カナン……
お前は戦争によって 過去を奪われた犠牲者であり 奴は権力闘争によって 過去を失った敗北者だ。
破壊によって生まれた兵士は、 憎しみを武器とする。 お前と奴とは、 兵士としての起点は同じだが 在り方は異なっている。
いいか、カナン? 憎しみには、憎しみで対抗してはならない。 決して。 その力で相手を消したとしても、 憎しみに囚われた自分がいる限り、 憎悪の数は減りはしない。
お前は…… お前は、俺たちとは違う……
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上海の街。
空に色とりどりの風船が舞い、その一つが銃撃で割れる。
ビルの屋上で、物語の主人公、中東の工作員の少女・カナンが銃を構えている。
とある港。
武装した男たちに囲まれて、1人の女性が連行されている。
カナンの宿敵、武装犯罪組織「蛇」のリーダー、アルファルド。
カナンがビルの屋上で銃を構えつつ、何かに気づく。
カナン「後で、貰いに行こ」
空を行く飛行機の中。
日本人のフリーライター・御法川実が、不機嫌そうにパソコンを叩いている。
隣では、新人カメラマンの大沢マリアが、呑気に機内食にありついている。
御法川「コスプレバー、中国四千年の秘技でニィハオ極楽浄土、怪奇・一夜にして住人すべてが消えた村? くだらん、くだらん、見事にくだらん! わざわざ上海まで出向く価値があるのかぁ!? この企画ぅ!」
マリア「わぁ、ミノさん! このお魚、甘ぁい!」
御法川「しかも、同行カメラマンがお前なんて……」
マリア「はい! 素敵な旅になりそうですね」
御法川「なんで、ついて来んだよぉ~。社長に妙に気に入られてるらしいが、お前みたいな駆け出しが……」
マリア「駆け出しは、心も駆け出してるんです! 社長は、私の写真に対する想いを買ってくださったんだと思います」
御法川「それはそれは。じゃ、その『想い』って奴を演説してみろ」
マリア「はい! 私、この世界には、誰もが見えてない物がいっぱいあると思うんです」
御法川「ふぅ~ん……」
マリア「うぅん。見ようと思えば、本当は見えない物なんてないのに、わざと目を閉ざしている。この目でそれを見てしまうのは、痛すぎるし、辛すぎるから、だから閉ざしている……」
上海の街で、祭が開催されている。
動物のかぶり物をした男たちがおり、その1人が誤って、観衆にぶつかる。
観衆の男がふざけて、かぶり物を取る。
取られたおの男が途端に、奇声をあげて苦しみ出す。
マリア「写真が、誰かの目を借りることができると思うんです。自分の目を閉ざしたままでも、誰かの目を借りて」
御法川「ほぅ、そりゃいい。じゃ、第3の目を開眼してやろう」
マリア「わ、わぁ!?」
御法川「ほぉら!」
御法川がサインペンで、マリアの額に目を書きこむ。
マリア「う~ん、見える見える、透視できます! あ! 今、面白い顔してますねぇ?」
御法川「つきあってられん……」
マリア「フフッ、さては図星ですねぇ? ズバリ、そうでしょう?」
テレビのニュースで、政府の重鎮の老人が映し出されている。
『中国上海でのMBCR 対テロ国際安全協力会議──』
御法川 (畜生、このまま三流ゴシップ雑誌で燻ってられるか。上海で一発、デカい特ダネを掴んで……)
マリア「わぁ、見える! 見えます!」
窓から見える上海の景色に、マリアが目を見張る。
マリア「見える…… 見たいよ、カナン……」
カナンは、上海の下町の、とある一室を訪れる。
監視役の女性・夏目がいる。
夏目「無駄に発砲しましたね?」
カナン「ケチ……」
夏目「問題は弾薬の値段ではありません。カラチ近郊の漁港にて、アルファルドがCIAに拘束されたとの情報が。『蛇』には以前、CIAとの内通者がいましたが、すでに処理され、我々が動かなくても──」
カナン「あいつは戻って来る」
夏目「仕事です。『ファクトリー』から『アンブルーム』を保護した車が、『蛇』に襲撃されました」
カナン「それで?」
夏目「生存者が残っていれば、その救出。残っていなければ、襲撃者がアンブルームである可能性もありますので」
カナン「そっちが、捕まえやすいようにすればいいんでしょ? あなた、日本の人だよね?」
夏目「答える必要は?」
カナン「あやとり、知ってる?」
夏目「……指先を動かすことで脳を活性化し、ボケ防止の効果などもあるそうですが」
祭りの中で苦しんでいた男が、橋から川に落ちる。
水面から、男の腕が飛び出す。
奇妙な花のような痣。
やがて、腕が川の中へ消える。
路地裏に停められた車の中の男女、サンタナとハッコー。
サンタナ「くそっ!」
サンタナが、携帯電話が繋がらずに苛立つ。
ハッコーは無言で、サンタナを見ている。
サンタナ「あ、ごめん…… 怖い顔してたか?」
ハッコーは無言で首を横に振り、髪に付けている花を、サンタナの髪に付ける。
サンタナ「あぁ、ありがと。ウーアか」
ハッコー「……」
サンタナ「いや、お前は俺の心に咲いた花だよ、ハッコー」
御法川とマリアが、上海の祭に降り立つ。
マリアは夢中で、出し物にカメラを向ける。
マリア「うわぁ~! 凄い、凄ぉい!」
御法川「たいした祭だなぁ。どうだ? チェックしてやる」
マリア「すぐは無理ですよぉ。これ、デジカメじゃないですもん。写真はきちんと手をかけてあげて初めて、大沢マリアの目になるんですよ」
御法川「ほぉ~、志は立派だがなぁ、それじゃ、カメラマンとしてはやっていけないぞ。報道の神様にはな、前髪しかな…… ん?」
群衆の中の1人の老人。テレビのあのニュースの老人の変装──?
御法川「ん…… 前髪、発見~っ!」
マリア「本当、凄いですぅ! ねぇ、ミノさん! ……あれぇ? あれぇ~?」
いつの間にか、御法川の姿がない。
民間軍事会社・ダイダラ社。
社長のカミングスが、来客の商談相手と話している。
商談相手「よくここで、外資系PMC設立の認可が下りましたね」
カミングズ「それなりに積んだからな。この程度の投資は、紛争一つで埋まるよ」
商談相手「この国はそこがシンプルです。ぜひ、資産運用はお任せください。そういえば開発部門のほうにも面白い動きがあると、噂に聞いたのですが?」
カミングズ「……『共感覚』というものをご存知かな?」
商談相手「え?」
カミングズ「視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚。独立している五感が同時に機能している者を、共感覚者と呼ぶ。文字に色がついていたり、音が形として見えたり、まぁ、個人差は色々あるようだがな」
商談相手「ほぉ……」
カミングズ「それを一歩進めて、たとえばIFFのようなものに応用できないかと考えてるんだよ。視覚から得た情報を、他の五感をもって認識させ──」
隣の浴室では、カミングスの秘書の女性、リャン・チーが湯船に浸かっている。
リャン「姉様をお迎えに上がる前に、禊を済ませねばならない。共感覚など無くとも、私はこの浄化された肌に感じることができる。姉様の鼓動を…… 低い鼓動は腹筋を促す。強い鼓動は、私の中の赤を燃え上がらせる……」
浴室の窓に映るシルエットに、商談相手が目を奪われる。
カミングズ「コホン」
商談相手「あ!? あ、いや……」
カミングズ「あぁ、私の秘書だ」
商談相手「はぁ…… コホン! ひ、秘書がお風呂に、ですか?」
扉が開き、リャンが全裸のまま姿を現す。
商談相手が思わず、コーヒーを吹き出す。
商談相手「ブハッ!」
カミングズ「リャン・チー、ウォール街のレポートを」
リャン「かしこまりました」
カミングズ「大丈夫か?」
商談相手「い、いやいや、もう……」
リャンが全裸のまま、書類を商談相手の差し出す。
リャン「こちらになります」
商談相手「あ!? い、いや、どうも」
カミングズ「ククッ……」
リャン「社長。そろそろ、お時間です」
マリア「ミノさん、どこ行ったのかなぁ……? ま、いっか」
祭では、巨大な龍の出し物が登場し、観衆が大歓声を上げる。
マリア「わぁ! 凄ぉい!」
そう、私は見たい。
目を閉ざさずに、知らない世界を。
怖いけど……
でも、あの子はずっと、見つめているから
マリア「凄い! 凄い! 凄ぉい!」
そばで現地の子供たちが、マリアの日本語での口癖を真似ている。
「スゴーイ! ス・ゴ・イ!」
マリア「(エネルギーがすごい……) 凄ぉい! (命を感じる……!)」
誰かが、マリアにぶつかる。
マリア「あ ごめんなさい……」
かぶり物を被った2人が走り去る。
龍が口から火を吐くかの如く、水を吹き出し、その2人に水が浴びせられる。
その勢いでかぶり物が外れ、途端に男が苦しみだす。
「わ!? わ、わ、わ、わああぁぁ──っっ!!」
子供たちは余興と思ったか、倒れた男を見て、はしゃぎ回る。
男の腕には、花のような奇妙な痣が浮かび上がり、目が血走る。
マリア「!? あ、あの……」
仮面で顔をかくした2人組が、マリアの背後に迫る。
次の瞬間、誰かがマリアの腕をつかみ、駆け出す。
2人組が銃を放つ。
マリアを連れ出したのは、カナン。
カナン「走って!」
マリア「カナン!?」
カナン「どうしてここにいるの!?」
マリア「こっちのセリフだよ! ずっとずっと会いたかったのに、連絡くれなくて!」
カナン「伏せて!」
銃声。
マリア「また 悪い人たちと戦ってるの?」
カナン「愚かな人、かな」
マリア「よくわからないよぉ!」
カナンがふと、足を止める。
1人の少女が路上で、射的の屋台を営んでいる。
少女「へい、いらっしゃぁい!」
カナン「これ、私が取った」
射的の的の一つのぬいぐるみに、銃撃の穴があいている。
少女「お客さぁん、難癖つけるんなら……」
カナンが鞄を開いて見せると、中に拳銃がある。
少女「お…… 大当たりぃ──!」
ぬいぐるみを手に、カナンたちが再び駆け出す。
カナンたちは銃撃から逃れ、路地裏に身をひそめる。
マリア「ちょっと、カナン……」
カナン「シッ」
マリア「ぬいぐるみ、好きなんだ?」
カナン「なんとなく。何の色もしないから。ここから動かないで」
マリア「嫌だよ! 動きたいよ…… だって、お祭だよ?」
カナン「あれ、持ってきてる?」
マリア「あれって? ……あ」
マリアが鞄から、あやとりの毛糸を出す。
かつて、カナンと知り合ったときに遊んだ物である。
マリア「これのこと?」
カナン「手を後ろにして」
カナンはその糸を使い、マリアの手を後ろ手に縛る。
カナン「よし。これで動けないよね」
マリア「え? ただの毛糸だもん。引っぱれば簡単に切れ──」
カナン「切っちゃうんだ?」
マリア「え?」
カナン「これがあったから、友達になれたのに」
カナンが笑い、マリアを置いて走り出す。
マリア「あ!? い、意地悪……! カナぁン!」
一方、御法川が目を付けた老人は、1人の少年と仲良さそうに過ごしている。
御法川「ちょっとボケの入った老人と、面倒を見る甲斐甲斐しい孫。あぁ、麗しき景色かな…… はぁ、人違いってなぁ。そりゃそうだ、よく考えりゃ。あ!? そういや、大沢は!?」
周囲を見渡すと、賑やかな祭りの風景。
御法川「おぅおぅ、盛り上がってるね~!」
観衆がざわめく。
カナンが屋根の上を走り、彼女目がけて銃撃の雨が降り注ぐ。
御法川「えらく派手なパフォーマンスだなぁ……」
銃撃が屋根を砕き、飛び散った破片の一つが、御法川の額をかすめる。
御法川「痛っ! こりゃ、遊びなんかじゃ……」
周囲の群集はカナンを見て、盛んに歓声を送っている。
御法川「こいつら、祭りの余興だと思って……? いや、ここにこうして見えているのに、わざと目を逸らしてる?」
マリア「カナぁン!」
御法川「え!?」
マリアが手を縛られたまま、駆けて来る。
御法川「意味が分からん!」
夜空をヘリコプターが行く。
機内でリャンが、横柄に振る舞う。
カミングスがダイダラ社での姿とは一変、下僕のようにリャンの脚を揉んでいる。
カミングス「リャン・チー様、ここでしょうか」
リャン「ヘナチョコ。もっと力、入れなさいよ」
携帯電話が鳴る。
リャン「どうした? ──あぁ。──あぁ。……あぁ!? カナンがぁ!?」
カナンと追っ手たちとの、銃撃戦が続く。
カナンが屋根の陰に身をひそめ、一息つき、目を凝らす。
あちこちに潜む、肉眼では到底見えないはずの追っ手たちの姿が、共感覚により捉えられる。
カナンが狙いを定めて一気に飛び出し、常人離れした動きで、次々に銃撃する。
追っ手たちが、あっという間に一掃される。
サンタナが路地裏で、かぶり物の男の1人を迎える。
サンタナ「1人だけか?」
男「あ、あぁ…… みんなは?」
サンタナ「あとは任せろ。ハッコー、お前もここで待ってろ」
カナンが屋根の上を、駆け去って行く。
御法川「おい、大沢! 行っちまうぞ!」
マリア「カナン……」
カナンは、生きてる……
その命は、激しく輝いて、
この目で直接見るには、眩しすぎて
少し怖いけれど、触れてみたい。
その輝きに
夜の林の中を行くトラック。
車内ではアルファルドが、武装した男たちに囲まれている。
アルファルドは目を閉じて微笑み、呑気に鼻歌を歌う。
「ずいぶんと楽しげだなぁ!?」
「やめとけ」
「お堅いねぇ……」
「本当にあんな小娘が、『蛇』の頭だというんですかぁ? 世間を騒がせる武装集団。信じられませんねぇ~」
「大袈裟に捉えるから、実際を見失う。所詮はただのヘビよ。不様に地をのた打ち回るだけだ」
突然の爆発。
前方のトラックが吹っ飛ぶ。
「前衛がやられた! IDPか!?」
「停めろ! 今すぐ停めろぉ!」
アルファルドが目を開く。
ヘリコプターの音が近づく──
最終更新:2020年12月19日 12:08