エドガー、『夜明け』を待つ ◆Rd1trDrhhU


人が集まる。
するとそこにはルールが生まれる。
そして(そこに集まった人々に最低限の常識さえあればだが)、そのルールが秩序を守る。

こうして……『国』は産声を上げる。

さぁ、この出来立てホヤホヤの国が最初に欲するものは何だろうか?
統率者だ。
王、大統領、首相、時にはリーダーなんてのも……呼び名は違えど国には必ずそういった統率者がいる。
彼らは国民を纏め上げ、正しい方向へ導いていく使命がある。
国が栄えるのも、滅びるのも、その未来は彼らの両の肩にかかっていると言っても過言ではないだろう。

だがここで1つ、重要な事があるんだ。
必要とされている統率者は時代と共に変わりゆく、ということだ。
つまり、ある時代で繁栄の極みを謳歌した国の王様を、別の時代の別の国の王に据えたところで、その国が繁栄するとは限らない。
その国の風土、国民の気質、周辺の国々、文化レベル……そんな幾千もの要素が絡み合い、統率者に求められる資質は変わっていく。
資質のないものが支配者の椅子に座ったとき、その国の未来は鋼鉄の扉をもって閉ざされる。
だからこそ盛者必衰の理なんてものが存在するのだ。
最適な統率者を探す事。
それは国にとって最初の使命であり、国の未来を決定付ける分岐点であり、国にとって最高難易度の課題である。
最高の統率者などそう易々と見つかるものじゃないのだ。

だけど、見つけられるか否かは別にして……必ず『ソイツ』はいる。
人々を惹きつけ、未来への道を示す確固たる統率者は必ず存在する。
どんな荒んだ世界にも、地獄の最深部にすらも!

そして、この絶望の殺し合いの会場にも。

仲間達を纏め上げ、魔王を殺すための旗振り役となる人物が必ず……。
しかし残念ながら、本当に残念だが……『ソイツ』は俺じゃない。
俺も国を率いていた。王としては悪くない働きだったと思ってる。
それでも、この果てのない絶望をひっくり返すのは……悔しいが俺には不可能だ。

だから俺は、エドガー・ロニ・フィガロは捜し求める。

新たな王を。


◆     ◆     ◆


「大丈夫か? 転ぶんじゃないぞ」
荒野を進むのは、1人の男と1人の少女。
様々な土地を渡り歩いてきたエドガーにとってみれば、この程度の荒野など、舗装された街道と何ら変わりのないものだ。
しかし、彼の同行者である少女にとってはそうもいかないだろう。
雪原を越えたばかりの疲れた足を休めることなく、荒れた道を歩いているのだ。
そろそろ泣き言の1つでも飛び出すのではないか。
エドガーはそう予想していた。

「だ、大丈夫……です」
彼女が、フロリーナが『どもった』のは、疲れているからじゃない。
単にエドガーと会話するのにまだ慣れていなかっただけだ。
事実、彼女の足並みは軽やかで、抱えた槍の重量すら感じさせない。
このような事、つまり足場の悪い道を進む事をフロリーナは何度も経験していた。
いつだってヒューイを連れて跳べるわけじゃない。
1人で戦場を渡り歩けるような訓練だって受けているのだ。

(ふむ……やはりただの少女ではないわけだな)
エドガーが思っていた以上に、フロリーナはこういった『厄介事』に慣れている。
出会った時に彼女が名乗った『天馬騎士』の名は伊達じゃないという事だな。
彼女が抱えた槍も、実はハリボテなのではないかと思えるほど軽く見える。
フロリーナに抱いていた第一印象である『弱気な少女』という印象は、新品の消しゴムで擦らなくてはならないようだ。
そして新たな一文を書き加えなくては。『フロリーナは槍の扱いに長けている』、と。
それこそ『騎士』として申し分のない戦いが出来るほどに。

(だが、それじゃあダメだ。それじゃあ、足りないんだよな……)
たとえ、1人前の兵士として戦場を駆け抜ける事が出来たとしても。
その程度じゃあ……話にならない。
その程度じゃあ……ケフカには、あの悪魔には手傷1つ与える事などできない。
それは彼女が弱いというわけじゃない。
ケフカが強すぎるのだ。絶望的なほど。
一度ケフカを倒したことのある自分でさえも、1対1なら、おそらく勝てない。
それほどあいつは強い。そして残酷で、汚い。
勝つためには手段を選ばず、手段の為にはいかなる犠牲をも厭わない。
どんなに屈強な大男よりも、偉大な魔導師よりも、最悪の敵。

それがケフカだ。

奴を崩す手段があるとすれば……ティナ。
彼女の存在が大きな鍵となる。
幻獣の血を引く彼女ならば、彼女の真の力ならば……あるいは……。

それにマッシュの格闘術、シャドウの暗殺術などもあれば心強い。
セッツァーがいれば、もしものときの決断力はピカ1だ。
ゴゴは……まぁ、モノマネすれば強い仲間が2人になるのだから、それはそれでかなり心強いか。

(結局仲間頼み……か……)
そこまで思考を働かせた俺は、ある疑問に辿りつくこととなる。
ならば、俺の役割は何だ?
ティナやセリスのような魔法もない。
マッシュのような格闘術があるわけでもない。
シャドウのような暗殺術も持っていない。
この殺し合いの世界、秩序の存在しない世界では俺が持っていた『国王』の称号など何の意味もない。

(ならば、首輪か……?)
おそらく、俺の工学の知識は、この忌々しい首輪の排除に必要不可欠なものだろう。
だったら、俺の役割は、首輪を解除させる事……。
そうだ。
そう考えるのが自然なんだ。
なのに、それなのに……。

(何だ……この……違和感は……)
フロリーナに出会ったときから、感じていた……この違和感。
俺には、他に出来ることがあるんじゃないか?
首輪の解除と共に、出来る事があるんじゃないのか?
俺の使命は……。
俺の……価値は……。

「……ッ! これは?!」

渦巻状に巡り巡っていたエドガーの思考を中断させたのは……殺気。
禍々しい殺気だ。
それは、自分達が立つ荒野の遥か先に広がる緑の草原から自分達へ向けられていた。

(こいつ……強い……!)
この殺気。そのドス黒さもさることながら、恐ろしいのはその『細さ』である。
殺気とは、誰かが誰かを殺そうと武器を構えるとき、必ずしも漏れ出てしまうものである。
奇襲を行うときには、これを出来るだけ抑え、相手に自分の存在を感づかれないように勤めることが大事なはずある。
が、しかし、その理屈が分かっていても、実際にそれが出来るかは別の話だ。
どれだけ抑えようと努力しても、それを完全に抑えることは難しい。
ましてや、この殺し合いのような状況ならなおさらである。

にも関わらず、この殺気はかなりの強者でも感じ取る事は不可能なレベルにまで『細い』のだ。
ここまで『細く』抑えるなど、並の戦士の業じゃない。
おそらく……熟練の暗殺者によるもの。
隣に立つフロリーナはこの殺気に気付いていないらしく、警戒を強めたエドガーに不信感を覚える。

(いや、これは……まさか……)
この殺気にエドガーが気付く事ができたのは、彼がこの気配の持ち主のことを良く知っていたからである。
朝日が差し込んだはずなのに、暗闇に包まれたようなこの感覚……覚えがある。
仲間達と冒険をしていたときに、何度も何度も感じたこの感覚。

(アイツの仕業か! ……生きていたのか。)
確かに名簿に載っていた。あの名前。
彼が生きていた事をこの身で確認し、エドガーはひとまず安堵する。

「シャドウか! シャドウなんだな?!」
いつもは自分達の傍らで、眼前の敵に対して向けられていた殺気。
それが今は自分に向けて発せられていた。
突然発せられた叫び声に、フロリーナが竦み上がり「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げた。

「出て来い。この俺に奇襲が成功するなどとは思ってないだろう?」
厄介な敵に相対した事実に冷や汗が滲む。
それでもニヤリと笑って余裕であるとアピールする。
後ろで小さくなっている少女をこれ以上不安にさせないように。

「……よく気付いたな」
足音もなく現れたのは漆黒の身を漆黒の衣で包み込んだ男。
それを確認したフロリーナが、信じられないと言わんばかりに目を丸くしている。
シャドウの俊敏な動きを目で追えなかった彼女には、この男が瞬間移動で現れたように見えただろう。
気配なく存在し、気配なく近づき、気配なく刺し貫くのがこの男の戦い方だ。
この暗殺のスタイルは今も変わってはいないようだ。
見た目も、以前に会ったときと何1つ変わらない姿だ。
いや、いつも連れているはずの愛犬の姿が見えない。流石にオディオに没収されたのだろう。

「そりゃあ気付くさ。幾つの死線を渡り歩いた仲だと思っているんだ?」
笑顔を崩すことなく両手を広げ、和やかな雰囲気を演出する。
これで相手が武器を捨ててくれるなら……と淡い期待を抱いていたのだが。

「…………そうか」
奇襲に失敗した事に動揺1つ見せることのない暗殺者は、短剣を胸元に構え、殺気を解放した。
今度は、隠すことなく、禍々しい殺気を放射状に全開にして。
フロリーナが抱えた槍を強く握り締めた。
震えが止まらない両手で。

「……1つだけ訊いておこうか。お前は……」
「乗っている」
『殺し合いに乗っているのか?』というエドガーの質問が終わる前に、乱暴に投げ返された答えは、余りにも簡潔で……残酷だった。
当たり前だ。ピンポイントで自分達に殺意を向けてきたのだ。殺し合いに乗っているに決まっている。
先ほども「シャドウは要警戒だ」とフロリーナに伝えてある。

だが、それでもエドガーにとってシャドウは世界を救った戦友だ。
彼の活躍なしにはケフカを倒す事はできなかったであろう。
そして彼は、自分の命を犠牲にしてまでエドガーたちを助けてくれた。
そんな彼が殺し合いに乗ってるとは……信じたくはなかった。

そのエドガー思いとは裏腹に、彼の口から告げられた言葉は、その信頼を容易く打ち砕く。
彼は殺し合いに乗った。
恐らくそこに理由などない。
『誰かを救う為』だとか『叶えたい願いがある』だとか、そんな『もっともな』理由など持ち合わせていない。
殺し合いに乗る。
それこそが彼の日常。
このふざけた殺戮合戦で女子供を血祭りに上げることと、エドガーたちと冒険をした日々との間には、なんの違いもないのだ。
彼にとっては、どちらも『殺戮の日常』なのだから。

「……」 「……」 「……」
それきり、誰も言葉を放つ事はなかった。
シャドウとエドガーは相手の動きを読むことに集中していたから。
フロリーナは単に何を話していいかが分からなかったからだ。
辺りに響いたのは、乾いた大地を風が吹きぬける音。
そして、フロリーナの震える手に握られた槍が、大地をカタカタと叩く音。

その沈黙が続いたのが10分程。
尤も、この張り詰めた状態では、その時間はもっと長く感じられた事であろう。
特にフロリーナには、何時間にも感じられたのかもしれない。

とにかく、沈黙が続いたのは10分だ。
そして、沈黙を終わらせたのは……息。

息だ。

シャドウが息を吐き出した。
ヒュゥ……と小さな音。
しかしそれこそが、神速の暗殺者の疾走を告げる警告。
暗殺対象のエドガーに発せられた、最後のサイレンであった。

「…………え?」
フロリーナが裏返った声を絞り出す。
彼女の目が捕らえたのはたった2つの光景。
1つは、沈黙の中、永遠に続くと思われたエドガーとシャドウの対峙。
そしてもう1つは、シャドウのナイフをエドガーがアルマーズで受け止めている光景。
その2つの光景が、スライド写真のように一瞬にして切り替わった。
シャドウがエドガーに肉迫するところも、シャドウが切りかかる瞬間も……。
一切目で追うことが出来なかった。

「こんな……ことって……」
フィガロ城からここまで歩きとおした上に、シャドウとの10分にも及ぶ緊張状態で疲労したこともあっただろう。
それでも、目で追うことすら敵わないとは思わなかった。
ここまで速い攻撃はジャファル以外では見たことがない。
おそらく、速さだけならリンやヘクトルよりも遥かに上。
その光景を見ながら生唾を飲み込む事しか出来ない自分が悔しい。

シャドウの短剣とエドガーの斧がぶつかり合う音が、フロリーナの鼓膜を振るわせたのはその直後であった。


「……くッ!」
エドガーが苦しげな声を絞り出す。
最初の一撃は斧で何とか受け止めたものの、それが精一杯だ。
元々、スピードという点ではシャドウに大きなアドバンテージがある。
それに加えて、エドガーの持っている武器は斧。
槍や剣を得意とするエドガーにとって、斧を使っての戦いはその動きをワンテンポづつ遅らせる事になる。
しかしそれだけではない。
先ほどからエドガーの脳裏にこびり付いては離れない違和感。
自分が何の為に戦っているのか。
その疑問は命の危機に瀕したこの状況ですら、エドガーの思考回路に設置された障害物となっていた。
結果としてそれらが生み出した遅れは、エドガーが次の攻撃に対処する事を不可能としてしまった。

「……ぐがぁ!」
シャドウの右足がエドガーの腹にめり込んでいた。
蹴られるがままにエドガーは後方へと吹き飛ばされる。
なんとか地面に足をつけ、たたらを踏みながらも体制を立て直そうと努める。
対するシャドウは、エドガーを蹴った反動で上空へとやや高くジャンプ。
そしてトランポリン選手の落下時のように、悠々と地面へ到達する。

「…………貴様は……!」
シャドウが何か呟いたような気がした。
怒りのような、失望のような感情が入り混じったような声。
しかしその声は小さく、エドガーには届かない。

地面に降り立ったシャドウは、そのまま膝を曲げて一瞬だけ静止。
再びヒュウ……と息を吐き出すと、未だ不安定な体勢のエドガーへと突進する。
次の攻撃を避けることに成功したとて、エドガーはあと何撃を凌げるのか……。
金髪の国王は厳しい防戦を強いられることになった。
その王に向かって漆黒のアサシンは、同じく『アサッシンズ』と銘打たれた短剣を持つ右手を翼のように後方に振りかぶる。

これほど速い疾走なのに、一切の足音がない。
その矛盾とも思える業は、静観していたフロリーナを、『この世から音が消えうせてしまったのではないか』という一瞬の勘違いに導く。
勿論それは幻想であり、フロリーナは自らが上げた「嘘……」という呟きによって、未だ世界には音が存在しているという事実を確認した。
そして、安堵とともに何十秒ぶりかの瞬きをする。

その一瞬の事である。

「フロリィィィィィナァァァァッッッ!!!」
叫びの主はエドガー。
叫んだ相手は、勿論フロリーナ。
そして、彼女の頭に浮かんだのはハテナマーク。

なぜ自分の名前を?
死に際に愛しい人への伝言でも頼みたいのか?
それとも、『自分だけでも生き延びろ』とでも言いたいのか?
それとも、『自分だけ死ぬのが嫌だから道連れに』とでも考えているのか?
だとしたら……なんて卑しい人なんだろう。
そんな疑問がハテナマークとともに頭上を迂回している。

しかしそれも一瞬の事。

彼女が瞬きを終えて目を開いた瞬間に、全ての謎は解き明かされた。
視界には白み始めた空。
乾いた大地。

その中心に……忍者がいた。

「……へ?」
「逃げるんだ!!!! 早くッ!」
エドガーの叫び声により頭上のハテナが割れ、その中からエクスクラメーションが生誕する。
あのシャドウとか言う暗殺者の標的は自分。
自分が瞬きをした一瞬に方向転換をし、ターゲットをエドガーから自分へと変更したのだ。
確実に殺害できる方へと。

「…………終わりだ」
低い声。
淡々と少女の人生の終焉を宣告した。
振り下ろした刃。
無慈悲に少女の人生に終焉の楔を打ち付けるべく。
シャドウはこの刃が少女を切り裂く未来を確信する。
寸でのところでこちらの攻撃に気付いたようだが、こんなタイミングではかわすことはできない。
たとえこの少女がエドガー並の瞬発力を持っていたとしても、だ。
彼はそう、確信した。
そして彼が確信を持って繰り出した攻撃が外れた事は未だかつてない。

いや、過去に1度だけ。
先ほど、エイラとか言う女の首を切り損なったときだ。
確実にエイラの首筋から噴き出た赤色で染められたはずの未来は、妙な格好をした少年から入れられた『横槍』によって書き換えられてしまった。
結果としてエイラの殺害は成功したものの、入らぬ体力を使わされる羽目になった。
だが、今回はエドガーも腹を押さえて立つのがやっとの状態。
周囲には他に怪しい人影はないはず。
更に、この少女はエイラほどの俊敏性はないと見える。

だから、彼が『確信を持って』繰り出した右手が空を切ることは……。

彼の未来が書き換えられることは……。

今回で2度目となる。

「ま、まだ! 死ねない……のッ!!!」
少女は走った。
荒野を駆け抜けた。
がむしゃらに、不恰好に。

フロリーナは走った。

信じられない速度で。

「そうだ! 逃げろ!!」
エドガーの安堵が入り混じった叫び声。
その声を背中に浴びながら、シャドウは素直に驚いてみせる。
少女の身軽さに。

が、驚きながらもそれと同時にフロリーナの走る様を観察していた。
シャドウは気付いていたのだ。
彼女のこの俊敏性が『ハリボテ』であることを。
なぜなら……フロリーナの走り方。
彼女の走り方は、シャドウやエイラのような『俊敏さを武器とする』人間の走り方ではない。
恐ろしい速度で『走る』運動を繰り返している両の足。
それに引っ張られるように、彼女は腕をバンザイさせて後傾姿勢のまま。
彼女の上半身のフォームが足の動きについていけてないのだ。
彼女の意向を無視して勝手に高速で走り出した両足。
そこに、シャドウの見慣れたモノが装備されていた。

「…………ダッシューズ……か」
彼はこのアイテムを良く知っていた。
確か、移動速度を倍増させる靴。
街中やダンジョンで移動するときの時間短縮のためによく世話になったアイテムだ。
少女のあの異常なスピードはこのアイテムのおかげだというわけか。
なるほど。タネが分かってしまえば、問題はない。
あのダッシューズは『その人物のスピードそのものを速める』ヘイスト状態とは違い、『移動スピードのみを速める』のだ。
つまり、速くなったのは逃げ足だけ。
彼女の反射神経も、槍を振るう速度も、一切上昇してはいない。
追いついてしまえば、切り殺すに何ら支障はない。

そして後に残る問題は、どうやって彼女に追いつくか、である。
が、これも問題はないのだ。
なぜなら……。

彼も『靴』を履いていたから。

白く彩られた空に、黒い影が舞い上がった。


◆     ◆     ◆


「ぐっ……クソ! フロリーナ!」
エドガーはシャドウが空高くジャンプするのをただ見ていることしか出来なかった。
そんな自分の情けない姿に唇を噛み締める。
しかし、シャドウのあのジャンプ力は……。
異常なまでの俊敏性を有しているシャドウでだが、あそこまで高くジャンプ出来るはずがない。
おそらく、何らかのアイテムを使用したものと思われる。
エドガーには思い当たる節があった。
竜騎士の靴。
フロリーナがダッシューズで足が速くなったように、シャドウも竜騎士の靴でジャンプ力を増したというわけか。

(マズイな……)
だとしたら、フロリーナは逃げ切れない。
シャドウはニンジャである。
跳躍での高速移動は彼が得意とする移動法の1つ。
つまり、彼の跳躍の飛距離が上がったということは、その機動性に更なる磨きがかかったということ。
それに加えて、あの靴は上空からのジャンプ攻撃も可能とする。
彼女は、普段は天馬という羽根の生えた馬に乗って戦うと言っていた。
ならば、地上での戦いは不得手であると考えられる。
そんな彼女が、暗殺のスペシャリストであるシャドウと戦ったら……。
彼の『空中からの奇襲攻撃』を受けたら……。

(間違いなく……殺される……)
悪い予感は、ハッキリとしたイメージ映像としてエドガーの脳裏を駆け巡る。
共に戦う中で、何度も目にしたシャドウの斬撃。
その刃がフロリーナの首を切り裂く。
そして彼女は膝をつき、前に倒れこむ。
もうその目は何も写すことはない。
彼女は、エドガーに一度も笑顔を見せることなく死んでいくのだ。

「……ッ!」
そのイメージを感じた瞬間、彼の頭にチクリとトゲが刺さったような痛みが走る。
それと同時に……パズルが解けたような感覚を覚えた。
何度も何度も挑戦しても、一向に解けることのなかったパズルがふと解けたような。
そんな感覚がエドガーを包み込んだ。

「……そうか……そうだったのか!」
フロリーナに出会った時に感じた違和感。
自分に与えられた使命。
この痛みが教えてくれた。
このイメージが気付かせてくれた。

(俺が、ここで成すべき事は……!)
ティナやマッシュ、シャドウたちと旅をしている間、エドガーは『マシンナリー』であり、『国王』だった。
ティナが幻獣と人間のハーフであるように、マッシュが格闘家であるように。
自分は『国王』として、臣下を守り、国を守ってきた。
それこそが彼が戦う原動力であり、彼が刃を振るう意味だったのだ。
だが、この殺し合いの世界に『国』はない。
だからエドガーに『国王』としての役割は存在しなかった。
だったら、何の為に剣を振るうのか?
その疑問が違和感となって彼の脳をずっと締め付けていた。

「おおおおおおおおおおおお!!!!」
だが、彼は今ここに答えを見つける。
ここで彼が剣を振るう意味を見つけた。
それは彼の人生を象徴するかのような『答え』であり。
彼にとって非常に残酷な『答え』であった。
高きから自分を見下ろす生意気な空へと咆哮を放つと、国を失った国王は走り出したのだった。


◆     ◆     ◆


(だ、誰か……ヘクトル……様! 助けて……!)
足が痛い。
いくら装備品の補助効果といえども、走るのは疲れる。
それでも走るのを諦めなかったのは、彼女の騎士としての誇りと日々の鍛錬の賜物だろう。
足腰の疲労は大きいが、大して息を切らすことなく走り続ける事ができた。

(もう……大丈夫……かな?)
そろそろあの男を撒いただろうか。
恐る恐る後ろを振り返る。
もしも自分の真後ろに短剣を振りかざす男の姿があったら……。
心臓の音をBGMに彼女は背後の光景をその目に写す。
そこには……。

(よ、よかったぁ……)
どうやらシャドウとやらは、フロリーナを追うのを諦めてエドガーの殺害を優先したようだ。
立ち止まり、膝に手をついて息を整える。
垂れ落ちた汗が地面に斑点を描いていく。
エドガーには悪い事をしたとは思う。
もちろん罪悪感はある。
だが、自分にはそれ以上に生き残って行わなくてはならない使命がある。
こんなところで犬死するなんてまっぴら御免だ。
それに、あの男はエドガーの知り合いらしい。
おそらく何らかの因縁を持っているのだろう。
そんなものに巻き込まれて死ぬなど納得できない。
ここは、エドガーを見捨てて逃げるのが一番……。

(でも…………)
足が重い。一刻も早く危険から立ち去りたいはずなのに……。
シャドウが自分の方に向かってきたときの事を思い返す。
あのとき、何がなんだか分からない自分に対しエドガーは必死に叫んでくれた。
体勢も不安定で、腹を蹴られた痛みも一切引いてなどいないのに……。
フロリーナの命を助ける為に叫んでくれたのだ。

(あの人は……)
キザだし、知った風な口をきくし、ヘクトルとは似ても似つかない軽い男である。
あれで国王が務まるなんて、逆にそれはどんな国なのか見てみたい気もする。
それでも、エドガーが叫んでくれなかったらフロリーナは死んでいた。
ここで彼を見捨てても、いいのだろうか?
でも、助けに行ったところであんな化物相手に何が出来る?
わざわざ殺されにいくようなものではないか。

だが……おそらくエドガーはシャドウには勝てない。
今、エドガーが唯一持っている武器は斧。
フロリーナの目にも、彼が斧を使った戦い方に慣れていないのが分かる。
この槍さえあれば……もしかしたら……。
自分が勇気を出して、この槍を彼に届ける事が出来たら……。

「どうすれば……」
あまりのジレンマに、たまらず空を見上げる。
そこで彼女は信じられないものを見た。
真っ白に広がるはずの早朝の空に、黒い影が飛んでいた。
そしてさらに、それは急激に大きくなっていくではないか。

……違う、急激に近づいてきているのだ。自分の方に。
つまり、黒い影はフロリーナ目指して落下してきていた。

「嘘……!? まさか……」
あれは……シャドウとかいう男?!
そんなことあり得ない。
この男は、空を飛んだとでも言うのか?
あまりのショックで上手く繋がらない思考を必死でつなぎ合わせている内に、影はどんどん自分の方へと落ちてくる。
とにかく、逃げなくては……。
「もう疲れた」と不満を洩らす足に必死に力を込め、その場から走り去る

その直後だった。
シャドウの刃が、フロリーナがさっきまで立っていた空間を切り裂いたのは。

「な……ッ!」
上空からの狙い済ましたような攻撃。
まさに自分がいた場所にピンポイントで斬撃を繰り出したのだ。
ペガサスも、ドラゴンもなしに。
シャドウの事を、ジャファルと同質のアサシンだと認識していたフロリーナにとってこの行動は予想外だった。
一瞬、逃げる事を忘れ、立ちすくんでしまう。

そしてその刹那の隙をシャドウは見逃さない。
直ぐに肉薄し、フロリーナを殺そうと刃を振りかざす。
今度は逃がすつもりはない。

「う……わ!」
小手調べでシャドウが振り下ろした左上からの一撃を、何とかデーモンスピアで払いのける。
キィン……と金属同士がぶつかる音。
初撃をいなすことには成功した。
だが武器を比べれば、フロリーナの槍よりも相手の短剣の方が遥かに軽い。
だから、フロリーナでもシャドウの攻撃をはじく事が可能なのだ。
しかしシャドウの軽い武器は、その分攻撃スピードに長けていた。

1撃目に発した金属音が止んでもいないのに、すぐに2撃目がフロリーナに襲い掛かる。
フロリーナから見て左上に初劇をはじき返されたシャドウは、そのまま力に逆らわずにコマのように1回転。
フロリーナの力を利用し、今度は最初とは真逆の右下から切りかかる。

対するフロリーナの槍は、左上に振り上げたまま。
武器の重さの差が早くも戦局に影響し始めていた。

「くっ……!」
しかしフロリーナは見習いと名乗っているとは言え、今や一流の天馬騎士である。
槍の扱いには長けていた。
それに、ペガサスナイトは矢に弱いのだ。
それこそ一撃でも掠ったらそれが致命傷となるほどに。
だから、戦場での咄嗟の判断力、動体視力は鍛えられていた。
最初にシャドウがエドガーに切りかかった瞬間こそ、精神的疲労と気の緩みで追うことは出来なかった。
だが、真正面から対峙して、敵が切りかかってくるのが分かっている今は違う。
集中さえしていれば、攻撃を絶対に凌げないというわけではないのだ。

今から刃を振り下ろしていたのでは間に合わない事を悟るなり、槍の刃が付いているのとは逆の柄の部分でシャドウの攻撃に対処する。
シャドウの手首に槍の持ち手の部分を当てると、そのまま反時計回りに回転させた。

「……ッ!」
シャドウの目に初めて焦りの色が浮かんだ。
別にシャドウがフロリーナのことを侮っていたのではない。
彼女が今まで見せていた以上の力を、ここにきて発揮したに過ぎない。
右下から振り上げる形で繰り出されたシャドウの右腕は、槍の回転に逆らえずに真上に引っ張られてしまう。
腕が伸びきると、今度はその勢いに上半身が上方向に釣られて背中を反らせる。

(ここだ!)
相手に隙ができた事を確認したフロリーナは、お留守になった下半身に狙いを定めた。
小さく屈んで体勢を低くし、同時に槍を相手のくるぶし目がけて放つ。
足払いを目的とした一撃なので『突く』ための直線攻撃ではなく、あくまでその軌道は『払う』ための弧を描いた回転運動。
そのため、相手に到達するまでに若干時間がかかるという欠点が生じてしまう。
加えて相手は熟練の忍者。俊敏性ならば、フロリーナが今までに相対した人物のなかでも5本の指に入るレベルだろう。
だから、フロリーナの槍の軌道によるその僅かながらの時間のラグも、シャドウにとって見れば大きな猶予となるだろう。
当たるかどうか……厳しい一撃。

だが、重ねて述べる事になるが、フロリーナもはやは一流といっていいレベルの天馬騎士である。
彼女の振るう槍は、そのあどけない姿からは想像もつかないほど速く、鋭い。
加えて技術面でもかなりの力量を持っており、今回の一撃も槍の端を持つのではなく中央部辺りを持って振るっていた。
これにより槍の速度を上げると共に、槍が描くこの大きさを小さくしてその軌道を短くしていた。
これらの工夫と、相手に引く事のなかった彼女の強い心が、『この一撃の命中』という結果を引き寄せた。

フロリーナの槍が、アサシンの足首を正確に叩く。
バランスを失ったシャドウの体が宙に浮く。
それも地面と並行に、空を見上げた格好という絶対の隙を晒した形で。
地面に触れてない以上、踏ん張る事もままならない。
それはつまり一切の攻撃も出来なければ、走って逃げる事すらできないという事!

(貰った……!)
シャドウの腹部へと全力で槍を突き立てる。
まるで、棺おけに眠る吸血鬼に木製の杭を打ち込むが如く。
突き立てるのを刃の方ではなく柄のほうにしたのは、彼女の優しさだろうか。
それとも未だ殺人に踏み出す勇気がないだけなのだろうか。

完璧なタイミング。
相手は避ける手立ても、反撃の手立ても有していないはず……!
絶対に命中するはず……。

そのはずだ………………。

…………。

……。




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045:「今日、ナニカノハズミデ生きている」 フロリーナ 051-2:エドガー、『夜明け』を待つ(後編)
エドガー
037:White or Black? There is no gray.      ? シャドウ
040:BIG-TOKA SHOW TIME トカ


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最終更新:2010年06月28日 20:55