コーカサス州に建造中の巨大地熱プラント。
第一次汎地球圏大戦にて使われたNJCによる未曾有のエネルギー危機。そのときから、このプラント完成は東ユーラシアの悲願であった。
半永久的に絶えることの無い膨大な地熱エネルギー。このプラントが本格的に稼動すればコーカサス州のみならず、東ユーラシア全土で必要とされる電力の三分の一を供給できる試算である。
第一次の大戦ではサイクロプス使用による国力の疲弊、第二次の大戦ではブレイク・ザ・ワールドとベルリン侵攻による未曾有の大混乱。そういった諸々の事情のために、常に先延ばしになってきた地熱プラントは、そのエネルギーに目をつけた統一連合の協力もあって、ようやく正式稼動の目処が立つところまでになった。
しかし陳腐な物の言い方にはなるが、二度あることは三度ある。
プラント完成を目前にして、その行く末にはまたも暗雲が立ち込めていた。それは、東ユーラシアの政府や軍人に言わせれば、厳しさを増す冬と、活発化するレジスタンス――彼らが言うところのテロリストの破壊活動であっただろう。
だが、それは理由の一部ではあっても、最大のものではなかった。
一番の不安要素は、外ではなく、内側にあったのである。
第一次汎地球圏大戦にて使われたNJCによる未曾有のエネルギー危機。そのときから、このプラント完成は東ユーラシアの悲願であった。
半永久的に絶えることの無い膨大な地熱エネルギー。このプラントが本格的に稼動すればコーカサス州のみならず、東ユーラシア全土で必要とされる電力の三分の一を供給できる試算である。
第一次の大戦ではサイクロプス使用による国力の疲弊、第二次の大戦ではブレイク・ザ・ワールドとベルリン侵攻による未曾有の大混乱。そういった諸々の事情のために、常に先延ばしになってきた地熱プラントは、そのエネルギーに目をつけた統一連合の協力もあって、ようやく正式稼動の目処が立つところまでになった。
しかし陳腐な物の言い方にはなるが、二度あることは三度ある。
プラント完成を目前にして、その行く末にはまたも暗雲が立ち込めていた。それは、東ユーラシアの政府や軍人に言わせれば、厳しさを増す冬と、活発化するレジスタンス――彼らが言うところのテロリストの破壊活動であっただろう。
だが、それは理由の一部ではあっても、最大のものではなかった。
一番の不安要素は、外ではなく、内側にあったのである。
イザーク=ジュールは苛立ち紛れに、あてがわれた個室の椅子を蹴飛ばした。哀れな椅子は宙を飛び、壁に叩きつけられて、派手な音を鳴り響かせる。
ディアッカは帰還後に親友をからかうネタにしようと、初めの頃こそ彼が椅子を蹴飛ばす回数を数えていたが、17回目でやめにした。もはや椅子は原型をとどめず、本来の役目には使えないほどに脚も背もたれも歪んでしまっている。
すぐに熱くなり我を忘れてしまう親友、彼をなだめ、抑える役割を続けているうちに、年齢に似合わない落ち着きと忍耐強さを持っていると周囲から評価されるにいたったディアッカ。
しかしその彼をして、今回ばかりは親友と一緒に爆発したいのを、必死にこらえなければならない始末だった。
「あの無能どもめ! もうたくさんだ! 次こそ作戦会議への出席などボイコットしてやる!」
軍隊においてはご法度である上官批判。しかしイザークは堂々と上官を無能と断じてはばからず、ディアッカもそれをとがめることはしなかった。
「…それで、我らが司令官殿と副司令官殿は、今回は何をやらかしたんだ?」
今更聞いても、空しくなるだけだとは分かっていたが、イザークの愚痴を聞いてやるのも仕事の一つと割り切って、ディアッカはあえて尋ねた。その声にイザークがゆっくりと振り向く。
目が据わっていた。眉間には特大の皺が寄っている。ハンサムな顔が台無しだぞ、と言いたいのをぐっとディアッカはこらえた。
「聞きたいか? そうか聞きたいか、なら教えてやろう!」
イザークの怒号が部屋中に響き渡った。
「あの糞司令官と阿呆副司令官め! 何と言ったと思う? 『地熱プラント周辺の詳細な地図は現在ユーラシア政府に提供を依頼している途中だ。それまでは各部隊長が臨機応変に対応すべし』と言ったんだぞ!
ふざけるな! どこの世界に、まっとうな地図も用意せずに作戦を実行する阿呆な軍隊がいるものか!
司令官どもは、暗闇で耳栓をされた状態で喧嘩をしてみろ! そうすれば、如何に自分達が無茶な命令を下しているのか分かるだろうよ!」
ディアッカはそれを聞き、こめかみを押さえて大きなため息をついた。
今回の作戦指揮官であるイエール=R=マルセイユ中将、副司令官のカリム=ジアード中将。本来は二人とも有能な指揮官である。過去の実績も申し分なく、部下からの信望も厚い。その点についてはイザークもディアッカも認めるのにやぶさかではない。
しかし二人は、現在統一地球連合軍で激しく対立している派閥をそれぞれ代表する立場の人間である。 その二人が同じ部隊にいるとあっては、敵よりもまず身近の競争相手に注意が向けられるのは当然の結果だった。
大規模地熱プラントの防衛、東ユーラシアの治安回復、第三特務隊を壊滅させたテロ組織「リヴァイブ」の殲滅。
今回の遠征で得られるであろう軍功を相手に与えてなるものかと、お互いの派閥が意地を張り合った結果がこれである。司令官と副司令官は常に火花を散し合っており、相手が自分を出し抜こうと考えているのではないかと疑心暗鬼に陥っている。遠征のキャンプ内でも、派閥同士がいがみ合って空気が重く、イザーク隊のようにどちらの派閥にも属さない人間達にとっては、モチベーションが削がれることこのうえない。
さらにその派閥対立に乗じて、ダニエル=ハスキルなる東ユーラシアから派遣された将校が大きな顔をしてのさばっているのが、イザークの神経を逆撫でしていた。
今回の防衛戦でのアドバイサー、協力者との触れ込みで派遣されてはきたものの、ダニエル=ハスキルがやることと言えば、マルセイユやジアードの対立を煽るようなことばかりだった。
ある時は両方に媚を売り、ある時はそれぞれをけしかけ、あまつさえ自分の持っている情報、特に地熱プラント周辺の地理情報やテロ組織の戦力情報などを交渉材料としているのである。
その姿勢をイザーク他の下級将校が非難すると、逆にマルセイユやジアードからハスキルへの非礼を咎められる始末である。
今回の地熱プラント防衛戦に、統一連合地球軍が投入した軍勢は空前の規模である。
兵員が二万人。ルタンドを中心としてストライクブレード、ゼクゥ、ムラマサなどを含めたMSが二百機、高機動型戦車と支援ヘリが千台。貧相な武装しか持たないレジスタンス組織たちを相手に遅れを取ることはありえない。
しかし、その内実はまったく統制が取れておらず、一丸とは程遠い有様だ。
ありえない万に一つの可能性に向かって、統一連合地上軍は突き進んでいるのではないか。
今回はなかなか怒りの収まりそうに無く、新たな獲物に枕を見定めたイザークを見ながら、ディアッカは不安な気持ちが頭をもたげてくるのを抑えられなかった。
ディアッカは帰還後に親友をからかうネタにしようと、初めの頃こそ彼が椅子を蹴飛ばす回数を数えていたが、17回目でやめにした。もはや椅子は原型をとどめず、本来の役目には使えないほどに脚も背もたれも歪んでしまっている。
すぐに熱くなり我を忘れてしまう親友、彼をなだめ、抑える役割を続けているうちに、年齢に似合わない落ち着きと忍耐強さを持っていると周囲から評価されるにいたったディアッカ。
しかしその彼をして、今回ばかりは親友と一緒に爆発したいのを、必死にこらえなければならない始末だった。
「あの無能どもめ! もうたくさんだ! 次こそ作戦会議への出席などボイコットしてやる!」
軍隊においてはご法度である上官批判。しかしイザークは堂々と上官を無能と断じてはばからず、ディアッカもそれをとがめることはしなかった。
「…それで、我らが司令官殿と副司令官殿は、今回は何をやらかしたんだ?」
今更聞いても、空しくなるだけだとは分かっていたが、イザークの愚痴を聞いてやるのも仕事の一つと割り切って、ディアッカはあえて尋ねた。その声にイザークがゆっくりと振り向く。
目が据わっていた。眉間には特大の皺が寄っている。ハンサムな顔が台無しだぞ、と言いたいのをぐっとディアッカはこらえた。
「聞きたいか? そうか聞きたいか、なら教えてやろう!」
イザークの怒号が部屋中に響き渡った。
「あの糞司令官と阿呆副司令官め! 何と言ったと思う? 『地熱プラント周辺の詳細な地図は現在ユーラシア政府に提供を依頼している途中だ。それまでは各部隊長が臨機応変に対応すべし』と言ったんだぞ!
ふざけるな! どこの世界に、まっとうな地図も用意せずに作戦を実行する阿呆な軍隊がいるものか!
司令官どもは、暗闇で耳栓をされた状態で喧嘩をしてみろ! そうすれば、如何に自分達が無茶な命令を下しているのか分かるだろうよ!」
ディアッカはそれを聞き、こめかみを押さえて大きなため息をついた。
今回の作戦指揮官であるイエール=R=マルセイユ中将、副司令官のカリム=ジアード中将。本来は二人とも有能な指揮官である。過去の実績も申し分なく、部下からの信望も厚い。その点についてはイザークもディアッカも認めるのにやぶさかではない。
しかし二人は、現在統一地球連合軍で激しく対立している派閥をそれぞれ代表する立場の人間である。 その二人が同じ部隊にいるとあっては、敵よりもまず身近の競争相手に注意が向けられるのは当然の結果だった。
大規模地熱プラントの防衛、東ユーラシアの治安回復、第三特務隊を壊滅させたテロ組織「リヴァイブ」の殲滅。
今回の遠征で得られるであろう軍功を相手に与えてなるものかと、お互いの派閥が意地を張り合った結果がこれである。司令官と副司令官は常に火花を散し合っており、相手が自分を出し抜こうと考えているのではないかと疑心暗鬼に陥っている。遠征のキャンプ内でも、派閥同士がいがみ合って空気が重く、イザーク隊のようにどちらの派閥にも属さない人間達にとっては、モチベーションが削がれることこのうえない。
さらにその派閥対立に乗じて、ダニエル=ハスキルなる東ユーラシアから派遣された将校が大きな顔をしてのさばっているのが、イザークの神経を逆撫でしていた。
今回の防衛戦でのアドバイサー、協力者との触れ込みで派遣されてはきたものの、ダニエル=ハスキルがやることと言えば、マルセイユやジアードの対立を煽るようなことばかりだった。
ある時は両方に媚を売り、ある時はそれぞれをけしかけ、あまつさえ自分の持っている情報、特に地熱プラント周辺の地理情報やテロ組織の戦力情報などを交渉材料としているのである。
その姿勢をイザーク他の下級将校が非難すると、逆にマルセイユやジアードからハスキルへの非礼を咎められる始末である。
今回の地熱プラント防衛戦に、統一連合地球軍が投入した軍勢は空前の規模である。
兵員が二万人。ルタンドを中心としてストライクブレード、ゼクゥ、ムラマサなどを含めたMSが二百機、高機動型戦車と支援ヘリが千台。貧相な武装しか持たないレジスタンス組織たちを相手に遅れを取ることはありえない。
しかし、その内実はまったく統制が取れておらず、一丸とは程遠い有様だ。
ありえない万に一つの可能性に向かって、統一連合地上軍は突き進んでいるのではないか。
今回はなかなか怒りの収まりそうに無く、新たな獲物に枕を見定めたイザークを見ながら、ディアッカは不安な気持ちが頭をもたげてくるのを抑えられなかった。
「うひょお、艦橋から見る景色ってなかなか良いじゃん! 」
「シゲト、ガラスに口を付けるのは、さすがにみっともないからやめた方が……」
「固いこと言うなってサイ。高いところに登って喜ぶのは、お子様の習性だ」
「ひっでー少尉、ガキ扱いしないでくれよ!」
「うるさい、お子様」
「何をーっ!」
雪上を行くスレイプニールの艦橋は、和気あいあいとした空気に包まれていた。
今回の遠征は、いつから遠足になったのだろう? ラドル艦長は、自艦が観光バスになったかのような錯覚を覚えていた。
これから統一地球連合地上軍の大部隊と戦うのだ。東ユーラシア軍の部隊と散発的に戦うのとはわけが違う。もう少し緊張感とか、悲壮感とかがあってしかるべきだと思う自分はおかしいのであろうか。
そんなラドルの表情を読んで、ロマが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、うちの連中は騒がしくて。仲が良いのは結構なんですが、締まりがないとよく言われます」
「あ、いえ、そんなことは……」
フォローしようとしたラドルの背後で、少尉にヘッドロックをかけられたシゲトの悲鳴と、それを引き剥がそうとするサイのあわてた声が鳴り響いた。艦橋のクルー達もその光景に笑いを堪え切れず肩を震わせている。
ロマは言葉を失い、ため息を付いた。仮面で見えないが、赤面しているのかもしれない。
「……ま、まあしかし、若い者達はあれくらい元気があった方が、いいかもしれませんね。変に気負って沈うつになるよりはよほど」
ラドルが必死にロマを慰めるが、あまり効果はないようだった。
「シゲト、ガラスに口を付けるのは、さすがにみっともないからやめた方が……」
「固いこと言うなってサイ。高いところに登って喜ぶのは、お子様の習性だ」
「ひっでー少尉、ガキ扱いしないでくれよ!」
「うるさい、お子様」
「何をーっ!」
雪上を行くスレイプニールの艦橋は、和気あいあいとした空気に包まれていた。
今回の遠征は、いつから遠足になったのだろう? ラドル艦長は、自艦が観光バスになったかのような錯覚を覚えていた。
これから統一地球連合地上軍の大部隊と戦うのだ。東ユーラシア軍の部隊と散発的に戦うのとはわけが違う。もう少し緊張感とか、悲壮感とかがあってしかるべきだと思う自分はおかしいのであろうか。
そんなラドルの表情を読んで、ロマが申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません、うちの連中は騒がしくて。仲が良いのは結構なんですが、締まりがないとよく言われます」
「あ、いえ、そんなことは……」
フォローしようとしたラドルの背後で、少尉にヘッドロックをかけられたシゲトの悲鳴と、それを引き剥がそうとするサイのあわてた声が鳴り響いた。艦橋のクルー達もその光景に笑いを堪え切れず肩を震わせている。
ロマは言葉を失い、ため息を付いた。仮面で見えないが、赤面しているのかもしれない。
「……ま、まあしかし、若い者達はあれくらい元気があった方が、いいかもしれませんね。変に気負って沈うつになるよりはよほど」
ラドルが必死にロマを慰めるが、あまり効果はないようだった。
今回の地熱プラント攻略戦で、リヴァイブとスレイプニール隊は合流して作戦にあたっている。そのため、ロマを初めとしたリヴァイブの主要メンバーのほとんどがスレイプニールへ乗り込んでいた。
結果として、現在東ユーラシアのレジスタンスで稼動しているシグナス全四十機のうち、(ダストガンダムを含めて)実に五機がスレイプニールに搭載されている勘定になる。さらにリョーコとリュシーの乗るエゼキエル二機を加えれば、レジスタンスたちの中でも五指に入るほどの戦力が、この部隊に集中していることになる。
本来は別個に活動しても良いこの二つの部隊を集結させたのには、もちろん理由がある。
「俺達の今回の役割は『撒き餌』だ」
作戦に先立ち、戦闘要員たちを集めてのブリーフィングが行われたが、説明役の大尉は自分達の部隊をそう表現した。
「第三特務隊を倒したシンの存在を、今回の遠征軍は絶対に無視できないはずだ。シンを含めた俺達の部隊が動けば、嫌でも注意がそちらに向けられる。うまく相手を引き回して、統制が乱れたところを本隊が叩く、というのが戦術の基本路線だ。
いわば俺達は獲物の魚を集め、一網打尽にするための撒き餌なんだ。
だからせいぜい派手に、目立つように、うまく立ち回らなければいかん」
それはある意味、非常に危険な役割だった。少しでも作戦行動に乱れが生じたり、相手の動きを読み違えて引き際を誤れば、撒き餌は食べ散らかされた挙句に、獲物の魚は逃げてしまう、という事態もありえるのだ。
「期待されているのはありがたいけれど、責任重大よね、これは」
シホの言葉が皆の気持ちを代弁していた。ただし、彼女をはじめとして、リヴァイブやスレイプニール隊の目には弱々しさが無かった。
彼らは自分達の指揮官を信頼している。そのロマやラドルが「今回の統一連合軍はまったく統制が取れていない。普段通りに戦えば、十分に勝機はある」と言っているのだから、自分達はそれを信じて全力を尽くすだけだ、と良い意味で割り切っているのだ。
そのため、困難な任務を前にしても彼らには緊張感が無いように見え、悲壮感も薄かった……のだが、上に立つ者の気持ちとしては、それはそれで少し悩ましいところであった。
とりわけ、シゲトの「ギ、ギブ、ギブアップ!」がBGMになっているような状況ではなおさらであった。
結果として、現在東ユーラシアのレジスタンスで稼動しているシグナス全四十機のうち、(ダストガンダムを含めて)実に五機がスレイプニールに搭載されている勘定になる。さらにリョーコとリュシーの乗るエゼキエル二機を加えれば、レジスタンスたちの中でも五指に入るほどの戦力が、この部隊に集中していることになる。
本来は別個に活動しても良いこの二つの部隊を集結させたのには、もちろん理由がある。
「俺達の今回の役割は『撒き餌』だ」
作戦に先立ち、戦闘要員たちを集めてのブリーフィングが行われたが、説明役の大尉は自分達の部隊をそう表現した。
「第三特務隊を倒したシンの存在を、今回の遠征軍は絶対に無視できないはずだ。シンを含めた俺達の部隊が動けば、嫌でも注意がそちらに向けられる。うまく相手を引き回して、統制が乱れたところを本隊が叩く、というのが戦術の基本路線だ。
いわば俺達は獲物の魚を集め、一網打尽にするための撒き餌なんだ。
だからせいぜい派手に、目立つように、うまく立ち回らなければいかん」
それはある意味、非常に危険な役割だった。少しでも作戦行動に乱れが生じたり、相手の動きを読み違えて引き際を誤れば、撒き餌は食べ散らかされた挙句に、獲物の魚は逃げてしまう、という事態もありえるのだ。
「期待されているのはありがたいけれど、責任重大よね、これは」
シホの言葉が皆の気持ちを代弁していた。ただし、彼女をはじめとして、リヴァイブやスレイプニール隊の目には弱々しさが無かった。
彼らは自分達の指揮官を信頼している。そのロマやラドルが「今回の統一連合軍はまったく統制が取れていない。普段通りに戦えば、十分に勝機はある」と言っているのだから、自分達はそれを信じて全力を尽くすだけだ、と良い意味で割り切っているのだ。
そのため、困難な任務を前にしても彼らには緊張感が無いように見え、悲壮感も薄かった……のだが、上に立つ者の気持ちとしては、それはそれで少し悩ましいところであった。
とりわけ、シゲトの「ギ、ギブ、ギブアップ!」がBGMになっているような状況ではなおさらであった。
いい具合に肩の力が抜けているリヴァイブ=スレイプニール合同部隊ではあったが、徐々に作戦開始の時間が近づき、さすがに乗員達の口数も少なくなり、張り詰めた雰囲気が支配するようになった。
準備に余念の無いメンバーたち。そんな中、銃器のチェックをしていたコニールは不意に後ろから肩を叩かれる。
「……あれ、どうしたのよ、シグナスの整備中じゃないの? 」
振り返るとそこには中尉がいた。中尉は無言でハンガーの片隅を指差す。少し顔を貸してくれ、ということらしい。何の用事だろうかとコニールは疑問に思ったが、とりあえずは素直に従った。
「まず……本当にこの前は迷惑をかけました。私達の至らなさのせいでシンに負担をかけただけでなく、その後のフォローまで貴方任せで解決させてしまって。面目ない」
深々と頭を下げる中尉にコニールは面くらう。そんなに今更かしこまらないでよ、と言うのが精一杯だった。
ドムクルセイダーをシンが単騎で迎え撃たなければならなくなったとき、確かにコニールはその場にいない大尉、中尉、少尉を非難するような発言をしたが、冷静になってみれば彼ら三人の行動に非がある訳ではない。
呑気に色街に繰り出していた事には、女の立場としてみれば多少腹が立たないこともないが、それで三人を糾弾するのはお門違いと言うものであろう。それとこれとは別の話題のはずである。
だからあの後に事情を知ってとんぼ返りし、土下座してメンバー達に謝ろうとした三人を、ロマもセンセイも、そしてコニールも責めることは無かった。当然ながらシンもである。
ただしこの話は前段に過ぎず、中尉が本当に言いたかったのは、次の話題のようだった。
「しかし……これはセンセイとも話し合ってのことなのですが、シンの様子にはもう少し気を配り続けた方がいいと思います」
シンの? と首をかしげるコニールに中尉は、普段の寡黙さとはうって変わって滔々と説明をした。
「彼は不思議な青年です。その反応速度、冷静でありながら大胆な判断、窮地に陥ったときに発揮する常識外れの戦闘能力、私が今までに見てきたパイロット達とは比較にならない。ZAFTの赤服を着ていたのは伊達ではない、と思います」
一呼吸置いて、中尉はただし、と続けた。
「でも今回、戦闘後にしばらく気持ちが不安定になったように、彼、シン=アスカという人間にはどことなく危うさがつきまとっているんですよ。
ナイフのような鋭さと、ガラスのような脆さが同居している、と言ったら少し気障でしょうが、そうとしか表現できない側面を持っている。
今回は貴方のおかげで何とか沈んだ気持ちを克服した様子ですが、こうして立て続けに大規模な作戦行動に駆り出されることになってしまった。
これでは、いつまた振り子が悪い方に大きく揺り戻されるか心配だ、とセンセイは言っていました。正直、私も同じ意見です」
心配のし過ぎではないのか、とはコニールは言えなかった。それは、コニール自身が捨てきれない考えでもあったからだ。
「とりあえずこちらでも注意はします。ただし私達も所詮は根っからの戦争屋です。戦うことには慣れているから、戦うことで受けるシンの心のダメージを見過ごしてしまうことはあるでしょう。
彼はまだまだリヴァイブに必要とされている人間です。頼りになる仲間ではありますが、その重荷をできる限り軽くしてあげることも必要だと思いましてね」
コニールは頷いた。そしてこう問いかける。
「それにしても、中尉も結構気を使うタイプなんだね。シンのことがそんなに心配? 」
半ば軽口のつもりだったが、中尉の返答は意外なものだった。
「何、私も同じような経験がありましてね。色々と事情があって、押し潰されそうになっていたとき、大尉や少尉に何かと助けてもらったんですよ。
他人事とは思えないだけに、つい、というやつですね」
コニールは今度こそ驚いた。冷静沈着、沈思黙考、不言実行を絵に描いたような中尉にそんな経験があったとは意外だったのだ。
そんなコニールに、照れたようなかすかな笑いを向けながら、中尉は「それではくれぐれもお願いします」と言い残して背を向けたのだった。
準備に余念の無いメンバーたち。そんな中、銃器のチェックをしていたコニールは不意に後ろから肩を叩かれる。
「……あれ、どうしたのよ、シグナスの整備中じゃないの? 」
振り返るとそこには中尉がいた。中尉は無言でハンガーの片隅を指差す。少し顔を貸してくれ、ということらしい。何の用事だろうかとコニールは疑問に思ったが、とりあえずは素直に従った。
「まず……本当にこの前は迷惑をかけました。私達の至らなさのせいでシンに負担をかけただけでなく、その後のフォローまで貴方任せで解決させてしまって。面目ない」
深々と頭を下げる中尉にコニールは面くらう。そんなに今更かしこまらないでよ、と言うのが精一杯だった。
ドムクルセイダーをシンが単騎で迎え撃たなければならなくなったとき、確かにコニールはその場にいない大尉、中尉、少尉を非難するような発言をしたが、冷静になってみれば彼ら三人の行動に非がある訳ではない。
呑気に色街に繰り出していた事には、女の立場としてみれば多少腹が立たないこともないが、それで三人を糾弾するのはお門違いと言うものであろう。それとこれとは別の話題のはずである。
だからあの後に事情を知ってとんぼ返りし、土下座してメンバー達に謝ろうとした三人を、ロマもセンセイも、そしてコニールも責めることは無かった。当然ながらシンもである。
ただしこの話は前段に過ぎず、中尉が本当に言いたかったのは、次の話題のようだった。
「しかし……これはセンセイとも話し合ってのことなのですが、シンの様子にはもう少し気を配り続けた方がいいと思います」
シンの? と首をかしげるコニールに中尉は、普段の寡黙さとはうって変わって滔々と説明をした。
「彼は不思議な青年です。その反応速度、冷静でありながら大胆な判断、窮地に陥ったときに発揮する常識外れの戦闘能力、私が今までに見てきたパイロット達とは比較にならない。ZAFTの赤服を着ていたのは伊達ではない、と思います」
一呼吸置いて、中尉はただし、と続けた。
「でも今回、戦闘後にしばらく気持ちが不安定になったように、彼、シン=アスカという人間にはどことなく危うさがつきまとっているんですよ。
ナイフのような鋭さと、ガラスのような脆さが同居している、と言ったら少し気障でしょうが、そうとしか表現できない側面を持っている。
今回は貴方のおかげで何とか沈んだ気持ちを克服した様子ですが、こうして立て続けに大規模な作戦行動に駆り出されることになってしまった。
これでは、いつまた振り子が悪い方に大きく揺り戻されるか心配だ、とセンセイは言っていました。正直、私も同じ意見です」
心配のし過ぎではないのか、とはコニールは言えなかった。それは、コニール自身が捨てきれない考えでもあったからだ。
「とりあえずこちらでも注意はします。ただし私達も所詮は根っからの戦争屋です。戦うことには慣れているから、戦うことで受けるシンの心のダメージを見過ごしてしまうことはあるでしょう。
彼はまだまだリヴァイブに必要とされている人間です。頼りになる仲間ではありますが、その重荷をできる限り軽くしてあげることも必要だと思いましてね」
コニールは頷いた。そしてこう問いかける。
「それにしても、中尉も結構気を使うタイプなんだね。シンのことがそんなに心配? 」
半ば軽口のつもりだったが、中尉の返答は意外なものだった。
「何、私も同じような経験がありましてね。色々と事情があって、押し潰されそうになっていたとき、大尉や少尉に何かと助けてもらったんですよ。
他人事とは思えないだけに、つい、というやつですね」
コニールは今度こそ驚いた。冷静沈着、沈思黙考、不言実行を絵に描いたような中尉にそんな経験があったとは意外だったのだ。
そんなコニールに、照れたようなかすかな笑いを向けながら、中尉は「それではくれぐれもお願いします」と言い残して背を向けたのだった。
「何だ? あの二人、やけに熱心に話し込んでいるな」
《大方、猪突猛進してよく搭乗機を壊す傾向のある問題パイロットの手綱を、いかにして上手に握るか。それを真剣に議論でもしているのではないか》
「……いったい誰のことだよ、おい」
コクピット内でダストガンダムの調整に余念の無いシンとレイ。コニールと中尉の様子をモニターで眺めつつ交わした会話は冗談で終わってしまったが、レイの指摘がある意味事実を言い当てていることには、さすがに二人とも気付かない。
《とりあえず、ローゼンクロイツから部品を大量に手に入れたおかげで、今回は整備が楽だったとサイが言っていたな。それを考慮しても、今回はいつにも増してメカニック陣の仕事は完璧だ。見事なものだ》
「ああ、後は俺達がその仕事に見合った働きをすればいい、か」
シンの言葉にも緊張が込められている。アメノミハシラから地上に降り、傭兵として様々な戦場を渡り歩いたが、これほど大規模な戦闘に臨んだことはめったにない。しかも、自分たちは陽動部隊として戦場を縦横無尽に駆け巡ると言う、作戦の要を担う役割を負っている。
シンはつぶやいた。
「やってやるさ……統一連合の奴らに一泡吹かせてやるためにも」
全てを失ったあの日から、5年の月日が経った。言葉どおりの徒手空拳、傍らにいるレイを除いては、何もかもゼロから始めなければならなかった頃を思えば、今の自分は最終的な目的に向かって大きく前進している。
ようやく統一連合の本隊と、まともにぶつかり合えるところまで来たのだ。シンは胸の前で拳を打ち鳴らした。戦意を鼓舞するかのように。
そしてほどなく、作戦が始まった。
「地熱プラント攻略戦」が幕を開いたのだった。
《大方、猪突猛進してよく搭乗機を壊す傾向のある問題パイロットの手綱を、いかにして上手に握るか。それを真剣に議論でもしているのではないか》
「……いったい誰のことだよ、おい」
コクピット内でダストガンダムの調整に余念の無いシンとレイ。コニールと中尉の様子をモニターで眺めつつ交わした会話は冗談で終わってしまったが、レイの指摘がある意味事実を言い当てていることには、さすがに二人とも気付かない。
《とりあえず、ローゼンクロイツから部品を大量に手に入れたおかげで、今回は整備が楽だったとサイが言っていたな。それを考慮しても、今回はいつにも増してメカニック陣の仕事は完璧だ。見事なものだ》
「ああ、後は俺達がその仕事に見合った働きをすればいい、か」
シンの言葉にも緊張が込められている。アメノミハシラから地上に降り、傭兵として様々な戦場を渡り歩いたが、これほど大規模な戦闘に臨んだことはめったにない。しかも、自分たちは陽動部隊として戦場を縦横無尽に駆け巡ると言う、作戦の要を担う役割を負っている。
シンはつぶやいた。
「やってやるさ……統一連合の奴らに一泡吹かせてやるためにも」
全てを失ったあの日から、5年の月日が経った。言葉どおりの徒手空拳、傍らにいるレイを除いては、何もかもゼロから始めなければならなかった頃を思えば、今の自分は最終的な目的に向かって大きく前進している。
ようやく統一連合の本隊と、まともにぶつかり合えるところまで来たのだ。シンは胸の前で拳を打ち鳴らした。戦意を鼓舞するかのように。
そしてほどなく、作戦が始まった。
「地熱プラント攻略戦」が幕を開いたのだった。