One for all,all for one(一人は皆の為に。皆は一人の為に)





 「奴等と闘る前に、訊いときたい事が有る」

 弾倉の内部で響く声。外には聞こえぬ、“家族”にしか届かない声。

 「まずはサリヤ。“メカーニカ”の鎧はどんなモンだ?」

 声の主のは、スプリング・ローズ。欧州に悪名を轟かせたストリートギャング“イースターズ”の首魁だった少女。
 至極当然の様に場を仕切っても、誰も何も言わないのは、戦時に於いては“アイアンハート”と覇を競ったストリートギャングのトップが、リーダーに相応しいと認めているからか。

 「私達は武闘派じゃ無かったから、あまり戦った事は無いし、戦った所を見た事も殆ど無いけれど…アレはかなり頑丈よ。車に轢かれても耐えたくらいには」

 成程。と頷いて、ローズはサリヤへ向けていた視線を、異なる相手へと動かした。

「次は無銘。アンタはサリヤのサポートが有れば、あの狂犬と“メカーニカ”に勝てるか?」

 「四葉の負傷の具合は俺以上だが、俺もお前と戦った後だ。何方か一人だけなら勝てるが、二人を相手にするのは無理だな」

 「無銘さんは,『二人相手でも勝てる』と言うかと思っていましたが」

 ローズの問いに答える無銘。二人のやりとりに、サリヤが割って入った。

 「粋がっても始まらん。それに、そんな事を言うのは、互いに死力を尽くして戦った、ローズと四葉に対する非礼だ」

 「……そういう、ものなんだね」

 「そうだぜキヨヒコ。戦う男の気概って奴だ。ちったぁお前も見倣えよ」

 ローズに バシバシと背中を叩かれ、清彦が咽せる。
 そんな二人の様子を、無銘とサリヤが温かく見守っていた。


 誰もが理解している。
 今から戦う相手は、誰もが掛け値なしの強敵で。
 この戦いで、“家族”と別れなければならないかも知れないと言う事を。

 「じゃあ…決まりだ。3on3と洒落込むか」

 ローズが右の拳を左の掌に打ちつけ。

 「サポートは任せて」

 サリヤがウィンクをし。

 「こ…怖いけれど……頑張るよ」

 本条は決意を表明し。

 「誰かと力を合わせて戦うのは、二度目の経験だな」

 無銘はいつもの様に自然体。

 「まぁ…機会があれば、私は弾丸になる……。その時は、アンリに宜しく言っといてくれ」

 「ああ」
 「わ、わかった」
 「任せといて」

 四人は“家族”。誰か一人の問題も、四人掛りで臨んで解決する。
 彼等は“家族”。One for all,all for one。


◯◯◯


◯◯◯


 「ヨツハに気を許すなよ。メリリン」

 四つの殺意が絡まり合い、鬩ぎ合う、一触即発の空気の中で、ローマンはメリリンに警告した。

 「どういう事?アンタ達知り合いでしょ?それとメリリンって呼ぶな」

 肩を竦めて、ローマンは疑問に応えた。

 「あの駄犬は骨の髄まで戦闘狂だ。さっきは此方がヤル気を見せていなかったから、まだ抑えていたが、始まったら確実に見境が無くなるぞ」

 「ええ……」

 「ルーサーの野郎のシマ荒らして、アビスに放り込まれた気狂いだぞ。常識が通じるなんて思うな」

 天を仰いだメリリンを余所に、ローマンは四葉と本条へと、素早く交互に眼線を走らせた。
 未だに茫漠とした気配のままの本条と、獰猛な精気を総身に漲らせ、“その時”を今か今かと待ち望んでいる四葉。
 口の両端を吊り上げ、ネイ・ローマンが凄絶な笑みを浮かべる。
 餓狼の群れでさえも恐れて退散しそうな、そんな笑み。

 「俺だけを見て、俺だけを信じて、俺だけを頼れば良いのさ。メリリン」

 「キッッッッッッショ!あとメリリン呼ぶな」

 「ハッ!その意気だ!メリリン!」

 ローマンの全身に力が漲る。
 闘志と戦意が形を成して、全身を包み、大気を震わせる。
 赤黒い、乾いた血液の様な色彩のスパークが、ローマンを彩る様に、身体のそこかしこで発生した。

 「来いよ牝犬。ケリ着けようぜ」

 ネイ・ローマンの超力。破壊衝動を衝撃波として撃ち放つという至極単純なソレは、しかして単純で有るが故に、侮る事は決して出来はし無い。
 高威力の破壊エネルギーは攻防一体。生半可な攻撃は撃ち砕かれ、ローマンに届く事は決して無い。
 壁の様に撃ち放つ事や、全方位に放出する事も可能な超力は、死角に回り込むことすら許さない。
 速度と力で圧倒するスプリング・ローズが、ネイ・ローマンと複数回戦って未だ決着を得られない理由である。

 「今のテメェは見るに堪えねえよ」

 言葉に込められたのは、嘲りと失望と、ほんの僅かな怒り。

 「ルーサーの飼い犬の手下ではあったが…群れのアタマとしては、テメェの事は認めてたんだぜ。
 テメェは手下を盾にしないで、いつも先頭に立っていたからな。
 “ハイヴ”の時だって、テメェが血塗れになって戦った。手下をぶつける事もできたのによ」

 大気が震える。音になら無い振動が、無音のままに、この場にいる全員の鼓膜を震わせる。
 ローマンの周囲に溢れるエネルギーだけでも、その猛威を知らしめるには充分に過ぎる。

 「それが何だ?今の醜態(ザマ)は、先陣切るのは変わらねぇが、取り込まれて良い様に使われてやがる」

 乾いた破裂音が、ネイ・ローマンの周囲で連続して生じる。
 音の正体は、高まるネオスが、空気を引き裂き爆ぜさせる事により生じるものだった。

 「生きてた時も不細工だったが、今のテメェはlルーサーの手下に飼われていた時より不細工だよ」

 四葉の、メリリンの、本条の、全員の耳に聞こえた音。
 荒ぶるネオスが、音の域にまで大気を震わせだしたのだ。

 「殺してやるよ。スプリング・ローズ」

 強く強く、ネイ・ローマンの拳が握り込まれる。殺意と力を僅かも零さぬ様に。

 「一つ言っとくぜ。ローマン」

 答える声は、十代前半の少女のもの。
 一千人の敵も背を向けて逃げ出すだろう、ネイ・ローマンの殺意を正面から受け止め、同等の殺意をぶつけ返す少女が、齢わずかに十三などと、だれが信じるだろうか。

 「私は私の意思で、“家族”の前に立っている」

 本条の姿は既に無く、本条の居た場所に立つはスプリング・ローズ。
 ネイ・ローマンと並び立つ、欧州のストリート・ギャングの絶対者。

 「それは誰にも否定させねぇ」

 少女の姿が変わる。
 矮躯が膨れ上がり、大きく。巨(おお)きく変貌していく。

 「例えボスでもな」

 真紅の毛が全身を覆っていく。
 人体など骨ごと噛み砕けそうな強靭な顎に、生え揃った鋭い牙。
 鋭利な刃物を思わせる、凶々しい鉤爪。

 矮躯の少女の姿は消えて失せ、そこに立つは人狼(ヒトオオカミ)。

 「殺してやるよ。ネイ・ローマン」

かつて欧州のストリートで、幾度も激突した2人。
 此処は欧州でも、ましてやストリートですら無い。
 何処とも知れぬ孤島で、強いられた刑務で、しかも片方は死人の残響ときている。
 それでも。
 それでも充分だと。
 殺すべき相手がいれば、それで良いと。
 立ち込める二人の殺意が宣言している。
 広大なエントランスの空間に、二つの殺意が充満し、鬩ぎ合い、弾けて爆ぜるその直前。

 「ねぇ、ネイ。私さぁ、もう一度会いたいと思ってる人がいてさぁ…。その人どうもローズと一緒に居るらしいんだ」

 最後の鎧を装甲し、内藤四葉が割って入った、

 「だからさぁ…。ローズを私が殺っちゃっても……良いよね?」

 「……此奴とケリつけるのは俺だ」

 「早く会いたいんだよぉ~。トビさんも待ってるしさぁ」

 ローズと殺りあいたいだけだろうが。と、ローマンは心の中っでツッコミを入れた。
 しかし、である。この後にルーサー・キングと決着を着けねばならない。
 そこを考えると、難敵であるローズの相手を四葉に任せる。というのも手ではある。
 四葉とローズ、戦えば五分と五分。どちらが勝つにせよ。生き残った方は無事には済まない。
 四葉が勝てば良し、負けた所で、手負の獣を楽に仕留める事が出来る。
 ローズの“現状”を考えなければ、という前提付きだが。

 「ルーサーとケリつける事も考えると、お前にやらせた方が良いか」

 この後の展開を予測し、ローマンは敵意の方向を切り替える。
 最早敵は一人だけでは無い。

 「ヤッタァ!」

 破顔した四葉は、ガッツポーズを決めて前へと出る。
 ローズとローマン、何方へも襲い掛かれる場所へと。

 「けどさぁ…ネイ。私がローズにぃ、殺されそうになったらさぁ………アンタ私を殺すよねぇ……」

 歓喜漲る精気を全身から溢れさせ、四葉が言う。あまりの精神の昂揚に、呂律が上手く回っていない。
 死闘を前に猛り狂うその姿は、先刻エルビス・エルブランデス相手に、負傷して逃げ出した敗残の身とは思えなかった。

 「当然だ。軍勢型(レギオン)だぞ。お前が取り込まれて面倒なことになる様なら、俺の手で始末した方が、後の面倒がねぇ」

 「そっかあ~~。そうだよね~~~」

四葉は笑う。口の両端が裂けたと言っても過言では無い程に吊り上がり、歯を剥き出した顔は、笑顔というよりも、屠った獲物に喰らい付く肉食獣を思わせた。

 「仕方無いよね~~~~……クヒッ」

 四葉の纏う濃密な闘志を浴びて、ローズとローマンは互いに視線を交わした後、揃って肩を竦めた。

 「サシでケリつけたかったんだがな。ローズ」

 「物事ってのは、ままならねぇよなぁ。ローマン」

 ギャングスターと人狼は、頷き合う。
 この先に何が起きるのか、知り尽くした風情だった。
 一人メリリンだけが何が何やら理解できずに取り残されていた。

 「キヒッ…キヒヒヒヒッ!」

 欧州のストリートで覇を競った宿敵同士の間に、狂気そのものの笑声が生じた。
 四葉の狂態に、メリリンが不安気にローマンへと近付き。
 ローズとローマンは揃って溜息を吐いた。

 「キヒヒヒヒヒヒヒヒッ……。ならさぁ……ネイも私の敵って事で良いよねぇ!!」

 狂悦、興奮、歓喜、高揚。
 複数の感情が混じり合った、聴くもの全てが狂気を感じる声と共に、四葉が行動を開始する。
 残った鎧である『ラ・イル』を纏い、手にした長弓から、機銃掃射の如き勢いと数の矢を、三人目掛けて撃ち放った。
 鋼人合体した四葉は、宮本麻衣の眷属の中で、最大の力と巨軀を誇るギガンテスに引けを取らない剛力を発揮する。
その剛力を以って、矢羽から鏃に至るまで鋼で出来た矢を射れば、放たれた矢は音速を超えて飛翔し、岩すら貫く魔弾と化す。

 「それが遺言かよ、もう少しは気の利いた事言えや。狂犬」

 ローマンとメリリンへと飛来した矢は四十と三。その全てを超力で微塵と砕き、ローマンが呆れた口調で呟く。

 「テメェも今、此処で死ぬかぁ!?」

 大気が絶叫し、床が砕ける。
 尚も飛来する鋼矢を悉く塵と変え、ローマンと四葉の間を遮る壁の様に形成された破壊エネルギーが、四葉の五体を砕くべく放たれる。
 赤黒い破壊エネルギーは、幅にして20m、高さにして7m。その大きさを以って回避を不能としている。

 「アンタを殺してからにするよ!」

 手に執るは、長弓に非ず、柄が半ばで俺砕けた“ヘクトール”の鋼槍。
 エルビスの拳を防ぐのに用い、守備よく受けたものの支えられず、鋼で出来た柄が砕け、続いて胸甲が撃砕された。
 四葉の超力、『pquatre chevalier(四人の騎士)』。武装した四体の鋼の鎧を召喚し戦わせる超力。
 召喚に際しては、全てを出すのでは無く、一部だけを出現させるという事も可能。
 例えば────騎士の持つ武装のみを出現させるという事も出来るのだ。

 「どっせええええええええい!!!!」

 鋼の鋒を床に突き立てると、叫喚と共に槍を振り上げる。
 大気との摩擦熱で、鋒が燃え出しそうな速度で振り上げられた槍先から、引き剥がされた床が飛ぶ。
 優に数百キロは有るコンクリート塊は、ローマン超力とぶつかり、秒と持たずに砕け散る。
 赤黒い破壊エネルギーは、次いで四葉を捉え、後方へと跳ね飛ばした。


 宙を舞う四葉を見る事無く、ローマンはローズへと向き直り様に、超力を発動させる。

 「土は土に、灰は灰に…塵は塵にっっってなあ!!!」

 死者を埋葬する際の、祈りの言葉を叫び、拳を振るって、破壊衝動を力と変えて撃ち放つ。
 床が捲れ上がる。大気が悲鳴を上げる。轟く音は、龍の咆哮にも似て、メリリンの鼓膜を打ち叩いた。
 形容し難い響きと共に、鋼鉄で出来たホールの扉が捻れて曲がり、複数の鋼片へと裂けながら宙を舞う。

 壁や床、高く天井にまで達した鋼片が跳ね返って落ちる中を、真紅の影が疾駆する。

 「相変わらず単純だなぁ!そんなんじゃあ当たらねえよマヌケ!猿でも少しは工夫をするぜ!!」

 「残骸が喋るな!癪に触るんだよ!」

 再度放たれる破壊の奔流は、虚しく床を粉砕するだけに終わる。
 ローマンが狙いを付けた時には、既に回避行動に移っていたローズは、ローマンの攻撃で砕けて宙へと舞い上がった床の破片を蹴り飛ばして加速、空中からローマンへと強襲を掛ける。

 「アホが!」

 ローマンが拳を繰り出す。
 ローマンとローズ、二人の間の距離は5m。あまりにも離れ過ぎているが為に、繰り出した拳は、空を打つだけに終わる。
 拳を放ったのが、ネイ・ローマンでなけれさえすれば。

 赤黒い奔流がローズを飲み込み────破壊エネルギーが過ぎ去った後に残る、気配も存在感も何もかもが希薄な男。

 「ああ!?」

 「良くやったキヨヒコ!姉ちゃんが褒めてやるぞォ!!」

 “敵対してはならない”とまで言われるネイ・ローマンの超力。
 一度敵対して仕舞えば、怒れる神の劫罰の如くに降りかかる破壊をやり過ごしたのは、本条清彦。
 殺意も敵意も持たず、気配さえ希薄で、かつローマンからは敵と認識されていない本条は、ネイ・ローマンの破壊の意志をすり抜ける。
 “家族”の中でも、知にも武にも暴にも秀でていない本条が、欧州のストリートの絶対者を出し抜いたのだ。
 有りえざる事態ではあるが、不条理が当たり前の様に生じるのが超力が横行する新時代。
 軍勢型(レギオン)の特性を活かした回避と奇襲は、ものの見事に成功し、本条はローマンへと迫る。
 だが、キングス・デイという巨大組織を相手に戦い続けたローマンは、この程度の不条理には飽きる程に遭遇している。
 驚きつつも、意識を余所に、肉体は迅速に対処。
 拳にに赤黒いエネルギーを纏わりつかせ、本条の胸部に鋭い拳打。
 素人の拳打では有るが、踏んだ場数が動きに洗練を齎し、纏わりつかせた超力が、攻撃に過剰なまでの殺傷性を付与する。
 並の“ネイティヴ”であれば、確実に心肺が破裂する威力の拳が、本条の胸部を捉え、鈍い音が生じた。

 「そういう事かよ!」

 ローマンの拳を受けたのは、本条清彦では無くスプリング・ローズ。
 “弾丸”として取り込まれ、能力が劣化しているとは言え、その強靭な毛皮と筋肉は、ローマンの拳打の威力を真っ向から受け止めて微動だにしない。

 「ハッハァ!良い家族だろぉ!」

 振われる真紅の剛腕。残骸に過ぎぬ身であるとはいえ、欧州のストリートに名を轟かせたスプリング・ローズ。
 凡百な強化系ネイティヴならば、躱す事など出来ない速度で腕が振り抜かれる。

 「遅えよ」

 されども相手はネイ・ローマン。本条清彦の“家族”となる前のスプリング・ローズと複数回殺し合って、決着を見なかったギャングスター。
 見慣れたローズの動きよりも、遥かに遅くなっている事に、嘲る余裕すら見せながら、半歩退がってローズの振るった爪を回避、至近距離から凄絶な威力の衝撃波を撃ち放った。

 「ワンパだって言ってんだろ」

 ローマンが衝撃波を放つよりも早く、後背に廻り込んだローズが、背後から五指を揃えた貫手で、ローマンの心臓を穿ちにいく。
 響き渡る鈍い音。ローズの爪を、赤黒い熱風が弾き飛ばした音だった。
 右腕を弾き上げられ、舌打ちしたローズが右の蹴りでローマンの足を刈ろうとするも、ローマンは超力を纏わせた脚で床を蹴り、前方へと跳躍。
 ローマンが空中で身を捻ってローズへと向き直った時には、既にローズが吐息が掛かる距離にまで密着していた。
 ローマンの眼が驚愕に見開かれる。
 明らかにローマンの知るスプリング・ローズの動きでは無い。
 ローマンの知るローズの動きは、並の獣化系超力者や、身体強化系超力者が比較にならない程の身体強化を用いたゴリ押しだ。
 ローズ自身の膨大な戦闘経験が、動きの洗練や駆け引きを齎してはいるが、骨子となるのは超力んk基づく力押し。
 それが、明らかに異なっている。
 ローマンの動きを予測して、先手を取って動いてきている。
 理論の蓄積と、繰り返した鍛錬に基づく理合で動いている

 「遅えよ」

 先刻のローマンの嘲りをそのまま返し、スプリング・ローズの禍爪が、ローマンの首筋へと振われた。

 ────間に合わない。

 ローマンの脳裏を“死(DIE)”の文字が過ぎる。
 メリリンがドローンを操作してボルトを放つも、超力を纏ったローマンの拳すらが通じぬ人狼の体毛を貫く事は出来ず、虚しく跳ね返った。

 ────死ぬ。

 ローマンの胸に沸き起こる諦念。そして諦念を薪として燃え盛る凄まじい赫怒。

 ルーサー・キングの首に手が届くというのに、相見える事もできずに死ぬ事への憤激。

 何処かの組織に捕まった仲間が、薬漬けにされ、全身を素手で刻まれ砕かれ潰されて、惨殺された動画を見て、報復を誓った時の激怒。

 麻薬根絶という大願を果たせず死ぬ事への憤慨。

 複数の“怒り”胸の内で渦を巻き、荒れ狂う激情が、身体を突き破って噴出しそうな錯覚を覚える。
 今の状態で超力を放てば、ブラックペンタゴンを半壊させる事も出来るだろうが、ローマンが超力を放つよりも速く、ローズの爪がローマンの頭を落とすだろう。

 ローズの爪が、首筋に触れる。その瞬間が、ローマンの眼にはやかにハッキリと、緩慢にすら映った。
 爪が皮膚を破り、眼前の人狼(ヒトオオカミ)の体毛を思わせる赤が滲んで────。

◯◯◯

 ローズの爪が上方に跳ね上げられた。
 ローズの体毛を貫けず、跳ね返ったボルトガン床に落ちて、硬い音を立てた。

 ローマンとローズの間を奔る剣閃。
 両目を薙ぎに来た剣閃を、ローズは右の五爪で受け止め、支えきれずに三歩後退する。
 ローマンの眼が、何かを察した様に細められた。
 ローマンが浮かんだ疑問の解消に勤しむ間にも、乱入してきた鎧姿は、連続して鋼の長剣を振るい続け、ローズを後ずらせ続けていった。
 舌打ちしてローズが大きく後ろへ飛ぶ、ローズを追って跳躍した鎧に対し、ローズの姿がオッドアイの女性の姿へと変わり、鎧へと両手の十指を向けた。
 連続して空気が震えた。鎧へと向けられた十の指先から、間断無く撃たれ続ける空気弾。
 空気の塊が鎧の表面で弾ける音が響き続けるが、鎧は意に介することもなく猛進し、剣をを振るい落とし、振り上げ、横に薙ぎ、連続して刺突を入れる。
 その全てを女は躱すと、再度人狼の姿となって後方へと跳躍。鎧も後を追って跳ぼうとしたタイミングで、ローマンの放った衝撃波が奔り抜けた。

 「……ローマン殺したら、無銘に変わってやっからよ。邪魔すんな。狂犬」

 ローマンの衝撃波を躱し、怒りを滲ませてローズが言う。
 後一息でローマンを仕留められたというのに、邪魔をされたのだ。怒りの一つも湧くというもの。

 「い・や・だ・ね!!全員私が喰うの!」

 ローマンの生命を救ったのは内藤四葉。
 衝撃波を受けて跳ね飛ばされ、床に転がったのものの、即座に起き上がって、ローマンとローズの殺し合いに割って入ったのだ。
 ローマンを救った理由は他でも無い。ローマンが死んでローズとタイマンになるよりも、ローマンとローズを同時に相手にする方が面白そうだから。
 欧州ストリートの生ける伝説である、ネイ・ローマンを、心ゆくまで味わいたいから。
 この、常人の利害損得とは無縁の基準は、脱獄を全てに優先する脱獄王に通じるものがある、
 トビと四葉。二人が道連れになるのは至極当然というべきだった。
 ともあれ、狂人そのものの四葉の思惑により、ローマンの生命は救われたのだった。

 「キシシシッ……。ねぇローズゥ、アンタ“達”の動きさぁ…私凄く覚えがあるんだぁ……無銘さんでしょ?」

 手首と指を巧みに動かし、握った長剣を片手で器用に舞わしながら、四葉が
上擦った声で訊く。

 「動きが妙に良くなってると思ったら、お前動かしてるのは別の奴か?負けて食われて、チンケなメンツもプライドも、無くしちまったかぁ!?」

 四葉に次いで、ローマンの嘲り。
 己一人で戦う事も出来なくなった負け犬と、スプリング・ローズを嘲罵する。

 「なんとでも言えよ、ボケが。これは今の私の力。私が支え、私を支えてくれる、“家族の絆”だよ」

 「………やっぱ見るに耐え ねーわ。今のお前」

 殺されて取り込まれて、その様で“家族の絆”。生きている時のローズならば、決して口にしないどころか、思いもしなかっただろう言葉。
 それを誇るかの様に語るローズは、殺されて在り方を捻じ曲げられた“残骸”だ。
 ローマンにしてみれば、向かい合っているだけで、反吐が出る様な思いだった。

 「無銘って奴か?お前を殺したのは」

 「ああ?勝ったのは」「俺だ」

 ローズの声に、精悍な男の声が被さった。
 四葉以外は初めて聞く声で、それでも声の主が無銘という名の男だと即座に理解する。

 「テメェ私にしこたまやられて気絶しただろうがっ!」

 一人芝居を始めたローズを放置して、ローマンはメリリンへと向き直った。

 「おいメリリン。さっき狂犬に空気弾撃ってたのが“サリヤ”か?」

 「そうだよ。あとメリリンって呼ぶなクソガキ」

 「…“サリヤ”の超力は、あんなモンだったか?」

 「いいや…サリヤの空気弾は、大口径マグナム位の威力は有った……けれど、アレじゃあ小口径の弱装弾だ」

 そうかい。と呟いて、次に四葉の方を向く。

 「おい狂犬。一つ訊きたい事が有る」

 「何さ」

 「無銘って奴は、どんな超力を使用(つか)っていた?」

 「知らない。使わなかったし、強化系じゃないかなぁ」

 四葉は過去の死闘を思い出して、懐かしげに呟く。
 拳で蹴りで、四葉の纏う鋼の鎧を撃ち砕き、自前の身体能力と、岩をも砕く鎧の剛力とが合わさった、鋼人合体した四葉を相手に、互角に殴り合った無銘の姿。
 四葉や宮本麻衣の様に、何かを召喚すること無く、ローマンの様に力を放つ訳でも無く、ローズの様に変身するでも無く、メカーニカの様に、武器を造る訳でも無い。
 只々己が五体を以って、四葉と戦い引き分けた強者。
 超力が何かと問われれば、身体能力強化系と、誰もが答えるだろうが。

 「違うな。ローズと戦って、メリリンに話を聞いて理解ったが、あの軍勢型(レギオン)に取り込まれると、超力が弱体化する。超力で身体能力を強化するタイプなら、ローズを殺すのは無理だ」

 「ああ~。超力使って私と互角なら、弱体化した状態でローズと戦うと……死んじゃうねぇ~。
 つまり、無銘さんは、大根卸さんと同じで……クヒヒッ!悪いねネイ!私だけそのままで!」

 「うるせえ盛るな狂犬。楽に殺せるんなら、それに越した事はねぇ。お前と同じにするな」

 「はぁ~。男のロマンとか気概とか無いの?男のクセに。タマ付いてる?」

 「うるせえよ!それより狂犬。さっきぶっ飛ばされて分かっただろう?命を助けて貰った借りと昔のよしみだ。詫び入れるなら許してやるぜ」

「んん~。そうだねぇ、ネイの超力はやりづらいしなぁ……。謝っとこうかなぁ」

 虚空を見上げ、腕を組んで思案する。

 「とか言うとでも?」

 「思わねぇ」

 首目掛けて薙ぎつけられた長剣を、ローマンは衝撃波で弾き飛ばす。

 「テメェ等二人とも、此処で死ね」

 ギャングスターが告げる殲戦布告。その言葉を開戦の号砲とし、三つ巴の死闘が開始された。

◯◯◯

◯◯◯

 鋼の長靴が床を踏み鳴らし、長剣が空を裂く音が絶え間なく響き続ける。
 衝撃波が大気を軋ませ、床と壁を撃ち砕く。
 空気の弾丸が乱れ飛び、真紅の人狼(ヒトオオカミ)が、爪を振るう。
 三者三様。沸る殺意を抑えもせずに、他の二人の生を此処で終わらせるべく死力尽くす。

 「ッだあありゃああああ!!!」

 四葉が、ローマンの胴を輪切りにするべく、長剣を横薙ぎに振るい抜く。
 対してローマンは、迫る長剣へと左掌を差し出す。
 生身の掌で、鋼の刃を防ぐなどという事は、旧時代に於いての不可能事。
 しかしていまは新時代。超力を用いれば、武器や装甲が無くとも、鋼の刃は防ぎ得る。
 乾いた音がして、四葉の振るった長剣が弾かれる。
 ローマンの左掌に生じた赤黒いエネルギーの塊が、鋼の剣身を弾いたのだ。
 刃が弾かれた勢いで、大きく仰け反り隙を晒した四葉へと、ローズの凶爪が振われる。
 本条の“家族”に加わり、心の安らぎを得たのと引き換えとなったかの様に、弱くなった人狼(ヒトオオカミ)だが、それでも鋼の鎧を内部の人体ごと引き裂く力は確と有している。
 姿勢を崩し、更に不意を突かれた強襲を受けたにも関わらず、四葉は当然の様に爪を回避して、渾身の前蹴りさえ見舞ってみせる。
 数歩後退ったローズへと、追撃の刃を振るう事無く、その場から跳躍。刹那の間も置かずに、四葉の居た場所を、鋼の杭が過ぎ去った。

 「“メカーニカ”の話は聞いていたけれど、結構やるじゃん!」

 杭を撃ち放ったのは、メリリンが作成した杭打ち銃。
 設置式ボルトガンとラジコンを材料に形成し、ローマンの攻撃で砕けた床を杭と為して撃ち放つ。
 四葉の鎧にも、ローズの身体にも、ボルト如きでは通じぬと識って、新たに作り出した一品だ。
 作成して、即座に四葉を狙撃するも、死角から撃ったにも関わらず、簡単に回避されてしまった。
 四葉の勢いは止まらない。それどころか、一合交える度に、意気が軒昂となり、全身に力が漲っていく。
 ローズとローマンとメリリンの、三人の攻勢を悉く躱し捌いて、寄せ付けない。
 脳の自認が身体に影響して、身体機能すら変異させる、ネイティブに見られる特性を、四葉は当然の様に発揮している。
 その特性により変異した場所は、脳。
 四つの鎧を自らの意思で操るという性質上、四葉の脳は異常とすら言える成長を見せていた。
 自律で動く宮本麻衣の“眷属”達を相手にして、四つの鎧を縦横に駆使して渡り合った様に、
 狂乱した“眷属”達の猛攻に晒されても、凌ぎ切った様に。
 大脳の持つ情報処理能力が、超力によりネイティブの比では無い程に跳ね上がっている。
 単騎であってもその脳力は、存分に発揮されていた。
 複数方向からの攻撃を全て見極め、優先順位を正確に定めて対処、最適なタイミングを見極めて反撃する。
 四体の練達の武技を振るう鎧も、自らの身体能力に、鎧のそれを加算する鋼人合体も、四葉の強さの本質では無い。
 大根卸呪魂という、超力に拠らぬ強さを持つ怪物に焦がれた少女は、見事に自らを超力に拠らぬ強さを持つ存在へと育て上げたのだ。
 エルビス・エルブランデスと戦った時の様に、脳震盪を起こしても、なおも戦い続けられる程に、四葉の脳は優れている。

対する本条清彦もまた、同様の強みを有している。
 傷ついた無銘は戦わず、無銘の指示を受けてローズが動き、戦う。
 ローズの劣化した超力を、無銘が補い、動きを練達の武人のそれに変えている。
 ローズの感覚と身体能力に、無銘の技量に判断力、この二つが合わされば、四葉もローマンも、有効打を加えるに至れない。
 更に本条が 現状のローズでは到底耐えられない上に、回避が困難なローマンの超力に対処し、サリヤが射撃により援護する。
 戦闘狂の無銘も、ローマンと決着を望むローズも、メリリンを眼前にしたサリヤも、共に“家族”の為に己を歪めて、協力して敵と対峙する。
 この敵には、我意を捨てて、団結しなければ、“家族”が死んでしまうと理解しているから。
 嗚呼、美しき家族愛。彼等の絆に敵は無い。

 この両者に対するネイ・ローマンは、如何なる強みを有しているのか。
 本城清彦と内藤四葉、両者の強みがソフトの部分に有るとすれば、ネイ・ローマンの強みはハードの部分に存在した。
 欧州のストリートに君臨し、邪悪の巨魁ルーサー・キングから、殺しておきたい相手だと認識され、刑務早々に大根卸呪魂と渡り合ったネイ・ローマンの強さを支えるもの。
 単純な肉体と超力の強さ。そして数多の場数を踏むで得た経験。
 撃ち放つ赤黒い超力は、銃弾はおろか超力ですらも捉えて無効化するドミニカ・マリノフスキの重力場をも貫き、
 集束させれば、ヤワな超力など軽く弾く強度の肉体を有する、人狼と化したスプリング・ローズすら撃ち倒す。
 素の身体能力ですらが、膨大な戦闘経験により鍛え上げられ、下手ね身体能力強化系の超力者ならば、最も容易く殴り倒し制圧出来るレベルに達している。
 小賢しい理屈付けなど必要としない。単純(シンプル)な強さ。
 殺人者として生きてきた、ジェーン・マッドハッターをして、『格が違う』と言わしめたその戦力。
 三人が入り乱れる乱戦であっても、巨大組織キングス・デイを相手に戦い続けたローマンにとって、多対一は、むしろ慣れ親しんだもの。
 経験を活かしに活かし、攻防一体の超力を存分に駆使して、他の二人を寄せ付けない。

◯◯◯

 振り下ろされる長剣を、ローマンは後ろに下がって躱すと、首筋目掛けて放たれた爪へと、超力を纏わせた拳を打ちつける。
 詰めと拳が接触した場所で、乾いた炸裂音が生じ、ローズの体毛とローマンの前髪を掻き乱した。
 更なる攻撃を行おうとしたローズの顔面へと、複数方向からボルトが連続で飛来する。
 思わず手で目を覆ったローズの腹に、ローマンが超力を纏わせた前蹴り。
 生前のローズならば、直撃しただろう一蹴は、ローズが後ろに下がった事により宙を穿つに留まった。
 攻撃を空振りした程度で、ローマンは止まらない。蹴り脚を踏み込みに用い、勢いのままに再度の拳打。
 この攻撃をローズは大きく横に飛んで回避すると、サリヤの姿に変わりローマンへと指先を向ける。

 「洒落臭ぇよ!」

 例え十指を用いての乱射であっても、ローマンの超力は空気弾の全てを砕いてサリヤを殺す。
 ローマンとサリヤの間を隔たる様に放たれた衝撃波は、本条清彦が擦り抜ける。
 だが、本条が擦り抜けたその先には、既にローマンが距離を詰め、超力を纏わせた拳を繰り出していた。
 至近距離で範囲攻撃を放たれれば、例え生前のローズの脚を持ってしても、回避は困難。現在では不可能だ。
 ならばどうするか?単純な問題だった。先程の様に擦り抜けるしか無い。
 そして、ローマンの超力を擦り抜けられる人格は、戦闘能力が皆無である。
 つまりは、楽に殺せる。
 本条清彦はネイ・ローマンの超力を擦り抜けられるが、ネイ・ローマンその人には無力なのだ。
 振われる拳。カリブ海の怪物、ドン・エルグランドでさえもが、受ければ只では済まないだろう猛撃が、本条へと奔る。
 本条が受ければ良くて瀕死、普通ならば即死するだろう攻撃は、先刻の蹴りの様に虚しく宙を疾り抜けた。
 ローマンが間髪入れずに衝撃波を放つ。
 拳が直撃する直前に、本条がしゃがみ込んだのが見えた為だ。
 そして至近距離で攻撃を空振りすれば、次に来るものは。

 「言っただろうが!家族(私達)を舐めるなってなぁ!!」

 当然、スプリング・ローズの猛襲だ。
 真紅の剛腕が、ローマン目掛けて五爪を振るう。
 衝撃波でローズを後ろに退げる事が出来たとしても、胸を切り裂かれる事は避け得ない。
 メリリンが、咄嗟にローマンの襟首を掴んで引っ張らなければ、そうなっていただろう。
 メリリンにより、ローマンの上体は大きく仰け反り、ローズの爪は虚空を薙ぐ。
 衝撃波を受けてよろめいたローズへと、渾身の一撃を浴びせて仕留めようとしたその時、メリリンがローマン前へと出る。
 甲高い金属音を響かせ、鋼の剣身がメリリンの纏う鎧に食い込んだ。

 「随分と頑丈じゃない」

 「俺のネオスに耐えた位だからな」

 あまりの速度でで放たれた破壊エネルギーにより、高速で押し出された大気が、結果として爆ぜる。
 ローマンの放つ凄絶な威力。
 赤黒い本流が三人の女を呑み込み。直後、ローマンは顔めがけて飛んできた鉄拳を、大きく後ろに飛んで躱す。

 「危ないじゃないかクソガキ!」

 「加減はしたし、鎧着てるし、敵意無いから問題無いだろ?信じてるんだぜ、メリリン」

 「次やったら殺すよ。あとメリリンって呼ぶな」

 「戯れるなら、私としなよ!」

 ローマンとメリリンの間に割って入るには、内藤四葉。
 神々の終末(ラグナロク)の時至るまで、ヴァルハラにて殺し合いを続けるエインヘリヤルの如く、戦いを欲し、求め、望み、渇える狂戦士。
 二十を超える鋼矢を、2秒と掛からずローマンとメリリン目掛けて乱れ撃つ。
 裏社会で名の知られた殺し屋であるジェーン・マッドハッターが、一撃で敗北を認めた苛烈な超力を複数受けて、その戦意は些かも減衰していない。どころかより一層盛んとなっている。

 「じゃあ遊んでやるよ!」

 ネイ・ローマンの超力は攻防一体。
 銃撃どころか砲撃ですら、飛来する弾を微塵と砕いて防ぎ切り、放った超力で射手を砕く。
 突進する普通乗用車程度であれば、台風に遭った木葉の如くに宙に舞わす事が出来る。
 かつて、ネイ・ローマンを殺す為に、大型犬トラックが持ち出された所以である。
 今もまた、放たれた衝撃波は、鋼矢を全て砕き散らし、四葉に何度目かの空中浮遊を経験させた。

 「芸が────」

 ローマンの言葉が中途で途切れる。
 メリリンに体当たりをされて、跳ね飛んだのだと理解したのは、元居た位置に立ったメリリンの胸に、ローズが強かに強打を撃ち込んでいるのを見た時だった。
 胸部の装甲が大きく歪み、分厚い鎧に覆われたメリリンの身体が広報へとすっ飛んでいく。
 急いでローズ狙いをつけたローマンは、後背から迫る歓喜と殺意の混合物(ブレンド)を感じた。

 「引っ掛かったぁ!!!」

 全ては四葉の計算尽く。
 ローズから距離を置いてローマンへと攻撃し、ローマンの敵意を自身に惹きつける。
 ローマンの意識が四葉に向いている間に、ローズは本条に交替。本条の超力を活かして悟られずに近づき、接近したところでローズに交替。
 そして、ローズが渾身の不意打ちを見舞ったのだ
 ローズに対し、メリリンが気付けたのは、メリリンの意識が“サリヤの亡霊”に注がれていたからだ。
 ローズがローマンへの奇襲を成功させれば、ローズの晒した隙に乗じる。ローマンが迎撃すれば、ローマンの晒した隙に乗じる。
 どちらへ転んでも四葉に損は生じ無い。この作戦が前提として、必然的に、ローマンの猛撃を受ける事になるという事を除けば、だが。
 後ろから振われた凶刃に対し、ローマンは前転する事で、回避と距離を取る事を両立させる。背中を切先が掠り、熱いものが生じた。
 追撃してくる四葉に対し、全方位に衝撃波を放つ事で対処するも────。

 「何度も何度も!食わないよ!!」

 四葉はローマンを起点として、前後左右に放たれる超力の死角────ローマンの頭上へと跳躍。長剣の切先をローマンへと向け、脳天目掛けて繰り出した。
 ローマンもまた、頭上の四葉へと超力を纏った拳を繰り出すが、僅かに遅く、四葉の切先が、先にローマン頭を抉る。
 ローマンが致死の一撃を受ける、その直前。四葉は身体の向きを変え、振われたローズの爪と、長剣を噛み合わせた。

 「一遍に仕留める好機(チャンス)だったんだけどなぁ」

 「そうは簡単には行かないよ」

 笑い合うローズと四葉。
 四葉がローマンを殺したタイミングに合わせて、四葉を殺害する事で、強敵を2人纏めて撃破するというローズ“達”の目論見は、四葉が気づいた事により失敗に終わった。
 同時に振われる剣と爪。超力を放とうとしていたローマンは後ろへと跳び、斬殺を回避する。

 「愉しくなってきたねぇ~!!」

 四葉が猛り、

 「テメェ等さっさと死にやがれ」

 ローマンの苛立ちは募る一方。

 「お前等が死にやがれ」

 ローズの殺意は変わらない。

 交錯する剣と爪と拳脚。
 鋼の長靴(ブーツ)が床を踏み砕き、真紅の人狼(ヒトオオカミ)の爪が空を裂き、赤黒いエネルギーが壁を穿つ。
 広大なエントランスは、放埒に暴れ回る三人に耐える事など出来はせず、一秒毎にその姿を喪っていく。

 「化け物共め…」

 メリリンの声は、呻きであり心の軋む声だった。
 メリリン一人だけ、着いて行けていない。
 三人の戦いは、ネイティブを基準としても常軌を逸脱していた。
 元より戦闘の経験の無いメリリンでは、この戦闘に介入する能力を持ち合わせ無い。
 制作した杭打ち銃も、このままでは宝の持ち腐れだ。
 何か出来る事は無いかと思っても、出来る事が思い付かない。

 鋼の刃と爪が交わり火花を散らし。
 拳と爪が激突し。
 鋼矢を衝撃波が粉砕し。
 空気弾を鋼弓が打ち払い。

 メリリンが見守る中で、三人の死闘は激化の一方を続けていく。


 ◯◯◯

◯◯◯

 四葉はローマンの拳を剣で受け、ローズの爪と数合撃ち交わし。ローマンの衝撃波をローズ共々後方に跳んで回避する。
 着地と同時に、折れた鋼槍を取り出して、床に突き立てると、ローズへと向かい掬い上げ、投げつけた。

 「ウゼェ!」

 時速にして100km以上の速度で飛来する、100kg近い床の破片を、ローズは腕を振るって弾き飛ばし────視界を鋼色が埋めた。

 「ゴアっ!」

床の破片の後から跳躍した四葉が、ローズの鼻面にドロップキックを見舞い、派手に後方へと蹴り飛ばす。
 間髪入れず、四葉は折れた槍を床に投げつけると、突き刺さった槍を足場にして、思い切り飛ぶ事で、ローマンの衝撃波を回避する。
 空を往く甲冑姿が、不意に大きく姿勢を見出し、地へと落ちた。

 「死ねやオラァ!」

 墜落した四葉に迫る真紅の影。サリヤが十指から空気弾を放って四葉を撃ち落とし、立て直す前にローズが仕留める。
 この連携攻撃に対し、四肢に力を込めて、思い切り跳ぶ事で、ローズの禍爪を回避。
 再度放たれた空気弾を、長剣を振るって打ち砕く。

 ────チャンピオンに壊されて無ければなぁ。

 連携の取れた攻撃に、四葉は内心で羨望を覚えた。
 エルビスに壊された、三つの鎧が有れば、此方ももっと連携の取れた戦いを披露してやるのに。
 紫骸に蝕まれ、破城槌の如き拳を受けて砕けた鎧は、四肢を覆う部分が残るだけで、胴と頭部は未だに修復中だ。
 これでは出したところで動かせない。オジェ・ル・ダノワのハルバートも、ヘクトールの長槍も、破損していて戦力として機能しない。

 ────ああ、でも、手足が有るなら、何とかならないかなぁ。

 考えながら、ローズの爪を躱し捌いて、剣を横薙ぎに振るい抜き、後ろへ下がって躱したローズへと、逆方向から再度の横薙ぎ。
 ローズが爪で止めたのと同時、前蹴りをローズ腹へと放つも、大きく後方に跳んで躱される。
 視界の端で、ローマンが拳を振り上げるのを見て、跳ぼうとした直前。衝撃を受けてよろめいた。
 ローズがサリヤへと変わり、十の指から同時に空気弾を放ったのだ。
 空気弾に四葉の鎧を貫く威力は無いが、十発同時に直撃させれば、四葉の姿勢を崩す程度の事はできる。

 ────しまっ

 よろめいた身体を立て直すことも出来ず、ローマンの衝撃波が放たれた。
 飛来する赤黒いエネルギーの奔流。それを何処か醒めた目で見ているおのれを自覚する。
 これは躱せない。これは防げない。これは死ぬ。
 醒めた思考で現実を正しく把握し。

 ────どうせ死ぬなら。いっちょやってみようか。

 砕かれた鎧を起動する。現れたのは三対の鋼の籠手。
 ひび割れて、指すら欠けている籠手達は、四本が四葉の身体を引っ張って、衝撃波の射線から外し、残りの二本が、ローマンへと殺到した。

 「鬱陶しい」

 鎧の腕だけが飛んでくるという非条理にも、即座に応じるのが、超力時代に生まれたネイティブ。
 衝撃波で二本の腕を吹っ飛ばすも、直後に足元から出現した鋼の脚に、顎を蹴り上げられた。

 「俺と戦った時には、使わなかったな」

 ローズから聞こえる、男の声。
 ローズの“家族”となった無銘の声。

 「今さ、やってみたら、出来たんだ」

 「あ~。面倒くささに磨きかけてんじゃねぇよ狂犬」

 「凄いでしょ」

 右手でVサインをする四葉に対し。

 「「死ね」」

 ローマンとローズ。相入れない二人の見解がものの見事に一致した。


◯◯◯

◯◯◯

 タイマンならば、ローマンは既に本条を下している。
 本条がローマンの超力を擦り抜けられる問いったところで、ローマン自身の拳脚に耐えられ無い。
 因縁の相手であるローズにしても、生前ならば、ローマンの拡散型の衝撃波ならば軽く耐えるが、今のローズは拡散型だろうが当てれば大きなダメージを受ける。
 つまりは、拳の届く位置で衝撃波を放てば良い。
 そうすれば、本条に変わっても殴り殺せば済むし、ローっvズのままなら大ダメージを負うだけだ。
 ローマンのこの見立ては正しい。この戦い方をされれば本条もローズも諸共に死ぬ。
 ならば何故ローマンはそれをしないのか、答えは二つ。内藤四葉の所為である。
 衝撃波を放ち、本条に代わった隙を狙おうにも、そこへ四葉の横槍が入る。
 四葉にしてみれば、愉しい三つ巴の時間を終わらせたくは無いのだろうが、ローマンにとっては良い迷惑でしか無い。
 もう一つはローズの動きだ。衝撃波を放つと、ローズは後ろへ下がる。
 ローマンの拳が届か無い位置まで下がる。
 そうして、本条に代わって、ローマンの衝撃波をやり過ごす。
 その後はサリヤに代わって空気弾を撃つか、ローズに代わって爪を振るう。
 この繰り返しだ。この繰り返しで、ローマンを疲弊させ、若実に仕留められる様になるまで弱らせようとしている。
 ローマンは知らぬ事だが、今のローズ“達”の動きは、ローズがローマンを殺す為に考えた動きと、性質を同じとするものだった。

 「クソが…」

 必然として、苛立ちが募り続けて入る。
 募る苛立ちの中で、冷静な部分が告げている。
 四葉に助けられている状態のローズが、四葉を平然と殺そうとするのは、何か隠し球が有る所為だと。
 その隠し球を見せる前に、ローズを殺すべきなのだが、奔放に暴れ回る四葉がそれを赦さ無い。

 「クソが…」

 戦意が高まる。怒りが込み上げる。
 凶暴な力が、身体の内側に充填されていく。
 だが、解き放つ事は叶わない。
 ローズの動きと四葉の横槍。この二つの要素が、ローマンの怒りに鎖を付ける。
 自由の息子達(Sons of Liberty)名を冠する超力が、鎖で雁字搦めに戒められている。

 「クソッタレが…」

 ローズの爪を衝撃波で弾き、首を薙ぎにくる鋼の刃を回避して、四葉の腹に前蹴りを入れて下がらせる。
 大気を震わせ、衝撃波で二人纏めて薙ぎ払い、擦り抜けた本条を無視して、四葉へと拳を振るう。
 赤黒いエネルギー奔流が真っ直ぐに四葉へと飛ぶが、四葉は大きく横に跳ぶことで回避。ローマンとローズへと鋼矢を乱れ撃った。
 大気が爆ぜ、折れ砕けた鋼の矢が宙を舞う。
 四葉の放った矢を、床に伏せて全て回避したローズが、低い姿勢を維持したままでローマンへと走り寄った。

舌打ちして、ローマンはローズの攻撃を待つ。
 無闇に衝撃波を撃っても意味が無い。ローズの攻撃に合わせて、カウンターとして放つ事で、ローズを殺す。
 身体の周囲に赤黒いスパークを纏わせ、ローマンはローズの攻撃を待つ。

 四葉が再度放った矢を、ローマンが全て粉砕する。

 ローズがローマンを間合いに捉える。

 四葉へと放たれ、躱された衝撃波が、壁に穴を穿ち、朝の光をエントランスへと差し込ませる。

 砕けた鋼の矢が床に落ちる音が響く中、ローズが遂に右腕を振るい、ローマンふぁ衝撃波を放った。

 衝撃波が床を砕き、底の見えない穴が生じる。
 ローズはローマンの背後に居た。
 ローマンがカウンター狙っていることを見越した上で、ローマンの攻撃を誘い、自身は背後へと回り込んだのだ。

 ────ローズの動きじゃねぇ…。

 低い姿勢から、飛び上がる様に身体を伸ばしたローズの爪が疾る。

 ローマンは、咄嗟に衝撃波を放ちながら前に跳ぶが、間に合わない事は誰よりも、ネイ・ローマン自身が知っていた。

 「グア…」

 食いしばった歯の間から呻きが漏れた。
 人狼(ヒトオオカミ)の爪に切り裂かれた背中から、派手に出血しているのが判る。
 前に跳ぶ。衝撃波で爪を弾く。どちらかが欠けていれば、背骨を断たれていただろう。
 衝撃波を再度放つ、本条に変わって回避したのだろう、手応えが全く無い。
 身を投げ出す様にして床に転がる。此処まで姿勢を低くすれば、立ち上がったローズの攻撃は届かない。
 床から見上げたローマンの視界に映るオッドアイの女。
 ローマンに右手の五指を、四葉に左手の五指を向けていた。
 サリヤ・K・レストマン。この女の超力は、棒立ちのままでも床に転がる人間を殺害できる。
 ローマンの動きを読み切った上で、最適な交代を行う。
 過去のローズでは、有り得なかった。
 群れの先頭に立ち、仲間を庇って────仲間を頼ることをせずに────戦ってきたローズでは、決して行わなかった。
 もはやスプリング・ローズはネイ・ローマンの知るスプリング・ローズでは無い。
 ネイ・ローマンの敗因は、スプリング・ローズの過去の残影に惑わされていた事だろう。


◯◯◯

◯◯◯

 ローマンの視界の端で、メリリンが杭打ち銃を撃とうとしているのが見えた。
 遅過ぎるというべきだが、元より荒事に不慣れなメリリンだ。むしろ早い方だと言うべきだろう。
 四葉もまた、サリヤが撃ち続ける空気弾に、動きを止められている。
 宙に跳ね飛ばされ、落下する最中にありながら、地上を走るローズ眼を正確に射抜くサリヤの技量。
 連続して放たれる空気弾は、四葉の眼の部分に集中し、四葉の視界と動きを封じていた。
 メリリン間に合わず。四葉は動けない。
 ネイ・ローマンは此処に命運極まった。

 ローマンへと向けられた、サリヤの五指の指先が、陽炎の様に歪む。
 装填される空気弾。放たれれば、ローマンは死ぬ。
 怒りが、先程よりもさらに強い怒りが、ローマンの胸中に沸き起こった。

 「舐めてんじゃ────」

 衝動のままに、エントランスどころか、ブラックペンタゴンに甚大な破壊を齎す衝撃波を放とうとしたその時。
 サリヤが横に飛び、ローマンでも四葉でもメリリンでも無い誰かへと、空気弾を撃ち放った。

 「メリリン!」

 乱入者は、メリリンへと走り寄りながら、ボルト投げ続ける。
 投げられたボルトが、サリヤの空気弾により撃ち落とされ、床に落ちて硬い音を立て続けた。

 「ジェーン!」

 乱入してきたのは、ジェーン・マッドハッター。メリリンの残した痕跡を辿り、メリリンとローマンの交戦した形跡を過ぎて、今此処に合流した。

 「メリリン!こんな事してる場合じゃ無くなった!」

 血相を変えて叫ぶジェーンに、察したメリリンの顔から血の気が引く。

 「山の上の奴かい!?」

 「メアリーが、どうしたって?まさかこっちに来るのか!?」

 ローマンも事態を察し。

 「えっ?メアリーがこっちに来るの!!」

 事態を知る全員が恐慌する中で、一人平常運転の狂犬。

 そして、事情を知らぬ最後の一人は。

 「邪魔……しやがって!」

 猛り狂ってジェーンへと襲い掛かった。
 元より破格の身体能力は、劣化したとはいえ並のネイティブでは対抗する事など出来はしない。
 更にジェーンの超力は、身体機能を強化するものでは無い。ローマンとメリリンの交戦跡から拾ってきていたボルトを取り出すより早く、ローズの爪がジェーンへと迫る。
 この猛襲に、ジェーンは硬直も後退もせず、冷静に前進。
 意表を突かれたローズの懐に潜り込むと、胸に鋭い右掌打を撃ち込んだ。

 「はあ!?」

 背後から聞こえた、ローマンの間抜けな声に、ジェーンの口元が僅かに綻ぶ。
 ローマンの視界に映る、鮮血を吐いて後退る真紅の人狼(ヒトオオカミ)。
 幾ら劣化したとはいえ、ローズの身体は、ジェーンの掌打でダメージを受ける事など有り得ない。
 ましてや血を吐くなどと────。
 蹌踉めくローズへと、ジェーンの左腕が振われる。
 どう見ても50cm以上の間が有ったにも関わらず、ローズ胸が裂け、鮮血が噴き出した。
 ローズ胸を裂いたものは、ジェーンの左手に握られていた。
 赤い血の球を複数滴らせる銀の糸。ジェーンの髪の毛だった。

 「……この、威力……テメェは…カラミティ・ジェーンか」

 ローズは取り乱すことも、狼狽える事も無く、ジェーンを睨み据えた。
 同じキングス・デイの傘下に在った者同士、ローズもジェーンも互いの事を話には聞いていた。

 曰く、キングス・デイに対立したフランスの政治家を、着火したライターを投げつけて消し炭にした。
 曰く、ハンガリーの反キングス・デイの集会で喫煙し、数十名を即死させ、数倍の人数を病院送りにした。
 曰く、拳銃から放った一発の銃弾で、装甲車を破壊し、中の人間を全員死亡させた。

 超力が存在しない旧時代ならば、戯言として片付けられそうな数々の“実績”は、しかして事実として公式な記録に残る。
 カラミティ(厄災)の名を冠せられるに足る、凄まじいまでの実績だった。

 「話には聞いていたが、噂以上じゃねぇか…」

 ローズに血を吐く程の痛手を与えたタネは、ジェーンの右掌に、ジェーンの髪の毛で結びつけられたナットだった。
 『屰罵討(マーダーズ・マスタリー)』。生物に対する殺傷性を付与する超力。
 小石一つぶつけるだけで、人体に穴を開ける、殺人の為の超力。
 生物を殺す事に特化した超力を、劣化している身で受けて、血を吐く程度で済ませた、スプリング・ローズの頑強は、やはり脅威の一言だった。

◯◯◯

◯◯◯

 「ドミニカが食い止めているけれど、じきにやられる。そうなったら、此処はメアリーの領域に飲み込まれる」

 ローズを警戒しながら、ジェーンが外の状況を説明する。
 ローマンに思うところも含むところもあるが、メアリーという直近の脅威が、それらを後回しにしていた。

 「早く何とかしないと、私達もやばいって事か」

 「メアリーちゃんを止められる人が居るの!?ドミニカって、あの“魔女の鉄槌”!?」

 「何でお前は平常運転なんだよ…」

 「早くどうにかしないと……」

 メリリンとジェーンとローマン。三人が考え込む中で、四葉だけは変わらない。意外に大物なのかも知れなかった。

 「早くソフィアを探さないと」

 「そうするしか、無いよねぇ」

 「いやネイの超力なら、領域の外からメアリーちゃんを仕留められるんじゃない?」

 「出来るのかい?」

 四葉とメリリンに期待の籠った眼戦を向けられて、ローマンは腕を組んで考える。

 「あの山全部覆うくらいだろ…。500m位は有るのか?ルーサーの野郎が相手なら、三キロ離れてても届かせるんだが……」

 「褒めてやるから少しは頑張れ」

 「いや大分キツイぞ、恨みどころか関わりも無いし。ソフィアってのなら何とか出来るんだろ?其奴にやらせろ」

 メリリンの発破も意味は無く。

 「ソフィアは超力を無効化する超力を持っている。だからメアリーの領域にも影響されない」

 ジェーンの言う様に、ソフィアの協力を仰ぐしか、無い様だった。

 「決まりだな。ソフィアって奴が何考えてるかは兎も角、此処に来る可能性は高い。先ず此処を捜すとして……。なぁマッドハッター」

 「何?」

 「ソフィアって奴は、超力を計算に入れない場合、スプリング・ローズに勝てるか?あの残骸じゃねぇ、生きてた頃の、彼奴にだ」

 「不可能ね。彼女は強いけれど、常人の域を逸脱してはいない。ドン・エルグランドの様な怪物とは、訳が違う」

 「なら話は簡単だ。一階だけを探せば良い」

 ジェーンと会話する隙に、ローズも四葉も乗じない。
 メアリーの脅威を知る四葉は兎も角、ローズが動かないのは、今後の趨勢に関わる話だと、理解したのと、少しでも回復する為だろう。

 「二階へ通じる階段にはエルビス・エルブランデスが居る。生きてた頃のローズに勝てない様じゃ、エルビスは無理だ。2階には登れねぇ。
 メリリンと一緒に行け、ソフィアがゴネるようなら、メリリン、お前ががシメろ」

 ソフィア・チェリー・ブロッサムが、果たしてメアリーの始末を引き受けるか?
 ソフィアがメアリーを始末するとして、それは今この時か?
 ソフィアはメアリーの領域に影響されない。ならばメアリーの領域で刑務者達が死に絶えてから、悠々とメアリーを始末する事も有り得る。

 「どうしても直に殺したい奴でも居ない限り、メアリーを利用しようとする筈だ。マッドハッターじゃソフィアのポイントになるだけだろう」

 だからこそ、メリリンを付ける。
 メリリンの機械は超力で作成されたものだが、原材料は調達した人工物だ。無効化能力といえども、超力に依らず物理的に存在する物には無力だろう。
 ソフィアがメアリーを利用しようとするなら、その時はメリリンの出番だ。

 「俺は狂犬とクソ犬を躾けなきゃなえあねぇ、頼んだぞ、メリリン」

 場を仕切って、的確な差配をする辺り、欧州に名を轟かせたストリートギャングの首領だけだった事はある。

 「メリリン言うな!!!」

 吐き捨てて、メリリンとジェーンが、エントランスから退出する。
 スプリング・ローズは、見送るだけで、後を追って動こうとしない。

 「おい狂犬」

 「何さ?ローズ」

 「此処から先は、黙って見てろ」

 「最初からそのつもりだけど?」

 「……もうやらねぇのかよ」

 「二人だけの決着でしょ?首突っ込むのは野暮ってものでしょ?」

 「最初からそうしとけ。アホ」

 あまりにもとんでもない言葉に、ローマンが突っ込むも。

 「あのさネイ。さっきは私以外にもメカさんも居たでしょ?」

 「………いや…ああ……もう良いわ」

 何処までも自分勝手で、己の基準で動く狂犬。
 世界を渡り歩いた愉快型超力犯罪者。
 放埒に奔放に暴れ回り、キングス・デイにすら喧嘩を売ったアホ。
 そんな相手に、常識だの道理だのを説くくらいなら、ローズを口説く方が、まだ目は有るだろう。やらないけど。

 苦笑して、ネイ・ローマンは、スプリング・ローズの残影と対峙する。

 「決着だ。ローズ」

 「決着だ。ローマン」

────頑張れ、ローズちゃん。
 ────ま、負けないで。
 ────勝てるさ。お前の強さは俺が保証する。

 「ありがとうよ。“家族”(みんな)。

 ────じゃあなアンリ。今度こそサヨナラだ。

 シリンダーが廻る。撃鉄を起こす。
 放たれる弾丸の名は、スプリング・ローズ。
 全開放された超力が、ローズを極限を超えて強化する。


 疾る真紅の人狼(ヒトオオカミ)。

 迎えるは欧州ストリートに君臨するギャングスター。

 幾度もの相剋を繰り返し、二つの影が、激突する。
 生き残るは、一人かゼロか。



【E-5/ブラックペンタゴン南・エントランスホール/一日目・朝】
【ネイ・ローマン】
[状態]:全身にダメージ(中) 両腕にダメージ(小)、疲労(大)、右手首にボルトによる刺し傷
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。
0.ローズと決着を着ける。
1.ブラックペンタゴンでルーサーを探す
2.ルーサー・キングを殺す。
3.スプリング・ローズのような気に入らない奴も殺す。
4.ハヤト=ミナセと出会ったら……。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。


【内藤 四葉】
[状態]:疲労(極大)、左手の薬指と小指欠損、全身の各所に腐敗傷(中)、複数の打撲(大)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.気ままに殺し合いを楽しむ。恩赦も欲しい。
0.ローズとローマン決着が着いたら、無銘さんと再戦する。
1.トビと連携して遊び相手を探す、または誘き出す。今はトビと合流する。
2.ポイントで恩赦を狙いつつ、トビに必要な物資も出来るだけ確保。
3.もしトビさんが本当に脱獄できそうだったら、自分も乗っかろうかな。どうしよっかなぁ。
4.“無銘”さんや“大根おろし”さんとは絶対に戦わないとね!エルビスともまた決着つけたい。
5.あの鉄の騎士さんとは対立することがあったら戦いたい。岩山の超力持ちとも出来たら戦いたい!
6.銀ちゃん、リベンジしたいけど戦いにくいからなんかキライ
※幼少期に大金卸 樹魂と会っているほか、世界を旅する中で無銘との交戦経験があります。
※ルーサー・キングの縄張りで揉めたことをきっかけに捕まっています。




【本条清彦】
[状態]:全身にダメージ、現在はスプリング・ローズの姿
[道具]:なし
[恩赦P]:18pt
[方針]
基本.群生として生きる。弾が減ったら装填する。
0.ローズちゃん。勝って
1.殺人によって足りない3発の人格を装填する。
2.それぞれの人格が抱える望みは可能な限り全員で協力して叶えたい。
3.ブラックペンタゴンへ行って“家族”を探す。

※現在のシリンダー状況
Chamber1:本条清彦(男性、挙動不審な根暗、超力は影が薄く人の記憶に残りにくい程度 睾丸と肛門にダメージ)
Chamber2:欠番(前2番の山中杏は無銘との戦闘により死亡、超力は口づけで魅了する程度だった)
Chamber3:無銘(前3番の剛田宗十郎は弾丸として撃ち出され消滅、超力は掌に引力を生み出す程度だった。睡眠中)
Chamber4:欠番
Chamber5:サリヤ・K・レストマン(女性、詳細不明、超力は指先から空気銃を撃ち出す程度)
Chamber6:スプリング・ローズ(前6番の王星宇は呼延光との戦闘により死亡、超力は獣化する程度だった)


◯◯◯


 私はドミニカが嫌いだ。
 メリリンが居なかったら、きっと殺し合いになっている。
 私と同じ殺しにしか使えない超力を持ちながら。
 自分を肯定し、殺すしか出来ない超力を押し付けた神様を信じ、信仰に基づいて殺戮する。
 何もかもが、わたしとは正反対だ。
 私はドミニカが大嫌いだ。
 けれども、ドミニカが良い娘なのは確かで。
 ドミニカに助けられたのは事実で。
 ドミニカが今一人で戦っているのも事実で。
 だから、私は、ドミニカを助ける。
 ソフィアを必ず連れて行く。
 だから────。

 「どうかドミニカを死なせないで、神様」

 今まで祈った事など皆無な神様に祈り、ジェーン・マッドハッターは、ブラックペンタゴンをひた走る。


【E-5/ブラックペンタゴン南・エントランスホール西側出入口/一日目・朝】

【ジェーン・マッドハッター】
[状態]:全身にダメージ(中)
[道具]:デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.無事に刑務作業を終える
1. 山頂の改変能力者に対処。ソフィア・チェリー・ブロッサムを探す。
2.死なないで。ドミニカ
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました


【メリリン・"メカーニカ"・ミリアン】
[状態]:全身にダメージ(小)、フルプレートアーマー装備、軽い打ち身
[道具]:デジタルウォッチ、生成ドローン2機、ラジコン1機、設置式簡易ボルトガン。
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き延びる。出られる程度の恩赦は欲しい。サリヤ・K・レストマンを終わらせる。
1. 山頂の改編能力者に対処。ジェーンと一緒にソフィアを探す。
2サリヤ・K・レストマンを終わらせる。
3.ローマンに従いブラックペンタゴンを調査する?
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました。


086.We rise or fall 投下順で読む 088.氷の偶像
時系列順で読む
満漢全席 ネイ・ローマン 狂犬は踊る
内藤 四葉
本条 清彦
メリリン・"メカーニカ"・ミリアン [[]]
神の道化師、ドミニカ ジェーン・マッドハッター

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最終更新:2025年06月29日 12:58