲は単身、炎の満ちる旧校舎の中へ戻る。
先ほど拾った鍵で戸棚を開け、荷物を取出しにかかる。
しかし、大量の荷物が詰まって、なかなか取り出せない。
力ずくで取り出そうとした挙句、勢い余って、戸棚自体が倒れてくる。
玲「きゃあっ!」
玲は倒れた戸棚に脚を下敷きにされ、身動きが取れない。
次第に煙が満ちてくる。
校舎の外。
雅子「離して! 離してぇ!」
秋「玲……!?」
秋は玲がいないことに気づき、校舎内に引き返そうとするが、由紀夫がすがりつく。
由紀夫「兄ちゃん……」
秋「由紀……?」
鈴の音。
秋より先に誰かが、燃え盛る校舎内へ飛び込んでゆく。
声「玲──! 玲──!」
気を失いかける玲のもとへ、沙世子が駆け込んでくる。
沙世子「潮田さん! 大丈夫、潮田さん!?」
玲「津村……さん……」
沙世子「今、助けるから!」
沙世子は必死に、戸棚をどかしにかかる。
玲「無理だよ、もう……」
沙世子「あきらめちゃ駄目!」
玲「2人のサヨコが…… 災いを起こした……」
沙世子「……違う。2人だから、2人だから助かる! 2人で力を合せて!」
玲「津村……さん……?」
玲も体に力をこめる。
2人で力を合わせた末、ようやく脚が戸棚から抜ける。
沙世子「行こう!」
玲が戸棚に詰まった荷物の中から、サヨコの台本を抜き取る。
玲「一緒に行こう!」
2人が避難にかかるが、火の手はどんどん大きくなる。
私たちの学校には、
「サヨコ」という不思議な言い伝えがある。
3年に一度、サヨコという名前の生徒が現れ
そして彼女には3つの使命が与えられる。
サヨコに指名された生徒は、誰にも知られないように、
それを成し遂げなければならない。
それが成功すれば、大いなる扉が開かれる。
──そう言われていた。
今年のサヨコは、果たして成功だったのだろうか?
そして、私たちの前に、扉は──?
燃え盛る炎の中に、少女らしき人影が浮かぶ。
沙世子「誰……?」
少女が炎の奥へと歩き去ってゆく。
玲「あ、待って!」
少女の歩いた跡に、次第に炎が弱まる。
扉の開く音とともに、まばゆい光が漏れる。
玲「開いた……!」
玲と沙世子が顔を見合わせ、微笑む。
校舎の外。
皆の待つ中、玲と沙世子が脱出を遂げる。
雅子「玲! 津村さん!」
雅子は、玲の手にしている台本を奪い、抱きしめる。
雅子「サヨコ! 良かったぁ!」
玲「マーがもう1人のサヨコだった。偽のサヨコは全部、マーの仕業だった……」
沙世子はそれを聞き、雅子から台本を奪う。
雅子「何するの!?」
沙世子「こんな物が大事!? こんな紙切れが大事なの!? 潮田さんより、唐沢くんより!?」
雅子「大事よ! これは私だもの! サヨコになりたくてなりたくて一生懸命、私が作ったんだから!!」
沙世子の平手打ちが、雅子の頬に飛ぶ。
沙世子「死ぬところだったんだから、私たち…… 潮田さんも私も、死ぬところだったんだから!!」
雅子が泣き崩れる。
沙世子「泣かないで…… そんなことで、ごまかさないで!!」
玲「ごまかしてるんじゃないよ!! 泣きたいんだよ、マーは! わかるでしょ、そういう気持ち」
沙世子「わからない!! こんなとき泣くなんて、信じられない!!」
黒川「津村。一番信じられないことしたの、お前だぞ。潮田が中にいるって聞いた途端、飛び込んで」
玲「津村さんが……!?」
沙世子が、泣き続ける雅子に語りかける。
沙世子「潮田さんが助けたのは、サヨコなんかじゃないからね」
雅子「……」
沙世子「潮田さんが助けたかったのは、あなたなんだから!」
雅子「……」
玲「そんなんじゃ…… そんなんじゃないよ」
玲はそれきり、気を失って倒れてしまう。
一同「玲!?」「潮田さん!?」「しっかりしろ!」
地面に置き去りにされたサヨコの台本が熱で発火し、燃え去ってゆく。
何日か後、病院。
雅子が玄関を出ると、玲が患者の子供たちと無邪気に遊んでいる。
2人が中庭に掛け、話し込む。
雅子が、動物の写真を玲に見せる。
玲「おぉっ、かわいいじゃん!」
雅子「生まれたばかりのキタキツネだって。好きでしょ、玲、こういうの」
玲「好き好き!」
雅子「お兄ちゃんが送って来たの。お見舞い」
玲「ありがと。マーのお兄さんってさぁ、獣医さんになる勉強してんでしょ?」
雅子「2年も浪人して、それでも絶対なるんだって、がんばって」
玲「すごい、格好いい!」
雅子「全然。家でも犬以外と口きいてんの見たことないしさ、部活とかも長続きしないし、何だかピリッとしない奴……だった」
玲「間違ってたら、そう言って」
雅子「何?」
玲「伝説の3番目のサヨコは男の子だった── それって、もしかして…… マーのお兄さん?」
雅子は返事の代りに、紙袋から、熱で溶けて変形したガラスの塊を取り出す。
雅子「9年前の始業式の朝、お兄ちゃんはここに、赤い花を生けた──」
玲「これ……?」
雅子「サヨコの花瓶。焼け跡にあったの」
玲「こんなになっちゃったんだ……」
雅子「1年経って、お兄ちゃんは変わった。サヨコを成功させて、やればできるんだって、そう思ったみたい。獣医さんになるって決めて、急に生き生きしちゃってさ、私もサヨコになったら、あんなふうになれるのかなぁ、って……」
玲「……」
雅子「けど、サヨコの鍵は私には送られてこなかった。選ばれなかったのは悲しかったけど、私はせめて、サヨコを見守ろうと思った」
玲「卒業アルバムを借りたのも、マーだったの?」
雅子「津村さんが転校して来て、てっきり『死んだ2番目のサヨコが生まれ変わって戻って来たんだ』── そう思った」
かつて交通事故で死んだ2番目のサヨコ、その子の名前も津村沙世子。
現在の転校生の沙世子は同名のため、2番目のサヨコの亡霊と疑われていた。
玲は学校図書館で、卒業アルバムでを調べようとしたものの、別の誰かに借りられていた。
雅子「だから、津村さんの正体がみんなにバレないように、守ろうとして…… アルバムの写真や、碑の後ろの名前を隠したの。でも、今年のサヨコは最初から変だった」
学校の教室では、秋が皆に事情を話している。
秋「そのわけをマーは、僕が流したスライドで知った」
サヨコ伝説を否定する秋は以前、授業で用いられるスライドに「ふたりのサヨコ」のメッセージを混ぜ、授業中に投影するよう仕組んでいた。
秋「『今年のサヨコは2人いる』。それに気づいたマーは『だったら自分が3人目になってもいい』、そう思ったんだ」
雅子「サヨコは、どんな困難にも負けないヒロインなの。だからみんなが、サヨコをもっと愛するように、もっともっとサヨコを大切に思うように──」
秋「玲と津村が作った台本を持ち出して、マーは、全員参加のセリフを全部作り変えたんだ」
サヨコが演じるべき文化祭の芝居。
玲と沙世子が作った台本は、別の台本にすり替えられていた。
その台本には、紙面に黒い線の滲みがあった。
それが黒川先生のワープロの印刷でできるものと気づき、玲はサヨコの真相に近づいていた。
雅子「黒川先生のワープロを使って。あの頃、歌詞カードを討つためによくワープロを借りてたから、台本作るのに夢中で、左上の線には気づかなかった」
秋「それから理由をつけて、舞台の袖をウロウロして──」
雅子「お芝居の直前に、台本をすり替えた」
秋「そんなふうに、マーはマーなりに、自分がサヨコになろうとした」
溝口「じゃあ、あの事故は? 文化祭のときの」
文化祭の日、全校生徒の集まっている体育館に突風が吹き荒れ、生徒たちは大混乱に陥っていた。
雅子「あんなふうになるなんて…… あのお芝居が、あんなことになるなんて、思っても見なかった」
秋「あの風が何なのかはわからない。けど、あの風が吹いた頃から、マーは信じるようになったんだ」
溝口「何を?」
秋「本物のサヨコの存在を。自分が何をしても、それはサヨコの意志だって、全部サヨコが決めたことだって、そう思うようになったんだ」
溝口「なんで? なんで、そんなことになっちゃったのよ、マーは? あんな火事まで!」
黒川「火事と花宮は無関係だ。原因は、北校舎の配線不良だそうだ」
溝口「けど、資料を封印したその夜だなんて……」
一同「なんか、因縁つうか……」「サヨコかな?」「本物がいるのかな、やっぱり」「勝手に封印するなって怒って……」
加藤「違う!」
一同「……」
黒川「なんだ、加藤? 言ってみろ」
加藤「……そんなふうに、そんなふうにサヨコを使っちゃ駄目なんだ」
溝口「『使う』って?」
加藤「弱かったんだよ、花宮は。多分、別のもう1人の自分になりたかったんだ」
溝口「なんでそんなこと、わかんのよ?」
加藤「俺がそうだったから! 入院してるとき、毎日思ってた。『ここにいるのは、本当の僕じゃない。僕はこんなに弱くない。こんなことになったの、サヨコのせいだ』って」
溝口「祟りってこと?」
加藤「祟りのせいにしたんだ。そうすれば楽だから。そうやって、サヨコは自分の一番弱いところにつけこんで来る……」
秋「……俺も。俺も加藤と同じだった。去年入院してるとき『ここにいる俺は本当の俺じゃない』って、ずっとそう思ってた。けど、俺は『サヨコなんかに騙されるもんか』『負けるもんか』って言い聞かせてるうち、吹っ飛んじゃったんだ。留年のことも、体のことも…… 信じてないはずのサヨコが、いつの間にか、俺を強く守ってくれていた」
加藤「サヨコなんていない……」
秋「サヨコは、いつでもいる」
溝口「……もう、どっちが正しいのよ!?」
秋「どっちも。だよね?」
黒川先生が頷く。
雅子「玲…… ごめんね」
玲「うぅん」
玄関先のベンチに、飲み物を手にした沙世子と、祖母のゆりえ。
ゆりえ「いいの? 行かなくて。お見舞いに来たんでしょ?」
沙世子「行くよ。でも、これ飲んでから」
ゆりえ「今度の物語はどうだったの?」
沙世子「物語?」
ゆりえ「転校って、新しい物語の中に入って行くみたい』って、そう言ってたじゃない? あなた、昔」
沙世子「……あぁ」
ゆりえ「で、この町のお話は、どうだったの?」
沙世子「そうねぇ…… えっ? お婆ちゃん、サヨコ伝説のこと…… 前から知ってたの?」
ゆりえ「フフッ」
沙世子「え…… ってことはまさか、そもそも1番目の……」
校庭の碑。
沙世子が花壇を作っているところへ、黒川が手伝いに来る。
沙世子「あ、そこ踏まないでください! チューリップの球根を埋めました! あ、そこも! スイートピーの種、蒔きました。──あ、引っこ抜かないで! それ雑草じゃない!」
黒川「あ、すいません、申し訳ない…… あの、これ水とか肥料とか、やんなくていいのかな?」
沙世子「さぁ?」
黒川「『さぁ』って、お前……?」
沙世子「過保護にしなくても、咲くときは咲きます。命って強いから」
黒川「そっか、そうだな。……すまなかった」
沙世子「えっ?」
黒川「津村にはちゃんと、謝ろうと思ってた。亡霊に間違えられたり、とんだ迷惑だったよな」
沙世子「謝らないでください。そんなことされたら、私がここに来たことが間違いになっちゃう」
黒川「そっか…… すまん」
沙世子「えっ?」
黒川「あ、いや、ごめん」
沙世子「えぇっ?」
黒川「あ、いやいや、申し訳ない! あ、いや、だから違うんだよ」
沙世子「……アハハハハ!」
沙世子「私に鍵を送るように先生に頼んだのって、お婆ちゃんでしょ?」
黒川「……」
沙世子「昨日、聞かれたの。『今度の物語はどうだった?』って」
黒川「……どうだったんだ、それで?」
沙世子「まだわからない。この町でのお話はね、たぶん、ずっとずっと続くから」
黒川「そっか…… もう津村に、鍵はいらないな」
病室のベッドで、玲が物音で目を覚ます。
カメラを下げた秋が、花瓶を飾っている。
秋「なんだ、起きちゃったのか」
玲「驚くよぉ! あ、ちょっと、寝顔とか撮ってないよね?」
秋「馬鹿、撮るわけないだろ、そんなもん。別のもの撮ってたの」
玲「えっ、何何?」
秋「秘密」
玲「気になる~!」
秋「具合、どう?」
玲「もう、全然平気! 土曜日には退院できるって」
秋「良かったじゃん!」
玲「でもさぁ、なんか格好悪いよぉ~! 由紀もマーも津村さんも、秋まで全然平気なのに、私だけブッ倒れちゃって」
秋「バスケ、土曜日に3年対2年で、練習試合だって。マーと津村が『玲がいなくても勝ってみせる』って」
玲「えぇっ? 悔しい~っ!」
悔しがる玲の顔に秋がカメラを向け、シャッターを切る。
玲「何ぃ!? なんで撮るの、今の顔ぉ!? ちょっと、やめてよぉ! やぁだぁ!」
看護士「静かに!」
玲「……はい」
玲や秋たちのマンション。
玲の母・真弓と弟の耕が玄関を出ると、秋の母・千夏が車から荷物を降ろしている。
真弓「あら、由紀夫くんの荷物?」
千夏「そうなの。あっ、玲ちゃんの退院?」
真弓「そうなの、迎えに」
窓から、由紀夫が顔を出す。
由紀夫「お母さん!」
耕「由紀夫兄ちゃん!」
真弓「今日からお隣ね。よろしく!」
由紀夫「よろしくお願いします! ねぇ、兄ちゃん知らない?」
千夏「秋? いないの?」
由紀夫「いないの。部屋にも、どこにも」
秋は、由紀夫が同居していた父・唐沢多佳雄と共に、行方不明のネコを捜している。
秋「風上?」
多佳雄「あぁ。なかなか帰れないネコっていうのは、いなくなった場所から風上に移動した可能性が強いんだ」
秋「そっか。風下に行ったんなら、自分の臭いを追って戻れるんだ」
多佳雄「大ビンゴ! しかし、なんでわざわざ、自分が困る方向へ逃げるかねぇ?」
秋「たまには、自分の臭いのしないところへ行きたいんじゃない?」
多佳雄「……」
秋「安全で、エサもあって、けど、ネコにすればまだきっと、足りないものがあるんだよ。まだまだ見つけたいものがさ」
多佳雄「……なるほど」
秋「そっち行ってもいいかな?」
多佳雄「駄目! 同じ場所捜したって、二度手間になるだけだろ?」
秋「じゃなくて、由紀の代りに…… 由紀は関係ないけど、今度は俺がそっちに住んじゃ駄目かな?」
多佳雄「!?」
秋「見つけたいものが、いっぱいあるんだ」
多佳雄「……そりゃ、こっちは、まぁその、そういうことがあってもいいかもしれないけど……」
秋「あっ!」
多佳雄「どうした!?」
秋「いた! こっち、ネコ! そっち逃げた! お父さん!」
多佳雄「……!」
秋「……」
反目していた父を「お父さん」と呼んだ秋。
父子がしばし、無言で見つめ合う。
秋たち「……あ、いた! そっち!」「あっ、いた!」「そっち!」
土曜日、バスケットボール部の練習試合。
沙世子も雅子も奮闘するものの、2点差で3年チームがリードしている。
雅子「もう駄目、限界……」
扉が開き、ユニフォーム姿の玲が現れる。
雅子「玲!」
玲「えへへ~、来ちった!」
雅子「ちょっと、大丈夫なの?」
玲「ん──、たまにクラッとするけど、まぁ」
沙世子「出てみる?」
玲「えっ?」
沙世子「いいよね?」
沙世子に促され、一同も頷く。
玲「だ、駄目だよ、試合なのに」
雅子「この格好で来て、今さら言うなぁ!」
玲が加わり、試合が再開される。
試合終了間近、沙世子がボールを手にしてゴール前に躍り込むものの、ブロックは固い。
沙世子が大ジャンプ。シュートするかと見せかけ、背後の玲にパス。
沙世子「玲、シュート!」
皆の見上げる中、玲の放ったロングシュートが決まる。
3ポイントシュートで、2年チームが逆転勝利を飾る。
雅子「やったぁ!」
一同「ナイスシュート!」
玲と沙世子が笑顔で、拳をぶつけ合う。
玲「イェ──イ!!」
一同が賑わう中、ふと、沙世子の顔が曇る。
「どうかしたの?」と言いたげな玲に、沙世子はすぐに笑顔を返す。
そして、終業式の日の教室。
沙世子の姿は席にない。
玲「転校……? 津村さんが?」
黒川「ご両親のところへ行くんだそうだ」
溝口「それって、外国ってこと?」
雅子「でも、外国ってどこ?」
加藤「どこ?」
溝口「どこ?」
秋「さぁ……」
黒川「さぁ。通信簿、渡すぞ。名前呼ばれたら、1人1人取りに来るように」
雅子「許せない!」
黒川「はぁ?」
溝口「そうよ。誰にも何も言わないで、勝手に行っちゃうなんて」
玲が思わず、席を立つ。
黒川「潮田! まだ終わってない」
玲「けど……」
秋「いいよ、行けよ」
玲「秋……」
黒川「おいおい」
雅子「そうだよ。行って、伝えてよ! 『みんな怒ってる』って」
溝口「いつもいつも、すました顔しちゃってさ。もっとうんと虐めて、泣かせてやれば良かったわ」
秋「そういや、あいつの涙って見たことないよな」
加藤「一度でいいから、テスト勉強、勝ちたかった!」
雅子「来年の地区大会、どうするつもりなのよ!?」
一同「俺、結構タイプだったかなって」「実は俺も」
雅子「嘘!? 最低!」
溝口「最低!」
秋「それ全部、伝えて来いよ」
玲「……秋! みんな!」
玲が教室を出ようとする。
黒川「潮田!」
玲「先生!?」
黒川が、沙世子の通信簿を差し出す。
黒川「渡し損ねた。届けてくれるか?」
沙世子が1人、駅への道を歩く。
玲「沙世子ぉ──っ!」
玲が息を切らしつつ、駆けてくる。
玲「はぁ、はぁ…… なんで!? なんで言ってくれなかったの!?」
沙世子「言うほどのことじゃないから。こんなの、何度も何度もやってきたことだし」
玲「私は初めてだよ!」
沙世子「……」
玲「みんなも怒ってる! マーも、溝口も、加藤も、秋も、みんな『聞いてない』『許せない』って、すっごく怒ってんだから!」
沙世子「……みんなが?」
玲「ずっとずっと、一緒だと思ってたのに……」
沙世子「新学期になったら、私の座っていた椅子には、誰かが座るわ。私なんかいなくても、何も変わらない」
玲「そんなことない!」
沙世子「亡霊と一緒。消えたら、それでおしまい」
玲「始業式の朝、私より先に来て、サヨコの花を生けたのは誰!? 私とゴール合戦したのは誰!? 誕生日の夜、一緒に学校に忍び込んだのは!? みんなみんな、津村さんじゃない!?」
沙世子「潮田さん……」
玲「忘れないから! どんなに遠くなったって、どんなに逢わなくったって、ずっとずっと憶えてるから!」
沙世子「私は……!」
玲「たとえ津村さんが忘れたって、私は忘れない! 絶対忘れない!」
沙世子「私だって!」
玲「……」
沙世子「一緒に6番目のサヨコになったこと、いっぱい邪魔されて、いっぱい振り回されて、それでもすごく楽しかったこと、怖かったこと、ドキドキしたこと、そういうとき、いつも…… あなたと一緒だったこと」
玲「……」
沙世子「忘れないんだから! 絶対、絶対!」
玲が沙世子に抱きつき、沙世子は玲をしっかりと抱きとめる。
玲「亡霊なんかじゃないよ…… だって、こんなに温かいんだもん……」
沙世子「玲……」
玲「……あ」
沙世子「ん?」
玲「やっと名前、呼んでくれた!」
沙世子「あ! フフッ。玲……」
玲「沙世子……」
沙世子「玲!」
玲「沙世子!」
電車が走り去って行く。
沙世子が車内で涙ぐみながら、窓の外を見つめる。
玲も涙ぐみながら、電車を見送る。
玲「さよなら、沙世子……」
こうして、私たちの
6番目のサヨコの冒険は、終わった。
女子バスケットボール部の世代交代。
塔子「それでは、新部長から一言!」
雅子「はい」
一同「イェ──イ!」
人の写っていない風景写真ばかり撮っていた秋が、喜々として、人々を写した写真を子供たちに見せている。
私たちはみんな、秋も、マーも、
加藤も、溝口も、前よりちょっとだけ、
自分のことが見えるようになった。
ひょっとしたらそれが、
「扉」だったのかもしれない。
津村さんという不思議な転校生と一緒に、
私たちが開いた、大人への扉──
黒川先生の理科の授業。
黒川「──が何なのか、わかる人?」
玲「はぁい!」
黒川「はい、潮田!」
校庭の石碑。
そばで遊んでいた少女が立ち去り、どこへともなく姿を消す。
新学期。どこかの別の学校。
「サヨコだよ」「何何?」
厳寒の花瓶に、赤い花が生けられている。
生徒たちがざわめく中、鈴の音を響かせ、1人の少女が歩き去ってゆく。
後ろ姿のその少女がゆっくりと、こちらを振り向く──
最終更新:2018年09月28日 03:14