殺し合い。もしも、自分とメリリンが殺し合ったと仮定して、どちらが勝利するか。
その議題に対して、サリヤははっきりとこう答えられる。

 ――殺し合いになれば、確実に勝てる。

 勝敗なんてやる前からわかっている。
それは明晰な己の頭脳が導き出しているし、客観的に見ても、此方に勝利は傾いている。
どう転んでも、ここからメリリンが勝ちに持っていけるイメージが湧かないのは、傲慢だろうか。
その傲慢とも呼べる絶対をサリヤは理解しているし、メリリンも同様だ。
後ろにいるローマンを当てにしている? 否、メリリンは自分との対話にそんな野暮を差し込むはずがない。
ローマンも是が非でもメリリンを護りたいなら介入するであろうが、黙って後ろに下がったということは、ひとまずはメリリンの考えを尊重しているらしい。

 ――あのネイ・ローマンが黙ったままなのは不気味ね。

 本来なら割り込んできてもおかしくないのに、彼が黙って後ろに下がったのはメリリンの矜持を立ててくれたのだろう。
ネイ・ローマンという男はそういう人間だ。彼はそういう“自分だけの絶対”を優先しているから。
矜持と情動を否定せず、あるがままに生きる。カリスマで人を湧かせる天性のギャングスターだ。

 ――厄介な男ね。

 本条清彦に惚れられていた自分が言えた立場ではないが、伴侶がネイ・ローマンなのは流石にやんちゃが過ぎるだろう。
幸せな家族計画はまず考えられないし、そもそもそうなる前に片方が死ぬ可能性が一番高い。
お互い引き当てた男運は最悪と最高をぐるぐる回っていて、笑えてくる。

「どれだけ鎧を着込もうと、今の私の突破力には勝てない。戦いになったら、私が圧勝するのはわかってるのよね?
 あなた、怒ったらけいさんできなくなるんだから」
「だから何? 私がそれで諦めない馬鹿だって理解っておきながら、そういう態度を取るの!?」
「じゃあ、逆に聞くけれど、私が言葉を弄されて、メリリンに絆されると思ってる訳?」
「…………酒を飲ませたら割と」
「素直なのは美徳だけど、今返す言葉じゃないわね。そういう軽口は、私の口に合うお酒を持ってきてからよ」

 とはいえ、真っ向から否定できないのはサリヤとしても耳が痛い。
正直、己の酒癖の悪さはメリリンには言い訳できない。
流石にこの状況で、泥酔させて言質を取るような真似はしないと思うが、ディビットも言ってたように、大望を前に、私怨を解消している場合ではない。
でもまあ、そういう正論と理性で行動をコントロールしきれないのが人間なのだ。
一触触発でありながら軽口を叩き合う二人は、銃口をまだ下ろしていない。

「そもそも口に出している時点で、できないでしょ。あなた、親しい人相手だと、腹芸が本当に苦手なんだから」
「ひっどいっ、ホントのことだけどさァ!」
「まあ、メルシニカはそういう組織だったから仕方ないわね。そういう腹芸は全部、私が担当だった。
 もっとも、私が創設した組織だからそれも当然だけれど」

 ああ、メリリンをおちょくるのはやはり楽しい。
そして、自分はここまで気が合った仲間を切り捨てたことを改めて、再確認する。
仮に、此処で自分が洗いざらい話してしまい、メリリンと和解したとする。
そうして、メリリンの手を取って脱獄にも成功した自分達の“きっといい未来”を夢想した時、其処にあるのは笑顔なのだろう。
メリリンはもちろん、メルシニカの仲間達も自分を喜んで迎えてくれるはずだ。
ああ、それは幸せで温かな世界で、満足があるかもしれないのに。

「それでも、結局はこの道を選んでしまうのよ」
「どうして……っ!」
「どうしてなのかしら、ね。自分でもわかってはいるのに、止まってしまう自分がどうしても浮かばないのよ」

 満たされた世界。仲間がいる楽しい日々。それらでは、サリヤの根幹にあった空虚を消すには至らなかったのだ。

「私は私の願いを譲らない」

 その為に生きた。その為に奪った。その為に諦めた、その為に失った。
サリヤ・キルショット・レストマンの人生は願いを叶える為だけにある。
人類の革新に総てを奪われ、放置され、引き回されてばかりだった。
夢と希望。そんな言葉の為に、どれだけ苦しまされた? どれだけ、地に這い蹲った?

「私の存在意義は願いの為だけにある。そう決めた以上、誰も止められない」

 理不尽な人生を強いた両親《セカイ》への復讐。
それが万人の“きっといい未来”に繋がっていようと知ったことではない。
世界への銃弾はもう放たれた。だって、そうでもしないとこの衝動は抑えられなかったから。
キルショットは、世界を撃ち殺すまで止まることはない。

「好きよ、メリリン。でも、それ以上に――私は……」

 だから、そんな悲しい顔をしないで欲しい。
自分でもわかっていることだから。何の発展性もない、子供の我儘だってことは、痛いくらいに。

「そうまでしないと、だめなの?」
「ええ」
「何処まで行くの?」
「何処までも、よ」

 シエンシア。我喰い。気配希薄化。深淵。刑務。ブラックペンタゴン。
破滅のルーレットに賭け続け、当たりを引き続けてしまったのが不運とも言えるのか。
どう考えても失敗する計画。運という要素を頼りにすることがどれだけ愚かか、サリヤは知っている。
最初は小さな勝負だった。途中で降りてもいい、安いモノだったはずなのに。

「引き返せばいいじゃん! 捨ててしまったままでも幸せだったら! 仲間がいて、居場所があったら! それだけで生きていけるよ!」
「ええ、その通りよ、メリリン。生きてはいける、今よりずっと幸せになれるって私も思うわ。
 でもね……道を引き返すことだけはできない。例え、どれだけ苦しくても、その選択肢はとっくに消えちゃったの」
「どうして!」
「私が今まで奪ってきたものへの冒涜になるからよ。そうするぐらいなら、私は自分で生命を断つわ」

 そうして勝ち続けた結果、自分は世界を相手取るテーブルまで来てしまった。
賭け金は総て。勝って、得るか。敗けて、失うか。奪ったチップは既に己の血肉となっている。

「矜持も平穏も捨てて、私は深淵まで堕ちてきた。此処が私の終着点であり、始発点でもある」

 本当に、今更の話だ。
もしも、ここで譲ることになれば。これまで奪ってきたモノが紡いだ意味が何処にいってしまうのだ。
後戻りをして無かったことにする。そんな恥知らずな行為は嫌悪渦巻くアレらと同じになってしまう。
何もかも有耶無耶にして行方知れずとなった両親。進化に犠牲はつきものと吐き捨てながら、最期は責任からも逃げていった落伍者。

 ――あなたの願いも引き受けたものね、清彦さん。

 無論、サリヤだってその選択肢を最初から消していた訳ではない。
あの夏の夜――本条清彦を殺した瞬間に至るまで、何度も考えた。
世界に奪われ、支配された箱庭は、ありきたりな願いすらも霞ませる。

『せかいは、ほんとうにこわしてしまっても、いいのだろうか』

 すくわれたものとすくわれぬもの。超力が生まれてから、世界の何もかもが狂ってしまった。
そんな世界に巻き戻しのネジを差し込む自分。きっと、自分も含めて多くの人が不幸になるだろう。
そして、多くの人から恨まれるだろう。多くの人が死んでしまうだろう。
その選択肢を選び取って、本当にいいのか。自問自答を繰り返し、何かの拍子に彼へと投げかけてしまったのだ。
大嫌いな人が浸透させたシステムが嫌いだから、世界ごと壊したい。
何だそれは。気が狂ったとしか思えない、子供でも言わない図抜けた放言だ。
きょとんと呆けた顔をした彼は、少し考えて、サリヤへと言葉を返した。

『いいんじゃないかな』

 彼にしては珍しい、挙動不審な顔でもない、はっきりとした言葉だった。
それは今でも鮮明に思い出せる、サリヤの数少ない――思い出に足る記憶だ。

『サリヤちゃんがやりたいなら、好きにやればいい』

 どうしても叶えたい復讐だった。
居場所を捨てて、大切な人達を裏切って、それでも、手を伸ばしてしまった。
そんな、最低で最悪な我儘。永遠のアリスとは相反する、幸福と温もりの否定。
それは、どんな奇跡が与えられたとしても、叶えてはいけない願いだった。

『僕も、この世界が嫌いだから、サリヤちゃんがやりたいって思う気持ちは、ちょっとだけ、わかるよ。その結果何が起こるとかまでは、わ、わからないけど!』

 世界が嫌いだから壊します。戯言にしては物騒過ぎるが、彼らは至って本気だ。
超力によって世界から弾かれた二人は、世界が嫌いという想いだけは嘘じゃないと信じ合えている。
培った苦難は軽く片付けることはできず。自分達の言葉は、重みがありすぎた。

『それでも、僕はサリヤちゃんを応援したいかな』
『…………どうして』
『家族がやりたいことなんだから、頑張れって応援するのは普通のことだと思うよ。
 もしだめだったら、すごく、怒られたら、さ。二人で一緒に謝ろう? 怖いけど、皆に頭を下げて回るのは、僕も一緒に行くからさ』

 家族だから、謝る時だって一緒だ。
本当に、毒気が抜ける。けれど、それはサリヤが家族に求めていた愛情だったのだろう。
清彦がサリヤに救われたように、サリヤもまた――清彦に救われた。
願いの為に殺さなくてはならないとしても、それでも、家族になろうと紡いだ一時は、たぶん、嘘じゃなかった。

「家族が頑張れって応援してくれたもの。なら――頑張るって答えるしかないじゃない」

 それでも、サリヤは清彦を殺した。それが最善で願いに近づく一歩だったから。
覚悟こそ唯一の光明であり、願いを叶えるピースである。
あの時、あの瞬間、サリヤは清彦を殺すことを許容した。
願いの為に自分を案じてくれた“家族”を殺したのだ。

「私は目的を果たす。何が何でも、何を犠牲にしてでも」

 ならば、どこまでも、深淵へ。定まった覚悟を糧に往くしかない。
本条清彦を殺した意味と理由を決して無価値にしない為にも、致命の一撃を背負う。
例え、志半ばで死んだとしても、最期まで目的に殉じると決めたのは己だ。
その言葉は、サリヤがメリリンを置き去りに、何処までも飛び立つことを示していた。

「………………もし、私に勇気があったなら。ちゃんと思ってることを話せって強く言えたら、サリヤを止められたの?」
「それはお互い様ね、メリリン。そばにいてほしいって言えたら、私達には別の道があったのかもしれないわ。
 本当に、あの時の私達には、勇気が足りなかった」

 どう足掻いても、彼女は止まらない。それをメリリンは理解してしまった。
仮定をどれだけ重ねても仮定に過ぎない。これは、そうはならなかった話である。
過ぎ去った機会は戻ることなく、悔いるしか自分達にはできないのだ。

「仮定の話をしたって仕方ないけれど」

 覚悟を固めても尚、サリヤにとって。メリリンとの未来はあったかもしれない幸せを想起させる。
いつか、裏切るとしても。もう二度と、二人で杯を傾けることがなくとも。
手に握られた流星の耳飾り。ずっと、どれだけ離れようとも、持っていた友情の証。
泣きそうな笑顔で決別を贈るつもりが、贈れない。

「家族になろうって言えたら、変わったかもしれないわね」

 メリリン・"メカーニカ"・ミリアン。
憎悪と報復を忘れさせてくれた、■■。“きっといい未来”に連れて行ってくれただろう、大切な■友。
家族になれたかもしれない親友。
そして、今も大切で、離れたくないと願ってしまう、親友。

 耳飾りは、結局――棄てられなかった。











 ままならねぇな。
ネイ・ローマンは眼前の青春をぼんやりと眺めつつ、何度目かわからぬため息を吐いた。
友情とはこうも儚くも崩れ落ちるものか。各々事情があり、最優先の順位付けが違うから、仕方ないといえばそんなものだけど。
それはまあ、激動の裏社会で生きてきたローマンも理解しているが、この状況で青春ごっこをやるには悠長が過ぎる。
メリリンには言えないが、死んでしまったものは取り戻せないし、ジェーンを殺した理由もサリヤの戦力拡充云々で話はつく。

 ――殺すことに対して、利には適ってる。情って観点から見るとクソッタレだがな。

 あのサリヤという女は天然イカれ暴君プリンセスであった銀鈴とは違って、まだ話はわかるし、後先も考えているだろう。
とはいえ、因縁は言葉を数度交わすだけで消えやしない。情動
己とローズのように、拳を交えるのか。それとも、理性的にお話でもするのか。
もっとも、前者で言えば、答えは明白だった。
惚れた女という贔屓目で見ても尚、メリリンとサリヤには埋められぬ壁がある。
取り込んだ超力を顧みたら、サリヤの優勢は一目瞭然だ。それがわからぬ程、メリリンも愚鈍ではあるまい。

 ――オレがやるならどうとでもなるが、そういう話じゃねぇ。

 仮に、ここからサリヤと殺し合いに発展したと仮定する。
しかし、そうなるとしたら、満身創痍の身とはいえ、勝算は生み出せる。
少なくとも、先程の銀鈴よりは怖くない。

 ……ま、死なない程度にやらせたらいい。

 重ねて言う。サリヤ・キルショット・レストマンは戦闘に秀でた武芸者ではない。
彼女はあくまでも研究職を主とした後方の要員だ。その上で、前線で動くことができ、超力を複数持っているのは明確な長所だ。
とはいえ、正面から迎え撃てば、勝ち目はある。先程とは違い、超力のゴリ押しでサリヤはぶち抜ける。
それは傲慢でもあり、冷静な算出だ。命を懸けた鉄火場のど真ん中を何度も駆け抜けたローマンだからこそ、確信を持って言えるのだ。

「惚れた女のわがままだから、仕方ねぇか」

 どうしようもなく決裂したら、その時止めたらいい。
己が重傷であることがネックだが、惚れた女一人護れない腑抜けになった覚えはない。

「――――これは青春の匂いがとても強い、失われた十代を想起させるキラキラである」
「勝手に副音声つけんなよ。愉快な死体になりてぇのか?」
「暴力反対~。っていうか、あーしじゃなくても今のネイっちを見たら、茶化したくもなるでしょ。
 裏社会のニュースを席巻できるよ? あのネイ・ローマンに彼女!? ギャングスターが色ボケで丸くなっている光景なんて!」
「うるせぇよ。つーか、人のこと言えた性か? そういうお前こそ……………………いや、いいか。言及すんのも、めんどくせぇ」

 そうして、監視役をやっていたら、何か、横にいる。勝手にローマンの鞄から水と栄養バーを取って、もぐもぐ食っている。
気絶から起き上がったばかりで栄養が足りないのか、すごい勢いで平らげていた。
傍若無人――ギャル・ギュネス・ギョローレン。
ローマンは口を開けば青春だの爆発だの気が触れているとしか思えない彼女が普通の挨拶から入る事に驚いていた。
てっきり、あの二人の間に割って入って、暴れまわると思っていたが、その気配は見られない。


「おひさ~、ハイヴの大乱戦の時以来? あの時よりもボロボロじゃん。あの銀髪お姫様、恐るべしってとこ?」
「っせぇ、あの銀髪女の話はやめろ。思い出させんなよ、ああいう奴は殺しても生き返ってくる可能性があんだからよ」
「噂話くらい、地獄の底で黙って聞いていて欲しいよね~。それにしても、ネイっちにしてはらしくない弱音じゃん?」
「そういうお前もらしくもねぇ寝坊だな。ディビット達が演説している間、いつ爆発が割り込んでくるか賭けてたのによ」

 害意に人一倍敏感な自分が気づかなかったということは、今のギャルに敵意がないという証明になる。
 敵意ねぇのかよ、こいつ。自分の知るギャルとは掛け離れたしおらしさは、ローマンを困惑させるには十分過ぎるものだった。

「つーか、お前大分印象変わってんな。
 こういう状況だと率先して内部からかき乱すタイプじゃねぇか」
「そだっけ?」
「いけしゃあしゃあとよく言えるぜ。どういう心境の変化だ?
 あのギャル・ギュネス・ギョローレンが爆発なしに会話だなんて、世も末だな」
「惰眠を貪ってサボタージュ☆もよかったけど、こんな青春劇場が幕開いてたら、さぁ! 青春の匂いを嗅ぎつけて起きちゃったよ、ふへへ☆」
「起きちゃった、じゃねぇよ。何音もなく横に座ってんだ、お前。びっくりするだろ。
 害意なしにオレに近づけるってことは、いつもの爆発はお預けか?」
「あの二人だけの世界に、割って入るのは空気読めなさすぎだし! とゆーか、ネイっち、大分弱ってない?
 そもそも、あーしの接近に気付かない方が悪くない? アイアン・ハートのリーダーなんだからもっとシャキッとしなよー」
「満身創痍の重症患者に無茶言うな。これでも大分マシにはなってんだよ。今のオレには、あいつらが馬鹿をしねぇか……面倒な監督役をやるだけで手一杯だ」

 互いに砕けた声色で話している。
世界中を旅しつつ戦場に介入してたギャルは、当然ローマンとも知り合いである。
最近ではハイヴとの大乱戦で戦ったり協力したり、と。
ローマンからすると、これだけイカれた破滅主義者で、享楽一辺倒の性格なのに、薬をやっていないことが驚きだ。
まあ、薬をやっていたら速攻で潰していたし、こんな風に軽口混じりで会話もしたりしない。

「それで、賭けの結果は? ネイっちが賭けた方はどっちなのさ」
「言わせんなよ。オレの大負けだ、畜生」
「ふふん、やっぱりあーしのことをわかるにはまだまだだし」
「…………今のオレの言葉の何処に、上機嫌になる要素あるんだよ」

 何かよくわからない所がツボだったようで、ローマンも怪訝な顔をしている。
やっぱり薬でもやっているんじゃないか、こいつ。

「それで、勝手に賭けにされたあーしにくれるものは?」
「お前が今食ってる飯と水」
「センス最悪。適当に秒で考えたのバレバレ。非モテのDV男、女の子の乙女心も一瞬で冷めるやつ」
「生憎とお前に好かれても、欠片も嬉しくねぇ」
「奇遇だね、あーしもだよっ」

 ローマンからすると、こんな厄介で無軌道な女に好かれても、何の得にもならない。
破綻と言う二文字が具現化したような女だ。
このイカれた殺し合いに参加しているメンツの中でもトップクラスに関わりたくない刑務作業者である。
そう、思っていたが何だかおかしい。
自分が知っているギャルはこんなにも話が通じる奴だっただろうか。
無差別に害意と愉悦を振りまいている女が一方向に意識を向けているかのような、人間らしい挙動だ。

「ま、お互いそういうのはお断りなんだから、別にいいけどね。ところでさぁ、ネイっち。
 ぶっ倒れてて何も知らないんだけど、取り急ぎ~。アレが新女王様ってことでOK?」
「おう。前より理性的で常識人だ。その分、抱えてる能力は増えて厄介になったけどな」
「そっかそっか。でもさぁ、常識人って評価はつまりぃ~……殺せるよね?」
「理解が早いな。今の女王様は怪物じゃねぇからな、まだ。人間の範疇でいてくれて大助かりだ」

 それは眼前のサリヤについても同様だ。
放送前とどうやら主人格が成り代わっているらしいが、あのイカレ女である銀鈴よりはよっぽど怖くない。

「ネイっちが思ってることは、あーしも同感かな☆ 後先を考えなければ、全然殺せるってありがたいよね、感謝感謝~」
「…………やっぱお前、何か変わったな。オレの知っているお前はそんな後先なんて考えねぇ、打算なんてない享楽一辺倒だったのによ」
「そうだっけー?」
「都合が悪くなったら道化ぶって逃げんな、馬鹿が」

 断言できる。今の我喰い《レギオン》なら殺せる。
種明かしはほぼ済んで、主人格であるサリヤを正面から捻り潰せばいい。
どういう訳か、他の人格は出てこない以上、此処で潰すことは可能だ。

「癪に障るが、オレもお前の考えと同意だよ。この状況で、サリヤ・キルショット・レストマンを殺すことは、愚策だ。
 手間と成果が釣り合わねぇ。ただでさえ手傷を負ってかったるいっていうのに、これ以上拗らせてどうすってんだ」

 それでも、ローマンはその選択は選ばない。
手間と成果。そして、状況。
此処から先の生存を考えると、戦力は幾ら合っても困ることはない。
ディビットの言う通り、今は個人間の因縁を清算するのは後にしろ、ということだ。

「あのサリヤって女が、情と理性が半端にあって助かったな」
「でも、見ている限り、逼迫したら全部投げ捨てる気概もあるっぽくない?」
「それが今じゃねぇってことぐらいわかるだろ。この状況でやるバカだったら、とっくに頓挫してぶっ殺されてる。
 一応、監視役なんざやってるが、ほぼ意味がねぇよ。当座の目標はヴァイスマンが投入した門番と――――」
「そこから先は、皆知ってるじゃん。でも、口に出さないってことは、“そういうこと”なんだよねぇ。
 ネイっちが超意識するのはわかるケド、今は念頭に置くだけでいいと思うな~☆
 というか、そういうのは頭を使う人達に任せてさぁ」
「そういうことで借りを作りたくねぇんだよ。
 仕切ってるのが、ディビット・マルティーニなんだぞ? 全部丸投げなんて愚鈍な真似できるかよ。
 ンなことしたら、借りを返せって催促で耳が潰れるわ」

これがただの喧嘩であったら、ごちゃごちゃと考えずに楽だったのに。
殺し合いというシチュエーションに、ヴァイスマンが害意に溢れたプレゼントを贈ってきたのが状況を拗らせている。
ともかく、サリヤがメリリンに害意を抱いた瞬間が自分の出番だが、そんな状況はブラックペンタゴン脱出までは訪れないだろう。
口ではあれこれと喋り、ポーズはお前を殺すと示しているが、ローマンからするとそういうアレコレをしている時点で殺意なんて固められていない。

「ともかく、此処にいねぇ奴らが全員、ヴァイスマンへの対応を優先してるんだ。
 サリヤの害意は今爆発しねぇってわかってんだよ。それをわかってないのはあの二人だけだ」

 人の殺意や敵意に敏感である自分のお墨付きだ。
ディビット含む先鋒組が、ローマンにこの場を任せてさっさと被検体の偵察に向かったのもそういう理由だろう。

「で、いつまで青春鑑賞してんだ。いつの間にかに起きている男を連れて、食料とか色々持って来い。
 全部は見て回ってねえが、飯と酒はよりどりみどりだ。先鋒組に恩を売るには、いい機会だぜ」
「ブーブー。折角の青春劇なんだから、最後まで見させてよ」
「んなこと言ってる立場か。緊迫とまでは言わねぇけど、余裕がある訳でもねぇぞ。
 放送の内容も含めて情報を教えてやるから、聞いたらさっさと行け」

 渋い表情でローマンは残った手でしっしと手を振る。
毒気が抜けたギャルの相手をしていると、調子が狂う。

「わかりましたよーだっ。でも、まあ、此処も見納めだし、軽く見て回るのはいいかもね~」
「そうしろそうしろ。ああ、ついでに、あいつと、愛でも囁き合ってきたらどうだ? お前が組んでるってのはそういう意味合いなんだろ?
 ヤりたいなら仮眠室があるし、お誂え向きだぜ」
「は? 燃やされたいの? 言っていいことと悪いことがあるってわからない?」
「…………………………お前、そんな低い声色出せるんだな」

 それまで朗らかだったギャルの表情が一瞬で無表情に変わる。
声色の冷たさはこれまでローマンが聞いたこともないものであった。
たぶん、同じことを再度呟いたら本気で彼女は実行する。
というか、殺意出せるじゃねぇか、何なんだよ、こいつ。
乱高下し過ぎの乙女心など、読めたものじゃない。

「今の発言、マジでありえないから。あーしというか、女性への発言的な意味でありえないから。
 そういうデリカシーのなさが女性を遠ざけるんだよ。メリちゃんもこんな奴に好かれて大変だわ、御愁傷様☆」
「普通に刺さる返しはやめろ」
「刺さる内が花だよ。そういう機微に疎くなったら終わりなんだから。どーせ、メリちゃんに対しても一方的な押しつけで、まともに会話できてないんでしょ?
 本気でメリちゃんが欲しいなら、一度腰を据えて話し合った方がいいんじゃない? お互いいつ死んでもおかしくないんだから、話せる今がチャンスだと思うケド」
「……まさか、お前に正論で黙らされるとはな。確かにそうだ」
「そうなると、メリちゃんの保護者っぽい雰囲気出してるサリちゃんも~、話に加わってくるってことでぇ~……三者面談ってやつ!?
 うっわ、青春じゃない!??!?!? やっぱあーしも此処に残ろうかな!?!??!」
「これ以上ややこしくするんじゃねぇよ。だが、ちゃんと話し合え、か。そのアドバイスに助かったってのは認めなくちゃなァ。
 お前の言葉に気付かされたのは業腹だが、肝に銘じておくよ。これで、お前らのおいたは見なかったことにしてやる」

 ひょいとギャルは立ち上がって、出口の方へと向かう。
いつのまにかに起き上がっていた征十郎を伴って、軽い足取りで消えていった。

「ちゃんと、話し合え、ね……本当にその通りだよ畜生」

 元よりそうだった。言葉より拳を。わからない奴等は力付くで言うことを聞かせる。
それがストリートの流儀であり、アイアン・ハートのリーダー、ネイ・ローマンだ。この生き方を貫く以上、死は身近だ。
路地裏であれ、超力蔓延る戦場であれ、人は、簡単に死ぬ。敵も、仲間も、――――親も。
だから、言葉は伝えられる時に伝えなくては意味がない。
自分は結局、何も伝えられなかったから。今までも、そしてこれからも。
壊すことしかできない己が、今更言葉を紡ぐのはお笑い草ではある。それでも、やらないで後悔するよりはやって後悔する方がいい。
本当に欲しいものを、手に入れる為にも。それは、死んでしまった阿呆達が教えてくれた。

 ――拳だけのアホは死んじまったからな。

 大金卸樹魂。刑務が始まってすぐ出会った強敵だった。
あの怪物であっても、死ぬ時は死ぬ。
倫理はぶっ壊れ、拳で総てを撃ち抜く求道者も例外ではない。
こんな状況だから、リターン・マッチが叶わないのは知っていたが、自分よりも先にくたばってしまうのは意外だった。
大方、手当たり次第拳を振るい続けて、何処かで途切れてしまったのか。
自分もこんな状態になってしまった以上、満足の行くリターンマッチはできなかっただろうけれど。
言葉を紡いでお話し合いなんてものとは無縁で、拳一辺倒の未来を彼女は示してくれた。

 ――善性とやらを前面に出していた奴等も、アホだ。

 ルメス=ヘインヴェラート。
大層な理想論を唱えていたが、やっぱりくたばってしまった。
人の善性を信じて、義賊の正義とやらを掲げた結果がこれだ、笑えてくる。
樹魂と違って、ルメスの死は当然の結果だったとローマンは思っている。
あんな甘ったれた奴がこの刑務を乗り越えられる訳がない。
ジョニーという凄腕の便利屋がいたとて、その結実は変わらなかった。
とはいえ、その理念は完全に死んだ訳ではない。
ジョニーが一人生き残ってしまったのは、何の因果か。
大方、色香に負けて理想論を受け継いで行動しているのだろう。
正義で世界は変えられない。そこに伴う力がなければ、絵空事で一蹴されてしまうだけだ。

 ドミニカ・マリノフスキ。
あの時捻り潰した奴も同じだ。
神に祈りを。神様はきっと見てくれている。
下らない、勝手に死んでろ、クソッタレ。
偶像を崇拝して救済が降りてくる――気に入らない考えだった。
欲しければ、己の力で勝ち取る。弱く、惨めに這いつくばろうとも、強固に意志を固める姿勢が大事なのだ。
自分を救えるのは、他ならぬ自分だけなのだから。
言葉を紡いでお話し合いだけでも敵わない。言葉一辺倒の未来を彼女達は示してくれた。
その他にもビッグネームの参加者が死んでいたりするが、死んだ奴等が生き返る訳でもあるまいし、思考をさっさと打ち切った。

「存外、効いてるな。馬鹿がよ」

 それに、ローマンの心を一番揺らした名前は別にある。
ディビットも特段、どうでもいいといった羅列の中にあった名前は、ローマンに一番衝撃を与えるものだった。
実の所、そうなるのは当然であったのかもしれない。
この極悪蔓延る刑務にて、第一放送を生き延びれただけでも僥倖なのだ。
三下のチンピラで、この場にいたとて何の活躍もできないであろう半端者。
そんな奴がもしかしたら、自分の前に立ちはだかる。在りえぬ夢想を一瞬でも抱いたのが間違いだった。

「…………オレ達は、そういうこともできなくなっちまったんだな」

 オレに落とし前をつけるんじゃなかったのか。兄貴分のかたきを討つんじゃなかったのか。
あんな、仲間を見捨てて縮こまったゴミカスなんかの為に命を張る必要なんざないのに。
それでも、拳を握って立ち向かってくるんだろうな、と。少しだけ、彼が筋を通すことを楽しみにしていた自分がいた。

「馬鹿野郎が。強くもねぇのに、フラフラしてんじゃねぇよ」

 大方、自分のように確固とした強さがある訳でもないのに、あれもこれもと拾い上げすぎたのだろう。
だから、死んだ。兄貴分の復讐相手に会うことすらできず、何処かでくたばってしまった。
ハヤト=ミナセ。取るに足らない三下のチンピラが自由を得たらこうなることくらい、ローマンは知っていた。
故に何の感慨も引き摺ってはならないのだ。圧倒的強者として、不相応に感慨を湧かせてはならない。

「オレは、振り返らねぇからな」

 若きギャングスターは、その優しさと弱さを認めなかった。
それらを持ち合わせた故に、死んだ愚か者にかける言葉はただ一つだけ。
置いていくぞ。其処に抱いた想いと言葉も総て、総てだ。










「それで、例のブツは回収できた?」
「ああ。エルビス・エルブランデス――強さに違わぬ高額なポイントだった」
「ま、ルーさんみたいなハズレくじもあるけど、基本は見合った価格だよね~」

 ローマン達と別れて幾許か。
征十郎と“タチアナ”はひとまずは己の身体の回復を図るべく、食堂にて休息を取っていた。
医務室では医薬品を奪い取り、食堂では水と食料を手に取って。
この二人、特に罪悪感を欠片も抱かずに飲み食いはするし、高額そうな医薬品も惜しみなく使う。
そのおかげか、身体的な意味では大分本調子に戻っている。万歳、無料飯。万歳、無料医薬品。

「私達が気絶している間に使用されていたら、無用の長物であったが、運が良かった。
 抜け目がない集団の誰かが使用済にしているかと思ったが、存外いけるものだな」
「あの被検体が怖いんでしょ。皆、浮足立ってて首輪どころじゃないもんねぇ。
 被験体を倒して脱出できなかったら、どれだけ首輪とポイントを抱えていても、死ぬんだからさ」

 ヴァイスマンの肝入りである被検体。
ローマンから聞く限り、ブラックペンタゴンに残っている戦力を相手取って尚、勝ち目があるかどうか。
そんな傲慢が放送の声色からは感じ取れたらしい。
もっとも、二人にとって彼の思惑など欠片も関心がないし、勝手に言ってろという結論を出している。
どうせ、何れ――斬る/爆ずモノだから。

「誰も奪わぬと言うなら、私が有効活用するだけだ。ああ、それと……未使用の首輪も懐に隠していたぞ。
 未使用だったから、ついでにくすねておいた」
「うっわ手癖悪いねぇ、征タン」
「新しい服が欲しいから首輪を奪おうって提案したのは誰だったか忘れたのか、共犯者?」
「服だけなら別に首輪をくすねる必要なくない? あの筋肉マッチョマンの首輪だけでお釣りが返ってくるし。
 人を勝手に共犯にするのはよくないな~。どうせ、余ったポイントも含めて、名刀目当てでしょ」

 そして、征十郎の手には未使用の首輪が一つ。
これもまた、無期懲役の刻印がある。すぐには使用せず、今後の持ち札として役に立たせることを征十郎達は選ぶ。
エルビスから回収したポイントで、急を要する必需品は賄えるからだ。
医薬品と食料、飲料が詰め込む為の二つのデイバッグ。征十郎が技を振るう為の日本刀。そして、衣服。

「思いがけず、ポイント大量ゲットだし、パーッと使っちゃう? 治癒キットとか買い込んで、バトってもいいケド」
「そうしたら、袋叩きだな。私とて、時間と場所を念頭に置いている。満足の行く決着は到底つけられんだろう。
 不本意だが、お前との休戦は暫く続くようだ」

 因縁を最優先している二人であっても、今の状況で優先できないことぐらい理解できる。
戦ったら横槍が入るどころか、そのまま始末されるだろう。横槍による無粋な決着はお互いに望む所ではない。
エネリット達が思っているより、この二人は意外と冷静である。

「今は待ちだ。せっかく時間が得られたのだから、お互い身体を休めるに限る。今後このような余暇はないかもしれんし、有効に使うぞ」
「かしこまりっ☆ とりま、先鋒組が戻って来るか、死体になるか待つって感じ? いい具合に偵察してくれたらラッキー☆」

 とてつもなく酷い言葉を当然のように放っているが、悪人なので問題はない。
タチアナは全員どうでもいいし、征十郎も沙姫のように恩義があり、刀を振るう人間がいないので、ノーカウント。
図々しく、相乗り上等。戦場を単独で渡り歩いていた二人に恥はない。

「んじゃあ、早速、はい!」
「はいって、何だ」
「報酬。征タンが首輪を回収している間、ネイっち達を引き付けた私に言う事あげる諸々あるんじゃない?」
「ふん、似合わぬ大人しさだったな、タチアナ。最初に出逢った頃のように、形振り構わずネイ・ローマン達に喧嘩を売っていたら斬る名目ができたんだが。
 今すぐにでも暴れてきていいぞ、容赦なく斬り捨てられるからな」
「優しさを山折村に置いてきちゃったの? 一応、君の相棒ポジションだよ?」
「吐き気がする、死ね」
「うん、言ってて私もそう思った。君が死んでね」

 征十郎からすると、ギャルの服などどうでもいいし、とりあえず、一刻も早く日本刀を補充したかった。
無論、折れた状態――何なら鞘に入れた状態でも超力は使用できるが、やはり、来たるべき戦いには万全の刀が必要だ。
ローマン達と別れて、速攻でポイント消費で手に入れた日本刀はやはり、安心感をもたらしてくれる。

「言っておくけど、衣服って私の分だけじゃないから。征タンも着替えさせるから」
「はぁ? いよいよ頭が爆発で茹だったらしい。医務室に戻りたいのか?」

 こいつ、何を言ってるんだ。
心底理解ができないと言った声色で征十郎が怪訝な表情を隠さずにタチアナを見る。
めちゃくちゃ真剣な表情だ。一片の譲歩もない、本気の眼光が征十郎を突き刺した。

「あのさァ……そのボロボロの囚人服で私の横を歩いていいと思ってる訳?
 私が考える理想の決着シチュエーションでは、“八柳”クンには、ちゃんとした服装で私と殺し合ってほしいの。
 そんな没個性な囚人服で私との決着? 怒るよ? あ、もう怒ってるわ。
 服飾って単語を人生で学ばなかったのかなぁ。私はすごーーーーーーく聞きたいよ」
「その単語が人生で必要だったことはないし、過去一番にお前の気持ちがわからんし、そもそも囚人服を爆炎でボロボロにしたのはお前だ。
 呼び名も戻ってるし、感情が迷子なのか? 医務室にあった精神安定剤でも飲むか?」
「うっさいなー……! “八柳”クンは乙女の気持ちを理解する努力をしなよ! というか、別にポイントには余裕があるんだし、いいでしょ」

 訳が分からない。彼女の拗らせた厄介発言にはついていけない。
結局、征十郎は彼女の話すシチュエーションについて、何一つ理解できなかった。
人として、これと一緒にはされたくないな。黙って深い溜め息をついた。
タチアナは納得するまで折れないし、いくら抗弁し続けても徒労に終わる。
それなら、面倒くさいやり取りを終わらせて、さっさと服を出してしまえばいい。
まあ、予備の高額首輪もあるし、全ポイント消費という訳でもないから、許せる範疇だ。
己を無理矢理に納得させて、征十郎はその話題を打ち切った。

「そーいえば、筋肉マッチョマン達のはともかく、もう一人の方は?」
「あれは明らかにネイ・ローマン――メカーニカの取り分だ」
「そだねー。征タンの言う通り、メリちゃんの脱獄用だと思うし。
 ポイント的には美味しいけど、無理して奪いに行く程ではないでしょ」
「無用な争いを避ける為に、二つは譲ってもらえた、か。お前もネイ・ローマンに圧をかけられたようだな」
「おいたはバレバレだってさ~。まあ、持ちつ持たれつだよね、ココは」

 征十郎がこっそり動いているのも、ローマンは把握していた。
その上で無視したということは彼にとって首輪はジェーンのもので十分だということだ。
ローマンがタチアナとの会話に興じていた意味を、二人は考えて即座に結論を出した。
実に好みの青春模様だ、アガるね↑↑↑(タチアナ談)。

「とはいえ、ローマンの所持ptが0ptであったら、こうもうまくいかなかったはずだ。
 恐らく、自分で使う分は足りているのだろう」
「流石、ギャングスター。お手が早い」
「だが、ヴァイスマンがこうして被検体を投入してきた時点で、恩赦による脱獄も怪しいものだがな。
「でも、ないよりはあった方がマシじゃん。ネイっちにとって、メリちゃんの脱出は必須。力尽くで連れていきそうだけどさぁ、あのオレサマリーダーなら。
 一応、穏便なルートが有るならそれも確保しておきたい――でしょ?」
「異論はない。とりあえず、自分とメリリン、最低限のポイントを得れた以上、首輪は眼中にないのだろう」

 ああ言えばこう言う。二人の凸凹道中は殺し合いというシチュエーションに似つかわしくない、騒がしいものだ。
そもそも数時間前まで本気で殺し合いをしていたし、今も状況が合致していたらすぐに殺し合っている。

「ネイっち達に恩を売る目的で食料と医薬品を確保したけど、素直に渡す?」
「恩を売っておいて損はないが、すぐに戻る必要はないだろう。まだ、ブラックペンタゴン内部で、私達が探索していない場所もある。
 タチアナ。お前もそのつもりで、私と行動を共にしているのだろう」
「ふふん、よく見てるじゃん」
「…………お前の喜ぶツボは相変わらずわからんが、ネイ・ローマンの言葉に素直に従った理由はわかった」

 目的の一致。刑務の序盤から繋がった縁は半日が過ぎても途切れぬままだ。
単純明快な殺し合いではない、ルールが幾つも重ねられた刑務では、情動一辺倒で行動することはできるはずもなく。
お互い、殺すという明確な害意が在りながら、悪縁の間柄として付き合い続けている。

「あの被験体を斬るにしても、未だ早い。ヴァイスマンが用意した以上、特別な何かを先鋒組が解き明かすのを待つのが、最善だな」
「いえてる~。そもそも、そういう下調べなく乗り込む訳ないのにね~」
「いや、お前は普通に乗り込むだろう…………」
「きこえなーいっ☆ プリンス君も、我先に強敵に向かうって失礼だ・け・どっ! 
 まだ、間に合うよぅ、征タン。やっぱり、プリンス君達の思惑に乗ってあげちゃう?」

 征十郎は眉を顰めて、タチアナもげんなりした表情でそう答えた。
ちなみに、エネリット達が話していた内容は、二人共、バッチリ聞いている。
彼女達、狸寝入りをしつつ、聞き耳を立てていたのである。鉄火場で生きるには当然、死んだふりもできる。
もっとも、実際に動けるようになるまではしばらくかかった為、ある意味一番の寝坊助ではあるけれど。

「阿呆が。乗る訳ないだろう。そもそも、お前と一緒の枠組みに入れられているのが不可解で不愉快だ」
「いぇ~い、仲良しの相棒~」
「鳥肌が立つな。限界だ、吐き気止めを飲ませてもらう。お前も飲むか?」
「私も飲むから頂戴。私達の関係性について誤解されたら嫌だし、戻ったらそういう間柄じゃないってちゃんと言っとこ」

迫真死んだふりを奇遇にも何の示し合わせをせず同時に行った。
そして、二人はそれを察してお互いの考えが一緒だということを理解し、悪巧みを考えた。
先鋒組が別れてから、小声で首輪取得計画を立て、実行。計画はほぼ成功に終わったのだ。
無駄に息が合うし、無駄に悪知恵は働くのである、無法者故に。

「そういえば、実験体の投入について驚いてないな、お前」
「まぁ、知ってたしねぇ。私、ジョーカー打診されて、その時大体聞いてるから、あんま驚くポイントないんだなーっ」
「そうか」
「何、そのおざなりな返事。少しは驚いてほしいんだけど」
「そんなに重要なことか、その情報。タチアナはタチアナだろう」

 表情一つ変えずにそう答えた征十郎に、タチアナは目を丸くする。
思わずまばたきを忘れて、ぽかん、と。

「ジョーカーであろうがなかろうがだなぁ。お前に対して、私がやるべきことは変わらん。
 然るべき場で、お前を斬る。そして、お前も私に対してやるべきことは変わらん。違うか?」
「違わ、ない、ケド」
「なら、それでいいだろう。どんな立場で隔てようとも、どんな事情を拗らせようとも。俺とお前の切望は断たれんよ」
「ふ、ふふーん! まったくもう! 征タンがそういう奴だってわかってたし!」
「本当によくわからん時に嬉しそうにするな、お前は」

 めちゃくちゃにっこり笑顔になったタチアナを見て、複雑怪奇――どれだけ言葉と戦いを重ねても、こいつのことはわからんだろうな、と。
喜びのツボが姉弟子よりもわからない。兄弟子に女子の機微について聞いておけばよかったのかもしれない。

「話を戻すぞ。先の言葉を補足すると、お前はブラックペンタゴンの内部を知っている」
「うんうん」
「そうなれば、内部の探索など必要がないはずだ。此処で身体を休めるか、ネイ・ローマンの所に戻るなりしたらいい」

 けれど、タチアナはその選択肢を提示しなかった。
ギャルはともかく、タチアナの行動と言動には必ず理由と意味が存在する。
それをわからぬ征十郎ではないし、彼女が遠回しに理解して欲しいと願っていることも知っている。

「その上で探索をする――つまるところ、私の行先を制御したい。その意味と理由を考えると、だ」

 征十郎とタチアナの共通点。共に行動することで理解が早まる要素。
タチアナが見せたいもの、分かち合いたいもの――そんなもの、一つしかない。

「上層階にあるんだな、“山折”が」
「…………ッ! “八柳”クンは本当に以心伝心っていうかさァ……説明無しでそこまで導き出せんの、ゾクゾク、しちゃうじゃん……っ!」

 きっと、其処に。色褪せた永遠が座して、山折の生き残りを待っているのだろう。

「ならば、往くしかあるまい。お前から聞いた知識とは別視点の真実もあるのだろう。
 私は山折の生き残りとして、“八柳”として。それを知る責務がある。あの紛い物の神に先を越されたくはない…………恥ずかしながら、私怨もある」
「燃えてアガってるじゃん。それじゃあ、被検体は先鋒組に丸投げして、上に行こっか☆」
「承知だ。それにしても、お前は被験体に対して全く怖がってないんだな」
「まー、強いと言っても、対策が事前に取れて、策謀を仕掛けてくる訳でもないし?
 知性がない怪物なら、幾らでも対応は考えられるし、何なら逃げて態勢を立て直すことだってできる。
 私からすると、さっき戦った怪物の方がずっと嫌かな。そういう逃げが通用する奴じゃなかったし。
 知性で動く怪物だったもん、アレ」
「口ぶりから推測すると。警戒して然るべきではある。だが、過剰に考える必要はないということか」
「此処にいる参加者全員で協力しても十分、強敵だけどね、アレ☆ た~だ~し~、正攻法で行くならって言葉が前につくよっ。
 デビちんは間違いなく裏技で通る気満々だと思うし、プリンス君も絶対えげつない策を練っているはず。
 あの被験体に対して、過剰も過少も必要ないかなぁ」

 タチアナの態度はまるで被験体など眼中にないと言った口ぶりだ。
認めたくはないが、征十郎も同様の意見である。
銀鈴。今はもう死んだ、我喰いの怪物。
心身共に、これまでに出会った何物よりも恐ろしかった、新世代の巨星だった。
そして、未だ。旧世代の巨星は健在のまま、この刑務を生き残っている。

「私は被験体よりも、外側の方が怖いよ。ブラペン内にまだいる私達が、考えるだけ無駄かもだけどさ。
 今、ブラペン内部にいない帝王さんは、間違いなく、罠を張っているよ。どんなえげつない出入り口になっているんだか」
「……ルーサー・キングか」
「大正解。安全地帯から罠を張って、内部の参加者を狙い放題。策謀で封殺できるチャンスで、ルーさんが見逃すはずないでしょ。
 ホンッット、最悪。正面から倒すだけの被験体よりよっぽど嫌。ルーさんと策謀で戦って勝てる気がしないもん」

 あの放送を聞いて、狡猾な参加者なら、ブラックペンタゴンから脱出する参加者を一網打尽にするべく、罠を張る。
タチアナだったらそうするし、ディビット辺りも同様の行動を取るはずだ。
故にこそ、ディビットは放送の更なる意図をすぐに読み取ったし、この場にいる全員を束ねて同士にする覚悟を決めた。
今この瞬間、ブラックペンタゴン内部にいない怪物が、比類なき恐ろしさを持っていると知っているからだ。
ルーサー・キング。帝王の強さと知略の高さは肌身に染みている。
小競り合いではあるが争った征十郎、旧知の仲であるタチアナ。キングの強さと狡猾さを知っている二人は其処に異論を挟まない。

「デビちんも、放送を聞いたルーさんが、私達を殲滅するべく動くと確信している。だからこそ、かなり焦っている。早くブラペンを脱出しないと、ルーさんが囲いに来る。
 頭が回って目もいいデビちんはさー、今後の展望を考えると一分一秒も惜しいはず」
「私達はそれに相乗りするだけだから、楽ができていい」
「まーデビちんがどれだけ考えたとしても、正直ルーさんの迅速さには敵わないと思うケド。あれもこれもって欲張って考えて、石橋をあらゆる角度から叩くんだもん。
 だから、ストレスが溜まってタバコが手放せなくなるんだよね~、デビちん」

 ディビットの行動が急なのもそれが理由だろう。それを言葉にはしないが、気づいている人間は相乗りしているだけに過ぎない。
サリヤとメリリン以外、争わずに協力をすぐに決め込んだ理由は其処にある。被験体を倒したとて、次はルーサー・キングが待っている。
表と裏。立て続けのボスラッシュを考えると、人員はどれだけいても困らない。

「確かに、正面突破をするなら被検体とルーサー・キングを立て続けに相手取る必要があるが、私も彼ら同様に裏技はあると思っている」
「……他の出口から突破? 閉鎖した出入り口を征タンの超力でずんばらりん?」
「以前の私なら無理だろう。だが、永遠を斬れた我が技量。加えて、あの時のような名刀を振るえば、道は切り開けるかもしれん」

 手元には未使用の高額首輪もあるし、取得したポイントもまだそれなりに残っている。
鋭さを増した己の超力。そして、それに見合った名刀を買えば、もしくは。

「なにそれ。殺し合いの中で超力を進化させたってこと?」
「詳細はわからん。だが、お前の“永遠”を斬ってから、出力が上昇している気がするのは相違ない。
 当然、閉鎖した出入り口には細工をしているだろうし、不確定要素が多すぎる故にサブプランの域を出ないが」
「だよね~。そもそも、名刀確保の時点でさぁ、監視官からすると封じてきそうじゃない?」
「閉じ込められた全員を引き連れてやるなら、な。私とお前くらいならお目溢しされそうだが」

 もっとも、全部が不確かで失敗の確率の方が高い。
必然がない賭けに乗り出すにはまだ早い。故に、彼らはあくまでもというレベルで内心に留めておくことにした。

「では、往くか。補給と休息は十分取った」
「物資は確保して義理は果たしたことだし、後はブラペンの上層階を見ていこっか。
 先鋒組が少し粘ってくれるとゆっくり見て回れるから、楽なんだけどなぁ~」

 強かに彼らは己の我欲を追い求める。
エネリット達が想定しているような話が通じない訳ではない。
相手の話に耳を傾け、理解した上で無視するだけである。

「でもその前に、服を着替えないと」
「……忘れてなかったのか」
「忘れる訳ないでしょ、おしゃれは乙女の存在意義だゾ☆」
「私の人生に不必要な知識だな」

 被検体だったり、出口だったり。対応しなければならないことはいくらでもあるが、全部無視だ。
今は、色褪せた昔話。その答え合わせを。
とことん、己のやりたいことを最優先のベースにして、彼らは行動をするのだ。

【D-5/ブラックペンタゴン中央・中庭エリア/一日目・日中】
【サリヤ・"キルショット"・レストマン】
[状態]:健康、我喰い
[道具]:グロック19(装弾数22/22)、デイパック(手榴弾×2、催涙弾×2、食料一食分)、黒いドレス、銀鈴の首輪、流れ星のアクセサリー
[恩赦P]:18pt
[方針]
基本.アビスに保管されているシステムを破壊する。
1.もしも、あなたと家族になりたいと言えたら、未来は変わっていたのかしらね。
2.ブラックペンタゴンを脱出する。

※現在のシリンダー状況
Chamber1:サリヤ・K・レストマン(女性、元人格、空気銃能力、以下弾丸を統制)
Chamber2:ジェーン・マッドハッター(女性、殺傷能力、人格凍結)
Chamber3:ソフィア・チェリー・ブロッサム(女性、無効化能力、人格凍結)
Chamber4:ルクレツィア・ファルネーゼ(女性、再生及び幻惑能力、人格凍結)
Chamber5:欠番
Chamber6:エルビス・エルブランデス(男性、毒花能力、人格凍結)

【メリリン・"メカーニカ"・ミリアン】
[状態]:全身にダメージ(中)、上半身下着姿
[道具]:デジタルウォッチ、生成ドローン1機、ラジコン1機、フルプレートアーマー。
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.―――もう、届かないんだね。
1.もしも、あなたと家族になりたいと言えたら、未来は変わっていたのかな。
2.ローマンに従いブラックペンタゴンを調査する?
※ドミニカと知っている刑務者について情報を交換しました。

【ネイ・ローマン】
[状態]:全身にダメージ(大) 、疲労(中)、右腕肘から先欠損
[道具]:デイパック(幾つかの食糧と酒)
[恩赦P]:99pt
[方針]
基本.やりたいようにやる。
1.メリリンと話さねぇとな、これからについて、色々と。
2.ルーサー・キングを殺す。ディビットの申し出を受けるのも悪くない。
3.オレに落とし前をつけさせるんじゃなかったのか。何くたばってんだよ、ハヤト=ミナセ。
※ルメス=ヘインヴェラート、ジョニー・ハイドアウトと情報交換しました。

【D-5/ブラックペンタゴン南東・食堂/一日目・日中】

【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(小)、“タチアナ”
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、学生服(ブレザー)、注射器、小瓶(医務室からくすねてきたやつ)、衣服
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.征十郎との決着をつける為に、ひとまずブラペン脱出を目指す☆
0.着替える。新しい服はアガるね↑↑↑
1.ブラックペンタゴン上層階へと向かう。真実を確かめる。
2.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、征十郎を燃やす。まあ整えなくても、機会があればチャレンジ☆
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※永遠は斬られたので、今後は年を取ります。
※何の衣服を選んだかは後続に任せます。

【征十郎・H・クラーク】
[状態]:ダメージ(小)、超力第二段階?
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、日本刀、日本刀(折)、ルメス=ヘインヴェラートの首輪(未使用)、衣服
[恩赦P]:68pt
[方針]
基本.タチアナとの決着をつける為に、ブラックペンタゴン脱出を目指す。
0.不本意だが、着替える。面倒くさい、全くアガらない。
1.ブラックペンタゴン上層階へと向かう。真実を確かめる。
2.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、タチアナを斬る。整う前でも、機会があれば斬ろう。
※何の衣服を選ばされたかは後続に任せます。

※恩赦ポイントの増減は以下の通りです。
+100pt エルビス・エルブランデスの首輪
-20pt 衣服二着
-10pt 日本刀
-2pt デイパック
=計68pt

120.傍観者 投下順で読む 122.パーフェクトブルー
時系列順で読む
呉越同舟 メリリン・"メカーニカ"・ミリアン [[]]
ネイ・ローマン
サリヤ・"キルショット"・レストマン
征十郎・H・クラーク 風を吹くおれはひとりの修羅
ギャル・ギュネス・ギョローレン

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最終更新:2025年10月04日 00:19