わかりやすさの罠
「わかりやすさ」や「遊びやすさ」を追求した結果、
ゲームデザインにトゲが抜けて平坦な作品になってしまうことがあります。
これは「問題解決」の多くは、
トレードオフ(あっちを立てれば、こっちが立たぬ)の泥臭い調整です。一つの問題を解決したつもりが、別の場所で「個性の喪失」という新たな問題を生み出すことは珍しくありません。
このジレンマに陥ったとき、どこを「落としどころ(着地点)」とするか。その適切な判断基準となる4つのアプローチを整理しました。
概要
1. 「コア体験(コア・ピラー)」に奉仕しているか
デザインの変更(親切にすること、あるいは理不尽さを残すこと)が、そのゲームが提供したいもっともコアな感情体験に繋がっているかどうかを基準にします。
- 基準
- その「不便さ」や「わかりにくさ」は、プレイヤーに味わわせたいコアな体験(例:孤独感、恐怖、未知の探索、試行錯誤の達成感)に貢献しているか?
- 具体例
- フロム・ソフトウェアの『Dark Souls』シリーズが、親切なクエストマーカーや詳細なマップを実装しないのは、単なる手抜きではなく「未知の恐怖と、自力で探索する達成感」というコア体験を最大化するためです。ここでUIを親切にすると、ゲームとしては「遊びやすく」なりますが、コア体験は破壊されます。
親切にすることでコア体験が薄れるなら、それは「過剰な問題解決」であり、あえて不親切なまま残すのが正解となります。
2. 「不快(Friction)」と「手応え(Difficulty)」を分離する
プレイヤーが感じるストレスには、残すべき「良いストレス」と、取り除くべき「悪いストレス」があります。
ここを混同しないことが重要です。
| ストレスの種類 |
定義 |
ゲームデザインにおける扱い |
| 手応え (Difficulty) |
ゲームのルールやメカニクスそのものがもたらす挑戦。 (例:敵の絶妙な行動パターン、リソースの有限さ) |
個性の源泉。 安易に削ってはならない |
| 不快 (Friction) |
ルールとは関係のない、操作性や視認性の悪さ。 (例:目的の画面まで5回クリックが必要、 次に何をすべきか全く手がかりがない) |
ただのバグ・欠陥。 徹底的に解決すべき |
「尖ったゲーム」にしようとして、操作性を悪くしたり、UIを不親切にしたりするのは本末転倒です。
「インターフェースは究極に洗練されているのに、ゲーム内容は狂ったように尖っている」のが理想的な落としどころです。
3. 「ターゲット層」の解像度を上げる
「万人受け」という言葉の誘惑に負けそうなときは、ターゲットプレイヤーの定義を見直します。
万人(マス)を狙おうとすると、尖った部分は必ず丸くなります。
- 判断基準
- 「このゲームを熱狂的に愛してくれる10万人」と「そこそこ満足してすぐ忘れる100万人」、どちらを向いて作っているか?
特にインディーゲームやエッジの効いた作品では、「全員に70点をもらうデザイン」よりも、「90%の人に0点をつけられても、10%の人に120点をもらうデザイン」を選択する度胸が必要です。遊びやすさの導入によって、その10%の熱狂的なファンが白けてしまわないかが判断のデッドラインになります。
4. 動的な問題解決(レイヤード・デザイン)
「尖った楽しさ」と「遊びやすさ」を二者択一にせず、構造を分ける(レイヤー化する)ことで両立させるテクニックです。特定の問題を別の問題に押し付けるのではなく、両方の器を用意します。
- メインの導線は親切に、クリア後は地獄に
- エンディングまでは誰もが到達できるレベルデザイン(丁寧なフィードバック、適切な難易度曲線)にしつつ、クリア後の裏ダンジョンや実績解除、縛りプレイ要素で、牙を剥くような尖ったデザインを配置する。
- アシスト機能の「選択権」をプレイヤーに委ねる
- ナビゲーションや救済処置(死にすぎると難易度が下がるなど)をシステム側で強制するのではなく、プレイヤーがオプションで「オン/オフ」できるようにする、、または世界観に溶け込んだアイテム(装備するとイージーモードになる指輪など)としてゲーム内に配置する。
デザイナーとしての究極の判断基準
迷ったときは、自分にこう問いかけてみてください。
「この問題を解決した結果、自分がこのゲームを人に勧めるときの『一番のウリ文句』まで一緒に消えてしまわないか?」
もし消えてしまうなら、その問題解決は間違っています。別の泥臭い解決策(例えば、チュートリアルだけを丁寧にして、本編の尖った仕様はそのまま残すなど)を探すべきです。
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最終更新:2026年05月27日 00:30