マダムの雑貨店、吸血鬼の次の行先

はい、いらっしゃ―――――おやおや、久しぶりの顔だね。
思ったよりも元気そうじゃないか。

ここ最近、アンタの顔と名前もアタシらの界隈じゃ随分と広まってるよ。
世間の一部じゃあ、アンタも立派な正義の勇者候補扱いして持てはやしてる連中もいるらしいねぇ。

……そんな嫌そうな顔するんじゃないよ。
あんだけデカい仕事を名の知られた連中と一緒に成し遂げたんだ、目立つのも話が広がるも無理はないさね。
とは言え、流石に『黒羊のボスの正体が伝説級の悪魔でした』なんて話を本気で信じてる奴らは何人いるかはわからないけどね。
情報を売り物にしてるアタシらは疑うつもりは無いけど、事実だとしてもアンタもよく生きてたもんだ。

何?自分は死に物狂いで足掻いてただけで、殆どは勇者候補や冒険者達が己の使命を全うしただけだって?
そう謙遜しなくてもいいさ、アタシだってアンタの強さは知ってるよ。

で、己の使命と言えば……あんた自身の使命と目的は果たせたのかい?

―――――――そうかい。まだ、終える事は出来ないんだね。

まぁ、アンタの事だ。ソイツラらがどこへ逃げようと魔界の果てだろうが追い詰める気なんだろう。
自分の様な人間がこれ以上増えない為に悪党どもの安眠を許さないのがお前さんだ。

……ああ、わかってるよ。
ただの世間話の為に顔を出しに来たんじゃないんだろう。

アンタが思ってる通り、『黒羊』が壊滅してから裏の世界は大慌てさ。
世界でもトップクラスの巨大犯罪ギルドが喪失したんだ。
裏で流通していた密売品の大手がいきなり消えたもんで、それに依存し切ってた弱小組織は殆どが衰退してる。
ここ最近でも3つの組織が自然消滅してるし、他も弱体化したところを現地の軍やギルドに壊滅させられてる様だね。

……ただ、そうして蹴散らされてるのは所詮、黒羊の名に縋り付いてた雑魚共だけさ。

中規模以上のデカい組織はむしろ活動が活発化したり、そうでなくても水面下での取引が増加してきている傾向だ。
黒羊という大御所が抜けた空席を狙って、自称『次世代の巨悪』が覇権争いとその戦支度を始めてるのさ。
ムーンさん達も連日忙しくて、しばらくはこっちからも中々連絡が取れなかったよ。

しかし悪党の群雄割拠は魔族も変わらないねぇ。
アタシが言うのもなんだけど、まったくドブネズミみたいに貪欲な連中だよ。

さて、そんなドブネズミ共の中でも最近勢い付いてる組織は……コイツラかね。

一つはリクレシア大陸のシードリア共和国南端のハイダ漁港を根城にしてる通称『ハイダ海賊』。
元々は寂れた港町でしかなかったんだけど、近年コイツラが入り浸る様になって随分と活気が出ているらしい。
どうやら標的にするのは決まってハーレンの船ばかりで、シードリアの船には一切手を出してない様だ。

恐らくだが、ハーレンの活動を阻害する目的でシードリアの息が掛かった私掠船団が前身かもね。
だからハーレン側からはとことん恨まれてる一方で、肝心の自国の海軍からは殆どマークはされてないみたいだ。

ただ…ここ最近になって、急にコイツラの活動範囲が広まってきているみたいなんだよ。

しかも活動が活発化した時期が丁度黒羊の壊滅した頃と近しいのも気になるところだね。
こないだ来た情報だと、それまで見かけなかった様な怪しい輩がチラホラ港に出入りしているのが目撃されてる。
目立つ格好の奴だと、デカイ麻袋を背負って顔に不気味な化粧を施した義足のピエロだとか……。

……おや、なにやら心当たりのありそうな顔をしてるね。
ああ、黒羊は元が海賊行為と密漁で巨大化した海の犯罪組織だ、残党がこっちに流れ着いて悪知恵を着けさせた可能性も充分あるだろう。

これまで標的にしてこなかったはずのシードリアの船まで今じゃ平然と襲撃するようになってきているらしい。
流石にここまで来たらいよいよシードリア側も無視できなくなってくるだろうし、近々大規模な討伐作戦が起こるかもね。

折角デカい実績もあるんだ、その時にアンタも顔を出したら、喜んで迎えてくれるんじゃないかい?

それから……近頃とある宗教団体が急速に規模を拡大している。
近年設立した新興の団体でね、『死越の会』って言う教団だ。

どうも小さな子供を崇拝対象にしているらしい。現人神ってヤツさ。
生命力の神秘を秘めた神様の子だとか言って崇め奉ってるみたいなんだが、まあ、普通に考えたら眉唾モンだね。

だが、この教団が渡す『癒しの聖水』とやらが効果が抜群らしくてね。それも異様な程に。
近隣にいた病人や怪我人に飲ますと瞬く間に片っ端から全快してるもんだから、評判を聞いて着々と信者が増えてる様だ。
過去に魔物に襲われて失った指や耳まで再生して生えてきた、なんて話まであるらしい。

ジガイウス神の神殿では上質のポーション聖水として出してるとも聞くが、それと比べたってこの効能は異常だ。
だからこそ、そのありえない程の治癒効果を神聖視して、多くの信者がそれにあやかろうと入信していってるんだがね。

…で、だ。それだけでも充分奇妙だが、この教団の周りでもちょいとキナ臭い話が出回ってる。

周辺の小規模の盗賊団マフィアの間で、この聖水によく似たものを所持していたっていう報告が幾つか挙がってるんだ。
討伐依頼を受けた冒険者が交戦したんだが、追い詰められた奴らが小瓶に入った赤い液体を飲み干した途端、急に元気になって盛り返したらしい。
それまで付けた刀傷や魔法の火傷も全部キレイに消えちまって、危うくパーティが全滅しかけて逃げ帰ったんだとさ。

犯罪組織だけじゃない、近隣の街の一部の貴族や大手の商家といった富裕層の間でもそれらしき物が流通しているって噂もある。
そういった噂の出た金持ち達を調べてみると、やっぱり例の教団の入信者だったり、多額の支援金を払ったりで関係を持ってるいたみたいだ。
教団は表向きは重病人とかを救う慈善団体として活動しているみたいだが、十中八九、裏ではロクでもない事をやってると見て良いだろう。

………それと、さっき教団の崇拝対象は小さな子供って言っただろ?

アタシのツテの一人が信者のフリして教団に潜入してるんだがね、月に一度あるか無いかの集会ぐらいしか顔を出さないらしい。
その集会でもその子は一言も喋らないし、誰とも目を合わせようともしない。お人形みたいに静かに俯いてるだけだ。
教義や説法なんかは、その隣に立ってる教祖である『司教様』が代わりに全部一人でやってるんだとさ。

…潜入してるソイツはね、こういう裏の世界を探る内に色んな子供も見てきてるから、直感でわかるんだよ。
黙して語らないその様子は、決して神秘的な出生や血筋を持って生まれた特別な子供なんかじゃなく……ただ単純に、恐怖で怯えて喋れないだけだってね。

例の聖水も一つだけ手に入れる事が出来て、専門の所で調べてもらったんだがね。
中身は殆どがただの色付き水で………それに、人間の血が混ぜられた物だった。

そして、小瓶の底には……少量の肉片。
よくよく調べてみた結果それは……………小さい、それこそ子供の……指の先だったらしい。

………自分の欲望に子供を利用とする汚い大人なんざ、裏じゃ幾らでもいる。
だが、コイツラの場合は………特に反吐が出る類かもしれないね。

…で、最後だ。
アンタが多くの勇者候補や冒険者達と共に戦い抜いて壊滅させた『ブラックシープ商会』。
あれ以降バクハーンもすっかり平和になって、漁師ギルドも安心して海で漁を続けているよ。

……つい最近まではね。

アンタ達が激闘を繰り広げた戦場である、黒羊のアジトになっていたあの廃城
あそこにまた人の気配が戻りつつあるって噂になっているらしい。
それに伴って近辺の海域にも、所属不明の不審な船舶が幾つか目撃されているようだ。
関係しているかどうかは不明だが、黒羊の旗をマントに着けた人影らしきものが海を走っていた、なんて目撃報告もあるみたいだね。

漁師ギルドや廃城の周辺住民達もすっかり昔の恐怖を思い出しちまって、仕事に手が付かない所が増えてるらしい。
そう遠くないうちに、またあそこの近辺調査のクエストが出るだろうね。

まあ、残党どもがまた一旗上げたいって言うなら、力を蓄えて再び古巣に戻るっていうのはある意味一番ありえるだろう。
アンタが取り逃したっていうソイツラも、もう一度力を着ける為にそこに舞い戻ってくる可能性も高いだろうね。

廃城の調査が済んで裏が取れ次第、すぐにまた討伐作戦依頼が出るだろう。
今度こそ完全にケリを着けるってんなら、行ってみても良いんじゃないかい。


…ふぅ、いま出せる情報は大体これくらいかしらね。
何処から手を付けるかはアンタの自由だが、一応気を付ける事だね。

なんなら、そろそろ相棒の一人でも着けてみたらどうだい?
この業界じゃ、アンタと似たような目的で、似たような事をしてる奴も幾つか当てはあるよ。
最近会った銀のワイバーンに乗った娘なんかは、アンタともそれなりに合いそうな気もするんだがね。

…自分の生き方に他人を巻き込むつもりは無いって?
そうかい。ま、無理強いするつもりも無いさ。
それにどうせ同じような道を歩んでるんだ、その内バッタリ出くわす事もあるかもしれないしね。

…そうかい、もう行くのかい。
それじゃ、情報代はそこに書いといたから、またいつもの所に頼むよ。

ああ、わかってるよ、また良いネタを仕入れて待ってるさ。
マダム・ラットの秘密の雑貨店を今後とも御贔屓にね。


…アンタの親御さんには、昔のアタシも随分と世話になってるんだ。

……せいぜい野たれ死なないようにしておくれよ、吸血鬼さん


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最終更新:2023年01月03日 20:37