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堕落天使

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匿名ユーザー

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堕落天使



いつだって、私はどこにもいなかった。

本当のお父さん、お母さんはいない。
育ててくれた親は、そして義理の妹の道子といった家族はいつだって私のことを虐げる。
学校でも道子と一緒になって私のことを虐める人ばかり。道子の勧めで入ったバスケ部でも、学校のクラスでもそんな扱い。
助けを求める相手もいない。

唯一の自分にとっての救いがあったとしたら、メル友のけいたろうさんの存在だったけど、どこにいるかも分からないメールだけで繋がった存在。
こんな、いつも苛められているような人だと知ったら、幻滅されるだろうか。

そんな日々を過ごしてきた私は、いつしかこんなことを考えるようになっていた。
私は本当に人間だったのだろうか。もしかしたら他の人にいいように扱われ、憂さ晴らしに使われるためだけに作られたロボットなんじゃないだろうか。
だから、私をいじめて虐めて苛め尽くして、最後には棄てられて、また新しい別の私が憂さ晴らしとして家に置かれる、みんなにとってはただその程度の存在なんじゃないかって。


だから、だったのかもしれない。
私がオルフェノクになった時に、こんな翼で飛ぶことができる姿を得たのは。

私はいつだって憧れていた。
大空を舞う、鳥達の姿に。
たくさんの仲間達と一緒に小さな翼を震わせて飛ぶ小鳥たち。
大きな翼を悠然と広げて青い空を駆ける大きな鳥たち。


苦しみも悲しみもない自由な空に、私も大きな白い翼で飛んで行けたなら、けいたろうさん達のいるような、自分がいることが許される場所に飛べたなら。

それはどれだけ素敵なことだろうか、と。


「…海堂、さん……?」

地震が起きてもこうはならないだろうというような、まるで巨大な刃物で切断でもされたかのような崩れ方をした病院内。
しかし形をどうにか保っていた中から、駆け回って部屋を覗いていき。
そんな中で辿り着いた、一つの部屋。

天井、おそらく上の階にしてみれば床に位置しただろう場所に大きな穴があいて、崩れた瓦礫が積み重なっている下。
そこに一塊の灰の山が散らばっていた。

ただそれだけの光景だったのに、何かが直感的に告げていた。
その灰の元であった者が何なのかを。

「なん…で……?」

誰が海堂を殺したのか。あの時木場の言っていたこと、海堂がいるという言葉は嘘だったのか。
そんな事実以上に、海堂が死んでいるということ、ただそれだけが結花の心をただひたすらに締め上げた。


灰を掬い上げる結花。
両手で持ち上げた灰色の”彼”の残骸はパラパラとその手から漏れ、地面へと零れていく。
まるで間に合わなかった彼の命を示しているかのように。

「あ…あ……」

声を出すことも涙を流すこともできない。
涙を流すとその瞬間に海堂の死を心の底から認めてしまいそうだから。

「何で…海堂さんなの…?」

それでもかろうじて絞り出した言葉は疑問だった。
何故、彼が死ななければならなかったのか。
彼は何も悪いことはしていない。しているとすれば自分だ。
木場や海堂の傍にいながら多くの人を隠れて襲い、この場所でも二人の人間の命を奪った自分が裁かれるべきなのだ。
海堂のような人が死んでいいもののではない。


なのにどうして、こんなことになってしまったのか。


―――それは、お前達が化物だからだよ

「…!?」

不意に耳に届いた声。
結花が振り返ったその時だった。

壁であるはずの場所の向こう側から銃声、コンクリートを砕く音と共に何かが穿ち粉砕していく。

咄嗟に体を伏せつつ体をオルフェノク態へと変化させる結花。
その瞬間、穴だらけになった壁の向こうから銀色に光る巨大な何かが壁を砕きながら侵入してきた。
脆くなったコンクリートは安々と壊れ、その襲撃者の全容を露わにさせる。

2メートルはあろうかという巨体、鈍く銀色に光る体、そしてその片手には盾のようなものが備え付けられている。
頭部の目に当たる場所に備え付けられているバイザーから流れる光、そこから聞こえる電子音は命あるものが奏でる声とは思えない。
それが何なのか、結花は知っている。

オートバシン。乾巧の持つバイクが戦闘形態へと変えたもの。かつて巧によって助けられた時にその姿を目にしている。
だが、何故これがここにあるというのか。


―――Standing by

その時、部屋の外、廊下の奥から聞こえた電子音。
響く声はファイズのものと比べて低く濁ったようなものだった。


Complete

振り返った結花の目の前に見えたのは、黄色い光に包まれた人影が、紫の複眼でこちらを見据えながら。
その手にした黄色い刃を振りかざす姿だった。



病院から僅かに逸れた場所。
陽が落ち始め赤く染まり始めた空に、いくつもの閃光が走った。

「…っ!砲撃!」
『美遊様!右に40cmです!』

突き出したステッキを、サファイアの声に従って反らす。
だがそれによって攻撃のタイミングを外してしまい。

「グオォォォォオオオオオオオ!!」

その遅れは迎撃態勢を取ることもできぬままにこちらに向かい来る火炎を受け止めざるを得なくしてしまう。
攻撃を諦め宙を蹴り大の字に広がった炎を避ける美遊。
背に羽織った白いマントを掠めその端を黒く焦がす。

『上です!』

しかし次の瞬間、何もいないはずの頭上から闇色の爪がその身を裂かんと迫り来る。
上にステッキをかざし受け止めるが、その衝撃で地面へと叩き付けられる。

「はぁ……はぁ…」
「判断力、機敏は充分。加えて年齢の割に度胸もある。
 なるほど。君は実に優秀な子供のようだ」

姿を見せない声の主はそう美遊を称える。
その主は今美遊が戦う相手、三つ首の黒竜-サザンドラと幻影を操る黒い狐-ゾロアークの持ち主。
そして美遊の目の前でロロ・ランペルージの命を奪った張本人、ゲーチスだ。

その姿はゾロアークの幻影によって姿を巧妙に隠されている。
それこそが美遊がこの二匹を相手に手こずっている理由だった。

ゾロアーク、ゲーチスは姿を隠し、見えるのはサザンドラのみ。
しかしそのサザンドラでさえも視認している場所と実際にいる場所を少しずつずらされて正確な位置は図れずにいる。

無論それはただの幻影でしかない。サファイアの探知によりそのズレを修正することは容易い。
だがその行動により、美遊は常に行動において一歩先手を常時取られてしまうという状態に陥っていた。
いくらサファイアが優秀な魔術礼装であったとしても、サファイアの探知、伝達から美遊が反応するにはどうしてもラグが生まれてしまう。
ほんの数瞬だが、それも戦いの中ではとても大きな遅れだ。

その優位性を既に認識しているゲーチスは高みの見物でもしているかのような声色で美遊へと声をかける。

「さて、どうでしょうか。もしここで負けを認め私に力を貸す、といってくれるのであればこの場は穏便に収めることも吝かではありませんが」
「誰が…、お前のようなやつに…!」
「でしょうね。ですがその聡明さは時として人を追い詰めるものですよ。そのままお別れとしましょうか」

空を見上げたところにいるサザンドラ、そして気配と共ににじり寄ってくる姿なきゾロアーク。
視覚のみならず聴覚にまで働きかけてくる幻影は、その二匹の正しい位置を認識させない。

『おそらくこの幻影の元となっているのはあの狐のポケモンです。
 ですが…』

相手はその外見にちなんでいるようにかなりすばしっこく動き続ける。
これをサファイアの探知を美遊に届かせた上で捉えるのは至難の業だ。

いや、手はある。
今手元にあるクラスカード・ライダー。
石化の魔眼を持ったこの英霊は常に目を隠しており、その関係から視力に頼らぬ知覚が可能だ。

しかしひっきりなしに飛び交う攻撃と幻影は避けるのが精一杯。
今こうしている間も火炎や波動を避けている現状だ。
カードを夢幻召喚する暇を見逃してくれることが期待できる相手ではない。


『美遊様、私に考えがあります』
「…サファイア?」
『美遊様の五感全てを、しばらくでよろしいので私に託していただけないでしょうか?
 隙は見せないうちに一瞬で工程は完了させます』
「………」

飛来した気の球を防壁で防いだことで生じた爆風に視界を塞がれつつも一気に後ろに飛ぶ。
行けるか、と思ったが迫る足音を耳が捉えた。
これ以上長期戦となってもジリ貧だ。
ならば。

「分かった。サファイア、お願い――――!」

信じることができない己の感覚を、信頼している相棒に任せることに何を迷うことがあるだろう。

周囲に一斉に小型の魔力弾を射出し弾幕を張る。
多用してしまえばこちらの疲弊に繋がるほどのもの、ここぞという時にしか使えぬ攻撃。

放った瞬間、相手の追撃が一瞬止まる。だが、それでもクラスカードを取り出すには間に合わない。
だが、今はそれで充分。
その一瞬で、美遊はサファイアに感覚を明け渡し。

次の瞬間、周囲の景色がクリアになる。

数メートル先を動いていたサザンドラは実はその更に3メートルほど横に逸れた位置を飛翔し。
そして地面を駆けるゾロアークの姿もはっきりと見ることができる。

『長時間の使用は美遊様に負担をかけます!可能な限り早急の対処を!』
「分かってる!」

サザンドラの放つ竜の波動を正確に避ける美遊。
その後ろから気合球を放とうと構えたゾロアークへと肉薄し、その球が放たれる直前に集まっていた気を魔力の刃で切り裂く。

「グギッ!」

幻影が通用していない様子の美遊に驚くような鳴き声を上げる美遊。
そうだ、最初からこうすればよかったのだ。元を経てば戦況は大いに変わる。
この一撃で斬り伏せれば、もう幻影に惑わされることはない―――――

――――例えポケモンがどれほどの力を持っていても、彼らに世界をどうしようとか自分の思い通りにしようなんて思いはないのよ。
――――それをしようとするのはいつだって人間よ。その力を野望に利用しようとしたり、自分の思い通りにしようとしたりするのも。

不意に美遊の脳裏に思い出されたのは間桐邸にて話したシロナの言葉。
同時に、まだ幻影が美遊を捉えていなかった時にゾロアークが見せていた、ゲーチスに対する怒り混じりな表情が浮かび上がる。

ポケモンはいつだって人間のエゴに巻き込まれているだけ。このゾロアークもそうなのではないか。
その思いが、美遊の振り下ろそうとした刃を鈍らせた。

(くっ…!!)

それが自分の甘さだと認識しつつも、美遊は魔力刃の付いたサファイアを横に回し、その側面を思い切りゾロアークへと叩きつけた。
狙いすましたその相手は鳴き声を上げて吹き飛ばされ、同時に周囲の幻影も消えていくのを感じ取った。


吹き飛ばした方向をサザンドラのいる方へとなるようにしておいたことで2匹のポケモンはぶつかりもつれ合って転がり込む。
同時にサファイアとの同調を解除。反動で視覚、聴覚が鈍る。
戦いには支障をきたすが、それでも。

(夢幻召喚はできる――――)

足のホルダーからカードを引き抜き。

「夢幻召喚!!」

焦るように銃を取り出し引き金を引くゲーチス。
しかし放たれた弾丸は周囲に吹きすさぶ魔力風によって防がれる。

閃光と風が止み、その手に鎖釘を備えた美遊が地面へと舞い降りる。
その身を黒いボディコンに包み、紫の眼帯で視界を覆った姿となって。

(ここからが本番、ここは一気に抑えて早く結花さんのところに…)


目の前のゲーチス、そして背後で起き上がる二匹のポケモンの気配を感じつつ。
美遊はその手の釘を構えた。




壁に背を預けて息を荒げる白い影。
その肩を抑えた腕からは地面を濡らすように真っ赤な血が垂れている。
よろめき壁に手を付きながらも立ち上がり必死に立ち上がる。
その背を預けた壁はその手から漏れ出す色と同じものに染まっていた。

足音は近づいている。

(…どうして、私は逃げてるんだろう?)

一歩ずつ歩みながら結花は考えていた。

ファイズ、巧になら裁かれてもいいと考えるほどに自分の背負った罪に押しつぶされそうになっていたはずだった。
確かに今ここにいるのは彼ではない。だが、死ぬという意味では誰の手にかかろうと同じではないのだろうか。
木場は完全にオルフェノクへと変貌し、海堂ももういない。
でも、自分は木場のようにオルフェノクになることはできない。

怖いのだ。
死ぬことも、オルフェノクとして人の命を奪う存在になることも。
今まであれだけたくさんの人を殺しておいてこんなことを考える私は身勝手だろうか?
人間が怖くて、失うことが怖くて、敵意を向けられることが怖くて。
だけど、人を殺すことを楽しんでいる自分がいることもまた怖かった。
海堂や木場は既に自分の手の届かない場所に行ってしまった。失ってしまっていた。
そして、唯一残っているもの、自分の命だけとなった今、それを失うことを恐れている。


「何で……っ!!」

その時、耳に届いた機械音。
身構えるもどこにもその存在はない。少なくとも目に映る風景には。
次の瞬間、地面を突き破って結花の体にその銀色の拳が叩き付けられた。

息をつまらせながら吹き飛ばされる白い体。
パラパラと空中を舞う羽毛の向こうから、オートバシンともう一つの影が迫っている。

Exceed charge

カシャン、とカイザブレイガンの銃口をこちらへと向けて構えるカイザ。
体の痛みでそのことに気付かない結花はそのまま起き上がり。
その瞬間、引き金を引いたブレイガンから一発のエネルギーが放出され。
そこから展開された黄色い網目のエネルギーが結花、クレインオルフェノクの真っ白な体を包み込んだ。

「あ…っ…」

そのままカイザが逆手に構えたカイザブレイガンの刃が光を増し、さらにその全身を金色のフォトンブラッドが包み込む。

(死ぬの…?私は、死ぬの?)

死が近づいた故か、時間が経つのがゆっくりになったかのように思考が回る。
そう、あれを受ければ自分は死ぬだろう。これまでたくさんのオルフェノクの命を刈り取っていったように、自分も。

でも、それでもいいかもしれない。
これ以上生きることが苦しいのならば、生きていても何もないのなら、このまま死んでいければそれは自分にとっては幸福なことだろう。
そう思って。

……本当にそうなのだろうか?

諦められなかった。
人を殺す罪を犯して逃げている最中ファイズと会ったあの時、裁かれることを良しとしながらも逃げた。
その後現れたセイバーの足を舐めてでも生きようとした。
そうまでして生きたかったからではないのだろうか。

分からない。
ただ、目の前に迫った死の気配にはとても恐怖していた。
まだ、死にたくなかった。
今の結花にとって、それだけは事実。

(嫌……、私は……)
「シャアッ!」
(死にたく、ないっ!)
「ああああああああああああああああ!!!」

カイザが光の中に飛び込みその姿が消えた瞬間だった。
拘束されたその光の中から。
結花の、生へと縋る強い思いから生み出された光の翼が、宙をなぎ払ったのは。


次の瞬間、ぶつかり合ったカイザスラッシュと光の翼のエネルギーによって二者の体は強い衝撃で吹き飛ばされた。
何かを切り裂くような音の残滓を残しながら。



夢幻召喚によって幻影の影響を減らした美遊。
しかしその代償として、カレイドライナーであった時の攻撃の万能性は失われてしまっている。
攻撃は接近戦のための鎖釘のみ。飛行能力もこの状態だけでは発揮することはできない。

だが、それを差し引いても余りあるほどの力を秘めている英霊。

アクロバティックな動きで、サザンドラとゾロアークの攻撃を捌き続ける美遊。
周囲の幻影は相も変わらず惑わし続けてはいるが、しかし少なくとも目に頼らぬようになったことで視覚で惑わされることはなくなっている。

だが、それでもサザンドラの攻撃は苛烈だった。
美遊がゲーチスへと迫ろうとする度に追いすがり、その斜線上に割り込んで攻撃し、動きを止めている間にゾロアークの追撃が迫る。
その繰り返しだ。

飛行能力は喪失中の美遊にとってはその距離は届きそうで届かない、もどかしいものだった。
さっきまでの戦いと比べれば幻影に惑わされなくなった分安定はしているが、しかしその分喪失した一部の能力により相手の元に届きにくくなっている。
先にゾロアークに肉薄した際の迷いが形となって現れているようにも感じられる。

バゼット戦で見せたようなイリヤの状況対応能力が欠けていることをまざまざと実感させられた。


(姿を変えた時はどうしたものかと思いましたが、やはり所詮は子供のようですね)

そんな美遊の前でニヤリと笑うゲーチス。
ここまで戦えていることはさすがはここまで生き残ってきた者、とでもいうべきか。
だがそれもここまで。ゾロアークの幻影が効かないならばその分も戦闘に回して戦わせればいい。数の有利は変わってはいない。

『美遊様、夢幻召喚を解除しては――』
「ダメ、それじゃあの幻が…」

ゾロアークの辻切りを払いつつサザンドラの大文字を避ける美遊。
身軽になった体で飛び上がりサザンドラの後ろを取ろうとする。が、そこでゲーチスより放たれた銃弾が美遊の態勢を崩す。

そのまま防御の姿勢を取ることも叶わぬ彼女へと向けて、竜の波動が放たれ。
直撃した渦巻く衝撃波が美遊を地面へと吹き飛ばし叩きつけた。

「がはっ……」

体を襲った衝撃に息を吐き出す美遊。
それでも意識だけは保ち、夢幻召喚は維持するように務める。

『美遊様っ!』
「…っ、大丈夫、まだ……」

肩を抑えながら起き上がる。

その時だった。

離れた場所、といっても肉眼でも見えるほどの場所に位置する病院の窓から、ガラスをぶち破って何かが飛び出してきたのは。
白い体をばたつかせるように暴れさせながら、大きな翼をまるで藻掻くかのように羽ばたかせている。
しかしその翼の片方がまるで折れているかのように中辺りで曲がり、うまく飛ぶこともできないままにゆっくりと地面へと落ちてくる。

「…っ!長田さん!」

地面に墜落する直前、美遊の手が届く場所まで移動してきた彼女の元に駆け寄り、その白い体、クレインオルフェノクを受け止める美遊。
ゲーチス達に背を向ける形になってしまったが、今はそれに構っている暇はなかった。

「美遊……ちゃん…」

弱々しく声を出して人間の姿へと戻る結花。
その体を受け止めた美遊の手には真っ白な羽がまるで脱毛したかのようについている。
腕には浅くない傷があり、それが彼女の着る服を真っ赤に染めている。

「フフ……」

そんな二人の様子に対して追撃をかけることもなく怪しげに笑うゲーチス。


「なるほど、あなたはオルフェノクの一人ですか。
 であれば、あそこにいたオルフェノクの仲間、ということになるのでしょうか?」
「あそこに、いた…?」
「ええ。もう過去形ですが。その様子ならご対面なされたのではないですか?」

苦しげな結花の表情が見開かれ、歪む。

「どういうこと!?」
「確か名前は、いえ、聞きそびれてしまいましたが、確か木場、という名前を呟いていました。
 あなたと同じオルフェノクですよ」
「まさか、海堂さん…」
「そうですね…」

そう言ってゲーチスは拳銃を取り出す。

「仲間に裏切られて傷ついて、そのまま石に埋もれたままのあの姿といったら本当に」
「…黙れ……」

ニヤニヤと思い出し笑いをするかのようなゲーチスの表情、そして彼がその先で告げようとしている事実。
それを察した美遊は、顔を伏せて静かに呟く。
自身から生まれる激情を抑えるかのように。

「そして助けを求める手を取られることなく、眼前に銃口を突きつけられた時の表情はなかなかに滑稽なものでした」
「―――――っ」
「黙れェェェェ!!!」

楽しげに笑いながらそう告げられた言葉に結花の表情が絶望に覆われたのを見た美遊が、激昂してその手の鎖釘を振りかざしながらゲーチスへと迫る。

『美遊様!落ち着いてください!』

静止するサファイアの声も届かぬまま、怒りをぶつけるかのように釘を翳した美遊。
そんな彼女の横でサザンドラが波動を吐き出す。
一直線に迫るだけのそれを回避するのは容易い。
そう判断し足を止めることなく、回避と進行が両立できるよう意識を割いて。

(私の進行を阻むつもり…?!)

その描く射線は駆ける自分の数歩先。

飛び上がって避けようとした美遊の目前に何かが投げられた。
手のひらサイズのカプセルのような容器に入った何か。
それはサザンドラの吐き出した竜の波動の先にある。

(しまっ――――)

気付いた時には遅い。
着弾した波動は容器を砕き中の液体を撒き散らし。
そこにぶつけられた高エネルギーが接触。
美遊の眼前で液体、流体サクラダイトが爆発を引き起こした。



(思い切りもある。判断力もいい。
 ですがまだ子供、己の感情の制御には長けてはいなかったようですね)

熱と共に煙を放つ目の前の光景を見つめながらほくそ笑むゲーチス。
あの時の長田結花の絶望に満ちた表情はなかなかに見応えのあるものであり。
それに激情した美遊・エーデルフェルトが自滅するかのように攻め入り、結果このざまとなったのは実に面白い話だ。

「美遊ちゃん!」

煙の中から姿を見せぬ美遊へと向けて大声で叫ぶ結花。
あの爆発を至近距離で受けたのだ。助かるものではないだろう。
残るは長田結花のみ。彼女を殺せば、ひとまずの平穏は保てる。

「サザンドラ、ゾロアーク。まだ行けますよね?」

ジロリ、と眼光を二匹に向けたゲーチス。
サザンドラはゆっくりと、ゾロアークは喉を唸らせながらもしぶしぶといった風に起き上がる。

手にとった銃はそのままに歩み始めたその時だった。

煙の中から鎖の擦れる音と共に釘がその足元に突き刺さったのは。

「…まだ息がありましたか」

煙が晴れた先には、まだ地に足を置いた状態で立ち続ける美遊の姿があった。

纏ったボディコンや足を包んでいたストッキングは黒焦げ穴だらけになり。
その体にも火傷の痕が残り立っているのが精一杯といった状態。
そんな中で鎖を持っていないもう一方の手で、赤と黄色の入り混じったハチマキのようにも見える布が握りしめられていた。

『…万が一と思って隠し持たせていただいた道具が役にたちました』
(きあいのハチマキ…、運のいい子供だ)

ポケモンに持たせることで低確率で相手の攻撃をギリギリの状態で耐えることができるアイテム。
人間でも効果を発揮するものであることも驚きだが、それを引き当てた状態で更にその効果を発動させた運も驚くべきものだろう。

「ですが、今のあなたは虫の息にも等しい状態。次の一撃にも耐えることはできないでしょうね」
『美遊様、直ちに夢幻召喚を解除した後、長田様を連れて撤退を』
「ぁ……、はぁ……、はぁ……」
『美遊様…!』

息を切らせる美遊に逃走を促すサファイア、しかし美遊の眼帯の奥、隠された瞳の闘志は途切れてはいない。
叱責するように呼びかけるが、声が届いているのかも不明だ。

「ゾロアーク、あなたが決めなさい。その爪でその小娘の命を終わらせるのです」

指示されたゾロアークは爪を翳して迫ってくる。
その爪で確実にこの命を終わらせることを見届けるためだろう。


(…この、男は……違う…、今まで出会った、どんな人間よりも、邪悪だ…)


美遊の周りには多くの人間がいた。
それは友人であったり、家族であったり、兄弟であったり。
自分を利用する者や考えを違えた者、敵も少なからずいた。

しかし、これまでの人生においても、そしてこの殺し合いという場においても。
己のことしか考えず、自分の益のためのみに他者を傷付ける邪悪に会うことはなかった。
自分を利用する者も救おうとする世界があったことは事実であったし、考えを違えた者もその想いそのものを否定できるものではなかったから。
海堂直也の命を虫けらのように嘲笑い、結花の悲しみや絶望をほくそ笑むような存在を目の当たりにしたのは初めてで。
故にゲーチスという邪悪な男に対しての己の抑え方というものを知らなかった。


(こいつは…、敵だ。生かせば、きっとイリヤを傷つける―――)

ふらつく体、薄れる意識で、それでも意識を保つ。
脳裏によぎるのは、彼、兄ではない兄、衛宮士郎の死に悲しむ親友の姿。
それが、海堂を失った結花の姿と被って見えてしまったから。
だからこそ、ここで倒れるわけにはいかなかった。


「辻斬りです、ゾロアーク!」
「フシャルルルルルルル!!」

駆け出し迫るゾロアークの前で美遊は微動だにせず。

『――!?いけません美遊様、今の美遊様にそれは――』
「自己封印(ブレーカー)――――― 」

紡ぐ言葉は己の魔眼を律する結界の名。
周囲に放出され始めた魔力はゾロアークを、サザンドラを、ゲーチスを、そして長田結花をも捉えていく。

あと一メートル、という距離までゾロアークが迫ったその時、美遊の眼前に鮮血で描かれた魔法陣が投影され。

(この男は、この場で私が―――)
『―――暗黒神殿(ゴルゴーン)!!!!』


その名は世界を閉じ込め相手の能力発露を封じる結界。
英霊メデューサの持つ宝具の一つ、その真名が解放された。




その瞬間、周囲にいた二匹と二人の動きが静止する。
ゾロアークが覆っていた爪の闇は剥がれ、サザンドラも飛行能力を失い地面に堕ちる。

そして、美遊の後ろにいた結花の姿もオルフェノクのものから人間のそれへと戻る。

(…っ、コントロールが…!)

きあいのハチマキでかろうじて持ちこたえた体力、気力というギリギリの肉体状態。
そしてゲーチスに対する怒りという、冷静さを欠いた精神状態。

その二つが合わさった状態で放たれた暗黒神殿は彼女の制御に収まるものではなかった。
放出された魔力は対象のみを捉えることはできず、他の皆の元にも降りかかってしまう。
いや、そもそも誰を対象にして発動したのか、美遊自身把握できてはいない。
迫るゾロアークの足止めか、それとも倒すべきゲーチスを狙っていたのか、それともその両方だったのか。

少なくとも、最も接近していたゾロアークは最もその影響を受けた。
そして少し離れた場所にいるゲーチス、サザンドラにも魔力は届き。
加えて美遊の後ろにいた結花までも、結界に捉えてしまっていた。

『美遊様!今すぐに結界の解除を!』

唯一真名解放がされた空間で影響を受けずにいることができたサファイアの言葉に意識を取り戻した美遊は、咄嗟に宝具を解除する。
周囲を漂っていた濃密な魔力は霧散し、空気が元に戻る。

ポケモン二匹の動きが懸念だったが、暗黒神殿の影響が残っているのかまだ立ち戻る気配はなかった。

ザッ

と、土を踏む音が美遊の耳に届く。
ゲーチスではない。彼はポケモン達と同じく悪夢の影響から立ち直れていない。

「ぁ……はぁ……」

激しい息遣いと共に地を踏みしめた白い影。
それは再度オルフェノクの姿を形取った結花だった。

「あああああああああああああ!!!」
「結花さん!?」

そのまま結花は、叫び声を上げながらゲーチスに向けてかけ出した。
その声の中に、強い怒りと憎悪を滾らせながら。




いつだって私の居場所はどこにもなかった。
だからあの時の、人間だった時のことを思い出そうなんて思わない。
そこに喜びや楽しみなんてなかったから。

もしそんな私が幸福を得たことがあるのだとしたら、それは。

『あなたは…?』
『君の仲間だ』

あの時彼に手を差し伸べてもらったことなのかもしれない。
人間として生きることが許されなくても、こんなオルフェノクとなってしまった自分でも。
オルフェノクとしての居場所を見つけて生きようとする彼と共にいれば。
もしかするとこんな私でも、木場さんや、海堂さん達の近くでなら私らしく生きられるかもしれない。

一度死んでから、そんなふうに思えたのは皮肉なのだろうか。

なのに。

『結花、君なら分かるはずだ。人間に守る価値なんてないということが』

どうして、木場さんは。

『仲間に裏切られて傷ついて、そのまま石に埋もれたままのあの姿といったら』

どうして、海堂さんは。


あんなに一緒だった仲間も、かけがえのない居場所も、全部手の中から消えていっていた。
人間の時のように何も持たなければ傷つくこともなかったのに、得たものを失うというだけでこんなにも苦しい。
それこそがまるで悪夢のように。

『いたぞ!油断するな!相手はオルフェノクだ!』

そして最後にフラッシュバックするのはたくさんの人間の警察に追いかけられるあの光景。
残ったのはこの身一つ。オルフェノクであるこの醜い体、ただそれだけ。

私達が化け物だから、人間じゃないから?
だから海堂さんも死んだの?

(だったら、殺してしまえばいいじゃない。私達を化け物だって傷つけるやつらなんて)

ふと、声が聞こえた。
まだ乾さんと会う前、人に対する恐怖から木場さん達に隠れて人を殺していた時に聞こえていたそれと同じもの。
自分の中に眠っている破壊衝動。
だけど乾さんにこんな自分を受け入れてもらってからはあまり聞こえなくなったそれが再び呼びかけてきていた。

(木場さんも言ってたでしょ?あんな人間を守る価値なんてないんだって)

そう、化け物だから殺されるというのなら、大切なものを奪われるというのなら。
奪われる前に殺すしかない。

あの時、私を追い詰める同級生を皆殺しにした時のように。
どうせ、この翼はとうに血で汚れているのだから。

とうにこれは飛ぶためのものではなく、人を狩るための凶器となっているのだから。


結花のその殺気は美遊が冷や汗を流すほどに鋭く冷たいものだった。
そしてそれはゲーチスに向いている。

理由の推測は簡単だ。
あの時のゲーチスの言葉、海堂を殺したという事実。
そこにあの暗黒神殿の悪夢の影響が重なったことが彼女の憎悪を引き出してしまったのかもしれない。

激しい感情に包まれた結花の姿は、先ほどまでのオルフェノク形態から大きく変化している。
顔つきは元の鳥を模した仮面の面影を残しつつより人の顔に近付き。
その身を覆っていた羽は細く鋭くなり、まるで軽装の女戦士とも言えそうな姿。

クレインオルフェノク激情態。
元来戦いを好まず自身の姿を否定するようにしていた彼女が、怒りや憎悪によってより高みに達した姿。

その腰から、それまでのものとは比べ物にならないほどに巨大な光の翼が顕現。
周囲をなぎ払い、一直線にゲーチスの元へとそれが向かう。

「…!いけない…!」

咄嗟に美遊は結花の元へと駆ける。

ゲーチスを殺すことそのものを否定しているわけではない。
だが、もし彼女がここで憎悪に任せてその翼で人を殺すことを容認すれば。

脳裏をよぎるのはここに来て間もない頃、彼女が人をその手で殺してしまった時に見せた表情。
実際は事故に近いものであったにも関わらずあれほど背負い込む様子を見せたのだ。
もしここでまた人を殺せば、その憎悪を以ってその手を汚したならば。
彼女はもう戻れないかもしれない。

翼の威力を知っている美遊は、受け止めるよりも軌道そのものを逸らそうと彼女の元に飛び付いた。
うずくまっているゲーチスに振り下ろされた羽は結花が押し倒された影響で大きく空振る。

「ダメです結花さん!落ち着いてください!」
「離せ!あいつは、あの人間は、海堂さんを…!」

美遊によって押し倒された結花、しかし冷静さを失っている様子で体を捩って暴れる。
その力は先までの彼女のそれと比しても増しているようで、満身創痍に近い美遊では抑えきることが難しい。
弱った肉体を補強するように美遊は怪力スキルを発動、増した筋力でかろうじてその体を抑えることに成功した。

「ダメです結花さん!今殺してしまえば、あなたは人の心を失ってしまう…!」
「だったら、何だって言うんですか!大切な人も、私の居場所ももうないのに…!」

しがみついた美遊をそのままに翼を生やして飛ぼうとする結花。
しかし美遊は自身の体に鎖を巻きつけ、先端の釘を地面に突き刺して固定、彼女の移動を封じる。

「…っ、だったら尚更です!人の心まで捨てたら、あなたは自分自身すらなくしてしまう…」
「ならそれで構わない!それでもうもう傷付かずに済むなら、私は――」

言葉では届かない。
ならば、心を届かせるしかない。
長田結花という少女の心を救いたいという願いを。
あの時助けられなかったロロと同じ表情を浮かべていた仲間を助けたいという想いを。


肩を抑え、真っ直ぐに結花の顔を見据えて叫ぶ。

「どうしても、そんなに人の心を捨てたいって言うなら―――」

ロロの時にはできなかったことを、美遊なりのやり方で。

「私を、殺してから行ってください!」

多くのものを失った結花に対して美遊自身が。
彼女の最後の”希望”になりたいという気持ちを。



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