「半日ぶりだね、探していたよ。エネリット・サンス・ハルトナ」
月明かりの縁。森の奥から現れた長い黒髪の青年が、先に足を止めた。
森から抜ける風が、髪先だけを静かに揺らす。
彫刻のように整いすぎた輪郭が月に照らされ、男の非人間性を際立たせていた。
森の出口に立つエネリットは、その気配を受け止めたまま、逃げも隠れもしなかった。
森の内と外、その境界に片足を掛けたまま、静かに見返す。
「随分と無警戒ですね。気配がバレバレでしたよ。蓮さんらしくもない」
エネリットが目の前の男、氷月蓮へと言葉を投げる。
この二人の前回の出会いは、刑務作業が始まって程なくのこと。
そこから実に18時間ぶりの再会だった。
足音も呼吸も、隠す素振りすらない接近だった。
むしろ己の存在を告げるために、わざと正面から姿を現したように見える。
だが、ここは戦場である。
顔見知りのエネリットだからよかったものの、相手が別人なら近づいた瞬間に襲われてもおかしくない。
その様な無警戒をエネリットが知る氷月蓮が行うとは思えない。
「心配はいらないよ。ここにいるのは君だと分かっていたからね」
まるで、迷子を見つけた程度の口ぶりでさらりと言う。
その真意を測ろうとして、エネリットは一瞬だけ黙った。
氷月が分かっていたと言い切るからには、何か確信があるはずだ。
ひとまず答えを先送りにし、改めて向き直る。
「お久しぶり、というほどでもないですが。お元気そうで何よりです、蓮さん」
社交辞令ではなかった。
激戦をくぐってきたエネリットとは対照的に、氷月は綺麗すぎる。
この異常な戦場でここまで無傷を保ってるのは異様である。
「そちらの方は? ご紹介いただけると助かるのですが」
より異様なのは、もう一人の存在だった。
氷月のやや後方、森陰に寄り添うようにして立つ女。
舞台の光をそのまま引きずってきたかのような煌びやかな衣装が、月明かりに反射して浮き上がる。
無傷どころではない。
見せるために飾り立てたような美しさがそこに在った。
漆黒で在りながら輝くブラックオニキスのように、暗さの中でなお目を奪う。
ここから浮いているはずなのに、周囲の現実のほうが押し流されそうな圧があった。
化粧の奥に沈める気もない苛立ちで、女は値踏みするようにエネリットを睨み据える。
「ああ、彼女は――」
氷月が女を示すように半歩ずれた。
しかし、その動きを嫌うように女が先んじて口を開く。
「鑑日月よ」
「日月さんですね。エネリット・サンス・ハルトナと申します。よろしくお願いします」
エネリットは丁寧に会釈した。
王子めいた所作で、舞台衣装の女に礼をする。
互いの衣装も相まって、一瞬だけ舞踏会の一幕のようで、ここが森の出口という現実を忘れさせる。
それが余りにも滑稽で、姫である日月が鼻で笑った。
「随分とお美しいお召し物をされていますね」
その煌びやかな衣装について触れる。
この地において衣服は別種の意味を持つ。
銀鈴やギャルのように酔狂で着るものもいれば、キングのように見栄や誇りと言った矜持を示すために着る者もいる。
彼女の場合はどうか、そう言う問いが含まれていた。
「私は偶像(アイドル)よ。舞台に相応しい衣装を着るのは当然の事よ」
「アイドル…………その衣装やイヤホンはそういう事ですか」
「ああ、歌と踊りが彼女の武器だからね」
氷月はそう言いながら、エネリットの全身を観察していた。
黒いチェスターコート。ブーツ。首元のニット。
新品の清潔さが、戦場の擦れた匂いと矛盾したまま同居している。
「そう言う君も優雅な格好をしているね、エネリット。しゃれた二人に囲まれて、気後れしてしまいそうだよ」
そう言って肩を竦める。
貴族めいた装いのエネリットと、舞台衣装の日月。
瀟洒な二人の間で、氷月だけがTシャツと囚人服の継ぎ合わせだ。
戦場において明らかに異常な二人に挟まれ、逆に氷月の方が場違いに見える。
「似合いませんか?」
「そうだね。君らしくない」
辛辣な評価だが、衣装そのものは似合っている。
氷月の言いたいことは着こなしについての話ではない。
氷月の知るエネリットは、貴重なポイントを衣服に投げるほど無駄な行為はしない。
なのに、そうした。つまり、そこには心境の変化がある。
氷月は、まるで読了したほんの感想を述べるように言った。
「成し遂げたようだね、エネリット」
その声には、どこか見透かしたような確信が滲んでいた。
意味を測りかねたのか日月が一瞬だけ眉を動かした。
エネリットは笑みを崩さない。
「――――復讐は、楽しかったかい?」
以前、図書館で交わした復讐についての問答。
その果てに得られたのは何だったのかと、あの日の続きを問う。結論を総括するように。
「さて……どうでしょうね」
エネリットは結論を曖昧に濁すように笑った。
その先に残ったものが何であるかは言葉にするのは難しい。
「ただ、過程に充実があったのは確かです。その夢を見るため、きっとまた同じ状況になったとしても僕は同じことをするでしょう」
「そうか。いい結論だ。復讐の先に残る空しさを、過程の充実で埋めたんだね。
後悔がないようならなによりだ。そこは予想がハズレてしまったね。君に新たな航海の道が開けたなら何よりだよ」
「ええ。残り僅かの自由ですが、満喫していますよ」
彼らは地の底に繋がれた罪人。
これはそこに戻るまでのつかの間の夢だ。
「ねえ。あんたたち、いつまでお喋りしてるの。こっちは暇じゃないのよ」
日月が苛立ちを隠さず口を挟んだ。
視線はエネリットを刺しながら、言葉は氷月にも噛みついている。
二人の間に流れる静かな応酬は、彼女からすればどうでもいいことだ。
エネリットは日月へ視線を返し、礼儀としての微笑だけを残した。
「それで。わざわざ僕を探していたとのことですが、どういうご用件ですか?」
エネリットは笑みを崩さぬまま、氷月へ本題を戻した。
氷月も追及は打ち切り、その話題転換に応じる。
「君にお願いがあるんだ」
「お願い、ですか」
エネリットは探るような視線を向ける。
前回の出会いで、氷月はエネリットからの誘いを断った。
その男が、わざわざエネリットを探しお願いに来たのはどのような心境の変化、あるいは状況の変化か。
何より引っかかるのは、言葉選びだった。
いつもの氷月なら、利害の一致を並べ交換条件を提示するだろう。
その言葉選びの意味も、小さな棘のように引っ掛かっていた。
「ひとまず、聞きましょう。蓮さん、あなたは僕に何をさせたいんですか?」
「その説明の前に、まずは僕らの目的を共有しよう」
氷月が一歩だけ前へ出る。
月光が横顔を縁取り、その整いすぎた輪郭に陰影を落とした。
「彼女は恩赦を目指している。そして僕は、アビス側から役割を任されたジョーカーだ」
ジョーカー。この刑務作業に送り込まれたアビスからの刺客。
あっさりと告げられた真実は、本来なら場の空気を凍らせるに足る情報である。
背後で聞いている日月が、いきなりそれを明かすのかと驚いているくらいだ。
だがそれに対するエネリットの反応は薄かった。
驚愕ではなく、推論の一つが正解だった、という程度の受け止め方だ。
むしろ、彼が食いついたのは別の点だった。
「恩赦、ですか……現在のポイントは?」
「0だね」
「それはまた……思い切った位置からの出発ですね」
中々に厳しい状況だ。
参加者は減り、勢力図はほぼ固まりつつある。
この局面で0から400を積み上げるのは、容易な話ではない。
率直な評価に氷月は肩をすくめる。
「そう悲観したものでもないさ。彼女はつい先ほど、ネイ・ローマンと引き分けた」
「ローマンさんと……なるほど」
エネリットは感心したように静かに息を吐いた。
ネイ・ローマンは受刑者の中でも指折りの強者だ。
あの男と正面から渡り合い、生き残ったという事実だけで十分な戦力証明になる。
地力があるならここからでも希望が見えるかもしれない。
「それで、僕の首輪がお望みですか?」
恩赦を望むのならエネリットの首輪もまた恩赦の足しとして求めているというのが必然の流れだろう。
あのネイ・ローマンと引き分けた実力が本当なら、今のエネリットでは勝ち目がない。
だが氷月は首を振る。
「そうではないさ。少なくとも今はね。君に求めるのは、ちょっとした手助けだよ」
「どういうことです?」
話が見えず、エネリットは小さく首を傾げる。
「彼女はジャンヌ・ストラスブールを標的にしている」
「ちょっと……っ」
日月が苛立ち混じりに抗議の声を上げた。
そこまで明かす必要があるのか、という視線で睨み付ける。
だが氷月は意に介さない。
「何故です? 恩赦を目指すなら、特定の標的を定める意味は薄い。
何より、ジャンヌさんはお強い、標的にするには適していないと思いますが」
エネリットが疑問を挟む。
効率を考えるならその指摘は正しい。
氷月は微笑を崩さず、その核心を抉る。
「彼女の超力は、最も見せつけたい相手にこそ効果を発揮するものなんだ。
彼女とジャンヌには浅からぬ因縁がある。激情と劣等感、そして承認欲求。だからこそ殺したい」
日月の眉が不快そうに歪む。
サイコパスは遠慮なく核心へ踏み込む。
本人が直視したくない感情を、整然と整理して並べてみせる。
「そう。ジャンヌを狙うのは身勝手な私怨よ。何か文句があるかしら?」
他者に暴かれるくらいなら自分で認める。
そう言わんばかりに言い切った。
劣等感と憧れ。
見せつけたいという欲望。
認めさせたいという衝動。
越えたいという願望。
言い訳などない。
その醜い感情を直視する。
これは偶像を求める私怨であると。
「いいんじゃないですか、私怨。強い動機は武器となる。大変よい理由かと」
エネリットは穏やかにその殺意を肯定する。
それは、氷月も同じだ。
最初から一度も、彼女の殺意を諫めることはなかった。
もし叶苗たちがこの身勝手な殺意を知ったなら、確実に止めただろう。
だが、この場において、醜い私怨は否定材料にならない。
むしろ、強い動機は武器として評価される。
ここはアビスだ。
全てが歪み、価値観が裏返った地の底。
きっとこの間違った価値観こそが正常で、真っ当な正義こそ誤っている。
「彼女を強化する。そのために、君の力を借りたくてね」
「なるほど」
エネリットは得心したように静かに頷いた。
自分に求められている役割は理解できたようだ。
「つまり、蓮さんの超力を彼女に預けたい、ということですね」
氷月の『殺人の資格(マーダー・ライセンス)』。
常時発動型。対象を視認した瞬間、殺害の“最適解”が設計図のように脳裏へ浮かぶ力。
前回の邂逅で、エネリットが超力を一時的に引き受けられると明かしている。
ならば、氷月がその先、その力をさらに第三者へ橋渡しする、という発想に至るのは自然だった。
「ああ。可能だろうか?」
「ええ。不可能ではありません」
エネリットはその可能性を認めた。
だが直後に、ただし、と釘を刺すように注釈を付ける。
「僕の超力は、受け渡し先との信頼度によって再現度が変動するものです」
「なにそれ……」
日月の声に露骨な嫌悪が混じる。
「この男に対する信頼度なんて、ないんだけど?」
彼女から氷月に向けられる視線は、ほとんど敵意に近い。
氷月に対する信頼度など、底を突き抜けてマイナスだ。
信頼を媒介にする力など、成立するはずもない。
だが、エネリットは小さく首を振った。
「心配なさらずとも、適用されるのは、あくまで僕に対する信頼です。
日月さんから蓮さんへの感情がどういうモノかは関係ありません」
参照される信頼度は中継地点であるエネリットに対するもの。
氷月と日月を直通で繋ぐのではなく、いったんエネリットが受け取り、そこから再配布する。
氷月への不信は計算に入らない。
とはいえ、日月からエネリットへの信頼も、決して高いとは言えない。
ほぼ初対面。むしろ警戒のほうが強いはずだ。
その事実を自覚したうえで、エネリットはわずかに微笑む。
「述べた通り、僕の超力で超力の受け渡しは可能です。
ですが、僕がそれに協力するメリットはありますか?」
交渉の核心だった。
可能かどうかと、実行するかどうかは別問題である。
エネリットは微笑を崩さない。
だが、その瞳は一切笑っていなかった。
「こちらから君に提示できるものはないよ」
氷月はあっさりと即答した。
「何も望むモノのない人間に、差し出せる対価など思いつかないからね」
エネリットの復讐は果たされた。
目標に向け計算し、積み上げ、実行し、全てを完璧に終わらせた。
復讐の途中ならば、そこに必要な物を望んだだろう。
だが、終えてしまった以上、今のエネリットに欲しいものは見当たらない。
だから取引は成立しない。
氷月はそれを最初から理解していた。
「だから言っただろう。これはお願いだと」
「おや。無償でこき使うおつもりで?」
友情で動く生ぬるい関係ではない。
むしろ互いに冷徹だからこそ成立していた関係だ。
この二人にとって、利と理を外した言動は、関係の破綻を意味する。
「報酬がなくとも、君は僕に協力すべきだと思うよ?」
「何故です?」
「だって、君は“親アビス”の立場だろう?」
その言葉に、空気がわずかに軋む。
アビスで育った、アビスの申し子。
看守たちに囲まれ、刑務官の価値観の中で成長した。
外の世界を知らない彼にとって、アビスは檻であると同時に世界だった。
今のエネリットを構成する要素の大半は、あの閉鎖空間で培われたものだ。
エネリットはあの監獄に育てられたという恩義がある。
「これでも、中立な立場のつもりなんですがね」
「本来、囚人と看守は反目するものだ。中立という時点で、ずいぶんアビス寄りだよ君は」
氷月の声は淡々としている。
責めるでもなく、事実として提示する。
「僕はアビス側のジョーカーだ。盤面を動かす役目を与えられている。
その仕事を手伝うのは君にとって育ててもらった恩義を返すという意味で、自然な振る舞いじゃないか?」
「なるほど……そういう考え方もあるか」
エネリットは視線を地面に落とし、小さく呟く。
月光に照らされた土が、やけに白い。
その発想はなかった、という風だ。
理屈としては暴論に近い。
だが、完全に否定できるほど彼とアビスの関係は単純でもない。
アビスがなければ、今の自分は存在しない。
それは否定しようのない事実だ。
「ここで、親孝行でもしろと?」
「ああ。だって、目的を果たして退屈だろう?」
他にやる事もないだろうと、内面を見透かしたような言葉を投げかける。
それは、かつてエネリットが氷月の本質を見抜いたことへの、静かな意趣返しのようである
それが可笑しかったのか、エネリットの微笑がほんの僅かに歪な形に吊り上がる。
「……負けましたよ、蓮さん」
小さく息を吐き、両手を軽く上げる。
降参の形だが、声には余裕が残っている。
「残りは5時間もありませんが、その間の力添えくらいは致しましょう。
ちょうど、何かをしようと決めた所でしたし」
「助かるよ」
氷月は微かに笑った。
ほんの一時、何の対価もない口約束のようなものだが、契約は成立した。
「ジョーカーということは、先ほどの放送の通り、戦況が分かるということですよね?」
「ああ。盤面は把握できる。状況が動いたか確認してみようか」
交渉の間、動いた戦況を確認するべく、氷月はデジタルウォッチを操作する。
次の瞬間、空間に半透明の地図が展開された。
月光の下に浮かぶ光点が、孤島の現在を可視化する。
「戦況が動いているね。反応がいくつか消失している」
氷月の声は、感情を削ぎ落とした報告調だった。
ジョーカー用の地図には、生存者の位置がリアルタイムで表示されている。
単なる現在地ではない。光点が消えるということは、即ち脱落を意味する。
「脱落したのは誰?」
日月が短く問う。
氷月は記憶と照合し、消えた名を読み上げた。
「消えたのは、ギャル・ギュネス・ギョローレン……それと、被験体:O」
その瞬間、空気がわずかに沈んだ。
被験体:O。
単なる受刑者ではない。アビスが投入した異物。
氷月と同じ『ジョーカー』の枠に属する存在。
だが、運営の本命は明らかにこちらだった。
その異質さも圧倒的な性能も、そしてアビスの刺客としての象徴性も、あらゆる面で切り札に近い。
その反応が、消えた。
氷月の指が、消えた光点の座標をなぞる。
付近に残っている光点はひとつだけだった。
「位置関係からして、倒したのは征十郎という男だね」
「征十郎さんですか……」
エネリットが小さく呟く。
驚きはない。むしろ、関心や納得に近い響きだった。
「被験体を倒したということは、その首輪も獲得したということよね」
日月の声は冷静だったが、瞳の奥がわずかに熱を帯びる。
被験体:Oが所持していたのは、400pt相当の黒い首輪。
それは、この盤面における最大級の価値だ。
被験体を倒したという事実は、すなわち黒の首輪が今、征十郎の手にある可能性が高いということ。
恩赦を目指す者にとって、これ以上明確な標的はない。
現実的に考えれば既に黒い首輪のポイントは獲得されている可能性の方が高い。それは彼女とて理解している。
だが、もし未使用保持されているのであれば、恩赦への最短距離となる。
恩赦を望む日月からすれば、そう考えずにはいられない。
「エネリット。君はこの征十郎という男と面識があるようだね」
氷月が視線を向ける。
先ほどのわずかな反応を見逃してはいない。
隠す様子もなく、エネリットは頷いた。
「ええ。先ほどまでブラックペンタゴンにいましたので。あそこから脱出した生き残りとは面識がありますよ。
小競り合いもありましたが、征十郎さんとも一時共闘することになりました。
むしろ、生存者の中で面識がなかったのは、そちらの日月さんくらいでしょうか」
ブラックペンタゴン。
あの地獄から生還した者たちは、一時的にせよ利害を一致させ、呉越同舟の関係にあった。
エネリットはアビスの申し子としての知識だけでなく、実際にその場で共闘した経験を持っていた。
「征十郎さんは、全てを切り裂く超力を持ったサムライです。
直情的に見えて、意外と強かな人なので、考えなしに全てのポイントを使い切るような真似はしないと思いますが。
少なくとも彼と正面から戦うのは僕はご免被りたいですね、首輪を狙うにしても正面からではなく搦め手か遠くから仕留める方法をお勧めしますね」
被験体:Oを倒したという実績だけでも、指折りの強者であることは明白だ。
だがエネリットは、キングとの戦いで実際にその刃を見ている。
その言葉は推測ではなく、体感に基づく警告だった。
「随分と簡単に仲間を売るのね?」
日月が皮肉を滲ませて言う。
共に生き延びた相手を、次の標的として提示する。
それが日月を利する判断ではあっても、好感は持てない。
悪を成しながら、悪徳を嫌悪する。
血に染まりながら、輝く偶像に憧れる。
その矛盾こそが、鑑日月という存在の核だった。
「既に協力関係は終わっていますから」
あまりにもあっさりとした返答。
情ではなく、状況で繋がっていただけ。
役割が終われば、関係も終わる。
その線引きは、恐ろしいほど淡白だった。
彼女にとって氷月は憎悪の対象だ。
だがエネリットもまた、好悪で言えば嫌悪の部類に属する。
感情より効率。信義より利害。
それは、彼女がこれまで嫌悪してきた裏社会の人間たちと酷似している。
そして――多くを踏み台にしてきた、自分自身とも。
「それに売ると言っても何か対価を頂いていませんから」
そう。そこが何より不気味だった。
日月の知る裏社会の人間たちと決定的な違いがあるとするならば、その欲望だ。
日月の知る人間は、必ず何かを欲していた。
金。地位。承認。恐怖。支配。
欲望は行動の理由になる。
欲望は理解の足場になる。
だがエネリットは、報酬を望まないと言い切った。
合理を重んじ、状況を冷静に分解し、最適解を選ぶ男が、何も望まない。
その在り方は、日月にとって理解しがたいものだった。
欲望は人間の輪郭を定義する。
何を欲するかで、その者の本質は見える。
偶像への憧れこそが、日月を象っているように。
だがエネリットは、その核を見せない。
虚無。
そう形容するほかなかった。
腹の底が見えない存在は、信用に値しない。
日月は、わずかに目を細める。
「……あなた、本当に何も望みはないの?」
問われ、エネリットは少しだけ考える素振りを見せた。
そして穏やかに答える。
「欲求がないわけではありませんが……そうですね。何か望んだ方が、ご安心いただけますか?」
見透かしたような返答。
こちらの不安を理解したうえで、あえて撫でるように触れてくる言葉選びが、余計に気に障る。
だが、エネリットは本気で言っていたのか、思案するように考え込む。
「そうだ。あなたに望むものが一つ、思いつきました」
警戒するように、日月の目がわずかに細まった。
目的は果たした。
外への興味もない。
報酬も不要だと言った男。
そんな男が今さらどのような願いを口にするのか。
「少しでいいので、そのイヤホンを貸していただけますか?」
「……は?」
予想外すぎる要求に素の困惑が漏れた。
だが、すぐに立て直し、問い返す。
「……何のために?」
その理由を問う。
意図が読めず、警戒と苛立ちが疑念へと形を変える。
エネリットは正直に言った。
「あなたの曲を、聞かせてください」
夜気の冷たさが肺を刺す。
夜の冷気の中で、呼気が白くなるのも気にせず監獄の王子は言葉を続けた。
「聞いてみたいんですよ音楽。休憩時間に囚人が吹いていたハーモニカくらいしか聞いたことがないので」
そんな、非凡で平凡な願いを口にした。
ここで得られる体感こそが彼の夢。
それこそが彼にとって殺し合いなどよりも得難いものだった。
日月のエネリットに対する不信感はまだある。
だが、それでもアイドルとしての自分を求められて、断る事などできなかった。
「おっと。ジャンヌ達も面白い動きをしているようだね」
イヤホンを手渡す日月と、それを受け取るエネリット。
そんな二人のやり取りに関心を示さぬまま、月下に浮かぶ半透明の地図を見つめ続けていた氷月が呟く。
その一言で、日月の意識が強制的に盤面へと引き戻された。
禁止エリアの拡張により、現在の行動可能範囲はドーナツ状に制限されている。
その外縁をなぞるように、ジャンヌの光点が時計回りに移動していた。
迷いがない。
迂回でも索敵でもない、明確な目的地を持つ速度だ。
氷月はその進行方向を指で追う。
「……彼女たちの向かう先に、キングの名がある。接触を狙っているのかもしれない」
その言葉に、日月が目を見開いた。
「どうやって? ジャンヌ達がキングの位置を知る方法はないでしょう?」
その声に焦りが滲む。
参加者の正確な位置を把握できるのはジョーカーだけの特権だ。
ジャンヌ達には、原則としてそれは不可能のはず。
その疑問に、エネリットが静かに口を挟んだ。
「牧師殿の所にエンダさんの反応がある。彼女の超力なら誘導することは可能だ」
キングの光点には、エンダの表示が重なっていた。
通信機による接触の可能性もあるが、エンダがキングと接触しているならジャンヌをそこへ導くことはできる。
エネリットは、エンダがジャンヌと同盟を結ぶ場面に居合わせている。
自身はその同盟から距離を置いたが、繋がりは把握していた。
氷月が、わずかに視線を動かす。
「今しがた、そのエンダも死亡したようだ」
声は平坦だった。
夜の空気が、わずかに張り詰める。
エンダの光点が、地図から消えた。
キングの表示は、君臨するようになおその場に留まっている。
その近傍には、先ほど日月と交戦したネイ・ローマンの光点が重なっていた。
そして――そこへ向かうジャンヌの進行は、止まらない。
「挑むつもりね……」
日月が低く呟く。
ジャンヌ・ストラスブール。
巨悪を討ち、正義を成す。その姿勢こそが彼女の在り方だ。
危険があると分かっていても、迷いなく舞台に踏み込むだろう。
だからこそ、彼女はあんなにも眩く輝くのだ。
だが、日月にとって、それは看過できない。
何故なら、偶像(日月)は聖女(ジャンヌ)を越えなければ立ち行かない。
越えるためには、見せつけなければならない。
輝かなければ価値がない。
舞台に立てなければ、存在する意味がない。
真正面から挑み、彼女に認めさせねばならない。
鑑日月という名の光を。
だが、もしジャンヌがここで倒れるなら、越えるべき象徴そのものが消える。
それは許されない。
「こうしてはいられないわ。ジャンヌの所まで急ぎましょうッ」
即断だった。
準備にかかりきりで本番を逃すなど論外だ。
もしジャンヌが返り討ちに遭えば、越えるべき標的そのものが消える。
それだけは、あってはならない。
越えるべき相手は、自分の舞台で、自分の光の前で立っていなければならない。
日月の踵が地を蹴ろうとした、その時。
「待った」
踏み出しかけた日月の足を、氷月の一言が止める。
急く足を止められ、日月は殺意すら籠った視線で睨み付ける。
無関係な誰かが脱落した程度の話だったなら、本当にそうしていたかもしれない。
だが、氷月の目は地図に固定されたままだ。
その態度で、ただ事ではないと察する。
日月は苛立ちを押し殺し、仕方なく視線を地図へ向けた。
そこに観た地図の一角に、見慣れぬ変化が生じていた。
光点の一つ、その名前の表示が色を変えている。
それは警告色のようなレッド。
赤く染まる名は――『メリリン・"メカーニカ"・ミリアン』
ジョーカーにだけ示される地図。
これの意味するところは一つ。
「彼女を始末しろ、ということだろうね」
氷月が淡々と告げる。
運営からジョーカーへの命令。
盤面の是正。あるいは排除対象の指定。
つまり、氷月の仕事だ。
「エネリット。この標的はどういった手合いだい?」
即座に情報を求める氷月。
エネリットは迷いなく答えた。
「メリリンさんは技術者ですね。超力は人工物を自在に操作する力だったかと。
応用範囲は広く、構造物や機械が多い場所では極めて厄介です。ただし、純粋な戦闘職ではありません。
戦うのであれば、人工物の少ない自然環境へ誘い出すのが最適解です。森の奥や岩場などが望ましいでしょう」
端的で、的確な分析に氷月はわずかに口角を上げた。
「では、彼女と反応が重なっているこの同行者は?」
「安理さんは……そうですね。氷を操る龍人の青年です。
獣人型、それも龍という事もあり、かなり強力な超力だとは思いますが、本人の気質が戦士とは言い難いですね。
ブラックペンタゴンでの出来事で、相手の過去を覗く超力にも目覚めたようですが、こちらの詳細は不明です。
後は……何と言いましょうか、アビスではあまり出会うことのないタイプの人間ですね、あの手のタイプはある意味で僕らの天敵かもしれません」
刑務官とアビスの住民という極端な人間しか知らないエネリットからすれば、安理のような存在は特殊な人物像に移る。
善性を残し、直情でも冷酷でもない。
だからこそ、読みづらい、不気味な存在にも見えた。
「指示を無視した場合はどうなります?」
「さて。その辺の取り決めはなかったが、何もない、ということはないだろうね」
氷月は肩をすくめた。
ジョーカーは特権を与えられている。
だが同時に、強く監視される立場でもある。
命令無視に対する罰則が用意されていないとは考えにくい。
最悪、始末されることも十分にあり得るだろう。
「知ったことではないわ。ジャンヌが優先よ」
日月は即座に切り捨てた。
彼女からすれば氷月がどうなろうと知った事ではない。
彼女にとって最優先は、ジャンヌ・ストラスブール。
今まさに宿敵との決戦へ向かっている聖女の動きこそが、最も緊急性が高い。
盤面は、急速に複雑さを増していた。
森の出口に、三者三様の思惑が交錯する。
その緊張を断ち切るように、パン。と乾いた音が響いた。
「少し、現状を整理しましょうか」
手を叩き場を整えたのは、エネリットだった。
「現在、我々の目標は三つです」
エネリットは指を一本ずつ折りながら、状況を言語化していく。
混線した思惑を、いったん机上に並べるための作業だ。
「一つ。日月さんの恩赦のため、黒い首輪を保持している可能性が高い征十郎さんと接触すること。
二つ。日月さん因縁の清算のため、ジャンヌさんと決着すること。
三つ。氷月さんの任務として、メリリンさんを始末すること」
整理し終えると、そこに静かに結論を置く。
「目的は三つ。ここにいるのも三人。なら、答えは単純でしょう?」
その結論を察し、日月が眉を寄せた。
「つまり……分散する、ということ?」
「ええ。それが最も合理的かと」
エネリットは頷いた。
「個人的な因縁は、本人が果たすしかありませんから、日月さんはジャンヌさんのもとへ。
ジョーカーとしての任務は、当然氷月さんが行なうべき仕事だ。
となると、僕が征十郎さんへ向かうのが妥当でしょう」
役割は自然と決まる。
そう言わんばかりの口調だった。
だがそこで、わずかに苦笑を浮かべる。
「もっとも、僕が一人で勝てる相手ではありませんので。
黒い首輪の状況確認と、可能であれば交渉。それが現実的な落とし所でしょうね」
無理はしないことを言い含める。
当然だが、ここに命を懸けるほどの熱意はないようだ。
提案が出揃ったところで、日月が静かに口を開いた。
「仮にあなたの交渉が成功したとして……あなたが黒い首輪を使わない保証はあるのかしら?」
黒い首輪は、一撃で恩赦が確定する劇物だ。
受刑者であれば誰もが欲するはずのもの。
日月のためと言いながら、土壇場で簒奪する可能性を、完全には否定できない。
疑念を向けられたエネリットは、わずかに微笑む。
「そこはご安心を。僕には元より、外に出たいという願望がありませんので」
さらりと告げる。
だが、それは誤魔化しではなかった。
「僕は外の世界を知りません。還るべき祖国もない。待つ人もいない。
仮に脱獄の機会があっても、僕はそれを選ばなかったでしょうね」
アビス以外の世界を知らぬ監獄の王子。
仮に誘われていたとしても、トビたちの脱獄計画には乗らなかっただろう。
その真意を見極めるように日月は目を細める。
そこに氷月が口を挟んだ。
「外に伝手がなくとも、君ほどの器量があれば身一つでもどうとでもなるだろう?」
「確かに、仮に外に出ても、どうとでもなるでしょう。それは否定しません」
そこは謙遜しない。
エネリット程の才覚があれば、何の後ろ盾がなくとも生活に困る事はないだろう。
ですが、と彼は続ける。
「憧れも欲望もないのです。外は僕にとって未知の土地でしかない。
……やはり、僕が帰るべき場所は、あの地の底なのですよ」
一瞬、視線が遠くへ向く。
アビスは檻であると同時に、彼を形作った世界だ。
痛みも、教育も、思想も、関係も、否定しきれない帰属意識もすべてがそこにある。
その回答に納得を得たのか、氷月が、静かに補足する。
「日月。君がジャンヌを優先するなら、黒い首輪は後回しになる。
エネリットは本来、捨てるはずの可能性を拾いに行ってくれるだけだ。
そこに不満を向けるのは筋違いだろう?」
日月は数秒、黙り込む。
ジャンヌを追うなら、黒い首輪を諦めるしかない。
それを拾い上げようとする行為に難癖をつけるのは、確かに身勝手だ。
「……そうね。悪かったわ」
短く非を認める。
氷月の言葉に頷くのは癪だったが、確かにその通りだ。
日月の視線が、再びエネリットへ向いた。
疑念は完全には消えていないが、少なくとも今は納得すべきだろう。
「日月さんにはご納得いただけたようだ。蓮さんはどうです?」
「そうだね。妥当な案だとは思うが……少々困ったな。これでは僕が丸裸になる」
今度は氷月が異を唱えた。
本来は、氷月の『殺人の資格』をエネリットを介して日月へ譲渡する想定だった。
だが、それは行動を共にする前提の話である。
分散行動となれば話は別だ。
氷月は自らの超力を手放した状態で、単独で任務に当たることになる。
単独での殺害命令を超力なしでこなすのはさすがに厳しい。
「では、一つ裏技を使いましょう」
静かにエネリットが口を開いた。
他者の超力を借り受けるエネネットの超力には三つの系統がある。
双方合意のもとで力を譲り受ける【献上】。
一定以上の信頼を条件に強制的に借り受ける【徴収】。
そして、受け取った力をさらに第三者へと貸し出す【褒美】。
【献上】は信頼度と同率の再現度を得られる。
ただし、その間、元の持ち主は完全に超力を失う。
【徴収】は信頼度が一定以上なければ成立せず、再現度も信頼度の半分まで落ちる。
しかし元の持ち主は、徴収された割合分だけ出力が減衰するに留まる。
では――【徴収】した力をさらに第三者へ渡した場合はどうなるか。
「最近、少しコツを掴みまして」
本来【褒美】は【献上】された力にしか適用できない。
だが、この地での戦闘――とりわけセルヴァインとの死闘を経て――エネリットは一つの成長に辿り着いた。
【徴収】した超力を再配布すれば理論上、力は分割される。
元の持ち主も完全には失わず、第三者も一部を得る。
【供与】とでも呼ぶべき、新しい運用(ルール)。
「蓮さん。僕のことを信頼してくれますか?」
「もちろんだとも」
傍から見れば、寒気がするほど薄っぺらい応酬だった。
だが【徴収】成立には一定以上の信頼が必要だ。
氷月にその信頼(すうち)があるか、それを確かめる瞬間でもある。
エネリットは静かに氷月へ手を伸ばし、『殺人の資格』を【徴収】する。
成立条件は満たされていた。
信頼度は、まるで調整されたかのように50%。
その半分、25%が徴収され、氷月の出力は75%へと減衰した。
「……なるほど。悪くない」
氷月は目を細める。
常時視界に浮かんでいた最適解の輪郭が、わずかに淡くなっている。
鋭利すぎた殺意の像が、ほんの少しだけ鈍る。
それは弱体化であると同時に、過剰な殺意の緩和でもあった。
理性で抑え込んでいた衝動が、わずかに扱いやすくなる。
結果として、これより先はより冷静に事を運べるだろう。
「では、日月さん。手を」
エネリットが手を差し出す。
日月は一瞬だけ躊躇したが、無言でそれに触れた。
夜気の中に、淡い光が走る。
「……供与が完了しました。いかがでしょう?」
日月の瞳がわずかに揺れた。
黒曜石のような視線が、森の闇を捉える。
「……変わらないわね」
『殺人の資格』は常時発動型。
譲渡された瞬間から作用しているはずだ。
対象を視認すれば、殺害の最適解が閃くはずである。
だが、その体感はほとんどない。
「そうでしょうね。日月さんへ【供与】出来たのは1%程度でしたので」
エネリットが静かに説明する。
手に触れた瞬間、彼が感じ取った日月から自分への信頼度は――5%。
徴収した25%のうち5%分だけが再分配可能。
つまり、伝達できた『殺人の資格』は、約1%でしかない。
その事実に、日月は露骨に顔をしかめる。
「それじゃ、ほとんど意味がないじゃない」
「いや。それは違うよ、日月」
即座に否定したのはその殺意の源泉。
殺人鬼、氷月蓮だった。
「その1%が、差を生むことがある」
殺人鬼の断言。
当人だからこそ分かる。
それが、あるとないとでは、まるで世界は変わって来る。
0と1は違う。
見えない世界と、わずかでも見える世界はまるで別物だ。
天才に1%の閃きが必要であるように。
1%の殺意は、きっと誰かを殺す導きとなるだろう。
「……まあ、いいわ」
日月は肩を竦める。
別段、失うものはない。
あれば僥倖、なければ元通り。
それくらいの認識だった。
1%の殺人鬼の視界。
だが夜の闇の中、彼女の視界には、ほんの僅かな鋭さが宿っていた。
「この超力に距離的な制約はないの?」
日月が現実的な懸念を口にする。
分散行動を取る以上、エネリットから離れた瞬間に効果が消えるのでは意味がない。
「ええ。距離は関係ありません。それこそ、ここからアビスにいる人間の超力だって使用可能ですよ」
事実、エネリットはアビスにいる看守たちの超力を何度も行使している。
この孤島が異世界であろうと作用するのだから、物理的距離は制約にならない。
その説明を聞き、氷月がわずかに思案顔を見せた。
「エネリット。君は『超力ひも理論』というものを知っているかい?」
唐突な問いだった。
戸惑いながらもエネリットは答える。
「いえ。『超ひも理論』ではなく?」
「ああ。超力ひも理論。図書室に最近入った論文さ。
なかなか興味深い内容だったよ。今度図書館に訪れる機会があれば読んでみるといい」
書籍を勧める口調のまま、氷月は続ける。
「要約すれば、全ての超力は一つの起点から発生する紐のようなものであり、そこから伸びた線が各超力者へ接続されている――という仮説だ」
「アカシックレコードや集合的無意識論に近い発想でしょうか……ずいぶん大胆な理論ですね」
エネリットの反応は冷ややかだ。
眉唾物の珍説、といった評価である。
その反応に氷月はかすかに笑う。
「荒唐無稽に聞こえるかい? だが、僕は意外とこの説を支持していてね。
生まれた時から“そう”である第二世代(きみたち)には分かりづらい感覚かもしれないが。
開闢(あ)の日。第一世代(われわれ)には、どこかに繋がる感覚が確かにあった」
最初から超力を持つ第二世代には分からない。
後から超力に目覚めた第一世代特有の感覚。
「ちょっと、雑談なら後にして!」
日月が苛立ちを隠さず遮った。
状況は切迫している。論文の内容について談義をしている余裕はない。
氷月とエネリットは一瞬顔を見合わせ、軽く肩を竦める。
「それで、なぜその話を?」
エネリットが小声で問う。
最後に、なぜこんな話を始めたのか、その意図だけを確かめる。
「なに。君の超力がその紐を繋げるモノなのだとしたら、その紐は、一体どこからどうやって繋がっているのかと思っただけさ」
アビスから、この孤島へ。
異界を越えて作用する接続。
もし本当に『紐』があるのなら、それはどこを通って、どう繋がっているのか。
そんな疑問があっただけだ。
だが日月の言う通り、今は考察に浸る時間ではない。
方針は決まり、準備も整った。
三人は目標に向けて動き始める。
「僕と日月の標的は近い。このまま西に進めばいい。
だが、エネリットの標的は少し遠いね」
全員で時計回りに移動し、征十郎の座標付近でエネリットを切り離す案もある。
だが、それは日月たちからすればかなりの遠回りになる。道を急ぐ日月は了承しないだろう。
とはいえ、全参加者の位置を把握できる氷月の誘導がなければ、征十郎と遭遇するのは困難だ。
「でしたら、こちらで誘導していただければ」
そう言って、エネリットは懐から通信機を取り出した。
叔父であるセルヴァインから回収したものだ。
氷月はそれを受け取り、簡単に動作確認をする。
最低限の連絡手段があれば誘導には十分だ。
三人は行動を開始する。
氷月と日月は直進しこのまま西へ。
エネリットは時計回りに南下し、征十郎の座標へ向かう。
「日月さん」
動き出す直前、エネリットが日月を呼び止める。
振り返った日月へ、イヤホンを軽く投げ返した。
イヤホンを受け取ってから、議論の間エネリットは片耳で音楽を聴いていた。
「ありがとうございました。比較対象がないので素人評価で申し訳ありませんが……いい曲でした」
「…………そう」
風が肌を刺す。
何の飾りもない率直な感想だった。
「ありがとう」
感想に小さく礼を言い、日月は踵を返す。
氷月の背を追い、黒いドレスが闇へ溶けていった。
それを見送りエネリットも歩き出す。
ひとまず南下し、適切な距離で通信機による誘導を受ければいい。
夜気を吸い込み、ふと笑みがこぼれる。
「やっぱり、イリヤお婆さんのハーモニカ……下手だったんだなぁ」
子供だった自分はそういうモノだと言いくるめられたが、やはりそうだった。
今さらになって得たあの日からの答えを、懐かしむように笑った。
【D-6/草原/一日目・夜】
【エネリット・サンス・ハルトナ】
[状態]:疲労(中)、全身にダメージ(中)
[道具]:マシンガン(弾倉残り1)、リモコン爆弾×1、デジタルウォッチ、通信機、コイン一枚、黒いコート
[恩赦P]:50pt
[方針]
基本.ひとまず氷月に協力する
1.征十郎と接触、黒い首輪について交渉する
※現在の超力対象は以下の通りです。
【徴収】などが対象に発覚した場合、信頼度の変動がある可能性があります。
①マーガレット・ステイン(刑務官)
信頼度:80%(徴収時の超力再現率40%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄の女』
②~④ジョニー・ハイドアウト、メリリン・"メカーニカ"・ミリアン、只野仁成
信頼度:全て5%前後(10%→5%に減少)
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『鉄の騎士(アイアン・デューク)』、『補え、私の愛する人工物質(モルデオ・アルティフィシアル)』、『人類の到達点(ヒトナル)』
⑤スヴィアン・ライラプス
信頼度:50%(徴収時の超力再現率25%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄火の印(マメルティニ)』
⑥ディビット・マルティーニ
信頼度:100%(徴収時の超力再現率50%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『4倍賭け』
⑦氷月 蓮
信頼度:50%(徴収時の超力再現率25%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『殺人の資格』
【C-5/森/一日目・夜】
【鑑 日月】
[状態]:肉体の各所に火傷(傷隠しメイク)、《偶像》、超力『殺人の資格(1%)』
[道具]:アイドル衣装、ワイヤレスイヤホンマイク、化粧品、香水、デジタルウォッチ(楽曲(タイトル不明)DL済み)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.輝く。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
1.ジャンヌの下へ向かう。
2.氷月蓮と協力して恩赦ptを稼ぐ。使い物にならなくなったら、すぐに棄ててやる。
3.アビスからの出獄を目指す。――――本当の意味で手段は問わない。
4.ルーサー・キングとの接触は可能な限り避ける。
※人生を舞台と見立て、常時超力を高出力で発動させています。
【氷月 蓮】
[状態]:健康、超力『殺人の資格(75%)』
[道具]:Tシャツ、ナイフ3本、フォーク3本、遠隔起爆用リモコン、デジタルウォッチ、空の金属缶(容積は500mlほど)、ロープ(使い古し)、ワイヤレスマイク、通信機
[恩赦P]:0pt(残り特権65p)
[方針]
基本.殺す。其の為に生きて、其の為に死ぬ。
1.ジョーカーとして、ミッションを達成する。
2.鑑日月と協力して、殺人を行う。輝かなくなったら、すぐに殺してやる。
3.鑑日月、君を殺したいと心から思ったんだ。
※ジョーカーの役割を引き受けました。
恩赦ポイントとは別枠のポイント(通称特権ポイント)を200pt分使用可能です。
デジタルウォッチに全ての参加者の位置情報が表示されます。
また、以下の指令を受けています。
① 刑務作業に消極的なグループに紛れ込み、6時間以上過ごす。(達成済)
② 刑期に関係なく最低でも3人以上の参加者の殺害。(残り1人)
最終更新:2026年03月15日 22:31