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だが…信用できないのはルルーシュ・ランペルージだ…!(前編)

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だが…信用できないのはルルーシュ・ランペルージだ…!◆4EDMfWv86Q



丑三つ時。草木も眠るとされる時刻は最も深い夜だという。
それを越えた頃から夜は白みかけ朝の訪れに近づいていく。
今の時間に照らし合せれば、寅の刻を越え卯の刻に差し掛かるあたりだろうか。
陽とよぶにはあまりにか細い光が地平線から昇る最中、一人の男と女は舗装された道を歩いている。



「たっくん、どこへ向かってるの?」

「別に、どこでもいいだろ」

足取りが重い。体のダメージは決して浅くはない。
加えて後ろからついていく少女のことも足を重くする要員である。
愛称で呼ぶのをやめさせることはもう諦めた。

「さっきの人…木場、さんは北にあなたの道具があるといっていたけれど、取りには行かないの?
 そうでなくても佐倉さんと合流したいし……」

「ベルトは、いい。今の俺には使えない。今持ってる奴の方がいいだろ。
 佐倉って奴にも会わない方がいい」

「そう、それじゃ仕方ないわね」

巴マミは質問なり意見を絶やさず話題を振りってくる。無視する気にもなれないし一応答えはしている。
そんな遣り取りを続けながら、目的もなく戦場から逃げるように歩いていた。

道を違えてしまった木場からファイズのベルトが北にあると聞いても、そこに行く気はしなかった。
自分が知る中でベルトを使える奴には見当がついている。おそらくは草加だろう。
嫌味ったらしくて、何度も自分を陥れようとして正直気に入らないが、あいつがその胸に宿した信念は本物だ。
きっと人を襲う奴とは戦うだろうし真理だって守ろうとするだろう。少なくとも今の俺や木場よりは相応しいと思う。
……その間、無実のオルフェノクまでも手にかけられてしまうかもしれないが。
それを守れるのは、あの社長やあいつの役割だろう。けれど、そうしたら今度は人が死ぬ。
結局、互いに憎み合い、どちらかが滅ぶまで戦い続けてしまう。

(……木場)

見たことのないベルトを纏い出会った木場。
人とオルフェノクの共存を望んでいたあいつが、全ての人間を滅ぼすと言い啓太郎も殺した。
いったい、何があったっていうんだ。
今まで誤解や行き違い(主に草加のせいで)で憎み合い何度も戦ってきた。決して埋まらない溝だと思っていた。
けれど、顔を合わせていくうちに次第に分かり合えるようになった。オルフェノクにも人の心があるのだと知った。
あいつが語る夢に、いつの間にか惹かれていた。
こいつになら倒されてもいい。こいつの夢のためになら死ねる。
そう思ってスマートブレインに入った。真理達を裏切った。安心して、敵になることができた。

なのに。あいつはその夢を捨ててしまった。人を滅ぼす道を選ぶと宣言した。
知らぬ間に掛け替えのない仲間を人間に奪われてしまったのか。それともあの社長に誑かされたのか。



「ッ……!」

視界が揺れた。
足を踏み外す。
動くたびに、身が削れていくような痛みが疼く。
あの黒仮面にやられた傷は今でも暴れている。オルフェノクの体ならほっといても治るだろうが、ここに来てからどうも動きが鈍いように感じる。
それならいっそ動けなくなってしまえ。そんな風にも考えてもしまう。

「―――、……?」

不意に、背中に暖かい感触が通った。
肩甲骨の間程の小さな熱。そこから柔らかな何かが体中へと流れていく。
まるで傷が癒えていくような優しさで、体の痛みが消えていく錯覚を感じる。
事実、体は癒えていた。体に残っていた傷が消え体力が充実していく。
訝しみ振り返ると、そこには祈るように背に手をかざすマミがいた。

「…よし、これでどう?少しは楽になったと思うけど」

光をかざして微笑む。光は小さな掌に収まる小物から出ていた。
装飾が施された宝石の中身は、黒く澱んでいる。

「やっぱりどこかで少し休んだ方がいいわね…あ、あのバーなんてどうかしら。地図にも載ってるみたいだし」

そこはここで始めて足を踏み入れた場所であり、二重の意味で見たくない場所。
ついさっき死んだ仲間と出会ったことと、化物の四つ葉が集う拠点ということ。
そんな事情も知らないマミは手を取って勝手に進んでいく。当然、繋がれてる体は自由が利かず連れられてしまう。

「おい、お前……」

「何をするにしても、体を休ませるのに越したことはないでしょ?
 さっきはああ言ったけど…やっぱりあなたにはいなくなって欲しくないから」

最後に言った言葉は、顔を前に向けていたのでよく聞こえなかった。
ただ、無碍にはできないという諦めにも似た思いを感じた。



 ■ ■ ■



バー・クローバー。
オルフェノクの属する企業スマートブレイン、その中で選りすぐりのエリート集団であるラッキークローバー。
社長村上に四人まで選抜されたメンバーの集合場所となっているバークラブである。
地下フロアに居を構え、光源も薄く深い闇に包まれた部屋はまるで死者の国のそれ。
泥酔して紛れ込んだ客が来ようものなら、常連の酒のつまみとして頂かれることになるだろう。

「先客がいたみたいね。グラスを割ったままだなんて、この状況にとんだ酔漢ね」

「それ俺だ」

「たっくんって、二十歳?」

「…十八だよ、悪いか」

「…あまりお説教染みたことを言いたくはないけど、自棄酒は駄目よ?」

ぴっ、と指差しで嗜めてカウンターへと入っていく。
中学生の未成年であるマミは当然クラブなど行った経験などないが、勝手知ったる口で棚に置かれたボトルを検分している。

「カクテルなんかには果汁を使ったりしてるからジュースがあればいいんだけど…うーん、フルーツしかないわね。仕方ない、おひやでもいいか」

シャンパンなんて飲める心境でもないしね。付け加えてグラスに水を注ぐ。
器に満ちていく液体と壁を伝う滝の音だけが、傷負う二人の間で流れていた。





巧の隣に座りグラスを口につける。
喉を通る水がひどく心地よい。疲労した時に飲む水は至高の味というのは本当だったようだ。
支給品にも水はあったが、冷たいというだけで味わいも大きく変わる。少しとはいえ心に余裕が生まれる。
ゆとりが出来たことで、今後の自分の動きを考えてみる。

「さて、これからどうしましょうか」

基本として、マミはこの儀式を壊すスタンスでいる。
理不尽な災いから人々を守り、これを打ち倒す。それが魔法少女の使命。
心に迷いこそあるものの、それを手放すことはしない。
暫くはここで体力の回復に努めるとして、次はどう動くべきか。

ひとつは、仲間を集めることだろう。
悔しいが、自分一人では黒衣の魔王と騎士にはまるで歯が立たない。少なからずあったベテランとしてのプライドも形無しだ。
別れた佐倉杏子のようにこの儀式に抗する参加者は複数いる。
それらと合流し集団を成せば戦力も整い一般人も守りやすくなる。

もうひとつが、参加者を縛る術式の解呪だ。
魔女の口づけという、自分たち魔法少女にとっては馴染み深い呪いの証。
これがある限り主催者への反抗も会場からの脱出も叶わない。出来るだけ早急に解決したい問題だ。
呪いを解く方法自体は明瞭としている。口づけを施した魔女を倒せばいい。
規模からして会場の外に魔女がいるとは考えにくい。ソウルジェムの反応を辿っていけば結界の出処も突き止められるだろう。

だが、懸念する事態もある。
魔女には知性というものがない。まるで理や知を司る部分だけが抜け落ちてしまったかのように無差別に絶望を振り撒く。
それに口づけを受けた被害者は飛び降りなど自殺を誘発する傾向が殆どだ。
体に青色の炎が上がり灰化するなどという死に方は聞いたこともない。しかも『禁止エリアから出る』という条件に基づいて発動するという。
ここから導き出される推論、それはアカギが魔女の制御法を手にしているということ。
理論の見当もつかないが理屈の上ではそうなってしまう。
所詮は仮定の上塗りでしかないが、考察の必要はある。
キュゥべえ。あの捉えどころのない白い彼は、果たしてこの儀式に関わっているのか……。

考えること、為すべきことは多くある。本当なら休める時すら惜しい状況だ。
正義の魔王少女であるなら、誰かを守ることを意義とするならそうするべきだ。
けれど、マミは、

「ねえ、たっくんは、どうしたい?」

隣に座る青年の意見を、何よりも重きに置きたかった。



「…木場の奴を元に戻す。とにかくそれからだ」

今の巧にとっての行動原理はそれだった。木場勇治の豹変を解明し、元の道に戻してやりたい。
そうでなければ、それこそ死んでも死にきれない。

「その人とは、やっぱり友達?」

「そんなんじゃねーよ。ただの…仲間だ」

付き合いを考えればそう呼べるのかもしれないが、友達、という響きがなにか気恥しくて言葉を濁す。
そんな態度を見て、巧にとって彼がどれだけ重要な人だったかがマミにも分かる。
友に裏切られた。その慟哭はどれだけのものか。
それを察しながらも、マミは深くえぐり込むような言葉をかける。

「そう…けど、難しいわよ。あの人の人間に対する憎悪は本物だった。負の感情の権化のような、本物の怪物だった」

絶望を振り撒く死の化身。あれでは魔女と大差がない。いや、感情をもって襲いかかる以上よりタチが悪いといえよう。

「私は、怖かった。あんなに恐ろしいモノがいたなんて思ってもみなかった」

あれほどの激情を向けられたことなど、殺意を見たことなど一度もない。魔女との戦いにすら経験になかった。
腕に絡んだ指を強く握りしめる。思い出す度に体が震え、悪寒が染み入ってくる。

「それでも、あなたは彼を止めたい?」

マミの告白を、巧は黙って聞き入れてる。その顔は今にも泣きそうなほど弱々しいものだった。
二人の命を奪い、今も奪おうとしている化物。そう友人を突きつけられたのだ。
やり場のない怒りが自責に変わって彼を苛ませている。
この言葉が巧の心を大きく傷つけることはわかってる。それでもマミは本心を吐露しないわけにはいかなかった。
本心を隠したままでは決して、彼に協力することができなかったから。



数秒か、それとも数分か。
時間の感覚が飛ぶような沈黙の中、巧は答える。

「ああ、止めてやるよ。ぶん殴ってでもこっちに連れ戻してやる」

夢の話を憶えている。いつか聞かせてくれた夢を。
あの夢を、それを信じたあいつを嘘にしたくはない。
たとえ乾巧が間違いだらけでも、その夢は本物であると信じたい。
そのためになら抗える。罪だらけの自分でも何か出来るはずだ。

「…わかったわ。ごめんなさい、試すようなことをして」

前向きな答えにマミは安堵する。これなら彼は大丈夫だ。きっと立ち直れる。
体が怪物であっても彼はこんなにも優しくて、強い。

「お詫びといってはなんだけど、私もそれに協力させてもらいます」

同時に、彼がここまで信じている人を自分も信じてみる気にもなった。
自分が見た木場勇治でなく、乾巧の中にある木場勇治を信じた。

「…なんだって、そんなに俺に構うんだよ」

うんざりといった表情で巧が睨む。
自他共に認める不器用な性格だ。どうしても態度は悪く見えてしまう。

「うん…そうね。ちょっとだけ、昔に重ねちゃったのかな」

それは懺悔なのか。罪を告白するのを聞いてくれれば誰でもよかったのかもしれない。
自嘲を含んだ口調で、少女は独り昔を語る。

「事故でなにもかも、自分の命さえも失いそうになって、助かる代わりにこの力を得て、戦う運命を背負った」

選択の余地などなかった。その契約を結ばなければ死ぬ他なかったのだから。
それでも思う時がある。あの時自分は何を願ったのだろう。
生きたかったのか。死にたくなかったのか。それとも助けてほしかったのか。

「誰かを守ることにやりがいは感じていたけど、ずっと孤独だった。辛かった」

魔法少女の生活は戦いの繰り返し。いつ果てるとも知らない魔女と力尽きるまで戦い続ける運命。
同じ魔法少女以外には力を借りることも相談することもできない。

「親しくなった人を危険に巻き込まないか、秘密を知られて離れてしまうのが恐かった」

誰も知らない、気付かれない魔女。自由な時間は殆どがその探索と排除に費やされる。
気心知れた相手と街を回ることも、他愛もない会話に花を咲かせることも、恋に患う暇すらもない。

「結局の所、自己満足なのかもしれないわね。自分と似た境遇の人を助けていい気になろうとしているのかもしれない。
 けれど、ここであなたを見捨てたら、もう二度と自分の私は罪に向き合えなくなる。
 だから―――私に、あなたを手伝わせて下さい」

瞳が潤むが涙が流れることはないのは小さな意地だ。いじらしい虚仮の一念だった。
さっき泣いたばかりで二度も泣き顔を見せるなんてみっともない。
何故なら自分は―――夢と希望を叶える、魔法少女だからだ。




「……勝手にしろ」

「え?」

「勝手にしろって、言ったんだよ」

巧は認める。ああ、同じだ。自分とこいつはまるきり同じだ。
事故で全てを失い、生き返る代償に力を得て、否応なしに戦いの道に引きずり込まれた。
誰かを傷つけることを恐れ、裏切ることを恐れて孤独に生きてきた。
だとすればどうなのだろう。何が変わるでもない。
二人は互いの傷の痛みを知った。それだけでしかない。
それだけでも、今の二人には幾許かの救いがあった。

同行を了承と受け取ったマミは花が咲いたような笑顔を見せる。
そう。情けない様まで、俺たちは似た者同士だ。



―――戦うことが罪なら、俺が背負ってやる!!―――



かつて決意した誓い。捨てようとしても、掌に残る信念。
この灰色の手でも誰かを守ることができるのなら―――





「――――――!」

取り戻しかけた夢は、扉を開いた足音に踏みにじられることになる。
壁を伝う水が凍りつくかと思う程に、店内の温度が下がる。

「…先客がいたか。お楽しみ中邪魔して済まなかったね」

階段を降りてくる影は男の声を発した。
氷のように冷ややかで、ナイフのように鋭い、威厳すら感じさせる声。

「あなたは…無事だったのね……!」

その顔に憶えがあるマミは安堵の声を漏らす。
黒髪の怜悧な男は、柔らかな笑みを返した。



 ■ ■ ■



「魔法少女に魔女か。俄には信じがたいが…この目で見た以上否定することもできないな」
「あの魔女、いえ魔王と本人は言っていたかしら。ルルーシュさんが間に合って本当によかった…」

カウンターの席がひとつ埋まり、三人の男女が隣り合って座っている。
二人の前に現れた男とは、マミが黒の魔王の魔手から救い出した縁がありすぐに協調が取れた。
今はマミが魔法少女と魔女について、要点のみをかいつまみ、それでいて理解しやすいよう噛み砕いた内容で説明をしている。

「この辺りには危険な人物がうろついているわ。少し危ないけど、私達の仲間と合流するまで送らせてもらっていいでしょうか」
「願ってもない話だ。ずっと一人では心細くてね。是非お願いしたい」

北に残る杏子の元へ行くまで彼の護衛をすると申し出る。
自分達はかなり分の悪い賭けに出ようとしている。戦う力のない彼を巻き込むわけにはいかなかった。
既に何人かの集団を形成しているらしい杏子達へと回した方がメリットが大きいと判断していた。

「おい、そいつも一緒に連れてく気か?」
「佐倉さんのとこまでは送っていくわ。彼女以外にも仲間がいたから適任だと思うし」

一時的とはいえ、これ以上人が増えることに巧は難色を示す。
元来団体行動に馴染めない性格だし、今は誰かを守ることに自信が持てないでいた。
マミもそれを理解している。巧には立ち直って欲しいと思ってるが、期待しすぎても耐え切れず潰れてしまう。
だから、こうして臨時的に人と行動を共にすればあるいはという淡い期待がこもった提案でもあった。

「しかし、一度ならず二度も世話になるには忍びない。
 ずっと考えていたんだ。君に再会したとき、この恩に報いるためには何をもって返せばいいんだろうとね」

無償の加護に礼を尽くすのは紳士の義務と立ち上がる。
紡ぐ言葉は甘く、浮き足立つような賛美に彩られている。
立ち居振る舞いといいどこかの貴族なのかと場違いなことを考える。

「そこで思いついたんだ。大したものではないがせめてもの礼として――――――」

男の顔は微笑を浮かべる。淑女を虜にしてやまない端正な顔立ちは甘く香る蜜のように女性を誘うのだろう。
なのにマミは、その顔をうすら笑いにしか見えなくて―――





――――――――――――――――――――――――――――――――――――空白。





「苦しまずに逝かせてあげよう」

死の宣告も、少女の胸を穿つ銃声も、零にまで微分された世界に伝播せず凍りついた。










「――――――――――――な、」

全てが終わって、漸く巧は目の前の惨状に気がついた。
銃弾を心臓に受けて、吹き出した血の海に倒れている巴マミ。
前のめりに倒れた体は紅に濡れ、伸びた四肢は力なく伸びている。
確かめるまでもなく、それは既に死体だった。

「――――――お、い……」

膝を降ろして横たわるマミに近づく。もしかしたら自然に折れていたのかもしれない。
慟哭も悔恨もなにも感じなかった。正常な思考力を維持できていなかった。
あるのは頭を痺れさせる衝撃と、深い喪失感のみ。
ハンマーで思い切り殴られた鈍痛が、乾巧という存在を叩き潰していた。

そんな溝に落ちていた巧を押し上げたのは、階段を登り外に出ていこうとする足音が聞こえたからだった。
半ば衝動的に駆け上がる巧。その根源はマミを殺したルルーシュへの怒りなのか。
それとも、何もできず守れなかった自分の罪からの逃避だったのか。
答えなど定まらないまま扉を乱暴に開ける。大地を照らす朝日に目が眩む。
おかしい。微かに空は白み始めているが、翔陽にはまだ早いはずだ。
慣れてきた目が正しい外界の情報を伝えてくる。



はじめからそこにいたかのように、金色の魔人が荘厳にそびえていた。
世界を凍てつかせる絶対零度の悪意を膨らませて。


 □ □ □


ゼロの猛攻から逃げ果せ気球に乗っていたルルーシュ・ランペルージは、すぐさま着地点からの離脱を開始していた。
気球というのはとにかく目立つ。発明当初のならいざしらず現代にとってはいい的だ。
追いかけたり待ち伏せしている可能性があるため一刻も速く離れること大事だった。
今の自分には瀕死のキリキザン一体のみ。もしあの魔王の類の殺人者に補足されればなす術もない。
なけなしの体力を使って走り続け、危険がないことを確認してやっと一息ついた。

(…誰も追ってこないな、ひとまずは安心か)

キャップをあけ、ペットボトルの水を飲む。渇きが癒えていく爽快感が喉を満たす。疲労時の水は至高の味とはいったものだ。

「さて、これからどうするか」

水分補給を終えすぐに行動を開始する。休む暇など本来あろうはずもないのだ。
己の目的達成のためには行動あるのみ。ルルーシュにとっては即ち思索だ。

基本として、ルルーシュはとにかく生還するスタンスを取る。
全ての人の悪意を受け止め、これに打ち倒される。それが皇帝となった己の使命。
心に未練こそあるものの、歩む足を止めることはない。
暫くはここで体力の回復に努めるとして、次はどう動くべきか。

第一に、ルルーシュは決して自分ひとりだけ助かるわけにはいかないことだ。
枢木スザク。親友であり、敵であり、そして『ゼロ』を継ぐべき者。
優しい世界の創造、ゼロレクイエムは彼がいてこそ成り立つ計画だ。
それに賛同してくれたC.C.に藤咲咲世子とて、なるべくは見殺しにしたくはない。二人とも単なる協力者ではない縁があるから。
ならば自然、ただ一人生き残る生還という形を取ることはできないことになる。

「…脱出か、転覆か」

取るべき道は二つ。儀式の会場からの脱出か、それを管理するアカギを倒すか。
正直、どちらもかなり成功率としては乏しい。なにせ情報がまるで足りないのだ。
会場の座標。プレイヤーを縛る術式。主催者の正体。儀式の目的。

(外界から隔離された無人島、区画整理された都市群、かなりの組織力があるのは間違いない。
 魔女の口づけ……C.C.と何か関係があるのか?何らかのギアスに細工を加えたものなのか。
 アカギ以外にも協力者がいる可能性は高い。何から何まで不明瞭だからな。
 儀式と銘打った以上、そこには確かな成果を求めているはず……それさえ満たせば俺たちは要済みとなる?もっともそれで解放されるとは思えないが)

考察すべき事項はあまりにも多くて考えが散開する。やはり得るべきは情報だろう。
アカギは術式や自信についてプレイヤーの誰かが知っているようなそぶりを見せた。そこから突くべきだろう。

ある程度の方針は決まった。ここからはプレイヤーとの接触を考えていく。
友好的な者には情報の交換、敵対者へはギアスを活用して撤退・排除。
最低でも、あのもうひとりのゼロを下せるだけの戦力は見つけ出しておかねばならない。

「向かうなら…南か」

地図のH-2に記されてる名称。ルルーシュの認識が正しければ斑鳩は黒の騎士団の旗艦だ。
よもや飛行やハドロン砲が搭載されてるとは思えないが、旗印とするには最適ではないか。
ここF-3からはそう遠くはない。6時にあるという放送の前後には着くだろう。

休めていた体を立ち上げる。正面の道路を避けて路地裏を進もうとした矢先。
コンクリートを砕く音がルルーシュの鼓膜を叩いた。

「ここでも戦闘があるか……」

地響きが体表を伝わる。依然、戦闘は続いているらしい。
1エリア先の巨大ビルが倒壊したのだ。集まる人数はかなりいるだろう。
そこにスザク達が来る可能性もあるが…炎の中に飛び込む無鉄砲は無理だ。離れるのが無難だろう。
だがせめて敵の姿くらいは把握しておきたい。戦場は比較的近いようだ。
ビルの影から顔を出して外を覗こうとする。
そこで戦っているのは、一体の怪人と一機の機動兵器だった。
灰色の狼を思わせるフォルム、開会式の場で姿を変えたオルフェノクという種族と思しき怪人。
そして―――。

「ヴィンセント…ロロか?」

スザクも騎乗するランスロットの量産型であるナイトメアフレーム、ヴィンセント。ゴールドカラーは弟であるロロが乗る試作機の配色だ。
無論機体だけで本人だと判断するのは短慮だ。それよりもこの場合はナイトメアが支給品として送られてることこそ見るべきだ。
自分の中では死んだ人間。殺すと決めた並行の異人。
監視役とし送られた義弟だが、最期には本物の弟と認めた愛すべき人。
出方を決めかね様子を窺うことにする。幸いこちらには気づいていない。確かめるチャンスはあるはずだ。
注意深く戦闘を観察していたルルーシュの足元が、突如として光り出した。

「な……ッ!?」

淡い黄色の光は帯になり無数の蛇を思わせる動きでルルーシュへと飛びかかってきた。
帯は華奢な体に巻き付き、地面と固定され完全に縛り付けらてしまう。

(伏兵……なんという迂闊だ!あれだけ派手に暴れれば他の誰かが気付かぬわけがないというのに!)

歯噛みして下手人とされる影を睨みつける。
両目は塞がれてない。ならば使える。絶対遵守のギアスの力を。逆転の機会は消えていない。
眼に力を込めてその姿を見る。
サイドを巻いた金のロールヘア。髪の色と同じ意向の衣装。両手に構えられたマスケット銃。
その顔に憶えがあるルルーシュは驚愕の息を漏らす。
疑念に染まった目を向けて、巴マミが立っていた。


 ■ ■ ■


ソウルジェム。魂の宝石。
つまるところ、これは魔法少女の魂そのものを収めたアイテムだ。
魂と肉体が物理的に分離した状態、肉体はいわば行動するための外付けのハードウェアでしかない。
この小さな宝石が砕かれれば、幾ら体が健常でも魂が壊れ即死してしまう危険を孕む。
だが逆にいえばソウルジェムさえ無事ならば、首が撥ねようが心臓が穿たれようが生死には問題がない。
魔力の続く限り肉体を再生することができる無敵の戦士。朽ちることなき屍生人(ゾンビ)といえよう。

ソウルジェムが砕ける要因は主にふたつある。
戦闘などで外的な衝撃で破壊される場合と、ジェム内の穢れが溜まりきった場合だ。
穢れは魔力の消費、もしくは精神の状態によって澱んでいく。
日常と戦いとの軋轢、人間関係、人は小さなことで心に不浄を募らせる。多感な第二次成長期の少女であればなおのことだ。
たとえば体を裂かれたとして、そこで『死んだ』と認識し絶望すれば、その瞬間ソウルジェムは砕けてしまう。
これは欠陥などではない。すべて仕組まれたこと。
ジェムを突き破る、希望と絶望の相転移が生み出すエネルギーの収集のための『消耗品』としての機能だった。

故に、心臓を不意に撃たれた巴マミもまた絶望し死んでいく。
不意ということは死を意識してなかったということ。だがその寸前に訪れる激痛は絶望に追いやるだけの効果を持っていた。
何も守れず、何も成せず、孤独に少女は死んでいくしかない。
ただひとつの、例外がなければ。

『生きろ』

「ぅ……」

小さく、蠢いた。
朽ちる筈の心が、有り得ぬ声によって修復される。

『生きろ!』

何処からか聞こえてくる声。
聞き覚えのない、だが芯まで届いてくる叫び。
己の意思に関わらず、呪いのように生を謳う。
欲望でも衝動でもない、刻まれた命令(ギアス)に従う。

『生きろ!!』

「生き…る…」

そうして、巴マミは覚醒した。





「なぜ…私を撃ったの?」

混乱する頭の中で、マミは男に問いかける。問わずにいられなかった。
まだ十分に回っていない脳では自分で回答を出すことができず、誰かに聞いてみねばわからなかった。
それでも撃たれた状況を考えて相手を束縛してることから比較的冷静を保ってるといえよう。
穴の空いた左胸は塞がっており痛みもない。
肉体のコントロール権はソウルジェムにある。痛覚の減衰をはじめとして知覚機能の制御を無意識に行うことが可能だ。
ただ不安なのはジェムの濁り。ここに来てから三連戦。そのいずれも強敵揃い。かなりの魔力を消費してしまっている。
光は消えかかり、今にも失ってしまいそうな蝋燭の輝きだった。

(いったい…何を言っている…ッ!?)

そして混乱してるのはルルーシュも同じだ。
女の顔は覚えている。筋骨隆々のゼロに追われていた時颯爽と助けに現れた少女だ。
それがどうして、こうも一方的に拘束されねばならないのか。
見捨てたことを根に持った?それはないだろう。向こうから率先して来たのだ。それで恨み言を吐くなど逆恨みにも程がある。
そして撃たれた、とはどういうことだ。言動から察するに、自分に撃たれたと思っているらしい。
まったく身に覚えのない事態にルルーシュもまた対処法を即座に取れなかった。

「…銃を下ろしてくれないか。俺と君は一度会っているが君に危害を加えたことはないはずだが」

「言い逃れはできないわ。あなたの顔も声も名前も私は聞いているの。ルルーシュ・ランペルージさん」

どうやら想定以上に錯綜しているらしい。ルルーシュは事態の危険度を一歩繰り上げた。
犯人は自分の顔と声と名前を騙って殺人に及んだと推測できる。

(この断言のしよう…本当に俺と瓜二つの顔のプレイヤーに会ったのか。
 可能性しては変装道具を支給された線が最も高いか……)

不思議なことではない。現に自分の従者でありSPでもある藤咲咲世子は顔から声帯まで模倣できる道具を所持している。
体格さえ合っていれば、初対面の相手なら難なく騙し通せるだろう。
これはもう即刻排除せねばならない。生かしておく程害を撒き散らしていく。
だがそのためには、どうにかしてこの場を収めなければならない。
厄介だ。なにがといえばもう既にこの女にはギアスを使ってしまっているのだ
ギアスの効果は一人に一度のみ。強制的に解決できる策を封じられてしまった。

(急がないと。もう時間がない、ぐずぐずしていられない…!)

マミは焦っている。
濁りが溜まれば魔法が使えなくなること、巧が一人で謎の敵と戦っていること、そして自分を殺そうとした男への対処を。
どれも対応を誤れば命取りになりかねず、かといって慎重に及ぶ時間もまたない。
ジェムの穢れは正しく魂の穢れ。余裕なき心は視野を著しく落とす。
このまま縛り動けなくするか、足を奪うかという選択肢までも考え引き金にかける指の力を強める。




「斬撃(シュナイデン!!)」

張り詰めた緊張を切り落とす刃が二人の間へ落とされる。地面に三日月状の爪痕がたつ。
第三者の乱入にマミとルルーシュの視線が同じ方向を向く。
現れたのは、銀の髪をたなびかせ、桜色の衣装に身を包んだ少女。
星形の杖を握り中空を飛ぶ姿はまさに、

「魔法少女…!?」

正義を振りまき愛を語る魔法少女、カレイドルビー改めイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
混迷の戦場を問答無用に解決すべく、大空を駆け抜ける!!



…事態は、より混迷となる。






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