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  • 了船長 その2

レスアンカーワン @ ウィキ

了船長 その2

最終更新:2023年04月25日 12:53

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だれでも歓迎! 編集

目次

  • 目次
    • Part6
      • 1つ目(≫45~57)
      • 2つ目(≫118~123)
      • 3つ目(≫157~159)
      • 4つ目(≫178~193)
    • Part7
      • 1つ目(≫38)
      • 2つ目(≫101~105)
      • 3つ目(≫128~129)
      • 4つ目(≫151~152、≫154)
      • 5つ目(≫170~173)
    • Part8
      • 1つ目(≫39)
      • 2つ目(≫45~47)
      • 3つ目(≫116~124)
    • Part9
      • 1つ目(≫22~34)
      • 2つ目(≫47~53)
      • 3つ目(≫117~132)
      • 4つ目(≫164~173)
    • Part10
      • その1(≫154~159、161)
      • その2(≫189~192)

Part6

1つ目(≫45~57)

SS筆者22/02/04(金) 22:25:33

コイツに弁当を差し入れるようになって、2か月くらい。
毎朝必死に献立を考えるけど、毎回綺麗に食べられてる。
嫌いな食べ物なんて意外と思いつかないもので、こうもきれいに食べられると考えるほうが難しい。
いっそのこと冷凍食品だけ詰め込んだやつとか……?でも、鳥のつくねとかお肉巻いたフライドポテトなんて私だって好きだ。
今日も今日とて、葦毛のヒーロー様はパクパクおいしそうにお弁当にお箸をのばしてる。
「今日のサラダ、ドレッシングが食べたことない風味だ。これはなんて……いうものなんだろうか」
そう言いながらこちらをちらっと見る。直接聞かれない感じが、まだ警戒されてるみたい。
「私のお手製です。ありがとうございます」
「そうだったのか!手作りでもおいしいドレッシングができるものなんだな……」
感心しながらパクついてる。気に入らないやつからでも、褒められるのはやぶさかじゃない。耳が動く。
どの食材で嫌な反応するかな、とかじっと観察するけど、まるでいい反応がない。
「あ、その、どうしたんだ?顔に何かついているだろうか」
「あ、すみません。何でもないんです」
ウンともスンとも、黙っておいしそうに口に料理を運んでいく。いくら旬の時期とはいえ、白アスパラなんてそんなパクパク食べれるもんなの?
ちょっとやるには早いけど、直接聞いてみるか。
「オグリさんって、小さいころ苦手だった料理とかってありましたか」
「むん?」
口いっぱいに詰め込んだ料理を一生懸命噛んで、ごくんと音を鳴らしながら飲み込む。
「苦手な料理か……うーん……」
決して短くない時間をかけて考え込んでいる。
「……特にないかもしれない。子供の時お母さんに作ってもらって、大事にとっておいたおにぎりを食べた時はお腹を壊してしまったから、嫌いというか苦手だが……」
ウソでしょ。そんなエピソード普通ある?
「……うん、やっぱり食べられないものは無いかもしれない。食べたことないものもたくさんあるから、その中にあるかもしれないが」
そういいながら、オグリがまたお弁当に視線を戻す。
思わず頭の後ろをかく。困った。
アンタが食べたことないもの、多分この学園の誰も食べたことないって。そんなもの作れないし……
私が考え込むうちにオグリはもう手を合わせて、ごちそうさまを済ませている。
「ありがとう。今日も美味しいお弁当だった。これでお昼まで頑張れる」
「あ、いえ。頑張ってください」
自分でもイマイチ噛み合ってない返事だと思う。
しまった。ボロを出しちゃいけない。
お弁当を受け取って、風呂敷に包みなおす。
バッグに入れてその場を去ろうと身支度をしているときに、オグリからおずおずとした様子で声をかけられた。
「君は、今日の放課後は空いているだろうか」
「あ、ええ、はい。集団指導はありますけど」
「ああ、まだトレーナーがついていないんだな」
何、イヤミ?カチンと来たけど、その余波が顔まで来ないよう頑張ってこらえる。
「そうしたら、今日は私と一緒にトレーニングをしないか」
全く想像していない方向のお誘いが来た。一瞬、考えが追いつかなくなる。
「え、オグリさんはトレーナーさんとじゃないんですか」
皮肉のつもりでイヤミを返す。
「実は、私のトレーナーに君のことを話したことがあるんだ。それで、一緒にトレーニングに誘ってみたらと言われて」
「え、別にそんな、大丈夫ですよ」
「今日のお昼までに私のトレーナーに連絡して、君の担当教官には伝えてもらう。よかったら、どうだ?」
今日はプールでスタミナトレーニングなんだが、と付け加えられた。
誘いを受けるかどうか、よく考える。
コイツの走りが凄まじいことは、もうトレセン学園中に知れ渡ってる。
G1レースこそまだ出ていないけど、無茶気味なスケジュールで重賞を4連勝中。
こっちが心配になるレベルで実績を積み重ねてる。距離も馬場もブレがあるけれど、構わず勝つ。
『オグリキャップは強い』というのが一律の評価だ。
考えれば考えるほど、天然なのも合わせて頭に来る。
でも、この誘い、受けちゃおうか。
もしも練習中にうっかり、ちょっとでも先行することができたら自慢できる。
「わかりました、そしたら今日の夕方、お願いします。水着、用意してきますね。」
胸を張って答える。
いくら重賞ウィナーだからって、そんなに恐れることは無い。
オープン戦も怪しい私だけど、トレーニングの条件ならどこかで追い抜けるかもしれない。
それに何か盗めるものがあったら、こっそりと頂いてしまおう。
みんなのヒーロー様がそこはかとなく嬉しそうな顔をする。
今のうちに、せいぜい笑ってなさい。
ふふふ、その鼻っ面、へし折ってやるわ!
そう思っていたのは、大間違いだった。
まあ、ウォームアップの時点から違うだろうなあ、とぼんやり思っていた。
実際のところ、違った。
集団指導の2倍以上の時間を使って、じっくりアップ。
こんなのんびり柔軟してていいの?っていうくらい、じっくり時間をかけて身体を温める。
知らなかったけど、ヒーロー様は身体が信じられないくらい柔らかかった。
『君は身体が堅いんだな』とか、またしれっと言われた。ムカつく。
そのあと、背泳ぎの指示。
集団指導では泳ぎの苦手な子も少なくないから、いわゆる四泳法は避けることが多い。
私もトレセン学園に来て以来、すっかりやっていなかった。
まだ始まったばっかだし、4,5周くらいかな、と思った矢先。
「ペースは問わねえ。二人とも、ひとまず10周行ってこい。」
思わず、えっ、と口から驚きの声が出てしまう。ここ50mですけど。
隣のヤツは『ああ』とかサッと返事してるし。
私がモタモタしてるうちに、隣の葦毛は飛び込んで――いなかった。
回れ右をして、ビート板を取りに行っていた。思わずずっこける。
葦毛様が何故かビート板を2つ抱えてきて、聞かれる。
「君も使うか?」
「いや、大丈夫です……」
そうか、泳ぎが得意なんだな、とか言って、プールに脚からゆっくり入っていく。
コイツ、マジ?泳ぎ苦手なんだ。カワイイとこあるじゃん。
ふふふ、私の背泳ぎ、見てなさいよ!
久々にきちんと量をこなすような泳ぎをすると、しっかり疲れる。
もっと若かった時、なんて言ってもまだ若いけど、あの時よりはスピードもペースも落ちてる。
それでも、1周目の段階で隣のアイツをさっくり追い抜くことができた。
フェアじゃないけど、私のほうが泳ぎは絶対に上手い。
500m分泳いで、プールの壁に手が届く。
ふう。と息をついてアイツの姿を探すと、まだ私と反対方向に向かって泳いでいた。あのペースじゃ周回遅れだろう。
どんなもんじゃい、と得意な気持ちでプールを上がろうと上を向いたとき、不自然な視界の暗さに驚く。
アイツのトレーナーさんの顔が私の目の前に突然現れた。というより、上がろうとする私の前にあらかじめいたようなタイミングだ。
「わああ!」
あんまりに驚いて、プールの中に転ぶように沈む。
なになになに、突然!?
なんとか頭を出して、トレーナーさんに噛みつく。
「ちょっと、なんですか!」
「おう友達さん、ずいぶんはやいお帰りだったな。」
速い、という言葉にちょっと気分が良くなる。
「ありがとうございます、泳ぎはちょっとだけやってましたので。」
「そうなのか。オグリはビート板がいるのになあ。やるじゃねえか。」
ふふん、そうでしょう、そうでしょう。
口角が自然に上がる。
そのまま上がろうと顔を見つめるけど、動かない。
「あの、上がれないんですけど。」
「何言ってんだ、まだ終わってないだろう。」
えっ。
「あれ、10周ですよね。」
「そうだ。まだ5周しか終わってないぞ。」
えっ?
「もう500m終わりましたよ?」
「ああ、言い方が悪かったな。行って戻ってきて1周だ。1回じゃない。」
えっ。
「そういうわけで、もう『10周』行ってきな。それ終わったらインターバルだ。」
ええっ!
「う、ウソでしょ!?」
「残念ながら大マジだ。泳ぎは上手いが、あんまり飛ばすと潰れるぞ。」
それだけ言って、ニッと笑う。
急いでスタートの姿勢を取って、出発し直す。
や、やっちゃった。体力配分ミスった……
ていうか、アイツ、いつもそんなにやってるの!?
足元から上ってくる疲労を感じながら、仰向けにプールの壁を蹴った。
「おうそこまで、一度息入れな。」
アイツのトレーナーが合図をかけて、プールから上がる。
プールサイドで、立ち上がることもままならず、へたりこむ。
プールに入っていたのに、上がったとたんに今まで体験したことない熱と汗が、私を支配していた。
しょっぱい水がおでこから口まで流れてくる。明らかに水じゃない。
いつものトレーニングだったら、先にメニューをこなしたイツメンたちとすぐに駄弁るくらいの体力は残る。
けれど、今は全身の筋肉が酸素を求めて、声に回す分は残っていなかった。
走りこみの後の呼吸ほど荒くはならないけど、重く、深く、身体に疲れがのしかかってくる。
すると、肩を誰かに叩かれる。
「ふう、イチ、お疲れ様。」
いつの間にか、後ろから葦毛サマに声をかけられる。どれくらいの時間座っていたのかもわからなかった。
「イチは泳ぎが得意なんだな。半周目でもうあっという間に抜かされてしまって、びっくりした。」
コイツ、どうして喋れるんだ?ていうか、なんで立ててるんだ?
私より遅いから、ビート板を抱いてたから、って脳の表面が理由をつけるけど、心の奥底は言い訳をするな、基礎体力の差だと反論している。
やっぱり、重賞ウィナーは強い。
重賞ウィナーじゃなくても、中央じゃなくても、地方で勝ち続けられるウマ娘は、私とレベルが違う。
始まる前と同じとはいかないけど、普通の足取りで水分補給しに行く背中を見送る。
私も立とうと思ったけど、ダメだ、太ももが上がらない。
ふう、と長く息を吐く。すると、葦毛サマが戻ってきた。
「お疲れ様。君も飲むか?」
私の分の水筒を持ってこちらに手渡す葦毛サマの顔を見上げる。
水も滴るいいウマ娘、とでも言うんだろうか。顎先がシュッと細くて、はた目から見ても格好いい。
このルックスでバリバリ勝ちまくって、でも地方出身で、勝利者インタビューで抜けてる発言をしたら、そりゃファンもできる。
悔しいけどこの『怪物』相手に、多少水泳ができる程度じゃ、まるで勝ったことにならないだろう。
素直に受け取るのもムカつくけど、今の私に抵抗するだけの余力は残ってなかった。
「ありがとうございます。すみません。」
「そんな、大丈夫だ。やっぱり、このトレーニングはやらないんだな。」
「自主練でもないと、プールまで来る子はいないですね。」
「そうか……私は泳ぎが苦手だから、このトレーニングはちょっと不安なんだが、今日は君がいてくれて楽しかったぞ。」
トレーニングが楽しいって、どういうこと。イマイチ、ピンとこなかった。
水を飲みながら休んでいると、突然後ろからトレーナーさんの声がした。
「おう、プールに戻んな。」
またしても驚いて、水筒を思わずプールに落としそうになる。
「インターバルは終わりだ。もう1セット行ってきな。」
「ええっ、まだ5分も経ってませんよ。」
「そうだ。だからいいんだよ。ほら、もう一口飲んだら行ってきな。」
はい、とオグリが水筒をぐいっとあおってから、すぐ立ち上がる。
それを見て、私ももう一口だけ水を含む。
疲れで宙に浮いたように感じる脚を何とか持ち上げて、プールに滑り落ちるように入る。
「次は時間制限をつける。一周20秒、きっちり見てるから戻って来い。」
マジで、こんなにしんどいのに。
ふっ、ふっ、と細かく息を吐きながら、ビート板を抱えたオグリがスタートした。
私もいかなきゃ。オグリに少しでも食らいつくんだ。
手を合わせて、私も仰向けにスタートした。
それからは、もう無我夢中で脚と手を動かしてた。
どんどん姿勢が曲がっていくのを感じる。すると、スピードも落ちる。
1周目で追い抜いたと思った隣の葦毛サマは、いつの間にやら私をどこかで追い抜いて、周回遅れになったのは私のほうだった。
水が跳ねて、流れる音が耳と頭いっぱいに広がる。
「ゲストだからって手は抜かねえぞ、へばんな!」
私に向けた声だろうか。私だろうな。
「もう少しだ!頑張れ!」
もう一つの声が聞こえる。
アンタに言われなくても、やってる!
これで、これで最後の半周なんだ。あと、もう少し!
緊張しきったように伸ばした手が触れたのは、間違いなく、20秒をゆうに超えたあとのことだった。

「おお、よくやったな。お疲れ様。」
「キツかったろう、集団と違って。」
アイツに支えられながらプールサイドに座る。
腕も脚も、胸も背中も、全身が宙に浮いたように感じる。まるで脳の指示を受け付けなかった。
「とてもよく頑張っていたと思うぞ。凄かった。」
「いい根性してるぜ、良くついてきた。ほれ、水分補給しろ。」
水筒を受け取るけど、腕を上げるのも重労働に感じる。
仰向けに倒れこんで、重力で水が入ってくるように横着する。
「ばっかお前、寝転んで水飲んだらあぶねえだろ。オグリ、背中支えてやれ。」
トレーナーから注意が入って、葦毛サマに持ち上げられる。
また助けられちゃった。悔しい。
そんなことを伝えられるような体力は残っておらず、支えられるがまま、水を飲んだ。
その背泳ぎトレーニングの後にまだ続くのかと思いきや、そのままクールダウンの指示が出た。
『長くいろんなトレーニングをダラダラ続けても身体をいじめるだけだ、ガツンとやってさっくり休む』だそうで。
結局、そのあと自分一人で何かできるわけもなく、いろんなところで葦毛サマの手を借りる羽目になった。
何とかシャワーと着替えだけは自分で乗り切って、ロッカールームで靴下をはくために座ったら、立てなくなってしまった。
ヤバい、これ、本当に立てないやつかも。
指先がプルプル震える。脚も上がらない。
とはいえ上半身を傾けると、多分そのまま前のめりに落ちる。
結論として、靴下片手に裸足で座るっていう、銅像みたいな姿勢になってしまった。
横を通る子たちが「どうしたの」「あの子、大丈夫かな」という風に話しているのが聞こえる。
大丈夫じゃないです。誰か助けて……
どれだけ休めば動けるかな、と目だけ動かして時計を見ていたとき、葦毛サマが入ってきた。
「大丈夫か!」
パタパタと駆け寄ってくる。
待て、駆け寄るってなんだ……?
「外で待っていたんだが、出てくる人たちが皆ヒソヒソ話をしていたんだ。立てるか?」
立てないです、と小声で答える。オグリが私の靴下を手に取って、はかせてくれる。
「ハードだったな。分かるぞ。私もスタミナが課題だから、最初は本当に動けなかった。」
靴下を履かせ終わってくれたあと、私の前にしゃがみ込む。
「私が寮までおぶるから、そのまま倒れこんでくれていいぞ。」
え、ちょっと、マジで?
困る。
何がってわけじゃないけど、困る。
葦毛サマは『さあ!』と言って動きそうにない。
私自身、いつ歩けるようになるか全くわからない。
仕方ない、今回だけだ。今日だけ。
いや、今この瞬間だけ。
言われた通り、前に倒れこんだ。
背中におぶられる形で、帰路につく。
一度力を抜いてしまうと、空気が抜けた風船みたいに、元に戻らなくなってしまった。
話題の葦毛サマに背負われているせいか、周りの目がちょっと突き刺さる気がする。
私だって望んでこうなったワケじゃないんです。違うんです。
夕日というにはちょっと早い時間の太陽に照らされる。
「気分は悪くないか?」
「うん、大丈夫です……」
「敬語じゃなくて大丈夫だぞ。疲れてしまうだろう。」
あー、敬語使いたいんですよ。仲良くなりたいわけじゃないので。
もし私にもっと体力があったら、そう返していただろう。
仲良くなりたいわけじゃない、って言うのは言わないけど。
そんなことを言える度胸も気力も、体力も何も残っておらず、その時の私は、その誘いを受け入れてしまった。
「あ、じゃあ……」
「良かった。今まで、ちょっとだけ距離を感じていたんだ。」
それが私の目的なんで。
「いつも朝に話すから、今日は一緒にトレーニングできてよかった。」
「ううん、私も、気合入ったから……」
「そうか。それなら、私も嬉しい。」
「オグリさん、スゴイね。あんなの毎日やってるの?」
「いいや、今日はなんだか、トレーナーも少し気合が入っていたように見えるぞ。きっとトレーナーも嬉しかったんだろう。」
本当かどうかも分からないけど、もしそうじゃなかったとしても、十分ハードな内容だ。
そんなことを考えていた矢先、ああ、そうだ、と葦毛サマが何かを思い出す。
「オグリと呼んでくれ。せっかく敬語でなくなったから、オグリでいい。」
えっ、困る。
まあ、でも、いいか。疲れたし。
「わかったよ、オグリ。」
「それで、私は君を何と呼べばいいかな。」
げ、ヤバい。
この流れで『オグリさんが知ってるようなウマ娘じゃない』なんて言えない。体力的にも。
どうしよう。
誤魔化すのも面倒だから、いつも呼ばれてるやつでいっか。
「イチ、です。」
「イチ、か?」
「はい。皆、いつメンはイチって呼ぶんで。」
イチ、か。イチ、イチ……と独り言のようにオグリがつぶやく。
「うん、分かった。イチだな。ありがとう、イチ。」
あーあ、やっちゃった。ライン越えちゃったかも。
名前を教えてしまったことに、身体だけでなく心もぐったりする。
「これからもよろしく、イチ。」
「うん。よろしくね、オグリ。」
その返事をしたのを最後に、視界がまどろむ。
ああ、眠い。
子供のころ、いっぱい遊んで、お母さんにおぶられて帰ったあの感じに似てるからかな。
もういいや、眠っちゃえ。何も答えなくて済むし。
私はその優しい眠気に屈服して、オグリの背中で眠りに落ちた。

あの時寝てしまったのは間違いだった、とその後の数日は思っていた。
でも、今は寝てしまってよかったのかも、って思う。
私とオグリが、「初めて」出会った日の、思い出。

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2つ目(≫118~123)

SS筆者22/02/08(火) 22:22:03

「ただいま。」
「お帰り、オグリ。カバンちょうだい。」
「ああ。あっ、花を替えたのか?」
「うん、貰ったんだ。」
「そうか。」
「ご飯できてるから、パッとお風呂入っといで。」
「うん。分かった。」

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「はい、いただきます。」
「いただきます。」
「ご馳走様。」
「お粗末様でした。相変わらず、口いっぱいに食べるよねえ。」
「今日も美味しかったぞ、イチ。」
「そりゃあ私が作ってるんですから、マズいなんて言わせませんよ。」
「ふふ、それもそうだな。」
「今日はどう、何か変わったこととか、なかった?」
「うん、そうだな……なんだろう。」
「なんにも思いつかない?」
「すまない……あっ、でもイチのお弁当はとても美味しかったぞ。」
「はい、キレーに食べてくださって、ありがとうございます。」
「どうしたんだ、そんな仰々しく……」
「別に、なんでも?」
「本当に美味しかったぞ?」
「ありがとって。お弁当箱、軽かったもん。」
「いつも同じ言葉になってしまっているが、本当なんだ。」
「分かってるって。ほい、お茶。」
「う、うん……」
「お代わりいるなら呼んでねえ。」
「イチも、一緒に。」
「ん?」
「一緒に、お茶を飲まないか。」
「んー、このお皿、放っておけないでしょって。」
「そ、そうか。」
「綺麗な机で飲むお茶のほうが美味しいよ。ちょっと待ってて。」
「そうだな……」
「イチ、ちょっといいか。」
「あ、お茶?ごめん……え、なんで床に座ってるの。」
「いや、違うんだ。」
「なになに、なに。」
「イチは、ご飯を食べた後にすぐに立ち上がるのは、辛くないか?」
「いや、別に。」
「私はちょっとだけ辛いぞ。」
「えっそうだったの、もう……2年くらい?だけど知らなかったわ。」
「……すまない、ウソだ。」
「だよね。びっくりした。」
「イチはご飯の後にお茶を飲まなくていいのか?」
「え?いつも飲んでるじゃん。」
「でも、いつも夕飯の後には飲んでいないじゃないか。」
「そりゃ、洗い物済ませたいし……」
「それも、そうか……」
「そうだよ。」
「イチ、その。」
「うん、どうしたの立ち上がって。……なんか背伸びた?」
「今日の洗い物は私に任せてほしいんだ。」
「なに、いったいどういう風の吹き回し?」
「イチは向こうで座っていてくれ。ほら。」
「えっちょっと、ちょっと。」
「私のお茶、飲んでいていいからな。」
「いや、そんなワケにはいかないって。」
「私がイイというまで、こちらに来てはいけないからな。」
「ちょっと、オグリ!」
「覗き見るのもダメだぞ、イチ。」
「ツル娘かって!」

「ねえ、オグリ~?」

「オグリ?」

「大丈夫?」

「私の湯飲み、取りたいんだけど……」

「オグリ、開けるよ?」

「……オグリ?水道は止めながらにしてよ?」

「あ~……開けるからね?」

「わっ、何これ!」
「イ、イチ……泡が……」
「マンガじゃないんだから、どうしたの!」
「最近の洗剤は、とても泡立つんだな……」
「最近のじゃなくても出しすぎ!もー。」
「すまない……」
「あーあー、なんつー……ゲッ、どうしてお茶碗が床にあるの。」
「水切りカゴがいっぱいになってしまって……」
「小さいのから洗えば上に被せていけるのに。」
「そ、そうなのか。」
「あー、お鍋の裏擦ってないでしょこれー。」
「あっ、洗うものなのか?」
「まあ洗わない人もいると思うけど、私はたわしで擦ってるの。」
「そうだったのか……」
「ハイ、交代。ここからは私がやるから。」
「うう、すまない……」
「分かってるから。耳倒さないの。サンキューね。」
「さー、この泡どうしましょうかね。」
「わざとではないんだ、イチ。」
「知ってる。アンタが一番頑張ってるんだから、夜くらい休みなって。」
「でも、イチは一日中台所やキッチンに立っているじゃないか。」
「そうねえ。」
「今日くらいは座っていてほしかったんだ、が……」
「私が立ちたくて立ってるんだから、ヘーキ。そんなこと言ったら、アンタも一日走りっぱなしでしょ。」
「私は……うん、すまない。」
「レースとか、最近はタレント業もこなれてきたのに、本音を言うのは相変わらずヘタだよね、オグリ。」
「なっ……!うん……」
「カワイイよ、オグリ。な~んて……ちょっ!」
「ちょっとアンタ、ジャマだって。」
「イチは洗い物を進めててくれっ。」
「アンタがこんなにしたんでしょ!」
「イチが終わるあいだ、こうする。」
「ねーちょっと、尻尾!尻尾まで絡めるな!」
「イチも絡めていいんだぞ。ほら。」
「も~……お茶、冷めちゃうよ。」
「いいんだ。イチが淹れ直してくれるから。」
「『とびつき』には淹れてあげません。」
「むっ、イチ、よく知っているな。」
「え、とびつきはとびつきでしょ。」
「そういえば聞いたことなかったな。イチの出身はどこなんだ?」
「話したことなかったっけ。私の地元はね……」

了

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3つ目(≫157~159)

SS筆者22/02/11(金) 22:58:13

台所に近づくと、カレー粉のいい香りが漂う。
「あ、カレーの準備されてたんですか。」
「分かっちゃった?でも、カレーじゃないのよ。」
あてが外れて、台所の様子をさっと観察する。
ネットを替えたばかりの三角コーナーには、山盛りのにんじんの皮しかまとめられていない。
そのとなりには、ボウルに貼られた水に入っているごぼう。
コンロの上にはそこの深いフライパンが置いてある。きっと、これまでオグリのお腹を満たしてきたベテラン戦士さんなのだろう。
台所の中央には細く切り揃えられたにんじんが、白いまな板の上で輝いている。
その奥に用意されている、カレー粉、白ごま、ごま油に、鷹の爪……
全部見て、ピンときた。
「あ、もしかして。」
「もしかして?」
「きんぴらごぼうですか。カレー味の。」
お義母様の顔がぱあっと明るくなる。
「すごい!さすが、聞いていた通り、いいカンしてるのね。」
当たったみたいだ。思わず私も笑ってしまう。
「あ、ありがとうございます。」
「もう後は合わせて炒めるだけなんだけど、やってもらえる?」
「はい、任せてください。」
お義母様に促されて、コンロの前に立つ。
あ、忘れ物。
「あの、エプロンとかって。」
「あら、ありがとう。でも、いいのよ。誰も気にしないんだから。」
そういうものか。
ちょっと気後れしつつも、わかりました、と返事をしてコンロに火をつける。
パチッ、と心地よい音を立てて、火が灯る。

さ、覚悟してなさいよアンタたち。
今からまとめて調理してやるんだから。
熱を加えているフライパンに、ごま油を垂らす。
すぐ暖まっちゃうから、キッチンばさみを借りて素早く鷹の爪を切る。
種を取り除いて、一本の鷹の爪が、輪の形をした飾りになる。
それをあったまったごま油に加えて、香りを移す。
ふわっと、ごま油のいい香りが立ち上ってくる。
うん、おいしそう。
「ごま油って美味しいわよねえ。」
「わっ、すみません。」
「ふふふ、分かるわよ。ごま油、美味しいものねえ。」
思わず口からしゃべってしまっていたらしい。
顔が思わず赤くなる。
私の顔に負けないくらい赤いだろう、お義母様の切ってくださったにんじんをまな板から滑り落す。
きんぴら用とは思えぬ量だ。やっぱり、いつものお弁当ももっと増やしてあげたらよかったかな。
木べらで油と絡めてやりながら、時たまフライパンを振って炒める。
軽く熱が加わったら、借りたザルでごぼうの水気を切る。
こっちも、オグリの家だけあってすごい量。
ザルをフライパンの上に持ってきてひっくり返して、ごぼうをにんじんの上に移す。
ザルに残ったのももったいないので、手で拾ってやる。
「あとからごぼうを炒めるのね。」
「あ、すみません。」
「いやいや、別に責めてるとかじゃないのよ。ただ、変わってるな~って。」
「こうするとごぼうの食感と香りが残りやすいんです。全部クタクタになるきんぴらも美味しいんですけど、カレー味にするから触感が楽しいほうが>いいかな、って。」
「う~んなるほど、勉強になるわねえ。」
う~、やっちゃったかな。
でもやってしまったからしょうがない。流れに乗って、お義母様に聞く。
「めんつゆとかって、ありますか。」
「ああ、あるわよ。はい。」
麺つゆを受け取って、薄めずにそのまま、少しだけ垂らす。
もう少しだけ食感が柔らかくなってからのほうが、カレー粉は美味しくなるかな……
気持ちしんなりしたところに、カレー粉をかける。
それも全体に行きわたるように絡めて、出来上がり。
「どうでしょうか。」
お義母様に声をかける。
菜箸でつまんで、お義母様が味見をする。
シャキ、といい音が一つ。
頬に手を当てて、目を閉じて咀嚼している。
なんか、ヘタな試験とか、テキトーな模擬レースとか、オグリと夜通し喋った時より緊張するな、コレ。
マズい、ってことは無いはず。とドキドキしながらお義母様の反応を見る。
「ん~、おいしい!にんじんを先に入れるとこうなるのね。」
やった!
「ありがとうございます、嬉しいです。」
「さっそくあの子に出しておきましょ、これならすぐに無くなるなんてことは無いはずだから。」
まずこれまでのきんぴらごぼうが盛られたことがないであろう大皿に、盛り付ける。
オグリも、おいしいって言ってくれるかな。
私とお義母様の料理なんだもの、そういうに決まってる。
すぐ後ろにいるオグリの顔を想像しながら、仕上げの白ごまを軽く振った。

了

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4つ目(≫178~193)

SS筆者22/02/14(月) 00:05:20

2月14日。
いつもと同じように、小鳥のさえずりと一緒に目が覚める。
ぐーっと伸びをしながら、バレンタインデーだなあとぼんやり考える。
世では、チョコレートを贈り合う日ということになっている。
まあ、女子のほうが多いこの学園でも、この日が近づくにつれて色めきだつ子が増える。
やれトレーナーに贈るだの、やれ憧れの先輩やら先生に贈るだの、やれ学園の外に好きな人がいるだの、なんだの。
うちのトレーナーとはそういう感じでもないから、私は別にそういうのは無いんだけど、他の子たちは本当にガヤガヤしている。
トレーナーじゃなくても、別にそういうのは無い。はず。
イツメンには友チョコ渡すし、トレーナーにはお世話になってるからチョコ贈るけど。
試しに部屋を出て寮長室の前を見かけてみると、もうチョコの丘。
一体いつ置いていったのかと疑問に思う量だ。誰かとすれ違ってはいないから、まさか深夜に?
熱心なことだなあ、と上から目線で感心する。
あの丘が山になって、それから火山になって噴火して、大陸になるまでそんな時間はかからない。
今日は寮に帰ってくる時間、遅らせよう。どうせすぐ入れるようにはならないし……
寮長室から自分の部屋に戻る途中、オグリの部屋がちらっと目に入る。
ドアの前には、青や赤や白、黄色のラッピングをされた箱が、丁寧にドアの横によけてあった。
朝起き出したオグリが部屋を出た後に揃えたんだろう。
フジ寮長ほどじゃないけど、でもよく目立つくらいには量がある。
よしておけばいいのに、脚が勝手ドアの前まで身体を運ぶ。
屈んで箱を見てみると、『オグリ先輩へ』とか『タマモ先輩へ』とかのカードに加えて、便箋まで挟んであるものもあった。

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、ムッとする。
ま、葦毛の子はモテるし……私には、何の関係もないことだし。
アイツは群を抜いて顔もスタイルもいいし、レースは強くて格好いいし。
そのくせダンスはちょっとだけ不慣れで、まあ最近は良くなってキマってきてるけど、スキのある感じがかわいいし。
喋らせてみたらイマイチ噛み合わないのが面白いし、健啖家で食べ物渡したらなんでも受け取るし。食べるし。
愛想もいいし、頑張る姿はひたむきだし……
頭がもやもやしてきて、かぶりを振って立ち上がる。
別に、私には、アイツがチョコを貰おうと、何の関係も、ないし。
私は特別な日に1回だけ差し入れてるわけじゃないし。
今日だって、そのつもりで早起きしたんだから。
でもアイツのことだから、きっとちゃんと全部読んで、全部美味しく食べるんだろう。
そう思うと、なんでもいいはずなのに、どんどんムキになってきた。
寒いはずの廊下が、だんだんと気にならなくなってくる。
アイツ、朝トレ行く前にこれ見た時、笑顔になったのかな。
急ぐ必要のある時間でもないのに、ちょっと早足で、キッチンに向かった。

「クリークさん!おはようございます!」
「あ、あら、おはようござい……ます?」
勢いよくキッチンのドアを開けて、いつも通り先にお弁当を作っていたクリークさんに挨拶する。
クリークさんが私を頭から足先まで見て、首をかしげる。
「イチちゃん、エプロン忘れてますよ?」
「えっ。」
あ、しまった。
ここに来る前に部屋に寄るはずだったのに、なぜか頭から抜け落ちてた。
部屋に一度戻ろうとする振り返ると、後ろからクリークさんが呼びかけた。
「確かもう一着ありますから、使っていいですよ。」
クリークさんがキッチンの収納から予備のエプロンを取り出しながら、声をかけてくれた。
「すみません。忘れてました。」
「いえいえ。あっ。」
何かに気付いたように声を上げると、エプロンを持ったまま、クリークさんが鞄に向かって屈んだ。
こちらに向き直って、エプロンをこちらに差し出す。
綺麗にたたまれたエプロンは、ちょっと中央が盛り上がっているように見える。
口元が、いたずらっぽく笑っている。こういうところが本当にかわいらしい人だ。
「どうぞ、イチちゃん。」
「あ、クリークさん、さては。」
エプロンを受け取って、折り畳まれた端をちょっと持ち上げる。
綺麗にラッピングされた、手のひらサイズの小さい箱がそこには入っていた。
「ハッピーバレンタイン、です。」
「わ、ありがとうございます。カワイイ。」
一体いつの間にこんなきれいなのを仕込んでいたんだろう。
「あっ。」
「どうしましたか?」
「すみません、私、チョコ、部屋に忘れてきちゃって……」
「あら、用意してくれたんですか?」
「もちろんですよ!準備が間に合わなくて、既製品なんですけど……」
あ~~~もう。なんでこんな時に限って大ポカしちゃうかな。
「ルームメイトのタイシンさんの分まで用意したんです。」
「わ、本当ですか。放課後でも大丈夫ですよ。私も放課後に渡す子、いっぱいいますから。」
すみません、と頭を下げて、受け取ったエプロンを着る。
青い線が斜めに入った白地のエプロン。汚れが目立っちゃう珍しい色合いだけど、水の流れのようで素敵だ。
クリークさんのチョコも嬉しいけど、それだけで喜んでいられない。
お腹を空かせて戻ってくるアイツに、食べさせてやらないといけないんだから。
袖をまくって、短く息を吐く。
ふーっ、と気合を入れていると、クリークさんが不思議そうに首をかしげている。
「イチちゃん、今日はなんだかすごい気迫ですね。」
指摘されてギクッとする。ごまかすために、両方の肘を手で擦る。
「あ、いや、その。腕捲ったけどちょっと寒いな~って。」
我ながら、なんてわざとらしい。
少しの間、勘ぐるように私の顔を見ていたクリークさんが、何かひらめいたように表情を変えた。
クリークさんが、捲った私の袖と肘を両手で掴んで、真っすぐ目を見てくる。
「イチちゃん、私に何かお手伝いできること、ありますか?」
「え、どうしたんですかクリークさん。気合すごいですよ。」
「いいえ。でも何だか、お手伝いしたくなってしまって。」
どうして、逆にお願いされてるような感じになっているんだろう?
面倒見スイッチが入ったクリークさんは、こうなるとタダではひいてくれない。
こうなったら、ヤケだ。
「クリークさん。」
「はい。何をすればいいですか?」
「お肉の、美味しいおかず。教えてください。」
私のお願いを聞いたクリークさんが、きょとんとした顔をする。
「お肉のおかず、ですか?」
「はい。お弁当用じゃなくても、美味しい、白いご飯に合うような、お肉のおかずです。」
クリークさんはしばらく目をぱちくりさせながら、私の顔を見ている。
また少しの間をおいて、脳内で何かを検索し終わったようなクリークさんが、目をキラキラさせて私の手を取る。
「分かりましたイチちゃん、任せてください。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
こういう時のクリークさんは、本当に、頼りになる。
「そしたらイチちゃん、料理酒とおしょう油、みりんに、小麦粉を用意してもらえますか。」
はい、と返事して言われた調味料類を取り出す。
ここは私たち二人の領地だ。どこに何があるのかは、把握している。
用意し終わってクリークさんのほうを振り返る。
冷蔵庫を覗き込んでいたクリークさんが、トレイの上に食材を並べて戻ってきた。
玉ねぎ、チューブのしょうがに、豚肉。
「これは……ロースですか?」
「そうです。本当はちょっと豪華なカレーの時のために用意しておいたんですが、今使っちゃいましょう。」
心なしか、クリークさんの声がうきうきしているような気がする。
これって、もしかして。
「豚の生姜焼きです。そしたら、まずは玉ねぎを刻んでもらえますか。」
やっぱり。
でも、今から?
疑問に思ったけど、言われた通り、玉ねぎに手をかける。
皮を剥いて、軽く洗って、包丁で切っていく。
トントントン、と小気味よい――切ってるのは私だから手前味噌なんだけど――包丁の音がキッチンに響く。
切りながら、クリークさんに質問する。
「豚の生姜焼きなんて、今から作って間に合うんですか?」
「間に合う、というと?」
「普通、生姜焼きってお肉を前日から付け込まないと味が滲みなくて美味しくないって言うじゃないですか。」
「実は、そうじゃないんです。」
「えっ。」
隣で調味料を混ぜて、味をみているクリークさんが答えてくれる。
「お店で売られているロース肉って、薄いことが多いんです。」
「はい。」
「お肉は塩分を吸わせると、水分が抜けて硬くなってしまうんです。」
「あ、あれですよね。『コショウは早めに、塩は焼く直前に』っていうステーキの。」
「そうです。だから、タレにあらかじめ付け込んでしまうと硬くなってしまうんですよ。」
なるほど、言う通りだ。
「でも、薄いお肉で味をつけずに焼いたら、味も薄くなっちゃいませんか。」
「そこで、これです。」
待ってましたと言わんばかりに、クリークさんが小麦粉を手に取る。
「これでうまみを閉じ込めて焼くんです。美味しいですよ。」
そう言ってパットに小麦粉をあけて、慣れた手つきでお肉にまぶしていく。
家庭料理の知識だったら、クリークさんに勝てる人なんて誰もいないんじゃないだろうか。
さながら、お料理界の「若き天才」だ。
うーん、本当に、頼りになる。
玉ねぎも切り終わって、コンロの前に立つ。
油を出し忘れた、と思って屈むと、クリークさんに肩を触れられる。
「イチちゃん。大丈夫。」
「えっ?」
「ノンオイルです。」
えっ!?
「えっ!?」
「この方法では、油は使いません。」
「でも、炒めるんですよね?」
「はい。でも、ノンオイルです。」
硬い表情で諭される。ウソでしょ……
でも、クリークさんに限って間違うなんてことはない。半信半疑だけど、諦めて立ち上がる。
コンロに火をつけて、お肉を並べた。うわー、不安。
「お肉焼き色がつくまで、炒めてくださいね。」
「ちゃんと炒めきらないんですか?」
「はい。そこで玉ねぎと合わせタレを入れます。」
す、すごい。私の知ってる生姜焼きと全然違う。
それでも、言われた通り。頼んでるのはこっちだし。
じゅう、とお肉の焼けるいい音がする。おいしそう。
かなり心配していたけど、意外とお肉がフライパンにくっつかない。
少し経って焼き色がついたら、指示通りに玉ねぎとタレを加える。
ちょっとゆすりながら菜箸で全体をからめるように炒めていくと、だんだん、とろみがついてきた。
「わ、何これ。」
「とろみが出てきましたね。もうちょっと炒めたら、もう大丈夫ですよ。」
すごい。朝ごはんとかお弁当にピッタリな短時間の調理だ。
小麦粉こそ必要だけど、とてもコンパクトに生姜焼きができる。
出来上がり。とってもいい香りだ。
「味見してもいいですか。」
「どうぞ、召し上がれ。」
ニコニコの笑顔でクリークさんが答える。
菜箸のまま、玉ねぎとお肉をつまんで、一口。
わっ!
「わっ!」
私の反応に、クリークさんが嬉しそうにしている。
「すごい、すごいですよこれ!」
「おいしいですよね~。」
「甘い!柔らかい!小麦粉のとろみと豚ロースの脂が、すごい!」
小麦粉に閉じ込められた豚肉の脂の甘味が、玉ねぎの甘味に負けず残っている。
玉ねぎもクタクタになった脇役状態じゃなくて、シャキシャキ感が残っている。準主役級だ。
本当においしい。
あんまりおいしくて、びっくりしてしまった。
今まで『焼肉はお肉じゃなくて、タレとかソースが一番おいしいんじゃない』とか、ひねくれていた自分の常識を大差で追い抜いて行った。
お肉に美味しさがあるんだ、って常識を再発見した気分。ウイニングライブ踊ってもらわなきゃ。
「すごい!うわ、ご飯食べたい。」
「ふふ、そう思ってちょっと分量多めにしてたんですよ?私も今日はこれにします。」
スキップでもしそうな足取りで、二人分の食器をクリークさんが取りに行く。
お弁当に付け合わせのお野菜と一緒に詰めて、自分たちの分を取り分ける。
ご飯をよそって、お味噌汁に乾燥野菜をふやかして、クリークさんと朝ごはん。
「いただきます。」
「いただきます。イチちゃんが美味しく作れて、良かったです。」
「クリークさん、すごいですね。どこでこういうの覚えるんですか?」
「教えてもらったり、テレビで見たり、雑誌で読んだりです。自分で見つけたわけじゃないんですよ。」
それでも、すごいものはすごい。
生姜焼きにおいしい、おいしいと舌鼓を打っていると、ところで、とクリークさんが聞いてきた。
「どうして今日突然、お肉料理を?」
「へ?」
「いつもはお野菜中心で、今までお肉料理ってなかったと思うんです……」
うーん、とクリークさんが考え込む仕草をする。
「うん、やっぱり朝にイチちゃんのお肉料理、見たことなかった気がします。」
「えー、なんででしょうね?」
適当に誤魔化してみる。お願い、見過ごして。
「オグリちゃんへのお弁当ですよね?」
ぐっ、と生姜焼きが喉につまりかける。とろみのおかげで流れていった。
「や、まあ。そうなんですけど。」
「何かあったんですか?あ、まさか、喧嘩してしまったとか?」
クリークさんが口に手を当てて、悲しそうな顔をする。
「いや、そういうわけではないんです。」
「ダメですよ、ちゃんと仲直りしないと。」
なんと答えたものか。
苦し紛れに、返事する。
「……今日はバレンタインデーだから、とか?」
私の言葉がどうもうまく結びつかない様子のクリークさんが、目をぱちくりさせる。
「ほら、チョコレートの甘さってもう飽きるほど食べると思いますから、お肉と玉ねぎの甘味もいいのかな~、なんて。」
「あ、そういうことだったんですね。安心しました~。」
二人して、ほっ、と息をつく。いや、なんで私が息をついているんだ。
「なんだか、イチちゃんらしいですね。」
「えっ。」
「ふふふ、ごちそうさまです。」
「えっ!?」
ニコニコ笑顔のまま、クリークさんが答える。
違うんです、多分、クリークさんが今思ってるのは、何かがとても違うんです!
それからは、私がお弁当を持って出かけるまで何を言っても、クリークさんは笑顔を崩さずにずっと、私の話を聞いているだけだった。
やっぱり、本当に、頼りになる。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「……ほっ、ほっ。」
「よ。」
「ああ!おはよう、イチ。」
「ん。おはよう。今日はちょっと遅かったね。」
「ああ。実は、トレーニング中にいろんな人からお菓子を貰ってしまってな。」
「そうなの。」
「ああ。飴とか小さいチョコレートとかだが……今日はお菓子を配る日なのか?」
「え、ウソでしょ。」
「私たちの部屋のドアの前にも、私やタマの名前あてでたくさんプレゼントがあったんだ。」
「そりゃあ、ねえ。」
「イチの部屋の前には置かれていなかったか?」
「……オグリ、マジで言ってる?」
「う、うん。『まじ』だぞ。」
「あー、まあ、オグリは今日一日、そのほうがウケるかもね。」
「う、ううん……」
「どうしたの、悩んじゃって。」
「これは、意地悪な時のイチだ。」
「ちょっと、何が何が。」
「そういう含みのある言い方をするときは、イチが意地悪をしているときなんだ。」
「何オグリ、急に。」
「イチ。ちゃんと教えてくれないと、嫌だぞ。」
「分かった分かった、ごめんって。お弁当あげるから、食べながら話そ。ね。」
「今日もあるのか!ありがとう。」
「うん。はい、これ。朝からお疲れさん。」
「それじゃあ、いただきます。」
「ん。召し上がれ。」
「それで、今日は何の日なんだ?」
「今日は2月14日でしょ。」
「うん。そうだな。」
「バレンタインデーじゃん。」
「……ああ!そうか!」
「そうです。」
「それで、皆お菓子をくれていたんだな。」
「オグリ、きっと今日は一日中貰いっぱなしだよ。」
「そうなのか?」
「そうです。」
「ううん、そういうものなのか……」
「覚悟しといたほうがいいよ。皆寄ってくるから。」
「そうか……おおっ!」
「わっ、何。」
「イチ!これは、生姜焼きだ!」
「そ。良かったじゃん。」
「いつもは野菜中心だから、珍しいな。」
「そうだね。」
「とてもおいしそうだな。いい香りだ。」
「うん、私もそう思う。」
「おお、これは!」
「わっ、……これは?」
「おいしい、おいしいぞ、イチ!」
「ふふ、そうでしょ。」
「お肉も玉ねぎも甘くて、とてもおいしい。」
「ありがと。」
「しかし、困ったな。」
「え、何か、まずかった?」
「いや、その。」
「どれが良くなかった?」
「いや、そんなに、問題というわけではないんだ。」
「教えて、それ、聞きたい。」
「……ご飯が、足りないんだ。」
「……へ?」
「こんなおいしい生姜焼き、お弁当のご飯だけでは、とても足りなくて……」
「……ふふ、何それ。」
「ほ、本当だぞ、イチ。イチも食べてみるといい!」
「食べてるから、ヘーキ。知ってる。」
「ううむ……でも、おいしいな。」
「分かる。おいしいよね、それ。」
「ご馳走様でした。」
「はい、お粗末様でした。」
「とてもおいしかった。イチは、肉料理も得意なんだな。」
「私だけの料理じゃないけどね。」
「そうなのか?」
「そう。」
「それでも、作ってくれたイチの料理だ。ありがとう。」
「ん、うん。ありがと。」
「イチ。もし、良かったら、なんだが。」
「え、うん。」
「また、この生姜焼きを作ってくれないか。」
「う、うん。」
「いつでもいいんだ。朝でも、お昼でも、夕飯でも。いつでも大丈夫だ。」
「そんな時間、無いでしょって。」
「定食みたいに食べてみたいな。」
「定食?カフェテリアのお昼ご飯みたいな?」
「うん。キャベツの千切りと、お漬物と、お味噌汁。合わせて食べてみたい。」
「言われてみたら、生姜焼き定食みたいな普通のお昼ご飯、うちのカフェテリアに無いのかな。」
「いや、あるぞ。」
「いや、あるんかい!」
「おお、タマみたいなツッコみだな。」
「コラ、そんなこと言ってると、作ってあげないよ。」
「そ、そんな!イチ!」
「ダメ、もう明日からはいつものお野菜お弁当です。」
「そんな……」
「へちゃくれてもダメ。」
「私はただ、イチのお味噌汁も飲んでみたいな、と思っただけなのに……」
「えっ。」
「お弁当だと、お味噌汁は飲めないからな……」
「オグリ、アンタ、本当に……」
「な、なんでイチが耳を垂れさせるんだ。」
「別に、なんでもない。」
「顔を上げてくれ、イチ。イチのお味噌汁は美味しいと思っているぞ!」
「え、な、オグリ。」
「いつかまた、作ってくれたら嬉しい。」
「……別にいいけど、そんな時来るのかな。」
「そうだな。来たら、いいな。」
「そうだね。」

「イチは、誰かにチョコを贈るのか?」
「うん、まあ、イツメンとか。」
「そうか。私も、イチに用意してあるぞ。」
「え、そうなの?」
「うん。放課後、夕飯が終わった後に、また連絡する。」
「分かった。でも、オグリ、今日は一日抜け出せないかもよ。」
「私は抜け出すのは得意だぞ。任せてくれ。」
「はい。分かった。待ってるね。」
「うん。ああ、それで、今日川沿いでな……」

了

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Part7

1つ目(≫38)

二次元好きの匿名さん22/02/16(水) 20:31:44

「ねえ~、キャップさん、まだあ?」
「もうすぐじゃない?今日は早く帰るって、さっきも言ったじゃないの。」
「うーーん。」
「はいはい、もうちょっとだと思うから。」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ただいま。」
「あっ!」
「ほら、帰ってきた。」
「おかえりなさい!」
「ただいま、ワン。」
「おかえり、キャップさん。」
「ただいま、イチ。」
「今日ね、町内徒競走で4番だったんだ!」
「おお、そうなのか。頑張ったな。行ってあげられなくてすまない。」
「ワン、ずっとキャップに見ててほしいって言って、聞かなかったんだから。」
「そうか、よし、ワン。次のお休みには私と一緒に走ろうな。」
「キャップは速いよ、ワンに勝てるかな?」
「頑張るもん!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はい、お茶。」
「ありがとう、イチ。」
「たまには一緒に走るとき、手、抜いてあげたら?」
「それはできない。彼女のためにも、全力で走る。」
「そっか。キャップらしいね。」
「イチもたまには、一緒に走らないか?」
「もうお腹も脚もダルダルだから、パス。」
「そうか……イチと一緒に走ってみたいとずっと思っているんだけどな。」
「いつもありがとうね。でも、走るのはまた今度だよ、キャップ?」

了

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2つ目(≫101~105)

SS筆者22/02/19(土) 01:27:31

「はあーお腹減ったお腹減った。」
「いやー本当にそれー。あ、この靴カワイー。」
「ちょっと、ご飯の時くらいスマホしまいなさいって。」
「なあによオグリギャルさん。いいじゃないのー。」
「誰がオグリギャルよ。アンタ、授業中ですらスマホ隠れて触ってるじゃん。」
「えっ、バレてたの。」
「あったり前でしょ。」
「まあまあ、そうカッカなさらず……」
「カッカしてないっ。」
「いーや、ホントーにイチはわかりやすいね。」
「なんですって?」
「やめときなって、いくらバレンタインデーだからってさ。」
「え、バレンタイン……ああ~~!」
「『ああ~~!』じゃないわよ。何に納得いってるの。」
「イチあれでしょ、チョコ渡せてないんでしょ!」
「は、はぁ~~!?」
「はぁ~~?」
「はぁ~……アッハッハ!ウケる!」
「ちょっと、マネしないでよ!サイテー!」
「いーや、ほんっとに、イチは。」
「わかりやすいよねえ~~。」
「マジであり得ない、なんなの、もう。」
「ほれ、後ろ後ろ。噂をすれば。」
「怪物の影がさす、かあ。」
「イチ、見なくていいの?」
「別に、アイツが囲まれてんの見たって、どうもしないでしょ。」
「どうもするって。あれ凄いよ。」
「いや人数ヤーバ。囲まれてんじゃん。」
「なんだっけ、あの、文化がどこかを中心にして周りに広がってくやつ。歴史の。」
「文化伝播論ね。」
「おっ、それそれ。アンタ次のテスト100点じゃん。」
「アレじゃあ、『オグリ伝播論』ですな。」
「うまいっ!座布団もあげちゃう。」
「古くね?」
「……オグリ、困ってるし。」
「うわ、見た。」
「アンタが見ろって言ったんじゃん。」
「さすが、一目見ただけでわかりますか。奥様は。」
「トレイを持って席を探してる間に群がられたら、誰だって困るでしょ。」
「旦那サマのピンチですぜ、助けに行かなくていいんですかい、親分。」
「誰が親分だ、コラ。」
「ビシッと間を割って、助けに行ってやりなさいよ。」
「今日、鞄ずっと持ち歩いてんの、チョコが入ってるからなんでしょ。」
「そうそう。」
「えっ、アンタたち、いつの間に。」
「……ぷっ。」
「いやはや、イチは、ホントーに。」
「わっかりやすいですなあ~~。」
「ア、アンタら~、さては!」
「アッハッハ、ほんっと、そういうとこ大好きだよ、イチ。」
「ほれ、応援してるから行っといでって。」
「……ヤだ。絶対行かない。」
「え~~?そんなんある?」
「んもー、しゃーないですなあ。」
「えっ、何、ちょっと。」
「ほら、鞄持って立った立った!」
「はいちょっと皆、ゴメンなさいね~。通して~。」
「ちょっと、やめてって、コラっ。」
「とっとと渡してくる!ほら!」
オグリの周りに城壁かと思うような生徒たちの間を一人が割って、もう一人が私の肘に腕をひっかけて引っ張っていく。
『この子は抜け出すのが上手い』って評価を教官がしてたのを聞いたことあるけど、こういうところで役に立つものなのか。
最後の城壁までスルスルと私を先導して、二人が私の背中を押す。
「今しかないよ、イチ。」
「グッドラック。」
目の前には、見慣れたオグリの困惑した顔があった。
なんなんだ、アンタらは。
恨み言も言い終わらないうちに、オグリが私を見上げる。
「や、やあ。イチ。」
「ど、どうも……」
こんなぎこちない挨拶、初対面の時でもしてない。
周りの子たちもなんだか困惑している。私だって困惑してる。
「がんばれよー!」
「戦果を期待してるよー!」
城壁の向こうから、望まぬ心強い味方の声援。ホントーにうっさい。
ええい、こうなったら、ヤケだ。
「はい、チョコあげる。もう学園中から貰ってるだろうけど、食後のデザート代わりに食べて。」
周りから、わぁ、というどよめきの声。オグリが驚いたようにチョコと私の顔を見比べて、まばたきする。
顔が突然熱くなってくる。もう、早く受け取ってって。
「……友チョコと言うやつか!ありがとうイチ!」
ちょっと困ったような顔で、返事をしてくる。

は、何それ。
熱くなってきた顔が、もっと熱くなるのを感じる。
そんなんじゃ、ない。
周りの子のことを思って言葉を選んでくれたのかもしれない。
でも。
でも、違う。
他の子たちのことを下に見るワケじゃないけど、私のチョコは想いが、違う。
ああ、もう。

「……本命。」
「……イチ?」
「本命よ。」
周りのどよめきが、驚きの声になって、黄色い歓声にすぐ変わる。
「やっぱり、食後のデザートなんかに食べたら、許さないから。」
「い、イチ!?」
チョコを押し付けて、踵を返す。
入ってくるのに分厚かった城壁がウソのように、私の前に道ができる。
道の終わりにいた二人が、口をあんぐりと開けているような表情をしていた。
「……マージで。」
「……ウケる。撮っとこ。」
その日のカフェテリアで、ピンク色の髪をした後輩ちゃんが一人、保健室に運び込まれたのは、別の話。
別の話で、あってほしい。

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3つ目(≫128~129)

SS筆者22/02/20(日) 08:12:38

【二人だけの特別個人指導】

オグリキャップとレスアンカーワンのダンス練習を監督すると約束して以来、早朝にダンス室に行くようになった。
「ほら、そこで腕のばす!」
「こ、こうか?」
レッスン室からは、もう二人が振り付けの練習をしていた。
「ここはキメるところなんだから、左右に遠慮して縮こまらない!」
「あ、ああ!」
「指先までピンとする!ダンスは身体の先端が一番大事なの!」
「よ、よし!」
すごい気迫で、レスアンカーワンの指導が飛ぶ。
もうどのくらい踊っているのか、すごい熱気だ。一度止めたほうがいいかもしれない。

『おはよう!』

自分の声に気付いたレスアンカーワンが、音楽を止める。
「ほら、オグリ……あ、おはようございます!」
「ふう、ふう……ああ、おはよう。」

『二人ともすごい真剣だな』

「そりゃ、葦毛の怪物サマが新聞の一面に棒立ちで載るところ、見たくないですから。」
「いつもより早いのに、ありがとう、イチ。」

『いつもって?』

「ああ、イチはいつも、私に朝のお弁当を作ってくれるんだ。」

『お弁当?』

「ちょっと、オグリ!」
「それを作るために早起きしてくれているのに、ダンスの練習まで付き合ってくれてるんだ。本当にありがとう。」

『イチちゃんは頑張り屋なんだな。』

オグリの言葉に、レスアンカーワンの顔が赤くなる。
「~~っ!もう、余計な事言わないの!」
「な、なんで怒っているんだ、イチ?」
「ほらっ、続きやるよ!」
レスアンカーワンがコンポのスイッチを入れて、音楽が流れ始める。
「いきなり再開したからって、テンポズレない!」
「う、うん!こうか?」
「ほら、表情も意識して!音楽の背景を考えて、顔も作る!」
……先ほどより、指導に力が入っているように見えるのは、気のせいではないだろう。

その時、ふと閃いた!このアイディアはアダルトデイズとのトレーニングに行かせるかもしれない!
アダルトデイズの成長につながった!

体力が10減った
パワーが10増えた
根性が10増えた
「軽やかステップ」のヒントLvが2上がった
レスアンカーワンの絆ゲージが5上がった

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4つ目(≫151~152、≫154)

SS筆者22/02/21(月) 01:02:42

【内緒の抜き打ちチェック!】

オグリキャップのレース当日。トレーナー室のテレビでレスアンカーワンと一緒に、走るオグリを応援する。

『頑張れ!』

「大丈夫、勝てる、勝てるはず……!」
第4コーナーを越えて、テレビの中のオグリキャップがグングン加速していく。
彼女は無事、1着でゴール板を横切った。
「やった!やった!オグリだ!」
レスアンカーワンが、立ち上がって喜んでいる。

『やっぱりオグリキャップは強いね』

「あったり前でしょ、なんてったってオグリキャップなんだから。」
自分が勝ったかのように、レスアンカーワンが胸を張る。

『センターで踊るウイニングライブが楽しみだ』

「そうね、ちゃんと踊れてるか見てやらないと。」
そう言いながら、レスアンカーワンが思い出したように鞄の中を漁る。
こちらに振り向いたかと思うと、青と白のサイリウムを手渡される。

『これは?』

「これは、ってサイリウムでしょ。」

『レスアンカーワンもライブが楽しみ?』

「別に、楽しみじゃないわ。私たちで面倒見てあげたんだから、ちゃんと踊れるか見てやんないと。抜き打ちチェックよ!」

~⏱~

日が暮れて、ウイニングライブの時間になる。オグリキャップの番が回ってきた。
レスアンカーワンと二人で、食い入るようにテレビの中で踊るオグリキャップを見る。
「いい、いいわよオグリ。……そう!ステップ綺麗!」
黄色と白のサイリウムを握りしめて、細かいところまでレスアンカーワンがチェックしている。
「どうか全力で……♪ ……ひと~みで私を♪」
サビに入って、レスアンカーワンも思わず、歌を口ずさんでしまっている。
「最後まで気を抜かずに……お、かっこいいじゃない……」

『すごいな……』

オグリキャップの華麗に歌って踊る姿に、二人で釘付けにされてしまった。

⏱

ライブが終わっても二人でしばらく呆けてしまって、お互いに静かな時間が過ぎた。
サイリウムを持ったままテレビを見つめるレスアンカーワンに声をかける。

『カッコよかったね』

「あったり前でしょ、なんてったってオグリキャップなんだから。」
嬉しそうに微笑みながら、レスアンカーワンがまた胸を張る。
そう言った後、ハッとしたように口を手で覆う。
「アンタ、このことは秘密だから。オグリに言ったりしないでよね。」
キッと鋭い目つきで言われてしまい、首を縦に振らざるを得なかった。

その時、ふと閃いた!このアイディアはエイジセレモニーとのトレーニングに行かせるかもしれない!
エイジセレモニーの成長につながった!

スキルptが30増えた
「集中力」のヒントLvが2上がった
レスアンカーワンの絆ゲージが5上がった

引用元 https://bbs.animanch.com/storage/img/368777/154

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5つ目(≫170~173)

SS筆者22/02/21(月) 19:56:06

【お弁当には思惑込めて】
オグリキャップとレスアンカーワンの早朝ダンスレッスンにも慣れてきたある日、二人のレッスン時間よりも早く目が覚めた。
せっかく起きたし普段はしない散歩で気晴らしでも、と学園の外を歩いていると、見慣れた葦毛のウマ娘とすれ違う。

『オグリキャップ、おはよう!』

「ああ、おはよう、トレーナー。」

『もう自主トレしていたの?』

「そうだな。この時間なら人も少なくて走りやすいんだ。」
他の生徒はもとより、熱心なトレーナー陣でもこんな時間から動き出す人は中々いない。

『熱心なんだね』

そういわれたオグリキャップが、照れたように頭の後ろに手をやる。
「ありがとう。でも、今はトレーナーもそんな熱心者じゃないか。」

『そうだね』

そんなオグリキャップを前に、ふと、疑問が湧いた。

『こんな早くからトレーニングして、お腹は空かないの?』

「実は……とても空いているんだ。ただ、今我慢すれば、あとで美味しい朝ごはんを食べられるんだ。」
はにかみながらそう答えるオグリキャップの言葉に、思い当たるものがあった。

『もしかして、この間言っていたお弁当?』

「そうなんだ!イチのお弁当は、トレーニングをした朝ごはんにぴったりな献立でな……!」
オグリキャップが嬉しそうに耳を振る。
「これを食べるために、朝早起きしているところもちょっとだけあるんだ。」
思い出したのか、お腹がぐう、とひとりでに鳴っている。
「それに、イチと朝におしゃべりできるのは、とても楽しい時間なんだ。良かったら、トレーナーもどうだ?」
その言葉を聞いて、レスアンカーワンの反応を想像する。きっと、いい顔はしないだろう――
そう思って、オグリキャップに返事する。

『いや、大丈夫だよ。』

「そうか……イチに頼んで、トレーナーの分も作ってもらおうか。」

『それは大変だろうから。あと、ここで出会ったのは内緒ね。』

「言わない方がいいのか?……なんだか不思議なことを言うんだな。」
顎に手を当てて、オグリキャップが考え込んでいる。
もう少しだけ、学園に戻る時間は遅らせよう。
そう思いながら、走るオグリキャップを見送った。

二人のダンスレッスンが始まるくらいの時間に戻ってくると、遠目に、ベンチに横並びで座る二人のウマ娘が見えた。
会話の内容はわからないが、ずいぶん楽しそうに会話をしている。
……オグリキャップは前のライブで完璧に踊れていたし、今日くらいは遅れてもいいだろう。
もう一周り、学園の中を散歩することにした。

その時、ふと閃いた!このアイディアはエイジセレモニーとのトレーニングに行かせるかもしれない!
エイジセレモニーの成長につながった!

体力が30回復した
「栄養補給」のヒントLvが2上がった
レスアンカーワンの絆ゲージは最大だ

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Part8

1つ目(≫39)

SS筆者22/02/24(木) 22:57:23

自分用に書いてるSSからちょっとだけおすそ分け
※閲覧注意かもしれないんだ

オグリが、私の肩に頭をのせる。
かすかに感じる、冷たい空気の流れ。
「……イチから、いいにおいがする。」
「……何よ、オグリ。」
オグリは顔をぐりぐりと押し付けながら、後ろから私に手を回している。
私も眺めていたスマホを置いて、オグリの頭に後ろ向きのまま手を伸ばしてやる。
おとなしく撫でられていたオグリが、口を開いた。
「……イチは。」
「なあに。」
「同じウマ娘の私と、その、こうやって、一緒に暮らしていて。」
「うん。」
「……嫌じゃないのか。」
何を言われているのかわからず、しばらく呆然とする。
思わずぷっ、と吹き出す。
イヤじゃないから、困ってるの。ホントに。
「好きにすればいいじゃん。」
「えっ。」
「変なとこでマジメすぎ、キャップ。」
オグリが顔を上げたのか、手が弾かれる。
「私は、イチに無理をさせてしまってないか。」
「あのね、キャップ。」
ぐいっ、と身体をオグリのほうに回す。
私の好きな、私だけが見れるとても綺麗な目とまつ毛。
頬に手を当ててやりながら、言ってやる。
「アンタじゃなきゃ、イヤなんだって。」

了?

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2つ目(≫45~47)

SS筆者22/02/25(金) 00:40:38

僕は彼女の前にひざまずく。
街の明かりが空に反射して、うっすらと彼女の、美しくも力強い脚が眩く目に映る。
勇気を振り絞って、顔を上げる。彼女の顔を、真っすぐ見つめる。
ウマ娘は皆、端正な顔立ちをしている。
それでも、今、僕の目の前で口に手を当てて驚いた顔をする彼女は、他の誰にも負けないくらい、とっても美しい。
その姿勢のまま、彼女に手を伸ばす。
誰も見ていない場所なのに、えらい緊張する。
彼女もレースに出る前は、こんな気持ちだったんだろうか。
胸の奥から何か熱いものがこみあげてきて、喉が締まってしまい、声が上手く出せない。
口だけをパクパクと開閉させながら、何とか言葉を作り出そうとする。
「っあ、あのっ。僕とッ。」
声が裏返る。何をしているんだ。格好悪いじゃないか。
それから僕の喉は、声を出せという脳の命令を一切シャットアウトしてしまった。
お願いだ、一世一代のお願いなんだ、動いてくれ。
冷や汗と焦りで頭がいっぱいになる。
ほら、僕がモタモタしているから、彼女も涙目になってしまったじゃないか。
「頑張って。」
彼女が、口元からこちらに手を伸ばして、僕の手を取る。
「頑張って、貴方。」
彼女が涙声で、微笑みながら僕に語りかける。
ああ、なんて弱い男なんだ、僕は。応援されるなんて。
二軒隣のホソノさん、「求婚なんておめえ、バッと言うだけだ!」なんて、嘘じゃないか。
彼女の手の感触にすがるように、力を振り絞る。
「ぼ、僕と。」
「はい。」
「僕と、けっ、こんを。」
「はい。」
彼女の目元から、涙がこぼれる。
なんて、美しいんだろう。
言葉にするんだ、動け!
「僕と、結婚、してくれませんか。」
その言葉の後、身体が前にいきなり引っ張られて浮く感触がする。
冷たい風を一瞬感じた後、身体の前方と背中に、熱い感触。
気が付けば、彼女が僕のことを抱きしめていた。
「ありがとう、待ってました。」
「あ、あのっ!まだあるんだ!」
泣きながら僕のことを抱きしめる彼女の肩を軽く叩く。
「もう、これだけでも私は嬉しいの。」
「そうじゃなくて、もう一つだけ、お願いッ!」
彼女が不思議そうな顔で、僕の顔を覗き込む。
「貴女に、もう一つだけ、贈りたいものがあるんです。」
「もう何もいらないわ。貴方の言葉とこれまでの時間で、もういっぱい。」
「これからの僕の時間も貴女にあげます、でも、一瞬だけ離してくれますか。」
また驚いて涙目になる彼女を何とかなだめる。
名残惜しそうにする彼女のハグから外れて、もう一度ひざまずく。
僕も勇気を出して、もう一つ、練習したセリフを言う。
「貴女の効き脚を、前に出してもらえますか。」
彼女がまた、口に手を当てて目を丸くする。
何かを察したように、ゆっくりと右脚を前に出してくれる。
これまで彼女を支えてきた、彼女の命。
その右足のふくらはぎに手を当てて、軽く浮かせる。
僕はそのまま、脛に顔を寄せて、軽く口づけをした。

了

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3つ目(≫116~124)

SS筆者22/03/02(水) 18:21:43

前がほとんど見えないほど景色が曇ったお風呂場で、身体を擦る。
目を細めて鏡をにらみつける。今後ろを通った金髪っぽい子、やたらスタイル良かったな。モデルみたい。
石鹸を鏡に塗ろうかと思って、めんどくさくなってやめた。
ここまでやる必要ある?って思うくらい熱くて、暑いお風呂が、学園寮の特徴の一つだ。
脱衣所までしっかり湿気が満ちて、ドアを閉めておかないとあちこちに水滴がついてしまう。
以前、生徒会が広報のためにいろいろな場所の撮影をしようとしたとき、お風呂はカメラのレンズが曇りすぎて映像にならない、って理由で映像が使わ>れなかった。
熱いのが苦手な子は、辛そうな顔をしながらシャワーだけで済ませていく。
でも、1か月も経つと、お風呂につからないと取れないくらい身体に疲れが溜まってくる。
私も熱いお風呂がダメなほうだった。
子供のころは、お母さんに『100数えるまで出てきちゃダメ』って言われて、ぶーたれた顔で数えてた。
今じゃ、100でも1000でも数えてやれると思う。
何なら、もっと熱いほうがイイって言って、追い炊きし始めるかも。
浴場が閉まる時間に来たことが無いから知らないけど、噂によれば最近入学した後輩ちゃんが、お風呂場にバラを浮かべて入っているらしい。
こんな暑いのに、よくやるなあ。
まだ見ぬ後輩ちゃんに思いを馳せていると、お風呂場の上記よりもっと熱い風が、身体の横から流れてくる。
それと同時に、あーっ!って悲鳴に似た甲高い声。
サウナから水風呂に移動した子たちのものだろう。
レース前の体重調整をする生徒たちのために、浴場にはこれまた信じられないくらい熱いサウナも併設されている。
使う人なんているのか、と入寮した当初は思っていた。
しかし、レースを控えた先輩たちや、たとえ模擬レースでもまじめにやりたい、なんて意識の高い子たちが続々とサウナに入っていく光景は、もはや日>常の一つだ。
『マジでダルい』って言いながらコギャルな先輩たちが入っていくのはなんだか笑えるし、真面目な子たちが真面目な顔しながら入っていく威圧感はと>んでもなく力強い。
出てきた子たちが、シャワーで汗を流した後に水風呂に入って、一斉に叫んだり身体を派手に震わせるのはもうコントなんじゃないかと思える風景だ。
誰も使っていなかったら、逆に「お、明日は皆オフの日なのね」とか思うくらい。
あのサウナ自体は、いくら長風呂できるようになったからと言っても、今の私にはまだつらい。
いつか、私もあそこに入ることがあるんだろうか。
強いウマ娘たちの秘密の一つが、あそこに隠されてるんだろうか。
熱に取り囲まれながら、そんなことを思う。
お風呂に浸かって、一日を反省する。
午前の座学に、お昼の「スペシャルランチ争奪特別」に、トレーニング。
小テストは一発合格点、スムーズに抜け出せた特別レースには無事勝てて美味しいお昼を食べれてとってもハッピー。
坂路をとにかく駆け上がるトレーニングでは、教官の言う細かく脚を動かす走法で少し楽に走れることを知った。
そのあと、ふざけてアイツみたいに走ったらびっくりするくらい疲れた。
教官からも目をつけられて『やめておきなさい』ってちょっとだけ注意を貰う始末。
まだ、私には真似できない。ムカつくけど。
でも、いつかは必ずアイツにほえ面書かせてやるんだから。
明日はキャベツの芯を使った浅漬けでもお弁当に入れてやろう。きっと嫌がるに違いない。
明日の話は明日の朝考えればいいか、と思い直して、白く曇った天井を見上げる。
換気扇が一生懸命回っているけど、どこまで効果があるのやら。
天井に向かって、ぐーっと一つ伸びをする。
身体から疲れが抜けていくのを感じる。
うん、今日もまあまあ、一日よく頑張った。
「なんか最近イチ、必死だよね。」
お風呂から戻って、部屋で尻尾の手入れをしているとき、ルームメイトのモニーが話しかけてきた。
ちょっとカチンとくる言い方に、思わず冷たい返しをしてしまう。
「ん、何が?」
「私たち負け組がさー、必死にいろいろやっても、良くてにぎやかしなワケよ。」
突然かけられた、イマイチ反応に困る言葉にどう答えるか、ちょっと考えてしまう。
うーん、そうかな、とひとまず誤魔化すように返事する。
「だって、早いヤツらはもうトレーナーがついたり、チームに入ったりしてるんだよ?」
「まあ、私たちはまだってだけでしょ。」
冷たくなりすぎないような感じで返事する。
モニー、本名はエイジセレモニーって子だけど、ちょっと気難しい。
私のノリにも趣味も合ういい子なんだけど、こういう感じにネガティブな方からものを言う子だから話すのが難しい。
毒を吐く、っていう感じじゃないんだけど、思わず耳に入るとちょっと気持ちが陰るようなことを自然に話しちゃうタイプ。
発言に無責任……なのかな。意地悪なヤツって印象は持ちたくないからこれ以上は考えないけど。
とにかく、悪い意味でクラスに一人はいるようなタイプの子だ。
「いやいやいや、ちょっと考えてみなって。」
そういいながら、クッションを抱えてベッドに座り直している。
「集団指導で10,能力が伸びるとするじゃん。」
「うん。」
「それに比べたらさ、少数でじっくり指導したり、個人に合った指導をしてくれるチーム所属組はさ、15とか20とか伸びるわけじゃん。」
そうなのかな?
「まあ、そうかもね。」
「そう考えるとさ、集団で燻ってる時間が長けりゃ長いほど、先に上手くいってる子たちとはどんどん差がつくワケ。」
わかる?とか言ってわざとらしく天を見上げるように天井を見る。
「今、トレセンのウマ娘に求められてるのは早熟なエースたちってワケなんだよね~。」
私に話しかけてるのか、一人で勝手に落ち込んで納得してるのか。
こういうの、本当に反応しづらいからちょっとやめてほしい。
話の前後で微妙につながってないのが、どこかで良くない記事か何かを読んだだけなんだろうなって感じがする。
「でもさあ、3年以上頑張ってる先輩たちもいるじゃん。」
「その人たちはもう収まるところに長い時間収まってるからできるわけよ。」
「どういうこと?」
「つまり、遅くてもトレーナーにもファンの人に長く応援されてるってこと。」
うーん、分かんない。どういうことだろう。
ちゃんと話を聞くのがじれったくなってきてしまったので、直球ストレートに質問することにした。
「モニー、今日なんかあったん?」
「なんかって?」
「何か嫌なことでもあった?」
「いや、別に?ただ、ちょっと思うところがあってさ~。」
これか。何か物申したいワケね。聞いてあげようじゃないの。
「思うところって?」
「だから、イチのことだって。」
「私?」
「そ。えー、ここまでの話でわからん?」
分かんないから聞いてるの、とも言わない。
どうやってもう一つ深堀しようかな、と尻尾をいじる手を止めて考えていると、モニーが言葉を続けた。
「イチが最近必死になってるって話よ。」
「あー、さっき言ってたやつ。」
「そうそう。あの『ぽっと出』との話!」
キャー、とか言いながらこれまたわざとらしくクッションに顔を埋める。
「アイツがどうしたっていうのよ。」
「イチさあ、最近朝起きるのめっちゃ早いじゃん。」
「まあ、別に?」
「あれさ、弁当作るためって話、マジ?」
「マジだけど。」
私の返事に、こらえられなくなったようにあっはっは、と笑い出した。
「いやー、マジなん?!」
「弁当って言っても、嫌がらせのためだし。」
「いやいや、有り得んって。」
そう言って、また吹き出している。
「普通、嫌がらせしようってなったときにはそういう発想に行かないって。」
「でもアイツ、すごい食べるからいいかなと思っただけ。」
「弱点でも探ろうって?いやー、無理っしょ。」
思わぬ正論に面食らっていると、思いもよらぬことをモニーが言う。
「イチ、ほんとはあれでしょ?レースに勝てないからってぽっと出に媚び売ってるんでしょ?」
「は?何言ってんの?」
聞き捨てならない言葉に、すかさず噛みつく。
「アレはアイツの調子を落としてやろうってイタズラなの。」
「ムリムリムリ、そんなのムリだって。」
ニヤニヤした表情で、モニーがこちらを見ている。
「あれでしょ、本当は卒業した後の人生設計なんでしょ?」
「どういうこと?」
「だから、レースに勝てない私たちが卒業した後の進路ってコト。」
「進路?」
イチ、あれでしょ、と悪い楽しみを覚えたように話し続ける。
「もう引退後の寄生先探してるってことでしょ?」
「ハァ?何言ってんの。」
「レースと違って素早いじゃん?」
モニーの言葉に、胸が穴が開いたように、ヒュッと冷たくなる。
「マジでモニー、言葉選びなよ。」
「いやいや、事実を指摘してるだけだって。」
モニーは一切悪びれない顔をしている。
「私はちょっと尊敬してるワケ。真面目に今を頑張るんじゃなくて、先のことを考えて動くってのは頭イイよ。」
相手の言葉に答えるように、耳の付け根が痛いほど引き絞られる。
「何、ケンカ売ってんの?」
「ちょっと何、耳後ろに回して。売ってるわけないじゃん。」
こわ~、とか言いながら目を丸くしている。
どこまで本当だか分かったものじゃない。
モニーはこういうこと言うってわかっていても、実際に言われるのとは話が別だ。
「アイツにはひたすら嫌がらせをしているだけだし、私はそれを何かに役立てようとか全く思ってない。」
「いや、それはさ。」
「この話、終わりたいんだけど。」
ピシャリと言い放つ。
本気で怒ってるのが伝わったのか、モニーは何か言いたそうにしながらも口を閉じた。
しばらくお互い無言の気まずい時間が流れた後、消灯を知らせる放送が流れる。
真面目に従わない子も多いし、なんなら私たちもそっち側の生徒だけど、今日だけは二人ともおとなしくベッドに入る。
5分経った後、電気が消える。
チリチリとまだ燻ってる頭と胸が、おとなしく眠らせてくれない。
どうせ向こうもそうなんだろう。そう思って、背中越しに呼びかける。
「あのねモニー、もう一つ言っとくけど。」
「……何、ゴメンって。」
「私は真面目にレースに勝とうと思ってるから。トレーナーもつけるし、重賞レースで必ず勝つから。」
食い気味に、モニーの返事に自分の言葉を重ねる。
「確かに早熟なエースが求められてるかもしんないけど、私は走れるだけずっと走ってたい。」
「いや、でも勝てなかったら意味ないじゃん。」
「だから勝つつもりで走るの。私は勝ちたい。」
さっきまで言われてきた酷い言葉に復讐するように、挑発する。
「文句言うだけ言って結局勝てないようなウマ娘に、私はなりたくないから。」
すると、後ろのベッドが大きく軋む音がした。
「は?アンタそれ、私のこと言ってる?」
「言ってる。」
エイジセレモニー、と本名で呼びつけてやりながら、言葉を突き付ける。
「私は、アンタにだけは負けたくないって、今思ったから。」
「は、何それ。ライバル宣言かなんか?」
「それでもいいよ。アンタには絶対負けない。」
「……カッコつけてんじゃないわよ、オグリギャルのくせに。」
「でも上がり3Fは私のほうが速いから。アンタのこと、捕まえたし。」
「たまたまでしょ、バ場が良かったのよ。」
「最初にゴール板を駆け抜けたやつが勝つってルール、知らないの?」
大人げないな、と思いながらも、モニーを挑発する言葉が止まらない。
返す言葉もなくなったのか、さっきまでの私みたいにうんざりしたのか、もう一度ベッドを軋ませる音を立てて、モニーは何も言わなくなった。
モニーをすっかりやっつけてしまった私は、小さくない罪悪感を抱えていた。
でも、あんなこと言われて、怒らないウマ娘なんていないはず。
勝ちたいという本能に逆らえるウマ娘なんて、絶対にいない。
だから勝てばとびきり嬉しくなるし、負ければとびきり悔しくなる。
幸い、モニーと私は走る距離も馬場も同じで、いつか同じレースで走ることになるかもしれない、いいライバルだ。
明日もまた一つ、アイツよりも、モニーよりも、誰よりも強くなるんだ。
そう思いながら、チリつく胸をぐっとこらえて、毛布を頭までかぶって目を閉じた。

了

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Part9

1つ目(≫22~34)

SS筆者22/03/12(土) 19:52:53

イチに、トレーナーがついた。
模擬レースで1着になったある日、トレーナーのほうからスカウトがかかったらしい。
封筒を抱えながら、やたら機嫌のよさそうな日があったのを覚えてる。私が何を言ってもニコニコな上の空で、心配になったくらいだ。
まあ、そのこと自体には驚かなかった。
私と同じような趣味とかノリしてるけど、トレーニングやベンキョーは真面目にやる。
だからと言ってガリ勉とか、図書館にこもるような感じとか、そういうのでもない。
学年に数少ない超優等生――ヤエノとかチヨちゃんみたいな――ってワケじゃない。
気軽に絡めるツレで、側にいるのが嬉しいルームメイト。
真面目な分、この間よくわかんない流れでケンカ、というか言い合いにしちゃったこともあったけど。
その真面目さが、トレーナーの目を引いたんだろう。
ああ、これで優等生サマと私で、さらに差が開いて行ってしまうんだな~なんて、自分にウソをつく。
私が持っていないものを、イチが先に手に入れていく。
相手の努力をバカにして、結果だけ見て文句を言うのは簡単だよね、ってきっとイチは言う。
それでも、毎日夕方にいい笑顔を浮かべてトレーニングするイチを見ると、イジけずにはいられなかった。

ある日、ちらりとイチの姿をトレーニング場で見かけた。
去年のダート王者で最近引退した、クロガネトキノコエセンパイを相手に併走トレの最中だった。
イチもイチのトレーナーもペコペコお辞儀していて、相手の二人のほうが困っていた。
軽い打ち合わせをしたのだろう、時間を置いて始まったトレーニングは、正直言って、クロガネセンパイとの力の差が大きすぎるように見えた。
イチは必死に、どうにかして食いついてやろうともがくように走っていたけど、クロガネセンパイがちょっとでも姿勢を下げると、抜けるように距離が空く>。
長いストライドを武器として、芝もダートも長い間走り続けてきたセンパイの走りのセンスは、暴力的なまでにイチ突き放していく。
センパイもやたら気合が入っていて、合図が出ているにもかかわらず、イチをギリギリまで抜かせようとしてなかった。
トレーニングなのに勝つつもりでやっていて、なんで引退したんだって笑える感じの走りをしていた。
あれがG1レースを勝つウマ娘の持つ、勝ち気の強さってヤツ?
去年のダートを支配した『鉄人』に必死に食らいつこうとするイチは、メチャクチャ苦しそうな顔をしていた。
ゴールの目印を横切ったイチが、風に吹かれる木の棒みたいに、パタンと倒れる。
最後の一本が終わったのだろうか。
ウッドチップのコースに仰向けに倒れこむイチは、疲れと悔しさと、これから自分が走ることになるかもしれない対戦相手達の壁の高さに、うんざりするよ>うな感情を混ぜた顔になっていた。
そんなイチの顔を見るのは、自分が負け続けることのようにツラかった。

それから私は、ガラにも無く図書室に脚を向けていた。
私のルームメイトを徹底的に叩きのめしたあのセンパイについて、もっと知りたくなったからだ。
図書室の扉を開けると、眼鏡をかけて髪を三つ編みにした、いかにもって言う姿でカウンターに座る図書委員が目に入る。
その子は読みかけていた本から顔を上げて、こちらに軽く会釈している。
『怒るとメチャクチャ怖い』と言われているけど、ホントーなんだろうか?
図書室なんて普段来たことないので、こちらも首だけで会釈しながら、その子に話しかける。
「スンマセン、ちょっと調べたいんですけど。」
「はい。どんな本ですか?」
「えー、センパイについて調べたいんです。」
メガネの子は首を横にひねっている。
「ウマ娘についての資料……ということでよいでしょうか?」
「あっ、そう、それで。」
「わかりました。ええと、お名前を聞いても良いでしょうか?」
クロガネトキノコエです、と伝えると、見た目とはかけ離れたスピードで机のキーボードを叩いて、何かを印刷してくれた。
「はい、こちらがトキノコエさんについて書かれている資料の一覧です。」
2枚に分けて印刷された紙を受け取ると、文字と暗号の山。
目が文字を全く追ってくれなくて、すぐ質問してしまう。
「エート、これをどうすればイイ?」
「あ、もしかして、図書室のご利用は初めてでしたか?」
そういうと、膝掛けを脇に置いて、カウンターから出てきてくれる。
私よりも背の小さい図書委員さんは、キラキラした目でこちらを見上げる。
「資料探し、お手伝いします。ぜひついてきてください!」

それから渡してもらった資料集を、横にドンと積み上げる。
つい最近引退したばかりなのにすごい量だ。
紙の文字を読むのは慣れてないし眠くなるけど、頭を振りながらガンバって読み進める。
読んだ矢先に忘れてしまうから、気になったことはスマホにメモ。
メモの量が増えていくうちに、色んなことが分かった。

センパイは、『身体が弱い』『腰回りが緩い』ってずっと言われ続けてきた。
それは生まれ持った体質だったみたいで、それを無理に克服しようとした結果、身体を壊しかけてしまったことがあるらしい。
「弱いところを補強する」トレーニングをしていくのはフツーだけど、クロガネセンパイはダメだった。
それでも、センパイは勝つことをあきらめなかった。
とにかくたくさんレースに出て、経験を積むようにしていたみたい。
どんなに負けても、鉄は叩けば叩くほど強くなるんだと言わんばかりに、とにかく走っていた。
3戦目のレースでデビューをした後、毎年走っていない季節が無いくらい、芝ダート問わずいろんなレースに名前が載っている。
センパイのトレーナーへのインタビューでも、『焦ってトレーニングを積むようなことはしません』『ゆっくりと、大器晩成してもらえれば』っていろんな>記事で言ってる。
詳しいレース経歴は読み飛ばしたけど、戦ってきたメンツがはっきり言ってヤバかった。
ジャパンカップでルドルフ会長の2着にまで食い込んだロブストティーガーセンパイに、逃げウマ娘としてメチャクチャ勝ったデュークダウンセンパイ。
これだけのウマ娘たちを相手に、大きなケガをすることもなく、泥臭い勝負根性で戦い続けたセンパイは、まさに『鉄人』だ。
ひたすら揉まれていって、その姿がファンを虜にしていって、センパイは走り続けていた。
弱いところを叩くのではなく、得意なところを伸ばしながら能力を上げる方向に舵を切ったのが、センパイのスゴイところだ、と思った。
最後の資料から気づいたことをメモに書き込んで、資料を脇に置く。
積み上げられた山が私の右側から左側に移っていることに気付く。
ぐっ、と伸びをすると、図書室がもうすぐ閉まる時間。周りにはまばらにしか人が残っていなかった。
山を崩して本棚と委員の人に返しながら、考える。
できないことを無理に直さなくてもいいんだ。
得意なところで頑張るのは、私にはチョー嬉しい。
上手くできたらチョーシに乗って、もっと伸びればいいってことだから。
私の武器は何だろう。
欠点はたくさん見つかるけど、そういえば、得意なところを見つけようとしてこなかった。
何かが得意って言って、それができなかったときに打ちのめされたくなかったから、わざと無視していたのかもしれない。
でも、今日トレーニングコースで見たイチの姿が、私の頭にこびりついて離れなかった。
ケンカした夜に言われた『アンタには負けないから』の言葉も、頭の中に響いて止まらない。
いい加減、イイワケするのはよそう。
私の得意なことって、なんだろう。
私の、得意なことは。

正直言って、私は脚が速くない。
イチと真面目に競走したら、多分、トップスピードの差で差し切られてしまう。
実際、トレーナーがつく前にイチと走った練習レースでは、きっちり差されていた。
イチがオグリキャップの真似をして走るようになってから、最初のころは『オグリギャル』って言ってからかっていた。
ところが、チリも積もればというものなのか、マネ続けていれば最後は本物になれるのか、最近のイチはメキメキと強く走るようになっていた。
それを見て、普段イチとつるんでいた私たちもちょっと燃えたし、ムカついたし、少し自信を無くした。
真似をするだけで強くなれるんだったら、いくらでも真似する。
けど、そう普通は上手くいかない。
オグリキャップの真似をするイチの真似をしたところで、それは私の力には少しもならない。
ウンウンとうなって考えてみるけど、いいアイデアなんて一つも振ってこなかった。
私の武器は何だろう。
ベンキョーやレース戦術書、教官の指導でいろんな戦い方を学んだけど、それを現実に落とし込んでみると驚くほど結果がついてこなかった。
分からないし言われた通りにやってもわかんないなら、とりあえず走ってみっか。
図書室を出て、すっかり暗くなった廊下を昇降口に向かって歩く。
練習届出してないけど、別に走っても怒られないっしょ。
へとへとになるまで走ってやる、と決めた。

あれから1週間たった、模擬レース本番の日。
胸にトレーナーであることを示すバッヂを付けた人や、観戦ので見に来たウマ娘たちで、座席兼階段のあたりは埋まっていた。
あれは近くの小学校からの校外学習だろうか、ジャージに紅白帽をかぶったちっちゃい子たちがこちらに手を振っている。
前日に、イチに『見に来てよ』とからかい交じりに誘ったけど、普通に予定があるからパスって言われてしまった。
なんともったいない。この私が勝つところをみすみす見逃すなんて。
仲いい人に見られる方が変に緊張して良くないのかなと思う。
今日の私は、普段よりもキアイが入りまくってる。
そんな心持ちで出走メンバーを見やると、他の子たちもメラメラとキアイが入ってるように見えた。
今まで『いくら天下のトレセン学園でも、皆そんなマジになってない』って思っていたのは、間違いだったのかもしれない。
私がマジになって走ってなかったから、マジになってる子たちが見てる風景に追いついていなかっただけなんだ。
正直、今でもマジになってる自分がケッコー恥ずかしい。
そんな気持ちを振り払うために、軽く飛びあがって熱をほぐす。
1着になるのが、どこかカッコ悪いと思ってた。
本当はそんなことなくて、負けてヘラヘラしてるほうが、実はカッコ悪いんじゃないかって。
誘導係に連れられて、ゲートに入る。
ゲートは苦手だ。
狭くて、暗くて、そのくせ走らなきゃいけないコースだけ見せつけてくる。
隣からは、息まいた熱が、私の肩と頬を舐めるように撫でる。
ここを失敗したらお前は負けるんだ、って思わせてくる。
深呼吸して、目の前の扉を睨みつける。
テメー、あんまりチョーシ乗んなよ。
今日は私の番だ。
私が、アンタたちをブッツぶしてやる。

芝、2000mの中距離、2枠3番の内枠。
メイクデビュー戦でもあんまり開かれない距離に、ワザワザ登録した。

私の武器は何だろうか、ってずっと考えてきた。
図書室でめっちゃベンキョーしたあの日の夜、イチの走っていたトレーニングコースを全力で、何度も何度も走った。
私のほかにも何人か自主トレしてる子たちがいて、一緒に走った。
1周目。頭の悩みは、ちっとも晴れなかった。私より先に走っていた子に、何度かかわされた。
3周目。身体は熱を持ち始めたけど、やっぱり悩みは晴れなかった。私より先に走っていた子に、1回だけかわされた。
5周目。やっとまともに走れるくらいに息が整ってきた。私より先に走っていた子は、だいぶ息が上がっていた。
7周目。悩みについて考えるのが、やっと面倒くさくなってきた。私より先に走っていた子の音が、聞こえなくなった。
9周目、だと思う。まだまだ、まだ走れる。私より先に走っていた子は、スタート位置で座り込んでいた。
もういいだろう、と思って脚を止める。私より先に走っていた子たちを、私は立ったまま見下ろしていた。

脚は、確かに遅い。
では、その脚の長さはどうだ。
私はこれまで、負けたくなくていろんなものから逃げてきた。
逃げるのは得意だ。簡単だし。
駆け引きできる頭も、最後に全部ブチ抜く豪脚も持ってない。
誰かと真っ向から勝負するのも、ビビッちゃって苦手だ。
なら、最初からハナを取る。
長めの距離を、いの一番にブッ飛ばして、他の連中を置いていく。
誰かと勝負しないで、私一人で勝負を終わらせればいい。
得意なものをひたすら伸ばして、生かして、一番最初にゴール板を横切る。
『逃げは勝ちの定石ではない』
『最初は良くても、レース勘がつかなくなるから後々苦労することになる』
そんなお説教、知ったことじゃない。
スタミナバカのガン逃げ、絶対ついてこさせないから。
早く、早く開いて!
一秒でも1ミリでも、先に飛び出さなきゃいけないんだから!
早く!

『ゲート収まって……今、スタートです!』

自分でゲートを押し開けるつもりで、すぐさま飛び出せ。
0.1秒でも遅れたら、もうおしまいだ。

後ろを振り向くな。
前を見続けろ。

折り合いをつけるな。
多少掛かったって、どうせみんな私と同レベルだ。

捕まるな。
スタミナしかない私は、逃げ続けるしかないんだ。

上手に曲がろうと思うな。
余計なことを考えず、一番内側を取ろうとこらえ続けろ。

前へ押して、押して、押しまくれ。
2000mの長い距離、坂も全部まとめて、押し尽くせ。

「6」の数字を通り過ぎたら、準備。
立ち続ける余力も残らないくらいに、ブチ撒ける用意をする。

「4」の数字を通り過ぎて目の前に開ける、誰もいない最後の直線。
なんてサイコーの景色なんだろう。

見たことない景色に、少し面食らう。
前へ、前へ、進むんだ。

「2」の数字を通り過ぎて、脚の動きは変わっていない。
誰がどこにいるかなんて、知ったこっちゃない。

あの目印の前に、一歩でも、一秒でも速く、早く!

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『エイジセレモニー、エイジセレモニーです!2000mの長丁場を見事、逃げ切ってしまいました!』

ゴール板を横切って、一番最初に聞こえてきた、会場に響き渡る実況の声。
見ていた皆の視線が、私に向いている。
レース場のものほどじゃないけど、拍手と歓声と、ザワザワとどよめく声。
聞き耳を立ててみると、『まさか逃げの子が出てくるとは』みたいな内容が聞こえる。
胸の奥から、喜びと快感が湧いてくる。
初めて勝ち取った、一着。
もう立ち上がれないつもりで全力を尽くしたけど、まだまだ真っすぐ立てるくらいに、体力が残っていた。
イチが言っていた『絶対に勝つ』って、こういう気持ちだったのか。

勝利の余韻に浸っていると、誘導員さんから声をかけられる。次のレースがあるから動いてほしい、と。
こんなところで文句言っても仕方ないから、言われた通りロッカールームに戻って、シャワーを浴びて、着替える。
今日の夕飯はどうしようか。せっかく勝った日なんだから、ちょっと豪華なものを食べてもいいかも。
あ、イチにねだってみるとか?
そんなことを考えながら学園を歩いていた時、声をかけられた。
「そこの子、模擬レース見てました。……あの?」
大人の人の声。ウマ娘の声じゃ絶対ない。
頭の中に雷が落ちたみたいな衝撃が来て、背筋が伸びる。
顔がひとりでににやけてしまっている。
「はい、何ですか?」
「単刀直入に聞くけど、今、専属のトレーナーさんってついてるかな。」
来た!
いません、いませんとも!
「いや、今はフリーですね。」
そう返事をすると、そっか!と言って、肩から下げていた鞄を漁っている。
しばらく探した後、取り出してきたのは一つの封筒だった。
「今日の模擬レース、見てました。もしよかったら、これ。受け取ってほしい。」
「マジですか!ホントに?」
「ええ、とてもいい逃げっぷりでした。ぜひ。」
褒めてもらえる言葉がむず痒い。
この瞬間、サイコーだわ。一日上の空になる気持ちが分かった。
差し出された封筒を勢いよく受け取って、わきに抱える。
「トレーナーさん、正しいスカウトしてますよ。マジで。」
「そう?他の人が声をかける前に、と思ってさ。」
私は空いてる方の手を差し出して、言ってやる。
「一緒に、頑張っていきましょ。私、勝ちたいヤツがいるんです。」
それを聞いたトレーナーは、うん、と一つ確かに頷いて、私の手を取った。
「わかった。じゃあ、その子に勝てるよう、一緒に頑張ろう。」
待ってなさいよ、イチ。
アンタばかりに先へ先へとは逃がしはしない。
出遅れたけど、私ももうすぐ追いついてやるから。
ケンカを吹っ掛けたのは私だけど、勝っちゃえばこっちのモン。
今日はイチと一緒に夕飯を食べよう。そこで、報告してやるんだ。
ようやく走り出せた実感を得た私は、来週からのトレーニングが楽しみで仕方なかった。

了

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2つ目(≫47~53)

SS筆者22/03/14(月) 20:27:02

「……あ~……」

「……う~ん……」

「はぁ……」

「……もう。」

「オグリ!そんなコソコソしてなくてもいいじゃない!」
「……」
「オグリ!バレてるんだからね!」
「な、なんで分かったんだ、イチ。」
「葦毛って自分が思ってるより眩しいもんなの。」
「そ、そうだったのか。すまない……」
「いや、なんで謝ってるの。意味わかんないって。」

「……なんで出てこないのよ。」
「い、いや。側に行ってもいいのか、ちょっと分からなくてな。」
「……そりゃいいでしょ。となり、空いてるし。」
「そうか、そうしたら、そちらに行くぞ。」
「うん、うん?」

「なんで立ちっぱなしなのよ。」
「それは、隣に座ってもいいのかどうか、分からなくてな。」
「なんか今日ヘンだよ、オグリ。」
「そ、そうだろうか?」
「そうです。どうしたの。」
「うん、その、今日は何の日か分かるか、イチ。」
「3月14日、だけど。」
「そうだ!だから、何の日か、分かるか?」
「あぁ~……円周率の日ね。」
「え、円周率?」
「うん。3.1415926535……あとなんだったかな。」
「おお、すごいな。暗記したのか?」
「小学校の時の友達で100桁言える子がいてさ、面白がって言ってもらってるうちにちょっと覚えちゃった。」
「イチはすごいんだな……いや、そうじゃないんだ。」
「あ、ごめんごめん。」
「それで、今日は何の日か分かるか?」
「え~、パイの日だね。」
「ぱ、パイ?」
「そう。パイ。」
「どうしてパイ……なんだ?」
「さっきの円周率とおんなじ。πって言うじゃん。」
「そうなのか?」
「えっ、数学の時間に……」
「私はてっきり、アップルパイとか、ミートパイとかの……」
「あー、ああ。そういうことでもあるよ。私はデザートっぽいのより、ごはんな感じのパイのほうが好き。」
「そうなのか。私は……うん、どちらも好きだな。」
「そういえばまだ作ったことなかったなあ。今度、クリークさんとかタマモ先輩とかみんな誘って、パイでパーティしよっか。」
「おおっ、それはとてもいいな!もう、今からおいしそうだ。」
「こら、まだ日付も人も決めてないのに。」

「……はっ。そうじゃないんだ!」
「わっ、何、オグリ。」
「イチのパイ料理はすごく楽しみだが、違うんだ。」
「何が違うってのよ、あ、私が洋風な料理作るのはおかしいって?」
「ちがうんだイチ、そういう話じゃないんだ。」
「あ、今日が何の日か、って話だったね。」
「そう!それだ。」
「え~~~っとね、う~~ん……」
「……分からないだろうか。」
「……アハハ、降参。もう思いつかないや。」
「私はてっきり、イチが本当に分からないのかと……」
「ごめんごめん、なんか様子がおかしかったから、ちょっとイタズラしちゃった。」
「むぅ……イチは意地悪だな。」
「そんなしょげないでよ、オグリ。ちゃんと謝る。」
「うん。」
「ごめんなさい。」
「うん。ありがとう。」
「それで、つまりホワイトデーね。何、お返ししてくれるの?」
「もちろん。」
「別に、私はオグリにチョコ、あげてなかったじゃん。」
「でも、イチはとても美味しい生姜焼きを食べさせてくれたじゃないか。」
「……あ!そうだった、そうだった。」
「だから、私もお返しをしたくなったんだ。」
「えー、ありがとう。何くれるの?」

「……それなんだが、その。」
「どうしたのオグリ、なんか今日、歯切れ悪くない?」
「最初は、ホワイトデーらしく、マドレーヌとかマカロンとか、そういうものでお返ししようかな、と思ったんだ。」
「うん。」
「ただ、さっきイチが言ってくれた通り、イチが贈ってくれたものはチョコではないから、普通のお返しはふさわしくない、とも思ったんだ。」
「お返しでもらえるものなら、なんでも嬉しいのに。」
「いや、それは違う、と思って……それで、これを。」
「ん、なんだろう、これ。」
「待ってくれ、イチ。」
「な、何。中、見ちゃダメ?」
「いや、ぜひ見てほしいんだ。ただ、プレゼントについて、悪く思わないでほしい、とだけ……」
「あー、分かった、けど……」
「うん。よろしく頼む。」
「じゃあ、開けるよ?」

「わっ、カッコイイ包丁!」
「ペティナイフ、というらしい。」
「すごいきれいだね、これ。」
「私は詳しくないが、野菜にも魚を捌くにもこれ一本、衛生面も安心なものだそうだ。」
「どこで見繕ったの。」
「実は、私の地元がある隣の市が、刃物で昔から有名なところなんだ。」
「えー、そうだったんだ。」
「うん。なんでも、包丁やナイフは世界一らしい。地元の誇りだ。」
「ちょっと中から出して、握ってみてもいい?」
「もちろん!」
「うん。……わ、軽い。」
「これでもっと、イチが料理を楽しんでくれたら、私も嬉しい。」
「ありがとう、オグリ。嬉しいよ。」
「私のほうこそ、ありがとう。美味しいお肉のお礼だ。」
「教えてくれた通り、今度、お魚捌いてみるね。ありがと。」

「あの、イチ。……あっ。」
「わ、危ないって。どうしたの、しまうからちょっと待って。」
「すまない。……それで、イチ。」
「うん。」
「私は、イチとの縁を終わらせたいとは、全く思っていないからな。」
「はっ?……あ、さっき言ってた、悪く思わないでほしいって、そういう?」
「ああ。贈り物で刃物を贈るのは、良くないという記事もたくさん見てしまって……」
「なんだっけ、なんかあれだよね、マナーがどうのみたいな。」
「イチならきっと大丈夫だと信じてはいるんだが、どうしても疑いの気持ちが晴れなくて。」
「大丈夫だよオグリ、分かってる。嬉しい。」
「良かった。イチを疑ってしまって、すまない。」
「わ、そんな謝んなくてもいいじゃん……あ、そうだ。……はい。」
「そ、そんな、イチ、お金なんていらないぞ!」
「いや、受け取ってほしいんだって!」
「イチ、これは私からのお返しなんだ。どんなに安くても、お金はいらない。」
「違う違う、そうじゃなくて!」
「イチ、大丈夫だ。そんなにお小遣いに困っているわけではないから、その5円玉をしまってくれ。」
「ごえんのお返し!」
「5円でも、お返しのお返しは……!」
「だから、ご縁!」

「ご、ご縁?」
「オグリが心配してくれて、切れかけちゃったご縁の、お返し。」
「ご、ご縁、か。」
「そう!だから、はい!ちゃんと握って。」
「わっ、イチ……なるほど。」
「うん。ゲン担ぎとか、なんかそんな感じ。」
「……そうか。そうだな。ありがとう。」
「こういうダジャレっぽいの、日本語っぽくてありそうじゃん?」
「うん。その感じは、なんだか分かるぞ。」
「ふふ。ナイフ、ありがとう。大切にする。」
「大切にする……使って、もらえるよな?」
「いや、もちろん使う使う。早速明日から活躍してもらいますよ。」
「本当か!もしできるなら、その包丁を使った一番最初の料理は、私が食べたいな。」
「分かった。お魚は無いけど、何か美味しいもの作ってくるよ。」
「ありがとう。明日の朝が楽しみだ。」
「私も。」

了

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3つ目(≫117~132)

SS筆者22/03/21(月) 23:05:44

「ねえモニー、明日、タマモ先輩来るから。」
イチが部屋でくつろいでいた私に声をかける。
「タマモ先輩が、ナニ?」
「いや、その、明日さ、私、いないんだ。」
やけに照れたような顔をしながら、返事をしている。
「え、なんで?」
「オグリの奴がさ、明日、二人で話さないかって誘ってきたの。」
「……えー、マジ?」
「うん、それで、すぐそばにいたタマモ先輩がさ、『二人きりのほうがええやろ』って言ってくれて。」
「……ああ。」
「それで、一晩だけ部屋を交換しようって言って、さ。」
マジか。寮長にチクってやろうかな。
「悪いんだけど、ゴメン。」
「ちょっと、ルームメイトほっといてそれは、ヒドくない?」
「フジ寮長には内緒でお願い!」
うわ、見透かされてた。
「まー、いーけどさ。」
「ありがと、助かる。」

○●〇●○●〇●○●〇●○●〇●

「おー、ジャマするで。」
「あー、こんちは。」
昨日言っていた通り、タマセンパイが来た。
「せっかくジャマするから、菓子持って来たで。」
「え、マジですか?あざっす!」
レジ袋からにんじんチップスを取り出して、見せてくれる。
私も小型冷蔵庫からスポドリを出して、紙コップに注ぐ。
「おっ、おおきに。」
「いや、ウチのイチが、すみません。」
軽く、平謝りする。
「いや、ほんまにあの二人仲ええよなあ。」
「ね、なんか妬けちゃいますよねえ。」
タマセンパイがお菓子の袋を開けて、つまんでいる。
「ほうか?別にまあ、そんな珍しい話でもないしなあ。」
「まあそうですけど、いざ自分のルームメイトがって思うと、なんかイヤじゃないですか。」
「ウチはそういうのあんまり気にせえへんからなあ。」
ポリポリ、と小気味よい音を鳴らせている。
「なんや、モニちゃんは実は、オグリの恋敵だったりするんか?」
タマセンパイがニヤニヤしながら、わざとらしく悪い顔をして聞いてくる。
センパイからその話題を振ってくれるの、待ってました。
「そうなんです、実は、ずっとイチのことが好きで。」
すると、大げさに顔を手で覆って、ワー!と叫び出す。
「えー、そんな昼ドラみたいな話、あるんやなあ。」
「はい。まあ、気づいたのは最近なんですけど。」
センパイが身体を前に乗り出してくる。
「どんなとこが好きになったん。」
「えっ、まあ、近くでずっと見てましたし。」
「せやなあ。普段、ご飯とかも一緒に行ってたんか?」
「あ、いや、お互い仲いい子のグループあるんで、そういうわけでもないですね。」
「そうなんか。休みの日とかはどうするんや。」
「休みの日も、あんまり一緒に出掛けたりとかは無かったかも……」
タマセンパイが、だんだん怪訝な顔になっていく。
「モニちゃん、奥手なんか?」
「いや、友達からはそういうタイプじゃないって言われます。」
私の言葉に、腕を組んで首をかしげている。
「私のほうが先に好きだったのに、オグリに取られて、納得いかないんです。」
「納得いかん、か。」
「はい。だって、私、ずっと前からイチのこと見てましたし。」
私の言葉に、嬉しそうな顔をしていたタマセンパイが、お菓子をつまんでいた手を止めた。
「うーん、いや、モニちゃん、それは多分好きとは違う気持ちやで。」
私はすかさず、タマセンパイの言葉に噛みついた。
「なんですか、私が、イチのことが本当は好きじゃないって言うんですか。」
「そや。本当は、イチちゃんのことなんて好きやないねん。」
私の言葉に素早く、ピシャリと言葉を返してくる。
「イチちゃんのことが好きなんやのうて、ただ羨ましいだけや。」
「意味わかんないです。どういうことですか。」
「イチちゃんはオグリにべったりで、オグリもイチちゃんにべったり。それはわかっとるやろ。」
「はい。」
せやけど、と言ってセンパイがベッドの上であぐらをかく。
「別に、イチちゃんからモニちゃんには、なんもしとらんやんか。」
「そうですけど、それがイヤなんですっ。」
うーん、とタマセンパイが腕を組みなおす。
「モニちゃんはオグリより先に、好きや!とは言っとらんのやろ?」
「あたりまえじゃないですか。ルームメイトなのに、そんなこと言ったら普通ドン引きですよ。」
せやなあ、と身の詰まってなさそうな返事が返ってくる。
「ほな、そんな怒られても、イチちゃんはなんも分からんやろ。」
「そりゃ、そうですけど……でも、ムカつくじゃないですか。」
「それ言うとったら、モニちゃんは出遅れた上に後出しジャンケンしとるやん。そんなん、ズルすぎるやろ。」
正論を突き付けられて、グゥの音も出ない。
こらあかんな、とセンパイは天井を見上げている。
「モニちゃんが一方的にカッカしてるだけやんな?」
「そうですよ。イチばっかり幸せになってるみたいで、羨ましいんです。」
私の言葉に、タマセンパイがパチン、と一つ、手を鳴らす。
勢いよくセンパイが右手の人差し指で、こちらを指さした。
「それや!」
「はっ?」
「いや、モニちゃんそれやで。よう気づいたな。」
指さしてきたかと思うと、また腕を組んで、一人でウンウンと頷いている。
「イミ、分かんないんですけど。」
「いや、せやからそういうことやって。」
一人で納得してるような素振りをして、何も言わないセンパイにイライラがつのる。
「センパイもなんか、ムカつきますね。」
「ちょちょちょい、それは酷いわ。」
こちらにツッコミを入れるように、平手で空気を叩くふりをしている。
「ほんとは、自分もわかっとるんとちゃうんか?」
「なんですか、バカにしてるんですか。」
言葉のとげを隠そうとも思えなくなる。もう、年上とか、そういうのは関係なくなった。
『私はすべてを分かってます』みたいな態度、ムカつく。
何を見たいかもわからないのに、助けを求めるようにスマホを取って、真っ暗な画面にカラフルな何かを映す。
親指だけが滑らかに動くけど、私の脳みそは何にも見つめていないみたいに、どの情報も頭の中を滑って落ちていった。
「あー、こらあかんな。すまん。」
自分の世界に閉じこもった私を見かねたのか、センパイが頭を下げている、ように見える。
センパイの謝罪に、反応もしたくない。
そのまま、重苦しい静けさが部屋を包む。
エプロンをあしらった、イチの目覚まし時計が鳴らす、カチ、カチ、という音だけが響いている。
私がこうして世の中の理不尽に燃えている間に、イチはオグリに何を話しているんだろうか。
どっちかが膝枕して、二人は仲よく夢の中にいるのか。
心の中の澱みを吐き出すかのように、少しだけ勢いよく、ため息をついた。
今、センパイの部屋では、きっとこの私の部屋とは違う風景が流れているんだろうな、とスマホの光を目に取り込みながら考える。
タマセンパイも呆れたのか怒ったのか、何も言わなくなった。
ガタガタ、と窓が音を立てて鳴り始める。その後、ポツ、ポツと水滴がガラスに当たって弾ける音。
別に雨まで降らなくていいじゃん、と、全く無関係なところにも心が反応して苛立ってくる。
こんな気持ちで、こんな音を聞かされて、どうやって夜を過ごせというのか。
叫び出したいけど、センパイがいる以上、声を出すのも憚られる。
苛立つ熱が私の中で暴走しそうになった手前くらいで、パン、と快活な音が一つ、部屋の中に轟いた。
驚いて、スマホから顔を上げる。
「おし!モニちゃん、着替えぇ。」
タマセンパイがベッドから軽く飛び降りて、四股を踏むような姿勢を取っている。
「は?」
「いや、せやから、着替えぇ。走りに行くで。」
全くつながらない唐突な言葉に、理解が追いつくまで時間がかかった。
「走りに?」
「せや。ジャージあるやろ、はよ着替えって。」
肩を入れて、ストレッチを始めている。
「バカなんですかセンパイ、外、雨ですよ。」
「モニちゃん、なかなか手厳しいなあ。言葉がほんまに痛いで。」
ふざけるように、センパイが胸を両手で押さえて、悲しそうな顔をする。
「いや、そういうの、マジでいらないんで。」
「いらなくてもやってしまうんがウチなんや、堪忍やで。」
「そういうのもいらないです。」
何をバカなことを言っているんだろう。
真面目に取り合ったら損すると思って、ベッドに横になる。
すると、よっ、という掛け声をかけながら、タマセンパイが無理やり私を持ち上げた。
思わず、スマホを取り落す。
そんな小さい身体のどこに、こんなパワーがあるんだ。
「ちょっ、やめて、何してんの?」
「そんな気持ちで寝っ転がったって眠れやせえへんやろ。ほれ、立った立った。」
それに、と私を持ち上げたまま私の目を見て、言葉を続ける。
「GⅠ3勝、3冠バたちができなかった天皇賞を春秋初連覇した、『白い稲妻』が一緒に走ろうって言うてるんやぞ。」
「……だから、何だって言うの。」
「引退してる身やけど、ウチのトレーナーの元には併走トレーニングの依頼がぎょうさん来とるんや。こんなチャンス、中々無いで?」
そりゃ当たり前でしょ、って思う反面、後から走りたくなっても走らせてもらえないウマ娘なのは間違いない。
「ウチのでっかい胸を借りた上で、モニちゃんの気持ちを誤魔化せるんや。ちょっと雨にぬれても、得しとるやろ。」
そういうセンパイの目は、ギラギラと光っていて、『いいえ』とは言わせない迫力がこもっていた。
これがGⅠを勝ったウマ娘のもつ、胆力というか、迫力というものなんだろうか。
まるでガラの悪いヤンキーじゃないか。
「……胸はともかく、分かったんで、降ろしてください。」
ちょちょちょい!とお決まりのような反応をしながら軽くドツかれたが、タマセンパイは私を地面に降ろした。
観念した私は、ジャージに着替えるために、寝間着のボタンに手をかけた。

「おおー、ええやん!ちょっと肌寒いくらいがちょうどええで!」
イチのジャージを勝手に借りて、ぶかぶかに余らせた袖を捲っているタマセンパイが叫ぶ。
夜も少し深まって、小雨も降ってきたトレーニングコースには、当たり前だけど、誰もいなかった。
「センパイ、そんなデカい服で走れるんすか。」
「おー、今、身長小さいってバカにしよったなぁ?」
うりうり、と言うように肘で小突いてくる。
こうしていると、ただのかわいらしい葦毛のウマ娘にしか見えない。
上下に揺れる青赤のリボンをつけた、身長の小さい、愉快な子だ。
この身体のどこから、すべてをブッちぎる走りが湧き出てくるのか。
私の前をセンパイが小走りでかけていく。
「ほな、ここスタートな。」
タマセンパイが、慣れた様子でダートコースに線を引く。
「それで、距離はどうする?」
こちらに顔を上げて、タマセンパイが私に聞く。
「いや、別に、何mでもいいけど。」
「ほうか。そしたら突然やけど、一つ問題や。」
タマセンパイが指を立てる。
「このダート、一周は何mでしょーか。」
「え、そんなの、別に知らないっすけど。」
そう答えると、またわざとらしく目を手で覆って、あちゃ~、と声を上げている。
「アカン、アカンで、モニちゃん。」
「何なんすか。」
「自分が走るコースやレースの条件くらい、ちゃんと覚えとらんと。」
何を教官みたいなことを言っているんだ。
「ちなみに、正解はセンロクや。」
「は?」
「1600mってことや。」
「良く知ってますね。」
「せやろ?ま、ウチはここのコース、使ったことないんやけどな。」
飄々と言葉を話すタマセンパイに、メラメラと気持ちが湧き立つ。
「さすが、重賞ばっかり出てたセンパイは違いますね。」
「ほうかなあ。ダートも随分前に、走ったっきりやしなあ。」
ワザとやっているのか、それとも天然なのか。めちゃくちゃに煽られていることだけは分かった。
もう、センパイに喋らせたくない。
ここで走って、勝ってやる。
勝って、黙らせる。
「ほな、行くで。よーーーい……」
ドン、という言葉を合図に、思いっきり土を蹴り出す。
そのまま、後先考えないで、全力のハイペースで飛び出した。
スタミナには自信がある。1600m――センロクなら、テキトーにブッ飛ばせば大きなリードが取れる。
勝てないだろう、なんてもちろん思わない。
絶対に勝てる。
ダートのトレーニングコースは、私たちのほうが多く走るからだ。
芝のコースは、タマセンパイ含めて強い子たちに使われてしまうことばっかりだ。
その分、私たちはダートを走る。
経験と慣れでは、絶対に私のほうが勝ってる。
文字通り、土をつけてやる。
借りたジャージをドロドロにして、怒られてしまえばいいんだ!
私の野望は、かくも簡単に打ち破られた。
本当のレースなら怒られるかもしれないような展開だった。
3コーナーに差し掛かったころで、聞こえなかったはずの雷鳴は、もう後ろまで差し迫っていた。
ヤバい、と思ってギアを上げようと思った時には、相手の加速は終わっていた。
追い抜いた後も、そのままスピードを上げていた。
私に格の違いを見せつけるかのように、グングンと伸びていって、私に5バ身以上差をつけてゴールした。
遅れてゴールした私に、余裕綽々とした表情で声をかける。
「おう、最初の勢いは良かったやんけ。」
「まだ、別に、1周目ですから。」
私の返事に、やれやれ、とタマセンパイが肩をすくめる。
「そんなんやからオグリにも出遅れるんや。レースは一回しかないんやで?」
真っ当な正論に、私は黙るしかなかった。
「なんや、なんも言うことないんかい。もう一回とか言うんかと思ったけど。」
どこまで本気で言ってるんだ。
ムリな勝負をふっかけて、確定的な実力差を見せつけて、その上でもっと煽りをかけてくる。
今までトレセン学園で感じたことないほどの熱と怒りが、胸の奥から湧いてくる。
それでも、目の前の勝負に勝ちたい、と思ってしまうのは、ウマ娘だからなんだろうか。
「……もう一度。」
私は、ひねり出すように声を上げる。
「おっ。なんやて?」
「もう一度っす。私はまだ走れるんで。」
タマセンパイはにやり、と笑う。
「ええやん、その意気や。グズるだけあって、諦めるようなヤツではないってことやな。」
「GⅠ取ってるからって、バカにしないでくださいよ。」
「おう、分かっとる。モニちゃんの合図で良いで。」
そう言って、スタートの準備を取っている。
絶対に勝ってやる。
なんなら、相手が潰れるまで再戦して、『勘弁してや』って言っても走らせてやる。
ケンカを売ってきたのはアンタなんだから。
私は、スタミナだけは、あるんだ!

「おうモニちゃん、もう終わりかいや。」
ぜえ、ぜえ、と軽く肩を上下させながら、タマセンパイが私を見下ろす。
あれから何度『もう一度』と言ったのか、このコースを何周したのか、もう覚えてない。
全力で逃げているから、相手が追い込んできているから、そんなレベルの話ではなかった。
ダートだから、芝だから、そんな話でもない。
ただただ、圧倒的に、私の力が足りていなかった。
ショックと疲れで地面にへたり込んで立ち上がれない私に、雨が容赦なく打ち付ける。
「モニちゃん、ウチが何のレースで勝ったか、知っとるやろ。」
思いついても、口から漏れてくるのは荒い呼吸ばかり。
日本で最長の平地G1レースを勝っているその実力は、多少環境が変わったところで揺らぐものではなかった。
悔しい。
それでも、悔しかった。
雨雲が光を反射して、薄明るくなっている空を見つめながら、言葉が漏れる。
「……意味、無いじゃんか。」
「なんや?」
一人でにこぼれた言葉は、もう一度自分に戻ってくるようで、酷く惨めに聞こえた。
「もう、私に、意味なんて無いじゃんか。」
「意味やと?」
「イチも取られて、有利なのにアンタに勝てなくて、もう何にも残ってないじゃん。私。」
タマセンパイはしばらく黙って、こちらに向き直った。
「意味なんかハナっからあるもんかい。最初から、全部諦めがちに取り組んどったんやろって。」
けどな、とタマセンパイは一つ呼吸を置く。
「ええ逃げやった。スタートの反応もいい。ただ、他の能力が足りとらん。」
「いいですよね、センパイは能力が足りていて。」
私が不貞腐れるように答えると、タマセンパイがズン、ズンとこちらに歩み寄ってきた。
へたり込む私の腕を強引に握って、思いっきり引き上げられる。
「うわッ。」
「ウチに能力が足りてる、やと?」
そう言い放つ先輩は、明らかに怒っていた。
「ウチはな、精一杯努力したんや。他の連中を見返してやる、環境なんか関係ない、そう思って、ナンボでも努力してきた。」
据わった目で見つめられて、喉が詰まる。
怖い、と思った。
「他のウマ娘が羨ましくなることもぎょうさんあった。せやけど、やればできると思うて、腐らずにのし上がってきたんや。」
そういい終わると、握っていた手を放す。握られていた場所が、雨に当たっているのに、じん、と熱くなる。
ドスの効いた声で、タマセンパイのこれまでが込められた言葉は、鈍器のように私の心を強く打った。
「……でも、私は、どうしたらいいんすか。」
タマセンパイは、私のすがるような疑問に、すぐ答えた。
「勝つんや。」
「えっ。」
「トレーニングして、勝って、勝って、勝ちまくるんや。」
タマセンパイの顔を見上げる。
「イチちゃん――いや、イチに、レースで勝て。戦績で勝て。タイムで勝て。なんでもええ。勝つんや。」
真っすぐな目で、タマセンパイが私を見る。
「モニちゃんが羨んだらアカン。羨ましがられるようになるんや。」
タマセンパイが、雨に肩を濡らしながら、言葉をつなぐ。
「自分、分かったやろ。モニちゃんは別に、イチのことが好きなんやのうて、羨ましいんや。」
羨ましい。
「自分にはオグリほど自分のことを好いてくれる人がおらん、自分よりも早くトレーナーがついた、自分よりもタイムがいい……他になんか、あるか?」
「……イチは、私より料理ができる。」
「せやな、せやけど、それは全部イチが自分で動き出して、勝ち取ったもんや。」
そうだ。
私は、必死になって何かやっているイチを、高みから動かないで見ていただけだった。
誰かに見てほしくて、その高みにいるのがまるで、大人ぶってるようで、ずっとしがみついていた。
その気持ちを、たまたまルームメイトになったイチにぶつけていただけだった。
「それを羨ましいって言うと自分が弱く見えるから、好きだってことにしてただけや。」
ま、王様気取りでベソかいとっただけってことやな、と言って、上に伸びをする。
「タマセンパイ。」
「おう、なんや。もう一本行くか?」
「私に、レースを教えて。」
「高くつくで。」
「……何したらいいの。」
せやな~、と少し考え込むフリをして、こちらを見る。
「まずは、未勝利戦突破やな。」
「タマセンパイが教えてくれたら、それ、払える。」
「おっ、言うやんけ。」
タマセンパイが、口の片側だけ上げて、こちらに手を伸ばす。
「なぁ、モニちゃん。」
「はい。」
「今、勝ちたいか?」
「うん、めちゃくちゃ勝ちたい。」
センパイの手を取る。
そのまま、グッ、と引き上げられて立ち上がる。
「戦って勝ちたいと思えるヤツ、おるか?」
「いる。顔も身長も、得意なことも知ってる。」
ウンウン、とセンパイが頷く。
握っていた手を一度ほどいて、握手し直す。
「お願いします、センパイ。」
「おう、大船に乗ったつもりで、任しとき。」
その言葉を聞いて、わざと誰もいない空をつま先立ちで見上げる。
「ん、こりゃまた、立派なモーター漁船だなあ。」
「そうそう、後ろにはちゃんと壊れた時用のオールも一緒に……ってコラ!それじゃ小舟やんけ!」
胸を手の甲で叩かれる。
私、このセンパイとならやれるかも。
センパイの雷は、私を高みから引きずり落しただけじゃなくて、どこに行けばいいかも照らしてくれた。
やっと、ここまで落ちてこれた。
今度は何をされても壊れないような、立派な塔を、自分で建ててやる。
二人で特別感に浸っているとき、突然、背後から声が聞こえた。
「ポニーちゃん?タマモ先輩?こんな時間に、雨の中、何をしているのかな?」
振り返ると、懐中電灯と傘を持って、不気味な笑顔を浮かべる寮長が経っていた。
音もなく近づいていた寮長に、二人で声にならない悲鳴を上げて、跳びあがる。
スタートダッシュの速度の差でタマセンパイだけ捕まっちゃったのは、多分、別の話。
私のタイムが次の日のトレーニングで少しだけ良くなったのも、多分、タマセンパイと一緒に走ったから……だと思う。

了

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4つ目(≫164~173)

SS筆者22/03/27(日) 00:01:37

「おうオグリ、おはようさん。」
とてもよく親しんだ、しかし、朝には聞きなれない声で目が覚めた。
声のした方向に首を向けると、タマ――ルームメイトで、友人で、最高のライバル――が、ジャージ姿でこちらを見ていた。
「どうしたんや、タヌキに化かされたような顔して。」
その場で軽くトン、トンと飛び上がりながら、不思議そうな顔をしている。
「お、おはよう。タマ。」
「おう、おはようさん。」
そのまま肩を入れて、肩甲骨と脚の関節を伸ばし始めた。
いつも私が起きるときにはタマが寝ているから、つい面食らってしまった。
タマがストレッチをしながら、口を開く。
「ちょいとオグリ、朝練付き合ってや。」
「……タマ?」
タマの口から出てきた思ってもいない提案は、寝ぼけている頭をすっかり通り過ぎて、何を言っていたのか分からなくなってしまった。
「ちょいオグリ、珍しく寝ぼけとんな。」
「いや、タマが朝のトレーニングを提案するのは、珍しいな、と……」
「せやろ、今日は気が向いたんや。そら、着替えた、着替えた。」
そう言うやいなや、タマは私のシーツを持ち上げる。
「今日は休みだし、タマはもう引退したじゃないか。」
「せやけど、たまには走らんと身体がなまるねん。ほれ。」
そう言って、私のジャージを取り出して私のベッドに置く。
ずっと競い合ってきたタマとゆっくり走る機会は、中々無かったことに気付いた。
私は、タマの申し出を、喜んで受けることにした。

それから、いつもの朝と同じくらいの時間、いつもよりも少し軽いメニューを、タマと一緒に走った。
いつものような、一人で静かな街を感じながら走るのとは違って、私のものではないもう一つの足音を聞きながら走るのは、心なしか、とても賑やかだった。
誰かと他愛のない話をしながら、ゆっくり、流すように走って、心地よい風を感じる。
タマも、川沿いの知らない風景や、いつもすれ違う犬の散歩をしている旦那さんとの会話や、川に映る朝日を楽しんでいるようだった。
私の前を走っていたタマが、だんだんと歩くくらいまでペースダウンして、こちらに振り返る。
「おお、オグリ、こんなことしとったんやなあ。」
「うん。もう少しペースは上げているが、気分がいいぞ。」
「ほんま良かったなあ。もっと早く聞いとくべきやった。」
ま、そん時はオグリとバチバチやっとったんやけどな、と笑っている。
朝日を背に、朝日よりもギラギラ輝く明るい笑顔で笑うタマは、本当に眩しかった。
「そうしたら、そろそろ戻ろうか。」
私の言葉に、タマは何か都合が悪いのか、きょろきょろと周りを見回す。
「どうしたんだ、タマ?」
「いや、なんでもないんやけどな。」
そう言ったかと思うと、河川敷の土手に、すとん、と腰を下ろした。
「もう少ししゃべってこうや、せっかく休日なんやし、ゆっくり戻ってもええやろ?」
「あ、ああ。いいぞ。」
自分の隣の草むらを、ぽんぽん、と叩くタマの隣に腰を下ろす。
「今日のタマは、なんだかいつもと違うな。」
「せ、せやろか?たまったま早く起きただけやで?」
タマモクロスだけにな!と、いつものタマからは聞かないような言葉が飛び出してくる。
「……タマ、やっぱり、調子でも悪いのか?」
「何言うとんねん!スベったって言外に言うなや!傷つくわ!」
ぎこちない笑顔になったタマの横で、朝日を浴びながら、いろいろなことを話した。
それからしばらく話した後、「おし、もうそろそろええやろ」と、タマが立ち上がる。
「引き留めてすまんかったなあ、オグリ。」
「いや、タマとゆっくり話せて、私も楽しかった。」
そう言うと、タマは、へへ、と鼻の下を人差し指で、恥ずかしそうに擦っている。
「腹も減ったし、帰ろか。」
「そうだな。もう、お腹がぺこぺこだ。」
いつもよりもゆっくりなペースで、学園まで戻った。

●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇●◇

「お、朝トレお疲れっす、タマセンパイ。」
「おうモニちゃん、ご苦労さんやったな。」
朝のトレーニングから帰ってきた私たちを、モニー――イチのルームメイトのウマ娘だ――が出迎えてくれた。
気さくそうに挨拶を交わす二人が珍しくて、思わず質問する。
「二人は、仲が良かったのか?」
私の質問に、二人は目を合わせて、にやり、と笑った。
「ちょっとね、いろいろあって」
「せやせや、いろいろあったんや。」
そう話すモニーの目の奥には、一緒に走ったときのタマと、同じような色で燃える炎のような、強い思いが見えた。
思わずタマの方を見やると、一緒にG1レースを走ったときとは異なるが、しかし、モニーが宿しているものと同じような熱を、目の奥に蓄えていた。
思わぬプレッシャーを感じて、背筋に緊張が走る。
「ほんなら、オグリも腹減っとるやろうし、行こか。」
こちらを向いたタマの目は、朝、川沿いで見せてくれた目に戻っていた。
「行くって、どこへ?カフェテリアはこっちじゃないはずだが……」
混乱している私に、モニーが反応する。
「カフェテリアはまだ開いてないっしょ。」
彼女の言葉に、タマがうんうん、と頷く。
二人が阿吽の呼吸とでもいうようなテンポで会話を進めている。
どうにも、話において行かれているような気がしてならない。
「ま、とりあえずついてきて。」
寮の共用ラウンジに近づくと、いつもと違うことに気付く。
遠くからでもわかる、誰だってお腹が空くような、香ばしいいい香りがラウンジから漂っている。
扉を開けてラウンジに入ると、一番大きいテーブルの上に、カフェテリアでしか見られない、『あの』料理が用意されていた。
5重にも積まれた特大ハンバーグ、その下に敷かれたたくさんのナポリタン、添えられたブロッコリーに、ポテトフライ。
その手前には、蓋がされた赤い汁物の器と、大きめのお茶碗に山のように盛られた、白く輝くご飯が用意されていた。
目に飛び込んできた風景に、思わず、お腹が鳴る。
「あっはは、オグリ、反応が早いって。」
モニーがお腹を押さえて笑っている。
「す、すまない。いつもなら、ご飯を食べている時間を過ぎているから……」
「分かっとる、分かっとる。イチちゃんのお弁当やろ。」
タマの言葉に、イチのお弁当を思い出してしまって、またお腹が鳴ってしまう。
ひとしきり笑い終わったのか、涙目になっているモニーが、私を案内してくれる。
「さ、座った座った。」
「こ、これは、どういうことだ、モニー?」
「ええから、手ぇ合わせて、いただきますって言うんや。」
モニーが椅子を引いて、タマが私の肩を掴んで座らせる。
「二人は食べないのか?これは、誰が作ってくれたんだ?」
私の質問に答えず、二人は手を合わせて、ニコニコしている。
「まずは、いただきます、や!」
「そ、いただきます、でしょ。」
「い、いただきます。」
色々な疑問が私の中をめぐっていたが、手を合わせてみると、その疑問よりも空腹が優に勝って、どこかへと消えていく。
二人に聞くのは、これを食べてからでもいいだろう。
それから食べ始めたハンバーグ定食は、それはもう、とてもとても美味しかった。
お肉の味がしっかりと引き立つ、肉汁たっぷりのハンバーグ。
ホロホロと崩れるように柔らかい、どんな風に煮込んだのかもわからない、にんじん。
もちもちと、水分とケチャップのおいしさをたっぷり吸いこんだ食感の、おかずになりそうなナポリタン。
汁物は、味の濃いハンバーグのお皿から寄り道すると、口の中がさっぱりして心地の良い香りが広がる、優しい、透明なお吸い物。
見事に山の形に盛られた白いご飯は、私の好みを知り尽くしているような、完璧な炊き具合だった。
朝から、こんな素敵なものが食べられるなんて。
私はどれだけ幸せなのだろう、と思っているうちに、お箸は止まるどころか、加速していった。

「それじゃ、本日のシェフのご紹介です~。」
モニーの声に顔を上げると、キッチンのほうを指さしている。
その指先の向くところから出てきたのは、髪の毛を三角巾の中にきちんとしまったエプロン姿の親友だった。
「イチ!」
初めて見るイチの料理姿が何故か嬉しくて、思わず立ち上がってしまう。
「ちょっと、オグリあんた、まだ食べてる途中じゃん。」
「す、すまない。エプロン姿のイチがかわいくて、つい……」
私の言葉に、タマとモニーがなぜか後ろに首を勢いよく向けたかと思うと、肩を細かく震わせている。
「……お粗末様でした。」
イチは居心地が悪いのか、手を後ろに視線を横に向け、手を後ろで組んでいる。
キッチンが暑かったのか、顔が真っ赤になってしまっていた。
「……ケーキは、午後ね。まだ、お昼にもなってないから。」
「ケーキもあるのか!」
「うん、そっちは、私だけじゃなくて、クリークさんのお手伝いもあるから、美味しいはず。」
イチの言葉に、私は首を振る。
「このハンバーグもとても美味しいぞ、イチ。」
「うん、まあ、ありがと。」
皆が、笑顔のままイチを見ている。
しばらく誰も何も言わなかったが、モニーがイチに合図を出している。
「ねえ、イチ、言うこととっとと言いなって。」
イチはそれでも横を向いたまま、肩だけ、もぞもぞ、と動かしている。
それからしばらく、沈黙が流れた後、イチが口を開く。
「お誕生日、おめでとう。」
イチの言葉に、横の二人が手を、パン!と一つ、大きく鳴らす。
そうしたかと思うと、二人で『ハッピーバースデー、オ~グリ~』と、バースデーソングを歌ってくれた。
イチも、真っ赤な顔のまま、少し遅れて、歌ってくれている。
タマの突然の誘いですっかり忘れてしまっていたが、自分の誕生日であることを思い出した。
3人の心遣いに、心が強く打たれる。
私は、とても良い友人を持った、と思った。
「ありがとう、みんな。とても嬉しいよ。」
「……別に、その。」
そういって、イチが下を向く。
モニーがやれやれ、と言った様子で、イチにツッコミを入れている。
「イチ、あんたね、別にってのは無いでしょ。」
「……誕生日なのに、別に、は無かったね、ゴメン。」
「素直に、オグリのために心を込めて作りました、って言えばいいじゃないの。」
モニーの提案に、イチが噛みつく。
「ね、ねえ!ちょっと、モニー、あんた、バカ!」
「ば、バカは無いでしょ、バカは!」
今にも言い合いが始まりそうになった矢先、タマがするりと間に入って、二人の距離を腕で開けている。
「オグリの誕生日なんだから、素直になんなさいよ、イチ。」
「す、素直って、簡単に……!」
「なんなら、ずっとアナタのことが好きです、って言っちゃえばいいのに。」
茶化すようなモニーの言葉に、イチの顔がさらに赤くなる。
タマは何も言わずに、ただ二人の距離を、楽しそうな笑顔を浮かべながら開け続けていた。
「好きですって、ちょっと、アンタっ。」
「ホントのことじゃん、こないだなんかタマセンパイ追い出してさ。」
「それは、そのっ。」
二人の言葉に、私も以前、タマにお願いしたことを思い出して、恥ずかしくなる。
「ハイハイ、お二人さん、そこまでや。」
タマが二人の会話に割って入る。
「そういうわけで、誕生日おめでとさん、オグリ。」
「ありがとう。もしかして、タマが私を朝のトレーニングに誘ったのは……」
「そういうこっちゃ。イチちゃんの手際がいいお陰で、無理に引き延ばさんでもよくなったんや。」
タマの言葉に、言い合いをしていた二人が静かになる。
「ちゃんと前々日くらいから準備してたのよ?」
「せやで。イチちゃんなんかなあ、ハンバーグのタネを仕込むのに、えらい丁寧に時間かけてたんやから。」
「そうそう。ハンバーグだけじゃなくて、にんじんの丸ごと煮も、スパゲッティも、茹でブロッコリーも、やたらこだわっちゃって……」
「せやせや。ベジブロス、やったか?ちゃんと作りたい言うて、カフェテリアの人に頼み込んで圧力鍋やら赤ワインまで、無理言って借りてきたんやで。」
「そんなにこだわってくれたのか、イチ。とっても美味しかった。」
何故か、イチが顔を赤くしたままうずくまる。
「あの……もう、洗い物したい……」
「ホントすごいこだわりだったよ、イチ。」
「ほんまになあ。そうや、ナポリタンは……」
タマが何か言いかけようとしたとき、うずくまっていたイチが、勢いよく立ち上がって、テーブルを指さした。
「いくら誕生日で、いくらオグリが良く食べると言っても、朝からこんな量は迷惑だったでしょ!」
目尻に何故か涙を浮かべて、大きな声を上げている。
迷惑だなんて、そんなことは全くない。
イチの料理は、いつも、どんな料理でも、本当に美味しくて、ずっと食べていたいと思うくらいだ。
素直な私の気持ちを、イチに伝える。
「いや、イチの料理なら、私はまだまだ食べれるぞ。」
私の言葉に、イチは、うぐっ、と苦しそうな声を上げる。
「大丈夫か、イチ?」
「あんまり食べ過ぎて、体調でも崩しちゃえばいいのよ!」
これ以上は無いんじゃないか、と思うくらい赤い顔で、イチが私を指さす。
私の言葉が聞こえているのかいないのか、目を白黒させているイチに、タマとモニーが首を傾げた。
「いや、そないなことは起きへんやろ。」
「そうっすよね、オグリが体調を食べ物で崩すことはないっしょ。」
二人が似たような手つきで、イチにツッコミを入れている。
困っている様子のイチを助けるべく、なんとか、フォローの言葉を入れる。
「……あっ、いや、でもお母さんからもらって、ずっと大事にとっておいたおにぎりを食べた時は、さすがにお腹を痛くしたぞ。」
そういうと、二人は黙ったままこちらを向いて、やれやれ、と言った様子で、私にも同じように手の甲を当ててきた。
「ど、どうしたんだ、二人とも?」
「いや、なんちゅーか。」
「似たもの同士だよね、二人。」
イチは、口を開けたまま固まってしまった。
何とかイチをほぐしてあげなければ、と思った私は、お箸でハンバーグを一口分取り分ける。
そのままイチの手を取ってこちらに寄せる。
「ちょっ、オグリ、何して。」
「イチ、あーん。」
言われるがまま、というより、元々開いていた口にハンバーグを入れる。
タマとモニーが、わっ、と口に手を当てて驚いている。
固まっていたイチも、もぐ、もぐとハンバーグを食べ始めた。
「どうだ、おいしいだろう。」
しばらく食べていたイチが、飲み込んでから口を開く。
「……確かに、おいしい。」
「私の親友が、誕生日の私のために作ってくれたんだ。」
「いや、その……そう、だね。」
「うん。ありがとう、イチ。最高の誕生日プレゼントだ。」
私の言葉に、少しイチの口元が緩む。
やっぱり、イチには笑顔が良く似合う。
「イチ、一つ、言いたかったことがあるんだ。」
「何、オグリ。」
私はしっかり息を吸って、はっきりと、イチに伝えた。
「イチ、ごはんのおかわりは、あるだろうか?」
少し笑顔が戻っていたイチの目が、私の言葉に、また白黒に戻る。
しかし、少し間をおいて、ふふ、と笑った。
「……しょうがないな、あるよ。どのくらい?」
「最初と同じくらいで、頼む。」
うん。
イチは、「しょうがないな」と言いながら、私の大きなお茶碗を受け取って、キッチンの方へ向かってくれた。

了

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Part10

その1(≫154~159、161)

SS筆者22/04/21(木) 21:49:11

「……あれ。」
「わっ。……ああ、モニーじゃないか。」
「こんな時間に何やってんの、オグリ。」
「いや、それは……」
「もしかして、私と同じ?」
「そうだと思う。なんだか、眠れなくなってしまって。」
「珍しくね?オグリってメッチャ寝つきいいって、タマセンパイ言ってた。」
「うん、私もそう思うんだが……今日は、目がさえてしまった。」
「さては、ハラペコ?」
「モニーはすごいな。タマみたいにお見通しだ。」
「いやいや、お腹鳴ってるし。それで、なんでラウンジなんかにいるの。」
「……最初は、外に出れば何か買いに行けるんじゃないか、と思ったんだ。」
「それで玄関に行ったけど、まあドアが開いてなくて、戻ってきた、みたいな?」
「敵わないな。本当にタマみたいだ。」
「そうだとしても、電気くらいつけたらいいじゃん。」
「どこにスイッチがあるのか、実は分からなかったんだ。」
「なにそれ。」
「モニーはどうしてここに?」
「……別に。何か寝れなかっただけ。」
「そうだろうか。それにしては、ずいぶん怖い顔をしているぞ。」
「……あんたも、十分タマセンパイみたいじゃん。」
「そ、そうか?なんだか、照れるな。」
「褒めてな……いや、褒めてることにしとくわ。」
「それで、どうして。」
「……はぁ。あのさ。」
「うん。」
「オグリって、レースの前日、緊張する?」
「レースの前日に?」
「そ。……いやー、なんか恥ずいわ。」
「恥ずかしがることはないだろう。……そうだな、緊張するというより、わくわくする気持ちのほうが大きいかもしれない。」
「……そ。スゲーね、やっぱ。」
「タマがどう思っているかは分からないが……私と、きっと同じじゃないだろうか。」
「いや、タマセンパイはああ見えて結構、緊張しいだよ。」
「そうなのか?意外だな。」
「うん、自分で言ってた。」
「最近、モニーとタマは一緒にトレーニングをしていると思うんだが。」
「げっ、なんで知ってんの。」
「この間、偶然見かけたんだ。」
「……まあ、ちょっとね。アンタも、イチと良く真面目な話、してんでしょ。」
「うん。最近のイチは、どんどん強くなっているんだぞ。」
「……知ってる。いつか、一緒に走ることになるんかな。」
「そうかもな。私は二人が一緒に走るところを見てみたい。」
「……いや、御免こうむるわ。」
「なんか、私もちょっと、お腹減った気がするな。」
「おお、本当か。しかし、どこに食べ物があるのか、分からなくって……」
「……お、食べ物、あるかもよ。」
「どこにあるんだ?」
「キッチン。普段イチとクリークちゃんくらいしか使う人いないけど、ちょっと入ってみようよ。」
「そうだな。何かあるかもしれない。」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「どれ、お邪魔しますよっと。」
「電気は……これか。」
「わっ、眩し……うわ、キレー。」
「本当か?……おお、本当だな。」
「イチ、あんなナリしておいて、結構几帳面なんだなー。」
「ああ、そうだぞ。筆入れの中身や、教科書の揃え方が綺麗なんだ。」
「いや、聞いて無い、聞いて無い。」
「そ、そうか。すまない。」
「ルームメイトと仲良くしてくだすって、ありがとうございます。」
「それを言うなら、私も、モニーがタマと仲がいいのは、とても嬉しいぞ。」
「ばっ、あれは仲いいとかじゃなくて、シテーカンケー?なの。」
「シテーカンケー?」
「いいでしょ、もう。ほら、冷蔵庫開けてみよ。」
「あ、ああ。そうだな。」
「どれどれ……うーわ、すーごい量のタッパー。」
「作り置きでいっぱいだな……カレー、ひじきの煮物に、これは肉じゃがだろうか。」
「なんで、どれもちょっと小さめなんだろう。」
「そうだな、たくさん作っておいた方が楽そうだが。」
「ね。どうしてだろ。」
「……見ていると、ますますお腹が空いてくるな。」
「……食べちゃおっか。」
「……いいんだろうか。」
「ちゃんと洗えば、まあ、いいんじゃない?」
「ううむ、クリーク、イチ、すまない。」
「私は……あ、これなんかがいいな。」
「モニーはこういうのが好きなのか。」
「ちょっと、オヤジ臭いとか言わないでよ。」
「私も好きだぞ、ちくわとキュウリ。」
「アンタはなんでも食べちゃうでしょって。」
「イチとクリークが作ってくれたものは、より美味しいしな。」
「分かる。とりあえず、肉じゃが、チンするわ。」
「お箸は……これか。」
「とりあえず、いただきます。」
「いただきます。」
「……ねえ。」
「どうした、モニー?」
「ちょっと、その、話せてよかった。オグリがイチと仲いい理由、ちょっと分かった気がする。」
「私も話せてよかった。またお互いに寝れないときがあったら、今度はタマの話を聞かせてくれ。」
「……タマセンパイとは、オグリとイチみたいなんじゃないから、面白くないっしょ。」
「そうじゃなかったのか?」
「だから、シテーカンケーだって。」
「ううむ、難しいな。」
「……はい、これでオッケー。それじゃ部屋、戻るか。」
「うん。おやすみ、モニー。」
「ん。おやすみ、オグリ。」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「きょ、今日はお弁当が無いのか!?どうしたんだ、イチ。」
「……昨日の夜、キッチンにネズミが湧いたのか、キレイにおかずがなくなってたんです。」
「そ、そうなのか。」
「ごていねいにちゃんと全部洗ってくださって。」
「う、うん。」
「個人的にはそのネズミ、毛色が灰色じゃないかな、って思ってるんだけど。」
「は、灰色だけじゃないぞ。」
「……だけ、ねえ。」
「……あっ。」
「……。」
「い、イチ。その。」
「今日は朝ごはん、抜き。それと、夜ちゃんと食べること。」
「すまない、イチ……」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「なんやモニちゃん、青い顔して。」
「すみません、ちょっと胸やけが。」
「胸やけ、て、寝る前に何か食べたんか。」
「あ、いや、そういうわけじゃ? ないんですけど。」
「そうやなあ。モニちゃんがそんな、オグリみたいなこと、するとは思えへんしなあ。」
「そ、そうですよ!」
「昨晩は最後、何食べたんや?」
「えー、ちくわにキュウリさしたやつですね。」
「なんや、エラいおじさんっぽいもの食べたんやな。」
「いや、たまたま見つけちゃって。」
「カフェテリアでそんなもん出しとったんか?」
「んー、あー、まあ、そんな感じです?」
「ほーん。ま、ええわ。ほんなら今日も走り込みからやってこか。」
「えっ。」
「レース近いんやろ。ほれ、いくで!」
「ちょ、ちょっと待ってください、わき腹がーー!」

了

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その2(≫189~192)

SS筆者22/04/26(火) 00:27:15

「……おはようさん。」
「わっ。……なんだ、タマモ先輩じゃないですか。」
「ジャマするで、イチちゃん。」
「こんな深夜にどうしたんですか。」
「それを言うたら、イチちゃんこそキッチンで何しとるん?」
「なんか、寝れなくなっちゃって。スマホいじってたら、なおさら寝れなくなって。」
「そうやったんか、実はな、ウチもやねん。」
「タマモ先輩もですか?」
「せやせや。脳みその裏の方が、なーんかチラチラ光ってしゃあないねん。」
「そういうとき、ちょっとありますよね。」
「それで、イチちゃんは明日の仕込みかなんかか?」
「はい。どうせ3時間後には起きてるので、今やっちゃおうと思って。」
「ホンマ感心するわ。」
「……そんなに感心されるようなことじゃ、ないです。」
「誰かのためにメシ作るんは、結構大変なことやで?」
「それはそうですけど、私のはちょっと、事情が。」
「事情なあ。」
「……そうです。」
「タマモ先輩、やっぱ寝たほうがイイですって。」
「なんや、ウチのボケは眠気でキレが落ちるって言うんか。」
「さっきもよくわかんないこと言ってましたし、ほんとに。」
「んあー、やっぱ眠気には勝てないのねー、なんてな。」
「あくびしちゃってるし。良かったら、ちょっと味見程度に食べていきますか?」
「いや、ウチはもともと食べられへんからなあ……なんなら、ちょっと作らせてほしいわ。」
「え、タマモ先輩、料理するんですか。」
「せやでー。家ではチビたちによう食べさせたもんや。」
「えー、そうだったんですね。」
「どれ、冷蔵庫を拝見……あれま、モヤシあるやん。これ借りてもええ?」
「いいですよ、どれ使ってもらっても大丈夫です。」
「ほな、それじゃこれと……お、春雨。ネギに、おお、はんぺんもあるやんか!」
「……味は醤油としょうが、お砂糖でいいですか?」
「おおー、イチちゃん、分かっとるやん。」
「あれっ、お肉はいらないんですか?」
「お肉なんて高くて買えたもんちゃうわ。一軒家が建ってしまうで。」
「別に、使ってもらって大丈夫ですよ。」
「ええねんええねん、あんがとさん。」

●○●○●○●○●○●○●○●○

「どれ、タマモクロス特製、もやしと春雨のうま煮や!」
「……わ、お肉無いからもっとしょっぱくなっちゃうかな、と思ってました。」
「どや、うまいやろ。」
「もやしとはんぺんは庶民の味方や。」
「……なんか、やっぱり、私の料理よりあったかいですよ。タマモ先輩の。」
「ほんまか?どれ、ウチももらうで。」
「あっ、ちょっと、それは私の。」
「う~ん!なんや!めっちゃ美味しいやんけ!」
「それは、クリークさんから教えてもらったからで。」
「いやいや、こんなんを毎日食べれるオグリは幸せもんやな~。」
「……そうでしょうか。」
「せやで。オグリに『もっと感謝せえ』くらい言うたれ。」
「……ありがとうございます、タマモ先輩。」
「な、なんや。真面目な顔して…… 恥ずかしいやんけ。」
「いや、なんか、その。一緒に料理出来て良かったな、って。」
「そか。イチちゃんも、モニちゃんに負けんように頑張ってな。」
「はい。ありがとうございます。」
「……どれ、そろそろ片づけて部屋戻ろか!おっかない寮長にカミナリ落とされたらたまらんからな。」
「後片付け、やりますよ。」
「そうはいかへん、そしたらどっちが早く戻れるか競争や!」
「え、わ、タマモ先輩、洗剤そこじゃないです!」

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