今日は日曜日。
ヒロシの家では、足を骨折したヒロシの父が退屈そうにしている。
そこへヒロシの母が紙の束を持ってきた。
ヒロシの母「あ~、もうやだ! あなた、ねぇこれ見てよこれ。ヒロシったら、1学期のお知らせやテスト、こんなに詰め込んだまんまなのよ」
ヒロシの父「どれどれ、ちょっとテスト見せてごらん」
ヒロシの母「見たらびっくりしますわよ」
ヒロシの父「国語が…… 60点か。うーん、70点は行かんとなぁ…… 算数が55点、ひどいなぁ。社会が70点…… うん、こりゃまあまあだな。えー、理科…… 45点!? うーん……」
ヒロシの母「うーんってあなた、もう、唸ってる場合じゃないでしょ? こんなことじゃ中学に行ったらどうなると思ってるんですか」
ヒロシの父「しかしな、中学に行って伸びる子もいるわけだし……」
ヒロシの母「あのねぇ、小学校でできない子が中学行って伸びるわけないじゃないですか」
ヒロシの父「何言ってるんだ。中学に行って急激に、10センチ・20センチと伸びる子は大勢いるぞ」
ヒロシの母「私は勉強の話をしてんです」
ヒロシの父「勉強も同じ。伸びないわけない。ヒロシは私の子ですよ」
ヒロシの母「だから信用できないんですよ。酔っぱらって駅の階段踏み外して、骨折するような人の子ですからねぇ」
ヒロシの父「ちょっ、なんだ! コラ!」
ヒロシがリビングに降りてくる。
ヒロシ「行ってきまーす」
ヒロシの父「待てヒロシ! 日曜日ぐらい家で勉強したらどうだ」
ヒロシ「ヤスコの家でみんな集まって、宿題することになってんだ」
ヒロシの父「うん、よろしい。行きなさい」
ヒロシ「行ってきまーす」
ところが、ヒロシはヤスコの家には行かず、ススム、サトル、タケオと一緒にフェンスで隔てられた町はずれの廃屋を覗いていた。
サトル「あの小屋だな」
ヒロシ「そうだ」
ヒロシ「ずーっと誰も住んでなかったのにさ、一週間ぐらい前から、ボロっちい服を着た変な男が住み始めたんだ」
ススム「そいつ、何やってんだよ」
ヒロシ「なんにもやってるもんか! 朝から晩まで、水ばっかり飲んでるんだ」
タケオ「朝から晩まで!?」
ヒロシ「うん。俺、覗いて見たんだ」
サトル「食べ物を買うお金がないんだな?」
ヒロシ「そうに決まってるさ! だから俺は、奴のことを『水飲み男』って呼んでるんだ」
サトル「水飲み男か。そりゃいいや、ははは!」
ふいに廃屋のドアが開き、件の「水飲み男」が顔を出す。
隠れる4人。
サトル「ヒロシ、面白いってこのことか?」
ヒロシ「待てよ、本番はこれからさ。みんな、手ごろな石を2・3個拾っとけよ」
タケオ「石を拾って、どうすんだよ」
ヒロシ「バーカ、投げるに決まってるだろ。窓ガラスに命中すると、水飲み男が飛び出してきて、ものすごい勢いで追いかけてくるからさ。そしたら逃げるんだ」
ススム「スリルあるじゃん」
ヒロシ「捕まったら、2・3発ぶっ飛ばされる覚悟だけはしとけよ」
サトル「よし、やってやろうじゃんか。目標は30メートルってとこだな」
サトルが石を投げる。
石は廃屋まで飛ばず、フェンスのすぐ近くに落ちている段ボール箱に当たった。
ヒロシ「そう簡単には命中しないって」
覇悪怒組「よーし、えいっ!」「よいしょ!」「ヒロシ、もうちょい右、右!」
次々に石を投げ始める4人。
騒ぎを見た近くの主婦が、竹早小学校に通報する──
とうとう投石が廃屋の窓ガラスに命中。窓ガラスが割れる。
ヒロシ「よーし!」
覇悪怒組「やったぁ!」
ヒロシの言った通り、すぐさま水飲み男が飛び出す。
水飲み男「こらぁ!」
ヒロシ「逃げろ!」
公園に逃げ込んだ覇悪怒組を捕まえようとする水飲み男だが、4人は遊具をうまく使って立ち回る。
水飲み男「どこ行ったぁ!」
水飲み男が見えなくなったところで、隠れていた4人が顔を出す。
ヒロシ「どうだ? 面白いだろ!」
ススム「最高最高、スリルだらけじゃん!」
サトル「ヒロシ、またやろうぜ!」
ここで、サトルがヒロシの背後に誰かが立っていることに気づく。
ヒロシ「あたりきよ!」
その「誰か」が、ヒロシの肩を叩いた。
タケオ「あっ、教頭先生!」
教頭先生「逃げても駄目っ! あーたたち、現行犯逮捕です! 職員室へいらっしゃい」
一方、ヒロシの家にはヤスコが来た。
ヤスコ「こんにちは」
ヒロシの母「はい…… あれ? ヤスコちゃん」
ヤスコ「ヒロシくん、いますか?」
ヒロシの母「ヒロシはヤスコちゃんの家で勉強するって言って出てったのよ?」
ヤスコ「えっ?」
ヒロシの父「あいつ、またどこかで悪さを……」
電話が鳴る。
ヒロシの母「はいもしもし、黒樹でございます…… えっ? あっ、ちょっとお待ちください…… あなた、学校から」
ヒロシの父「えっ!? ……あっ、もしもし、電話代わりました。ヒロシの父ですが、ヒロシが何か…… はあ。はあ…… なんですと!? ヒロシが民家に石を投げて、窓ガラスをガチャンと!? ……いや、あぁ…… お母さん、ちょっと電話代わって」
ヒロシの母「えっ!?」
ヒロシの父「いや、は、早く……」
ヒロシの母「都合の悪いことは全部私に押し付けるんだから、っとに! ……もしもし、あっ、あの、誠に申し訳ございません。ただいま、あの、お詫びに至急そちらに参上いたします……」
竹早小学校──
教頭先生「あんたたち…… わかってるわね?」
覇悪怒組「はい」
ヒロシの両親とヤスコが職員室に駆け込む。
ヒロシの父「ヒロシっ! このバカたれ!! 父はお前に、他人の家に石を投げよと教えしか!」
ヒロシの母「あなた、いつの時代の言葉使ってるんですか」
ヒロシの父「いや、わかってる…… ヒロシ! 誰だって、自分の家に石を投げられるのは嫌なもんだ。お前、自分の家に石を投げられてみろ。そこんとこ考えろ!」
ヒロシ「わかってるよ、そんなこと……」
ヒロシの母「わかっててどうしてやったのよ!」
ヤスコ「あんたたち、覇悪怒組のメンバーなのよ? 恥ずかしいと思わないの!?」
ヒロシ「うるせー女」
ヒロシの父「ヒロシ! お前なぁ、悪いとわかっていてなぜやった? 答えてみろ! 返答次第によっては……」
そこへさらに、落合先生が入室。
落合先生「まあまあまあ、お父さん。おっ、どうなさいましたその足は」
ヒロシの父「いや、あの、これは…… ちょっと……」
落合先生「ああ、そうですか…… おい、野郎ども。休みだというのに先生を休ませてはくれんなぁ、ああん? どうだ、面白かった?」
覇悪怒組「面白かった」
落合先生「そうなんだよ、あれは面白いんだよ! 先生もお前たちの頃なぁ、よく石を投げて追いかけられてなぁ、田んぼの中這いずり回って逃げたりしたもんだよ、うん! あれは面白い、うん。お父さんもどうですか、よくやりませんでしたか?」
ヒロシの父「えっ、私!? ……私だってやりましたよ!」
落合先生「そうでしょ!?」
ヒロシの父「これでねぇ、なかなかのわんぱくでしたからねぇ。一度ならず二度・三度、もう捕まったら最後だと思って必死に逃げたもんですよ」
落合先生「それで駆け足が速くなったりしましてなぁ」
教頭先生「落合先生!! 教師たるものがなんですか!」
すっかりゆるみきった2人を教頭先生とヒロシの母が諫める。
平身低頭の落合先生。
落合先生「申し訳ございません、どうも……」
教頭先生「……とにかく、民家に石を投げるということは道徳的に許されることではございません。今から、そのお家へ行って謝罪をしてきていただきます」
その頃、水飲み男は公園の水を飲んでいた。
落合先生と覇悪怒組、ヒロシの両親が廃屋を訪ねる。
ヒロシの父「この家か…… おっ、こりゃひどい。窓ガラスがめちゃくちゃだ」
ヒロシの母「ここはだいぶ前から誰も住んでないはずなんですよ?」
ヒロシの父「うーん…… 家のない人が勝手に住み着いてんじゃないかなぁ」
落合先生「ごめんください」
落合先生が扉を叩くが、反応はない。
ヒロシの母「誰もいないじゃないの」
ヒロシの父「私たちに見つかっちゃ具合が悪いんで、逃げ出したんじゃないか? どうせ不法侵入者に決まってるよ……」
落合先生「失礼して、入らせてもらいますよ?」
内部に踏み込む落合先生。しかし、中には誰もいない。
机の上や棚には水がなみなみと注がれたコップやどんぶり、実験器具、そして紙の束が置かれている。
その表紙には「水道水のカルキの量と味の違い」の文字──論文か何かのようだ。
ヒロシの母「帰りましょうよ…… 気味が悪いわ」
ヒロシの父「うーん、そうは言っても学校の手前があるからなぁ…… 謝るだけはきちんと謝っておかないとね、うん」
ヒロシの父が扉の前に立った。
ヒロシの父「どうも、えー、どうも! この度は、息子と友人連中が大変ご迷惑をおかけいたしまして、申し訳ありません。えー、二度とこのようなことはさせませんので、どうかお許しください。ヒロシ、君たちも、いいね?」
覇悪怒組「はい……」
ヒロシの父「おお、そうか、よしよし。じゃあ行こう」
ヒロシ「なんか父さん、調子いいんだよなー、大人って」
ヒロシの父「いや、だって当人がいないんだから仕方ないじゃないか。ねぇ」
ヒロシ「当人に謝らないとさぁ…… 相手はボロっちい男だけど、俺たちが悪いことしたのは本当なんだし……」
ススム「ボロっちい男が怒って飛び出してくるの、面白かったんだけどなぁ」
落合先生「ちょっと待て」
落合先生の剣幕が一気に変わった。いつものとぼけた雰囲気は消え失せ、その声色はまるで別人のように怒気に満ちている。
落合先生「お前たち、相手がボロっちい姿をしていたから、面白がって石を投げたのか」
ヒロシたちはうつむいて何も言わない。
落合先生「そうなんだな!?」
ヒロシ「……はい、そうです」
落合先生「馬ぁ鹿者ぉ!!」
落合先生がヒロシたちの頭を何度も叩く。
ヒロシの母「落合先生、何をするんですか!」
落合先生「だまらっしゃい! 不肖・落合、多少の子供たちのいたずらぐらいでは怒りませんよ。しかし、ボロっちい姿をしていたから石を投げたというのは、断じて許しませんぞ!! おいお前たち、当人を見つけて、誠心誠意謝ってこい!!」
ヒロシの父「いや、しかし落合先生…… もし相手が凶悪な男でしてね、子供たちに危害を加えたらどうしますか!」
落合先生「謝ることがまず先決です!」
ヒロシたちの背中を押す落合先生。
落合先生「行ってこい! 行けっ、この!! 早く歩けっ、コノヤロ!!」
しぶしぶ謝りに行くヒロシたち。
ヤスコ「ヒロシくん、私も行くわ……」
ススム「ヒロシ、どこ探しゃいいいんだよ?」
ヒロシ「水があるところを探すんだ」
サトル「いるかなぁ」
覇悪怒組は各地の水場を回り始めた。
ススム「ねぇ、おじさんおじさん!」
作業員「あん?」
サトル「水飲み男、見なかった? こういうの」
サトルが水を飲むジェスチャーをする。
作業員「はぁ? 知らねぇなぁ」
ヒロシ「二手に分かれよう」
ヒロシとヤスコはガソリンスタンドの洗車コーナーと神社の手水鉢、ススム・サトル・タケオは古いポンプのある場所を調べたが、水飲み男を探すことはできなかった。
5人が再度合流したその時、公園で水を飲む水飲み男を見つける。
ヒロシ「あっ、いたぞ!」
ヒロシと水飲み男の目が合う。
ヤスコ「ヒロシくん、きちんと謝るのよ?」
ヒロシ「わ、わかってる……」
水飲み男に近づく覇悪怒組。
水飲み男「来たな、小僧たち…… 捕まえてやるぞっ!」
水飲み男が覇悪怒組を追い回す。覇悪怒組はとても謝罪どころではなくなり、必死に逃げた。
ススム「ああ、もうダメだ……」
ヤスコ「追ってくるの、諦めたみたい」
タケオ「助かったぁ…… 殺されるかと思ったよ」
ヒロシは4人と別れ、家に帰った。
ヒロシの家の庭で、水飲み男が水を飲んでいる。
ヒロシ「あ、あの…… その…… 俺、あっ、僕……」
水飲み男「……小僧、また石投げにおいで。ん? ひっ捕まえてやるからな」
水飲み男は笑いながら去っていった。
ヒロシ「なんだ、あいつ! せっかく謝ってやろうと思ったのに。そっちがそうなら、謝ってなんかやるもんか!」
その夜、ヒロシは悪夢にうなされていた。
夢の中で、ヒロシは「ボロっちい姿」をして、疲労困憊になりながら魔天郎に石を積まされている。
魔天郎「ヒロシ、手を休めずに石を積め!」
魔天郎が、手にした鞭でヒロシを冷酷に打ち据え、積まれた石の山を蹴り崩す。
ヒロシ「冗談じゃないよ! どうして俺がこんなことしなくちゃなんないんだ!」
魔天郎「黙れっ!!」
ヒロシ「答えろ魔天郎! なぜだ!?」
魔天郎の鞭が飛ぶ。
ヒロシ「やめろ、やめてくれ!! やめろ──!!」
ヒロシが目を覚ました。顔中に汗が浮かんでいる。
ヒロシ「そうか…… 夢の中で俺が魔天郎に罰を受けたのは、ボロっちい姿をしてるというだけで石を投げたからだ。そんなの人間として一番卑怯だもんな。魔天郎と戦う資格なんてないもんな……」
窓の外では、魔天郎が何も言わずヒロシの呟きを聞いている。
ヒロシ「わかったぜ、魔天郎! 俺、あの人に謝るよ。謝って、魔天郎と互角に戦える男になってやるぜ!」
その言葉を聞いた魔天郎は、満足げに去っていった。
翌朝──
ヒロシ「母さん、米少しもらうよ」
ヒロシの母「ん?」
ヒロシ「行ってきまーす」
ヒロシの父「おい、ヒロシ!」
ヒロシの母「あなた…… 今度は何やらかす気かしら」
ヒロシは仲間たちの家を次々に尋ね、食料を集めさせた。
ヤスコ「ヒロシくん、果物持ってきたけど、どうする気?」
タケオ「俺んちの冷蔵庫に、ハムしかなくてさ」
ススム「ヒロシ、説明しろよ」
サトル「キャンプでもやるつもりか?」
ヒロシ「……水ばかり飲んでたら、体、もたねぇよ。病気になっちまうよ」
ススム「えぇ?」
サトル「何!?」
ヤスコ「あの人のことね……」
ヒロシ「そうだ。俺、夢ン中で魔天郎に鞭でぶっ叩かれたよ……」
ヤスコ「夢の中で?」
ヒロシ「俺たち、面白がって石を投げたんだけど、投げられた方はたまんねぇよな。ものすごく、傷ついたと思うんだ。そこんとこ考えろって、魔天郎に言われたんだと思う」
ヤスコ「そう…… それでこの食料を……」
ヒロシ「お詫びの印さ。吹っ飛ばされてもいいから、謝ってスカッとしようぜ!」
覇悪怒組「うん!」
覇悪怒組は再び廃屋を訪ねた。
ヒロシ「ごめんください、俺たち、石を投げた……」
ススム「いねぇな」
ヒロシ「中で待とう」
先日訪れた時には見向きもしなかった机の上の水に注目する覇悪怒組。
サトル「おい、見ろよ。水の器に全部ラベルが貼ってあるぜ」
タケオ「これは昨日、多摩川から採った水だ」
ヤスコ「もしかしたらあの人は、水の研究をしている人じゃないかしら?」
落合先生「その通りだ」
落合先生が、水飲み男を連れて現れた。
覇悪怒組「先生!」
落合先生「このお方は、政府の要請を受けて日本全国の水の汚染調査をしておられる、京都大学の神保 太郎博士だ」
ヒロシ「は、博士!? そんな……」
神保博士(水飲み男)「水はすべての生き物の源だ。その水が今、日本中いたるところで汚されとる。放っておいたらどういうことになるか、私は心配なんだよ」
落合先生「お前たち、人を見かけや着ているものだけで判断したらダメだぞ! 人間の価値を決める基準は、その人が、どれだけ多くの人のことを考え、多くの人の役に立とうとしているかだ。人間と自然との未来を、深く考えているかどうかだ。いいか、お前たち、仕事に夢中な人間というものは、外見など気にはしないものだ」
ヒロシ「はい! 俺たちもそう考えて…… 石を投げたりして、すいませんでした!」
覇悪怒組「すいませんでした!」
神保博士「ははははは、君たちとの鬼ごっこ、実に楽しかったなぁ」
サトル「楽しかった? あんなおっかない顔して追っかけたくせに……」
神保博士「当たり前だ! 私が苦心して集めた水を、君たちの石ころでめちゃくちゃにされたらたまらんからな」
神保博士が、フラスコの中の水をコップに注ぐ。
神保博士「どうだ。この水、みんなで飲んでみないか」
「水の汚染調査」という言葉から、注がれた水が少なからず汚染されていることを想像し、逡巡する覇悪怒組。
落合先生が助け舟を出す。
落合先生「神保先生はな、君たちがどんなに飲んでも、おなかを壊したり病気になったりしない、おいしくてきれいな水を研究しているんだ」
コップの水を一息に飲み干す落合先生。
それを見て、覇悪怒組も恐る恐る水を飲み始めた。
最終更新:2021年12月27日 23:51